5月, 2023 - 平和外交研究所
2023.05.23
「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」については、クリミア併合でG8からG7になってから初めての独立の核軍縮文書であるというが、それだけでは大したことにならない。
核の抑止力については、「我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」と、核がいつまでも残ることを示唆する文言がよかったか疑問が残る。これは多くの人が指摘していることである。
今回のG7では、「核兵器のない世界」を実現する決意や道筋が示されなかったというのもその通りである。首脳コミュニケでも、また広島ビジョンでもうたわれた「(核兵器のない世界は)全ての者にとっての安全が損なわれない形で、現実的で、実践的な、責任あるアプローチを通じて達成される、核兵器のない世界という究極の目標に向けた我々のコミットメントを再確認する。」はNPT6条と同じ趣旨である。
今回のG7の最大の、というか、もっとも印象的なことはG7首脳による平和記念資料館訪問にあった。
広島と長崎への原爆投下は今でも日米間のみならず、世界にとっても深い傷跡となって残っている。このことについては様々な見方があるが、政治的観点からの観察・分析も必要である。
米国大統領の資料館訪問については米国内に賛否両論があり、訪問すべきでないとする声は強い。オバマ元大統領は2016年5月、米国大統領として初めて広島を訪問し、資料館も訪れた。オバマ氏は強い反対意見を乗り越えて訪問を実現させたのであり、画期的、歴史的出来事であった。
また、国際的にも原爆投下を利用しようとする動きがある。米国に批判的な国にとっては、広島・長崎は米国が非人道的な行為を行ったことの象徴としてとらえ、また機会を見つけてはそのことを宣伝に使った。オバマ氏が資料館を訪問したのは約10分間に限られていたのはこのような状況を反映していた。
今次G7では、首脳は約40分を資料館訪問にあてた。これを短いとする意見もないではないが、これを国際政治の中で見れば長かった。
時間ですべてを図ることはできないが、バイデン大統領は今次資料館訪問により、政治的困難を一歩乗り越えた。もちろん、核兵器のない世界の実現にはまだ程遠い。しかし、核廃絶について甲論乙駁が飛び交い、また核の抑止力を維持する必要性がうたわれる中で、現実の行動として一歩前進したことの意義は非常に大きい。
平和記念資料館においてG7首脳が記帳した内容も注目される。岸田首相とバイデン大統領だけが「核兵器の廃絶」を最終目標としてではあったが、明言した。他の首脳は犠牲者に対する慰霊が主たるメッセージであった。
岸田首相は「歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に「核兵器のない世界」をめざすためにここに集う」と記帳した。
バイデン氏は「この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの私たち全員の義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!」と、世界は核の廃絶へ進まなければならないという信念をはっきりと記した。文言は抽象的であり、いわゆる道筋ではなく、バイデン氏の記帳を過大評価できないが、注目すべきことであった。
今回のG7広島サミットでは、韓国の尹錫悦大統領が韓国人原爆犠牲者を慰霊したことも注目された。尹氏はこれまで日韓関係の改善のためにおおきな努力を払っており、尹氏の平和記念公園訪問はさらなる前進となろう。
G7広島サミットでの核軍縮の成果
G7広島サミット(5月19~21日)では広範な分野にわたって首脳による議論が行われ、全体として成果があったといえるが、核軍縮については批判的な見方が少なくない。本稿では積極的に評価できることを含め、二、三指摘したい。「核軍縮に関するG7首脳広島ビジョン」については、クリミア併合でG8からG7になってから初めての独立の核軍縮文書であるというが、それだけでは大したことにならない。
核の抑止力については、「我々の安全保障政策は、核兵器は、それが存在する限りにおいて、防衛目的のために役割を果たし、侵略を抑止し、並びに戦争及び威圧を防止すべきとの理解に基づいている。」と、核がいつまでも残ることを示唆する文言がよかったか疑問が残る。これは多くの人が指摘していることである。
