10月, 2018 - 平和外交研究所
2018.10.31
日韓両国政府は1965年、基本条約と同時に請求権・経済協力協定を結び、財産・請求権の問題を「完全かつ最終的に」解決したので徴用工の問題も解決しているが、韓国大法院は、個人はこの条約に拘束されず、「個人の請求権」はあると判断したのだ。
日本では、安倍首相はじめ官民こぞってこの判決を不当とし、また、韓国政府の姿勢を非難した。また、日本政府は韓国政府に抗議した。いずれも当然だ。
韓国政府は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領時代の2005年、日韓の請求権協定には徴用工問題も含まれ、賠償を含めた責任は韓国政府が持つべきだとの政府見解をまとめた経緯がある。文在寅氏は当時大統領首席秘書官としてその方針決定にかかわった。
その後、2012年5月、大法院は、「請求権協定で放棄された外交保護権と個人請求権は別」という判断を示し、そのころから韓国政府はそれまでの立場とは異なる姿勢を見せ始めた。そして、文在寅(ムンジェイン)大統領は、2017年8月15日の植民地解放の式典と2日後の記者会見で、この大法院判断に触れつつ、徴用工問題を慰安婦問題と並べて取りあげ、「日本指導者の勇気ある姿勢が必要」だと訴えた。
大法院の判断があったが、それは司法の問題だ。文在寅大統領が盧武鉉政権で決定したことを変更して、日本政府に韓国の世論が希望する解決のために行動するよう求めたのは、韓国政府として一貫性を欠く姿勢である。
しかし、この問題の扱いは注意が必要だ。韓国側の非を鳴らすのは簡単だが、それだけでは問題は解決しない。下手をすると国際的に不利な立場になる危険もある。必要なのは、世界に対して説得力のある説明をすることだ。
国際的に説得力がある説明をするには、主語・述語を明確にし、論理的に主張しなければならない。また、「一部の事実関係の誤りを指摘して相手の主張の信頼性、信憑性を崩す」という手法をとらないことだ。そんな方法は法廷では通用しても、人権擁護運動を重視する国際社会では逆に足を引っ張っていると批判されるおそれがある。
日本側では、「文在寅氏は確信犯だ」、「法の上に『国民情緒法』がある」などと言いたいのはよくわかる。しかし、キャッチフレーズは、国民受けするかもしれないが、誇大であり、危険だ。国際的にかえって反発を受ける危険もある。文氏や韓国の司法を全面的に批判すべきでないのは少し冷静に考えればすぐわかるであろう。
では、日本として、具体的にどう主張すべきか。
第1に、問題は「徴用工」に限られないという視点を堅持する必要がある。というのは、植民地支配のもとで苦しんだ人たちは徴用工に限らず、すべての朝鮮人であり、日本に対しては様々な要求があったのは当然だが、個人個人で解決できないので政府間で一挙に解決したのであり、「徴用工」だけを例外扱いできない。安易に「徴用工」問題を取り上げると、すべての韓国人が抱いていることをあらためて取り上げることになるからだ。
たとえば、日本の官憲から暴行を受けた人なども日本に対し要求をする可能性がある。
それどころか、いわゆる「創氏改名」、つまり朝鮮名を日本名に変えることについても賠償請求が行われるかもしれない。
これらの例については、日本として打ち捨てておいておいてよいというのではない。1965年の基本条約と請求権協定はそれらを一括して解決したのだ。
協定第2条1項は次のとおり規定している。
「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」
つまり、「徴用工」に限らず、「財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題」を包括的に処理したのだ。
だから「徴用工」問題だけを例外扱いできないのであり、どうしても「徴用工」問題を取り上げるなら、その他の問題を含め、日韓関係は1945年の時点に戻ってしまうことになる。それはできない。
韓国大法院の判決の一部には、そのような問題が十分整理されていないと危惧される言及もあるが、そうでないことを期待したい。
第2に、日本政府は、韓国政府に対し、一貫した姿勢に戻り、かつ、「徴用工」の問題を国内で解決すべきであると要求し続けるべきである。これはすでに始まっている。
第3に、前述の国際的観点からも説得力のある説明をすべきである。具体的に重要なポイントは繰り返さないが、日本の主張はかならず理解されるなどと思い込まないことが肝要だ。国際社会はけっして甘くない。
