平和外交研究所

8月, 2020 - 平和外交研究所

2020.08.27

『韓国社会の現在』を読んで

 最近出版された春木育美氏の『韓国社会の現在』は情報量が非常に豊富である。春木氏の韓国社会を見る目は決して甘くないが、温かい気持ちをもちつつ、かつ、冷静に韓国社会が直面している問題点を語っている。データの裏付けもしっかりしている。すきがないので最初は読むのに一種のしんどさを覚えたが、それを通り過ぎるといろんなことが立体的に見えてきた。私はこの本を読んで、いつか韓国に住んでみたいと思うようになった。

 「韓国では、少子高齢化が猛スピードで進行しており、すでに日本よりはるかに深刻化している。これから半世紀も経てば、『世界でもっとも老いた国』になるという。

 韓国で少子化が社会問題として浮上したのは2000年以降であり、2003年には世界でもっとも出生率が低い国となった。女性が子供を産まなくなったのである。1人の女性が生涯に生む子どもの数(合計特殊出生率)は、文在寅政権が発足した2018年に初めて1を下まわり、翌年には0.92まで落ち込んだ。同年、日本では1.36となっており、これでも低すぎると言われた。韓国はこれよりはるかに低くなったのである。

 出生率が低下しているのは、晩婚化が進み、また生涯未婚率が上昇しているからである。高齢化率、単身世帯の割合、50歳時未婚率のどれを見ても、韓国の変化のスピードは日本を上回る

 このような状況に立ち至ったのは女性だけの責任でない。社会全体の問題である。就職難と失業の増大があまりにひどいため、かつては、娘よりも息子優先、娘の学歴はよりよい配偶者と結婚するための条件くらいに考えていた親の意識も、劇的に変わった。娘に結婚、結婚と言っていた父親の家庭も、まずは就職して安定した職と収入を得ることが優先事項になっている。
女子の働く意欲は確実に高まり、社会進出が進んだ。受験戦争に勝つことを重視するようになり、大学進学率は男子を追い抜いた。
大卒の「未婚」の男女の賃金格差は、縮小傾向にある。

 日韓の調査を比較すると、韓国女性の方が日本の女性よりも結婚へのネガティブな感情が強く、育児の大変さに意識が向いている。女性は教育費や養育費が非常に高いため、子供を産まない、産めない、あるいは一人にとどめるようになっている。また、子供は負担であるという観念が強くなっている。

 一方、子どもの数が1~2人へと減ったことで、娘たちは以前よりはるかに、大事にされるようになった。

 人口の減少が激しくなり、しかも高齢化が進むと15~64歳の生産年齢人口はますます減少していく。2017年には3757万人だったのが50年後には1784万人に半減する。

 少子高齢化は韓国の経済成長にマイナスに影響する。国力の低下は免れない。

 韓国では国内政治の対立軸として、世代間の利害対立がより深刻化する懸念がある。若者の人口面での社会的プレゼンスは縮小する一方、高齢層の有権者の厚みは、大きく膨らむからである。つまり、高齢者の利益にならなかったり、理念と合わなかったりするような政策決定は行いにくくなる。

 廬武鉉、李明博、朴槿恵、文在寅の各政権は、法律を制定し、出生促進政策を実施したが、出生率減少の速度ついていけない。
 日本の少子化対策を参考に対策を講じたが、事態は好転しなかったので、無償保育の実施、国際結婚への支援、教育費の負担の軽減、二重国籍の条件付き承認など大胆な施策を講じた。だが、いずれも安定的に効果を上げるに至っていない。」

 以上が、春木氏の指摘する韓国の少子高齢化の危機を、私なりに、大胆に要約したものである。韓国社会が抱えている問題は非常に深刻だが、危機感は薄いという。

 最大の問題は、女性の地位・家族内秩序の変化、職業事情(高い失業率)、教育問題などが悪循環を起こして少子高齢化傾向を作り出していることである。今後、社会全体において新しい秩序とバランスを見出すことができなければ極端な少子高齢化は食い止められないのではないか。


2020.08.20

最近の中国の政治状況

 中国では毎年恒例の北戴河会議(リゾート地、北戴河での非公式会議)が終了する頃である。すでに終わったという見方もある。中国共産党は来る10月に中央委員会総会を開催することにしており、それに向けての準備の意味もあったものと思われる。