今回のG7では、「核兵器のない世界」を実現する決意や道筋が示されなかったというのもその通りである。首脳コミュニケでも、また広島ビジョンでもうたわれた「(核兵器のない世界は)全ての者にとっての安全が損なわれない形で、現実的で、実践的な、責任あるアプローチを通じて達成される、核兵器のない世界という究極の目標に向けた我々のコミットメントを再確認する。」はNPT6条と同じ趣旨である。
今回のG7の最大の、というか、もっとも印象的なことはG7首脳による平和記念資料館訪問にあった。
広島と長崎への原爆投下は今でも日米間のみならず、世界にとっても深い傷跡となって残っている。このことについては様々な見方があるが、政治的観点からの観察・分析も必要である。
米国大統領の資料館訪問については米国内に賛否両論があり、訪問すべきでないとする声は強い。オバマ元大統領は2016年5月、米国大統領として初めて広島を訪問し、資料館も訪れた。オバマ氏は強い反対意見を乗り越えて訪問を実現させたのであり、画期的、歴史的出来事であった。
また、国際的にも原爆投下を利用しようとする動きがある。米国に批判的な国にとっては、広島・長崎は米国が非人道的な行為を行ったことの象徴としてとらえ、また機会を見つけてはそのことを宣伝に使った。オバマ氏が資料館を訪問したのは約10分間に限られていたのはこのような状況を反映していた。
今次G7では、首脳は約40分を資料館訪問にあてた。これを短いとする意見もないではないが、これを国際政治の中で見れば長かった。
時間ですべてを図ることはできないが、バイデン大統領は今次資料館訪問により、政治的困難を一歩乗り越えた。もちろん、核兵器のない世界の実現にはまだ程遠い。しかし、核廃絶について甲論乙駁が飛び交い、また核の抑止力を維持する必要性がうたわれる中で、現実の行動として一歩前進したことの意義は非常に大きい。
平和記念資料館においてG7首脳が記帳した内容も注目される。岸田首相とバイデン大統領だけが「核兵器の廃絶」を最終目標としてではあったが、明言した。他の首脳は犠牲者に対する慰霊が主たるメッセージであった。
岸田首相は「歴史に残るG7サミットの機会に議長として各国首脳と共に「核兵器のない世界」をめざすためにここに集う」と記帳した。
バイデン氏は「この資料館で語られる物語が、平和な未来を築くことへの私たち全員の義務を思い出させてくれますように。世界から核兵器を最終的に、そして、永久になくせる日に向けて、共に進んでいきましょう。信念を貫きましょう!」と、世界は核の廃絶へ進まなければならないという信念をはっきりと記した。文言は抽象的であり、いわゆる道筋ではなく、バイデン氏の記帳を過大評価できないが、注目すべきことであった。
今回のG7広島サミットでは、韓国の尹錫悦大統領が韓国人原爆犠牲者を慰霊したことも注目された。尹氏はこれまで日韓関係の改善のためにおおきな努力を払っており、尹氏の平和記念公園訪問はさらなる前進となろう。
2023.05.05
フェルディナンド・マルコス大統領は2022年6月30日、就任した。故マルコス元大統領の長男で元上院議員であり、子供の時から「ボンボン」の愛称で呼ばれてきた。ドゥテルテ前大統領から「英語はできるが、中身は甘やかされた弱虫。危機の時にリーダーシップを発揮できず、お荷物になる」と酷評されたこともあった。大統領選で有権者が選んだのはフェルディナンド・マルコスという個人ではなく、父マルコス元大統領から連なる一家のブランドであり、マルコス氏は一家の代理に過ぎず、政権運営には姉のアイミー上院議員らが関わるだろうともいわれていた。
フィリピンの外交においては日米中との関係が大きな比重を占めており、マルコス大統領は2023年1月に中国、2月に日本、5月に米国と立て続けに訪問した。様々な問題がある中で南シナ海、特に南沙諸島がもっとも厄介なので、本稿においてはこの問題を中心に論じていきたい。
中国が南沙諸島を始め南シナ海全域に対して一方的に領有権を主張し、いくつかの島嶼で埋め立て工事を行い、軍用基地などの建設を強行してきたことが事の発端であった。周辺の諸国のみならず米国や日本は、そのような主張・行動は国際法に違反する一方的なこととして認めていない。
マルコス大統領の前前任のアキノ3世大統領は米国や日本との関係を重視する人物であり、中国を相手に常設仲裁裁判所に訴え、2016年7月、裁判所は中国の主張を完全に否定し、中国には権利はないとする判断を下した。
この判決と相前後して新大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、仲裁裁判を認めず「ただの紙切れに過ぎない」とする中国の主張に融和的であり、中国を非難しなかった。事実上の棚上にしたのであった。2021年5月にはドゥテルテ氏自身中国と同じ言い回しをしたこともあった。フィリピン大統領の中国寄りの姿勢は中国を喜ばせ、中比間の観光、貿易、援助は盛んにおこなわれた。
