1月, 2022 - 平和外交研究所
2022.01.28
ウクライナをめぐって欧米諸国とロシアの対立が先鋭化している。米国防総省はロシア軍がウクライナ国境で昨年10月末以来軍事圧力を強め、10万人に及ぶ部隊を結集させていることを問題視し、約8500人の米軍部隊に派遣に備えた警戒態勢を取るよう命じたと1月24日に発表した。
米国のバイデン大統領はロシアのプーチン大統領をけん制するとともに、ウクライナのゼレンスキー大統領に対しては、ロシアがウクライナに侵攻した場合、米国と同盟・友好国は「断固として対応する」方針を表明するなどウクライナの安全を確保していく姿勢を示している。
ウクライナが恐れているのは、東部の国境を越えてロシア軍が侵攻してくることである。この問題については2014年3月のロシアによるクリミア併合の影響が尾を引いており、またウクライナの内政が絡んでいるため複雑な状況になっている。主な経緯をまとめてみた。
ウクライナ東部のドンバス地方(ドネツィク州とルハーンシク(ルガンスクとも表記される)州)は、その約3割が親ロシア派勢力の占拠下にあり、クリミアの併合に至る過程と並行して、親ロシア派はロシアへの併合を求め、そのため「国民投票」を呼びかけてきた。この要求は実現しなかったが、東部ではウクライナ政府支持派と親ロシア派の暴力的な衝突が起こり、西欧諸国による仲介で休戦が成立してもまた戦闘状態に陥るという悪循環を繰り返してきた。この間、累計で約1万4000人にのぼる死者が出たという。
そもそもウクライナはソ連の崩壊後、NATOへの加盟を目指したこともあったが、地政学的にロシアと欧州に挟まれており、ロシアを過度に刺激しないよう「非同盟」の方針を取ってきた。しかし、ロシアがクリミアを併合するなど侵略的な姿勢を強めるなかでウクライナの新大統領に就任したペトロ・ポロシェンコは実業家で政治経験も豊かな人物であり、西側に接近し、ロシアとは対決する姿勢を鮮明にした。同大統領のもとでウクライナ議会は「非同盟」を捨て、NATO への加盟を追求していくこと、そしてそれが可能になるための状況を作り出していくことを確認する法案を圧倒的多数で可決し、2015年 5 月、「ウクライナ国家安全保障戦略」が採択された。ロシアはこれに強硬に反対した。
2019年2月、次期大統領選の直前であったが、ポロシェンコ大統領は憲法を改正し、将来的なNATO(北大西洋条約機構)加盟を目指す方針を明記した。
しかし、3~4月の大統領選でポロシェンコは新人のタレント候補ウォロディミル・ゼレンスキーに惨敗した。ポロシェンコ氏は就任後、「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥の領袖が政治・経済を牛耳るなど蔓延する腐敗を解消すると声明していたが一向に実現せず、自らが保有する製菓大手のロシェン社を手放すという公約も実行しなかった。また、ポロシェンコ側近による軍備関連の汚職事件も露見した。一方、家庭向けのガス料金が2018年11月に引き上げられるなど、国民生活は悪化し不満が蓄積し、ポロシェンコは国民の支持を失った。ウクライナ国民は、古株の政治家たちに強い不信感を抱き、政治経験のない者に期待するようになっており、NATOとの加盟交渉を始めるよりも、エリートの特権や腐敗を根絶することを望んでいるという。
このようなウクライナの政治状況を見越してか、東部における親ロシア勢力による停戦違反が相次ぎ、政府軍との対立が激化している。ゼレンスキー大統領にとって頼みの綱はやはり米国であり、2021年に入ると2~3か月に1回くらいの頻度でバイデン大統領と電話会談を行い、ウクライナへの「揺るぎない支持」を取り付けてきた。
さらにゼレンスキー大統領は訪米し、8月30日にバイデン大統領と対面で会談。ドンバス地方における親ロ派勢力との7年にわたる武力紛争の終結に向け、和平交渉への米国のさらなる関与を要望した。これに対し、バイデン氏は、米国は「ロシアの侵略に直面するウクライナの主権と領土保全にしっかりと関与し続ける」と表明したという。
