9月, 2019 - 平和外交研究所
2019.09.25
この発言をもってイランが米国と対話する考えになったとはただちには言えない。「制裁が解除されれば」という条件が付いているし、「小さな修正や追加について議論する用意がある」というのもどれほどのことか明確でない。したがって、ローハニ大統領のこの発言は表面的には従来からの姿勢と変わらないと言えるかもしれない。
しかし、この発言はやはり注目される。
第1に、この発言全体が穏やかな口調で語られており、トランプ米大統領に、米国が希望するなら条件次第で対話に応じる用意があるとのサインを送っていると解釈できるからである。
ローハニ大統領は、欧米諸国からも積極的に評価される人物であることは差し引いてみなければならないが、それにしてもこの発言は穏やかである。
第2に、9月14日、サウジアラビア東部のアブカイク及びクライスにある石油生産・出荷基地に対して行われた無人機(ドローン)攻撃に関し、イランに厳しい姿勢を取る米国は、当初、イランを責めていたが、その後慎重姿勢に転じた。一方、23日には英独仏の首脳がサウジへの攻撃には「イランに責任がある」との共同声明を行った。従来、欧州諸国はイランに理解を示し、米国の一方的離脱には批判的であったのと比べると逆の形になったのである。
英独仏が言っている「イランに責任がある」とは、イランが攻撃したという意味でない。慎重に言えば、イランが「関与した」ということであり、具体的には攻撃をしたイェーメンの反政府勢力フーシ派を、「止めなかった」、あるいは「何らかの便宜を与えた」ことなどがありうる。
そして注目すべきは、この厳しい声明に対するイランの反応が穏やかなことである。しかも、その声明の後でローハニ大統領は米国との対話に関して穏やかな、積極的とも見られる発言を行ったのである。つまり、きついことを言われたのにローハニ氏は穏やかな発言を行ったのである。この時系列も見逃せない。
さらに、ローハニ大統領の、英仏独の煮え切らない態度に業を煮やして「制限破り」の第3弾を行うとの9月4日の発言とも著しくトーンが違っている。このように見ていくと、ローハニ大統領は「イランに責任がある」ことを、明言はできないが、事実上認めているのではないかと思われる。
では、一体、イランの誰が攻撃に関与したのかという疑問が残る。ここから先はさらに大胆な仮説になるのだが、イランの内部には必ずしも大統領の了承なしに国際的に問題となる行動をする者がいるのではないかという仮説である。仮説は安易に拡大すべきでないが、ホルムズ海峡で起こっていることはこのような仮説が正しいことを裏付けているとも解釈できる。
ともかく、今回の石油施設攻撃は断じて許されない蛮行であったが、これを奇貨として、イランと米英仏独が穏やかな解決に向けて前進してもらいたいものである。
イランの核合意見直しに関するローハニ大統領の発言
国連総会に出席中のイランのローハニ大統領は9月24日、記者団に対し、「制裁が解除されれば、米国が一方的に離脱した核合意に関し、小さな修正や追加について議論する用意がある」と述べたと伝えられた。この発言をもってイランが米国と対話する考えになったとはただちには言えない。「制裁が解除されれば」という条件が付いているし、「小さな修正や追加について議論する用意がある」というのもどれほどのことか明確でない。したがって、ローハニ大統領のこの発言は表面的には従来からの姿勢と変わらないと言えるかもしれない。
しかし、この発言はやはり注目される。
第1に、この発言全体が穏やかな口調で語られており、トランプ米大統領に、米国が希望するなら条件次第で対話に応じる用意があるとのサインを送っていると解釈できるからである。
ローハニ大統領は、欧米諸国からも積極的に評価される人物であることは差し引いてみなければならないが、それにしてもこの発言は穏やかである。
