平和外交研究所

3月, 2020 - 平和外交研究所

2020.03.23

中国の言論統制は万能でない

 習近平政権が厳しい言論統制を敷きつつ、官製の宣伝工作に力を入れているのは周知のことであるが、新型コロナウイルスへの対応から言論統制の問題点があらためて垣間見えてきた。

 新型コロナウイルス問題は米軍が武漢に病原菌を持ち込んだので発生したという論調が新聞やネットで流されている。中国外務省の報道官でさえその可能性があるとツイッターに投稿している。中国政府が公式に表明していることではないが、黙認していることは明らかだ。もし中国政府が認めないならば、報道官のツイッターはもちろん、どのメディアの報道であれ強権をもって圧殺してしまうだろう。

 新型コロナウイルスの発生がどこから起こったか、疫学的に確定されていないそうだが、それは今後の研究に任せるほかない。しかし、感染がいつ、どこで、どのように始まり、拡大したかは疑う余地のないことであり、中国政府も武漢市から感染が始まったことは認めている。

 にもかかわらず、ウイルスは米軍が持ち込んだという荒唐無稽の話を中国政府が黙認していることには驚かされる。中国が「中国ウイルス」などといわれることを嫌い、そのような言説を何とか排除しようとする気持ちは分からないではないが、ウイルスが米軍によって持ち込まれたことを本当に主張したいなら世界中を納得させるだけの証拠が必要だ。しかし中国の考えは違っており、勝手な発言を繰り返す米国(トランプ大統領)に対して、証拠が乏しくても反撃は可能だと考えているらしい。

 ウイルスの米軍持ち込み説はさておくとしても、中国の強力な宣伝統制にも限界があることが垣間見えてきた。

 中国の医師で最初の犠牲者となった李文亮は新型コロナウイルスの危険性を早い段階から訴え、また、初動の遅れなどをインタビューで告白したため公安当局から訓戒処分を受け、その後死亡した。日本で「訓戒」というとそれほど深刻でないが、中国で「訓戒」を受けると恐ろしいことになる。過ちを認めさせられるのはもちろん、社会的に抹殺されるのに近いことになる。

 当局の厳しい処分に猛反発した市民らは検閲をかいくぐれるよう記事を英語や日本語に訳したり、絵文字やQRコードで読める方式に変換したり、20以上の方法で拡散した。その結果、李文亮医師の行為を讃え、その死を悼む声は全国的に燃え上がった。
 
 状況は危険だと判断した中国政府(国家監察委員会調査組)は3月19日、同医師に対する処分は過ちであったことを認める調査報告を行い、処分の撤回、関係者の責任追及を求めた。

 中国政府が急きょ姿勢を転換した理由は、一つには、李文亮医師のケースを反体制派に利用させないためであった。監察委員会調査組の責任者は、記者の質問に答える形で、同医師をほめそやしたうえ、「一部の敵対勢力は中国共産党と政府を攻撃し、李文亮医師に体制に抵抗した「英雄」だとか「覚醒者」というレッテルを張っているが、事実は全く違っている。李医師は共産党員であり、いわゆる反体制派でなかった。腹に一物がある勢力は人心を惑わせ、社会をあおろうとしているが、たくらみは決して実現しない」と語り、李文亮医師が体制側の人物であったと強調した。

 第二に、中国政府は新型コロナウイルスの問題において、広く一般国民の反応を恐れたためであった。
 
 今回のケースでもっとも困難な状況に置かれていた武漢市中心医院が作成した「新型コロナウイルスの処置状況」と題する内部資料は、「上級機関に報告が通らないこと」、「秘密の壁に阻まれること」、「空騒ぎするなと批判されること」、「医薬品が不足していること」などが主要な問題であることを示した。最後の点を除けばいずれも現体制の欠陥に関わる内容であり、この資料は強い関心を呼び起こした。
 
 国民の多くは李文亮医師の処分も不満であったが、それだけでなく、中国の現体制には問題があると感じたのであった。

 しかし、監察委員会の報告は李文亮に対する処分が誤っていたことを認めただけで、これらの問題については何も触れなかった。

 ネット上の批判は政府の方針転換後も消えなかった。これに対し中国政府は上記内部資料を初めて報道した『財新』の記事を削除した。いつもの手法である。しかし、広範な国民が不満になれば、相手が広すぎて中国政府としても言論を封殺するとか、拘束するなどの方法で対処できないのではないか。

今後、大規模な政府批判に発展するかといえば、答は「否」だろう。中国政府には国民の不満をそらす材料もある。特に、欧米での急激な感染拡大は中国政府の対応が間違っていなかったという宣伝を補強する材料になる。中国のメディアには、感染の拡大を抑えられない米国が何を言うかと言わんばかりの記事がみられる。