徴用工問題に関する韓国大法院判決
戦時中、日本の統治下にあった朝鮮半島から「徴用」され、日本本土の工場で労働させられた韓国人4人が、新日鉄住金に対し損害賠償を求めた訴訟の上告審で、韓国大法院(最高裁判所)は10月30日、控訴審判決を支持したので、同社に1人あたり1億ウォン(約1千万円)を支払うよう命じた判決が確定した。日韓両国政府は1965年、基本条約と同時に請求権・経済協力協定を結び、財産・請求権の問題を「完全かつ最終的に」解決したので徴用工の問題も解決しているが、韓国大法院は、個人はこの条約に拘束されず、「個人の請求権」はあると判断したのだ。
日本では、安倍首相はじめ官民こぞってこの判決を不当とし、また、韓国政府の姿勢を非難した。また、日本政府は韓国政府に抗議した。いずれも当然だ。
韓国政府は、盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領時代の2005年、日韓の請求権協定には徴用工問題も含まれ、賠償を含めた責任は韓国政府が持つべきだとの政府見解をまとめた経緯がある。文在寅氏は当時大統領首席秘書官としてその方針決定にかかわった。
その後、2012年5月、大法院は、「請求権協定で放棄された外交保護権と個人請求権は別」という判断を示し、そのころから韓国政府はそれまでの立場とは異なる姿勢を見せ始めた。そして、文在寅(ムンジェイン)大統領は、2017年8月15日の植民地解放の式典と2日後の記者会見で、この大法院判断に触れつつ、徴用工問題を慰安婦問題と並べて取りあげ、「日本指導者の勇気ある姿勢が必要」だと訴えた。
大法院の判断があったが、それは司法の問題だ。文在寅大統領が盧武鉉政権で決定したことを変更して、日本政府に韓国の世論が希望する解決のために行動するよう求めたのは、韓国政府として一貫性を欠く姿勢である。
しかし、この問題の扱いは注意が必要だ。韓国側の非を鳴らすのは簡単だが、それだけでは問題は解決しない。下手をすると国際的に不利な立場になる危険もある。必要なのは、世界に対して説得力のある説明をすることだ。
国際的に説得力がある説明をするには、主語・述語を明確にし、論理的に主張しなければならない。また、「一部の事実関係の誤りを指摘して相手の主張の信頼性、信憑性を崩す」という手法をとらないことだ。そんな方法は法廷では通用しても、人権擁護運動を重視する国際社会では逆に足を引っ張っていると批判されるおそれがある。
日本側では、「文在寅氏は確信犯だ」、「法の上に『国民情緒法』がある」などと言いたいのはよくわかる。しかし、キャッチフレーズは、国民受けするかもしれないが、誇大であり、危険だ。国際的にかえって反発を受ける危険もある。文氏や韓国の司法を全面的に批判すべきでないのは少し冷静に考えればすぐわかるであろう。
では、日本として、具体的にどう主張すべきか。
第1に、問題は「徴用工」に限られないという視点を堅持する必要がある。というのは、植民地支配のもとで苦しんだ人たちは徴用工に限らず、すべての朝鮮人であり、日本に対しては様々な要求があったのは当然だが、個人個人で解決できないので政府間で一挙に解決したのであり、「徴用工」だけを例外扱いできない。安易に「徴用工」問題を取り上げると、すべての韓国人が抱いていることをあらためて取り上げることになるからだ。
たとえば、日本の官憲から暴行を受けた人なども日本に対し要求をする可能性がある。
それどころか、いわゆる「創氏改名」、つまり朝鮮名を日本名に変えることについても賠償請求が行われるかもしれない。
これらの例については、日本として打ち捨てておいておいてよいというのではない。1965年の基本条約と請求権協定はそれらを一括して解決したのだ。
協定第2条1項は次のとおり規定している。
「両締約国は、両締約国及びその国民(法人を含む。)の財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題が、1951年9月8日にサン・フランシスコ市で署名された日本国との平和条約第四条(a)に規定されたものを含めて、完全かつ最終的に解決されたこととなることを確認する。」
つまり、「徴用工」に限らず、「財産、権利及び利益並びに両締約国及びその国民の間の請求権に関する問題」を包括的に処理したのだ。
だから「徴用工」問題だけを例外扱いできないのであり、どうしても「徴用工」問題を取り上げるなら、その他の問題を含め、日韓関係は1945年の時点に戻ってしまうことになる。それはできない。