第2に、9月14日、サウジアラビア東部のアブカイク及びクライスにある石油生産・出荷基地に対して行われた無人機(ドローン)攻撃に関し、イランに厳しい姿勢を取る米国は、当初、イランを責めていたが、その後慎重姿勢に転じた。一方、23日には英独仏の首脳がサウジへの攻撃には「イランに責任がある」との共同声明を行った。従来、欧州諸国はイランに理解を示し、米国の一方的離脱には批判的であったのと比べると逆の形になったのである。
英独仏が言っている「イランに責任がある」とは、イランが攻撃したという意味でない。慎重に言えば、イランが「関与した」ということであり、具体的には攻撃をしたイェーメンの反政府勢力フーシ派を、「止めなかった」、あるいは「何らかの便宜を与えた」ことなどがありうる。
そして注目すべきは、この厳しい声明に対するイランの反応が穏やかなことである。しかも、その声明の後でローハニ大統領は米国との対話に関して穏やかな、積極的とも見られる発言を行ったのである。つまり、きついことを言われたのにローハニ氏は穏やかな発言を行ったのである。この時系列も見逃せない。
さらに、ローハニ大統領の、英仏独の煮え切らない態度に業を煮やして「制限破り」の第3弾を行うとの9月4日の発言とも著しくトーンが違っている。このように見ていくと、ローハニ大統領は「イランに責任がある」ことを、明言はできないが、事実上認めているのではないかと思われる。
では、一体、イランの誰が攻撃に関与したのかという疑問が残る。ここから先はさらに大胆な仮説になるのだが、イランの内部には必ずしも大統領の了承なしに国際的に問題となる行動をする者がいるのではないかという仮説である。仮説は安易に拡大すべきでないが、ホルムズ海峡で起こっていることはこのような仮説が正しいことを裏付けているとも解釈できる。
ともかく、今回の石油施設攻撃は断じて許されない蛮行であったが、これを奇貨として、イランと米英仏独が穏やかな解決に向けて前進してもらいたいものである。
2019.09.24
しかし、安倍首相と文大統領は会えばよかったと思う。どちらから会談を提案するかなどは大した問題でない。両者ともに会談を求めるべきである。そうすれば、今後の日韓関係の改善にむけての雰囲気づくりに役立つ。
日本政府は現在の日韓関係の悪化は韓国側に責任があり、韓国がまず非を認め、是正するのが先決だという主張であり、多くの日本人は賛同しているが、そういうときにこそ気を付けなければならないことがある。
日本政府の主張は国際社会で理解が得られるかという問題である。事は簡単ではないはずである。
各国はどうも日本の方が正しいと思っているだろうが、そのような判断なり、感触なりを公言することはしないだろう。大多数の国は、「日本と韓国はよく似ているし、隣国である。長い交流の歴史もある。争いは自分たちで解決すべきである」と考えるのではないか。
主権国家からなる国際社会とはそういうものである。日本と米国は世界でもっとも信頼しあっている同盟国だろうが、それでもトランプ大統領は「日本だけが正しい」とは言わない。日本に向けば日本が正しいと言い、また、韓国に向けば韓国にも理解を示す。これは過去1年半くらいの間に、とくに北朝鮮との関係で実際に起こったことであり、トランプ氏は安倍氏には日本の「圧力」一辺倒の姿勢を称賛しつつ、文氏には「圧力」だけでなく「対話と圧力」が重要であると強調した。
2002年のサッカーのワールドカップの際には、国際サッカー連盟の内部事情も絡んでいたといわれるが、多くの国が日韓共同で開催すればよいではないかとし、日本だけに花を持たせてくれなかった。日本が先に手を挙げ、決定寸前にまで行っていたときに、韓国が後から割り込んできたのであったが、各国は日韓双方で解決してほしいとしたのであった。
日本は法的な議論が得意である。しかし、国際社会の理解を得ることも得意かと言うと、そうではない。得意な人もいるが、日本政府は得意とは思えない。もちろん、各国とも日本国、日本政府、日本国民を尊重し、また尊敬も払ってくれるが、本当に日本の主張に同情しているとは限らない。本当に日本に同情し、あるいは感心してくれるのは、日本が法的に素晴らしい主張をするからでない。日本人が頑張り、懸命になって日本らしく物事を解決しようとするときに評価してくれるのだ。東日本大震災の時の日本人の頑張りがそうだったし、前回のラグビーワールドカップで劣勢にあった日本チームが南アフリカ共和国チームを負かしたときであった。