2022年1月19日、バイデン大統領は就任1年を迎えての記者会見で、「私の推測では、ロシアはウクライナに侵攻するだろう。プーチン大統領は何かしなければならないはずだ」と述べ、また、プーチン氏が西側諸国を「試す」行為をすれば、「深刻で高い代償」を払うことになるだろうと警告した。だがこれらの発言に加えて「小規模な侵攻」であれば、代償も小規模にとどまる可能性を示唆した。
この発言はウクライナにおいてさざ波を作り出した。ゼレンスキー大統領は20日、「小規模な侵攻などない」と反発した。
バイデン大統領は釈明したかったのであろう。1月27日、ゼレンスキー大統領に電話し、ロシアがウクライナに侵攻した場合、米国は断固とした対応を取る用意があるとあらためて表明した。また、ロシアの軍備増強による圧力が高まる中、ウクライナ経済を支えるため米国は追加のマクロ経済支援を検討していると伝えた。
「小規模侵攻」発言はこれで一応収まったかに見えるが、NATO加盟問題が落着したのではない。ロシアがウクライナとの国境付近に大軍を配置させているのは、ロシアの安全保障上必要だという理由からである。ロシアは昨年12月、米欧との協議において、ウクライナなど旧ソ連諸国にNATOを拡大させない確約を求め、国境周辺での攻撃型兵器の配備や軍事演習の停止などを盛り込んだ「安全の保証」に関する条約案を提示し、米国とNATOに書面での回答を求めた。
1月26日、米国とNATOは、NATOの不拡大は拒否し、軍事演習の制限などでは交渉の余地を残す内容の回答を行ったと発表した。
ゼレンスキー大統領は困難な立場にある。個人的には米国やEU諸国のみならず、ロシアとも友好関係を回復し、東部の親ロシア勢力と何らかの形で妥協し、国内問題に専念したいだろうが、NATOへの加盟問題が決着しない限り、米国やEUとロシアの対立に巻き込まれるのは不可避である。そうすると東部問題は今後も厄介な火種となって残る。そしてウクライナ国内は米欧とロシアの対立と無関係ではありえない。総じて、米ロの激しいつばぜり合いが続く中、ウクライナが安定を取り戻すのは容易でなさそうである。
ウクライナ・米国・ロシア
ウクライナをめぐって欧米諸国とロシアの対立が先鋭化している。米国防総省はロシア軍がウクライナ国境で昨年10月末以来軍事圧力を強め、10万人に及ぶ部隊を結集させていることを問題視し、約8500人の米軍部隊に派遣に備えた警戒態勢を取るよう命じたと1月24日に発表した。
米国のバイデン大統領はロシアのプーチン大統領をけん制するとともに、ウクライナのゼレンスキー大統領に対しては、ロシアがウクライナに侵攻した場合、米国と同盟・友好国は「断固として対応する」方針を表明するなどウクライナの安全を確保していく姿勢を示している。
ウクライナが恐れているのは、東部の国境を越えてロシア軍が侵攻してくることである。この問題については2014年3月のロシアによるクリミア併合の影響が尾を引いており、またウクライナの内政が絡んでいるため複雑な状況になっている。主な経緯をまとめてみた。
ウクライナ東部のドンバス地方(ドネツィク州とルハーンシク(ルガンスクとも表記される)州)は、その約3割が親ロシア派勢力の占拠下にあり、クリミアの併合に至る過程と並行して、親ロシア派はロシアへの併合を求め、そのため「国民投票」を呼びかけてきた。この要求は実現しなかったが、東部ではウクライナ政府支持派と親ロシア派の暴力的な衝突が起こり、西欧諸国による仲介で休戦が成立してもまた戦闘状態に陥るという悪循環を繰り返してきた。この間、累計で約1万4000人にのぼる死者が出たという。
そもそもウクライナはソ連の崩壊後、NATOへの加盟を目指したこともあったが、地政学的にロシアと欧州に挟まれており、ロシアを過度に刺激しないよう「非同盟」の方針を取ってきた。しかし、ロシアがクリミアを併合するなど侵略的な姿勢を強めるなかでウクライナの新大統領に就任したペトロ・ポロシェンコは実業家で政治経験も豊かな人物であり、西側に接近し、ロシアとは対決する姿勢を鮮明にした。同大統領のもとでウクライナ議会は「非同盟」を捨て、NATO への加盟を追求していくこと、そしてそれが可能になるための状況を作り出していくことを確認する法案を圧倒的多数で可決し、2015年 5 月、「ウクライナ国家安全保障戦略」が採択された。ロシアはこれに強硬に反対した。