韓国大法院の判決の一部には、そのような問題が十分整理されていないと危惧される言及もあるが、そうでないことを期待したい。
第2に、日本政府は、韓国政府に対し、一貫した姿勢に戻り、かつ、「徴用工」の問題を国内で解決すべきであると要求し続けるべきである。これはすでに始まっている。
第3に、前述の国際的観点からも説得力のある説明をすべきである。具体的に重要なポイントは繰り返さないが、日本の主張はかならず理解されるなどと思い込まないことが肝要だ。国際社会はけっして甘くない。
2018.10.24
この条約は1987年、米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長との間で署名されたもので、射程が500~5500キロのミサイル(ICBMとの比較で「中距離ミサイル」と呼ばれる)が禁止された。
ヨーロッパを核戦争の戦場にしないことが直接の目的であり、日本に直接かかわることでなかったが、第二次大戦後の核軍拡競争を抑制する意味で、核兵器拡散禁止条約(NPT)、戦略核兵器削減交渉(ICBMの規制を目的とするSTARTなど)に次ぐものであり、グローバルな意義があった。冷戦終結への過程でかならず言及されることである。だからこそ、その破棄をトランプ大統領が言い出したことは世界にとって衝撃的なのである。
トランプ大統領は、オバマ大統領と違って軍縮に熱意を示さず、軍事力を外交の手段としている。今回のINF条約破棄宣言の際には、「各国が正気に戻るまで軍備を拡大するつもりだ」とも、「これは中国だろうがロシアだろうが、このゲームがしたいあらゆる国に対する脅しだ。(中略)ロシアはこの条約の精神も、この条約自体も守っていない」などと発言している(BBC10月23日)。
ロシアがINF条約に違反し、巡航ミサイル「ノバトール9M729」を開発・配備したことはNATOにおいても指摘されていることである。したがって、トランプ氏の主張は半分理由があるが、一方的にINF条約の破棄を宣言するのは適切か、疑問がある。
第1に、ロシアに条約違反を止めさせるためとはいえ、一定の外交目的のために同条約の破棄を宣言するのは問題である。冷戦以来、歴代の米国大統領はソ連の危険な行動を抑制するのに努めたが、軍拡競争にならないよう知恵を絞ってきた。そのような手段はトランプ流に考えれば生ぬるいかもしれないが、おおむね成功し、事実上ソ連の最後の指導者となったゴルバチョフ書記長はINF全廃条約に合意したのであった。
もちろん、米国の大統領といってもハト派もタカ派もおりそれぞれ個性的であったが、トランプ氏の姿勢は群を抜いて非理知的であり、かつ単純である。とくに、相手を力でねじ伏せようとする交渉は一見効果があるように見えるかもしれないが、長い目で見ると建設的でない。
第2に、INF条約を破棄してしまえば、以後、ロシアに条約の順守を求めることはできなくなる。それでは米国として目的を放棄してしまうことになる。米国だけが条約に縛られるという状態は解消されるが、その後に軍拡競争が生じるのであれば、米国の本来の目的に悖ることになるのではないか。
手段がないのであればまだしも、米国には他に手段がある。たとえば、ロシアはクリミア併合の関係で制裁措置をかけられ、音を上げているが、さらに強化することは可能であろう。
第3に、トランプ氏の姿勢には一貫性が欠けており、場当たり的である。ロシアの条約違反は今に始まったことでなく、オバマ政権時代から米国は問題視し、オバマ氏はプーチン氏に対して違反の事実を指摘していた。にもかかわらず、トランプ氏は就任以来、ロシア、とくにプーチン氏を称賛してきた。もちろんINF条約に関してではなかったが、条約違反をしていたロシアによい顔をするべきではなかったのではないか。さらに言えば、トランプ氏は反オバマの姿勢が強すぎるためにロシアに対して一貫した姿勢で臨めないのではないか。
また、トランプ大統領がINF条約について強い姿勢を見せているのは、11月6日の中間選挙を有利に運ぶためだとも指摘されている。もしそうだとすれば、内政目的のために外交問題を利用するという愚を犯していることになる。
第4に、米国もロシアも中国を取り込んで新しい条約を締結することが課題になっている。中国は2015年の軍事パレードの際、射程4千キロの中距離弾道ミサイル「東風26」を公開した。米国はこれを「グアムキラー」と呼ぶくらい警戒している。ロシアのINF全廃条約違反が問題であるのはもちろんだが、米ロ両国は中国による中距離ミサイルの抑制について協力すべき立場にある。そのなかでロシアの違反問題も解決するのが自然な方策でないか。
