2月, 2023 - 平和外交研究所
2023.02.15
〇キム・ジュエ
金正恩の娘、キム・ジュエが報道されるようになったのは、2022年11月18日、ICBM「火星17」の試射と関連の行事に父の金正恩総書記に随行したのが初めてであった。それ以前にも、出生(2013年)についての報道、同年に訪朝した米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマンが初めて「ジュエ」という名前を明かしたことなどがあったが、昨年11月以降は様相ががらりと変わって北朝鮮の国家的行事に父親に同行して出席したことが報道されるようになり、またその報道ぶりは派手になった。
当初、世界の北朝鮮ウォッチャーは金正恩総書記の後継者とするための準備ないし布石かもしれないと耳目をそばだてた。もっとも、キム・ジュエは現在10歳の少女なので後継者とみることに疑問を唱える向きも少なくなかったが、金正恩が娘を可愛がっていることはもちろん、政治的にも特別扱いしていることは明らかであった。
北朝鮮の朝鮮中央テレビは2月12日、8日の朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードに関する録画中継において、キム・ジュエが白馬に騎乗している姿を公開した。白馬は北朝鮮の指導者が乗る特別の馬であり、金正恩も指導者になったころ白馬に騎乗する姿が盛んに放映されたことがあった。同テレビによれば、キム・ジュエの乗馬は「愛するお子様が最も愛する忠馬」だという。
この報道により、キム・ジュエが金正恩総書記の後継者(の一人?)と目されている可能性は一段と高まった。
キム・ジュエには2人の兄弟(姉妹?)がおり、その性別については確認されていない。兄は留学中であるという噂もあるが、これも確認されていない。かりにそうだとしても金正恩による娘の扱いは尋常でないように見受けられる。
金正恩の妻のリ・ソルジュ(李雪主)が公の場に姿を見せたのは1年ぶりであり、しかも娘に同行する形で報道されていた。その行動は従来と変わりなく、控えめであった。
〇金与正(キム・ヨジョン)
注目されるのは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)の立場である。同氏は現在朝鮮労働党副部長の肩書になっているが、金正恩が指導者としての地位を固める過程で、実質的には特別秘書として金正恩を補佐し、他の高官が金正恩に接近できない時も間近で世話を焼くなどしてきた。2018年6月の米朝首脳会談の際もつねに金正恩の特別の側近としてふるまってきた。
一度だけ金正恩から大目玉を食らったことがあったらしい。2019年2月、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談に際して、金与正は李容浩外相らとともに首脳会談失敗の責任を取らされたのか、その後重要な場に出てこなくなった。しかし、2019年末からは党第1副部長として復活し、対南(韓国)事業を総括する役割を任された。2020年4月には正式に党政治局員候補に返り咲いた。ここまで回復すれば問題は解消されたとみてよいであろう。その後、金与正は韓国との関係で発言したり、談話を発表したりしており、特に22年5月に尹錫悦が韓国の大統領になってからは対韓国批判の舌鋒は一段と鋭くなった感もある。
同年11月24日付の談話では、「尹錫悦の大ばかたちが入ってきて、しきりに危険な状況を作っていく政権を、国民たちがなぜそのまま見ているだけなのかわからない」と口汚く批判した。だが、このような対韓発言が金与正の政治的地位とかかわりがあるか分からない。
しかし、本年2月8日の朝鮮人民軍創建75年の行事においては、金与正はリ・ソルジュ夫人とキム・ジュエから離れた場所に立って行事を見守っていた。宴会でも同様であった。自分は金正恩一家のように特別でないことを示そうとしたともみられる振る舞いであった。だが、これだけで金与正の立場を云々することはできない。いつも通りともいえる様子であった。
今後金与正の地位がどうなるかを占うのは早すぎるであろう。文在寅前大統領とちがって北朝鮮に対して言うべきことは言う姿勢が強い尹錫悦大統領の在任中南北関係が好転することは望みえないとすれば、金与正として韓国に厳しい姿勢をみせる機会は今まで以上に出てくるかもしれない。