2019年2月、次期大統領選の直前であったが、ポロシェンコ大統領は憲法を改正し、将来的なNATO(北大西洋条約機構)加盟を目指す方針を明記した。
しかし、3~4月の大統領選でポロシェンコは新人のタレント候補ウォロディミル・ゼレンスキーに惨敗した。ポロシェンコ氏は就任後、「オリガルヒ」と呼ばれる新興財閥の領袖が政治・経済を牛耳るなど蔓延する腐敗を解消すると声明していたが一向に実現せず、自らが保有する製菓大手のロシェン社を手放すという公約も実行しなかった。また、ポロシェンコ側近による軍備関連の汚職事件も露見した。一方、家庭向けのガス料金が2018年11月に引き上げられるなど、国民生活は悪化し不満が蓄積し、ポロシェンコは国民の支持を失った。ウクライナ国民は、古株の政治家たちに強い不信感を抱き、政治経験のない者に期待するようになっており、NATOとの加盟交渉を始めるよりも、エリートの特権や腐敗を根絶することを望んでいるという。
このようなウクライナの政治状況を見越してか、東部における親ロシア勢力による停戦違反が相次ぎ、政府軍との対立が激化している。ゼレンスキー大統領にとって頼みの綱はやはり米国であり、2021年に入ると2~3か月に1回くらいの頻度でバイデン大統領と電話会談を行い、ウクライナへの「揺るぎない支持」を取り付けてきた。
さらにゼレンスキー大統領は訪米し、8月30日にバイデン大統領と対面で会談。ドンバス地方における親ロ派勢力との7年にわたる武力紛争の終結に向け、和平交渉への米国のさらなる関与を要望した。これに対し、バイデン氏は、米国は「ロシアの侵略に直面するウクライナの主権と領土保全にしっかりと関与し続ける」と表明したという。
2022年1月19日、バイデン大統領は就任1年を迎えての記者会見で、「私の推測では、ロシアはウクライナに侵攻するだろう。プーチン大統領は何かしなければならないはずだ」と述べ、また、プーチン氏が西側諸国を「試す」行為をすれば、「深刻で高い代償」を払うことになるだろうと警告した。だがこれらの発言に加えて「小規模な侵攻」であれば、代償も小規模にとどまる可能性を示唆した。
この発言はウクライナにおいてさざ波を作り出した。ゼレンスキー大統領は20日、「小規模な侵攻などない」と反発した。
バイデン大統領は釈明したかったのであろう。1月27日、ゼレンスキー大統領に電話し、ロシアがウクライナに侵攻した場合、米国は断固とした対応を取る用意があるとあらためて表明した。また、ロシアの軍備増強による圧力が高まる中、ウクライナ経済を支えるため米国は追加のマクロ経済支援を検討していると伝えた。
「小規模侵攻」発言はこれで一応収まったかに見えるが、NATO加盟問題が落着したのではない。ロシアがウクライナとの国境付近に大軍を配置させているのは、ロシアの安全保障上必要だという理由からである。ロシアは昨年12月、米欧との協議において、ウクライナなど旧ソ連諸国にNATOを拡大させない確約を求め、国境周辺での攻撃型兵器の配備や軍事演習の停止などを盛り込んだ「安全の保証」に関する条約案を提示し、米国とNATOに書面での回答を求めた。
1月26日、米国とNATOは、NATOの不拡大は拒否し、軍事演習の制限などでは交渉の余地を残す内容の回答を行ったと発表した。
ゼレンスキー大統領は困難な立場にある。個人的には米国やEU諸国のみならず、ロシアとも友好関係を回復し、東部の親ロシア勢力と何らかの形で妥協し、国内問題に専念したいだろうが、NATOへの加盟問題が決着しない限り、米国やEUとロシアの対立に巻き込まれるのは不可避である。そうすると東部問題は今後も厄介な火種となって残る。そしてウクライナ国内は米欧とロシアの対立と無関係ではありえない。総じて、米ロの激しいつばぜり合いが続く中、ウクライナが安定を取り戻すのは容易でなさそうである。
2022.01.24