日本はこのような国際事情に鋭敏なアンテナを持ち、日本と国際社会の違いやギャップに常に細心の注意を払い続ける必要がある。
徴用工問題についても、あるいは日韓関係の悪化についても、日本も韓国も解決の努力を払うべきであり、安倍首相と文大統領が会談するほうが国際的な理解が得られることは明らかである。日本が現在取っている態度、すなわち、「日本は国際法を順守しているのに、韓国はしていない。韓国はまず態度を改めなければ会わない」というのは、決して好ましい効果を生まない。下手をすれば、日本を占領したマッカーサー元帥のように「日本は精神年齢12歳だ」などと思われる危険性さえある。
トランプ米大統領は8月9日、米ホワイトハウスで記者団に対し「日韓両国が仲良くないことを懸念している。彼らは仲良くするべきだ」と述べ、また、ポンペオ国務長官も、「日韓は建設的な対話が必要である」と言っている。これらは米国が日本の姿勢に全面的に賛成していないことを物語っている。危険な兆候なのだ。
日本は国際法的に間違っている韓国がまず改めるべきだという、かたくなで子供じみた姿勢を一刻も早く改めるべきである。
文在寅大統領ももちろん努力する必要がある。いたずらに強がったりせず、安倍首相との会談実現に努めるべきである。
おりしも、海上自衛隊が10月に相模湾で実施する観艦式に韓国軍が招待されていないことが判明した。ちょうど1年前、韓国側が海自護衛艦に旭日旗を掲揚しないよう要請し、海自が参加を見合わせた。また、韓国艦艇が海自機に火器管制レーダーを照射する事件も起こった。これらについて日韓の間で問題が解決していないからであり、今年は韓国海軍を招待しないのも支持できる。しかし、両国とも今後国際的な常識に十分注意し、大人の態度で臨む必要がある。
韓国との関係をこのままほっておいてはいけない
安倍首相は24日に国連総会で演説する。この機会に米国のトランプ大統領やイランのローハニ大統領などと会談する予定だが、文在寅大統領とは会わない。日本政府は韓国人元徴用工訴訟を巡り韓国政府が硬直的な態度を続けている以上、首脳会談を行うのは適切でないという判断からだという。しかし、安倍首相と文大統領は会えばよかったと思う。どちらから会談を提案するかなどは大した問題でない。両者ともに会談を求めるべきである。そうすれば、今後の日韓関係の改善にむけての雰囲気づくりに役立つ。
日本政府は現在の日韓関係の悪化は韓国側に責任があり、韓国がまず非を認め、是正するのが先決だという主張であり、多くの日本人は賛同しているが、そういうときにこそ気を付けなければならないことがある。
日本政府の主張は国際社会で理解が得られるかという問題である。事は簡単ではないはずである。
各国はどうも日本の方が正しいと思っているだろうが、そのような判断なり、感触なりを公言することはしないだろう。大多数の国は、「日本と韓国はよく似ているし、隣国である。長い交流の歴史もある。争いは自分たちで解決すべきである」と考えるのではないか。
主権国家からなる国際社会とはそういうものである。日本と米国は世界でもっとも信頼しあっている同盟国だろうが、それでもトランプ大統領は「日本だけが正しい」とは言わない。日本に向けば日本が正しいと言い、また、韓国に向けば韓国にも理解を示す。これは過去1年半くらいの間に、とくに北朝鮮との関係で実際に起こったことであり、トランプ氏は安倍氏には日本の「圧力」一辺倒の姿勢を称賛しつつ、文氏には「圧力」だけでなく「対話と圧力」が重要であると強調した。
2002年のサッカーのワールドカップの際には、国際サッカー連盟の内部事情も絡んでいたといわれるが、多くの国が日韓共同で開催すればよいではないかとし、日本だけに花を持たせてくれなかった。日本が先に手を挙げ、決定寸前にまで行っていたときに、韓国が後から割り込んできたのであったが、各国は日韓双方で解決してほしいとしたのであった。