〇李容浩(リー・ヨンホ)元外相
今年のはじめ、李容浩元外相が2022年夏から秋頃、処刑されたと報道された。韓国から出た情報らしく、北朝鮮外務省員も数人処刑されたという。この報道が事実であるなら、北朝鮮の状況はますます不可解である。
李容浩は第2回の米朝首脳会談の際、金正恩の不興を買い、会談後公の席には出られなくなった。前述の金与正と同様の状況だった。そして翌20年には外相の職を解かれていることが判明していた。しかるに今回の報道では、李容浩は2022年夏から秋にかけ処刑されたというのである。クビになった者を2年以上も経ってから処刑するというのは訳の分からないことである。この間何が起こったのか。金与正は復活できたが、李容浩は復活できなかったということだけであればそれほど不思議でない。しかし、クビになったのちに処刑されたというのであれば、不可解である。職を解かれた後に再び不興を買うことなどありえない。
さらに北朝鮮は、金正恩朝鮮労働党総書記を除く軍の序列1位の地位にあった朴正天(パク・チョンチョン)を23年1月1日に解任した。同人は21年9月、党政治局常務委員へ昇格してトップ5入りした。抜擢されたと言ってよかったが、わずか1年余りで解職されたのだ。なぜか。昨年のミサイル大量発射と関連があるか、疑問は尽きない。金正恩総書記はこれまで軍人を含め高級官吏を何人も解雇ないし配置転換してきた。今後の情勢にも目が離せない。
北朝鮮で何が起きているのか
北朝鮮は昨2022年に過去最多となる約70発の弾道ミサイルを撃ち、今年の2月8日には朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードを盛大に催した。その一方で理解に苦しむ出来事が起こっている。〇キム・ジュエ
金正恩の娘、キム・ジュエが報道されるようになったのは、2022年11月18日、ICBM「火星17」の試射と関連の行事に父の金正恩総書記に随行したのが初めてであった。それ以前にも、出生(2013年)についての報道、同年に訪朝した米プロバスケットボールNBAの元スター選手、デニス・ロッドマンが初めて「ジュエ」という名前を明かしたことなどがあったが、昨年11月以降は様相ががらりと変わって北朝鮮の国家的行事に父親に同行して出席したことが報道されるようになり、またその報道ぶりは派手になった。
当初、世界の北朝鮮ウォッチャーは金正恩総書記の後継者とするための準備ないし布石かもしれないと耳目をそばだてた。もっとも、キム・ジュエは現在10歳の少女なので後継者とみることに疑問を唱える向きも少なくなかったが、金正恩が娘を可愛がっていることはもちろん、政治的にも特別扱いしていることは明らかであった。
北朝鮮の朝鮮中央テレビは2月12日、8日の朝鮮人民軍創建75年の軍事パレードに関する録画中継において、キム・ジュエが白馬に騎乗している姿を公開した。白馬は北朝鮮の指導者が乗る特別の馬であり、金正恩も指導者になったころ白馬に騎乗する姿が盛んに放映されたことがあった。同テレビによれば、キム・ジュエの乗馬は「愛するお子様が最も愛する忠馬」だという。
この報道により、キム・ジュエが金正恩総書記の後継者(の一人?)と目されている可能性は一段と高まった。
キム・ジュエには2人の兄弟(姉妹?)がおり、その性別については確認されていない。兄は留学中であるという噂もあるが、これも確認されていない。かりにそうだとしても金正恩による娘の扱いは尋常でないように見受けられる。
金正恩の妻のリ・ソルジュ(李雪主)が公の場に姿を見せたのは1年ぶりであり、しかも娘に同行する形で報道されていた。その行動は従来と変わりなく、控えめであった。
〇金与正(キム・ヨジョン)
注目されるのは金正恩の妹の金与正(キム・ヨジョン)の立場である。同氏は現在朝鮮労働党副部長の肩書になっているが、金正恩が指導者としての地位を固める過程で、実質的には特別秘書として金正恩を補佐し、他の高官が金正恩に接近できない時も間近で世話を焼くなどしてきた。2018年6月の米朝首脳会談の際もつねに金正恩の特別の側近としてふるまってきた。