度重なるミサイルの発射実験や新たな核実験の示唆は、東アジアの平和と安全にとって大きな脅威となる。経済的に危機的な状況にある北朝鮮は、各国との関係を一層悪化させるようなことをなぜするのか、不可解である、というのが多くの国の見方であり、北朝鮮は危険な瀬戸際外交を行っていると非難される。だが、北朝鮮の考えを知る努力も必要であろう。北朝鮮としては以下のように見ているのではないかと思われる。
〇北朝鮮にとって米国との関係がどの国よりも重要であることは今後も変わらない。韓国とはいろいろな事情が絡んでおり、文在寅政権は北朝鮮に対して友好的姿勢をみせるが、北朝鮮として最も期待する制裁の解除には役立たない。韓国では3月9日に選挙が行われ、新大統領となるが、新政権は制裁解除に役立つかが最重要の問題である。
〇バイデン政権が成立以来の北朝鮮政策を維持する限り、新しい状況を作り出すことは困難である。バイデン大統領は、表舞台では北朝鮮のミサイル発射実験を非難しつつ、国務省の朝鮮問題専門家などに北朝鮮との交渉を進展させる道を非公式に探らせているが、その方法は官僚重視のボトムアップ型である。交渉を進展させるには米国としての政治的な意思を示すことが必要である。
〇バイデン政権は、成立以来中国に対して厳しい姿勢を取ってきたが、最近は、ロシアがウクライナにおいて事を起こす危険が高まっており、米国にとって、中国とロシアとの関係が最大の課題となっている。またその関係で米国内でもバイデン政権に対する批判が高まる可能性がある。これらの状況も米国が北朝鮮との関係においてイニシャチブを取るのに妨げになっている。
〇北朝鮮としては、中国及びロシアとの関係を損なわない範囲内で、米国に対し強い態度で臨むことが得策である。トランプ政権時代に踏み切ったミサイルと核の実験停止を解除する、あるいはそれを示唆することが北朝鮮の自由な行動の範囲を広めることになる。
〇中国との貿易は制裁により制約を受けているが、中国は米国と厳しく対立する結果、米国の言いなりにならなくなっている。北朝鮮との貿易にも柔軟に対応する可能性が出てきている。(注 中国からの援助物資を積んだ列車が数日前、2年ぶりに北朝鮮に入ったことが注目される。)
一方、日本の岸田政権は、現在まで前政権の対北朝鮮姿勢を変えていないが、バイデン政権から新しい政策が取られる可能性はますます遠のいているだけに、日本としてどのような役割を果たすべきか、新たなマインドで検討すべきではないかと思われる。たとえば、北朝鮮がミサイルと核の実験を停止し続けることと引き換えに、毎年定期的に行われている、北朝鮮を標的とする米韓合同演習の在り方を日米韓で検討しなおす余地があるのではないか。
北朝鮮の外交展望
北朝鮮の朝鮮中央通信は1月20日、朝鮮労働党中央委員会政治局会議が19日に開かれ、「暫定的に中止していた全ての活動を再稼働する問題を、迅速に検討するよう当該部門に指示した」と報道した。北朝鮮は今月に入ってから5日、11日、14日、17日にミサイルの発射実験を行ったばかりであった。度重なるミサイルの発射実験や新たな核実験の示唆は、東アジアの平和と安全にとって大きな脅威となる。経済的に危機的な状況にある北朝鮮は、各国との関係を一層悪化させるようなことをなぜするのか、不可解である、というのが多くの国の見方であり、北朝鮮は危険な瀬戸際外交を行っていると非難される。だが、北朝鮮の考えを知る努力も必要であろう。北朝鮮としては以下のように見ているのではないかと思われる。
〇北朝鮮にとって米国との関係がどの国よりも重要であることは今後も変わらない。韓国とはいろいろな事情が絡んでおり、文在寅政権は北朝鮮に対して友好的姿勢をみせるが、北朝鮮として最も期待する制裁の解除には役立たない。韓国では3月9日に選挙が行われ、新大統領となるが、新政権は制裁解除に役立つかが最重要の問題である。
〇バイデン政権が成立以来の北朝鮮政策を維持する限り、新しい状況を作り出すことは困難である。バイデン大統領は、表舞台では北朝鮮のミサイル発射実験を非難しつつ、国務省の朝鮮問題専門家などに北朝鮮との交渉を進展させる道を非公式に探らせているが、その方法は官僚重視のボトムアップ型である。交渉を進展させるには米国としての政治的な意思を示すことが必要である。