日本は法的な議論が得意である。しかし、国際社会の理解を得ることも得意かと言うと、そうではない。得意な人もいるが、日本政府は得意とは思えない。もちろん、各国とも日本国、日本政府、日本国民を尊重し、また尊敬も払ってくれるが、本当に日本の主張に同情しているとは限らない。本当に日本に同情し、あるいは感心してくれるのは、日本が法的に素晴らしい主張をするからでない。日本人が頑張り、懸命になって日本らしく物事を解決しようとするときに評価してくれるのだ。東日本大震災の時の日本人の頑張りがそうだったし、前回のラグビーワールドカップで劣勢にあった日本チームが南アフリカ共和国チームを負かしたときであった。
日本はこのような国際事情に鋭敏なアンテナを持ち、日本と国際社会の違いやギャップに常に細心の注意を払い続ける必要がある。
徴用工問題についても、あるいは日韓関係の悪化についても、日本も韓国も解決の努力を払うべきであり、安倍首相と文大統領が会談するほうが国際的な理解が得られることは明らかである。日本が現在取っている態度、すなわち、「日本は国際法を順守しているのに、韓国はしていない。韓国はまず態度を改めなければ会わない」というのは、決して好ましい効果を生まない。下手をすれば、日本を占領したマッカーサー元帥のように「日本は精神年齢12歳だ」などと思われる危険性さえある。
トランプ米大統領は8月9日、米ホワイトハウスで記者団に対し「日韓両国が仲良くないことを懸念している。彼らは仲良くするべきだ」と述べ、また、ポンペオ国務長官も、「日韓は建設的な対話が必要である」と言っている。これらは米国が日本の姿勢に全面的に賛成していないことを物語っている。危険な兆候なのだ。
日本は国際法的に間違っている韓国がまず改めるべきだという、かたくなで子供じみた姿勢を一刻も早く改めるべきである。
文在寅大統領ももちろん努力する必要がある。いたずらに強がったりせず、安倍首相との会談実現に努めるべきである。
おりしも、海上自衛隊が10月に相模湾で実施する観艦式に韓国軍が招待されていないことが判明した。ちょうど1年前、韓国側が海自護衛艦に旭日旗を掲揚しないよう要請し、海自が参加を見合わせた。また、韓国艦艇が海自機に火器管制レーダーを照射する事件も起こった。これらについて日韓の間で問題が解決していないからであり、今年は韓国海軍を招待しないのも支持できる。しかし、両国とも今後国際的な常識に十分注意し、大人の態度で臨む必要がある。
2019.09.20
しかし、出口調査では与野党の獲得議席数が拮抗(きっこう)しており、この選挙結果では連立政権樹立が成功する公算は低いという。かといって、3度目の選挙となれば国民の反発は避けられず、ネタニヤフ首相が率いる与党リクードと元参謀総長のベニ・ガンツ氏が率いる中道野党連合「青と白」との大連立を促す声も出ている。これも成功しない場合、ネタニヤフ首相は退陣を迫られるとの観測も現れている。
また、ネタニヤフ氏には汚職の疑惑がかかっている。ネタニヤフ首相が国内通信大手に便宜を図った見返りに、傘下のニュースサイトで好意的な報道を要求したことなど、検察は3件の汚職容疑でネタニヤフ氏を起訴する方針だという。首相は被告人になることを回避するためにも、議会で多数派を握って「刑事免責」法案を可決したいところだが、連立政権が失敗するとそれもできなくなる。
しかし、連立工作が進まないのは今回が初めてでない。そもそもイスラエルの総選挙において単独で過半数を獲得した政党はなかった。最多の議席は1969年総選挙でマアラハ(労働党)が獲得した56であった。イスラエルは建国の経緯からマルチエスニシティ国家であり、そのことが国政にも反映して小党の乱立状態になっていることが根本的な問題である。
その中では、「中道右派」のリクードと「中道左派」の労働党が比較的大きく、ともに首相を輩出してきた。しかし、労働党は、指導者であったラビン元首相が1995年に暗殺されて以来衰退傾向となり、選挙のたびに議席を減らした。
