平和外交研究所

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2017.04.19

トルコの憲法改正

 4月16日、トルコで憲法改正の是非を問う国民投票が行われ、賛成票51・41%、反対票48・59%で賛成が僅差ながら多数を占めた。
 憲法改正により現行の議院内閣制は廃止され、大統領制になる。新制度によって大統領選挙が行われるのは2019年であり、首相職は廃止される。新大統領は、閣僚の任命や非常事態令の発令のほか、司法にも影響力を持つことになる。
 エルドアン氏(現大統領)が新大統領となるのは間違いないと見られており、再選可能(これは現行制度と同じ)なので、最長で2029年まで権力を保持することが可能になる。

 なぜ、トルコは大統領の権限を強めたのか。
 エルドアン氏はテロ・難民対策の強化などのため必要だとしている。たしかに、トルコは長年テロ攻撃に悩まされてきた。トルコは世界でも有数の観光地だが、テロの危険がない時を選ばないと安心して行けない。
 トルコは、また、中東・アフリカで発生した大量の難民が押し寄せ、欧州へ向かう通過地になっている。2016年3月には、EUと、欧州への難民流入をコントロールするために協力することで合意した。欧州で難民認定が受けられない難民を再度トルコが受け入れることも含まれている。EUはトルコに戻される難民について一定の経費負担をするが、それにしてもトルコにとって難民対策の負担は大変なものであろう。

 しかし、憲法改正には複雑な背景がある。一つは「世俗主義」の国是とイスラムとのせめぎあいである。エルドアン氏は敬虔なイスラム教徒であり、かつて原理主義を扇動したとして実刑判決を受け服役したこともある。イスラム主義系の公正発展党(AKP)の立ち上げから一貫して指導者として(大統領になってからは党を離れているが実質的には変わらない)イスラムの復興を重視している。
 しかし、トルコは建国以来ケマル・アタチュルクの指導の下で世俗主義を国是としてきた。イスラムの影響力が強い地域であるが、近代化のために政治面では脱イスラムが必要だという考えを取ったのだ。この傾向は今日まで変わらず、とくに軍と司法機関は世俗主義を維持するのに積極的な役割を演じてきた。親イスラムの政治勢力が台頭したので軍が介入したこともあった。
 2016年7月に起こったクーデタも、エルドアン大統領がイスラム化を進めようとしていることに危機感を抱いた軍の一部勢力が都市部の知識階級やリベラル派の世俗主義者をバックに起こした事件であった。
 エルドアンとしては、テロや難民問題に対処しなければならないが、軍や司法当局は足を引っ張るので憲法を改正し強い政府にする必要があるという考えなのだろう。

 しかしながら、強い権限の大統領制にすることについては反対やためらいも強い。前述のクーデタを鎮圧させるとエルドアンの支持率は40%台から60%台に急上昇したが、今回の憲法改正国民投票では賛成と反対は前述したように僅差であった。つまり、エルドアンを支持している人たちの約6分の1は改正に賛成していないのだ。
 独裁体制に対する警戒心も強い。エルドアンは、2003年に首相になって以来一貫して権力の座にあり、新制度になると合計26年間、トルコの最高指導者であり続けることになる。エルドアンは建国の父である偉大なケマル・アタチュルクに並ぶ地位を獲得するという見方もある。
 事実、エルドアンはこれまで強硬な手段で反対勢力を抑圧してきた。2014年に大統領に就任して以降、大統領侮辱罪で1800件もの立件を行った。また、大統領の政策に反対する新聞社を閉鎖させ、政権を批判する学者やジャーナリストを摘発した。
 2016年のクーデタ後、関与を疑われて拘束された者は10万人以上に上り、多数の軍人や公務員が職を追われた。メディアも100社以上が閉鎖を命じられ、200人以上の記者が逮捕された。締め付けは社会全体を萎縮させたと言われている。
 国民投票キャンペーンにおいて、メディアが反対派のキャンペーンをほとんど取り上げなかったのは、反対の論陣を張るはずの文化人や知識人の多くが拘束され、批判的なメディアは閉鎖されていたからだと言われている。
 新制度の大統領は戒厳令の発出権限を持つので、エルドアンがこれまで以上の専制を行う危険もあると見られている。