一度だけ金正恩から大目玉を食らったことがあったらしい。2019年2月、ハノイで行われた第2回米朝首脳会談に際して、金与正は李容浩外相らとともに首脳会談失敗の責任を取らされたのか、その後重要な場に出てこなくなった。しかし、2019年末からは党第1副部長として復活し、対南(韓国)事業を総括する役割を任された。2020年4月には正式に党政治局員候補に返り咲いた。ここまで回復すれば問題は解消されたとみてよいであろう。その後、金与正は韓国との関係で発言したり、談話を発表したりしており、特に22年5月に尹錫悦が韓国の大統領になってからは対韓国批判の舌鋒は一段と鋭くなった感もある。
同年11月24日付の談話では、「尹錫悦の大ばかたちが入ってきて、しきりに危険な状況を作っていく政権を、国民たちがなぜそのまま見ているだけなのかわからない」と口汚く批判した。だが、このような対韓発言が金与正の政治的地位とかかわりがあるか分からない。
しかし、本年2月8日の朝鮮人民軍創建75年の行事においては、金与正はリ・ソルジュ夫人とキム・ジュエから離れた場所に立って行事を見守っていた。宴会でも同様であった。自分は金正恩一家のように特別でないことを示そうとしたともみられる振る舞いであった。だが、これだけで金与正の立場を云々することはできない。いつも通りともいえる様子であった。
今後金与正の地位がどうなるかを占うのは早すぎるであろう。文在寅前大統領とちがって北朝鮮に対して言うべきことは言う姿勢が強い尹錫悦大統領の在任中南北関係が好転することは望みえないとすれば、金与正として韓国に厳しい姿勢をみせる機会は今まで以上に出てくるかもしれない。
〇李容浩(リー・ヨンホ)元外相
今年のはじめ、李容浩元外相が2022年夏から秋頃、処刑されたと報道された。韓国から出た情報らしく、北朝鮮外務省員も数人処刑されたという。この報道が事実であるなら、北朝鮮の状況はますます不可解である。
李容浩は第2回の米朝首脳会談の際、金正恩の不興を買い、会談後公の席には出られなくなった。前述の金与正と同様の状況だった。そして翌20年には外相の職を解かれていることが判明していた。しかるに今回の報道では、李容浩は2022年夏から秋にかけ処刑されたというのである。クビになった者を2年以上も経ってから処刑するというのは訳の分からないことである。この間何が起こったのか。金与正は復活できたが、李容浩は復活できなかったということだけであればそれほど不思議でない。しかし、クビになったのちに処刑されたというのであれば、不可解である。職を解かれた後に再び不興を買うことなどありえない。
さらに北朝鮮は、金正恩朝鮮労働党総書記を除く軍の序列1位の地位にあった朴正天(パク・チョンチョン)を23年1月1日に解任した。同人は21年9月、党政治局常務委員へ昇格してトップ5入りした。抜擢されたと言ってよかったが、わずか1年余りで解職されたのだ。なぜか。昨年のミサイル大量発射と関連があるか、疑問は尽きない。金正恩総書記はこれまで軍人を含め高級官吏を何人も解雇ないし配置転換してきた。今後の情勢にも目が離せない。
2023.02.06
気球が米側によって探知されてから、中国側が米側から説明を求められたことに疑う余地はない。単に説明を求められたというより、もっと強い姿勢を見せられた可能性が大きいが、具体的なことはわからない。ブリンケン国務長官は3日の会見で、「中国の監視用気球だと確信している」と述べ、「明らかな米国の主権の侵害で、国際法違反だ」と批判した。
中国側は「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」と主張し、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」とした。また、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」とした(5日の中国外務省声明)。
中国側の説明はこれですべてであっただろうか。もし中国側が丁寧な説明をしなかったのであるならば、米側は到底納得しないだろうし、撃墜もやむを得なかったということになる。
中国側から米側に説明すべきことはいくつかあったはずである。
・飛行計画の詳細。
・なぜこの気球は中国側の手でコースを変えられなかったのか。