2019年2月21日に結成された「青と白」連合(ガンツ党首の回復党とイェシュ・アティッドのラピド党首の連合)は、4月の総選挙でリクードと同数の35議席を獲得し、労働党は5議席に落ち込んだ。この結果を見れば、「青と白」が労働党に代わってイスラエルの主要政党になるような気もするが、多数の政党が乱立するイスラエルでは今回の結果だけを見て中長期的な傾向を予測することは困難であろう。
ネタニヤフ首相は再選挙を一週間前にした9月10日、自分の続投が決まれば、パレスチナ(政府は自治政府なので「パレスチナ自治区」とも呼ばれる)の一部をイスラエルに併合する、との強硬方針を表明した。選挙の結果は今回も楽観できず、右派の支持を固める必要があったためである。
イスラエルとパレスチナの地理的状況は日本人にはわかりにくい。現在、イスラエルの東側にパレスチナがあり、その東がヨルダンである。つまり、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンが西から東へ並んでいる。パレスチナとヨルダンはヨルダン川を境に分かれているのでパレスチナは「ヨルダン川西岸」と呼ばれることもある。
ネタニヤフは、このパレスチナのうち、ヨルダンと境界を接する領域を併合すると発表したのだ。その広さはパレスチナの約3分の1。それがもし実現すると、イスラエルの東に領土を削られたパレスチナがあり、その東がイスラエルが奪った領域であり、さらにその東がヨルダンとなるのである。そうなると、パレスチナは西側のイスラエルと東側の新イスラエル領に挟まれるという奇妙な状況になる。
パレスチナは3分の1もの領土を奪われては黙っておれず、イスラエルと全面戦争になる危険もある。ヨルダンにも大きな影響が及び、イスラエルや西側諸国に友好的でなくなるとも言われている。それに国際社会が黙っていない。国連安保理では、イスラエルは決議違反を犯したと糾弾されるだろう。トランプ大統領はネタニヤフ首相の強力な支持者であるが、パレスチナの併合まで支持し続けることはできなくなるかもしれない。
それでもイスラエルがこの地を奪おうとするのは、安全保障上の理由からだという。イスラエルと敵対するパレスチナにヨルダンから物資や武器が自由に搬入されるのを監視し、阻止する必要があるというのである。
また、イスラエルの超正統派ユダヤ教徒の間には、パレスチナはもともとユダヤ人の土地だという考えがあるそうだ。今回の選挙でも、「ラビ(宗教的指導者)が言うからパレスチナ併合を支持する」と公言してはばからないネタニヤフ支持者がいる。
イスラエルから時折法外な主張が出てくるのは、そもそも、エジプトとヨルダン以外のアラブ諸国がイスラエルの存在を認めないからであり、また、パレスチナと激しい敵対関係にあるからである。イスラエルがそのような環境にあることには国際的に一定の理解があるが、パレスチナの3分の1を奪うことなどは到底認められない。
イスラエルのこれまでの指導者はパレスチナを奪うことの危険性と非現実性をよくわきまえており、ネタニヤフとしても実現しないのを見越して選挙目的のため危険な宣言をした可能性もあるが、それはそれで危険なかけである。そんなことまでせざるを得ないネタニヤフ首相が退陣に追い込まれるのはそう遠い将来のことではないかもしれない。
ネタニヤフ・イスラエル首相の一部パレスチナ併合宣言
イスラエルの総選挙(定数120)が9月17日に行われた。さる4月の総選挙では、ネタニヤフ首相が率いる与党リクードは35議席を獲得したが、連立政権樹立に失敗したので、今回「やり直し総選挙」が行われた。しかし、出口調査では与野党の獲得議席数が拮抗(きっこう)しており、この選挙結果では連立政権樹立が成功する公算は低いという。かといって、3度目の選挙となれば国民の反発は避けられず、ネタニヤフ首相が率いる与党リクードと元参謀総長のベニ・ガンツ氏が率いる中道野党連合「青と白」との大連立を促す声も出ている。これも成功しない場合、ネタニヤフ首相は退陣を迫られるとの観測も現れている。
また、ネタニヤフ氏には汚職の疑惑がかかっている。ネタニヤフ首相が国内通信大手に便宜を図った見返りに、傘下のニュースサイトで好意的な報道を要求したことなど、検察は3件の汚職容疑でネタニヤフ氏を起訴する方針だという。首相は被告人になることを回避するためにも、議会で多数派を握って「刑事免責」法案を可決したいところだが、連立政権が失敗するとそれもできなくなる。