〇バイデン政権は、成立以来中国に対して厳しい姿勢を取ってきたが、最近は、ロシアがウクライナにおいて事を起こす危険が高まっており、米国にとって、中国とロシアとの関係が最大の課題となっている。またその関係で米国内でもバイデン政権に対する批判が高まる可能性がある。これらの状況も米国が北朝鮮との関係においてイニシャチブを取るのに妨げになっている。
〇北朝鮮としては、中国及びロシアとの関係を損なわない範囲内で、米国に対し強い態度で臨むことが得策である。トランプ政権時代に踏み切ったミサイルと核の実験停止を解除する、あるいはそれを示唆することが北朝鮮の自由な行動の範囲を広めることになる。
〇中国との貿易は制裁により制約を受けているが、中国は米国と厳しく対立する結果、米国の言いなりにならなくなっている。北朝鮮との貿易にも柔軟に対応する可能性が出てきている。(注 中国からの援助物資を積んだ列車が数日前、2年ぶりに北朝鮮に入ったことが注目される。)
一方、日本の岸田政権は、現在まで前政権の対北朝鮮姿勢を変えていないが、バイデン政権から新しい政策が取られる可能性はますます遠のいているだけに、日本としてどのような役割を果たすべきか、新たなマインドで検討すべきではないかと思われる。たとえば、北朝鮮がミサイルと核の実験を停止し続けることと引き換えに、毎年定期的に行われている、北朝鮮を標的とする米韓合同演習の在り方を日米韓で検討しなおす余地があるのではないか。
2022.01.21
本件は2021年12月29日に当研究所HPですでに論じたことであるが、この際要点をあらためて確認しておきたい。特に、韓国が反対するからということが登録推薦を断念する理由であるとする報道が目に付くが、それだけでは最も大事な点が抜け落ちている。国際社会の意思を日本が無視したことになる恐れが大きいことが問題である。
韓国が反対しても、日本側に理があると確信しているのであれば、その旨を、登録を決定する世界遺産委員会において主張すればよい。しかし、日本の主張が通るかいなか明確でなければ妥協の道を探るべきである。
日本と韓国の間では類似の問題が長崎の軍艦島の登録について起こっている。詳しい経緯は下に引用する一文で述べているので繰り返さないが、要点は、2021年6月、世界遺産委員会から派遣された専門家が日本に来て関連施設を視察した結果、日本の対応は「不十分だ」と断定し、その旨を報告書で公表した。これを受けて世界遺産委員会は、7月22日、登録時に日本側に対応を求めた決議の多くの点は履行されているとしたものの、旧朝鮮半島出身労働者についてはいまだ十分でないとし、強く遺憾に思うとした決議を全会一致で採択した。日本側はこの決議を今日に至るも無視し続けているのである。
日本側がもし今後も同様の態度で臨むならば、いつまでも日本は「決議違反」あるいは「決議無視」の非難を浴びることとなり、将来類似のケース、つまり「徴用工問題」が関係するケースにおいては、世界遺産委員会、ひいてはユネスコで理解は得られない状況が続くことになる。
要は、世界遺産委員会において示された各国の意思を、日本が無視していることが問題である。このような事態は一刻も早く是正しなければならない。
2021.12.29 平和外交研究所ホームページ
佐渡金山遺跡の世界遺産登録問題
我が国の文化審議会は2021年12月28日、2023年の世界文化遺産登録の候補として佐渡金山遺跡(新潟県佐渡市)を選定すると答申した。ただしこの答申には、「日本政府は審議会の答申通りにユネスコ(国連教育科学文化機関)に推薦するかどうか、総合的に検討する」という趣旨の異例の注釈がつけられた。
日本の遺跡が世界文化遺産として登録されるのは喜ばしいことであるが、そのような注釈がついたのは、戦時中、佐渡の鉱山で朝鮮半島出身者が働いていたことが国際的に問題になりうるからである。世界遺産の登録を決定する「世界遺産委員会」は佐渡金山遺跡の登録申請に対して否定的な見解を示す可能性があるという。