・民間とはどのような企業(?)で、科学研究の内容はどのようなものであったか。
・中国政府とその企業との関係いかん。
明らかにすべきことはもっとあるかもしれない。ともかく、米国の領空を侵犯した中国の気球は深刻な状況に陥っており、それが撃墜されるのを回避するには米側を納得させる説明が必要であった。
しかし、中国側が、「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」以上の説明をしなかったのであれば、米側を納得させることはできない。撃墜されても文句を言えない。
米側についても疑問がある。トランプ前政権時代に少なくとも3回、バイデン政権の発足直後も1回、中国の監視用の気球が米本土上空を短期間通過したことがあると説明されている。その際、米側は中国側に対してどのような態度で臨んだのか。今回は米国上空の滞在時間が長かった点で、従来と異なるというが、今回、前4回と異なる対応をしたことは理解されるか。
もちろん、そこまでは米側も発表してくれないだろう。安全保障のためすべてをさらけ出すことはできないのはわれわれとしても理解しなければならない。
中国外務省は2月5日朝、「強烈な不満と抗議」を示す声明を発表し、「明らかな過剰反応であり、国際慣例の重大な違反」などと反発した。
米側がどのように対応したか不明である。上述した問題点についてかりに中国側が詳細な説明を行っても米側が理不尽な行動をとったならば、中国が問題視するのも分かる。国連や国際的裁判などで米国を訴えるのもよいだろう。
しかし、問題を起こした側が木で鼻をくくったような説明で済まそうとしても、理解は得られない。
中国気球の米上空飛行問題
中国の気球が1月末にアリューシャン列島付近で米国に探知された後、カナダ領空に抜け、31日に再び米領空に入り(アイダホ州で)、その後東へ飛行を続け、4日、サウスカロライナ州沖の米領海上空で撃墜された。この間約1週間、米国と中国の間で何があったか。発表されていることは一部にすぎないが、中国も米国もその言動には不可解な点がある。気球が米側によって探知されてから、中国側が米側から説明を求められたことに疑う余地はない。単に説明を求められたというより、もっと強い姿勢を見せられた可能性が大きいが、具体的なことはわからない。ブリンケン国務長官は3日の会見で、「中国の監視用気球だと確信している」と述べ、「明らかな米国の主権の侵害で、国際法違反だ」と批判した。
中国側は「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」と主張し、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」とした。また、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」とした(5日の中国外務省声明)。
中国側の説明はこれですべてであっただろうか。もし中国側が丁寧な説明をしなかったのであるならば、米側は到底納得しないだろうし、撃墜もやむを得なかったということになる。
中国側から米側に説明すべきことはいくつかあったはずである。
・飛行計画の詳細。
・なぜこの気球は中国側の手でコースを変えられなかったのか。
・民間とはどのような企業(?)で、科学研究の内容はどのようなものであったか。
・中国政府とその企業との関係いかん。
明らかにすべきことはもっとあるかもしれない。ともかく、米国の領空を侵犯した中国の気球は深刻な状況に陥っており、それが撃墜されるのを回避するには米側を納得させる説明が必要であった。
しかし、中国側が、「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」以上の説明をしなかったのであれば、米側を納得させることはできない。撃墜されても文句を言えない。
米側についても疑問がある。トランプ前政権時代に少なくとも3回、バイデン政権の発足直後も1回、中国の監視用の気球が米本土上空を短期間通過したことがあると説明されている。その際、米側は中国側に対してどのような態度で臨んだのか。今回は米国上空の滞在時間が長かった点で、従来と異なるというが、今回、前4回と異なる対応をしたことは理解されるか。