 中国の現在の政治状況は順調に進んでいる面と、指導部、とくに習近平主席が批判されている面の両方を見ていく必要がある。ただ、両方の面が均衡しているわけではなく、後者のウェイトは比較的軽いとみるべきなのだろう。日本のメディアは概して後者の報道に慎重である。

 新型コロナウイルスの感染問題については、政府の隠ぺい体質が批判されたこともあった。治療に直接かかわった医師や、有名な言論人からの批判はあり、政府はそれに厳しく反応して強引に封じ込めたが、全体として感染対策は成功した。

 結果、中国では、日本のような第2の感染の山はまったく起きておらず、感染者の総数は3月頃からゼロに近い状態を続けている。北京などでは新たな感染もでたが、大勢は変わらない。
中国と比べ日本の感染者数はどんどん増加しており、8月17日のWHOのデータで55,667人、中国の89,859人に急速に近づきつつある。

 中国経済への影響は、1-3月期の成長率は6.8%減となったが、4-6月期は前年同期比3.2%のプラスだった。一方、日本などでは4-6月期も回復せず、さらに落ち込んだ。

 感染源の問題も一時期は中国にとって深刻であった。世界は武漢だと思っており、米国などからは公然と批判されたが、結局専門家の調査をWHOが行うこととなった。これで米国から一方的に攻撃されないで済むようになった。
 その予備調査のため中国入りしていた先遣隊は8月初旬、任務を終え、WHOに報告した。今後開始される本格調査においては、武漢以外の場所、中国以外の国も調査の対象になりうる。感染源が武漢でないという結論が出たわけではないが、中国政府だけが被告席に立たされることはなくなった。

 総じて中国政府をめぐる環境は大幅に改善した。
 一方、米国の感染者数は5,312,940人(日中と同じ8月17日現在)と中国の約60倍になっている。しかも、トランプ大統領は問題発言を重ね、内外から嘲笑を浴びた。これでは中国を、意図したのではもちろんなかったが、助けたようなものであった。

 コロナ問題を離れると、国内の状況は例年と比べ特に悪化したわけではなかったが、数件問題が発生し、党・政府は強い措置を取った。

 一つは腐敗の関係である。2019年の摘発件数は前年を下回り、2020年初に行われた中央規律検査委員会の全体会議で、習氏はこれまでの成果を誇った。しかし、反腐敗運動は新たな段階を迎えつつあるとも指摘された。

 注目されたのが政法系統(司法、公安、警察の関係)での摘発や失脚が多かったことである。

 4月19日、公安部の孫力軍次官が調査されていることが発表された。孫次官は「トラ級」の大物だという。
 孫氏は1969年1月、山東省青島市で生まれの51歳で、30代の時WHOの奨学金を得て、オーストラリアのサウスウェールズ大学に留学し、修士号を取得した。
 その後、警察官僚になって積極的に活動し、法輪功への弾圧や人権派弁護士の一斉拘束も主導した。さらに孫氏は、公安部の香港・マカオ・台湾政策担当のトップも兼任していた。公安部で6人いる次官のなかでも、最も重要な国内の治安維持を担当する「公安省第1局」の責任者であるばかりでなく、公共衛生管理学の専門家でもある。孫春蘭副首相の覚えもめでたかったという。

 コロナ問題が発生すると、孫副首相とともに武漢に派遣され、医学の専門知識を活かしつつ、都市封鎖を実行し、実績は認められていた。
 そして4月、北京に呼び戻された。孫力軍氏としては、期待に胸を弾ませての帰京であったが、孫氏を待っていたのは「裏切者」「党内のがん」などの罵声だったという。

 孫氏はなぜ失脚したのかが問題である。台湾の『聯合報』によると、孫力軍氏は共産党中央政治局委員で党中央政法委員会書記を務めた孟建柱氏と深いつながりがある。孟氏は江沢民元主席に近い“上海閥”の一員であり、習近平閥と対立していたそうだ。しかし、そんなことは初めから分かっていたはずであり、なぜ重要任務につけたのか。

