平和外交研究所

11月, 2017 - 平和外交研究所

2017.11.30

横綱日馬富士の引退だけが問題でない

 横綱日馬富士が、約1か月前の貴ノ岩に対する暴行が原因で11月29日、引退届を日本相撲協会へ提出した。暴行事件の真相は、日馬富士自身暴行したことは認めているが、詳細は明確になっておらず、警察が捜査を進めている。そんな中での引退届の提出、それに引き続く記者会見であり、まだ納得できないという印象を抱いている人は少なくないようだが、一つ明確になってきたことがある。

 日馬富士は、「先輩横綱として『弟弟子』が礼儀と礼節がなっていない時に、それを正し、直し、教えてあげるのは先輩としての義務だと思っています。『弟弟子』の未来を思ってしかったことが、彼を傷つけ、そして大変世間を騒がし、相撲ファン、相撲協会、後援会のみなさまに大変迷惑をかけることになってしまいました」と述べた。
 日馬富士が貴ノ岩に対する謝罪を表明しなかったことは問題だと指摘されており、それには同感だが、貴ノ岩を「弟弟子」、自分自身を「兄」とみていることがより本質的な問題である。
 日馬富士の説明によれば、貴ノ岩を教育する中で傷つけたということであるが、これは認められない。傷つけることはもちろん、日馬富士が他の部屋の力士を自分の弟弟子とみなしていたことも問題だからである。相撲界では部屋が違うと兄弟子、弟弟子の関係にならず、実際にもそのように呼ばない。
 
 横綱白鵬も問題を起こしている。きわどい勝負に審判員から待ったがかかったのに対し、悪態をついたこともあった。行事が「待った」を認めなかったとして、衆目の前で抗議の姿勢を示し、土俵に戻ってからも不満の面持ちでたち続けたことがあった。さらに、相撲協会が危機に瀕していた九州場所の千秋楽で、めでたいときに行う万歳三唱の音頭を取り、さらに日馬富士と貴ノ岩が土俵に戻れるよう希望すると発言した。刑事事件で起訴される恐れがある人物に対し穏便な措置を求めていると解されても仕方のない発言であった。

 日馬富士と白鵬のこれら言動は日本の大相撲には異質で、問題であった。暴力は日馬富士が初めてではなく、以前にもあったが、他の部屋の力士を弟弟子とみなすのは、初めてであった。
日馬富士がそのような考えであったのは、貴ノ岩が同じモンゴル人だからだろう。モンゴル人同士が親しく付き合い、また家族同然の関係にあっても不思議ではないし、日本人としても理解が困難なことでない。日本にも同様の浪花節的関係はいくらもある。
 しかし、つねに真剣勝負が求められている相撲界では、他の部屋の力士を自分の兄弟とみなしてはならない。日馬富士はこのことについて理解が足りなかった。
 
 白鵬が問題の言動を行っているのはモンゴル人力士であるためか、表面的には明確でないが、日本人としてはあり得ないことであり、やはりモンゴル人であることが影響していると思われる。日馬富士にしても白鵬にしても、傷害は別として、許容範囲内と思っているのだろうが、日本の相撲界では許されないことに気が付いていないのだ。
 彼らが、日本の社会でも特に特殊な相撲界で文字通り血の出る努力をし、日本社会をよく理解し、日本語を学んできたことに疑義をさしはさむ余地はなく、日馬富士の記者会見での発言にもそのような努力の跡がにじみ出ていた。それは明らかだが、彼らには相撲界の倫理が不足していると見るべきだろう。
 彼らに倫理がないというのではなく、普通の倫理はあり、土俵で審判に異議を唱えても、それは許されないことだとは考えない。他の競技では、たとえば、テニスなどではしばしば生じていることであるが、異議を唱えることが悪だと思われていないのと同じ理屈である。
 ただ、相撲界ではそれは認められない。両力士とも抜群の力量と技能を身に着けている。また、精神力も備えている。しかし、日本の相撲界の倫理をまだ十分に体得していないのだ。それは何も驚くべきことでない。日本人でも、倫理性が十分でない人間は、残念ながら、少なくない。
 
 一方、日本の相撲とその伝統的倫理を絶対視し続けることには疑問を覚える。外国人力士を相撲界は必要としている。数が少ないうちは、外国人力士の影響を斟酌する必要はないだろうが、多くなれば、その影響力が出てくるのは自然であり、相撲界としてどのように受け止めるかという角度から見ることも必要になる。
 
 相撲協会は実際どのように対処しているか。白鵬が行事や審判に不服を示したとき、審判員はその場で厳しくたしなめず、後で注意したそうだ。それは慎重な対応であったが、相撲界の倫理を維持する上で適切であったか疑問である。その場は穏便に済ますというような事なかれ主義でなかったか。
 「モンゴル化」を誇張してはならないが、それが進行すると大相撲は成り立たなくなる。白鵬の言動にはその危険があると見るべきではないか。
 将来、大相撲の伝統とモンゴル人力士によってもたらされる変化のあいだで折り合いをつけることが必要となるかもしれないが、当面は、相撲界の倫理の維持に努力を集中し、そのうえで可能な限り修正していくことが肝要だ。倫理の学習は教室で教えてもなかなか身につかない。今回の事件だけでなく白鵬の問題についても、小手先で済ますのでなく、その根底にある大きな問題に正面から取り組むべきではないか。
2017.11.28