もちろん、そこまでは米側も発表してくれないだろう。安全保障のためすべてをさらけ出すことはできないのはわれわれとしても理解しなければならない。
中国外務省は2月5日朝、「強烈な不満と抗議」を示す声明を発表し、「明らかな過剰反応であり、国際慣例の重大な違反」などと反発した。
米側がどのように対応したか不明である。上述した問題点についてかりに中国側が詳細な説明を行っても米側が理不尽な行動をとったならば、中国が問題視するのも分かる。国連や国際的裁判などで米国を訴えるのもよいだろう。
しかし、問題を起こした側が木で鼻をくくったような説明で済まそうとしても、理解は得られない。
2023.02.04
軍政府は2年前のクーデタの際にも総選挙は2023年8月まで延期することを示唆していたので、今回の発表は必ずしも約束違反ではないが、国軍の弾圧は甚大な被害を生んでおり、2年間に2940人の市民が犠牲になったという(人権団体による)。内外のメディアも厳しく弾圧され、日本人では映像ジャーナリストの久保田徹氏が2022年7月から4か月間拘束された。
各国は軍政府による非常事態宣言の延長を批判し、米政府は1月31日、国軍と関係のある6個人と3団体に制裁を科すと発表し、英国、カナダ、オーストラリアなども制裁を強化した。
日本とミャンマーの関係は深い。日本から進出している企業はクーデタ前430社以上に上っていた。日本はミャンマーに対する最大の援助供与国である。日本としては、ミャンマーが国際的に孤立すれば、中国への接近を招くとの懸念もある。日本は独自の制裁には慎重な姿勢で臨んだ。だが、クーデタ後もミャンマー政府への経済支援を行えば、軍事政権を認めることになるのでODAの新規案件は進めないことにしたが、既存の援助案件は完了までに数年かかるものが多く、クーデタ後も軍政権(国軍系企業MECなど)に日本からの資金が流れた。そのためヒューマンライツウオッチ(HRW)など国際的に活動している団体からは厳しい目を向けられた。ミャンマーに関する国連特別報告者のトーマス・アンドリュース氏は今回の非常事態延長に伴い、日本に対し、国軍関係者らに対する経済制裁網への参加を提言。ODAなどの経済支援の見直しや、防衛省が国軍から受け入れている留学生の送還などを促した。
非常事態の延長は日本の立場をいっそう困難にするだろう。これまで日本が欧米諸国とは異なり、対話を通して国軍に暴力行為をやめるよう働きかけてきたのは、説得によってミャンマーの民主化の実現を扶けるのが最善だという考えだったからである。しかし、今回の非常事態延長はそのような外交重視方針に冷水を浴びせかけた。
非常事態を終わらせる総選挙が半年延期されたことは、冒頭で述べたように全くの驚きではないにしても、軍事政権が政権を明け渡す可能性が遠のき、下手をすると軍事政権が半年どころでなく長期にわたって続くことになる危険が増大したからである。
今後の展開を左右する一つのカギは民主派勢力が樹立した「統一政府(NUG)」と国軍との関係がどうなるかである。国軍は相変わらず強権的だが、かなり手を焼いているのも事実であり、民間人への被害が及ぶのにもかまわず空爆を行ったり、一部地域では村を焼き払ったりするなどかなり強引に民主派勢力を鎮圧しようとしている。
一方、民主派側も自分たちの力で政権を取るには程遠く、彼らが統治していると主張する地域は一部の農村部だけである。都市部は、基本的に軍が支配している。
また、国民の3分の1近くを占める少数民族は必ずしも政府に従っておらず、武装闘争も継続している。そのため政府としても軍に依存することとなる。つまり、民主派勢力、国軍、少数民族のあいだの微妙なバランスは依然として続いている。
国軍を支える外部勢力は中国とロシアである。中国はミャンマーと隣接している関係で以前から少数民族地域への影響力は大きい。そのために従来から国軍や政府とも一定の友好関係があり、クーデタ後もミャンマーの安定を望み、軍事政権とは距離を置き、国家の安定性について懸念を表明していた。王毅外相がクーデタ後初めてミャンマーを訪問したのは翌2022年の7月であった。
