平和外交研究所

11月, 2015 - 平和外交研究所

2015.11.30

(短評)トルコによるロシア機撃墜

 トルコによるロシア機撃墜事件をめぐって両国関係が悪化し、ロシアはトルコに謝罪を求めるとともに、ISの石油をトルコが購入していると非難している。
 一方、トルコはロシア機がトルコの領空を侵犯し、トルコ側からの警告を無視したと主張し、謝罪に応じないので、ロシアはトルコに対する制裁としてビザなし渡航の停止、トルコからの輸入の制限、文化交流の中止、トルコ企業のロシア国内での活動の制限などを実施する方針だ、あるいはすでに実施したと伝えられている。
 この間、トルコのエルドアン大統領はプーチン大統領との会談を希望しているが、プーチン大統領は応じていない。しかし、パリで開催されるCOP21に両人とも出席するので会談が実現するかもしれないと言われている。
 ロシアかトルコか、いずれの主張が正しいか我々には分からない。ただ、トルコは事件についてNATOで説明しなければならないので、虚偽の報告は困難になる一方、ロシアにはこのような制約はないという違いがあるとは言えるだろう。
 一方、かりにロシア機がトルコ側を挑発したとしても、しょせん十数秒間の侵犯であり、それを撃墜するのは適切であったか疑問であることも指摘できそうだ。

 今回の事件についてはこのようなことを含め、多くの人が様々な感想を抱いているだろうが、私は次のような原則を忘れないことが重要だと考える。
 第1に、上空や海上で起こったことの真相は分からない。日本の領海内でも海難事件が発生することがあるが、当事者の主張が対立するのは珍しくなく、真相の究明は裁判で初めて可能になる。裁判結果が出てもなお疑問が出ることもある。ましてや、国際間で起こった事件については、真相の究明は困難だ。
 したがって、事件にかかわる国の政府は、自国民の行為は絶対正しかったという前提に立たないで真相を究明する姿勢が必要だ。自国民を批判するのではない。誰にでも間違いは起こりうるということを国際間でも忘れないということだ。
 第2に、どの国の政府も国内の(偏狭な)ナショナリズムの突き上げをうまく処理する必要がある。ナショナリズムに迎合する行動をとらないことが肝要だが、実際にはその点で疑問があることがあり、ひどい場合には、ナショナリズムをあおる結果になる行動も見られる。
 第3に、国際の平和と安定を脅かす問題であれば、国連の安保理が取り上げ、事態の収拾を図る。これが国際社会の仕組みなので、それを利用すべきである。安保理以外に法的な判断をする国際司法裁判所、仲裁のための国際仲裁裁判所もある。さらに地域的な安全保障の仕組みを利用できる場合もあろう。今回の事件についてはまだそのような国際的仕組みに頼るまでに至っていないようだ。

 以上のような原則から現在のロシア・トルコ間の紛糾を見ると、双方ともお互いに相手方の要求を一定程度受け入れる余地がありそうだ。プーチン大統領は、トルコ側の謝罪を前提条件としないでエルドアン大統領と会談すべきであるし、エルドアン大統領は、トルコ側に非は全くなかったと突っぱねないで、トルコ側にも行き過ぎがあったかもしれないという前提で対応する余地があるように思われる。
 今回の事件は単独で見るべきでなく、ISとの戦いとの関連、さらにはウクライナ問題に関して西側諸国が制裁措置を取ったこととの関連など事件の背景にある複雑な諸要因についての考慮も必要だろうが、上にあげた3点は両国に当てはまる基本原則だと思われる。
2015.11.27

イランの核開発合意は履行されつつある

 イランの核開発問題についてさる7月14日にイランと6カ国が合意に達した後も、イランはこの合意を尊重するか、米議会やメディアなどでは懐疑的な見方が非常に多かった。
 イランの核開発が国際問題化して以来すでに10年以上も経過している。交渉がそれだけ長引いたのはイランが国際原子力機関(IAEA)の査察に協力しなかったことが主たる原因だ。すべての責任がイランにあると決めつけるのも問題だが、イランが圧倒的に不利な状況にあったことは否定できない。したがって、イランとの最終合意が成立した後も懐疑論が渦巻いたのは避けがたいことであった。

 合意された仕組みの査察が本当に有効か、イランが隠ぺいしようとしても阻止できるかという根本的な問題に関連していくつかの疑問が呈された。
 米国の主要新聞各紙は査察の専門家に取材し、新合意の信頼性について疑問がある、楽観できないという趣旨の記事を流した。
 イランの核開発の主要施設であるパルチンについて、イランによる自主査察を認める秘密合意が作られているということがひとしきり話題となった。これが本当であれば真の検証など期待できない。
 米政府の高官が、査察に関してごまかしや怠慢があっても見抜く技術があると合意を擁護することもあった。
 イスラエルの新聞が、オバマ大統領がイラン合意を達成した目的はイランの核兵器獲得を阻止することではなく、国内で共和党を悪者にするためであり、イランが核合意に違反すれば制裁を元に戻すというのも言葉だけで実際は実現しないなどと報道したこともあった。