米国における慰安婦像問題

 米サンフランシスコ市議会は11月14日、慰安婦を象徴する少女像の寄贈を民間団体から受け入れる議案を可決した。吉村大阪市長はサンフランシスコ市のリー市長に対し、少女像の寄贈を拒否するよう求めていたが、リー市長は22日、寄贈の受け入れを承認した。
  
 サンフランシスコに限らない。ざんねんながら、今後、米国のほかの都市でも、とくに、アジア系米国人の影響力が強いところでは、同様の問題が発生する恐れがある。日本側としてどのように対応するべきか。複雑な問題だが、最低限次のようなことには注意が必要だと思う。

 第1に、日本側の論法は国際的に通用するか、慎重にふるいにかけたうえで議論を展開する必要がある。「〇〇しないと××する」という最後通牒的な要求は、日本(の一部)では評判が良いかもしれないが、絶対避けるべきだ。国際社会では、最後通牒を突き付けられて、ハイわかりましたということにならない。それどころか、逆効果になる危険が大きい。最後通牒が失敗した例は歴史上いくつもある。
 
 第2に、代替案を示すことも考えてみるべきだ。少女像に一方的な、偏った歴史認識が刻まれるのであれば、正しい、客観的な認識を示し、それを問題の歴史認識とならべて表示することを最低限の要求とすることも一案であろう。

 第3に、日本側が、力ずくで、あるいは財力にものを言わせて主張を通そうとしているという印象を与えないよう、細心の注意を払うべきである。

 第4に、国際社会は、日本が女性の権利を擁護する国際的な運動を支持すること、あるいは日本自身が積極的に展開することを求めている。日本側として、慰安婦問題に関する反論に力を入れるあまり、女性の権利の擁護に不熱心だ、ないしは反対しているという誤解を与えないようにすることが肝要である。

2017.11.25

インド太平洋協力

 トランプ大統領のアジア歴訪、APEC首脳会議などの際に、同大統領と安倍首相が「インド太平洋協力」に言及したことが注目されている。この構想は安倍首相が以前から提起してきたことであるが、内容はまだ固まっていない。大事なことは今後この構想がどのように具体化されるかである。
 この構想は、日米豪印4カ国の協力が核となっている。わが外務省は「日米豪印のインド太平洋に関する協議」として、次の説明を行っている。
①11月12日,フィリピンのマニラにおいて,我が国,オーストラリア,インド及び米国の外交当局は,インド太平洋地域における法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の確保に向けた取組につき,議論を行いました。
②こうした観点から,この協議の参加者は,インド太平洋地域におけるルールに基づく秩序・国際法の尊重の堅持,圧力を最大化させることが必要な北朝鮮による核・ミサイル問題を含む拡散の脅威への対応,インド太平洋地域における航行の自由及び海洋安全保障の確保,テロ対策等に関する協力の方向性につき,域内各国との協力を含め,議論を行いました。
③また,この協議の参加者は,議論を継続するとともに,共通の価値と原則に基づく協力を深化させていくことを確認しました。

 一方、中国は「インド太平洋協力」に警戒的である。中国としては、「一帯一路」構想を進めるのに「インド太平洋協力」は役に立たない、妨げになる恐れもあると見ているのだろう。
 欧米のメディアなどでは、「インド太平洋協力」は民主主義国家の連帯であると見られている。関係国の政府は言わないが、そのような意味合いがあることは当然承知の上であろう。中国が南シナ海などで国際法違反の行動を続けていることがこの構想の背景にあるのだ。

 「インド太平洋協力」については、日米豪印4カ国の安全保障面での協力が重要な柱となっている。
 米国とインドは2000年代初めからテロ対策などを目的に毎年合同で海上演習が行ってきた。
 2007年9月、ベンガル湾において日米豪印にシンガポールが加わり、5カ国間で海上合同演習、Malabar07-02が行われた。この実現に、安倍首相(第1期政権)は積極的な役割を果たしたと言われている。
 中国はこの演習の時から警戒感を抱き、インドと豪州に対して、中国として懸念があると申し入れを行った。その結果、インドは米国以外の国がMalabar演習に参加するのに消極的になり、オーストラリアと日本は、インドの立場をおもんばかったのだろうが、参加を中止した。
 その後、中国による南シナ海での膨張的行動を前にして状況が再び変化した。また、2014年にナレンドラ・モディ氏がインドの首相に就任したことも大きな要因であった。
 2015年、日印豪3カ国の協議を経て、インドは日本のMalabar演習への参加に同意した。
 オーストラリアもMalabar演習への参加に再び意欲的となったが、まだ実現していない。、インドからの入国ビザについてオーストラリアが制限的な措置を取っていることが問題になっていると言われている。

 11月24日付の環球時報(人民日報系)は22日付のロイター(インド版)に基づき次のように報道している。
 米日豪の間では円滑に合同演習ができるが、インドは弱点となっており、共同訓練は制約を受けている。
 インド海軍の艦艇はロシア製が多い。そのうえ、インド政府と軍は今でも保守的で、他国と軍事情報を共有するのに極度に消極的である。米国がインドに簡便な位置情報利用機器の提供を申し出たがインド側は拒否した。
通信系統も他の3国と異なっている。日本の海上自衛隊がインド海軍と合同演習を行った際、GPSを利用したり、共通の周波数を使うことができなかったので旧式の音声による方法で通信するほかなかったという。
 昨年、米印両国はロジスティクス協定に合意した。一歩前進だが、「通信・情報安全に関する覚書」と「基本交換・協力協定」はまだ合意されていない。

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