しかし、中国による南沙諸島での拡張工事は継続された。またフィリピンの漁船に対するハラスメントはその後も継続し、以前よりひどくなった面もあった。フィリピン国内からの突き上げを受けてドゥテルテ大統領も揺れ動いた。2021年11月、中国とASEAN首脳が開いたオンライン特別会議では、南シナ海を巡る中国とフィリピンの対立が表面化し、ドゥテルテ氏は中国海警局の行動を「嫌悪する」と非難し、中国海警局によるフィリピン民間船への妨害行為についても「他の同じような出来事にも重大な懸念を持っている」と非難した。
マルコス政権になってからもハラスメントは続き、2023年2月、南沙諸島のアユンギン礁付近で、海軍拠点への補給活動を支援していたフィリピンの巡視船が、中国海警局の艦船から軍事用レーザー光線の照射を受けたこともあった。
マルコス氏は、大統領選ではドゥテルテ氏と同様の融和姿勢を示したことがあったが、当選後に態度を一変させて仲裁裁判所の判決を支持し、排他的経済水域(EEZ)内に「1ミリも侵入させない」と強調した。そのため、一貫性を問われることもあったが、南シナ海問題を含む安全保障については明らかにドゥテルテ政権の方針を修正し、米国との同盟にふさわしい形に引き戻した。
5月1日の米比首脳会談において、バイデン氏は冒頭「南シナ海を含めフィリピン防衛に対するわれわれの決意は固い」と発言。マルコス氏も「南シナ海や太平洋での緊張の高まりに直面し、条約締結国(米国)との関係や果たすべき役割を強化し、再定義するのは当然だ」と応じた。共同声明では、中国を名指しはしなかったが、台湾や南シナ海周辺で軍事的圧力を強める中国を念頭に防衛協力を深化させる方針を示し、「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を確認する」も明記した。
また、南シナ海や太平洋におけるフィリピンの艦船、航空機などへの武力攻撃には、米比の相互防衛条約(1951年締結)が発動されることを改めて確認した。さらに、米国とフィリピンは、米軍が使えるフィリピン内の軍事拠点を現在の5カ所からさらに4カ所増やすことで合意した。両国は4月11日、外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)を7年ぶりに開き、合同軍事演習など安全保障上の協力を深めた。
しかし、マルコス氏は反中になったのではない。フィリピンにとって中国との関係が重要であることに変わりはない。大統領就任直後には中国を「友人」と呼び、「関係をより強く深くし、偉大な両国の利益を図る」と発言した。就任式の後に組まれた各国代表団との会談も中国が最初で、米国と日本はその次であった。
マルコス大統領は1月3日から日本や米国に先立って中国を公式訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った。ただ、中国との間で懸案事項であった南シナ海を巡る問題、中国船舶のフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内での航行や集結などに関して、訪中前には中国批判を強めていたが、首脳会談では強い姿勢を直接示すことはなかったと伝えられている。わずかにホットラインを比外務省海洋局と中国外務省境界海洋局の間で設置することには合意が成立した。
マルコス氏としては訪中を成功させなければならなかった。ホットラインの設置だけではあまりに乏しいが、安全保障面以外では目立った成果が得られた。1月5日に発表された中比共同声明では14項目について合意し、その大半は経済、農業、貿易問題であったが訪中は成功であった。
マルコス氏は3か国歴訪を通じて、南シナ海問題では日米と協調して対処する姿勢を改めて確認する一方、中国とは観光、貿易などの分野で協力し合う方針のように思われる。
これに対し中国は、フィリピンのそのような方針は理想的ではないが、一見受け入れたかにみられる。南シナ海問題についてはフィリピン側の主張を聞くだけである。マルコス氏訪中の際も、また、秦剛外相が4月にフィリピンを訪れ、マナロ外相と会談した際もそのような姿勢であった。マナロ外相が「南シナ海では、フィリピン国民、とりわけ漁業者の生活の糧と安心が損なわれている」と述べ、中国の船舶によるハラスメントに抗議する気持ちを表明したのに対し、秦外相は南シナ海には何ら言及しなかった。