 トルコとEUの関係は憲法改正の決定により一層複雑化した。
 そもそもトルコは、アジアと欧州、東と西の接点に位置しており、世界の安全保障にとって極めて重要な地位にある。イスラム地域であり、かつ、欧州ではないがNATOに早くから加盟したのもそのような事情からであった。ちなみに、NATOの原加盟国でない国としてはギリシャとともに最も早く加盟し、ドイツやスペインよりも先であった。
 EUとの関係では、トルコは1987年から加盟を申請し、2005年に加盟交渉の開始が決定された。しかし、人権問題、トルコ移民、さらにトルコは地理的にも歴史的にも欧州でなく、欧州にとって脅威であったなどという問題があり、今日まで結論が得られないでいる。
 そして、前述した難民問題は欧州とトルコの協力関係を深めたが、今回の憲法改正についてEUは強く批判した。欧州議会のシュルツ議長は、エルドアン大統領の権力拡大を警戒するコメントを発表し、トルコは「欧州の価値観から大きく逸脱している。エルドアン大統領下でトルコは独裁的な国への道を進んでいる」などと批判した。
 さらに、トルコの新制度では死刑が復活すると見られており、そうなるとEUとして加盟を認めることはますます困難になる。
 ただし、EUは国民投票を全面的に否定しているのではなく、「賛成と反対が僅差であったことに配慮し、できるだけ広範な支持を集めるよう努力すべきだ」と建設的な形でコメントしている。
 選挙監視を得意とする欧州安全保障協力機構(OSCE)は、憲法改正について「賛成と反対は平等に扱われなかった(The referendum took place on an “unlevel playing field” as the two sides did not have equal opportunities.)」と述べ、また、反対キャンペーンに対し警察などによる妨害があったとも指摘している。
 一方、トルコでは、このようなEU側の姿勢にエルドアンを支持する勢力が不満を募らせた。国民投票に先立ってトルコ政府がEU諸国に滞在している自国民を集めて集会を開こうとしたが、これら諸国はトルコ政府に協力せず、集会を認めなかった国もあった。トルコではそのときから不満が出ていたが、投票結果についてのEUのコメントに一層激しく反発した。エルドアン大統領の経済顧問は、難民流入の抑制に関するEUとの合意撤回も辞さないとも言っている。
 トルコとしては、EUが頭を抱えている難民問題についてEUに協力し、みずからの負担を増やしてまでしてEUを助けているのに、EUは自分たちの苦衷を理解せず、ただEUの基準を一方的に押し付けてくるという気持ちなのだろう。

 トルコが新制度に移行するまでも、また、新制度が発足してからもさまざまな曲折がありそうだ。

2017.04.04

ミャンマーの民主化は進んでいるか

 ミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問は3月30日、民主的な政権が生まれてからの1年を回顧してテレビ演説した。
 長年の軍人政権に代わってやっと実現した民主政権であるが、今、国民の間には失望が広がりつつあると言われている。アウン・サン・スー・チー氏自身、「国民の期待ほどには発展させられなかった」と認め、さらに、「私の努力が十分でなく、もっと完璧にこなせる人がいるというなら身を引く」とまで述べた。新政権が発足した時の熱気が冷めるのはある程度やむを得ないことかもしれないが、長年自由を拘束されても軍人政権と戦い続けてきた同女史の言葉としては、少々残念だ。
 アウン・サン・スー・チー氏がこのようなことを口にしたのは、ミャンマーにおける民主化勢力、軍部、それに少数民族問題の鼎立状態があまりに根深く、さらなる民主化へ向かって進める自信がなくなってきたからではないかと思われる。

 日本などでは少数民族といっても深刻な感じはないが、ミャンマーでは大問題だ。ミャンマーの政治は、以前から軍政とアウン・サン・スー・チーが率いるNLD(国民民主連盟)などが求める民主政治の2本柱で語られることが多かったが、実は、1948年に英国の植民地支配を脱して独立して以来、これに少数民族が加わる三つ巴状態であった。ただ、少数民族問題はあまり進展しなかったために、軍と民主勢力のせめぎあいだけに焦点が当たってきた。
 実際には、少数民族問題はミャンマーの政治に強い影響を及ぼしていた。軍が政治を牛耳ってきたのは全人口の3割近い少数民族と政府が対立状態にあるからだ。彼らにとって政府はビルマ族であり、不信感は根強い。
 一方、政府はなんとか武装闘争をやめさせようと努力してきたが、現実には「国軍」に頼らざるを得なかった。
 しかし、民主化勢力にとって「国軍」は民主化を妨げる敵であった。その本質が露呈されたのが1990年の総選挙であり、NLDが大勝したが、時の軍事政権は選挙結果を完全に無視して政権の移譲を拒否した。それ以来、「国軍」は民主化に対する反対勢力となり、民主的に選ばれた政権への移行が実現した今でも、議会では4分の1の議席を憲法上確保している。国政に対して決定的な影響力を合法的に保持しているのだ。
 