 中国政府系メディア『人民公安報』によると、中国公安部は3月末に会議を開き、孫力軍氏に対する調査を決定した。その際、習近平氏の側近とされる王小洪・公安部筆頭次官が「周永康、孟宏偉、孫力軍らが残した弊害を取り除くべきだ」と主張したそうである。
 孫力軍氏の身柄拘束後、王次官は兼任していた北京市公安局長と北京市副市長を離れ、習氏ら党・政府の最高幹部を警護する公安部第8局、いわゆる「特勤局」と呼ばれ、中国版シークレットサービスの最高責任者である同省党委員会書記兼局長に任命されたという。このポストは次期公安部トップを見据えた人事だとみられている。
(NEWSポスト2020年5月10日)

 孫力軍の失脚後も公安関係者に対する調査が続いた。
 5月、司法部长傅政華が定年で退職した。行先は政治協商会議の委員という名誉職であった。
 6月、重慶市副市長、公安局局长の鄧恢林、中国公安部副部长の孟慶豊が罷免された。

 詳細は不明だが、司法や公安を担当する政法関係内の激しい移動に関連して、習近平主席の影が見え隠れする。以前から習主席が政法関係者に不満であったことは広く知られており、胡錦濤前政権下で政法関係担当の政治局常務委員であり、習近平政権下で無期懲役刑となった周永康に繋がる人脈の整理に時間がかかったのかもしれない。

 また、腐敗の関係でない現体制批判もいくつか発生した。

 不動産売買で巨万の富を築いた後、「微博」(中国版ツィッター)を通して大胆な意見を発表し、有名人になった任志強がコロナ問題に対する政府の対応を批判したことは4月9日、当研究所のHPに掲載したが、7月23日、任志強は党籍を剥奪された。

 7月6日、習近平指導部への批判的な意見を公表してきた改革派の知識人、許章潤・清華大学法学院教授が当局に拘束された。許氏は実名で党指導部への批判を続けた数少ない知識人であり、2018年7月には、憲法を改正して国家主席の任期制限を撤廃したことを批判する文書をインターネット上で公開し、大学から停職処分を受けたこともあった。
 今年の2月、新型ウイルスによる感染症の流行を早い段階で警告した医師らを中国当局が処分したことについて、「真相を隠し、感染拡大を防ぐ機会を逃した」と政府を批判する文書を公開した。5月には、政権が自国の感染対策を自賛していることで世界の反感を買っているとして、「中国は孤独な船だ」と訴える文章を発表していた。許章潤の逮捕は時間の問題だったのだろう。

 8月17日、中共中央党校の元教授、蔡霞が党籍をはく奪されたと発表された。蔡霞は任志強を擁護する文章を発表したこともあった。ネット上では蔡霞が行った私的な談話が流されており、その中で蔡霞は「なぜ共産党の体制は今日のありさまになってしまったのか」、「どうして習近平一人が偉くなってしまったのか」、「党の改革など何の役にも立たない。この体制は根本的に放棄しなければならない」、「憲法改正以来、共産党は死に体になってしまった」などと発言していた。これでは党籍をはく奪されても仕方ないだろう。しかし、蔡霞はすでに米国に逃れているという。

 体制批判は国家主席の任期制限を撤廃して以降増加したが、今のところ微熱が続いている感じである。
2020.08.15

国際機関に対する中国の戦略的外交

 国際機関と聞くとひるんだり、敬遠したりする人が多いようである。そういう反応になるのは理由がないわけではない。国際機関は分かりにくい。言葉の問題もある。これらは誰にもある問題だ。また、日本の国益にあまり関係ないと思っている人もいるようだ。
 元慰安婦問題についても日韓の二国間関係と国際機関の両方の側面があるが、後者の方の扱いはどうしても弱くなる傾向がある。

 中国の姿勢はまったく違っており、国際機関に対して国家戦略をもって臨んでいる。
 現在、国連には専門機関が15あるが、そのうち、国連食糧農業機関(FAO)、国連工業開発機関(UNIDO)、国際電気通信連合(ITU)、国際民間航空機関(ICAO)の4つの機関のトップに中国人を送り込んでいる。国際機関のことを少しでも知っている人なら、これがいかにものすごいことなのか、すぐ分かるだろう。