中国としては南沙諸島での領土拡張、基地建設工事は基本的に終わっており、フィリピンが抗議を表明しても相手にしないのが最善と考えている可能性がある。中国らしい対処の仕方である。
しかし、問題が解消されたわけではない。マルコス政権の外交方針を揺るがす問題が表面化する危険は残っている。
中国船によるフィリピン船に対するハラスメントは、残念ながら、今後も起こるだろう。フィリピン船へのレーザー光線の照射、フィリピン漁船の活動制限や拿捕、建設した基地の軍事利用なども考えられる。これらはどこまで中国政府がコントロールしているか、一定程度は現場限りで行動している可能性がある。
中国側の出方いかんで今後フィリピン議会や南シナ海を漁場とする漁業従事者から反発が再び高まることも予想される。ロイターは、マルコス大統領にとっては今回の訪中首脳会談は、今後後味の悪い思い出となりそうだと伝えている(2023年1月6日)。
とはいえ、中国との友好関係を壊すことなく、米日と安全保障の方策について合意できたことはマルコス政権の大きな成果とみてよいだろう。南シナ海と台湾はつながっており、フィリピンと中国との間の南シナ海問題は台湾の統一問題とも関連している。この関係が今後どのように展開するかは見通せないなかで、マルコス政権の日米との友好協力関係は重要性を増している。
マルコス大統領はただのボンボンでない
フェルディナンド・マルコス大統領は2022年6月30日、就任した。故マルコス元大統領の長男で元上院議員であり、子供の時から「ボンボン」の愛称で呼ばれてきた。ドゥテルテ前大統領から「英語はできるが、中身は甘やかされた弱虫。危機の時にリーダーシップを発揮できず、お荷物になる」と酷評されたこともあった。大統領選で有権者が選んだのはフェルディナンド・マルコスという個人ではなく、父マルコス元大統領から連なる一家のブランドであり、マルコス氏は一家の代理に過ぎず、政権運営には姉のアイミー上院議員らが関わるだろうともいわれていた。
フィリピンの外交においては日米中との関係が大きな比重を占めており、マルコス大統領は2023年1月に中国、2月に日本、5月に米国と立て続けに訪問した。様々な問題がある中で南シナ海、特に南沙諸島がもっとも厄介なので、本稿においてはこの問題を中心に論じていきたい。
中国が南沙諸島を始め南シナ海全域に対して一方的に領有権を主張し、いくつかの島嶼で埋め立て工事を行い、軍用基地などの建設を強行してきたことが事の発端であった。周辺の諸国のみならず米国や日本は、そのような主張・行動は国際法に違反する一方的なこととして認めていない。
マルコス大統領の前前任のアキノ3世大統領は米国や日本との関係を重視する人物であり、中国を相手に常設仲裁裁判所に訴え、2016年7月、裁判所は中国の主張を完全に否定し、中国には権利はないとする判断を下した。
この判決と相前後して新大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、仲裁裁判を認めず「ただの紙切れに過ぎない」とする中国の主張に融和的であり、中国を非難しなかった。事実上の棚上にしたのであった。2021年5月にはドゥテルテ氏自身中国と同じ言い回しをしたこともあった。フィリピン大統領の中国寄りの姿勢は中国を喜ばせ、中比間の観光、貿易、援助は盛んにおこなわれた。
しかし、中国による南沙諸島での拡張工事は継続された。またフィリピンの漁船に対するハラスメントはその後も継続し、以前よりひどくなった面もあった。フィリピン国内からの突き上げを受けてドゥテルテ大統領も揺れ動いた。2021年11月、中国とASEAN首脳が開いたオンライン特別会議では、南シナ海を巡る中国とフィリピンの対立が表面化し、ドゥテルテ氏は中国海警局の行動を「嫌悪する」と非難し、中国海警局によるフィリピン民間船への妨害行為についても「他の同じような出来事にも重大な懸念を持っている」と非難した。
マルコス政権になってからもハラスメントは続き、2023年2月、南沙諸島のアユンギン礁付近で、海軍拠点への補給活動を支援していたフィリピンの巡視船が、中国海警局の艦船から軍事用レーザー光線の照射を受けたこともあった。
マルコス氏は、大統領選ではドゥテルテ氏と同様の融和姿勢を示したことがあったが、当選後に態度を一変させて仲裁裁判所の判決を支持し、排他的経済水域(EEZ)内に「1ミリも侵入させない」と強調した。そのため、一貫性を問われることもあったが、南シナ海問題を含む安全保障については明らかにドゥテルテ政権の方針を修正し、米国との同盟にふさわしい形に引き戻した。