 これらの疑惑がすでに払しょくされたか、確かめることはできないが、合意の履行は始められている。
 まず、合意の履行は10月18日に開始された。米国とイランの議会が了承したので合意が発効したのだ。懐疑論が強かった米議会が承認したことの意義は大きい。
 イランに課せられていた原油関連取引や銀行決済に課せられていた制限を撤廃するにはかなりの時間が必要であり、来年の初めまでかかると見積もられている。オバマ大統領は合意発効後ただちに制裁解除の準備を指示し、合意実行を担保するため10月19日、合同委員会を立ち上げた。

 一方、イランについては、合意の発効から約1カ月後、査察を担当するIAEAは、イランがウラン濃縮のための遠心分離機約1万9千基のうち4530機を撤去したと報告した。合意によればイランは5060基にまで減らす必要がある。
 これに先立って、イランはIAEAに対し、「追加議定書」の暫定的適用を通知していた。これは重要な査察の仕組みであり、IAEAは「不意打ち査察」が可能となり、核兵器の開発を隠すことは困難になる。
 IAEAはさらに、イランが過去に核兵器開発を試みた疑いについても検証作業を進めており、12月15日までに報告書をまとめることになっている。これで問題なかったという結果が出れば大きな前進となる。
 なお、IAEAによれば、イランの査察には年間1047万ドルを要し、米、仏、英、独、日、フィンランド、豪州、カナダ、オランダ、ニュージーランドがすでに任意拠出を申し出ている。

 以上のように見ていくと、今のところ、合意の履行はほぼ順調なようだ。さまざまな歴史があるだけに単純に楽観視することはできないが、来年初めに合意の履行が完成し、イランが原油の輸出を再開する公算が高くなっている。そうなるとイランの国際社会における発言力も大きくなるだろう。(本HP9月29日付「中東外交の焦点「イラン核合意」の正しい見方」)

 イランはかねてからシリアとの関係が緊密であり、IS問題の解決のためユニークな役割を果たしうる。おりしも、プーチン大統領は11月23日、イランを訪問し、最高指導者ハメネイ師やローハニ大統領と会談した。シリアのアサドを支持するプーチン大統領にとってイランとの協力は重要なのだ。
 ISをめぐって状況が錯綜している中でイランの存在に注目が集まりつつある。
2015.11.26

(短評)ISに関する国連安保理決議

 外国に対し攻撃、あるいはその他の軍事行動を起こす場合、一般には、そのような行動を認める国連決議が必要である。それがなければ、行動の正当性を主張してもなかなか理解してもらえない。
 このことが実際に問題となったのがイラク戦争であり、フランスやドイツなどはイラクに対する攻撃を認める決議は存在しないという立場であったが、米英は湾岸戦争以来の諸決議で認められていると主張し、決着がつかないままに米英は攻撃に踏み切った。米英としては安保理で長々と議論している暇はないという気持ちだったのだろう。それは分からないでもなかったが、公にそう主張すると国連軽視になって問題が大きくなりすぎる。だから米英は決議はあると強弁し、行動を開始した。

 昨年8月8日にイラクで、また9月23日にシリアで開始されたISに対する米国主導の空爆の場合はイラク戦争とかなり様相が違っていた。空爆について安保理決議はなかったが、サウジアラビアなど中東諸国数カ国を含め多数の国が支持を表明した。日本も支持した。そうなったのは、ISの蛮行により少数民族やジャ―ナリスを含む多数の民間人がむごたらしく殺害されていることは由々しき人道問題であり、迅速な対応が必要と各国が考えたからであった。つまり、すさまじい人道問題を起こしている原因を除去することが緊急に必要だったので、各国は安保理決議がなくても賛同し、支持したのだ。
(当研究所HP2014年9月29日付「シリア空爆と集団的自衛権」、同年10月23日付「「イスラム国」空爆と「保護する責任」」を参照されたい。)

 前置きが長くなったが、さる11月20日、安保理は決議第2249号を採択した。これは、ISによるテロ攻撃を強く非難し、ISが国際社会にとって前例のない脅威となっていることを指摘した上で、国連加盟国にtake all necessary measures(中略) to redouble and coordinate their efforts to prevent and suppress terrorist acts committed specifically by ISIL(注 ISのことを国連ではこう表記している)(中略) to eradicate the safe haven they have established over significant parts of Iraq and Syria(中略)to intensify their efforts to stem the flow of foreign terrorist fighters to Iraq and Syria and to prevent and suppress the financing of terrorism, and urges all Members states to continue to fully implement the above-mentioned resolutions.
 
 ‘take all necessary measures’は重要なキーワードであり、当然軍事行動も含まれる。このような決議が全会一致で成立したのはISによるシナイ半島でのロシア旅客機爆破(10月31日)、パリ市内での同時テロ襲撃(11月13日)などのため、平素は西側と異なる態度をとり勝ちなロシアや中国も賛成したからだった。中国人1人もISに殺害されている。
 かくしてISに対する空爆については明確な法的裏付けがなされたが、本決議の場合のように安保理が一致して賛成することを例外的であり、一般論としては国連決議の有無は今後も問題になりうる。
 米国は国連決議を無視するわけではないが、明確な決議の成立を待たずに行動せざるをえないことがありうる。イラク戦争の場合のように安保理決議があるかないかはっきりしないこともありうる。そのような場合に我が国としてどう対応すべきか。改正安保法によれば従来以上に米国を支持することになりそうだが、それだけに、どういう条件であれば自衛隊が行動できるか、またできないか、明確な考えが必要だ。
重要な条件の一つが安保理決議の有無であり、イラク戦争の例について徹底した検討が加えなければならない。

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