ロシアは違っており、東南アジアにおいて中国のように広範囲に及ぶプレゼンスはなく、国軍が発言権を持つミャンマーとの関係だけが突出している。特に武器輸出は中国の次である。NLD(国民民主連盟、アウンサンスーチーが党首)政権下の18年にはスホイ30戦闘機の供給契約を結んだ。クーデタ直前の2021年1月にはショイグ国防相がミャンマーを訪問し、地対空防衛システムや偵察用無人機などの契約を結んだ。そしてクーデタ以降、ロシアは中立的立場をとった中国と異なり、ミャンマーとの軍事関係を一層強化した。3月、ミャンマーであった「国軍記念日」の行事に日本や欧米諸国が出席を見送るなかロシアから国防次官が出席した。6月にはミンアウンフライン最高司令官がモスクワで開かれた「国際安全保障モスクワ会議」に出席し、パトルシェフ国家安全保障会議書記、ショイグ国防相と会談した。ロシア側の厚遇が目立ったという。
翌22年7月、ロシア軍によるウクライナ侵攻の5か月後であったが、ミンアウンフライン司令官が再度ロシアを訪問した。モスクワで会った人物にはロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスのロゴジン社長が含まれていた。両者は何を話し合ったのか。ミャンマーは宇宙分野にも関心があるのだろうか。ロシア国防省は12日声明において「戦略的なパートナーシップの精神に基づき、軍事面や技術協力を深めていくことを再確認した」と発表した。
ロシアは武器取引を通じてミャンマーとの関係を緊密化し、軍事政権の数少ない支持国になった。これはミャンマーにとって大きな意味があり、ロシアの友好国であることをアピールしてロシアに報いた。世界の嫌われ者同士が手を結んだというのは言い過ぎかもしれないが、ミャンマーの軍事政権はロシアが支えてくれるかぎり支配を継続できると考えている可能性がある。
日本が対話を通して民主化の実現に寄与するという方針は、軍事政権としてもいつまでも強権的、暴力的に民主派勢力を抑圧することはできないだろうという見通しの上に立っている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻がどのように展開するかにもよるが、この前提は崩れるかもしれない。そうなると対話を通して効果を生み出すことは困難になる。日本政府の意図でないが、軍事政権を甘やかしているという風当たりが国際的に強くなる危険もある。日本外交にとって容易ならざる事態となることが懸念される。
ミャンマーとロシアは日本外交を困難にする
ミャンマーで実権を握る国軍は2月1日、憲法で定められている2年の期限が到来した非常事態宣言を半年間延長すると発表した。軍事政権がそれだけ継続するのだが、延長が半年で終わるか情勢は不透明である。軍政府は2年前のクーデタの際にも総選挙は2023年8月まで延期することを示唆していたので、今回の発表は必ずしも約束違反ではないが、国軍の弾圧は甚大な被害を生んでおり、2年間に2940人の市民が犠牲になったという(人権団体による)。内外のメディアも厳しく弾圧され、日本人では映像ジャーナリストの久保田徹氏が2022年7月から4か月間拘束された。
各国は軍政府による非常事態宣言の延長を批判し、米政府は1月31日、国軍と関係のある6個人と3団体に制裁を科すと発表し、英国、カナダ、オーストラリアなども制裁を強化した。
日本とミャンマーの関係は深い。日本から進出している企業はクーデタ前430社以上に上っていた。日本はミャンマーに対する最大の援助供与国である。日本としては、ミャンマーが国際的に孤立すれば、中国への接近を招くとの懸念もある。日本は独自の制裁には慎重な姿勢で臨んだ。だが、クーデタ後もミャンマー政府への経済支援を行えば、軍事政権を認めることになるのでODAの新規案件は進めないことにしたが、既存の援助案件は完了までに数年かかるものが多く、クーデタ後も軍政権(国軍系企業MECなど)に日本からの資金が流れた。そのためヒューマンライツウオッチ(HRW)など国際的に活動している団体からは厳しい目を向けられた。ミャンマーに関する国連特別報告者のトーマス・アンドリュース氏は今回の非常事態延長に伴い、日本に対し、国軍関係者らに対する経済制裁網への参加を提言。ODAなどの経済支援の見直しや、防衛省が国軍から受け入れている留学生の送還などを促した。