5月1日の米比首脳会談において、バイデン氏は冒頭「南シナ海を含めフィリピン防衛に対するわれわれの決意は固い」と発言。マルコス氏も「南シナ海や太平洋での緊張の高まりに直面し、条約締結国(米国)との関係や果たすべき役割を強化し、再定義するのは当然だ」と応じた。共同声明では、中国を名指しはしなかったが、台湾や南シナ海周辺で軍事的圧力を強める中国を念頭に防衛協力を深化させる方針を示し、「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を確認する」も明記した。
また、南シナ海や太平洋におけるフィリピンの艦船、航空機などへの武力攻撃には、米比の相互防衛条約(1951年締結)が発動されることを改めて確認した。さらに、米国とフィリピンは、米軍が使えるフィリピン内の軍事拠点を現在の5カ所からさらに4カ所増やすことで合意した。両国は4月11日、外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)を7年ぶりに開き、合同軍事演習など安全保障上の協力を深めた。
しかし、マルコス氏は反中になったのではない。フィリピンにとって中国との関係が重要であることに変わりはない。大統領就任直後には中国を「友人」と呼び、「関係をより強く深くし、偉大な両国の利益を図る」と発言した。就任式の後に組まれた各国代表団との会談も中国が最初で、米国と日本はその次であった。
マルコス大統領は1月3日から日本や米国に先立って中国を公式訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った。ただ、中国との間で懸案事項であった南シナ海を巡る問題、中国船舶のフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内での航行や集結などに関して、訪中前には中国批判を強めていたが、首脳会談では強い姿勢を直接示すことはなかったと伝えられている。わずかにホットラインを比外務省海洋局と中国外務省境界海洋局の間で設置することには合意が成立した。
マルコス氏としては訪中を成功させなければならなかった。ホットラインの設置だけではあまりに乏しいが、安全保障面以外では目立った成果が得られた。1月5日に発表された中比共同声明では14項目について合意し、その大半は経済、農業、貿易問題であったが訪中は成功であった。
マルコス氏は3か国歴訪を通じて、南シナ海問題では日米と協調して対処する姿勢を改めて確認する一方、中国とは観光、貿易などの分野で協力し合う方針のように思われる。
これに対し中国は、フィリピンのそのような方針は理想的ではないが、一見受け入れたかにみられる。南シナ海問題についてはフィリピン側の主張を聞くだけである。マルコス氏訪中の際も、また、秦剛外相が4月にフィリピンを訪れ、マナロ外相と会談した際もそのような姿勢であった。マナロ外相が「南シナ海では、フィリピン国民、とりわけ漁業者の生活の糧と安心が損なわれている」と述べ、中国の船舶によるハラスメントに抗議する気持ちを表明したのに対し、秦外相は南シナ海には何ら言及しなかった。
中国としては南沙諸島での領土拡張、基地建設工事は基本的に終わっており、フィリピンが抗議を表明しても相手にしないのが最善と考えている可能性がある。中国らしい対処の仕方である。
しかし、問題が解消されたわけではない。マルコス政権の外交方針を揺るがす問題が表面化する危険は残っている。
中国船によるフィリピン船に対するハラスメントは、残念ながら、今後も起こるだろう。フィリピン船へのレーザー光線の照射、フィリピン漁船の活動制限や拿捕、建設した基地の軍事利用なども考えられる。これらはどこまで中国政府がコントロールしているか、一定程度は現場限りで行動している可能性がある。
中国側の出方いかんで今後フィリピン議会や南シナ海を漁場とする漁業従事者から反発が再び高まることも予想される。ロイターは、マルコス大統領にとっては今回の訪中首脳会談は、今後後味の悪い思い出となりそうだと伝えている(2023年1月6日)。
とはいえ、中国との友好関係を壊すことなく、米日と安全保障の方策について合意できたことはマルコス政権の大きな成果とみてよいだろう。南シナ海と台湾はつながっており、フィリピンと中国との間の南シナ海問題は台湾の統一問題とも関連している。この関係が今後どのように展開するかは見通せないなかで、マルコス政権の日米との友好協力関係は重要性を増している。
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