中距離核戦力全廃条約の破棄
トランプ大統領が10月20日、「中距離核戦力(INF)全廃条約」の破棄を宣言したことは衝撃的であった。この条約は1987年、米国のレーガン大統領とソ連のゴルバチョフ書記長との間で署名されたもので、射程が500~5500キロのミサイル(ICBMとの比較で「中距離ミサイル」と呼ばれる)が禁止された。
ヨーロッパを核戦争の戦場にしないことが直接の目的であり、日本に直接かかわることでなかったが、第二次大戦後の核軍拡競争を抑制する意味で、核兵器拡散禁止条約(NPT)、戦略核兵器削減交渉(ICBMの規制を目的とするSTARTなど)に次ぐものであり、グローバルな意義があった。冷戦終結への過程でかならず言及されることである。だからこそ、その破棄をトランプ大統領が言い出したことは世界にとって衝撃的なのである。
トランプ大統領は、オバマ大統領と違って軍縮に熱意を示さず、軍事力を外交の手段としている。今回のINF条約破棄宣言の際には、「各国が正気に戻るまで軍備を拡大するつもりだ」とも、「これは中国だろうがロシアだろうが、このゲームがしたいあらゆる国に対する脅しだ。(中略)ロシアはこの条約の精神も、この条約自体も守っていない」などと発言している(BBC10月23日)。
ロシアがINF条約に違反し、巡航ミサイル「ノバトール9M729」を開発・配備したことはNATOにおいても指摘されていることである。したがって、トランプ氏の主張は半分理由があるが、一方的にINF条約の破棄を宣言するのは適切か、疑問がある。
第1に、ロシアに条約違反を止めさせるためとはいえ、一定の外交目的のために同条約の破棄を宣言するのは問題である。冷戦以来、歴代の米国大統領はソ連の危険な行動を抑制するのに努めたが、軍拡競争にならないよう知恵を絞ってきた。そのような手段はトランプ流に考えれば生ぬるいかもしれないが、おおむね成功し、事実上ソ連の最後の指導者となったゴルバチョフ書記長はINF全廃条約に合意したのであった。
もちろん、米国の大統領といってもハト派もタカ派もおりそれぞれ個性的であったが、トランプ氏の姿勢は群を抜いて非理知的であり、かつ単純である。とくに、相手を力でねじ伏せようとする交渉は一見効果があるように見えるかもしれないが、長い目で見ると建設的でない。
第2に、INF条約を破棄してしまえば、以後、ロシアに条約の順守を求めることはできなくなる。それでは米国として目的を放棄してしまうことになる。米国だけが条約に縛られるという状態は解消されるが、その後に軍拡競争が生じるのであれば、米国の本来の目的に悖ることになるのではないか。
手段がないのであればまだしも、米国には他に手段がある。たとえば、ロシアはクリミア併合の関係で制裁措置をかけられ、音を上げているが、さらに強化することは可能であろう。
第3に、トランプ氏の姿勢には一貫性が欠けており、場当たり的である。ロシアの条約違反は今に始まったことでなく、オバマ政権時代から米国は問題視し、オバマ氏はプーチン氏に対して違反の事実を指摘していた。にもかかわらず、トランプ氏は就任以来、ロシア、とくにプーチン氏を称賛してきた。もちろんINF条約に関してではなかったが、条約違反をしていたロシアによい顔をするべきではなかったのではないか。さらに言えば、トランプ氏は反オバマの姿勢が強すぎるためにロシアに対して一貫した姿勢で臨めないのではないか。
また、トランプ大統領がINF条約について強い姿勢を見せているのは、11月6日の中間選挙を有利に運ぶためだとも指摘されている。もしそうだとすれば、内政目的のために外交問題を利用するという愚を犯していることになる。
第4に、米国もロシアも中国を取り込んで新しい条約を締結することが課題になっている。中国は2015年の軍事パレードの際、射程4千キロの中距離弾道ミサイル「東風26」を公開した。米国はこれを「グアムキラー」と呼ぶくらい警戒している。ロシアのINF全廃条約違反が問題であるのはもちろんだが、米ロ両国は中国による中距離ミサイルの抑制について協力すべき立場にある。そのなかでロシアの違反問題も解決するのが自然な方策でないか。
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