しかし、連立工作が進まないのは今回が初めてでない。そもそもイスラエルの総選挙において単独で過半数を獲得した政党はなかった。最多の議席は1969年総選挙でマアラハ(労働党)が獲得した56であった。イスラエルは建国の経緯からマルチエスニシティ国家であり、そのことが国政にも反映して小党の乱立状態になっていることが根本的な問題である。
その中では、「中道右派」のリクードと「中道左派」の労働党が比較的大きく、ともに首相を輩出してきた。しかし、労働党は、指導者であったラビン元首相が1995年に暗殺されて以来衰退傾向となり、選挙のたびに議席を減らした。
2019年2月21日に結成された「青と白」連合(ガンツ党首の回復党とイェシュ・アティッドのラピド党首の連合)は、4月の総選挙でリクードと同数の35議席を獲得し、労働党は5議席に落ち込んだ。この結果を見れば、「青と白」が労働党に代わってイスラエルの主要政党になるような気もするが、多数の政党が乱立するイスラエルでは今回の結果だけを見て中長期的な傾向を予測することは困難であろう。
ネタニヤフ首相は再選挙を一週間前にした9月10日、自分の続投が決まれば、パレスチナ(政府は自治政府なので「パレスチナ自治区」とも呼ばれる)の一部をイスラエルに併合する、との強硬方針を表明した。選挙の結果は今回も楽観できず、右派の支持を固める必要があったためである。
イスラエルとパレスチナの地理的状況は日本人にはわかりにくい。現在、イスラエルの東側にパレスチナがあり、その東がヨルダンである。つまり、イスラエル、パレスチナ、ヨルダンが西から東へ並んでいる。パレスチナとヨルダンはヨルダン川を境に分かれているのでパレスチナは「ヨルダン川西岸」と呼ばれることもある。
ネタニヤフは、このパレスチナのうち、ヨルダンと境界を接する領域を併合すると発表したのだ。その広さはパレスチナの約3分の1。それがもし実現すると、イスラエルの東に領土を削られたパレスチナがあり、その東がイスラエルが奪った領域であり、さらにその東がヨルダンとなるのである。そうなると、パレスチナは西側のイスラエルと東側の新イスラエル領に挟まれるという奇妙な状況になる。
パレスチナは3分の1もの領土を奪われては黙っておれず、イスラエルと全面戦争になる危険もある。ヨルダンにも大きな影響が及び、イスラエルや西側諸国に友好的でなくなるとも言われている。それに国際社会が黙っていない。国連安保理では、イスラエルは決議違反を犯したと糾弾されるだろう。トランプ大統領はネタニヤフ首相の強力な支持者であるが、パレスチナの併合まで支持し続けることはできなくなるかもしれない。
それでもイスラエルがこの地を奪おうとするのは、安全保障上の理由からだという。イスラエルと敵対するパレスチナにヨルダンから物資や武器が自由に搬入されるのを監視し、阻止する必要があるというのである。
また、イスラエルの超正統派ユダヤ教徒の間には、パレスチナはもともとユダヤ人の土地だという考えがあるそうだ。今回の選挙でも、「ラビ(宗教的指導者)が言うからパレスチナ併合を支持する」と公言してはばからないネタニヤフ支持者がいる。
イスラエルから時折法外な主張が出てくるのは、そもそも、エジプトとヨルダン以外のアラブ諸国がイスラエルの存在を認めないからであり、また、パレスチナと激しい敵対関係にあるからである。イスラエルがそのような環境にあることには国際的に一定の理解があるが、パレスチナの3分の1を奪うことなどは到底認められない。
イスラエルのこれまでの指導者はパレスチナを奪うことの危険性と非現実性をよくわきまえており、ネタニヤフとしても実現しないのを見越して選挙目的のため危険な宣言をした可能性もあるが、それはそれで危険なかけである。そんなことまでせざるを得ないネタニヤフ首相が退陣に追い込まれるのはそう遠い将来のことではないかもしれない。
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