非常事態の延長は日本の立場をいっそう困難にするだろう。これまで日本が欧米諸国とは異なり、対話を通して国軍に暴力行為をやめるよう働きかけてきたのは、説得によってミャンマーの民主化の実現を扶けるのが最善だという考えだったからである。しかし、今回の非常事態延長はそのような外交重視方針に冷水を浴びせかけた。
非常事態を終わらせる総選挙が半年延期されたことは、冒頭で述べたように全くの驚きではないにしても、軍事政権が政権を明け渡す可能性が遠のき、下手をすると軍事政権が半年どころでなく長期にわたって続くことになる危険が増大したからである。
今後の展開を左右する一つのカギは民主派勢力が樹立した「統一政府(NUG)」と国軍との関係がどうなるかである。国軍は相変わらず強権的だが、かなり手を焼いているのも事実であり、民間人への被害が及ぶのにもかまわず空爆を行ったり、一部地域では村を焼き払ったりするなどかなり強引に民主派勢力を鎮圧しようとしている。
一方、民主派側も自分たちの力で政権を取るには程遠く、彼らが統治していると主張する地域は一部の農村部だけである。都市部は、基本的に軍が支配している。
また、国民の3分の1近くを占める少数民族は必ずしも政府に従っておらず、武装闘争も継続している。そのため政府としても軍に依存することとなる。つまり、民主派勢力、国軍、少数民族のあいだの微妙なバランスは依然として続いている。
国軍を支える外部勢力は中国とロシアである。中国はミャンマーと隣接している関係で以前から少数民族地域への影響力は大きい。そのために従来から国軍や政府とも一定の友好関係があり、クーデタ後もミャンマーの安定を望み、軍事政権とは距離を置き、国家の安定性について懸念を表明していた。王毅外相がクーデタ後初めてミャンマーを訪問したのは翌2022年の7月であった。
ロシアは違っており、東南アジアにおいて中国のように広範囲に及ぶプレゼンスはなく、国軍が発言権を持つミャンマーとの関係だけが突出している。特に武器輸出は中国の次である。NLD(国民民主連盟、アウンサンスーチーが党首)政権下の18年にはスホイ30戦闘機の供給契約を結んだ。クーデタ直前の2021年1月にはショイグ国防相がミャンマーを訪問し、地対空防衛システムや偵察用無人機などの契約を結んだ。そしてクーデタ以降、ロシアは中立的立場をとった中国と異なり、ミャンマーとの軍事関係を一層強化した。3月、ミャンマーであった「国軍記念日」の行事に日本や欧米諸国が出席を見送るなかロシアから国防次官が出席した。6月にはミンアウンフライン最高司令官がモスクワで開かれた「国際安全保障モスクワ会議」に出席し、パトルシェフ国家安全保障会議書記、ショイグ国防相と会談した。ロシア側の厚遇が目立ったという。
翌22年7月、ロシア軍によるウクライナ侵攻の5か月後であったが、ミンアウンフライン司令官が再度ロシアを訪問した。モスクワで会った人物にはロシア国営宇宙開発企業ロスコスモスのロゴジン社長が含まれていた。両者は何を話し合ったのか。ミャンマーは宇宙分野にも関心があるのだろうか。ロシア国防省は12日声明において「戦略的なパートナーシップの精神に基づき、軍事面や技術協力を深めていくことを再確認した」と発表した。
ロシアは武器取引を通じてミャンマーとの関係を緊密化し、軍事政権の数少ない支持国になった。これはミャンマーにとって大きな意味があり、ロシアの友好国であることをアピールしてロシアに報いた。世界の嫌われ者同士が手を結んだというのは言い過ぎかもしれないが、ミャンマーの軍事政権はロシアが支えてくれるかぎり支配を継続できると考えている可能性がある。
日本が対話を通して民主化の実現に寄与するという方針は、軍事政権としてもいつまでも強権的、暴力的に民主派勢力を抑圧することはできないだろうという見通しの上に立っている。しかし、ロシアのウクライナ侵攻がどのように展開するかにもよるが、この前提は崩れるかもしれない。そうなると対話を通して効果を生み出すことは困難になる。日本政府の意図でないが、軍事政権を甘やかしているという風当たりが国際的に強くなる危険もある。日本外交にとって容易ならざる事態となることが懸念される。
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