 日本も国際機関で勤務する日本人職員を増やすことを目標に取り組んできたが、せいぜい2つの国際機関で同時に日本人がトップを務めていたに過ぎない。しかも、短い期間に限られていた。

 中国の戦略の一つは、各省の次官を送り込んでいることだ。日本や欧米ではなかなかそうならない。国際機関の事務局長になるには選挙で勝たなければならないが、次官であっても勝てる保証はない。競争相手は大臣経験者だったりする。日本などではそのように「危ない」ところへ各省庁で最も成功した人である次官を送り出すわけにいかないという考えが強い。

 中国が選挙に強いのは開発途上国を多数味方にしているからだ。そんなことができるのは、中国がカネに糸目をつけず協力しているからではないか。2019年6月に行われた国連食糧農業機関(FAO)の事務局長選で中国の屈冬玉候補が191票中108票を獲得して圧勝したのは、やはりカネの力にものを言わせたからであっ たという。この選挙にはカメルーンも立候補していたのだが、中国は同国の債務の帳消しにすることにより、同候補を撤退させた。また、アルゼンチン、ブラジル、ウルグアイに対しては、中国代表を支持しなければ輸出を停止すると圧力を加えた。

 これらの裏事情が事実か、検証が必要であるのはもちろんであるが、中国はヒトとカネの両面で戦略的に臨んでいるのである。そんな戦略を取ることが本当によいか、疑問の余地もあるが、結果を出していることは明らかである。

 そんな国際機関など勝手にすればよいというわけにもいかない。そのトップの影響力は無視できない。中国人のトップについてはあまりにも母国の利益を優先させている疑いがある。国連工業開発機関(UNIDO)の李勇事務局長(中国元財務次官)は「一帯一路」の推進のためUNIDOの経済支援プロジェクトをあからさまに利用してきたと言われている。

 国際電気通信連合(ITU)でも、中国出身の趙厚麟事務局長は「一帯一路」との連携を主張している。また、中国の通信大手、華為技術(ファーウェイ)を米国の批判から擁護する発言もしている。

 中国人がトップになっている国際機関では、台湾を締め出そうとしていることも大問題である。世界保健機関(WHO)の事務局長はエチオピア人であるが、中国寄りの姿勢が強いと批判されている。また、同機関は台湾を締め出している。

 国際民間航空機関(ICAO)の柳芳事務局長は、新型コロナウイルスの感染拡大を受け、台湾を世界保健機関(WHO)から排除していることに批判的な見解を投稿した米研究者らのツイッターのアカウントをブロックし、物議を醸した。また、台湾の総会参加を認めないのはWHOと同様である。

 このような傾向を前に、米国は、自国の利益を優先させるような人物を事務局長にすべきでないと主張しているが、賛同するのは西側諸国に限られている。数の上では圧倒的に不利である。

 中国は4つの国際機関でも満足せず、さる3月には世界知的所有権機関(WIPO)の事務局長にも中国人を送り込もうとした。さすがにその時は米国が危機感を募らせ、中国人がトップに就けば、知的財産に関わる重要な情報が中国に流れる恐れがあるとして、シンガポール知的財産権庁長官のダレン・タンへの支持を呼びかけ、他国がそれに同調してタン事務局長が選出されたという(エコノミストOnline 2020年7月4日)。
 日本や米欧諸国ができることは限られており、豊富な資金力を背景にしっかりした戦略で国際機関のトップに自国民をつける中国に対抗するのは困難だ。国際機関でのトップの選出を加盟国の選挙によるという方法を変えない限り、抜本的な対策は立てようがない。究極の方策としては、ポンペオ国務長官がカリフォルニアでの演説で述べたように、「中国に対抗するための新しい同盟関係」が必要かもしれない。しかし、このようなかげきな方策は、当面、実現困難だろう。

 日本では、専門機関は窓口は外務省だが、実質的には関係の省庁が主管し、対応している。しかし、こんなことでは戦略的に行動する中国に到底及ばない。日本としては、各省庁の縦割り行政を抜本的に改めることは最低限必要だ。これさえ過激と見られるだろうが、外務省だけでなく、内閣がその気になれば、統一的に対応することは不可能でない。

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