 しかし、中国政府の宣伝工作にも限界があることはますます明確になってきたと思われる。

2020.03.20

新型コロナウイルス対策に関する武漢中心医院の内部資料

 3月10日付の財新網は、新型コロナウイルスの感染と戦った武漢中心医院の関係者が作成した「新型コロナウイルス症に対する処置状況」と題する資料を掲載した。その記事は他のメディアからも強く注目され、『南方人物週刊』『騰訊(テンセント)』『多維新聞』でも報道された。

 中国では、新型コロナウイルスによる感染問題に関し、「中国政府および医療関係者がよく戦い、成果を上げた」と喧伝する報道が盛んにおこなわれている(この状況を米国の主要メディアは強く批判している)。また、米国がこのウイルスを「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」と呼称していることに反発し、このウイルスは元来米軍により持ち込まれたものだなどという反撃も行われている。これはさすがに根拠のない中傷だろうが、「新型コロナウイルスが最初に流行したのは中国だが、真の発生源は未確定である」とする議論はいくつも出てきている。

 そんな中に報道された本資料は、中国の医療体制のみならず、現政治体制の欠陥をも具体的に示す内容であり、医療関係者の無念な思いが伝わってくる。

 本資料は、なぜ武漢中心医院の感染者数と死亡者数が抜群に多いか、という問題提起から説き起こし、同病院の職員は4千人強で、その中で230人の医療関係者が感染したことなどを指摘している。A4で9ページの本資料を要約するのは困難であるが、特に注目される点を抽出すると以下のとおりである。

 「武漢中心医院の救急科は12月29日、華南海鮮市場から来た4人の患者を診療した。検査したところ、CT でも血液検査でもウイルス性肺炎の疑いが濃厚だったので江漢区疾病コントロールセンター防疫課に報告した。これに対し、防疫課は最近ほかの病院からも類似の報告が寄せられており、武漢中心医院からの報告は上級機関に報告するという対応であった。

 その時から防疫課、武漢市健康衛生局、同市健康衛生委員会、湖北省健康衛生委員会とのやり取りが始まったが、武漢中心医院からの報告は上級の機関に伝えられず、たらいまわしの状況になった。

 1月13日、江漢区疾病コントロールセンター防疫課は病院に対し、報告中の原因不明の肺炎は、別の病名に変更するよう連絡してきた。当時、全人代の湖北省会議が開催中であり、会議の開催中上級機関は動こうとしなかったことも一つの原因であった。

 この間、武漢市中心医院は北京博奥医学検験所に採取した検体の検査を依頼した(注 このような検査依頼はよく行われているという)。その結果病原体は新型のコロナウイルスであることが判明した。その報告は医師の手で武漢市中心医院の救急科に送られ、そこから多数の医師に情報として送られた。李文亮医師らはその報告に「華南水果海鮮市場で7人がコロナウイルスへ感染した。我々の救急科で隔離されている」との警告をつけてさらに伝達した。

 しかし、その日から、李文亮に対する当局の調査が始まり、詰問が行われた。1月3日には李医師は訓戒処分を受けた。

 また、新型ウイルスについての取り扱いが目立って厳しくなり、検体を第三者機関に検査依頼することはできなくなった。

 新型のコロナウイルスの危険性を示唆する文言は診断書など関係文書から削除された。2019年末には数百だった感染数が1月20日頃には数千に跳ね上がったのは隠ぺいが原因であった。

 1月12日から、病院から関係機関への報告は厳しく制限されるに至り、湖北省の健康衛生委員会の同意がなければ何も上級機関に報告できなくなった。危険な出来事が伝えられなくなったのである。伝えようとした者は「何でもないことに空騒ぎするな」と批判された。

 新型コロナウイルスの危険性を隠蔽した結果は重大である。多くの患者が命を落とした。李文亮医師は2月7日未明に死亡した。武漢市中心医院の医師で最初の犠牲者であった。 3月1日には甲状腺乳腺外科主任、3日には眼科の副主任、9日には眼科の別の副主任が相次いで死亡した。」

 新華社は3月19日、「多数の人が関心を抱いている李文亮医師に関する調査報告」を発表した。同日、武漢市公安局は李文亮医師に対する訓戒処分を撤回した。調査報告は同医師らが危険な状況を発信しようとした理由に全く触れておらず、ただ事実関係のみを記す内容である。報道の自由がない中国では何ら驚くべきことでないが、新型コロナウイルスによる感染問題が現体制に与えた衝撃は大きく、習近平政権がどのように対応するのか。報道に対する管制をさらに強化するのか、それとも現体制に内在する根本的な問題に注意を向けざるを得なくなるか。経済面での深刻な影響とともに注目される。


2020.03.14

新型コロナウイルス 遅すぎた中国全土の入国制限

ザページに「新型コロナウイルス 遅すぎた中国全土の入国制限」を寄稿しました。
こちらをクリック

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.