旧朝鮮半島出身労働者に関して国際的問題が起こったのは「軍艦島」(長崎市の端島炭坑のこと)が先であった。日本政府は軍艦島を含む23の「明治日本の産業革命遺産」について、2015年に世界遺産登録を求め、これは認められた。その際世界遺産委員会は旧朝鮮半島出身労働者関連の歴史全体を理解できるような工夫を加えることを日本側に求める決議を行った。これに対し日本政府は、犠牲者を記憶にとどめるための措置をとると約束し、2020年、「産業遺産情報センター」を東京新宿区に設置した。
だが2021年6月、世界遺産委員会から派遣された専門家が同センターを視察した結果、旧朝鮮半島出身労働者らについての展示は、産業遺産の「より暗い側面」を見学者が判断できるような「多様な証言」を提示しようとしておらず、犠牲者についての説明も「不十分だ」と断定し、その旨を報告書で公表した。これを受けて世界遺産委員会は、7月22日、登録時に日本側に対応を求めた決議の多くの点は履行されているとしたものの、旧朝鮮半島出身労働者についてはいまだ十分でないとし、強く遺憾に思うとした決議を全会一致で採択した。つまり、「明治日本の産業革命遺産」について、世界遺産委員会は全体的には日本政府が追加措置をとったことを認めたが、旧朝鮮半島出身労働者に関しては措置を取っていなと批判したのであった。
しかし世界遺産委員会の新たな決議に対し、日本政府は強気の態度を取り、約束は果たしていると突っぱねた。加藤勝信官房長官は21日の記者会見で、「我が国はこれまでの世界遺産委員会における決議、勧告を真摯(しんし)に受け止め、約束した措置を含め、誠実に実行して履行してきた」と表明した。また、外務省幹部は「決議で日本の立場を変えることはない」と話したという。
そんな対応でよいのだろうか。国際的に問題を具体的に指摘されても、日本側に反論があれば主張すればよい。しかし専門家はセンター側の反論を聞き、実地に視察したうえで日本側の対応は不十分だと判断したのであり、また世界遺産委員会は強く遺憾に思うと全会一致で決議したのである。この状況は真剣に受け止めるべきであり、突っぱねるだけでは状況は悪化するのみである。世界の意思を無視した対応を取り続けると日本の汚点になる。
佐渡金山遺跡の世界遺産登録を試みようとすれば、軍艦島に関して生じた以上の問題はそっくり降りかかってくる。対応策は地元と日本政府が協議して決めるのだが、あえて言えば、「軍艦島の例を反面教師として、旧朝鮮半島出身労働者問題について、国際的に通用する内容の説明を加える。それができるようになるまで、佐渡金山遺跡の登録申請を延期する」のがよいのではないか。
本件のような問題については政治的なドロドロがつきものである。軍艦島問題も例に漏れないが、どんな泥泥臭いことが国内にあっても日本としての対応は世界に通用するものでなければならない。
佐渡島金山の世界遺産登録を断念すること
日本政府は、「佐渡島の金山」を世界文化遺産として2023年登録に向け推薦することを断念する方針だという。地元の人たちにとっては残念なことだろうが、政府の方針は正しい。本件は2021年12月29日に当研究所HPですでに論じたことであるが、この際要点をあらためて確認しておきたい。特に、韓国が反対するからということが登録推薦を断念する理由であるとする報道が目に付くが、それだけでは最も大事な点が抜け落ちている。国際社会の意思を日本が無視したことになる恐れが大きいことが問題である。
韓国が反対しても、日本側に理があると確信しているのであれば、その旨を、登録を決定する世界遺産委員会において主張すればよい。しかし、日本の主張が通るかいなか明確でなければ妥協の道を探るべきである。
日本と韓国の間では類似の問題が長崎の軍艦島の登録について起こっている。詳しい経緯は下に引用する一文で述べているので繰り返さないが、要点は、2021年6月、世界遺産委員会から派遣された専門家が日本に来て関連施設を視察した結果、日本の対応は「不十分だ」と断定し、その旨を報告書で公表した。これを受けて世界遺産委員会は、7月22日、登録時に日本側に対応を求めた決議の多くの点は履行されているとしたものの、旧朝鮮半島出身労働者についてはいまだ十分でないとし、強く遺憾に思うとした決議を全会一致で採択した。日本側はこの決議を今日に至るも無視し続けているのである。