 2016年3月に新政権発足後、アウン・サン・スー・チー氏は6月にタイ、8月に中国、9月に米国、11月に日本を相次いで訪れ、各地で祝福を受け、また国家再建への協力を要望した。
 国内では、新政権は少数民族との和解に力を注ぎ、スー・チー女史の父親であるアウン・サン将軍が約70年前に試みた諸民族の大同団結会議を再開した。新パンロン会議である。
 しかし、今から思えば、アウン・サン・スー・チー氏はすでにそのころから少数民族の和解はなかなか進まないことを実感しつつあったようだ。新パンロン会議が当初予定されていた7月から延期され8月31日にずれ込んだこと自体はさほど深刻でないかもしれないが、最大の難問はカチン州の独立勢力、カチン独立機構(KIO)とその軍隊(KIA)であり、数年前からのミャンマー政府との武装闘争は完全に終わっていなかった。
 アウン・サン・スー・チー氏が、そのような中8月17日から21日まで中国を訪問したのはちょっとした驚きだった。常識的には、新生ミャンマーの命運がかかっている会議の準備が数日後に迫っているのに5日間も外国を訪問することなどありえないので、その時は、カチンの問題を含めて準備は整ったのかとも思われたが、そうでなかったことはすぐに露呈され、KIAは激しい攻勢に出た。
 なお、中国はカチン州と接しており、強い影響力を持っている。アウン・サン・スー・チー氏が、中国にカチンとの和解に力添えを依頼した可能性もあったが、5日間も中国に滞在した理由は説明がつかなかった。
 
 新政権にとってさらに頭の痛い問題は、バングラデシュと国境を接するラカイン州のロヒンギャの扱いだ。2015年春に数千人のロヒンギャ難民がどの国からも拒否され海上をさまよった事件は世界的に有名になった。オバマ大統領はスー・チー氏に対し少数民族問題の解決を望んでいると表明するとともに、この問題をミャンマー政府が善処することを促した。
 一方、ミャンマー政府はロヒンギャをミャンマー国内の少数民族と認めておらず、バングラデシュからの難民と位置付けており、国籍も付与せず、「(不法移民の)ベンガル人」という呼称を用い続けているので、スー・チー最高顧問は「ラカイン州の問題の解決を政府として重視している」と応じるにとどまった。
 アウン・サン・スー・チー氏はそれしか言えなかったのだろう。最近もロヒンギャに対する暴行などが多発し、またそれに反発してロヒンギャ族による反撃事件も起こっている。
 このような状況にあって有効な対策を打ち出せないミャンマー政府に対して、インドネシアやマレイシアなどイスラム人口の多い国からは失望と批判の声が上がっている。

 以上のような状況を背景に今回の演説を聞くと、少数民族問題はアウン・サン・スー・チー氏にとってお手上げに近い状況なのかと思えてくる。
 しかし、アウン・サン・スー・チー氏が本当にあきらめムードになってきたのであれば、それはそれで大問題だ。同氏が近日中に退くことになると、その後継者は簡単に見つからないだろう。有能な人物はいくらもいるだろうが、これまでの政治状況からしてミャンマーの指導者となれる人物は育っていないはずだ。ミャンマーが民主的な政権のもとで順調に発展していくのに障害となる問題は少なくないようだ。
2017.03.30

教科書検定は古臭い感覚でないか

 小学校の道徳教科書の検定結果が3月24日に公表された。直接検定結果を見たのではなく、二、三の新聞報道からの印象だが、検定は「上からの目線だ」「カビの生えたような古臭い感覚だ」「高齢者を特に重視している」「児童に興味を持たせる発想が希薄だ」と思った。

 小1の教科書では散歩中に友達の家の「パン屋」を見つけた話が教科書原案に書いてあったが、「パン屋」は「和菓子屋」に修正された。修正目的は、「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」点が足りないからだと説明されたそうだが、「和菓子屋」と言っても小学校の1年生にはまず分からないだろう。そのような言いかえは目的にかなうか、さっぱりわからない。
 もっとも、検定意見はすべて取り入れないと教科書として認められないということではなく、「教科書全体で項目全てを扱ってほしいとの意図で、どこを修正するかは教科書会社の判断」と説明されている(『日経新聞』25日付)が、「和菓子屋」への修正意見があったことに変わりはない。
 さらに、「おじさん」が「おじいさん」に、「アスレチックの遊具で遊ぶ公園」が「和楽器店」にそれぞれ修正されたが、「和菓子屋」と同様、そのような書き換えが「我が国や郷土の文化と生活に親しみ、愛着を持つ」ことにつながるとは思えない。ちなみに、私は3人の孫を持つ「おじいさん」だが、「和楽器店」へ一度も行ったことがない。アスレチック遊具は何回も見かけたのでそれなりに知っている。

 教科書は児童に興味を覚えさせることを重視すべきだ。かりに「和楽器店」を例にとれば、そこには児童にとって何か面白いことがあることを紹介し、教えてあげるべきだ。そうなっておれば評価したいが、ただ「和楽器店」のイラストだけでは児童は興味を覚えないだろう。かえって面白くないところだと思うかもしれない。

 まさかと思うが、検定委員は「カタカナはだめで、和言葉ならよい」という考えでないことを希望する。日本語の中には外来語が無数にあり、日本人の生活の中に入り込んでいる。そのことも日本の文化だ。そういうと、反論が出るかもしれないが、「日本の文化」を古い頭で、狭く考えないでもらいたい。アニメにも日本文化として世界に誇れるものがある。そういう側面にも注意を払ってほしい。

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