日本側がもし今後も同様の態度で臨むならば、いつまでも日本は「決議違反」あるいは「決議無視」の非難を浴びることとなり、将来類似のケース、つまり「徴用工問題」が関係するケースにおいては、世界遺産委員会、ひいてはユネスコで理解は得られない状況が続くことになる。
要は、世界遺産委員会において示された各国の意思を、日本が無視していることが問題である。このような事態は一刻も早く是正しなければならない。
2021.12.29 平和外交研究所ホームページ
佐渡金山遺跡の世界遺産登録問題
我が国の文化審議会は2021年12月28日、2023年の世界文化遺産登録の候補として佐渡金山遺跡(新潟県佐渡市)を選定すると答申した。ただしこの答申には、「日本政府は審議会の答申通りにユネスコ(国連教育科学文化機関)に推薦するかどうか、総合的に検討する」という趣旨の異例の注釈がつけられた。
日本の遺跡が世界文化遺産として登録されるのは喜ばしいことであるが、そのような注釈がついたのは、戦時中、佐渡の鉱山で朝鮮半島出身者が働いていたことが国際的に問題になりうるからである。世界遺産の登録を決定する「世界遺産委員会」は佐渡金山遺跡の登録申請に対して否定的な見解を示す可能性があるという。
旧朝鮮半島出身労働者に関して国際的問題が起こったのは「軍艦島」(長崎市の端島炭坑のこと)が先であった。日本政府は軍艦島を含む23の「明治日本の産業革命遺産」について、2015年に世界遺産登録を求め、これは認められた。その際世界遺産委員会は旧朝鮮半島出身労働者関連の歴史全体を理解できるような工夫を加えることを日本側に求める決議を行った。これに対し日本政府は、犠牲者を記憶にとどめるための措置をとると約束し、2020年、「産業遺産情報センター」を東京新宿区に設置した。
だが2021年6月、世界遺産委員会から派遣された専門家が同センターを視察した結果、旧朝鮮半島出身労働者らについての展示は、産業遺産の「より暗い側面」を見学者が判断できるような「多様な証言」を提示しようとしておらず、犠牲者についての説明も「不十分だ」と断定し、その旨を報告書で公表した。これを受けて世界遺産委員会は、7月22日、登録時に日本側に対応を求めた決議の多くの点は履行されているとしたものの、旧朝鮮半島出身労働者についてはいまだ十分でないとし、強く遺憾に思うとした決議を全会一致で採択した。つまり、「明治日本の産業革命遺産」について、世界遺産委員会は全体的には日本政府が追加措置をとったことを認めたが、旧朝鮮半島出身労働者に関しては措置を取っていなと批判したのであった。
しかし世界遺産委員会の新たな決議に対し、日本政府は強気の態度を取り、約束は果たしていると突っぱねた。加藤勝信官房長官は21日の記者会見で、「我が国はこれまでの世界遺産委員会における決議、勧告を真摯(しんし)に受け止め、約束した措置を含め、誠実に実行して履行してきた」と表明した。また、外務省幹部は「決議で日本の立場を変えることはない」と話したという。
そんな対応でよいのだろうか。国際的に問題を具体的に指摘されても、日本側に反論があれば主張すればよい。しかし専門家はセンター側の反論を聞き、実地に視察したうえで日本側の対応は不十分だと判断したのであり、また世界遺産委員会は強く遺憾に思うと全会一致で決議したのである。この状況は真剣に受け止めるべきであり、突っぱねるだけでは状況は悪化するのみである。世界の意思を無視した対応を取り続けると日本の汚点になる。
佐渡金山遺跡の世界遺産登録を試みようとすれば、軍艦島に関して生じた以上の問題はそっくり降りかかってくる。対応策は地元と日本政府が協議して決めるのだが、あえて言えば、「軍艦島の例を反面教師として、旧朝鮮半島出身労働者問題について、国際的に通用する内容の説明を加える。それができるようになるまで、佐渡金山遺跡の登録申請を延期する」のがよいのではないか。
本件のような問題については政治的なドロドロがつきものである。軍艦島問題も例に漏れないが、どんな泥泥臭いことが国内にあっても日本としての対応は世界に通用するものでなければならない。
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