4月, 2023 - 平和外交研究所
2023.04.30
訪日前の3月6日には、日本政府との間で長らく紛糾していた元徴用工問題について、日本企業が韓国の裁判所から命じられた賠償分を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。これまで韓国側は人道問題として日本側に賠償を求め、日本側は日韓基本条約(請求権協定を含む)と国際法に従った解決を求めて対立していたが、この「解決策」が実行されれば元徴用工問題は解決に向かう可能性は大きくなったといえるだろう。
さらに尹錫悦大統領は、「100年前のことで日本がひざまずくべきだというのは受け入れられない」とワシントン・ポスト紙のインタビューで語った。“I can’t accept the notion that because of what happened 100 years ago, something is absolutely impossible [to do] and that they [Japanese] must kneel [for forgiveness] because of our history 100 years ago. And this is an issue that requires decision. … In terms of persuasion, I believe I did my best.”
また3月の国務会議では「過去は直視し、記憶すべきである。しかし過去に足を取られてはいけない。韓日関係も今こそ過去を乗り越えるべきである」と歯切れよく語った。尹氏は、目前の問題のみならず、大韓民国成立以前の1世紀以上にわたりこじれてきた日韓関係を正常化しようとしているのである。
尹大統領を取り巻く韓国の政治状況は決して容易でない。日韓関係の正常化には激しい反対がありうる。日本に対して太陽政策をとっていると評する向きもある。にもかかわらず強い決意で日韓関係を正常化しようとする尹氏の姿勢は称賛に値する。
岸田首相との会談では元徴用工問題の他、首脳間の「シャトル外交」の再開、輸出規制解除、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)正常化、半導体に関する国家間の協力強化なども話し合われ、すべて解決されることとなったとみてよいだろう。
主権国家同士の関係においては双方が努力して信頼関係を構築していかなければならない。今後は日本側としても何ができるか、真剣に検討し、実行していくべきである。岸田文雄首相は5月7~8日の日程で韓国を訪問し、尹錫悦大統領と会談する方向で日韓両政府が調整していると伝えられているのは評価できる。日本の首相による訪韓は、2018年2月の安倍晋三氏以来、5年ぶりである。シャトル外交としては、李明博大統領(当時)が京都を訪問し、野田佳彦首相(同)と会談した11年12月以来である。
岸田首相は5月19~21日に広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)に尹氏を招待しており、尹氏も応じる予定だという。これもよい機会になるのは言うまでもない。
尹錫悦大統領の米国訪問も大成功であった。米側の歓待ぶりは我々第三者には一部しかわからないが、なかなかのものであったらしい。ホワイトハウスでの夕食会で尹氏は1971年の名曲「アメリカン・パイ」をカラオケで披露し、拍手喝采を浴びている。また尹氏は米国議会でも歓待され、演説の機会も与えられた。
バイデン大統領との会談では、核兵器を搭載可能な米国の戦略原子力潜水艦を韓国に派遣するなど抑止力の強化を謳い、また核兵器が使用される不測の事態に備えて次官級で協議する「核協議グループ」の設置を表明する「ワシントン宣言」が発表された。北朝鮮がミサイルの発射実験などを繰り返し、また「戦術核」の攻撃能力が高まっていると宣伝することに対する対抗姿勢を示したものである。
韓国ではかねてから、半島有事の場合に米国が本当に韓国を救援してくれるか疑念がくすぶっており、韓国が核武装すべきであるとの意見が高まっていた。米国はこのような傾向がさらに増大することを強く警戒しており、「ワシントン宣言」は米国のコミットメントを再確認するものであり、韓国内での世論の迷走を鎮静化させることを狙っている。
韓国のこれまでの大統領では核について踏み込んだ表明はできなかったが、尹大統領は米国の懸念をよく理解して韓国は核武装を目指さないとの姿勢を明確に再確認し、また日本とも協力することを示して日米韓の協力の輪を復活させたのである。
バイデン大統領は共同会見で、「核を含む拡大抑止への我々のコミットメントは鉄壁だ」と強調し、さらに「北朝鮮の核に対する国民の懸念は多くが解消されるだろう」と米国のコミットメントに重点を置いた表明をしたが、その背景には米国のこれまでの懸念が解消される可能性が出てきたことについての満足感があったものと思われる。
バイデン大統領と尹大統領の間では、ワシントン宣言のほか、最先端の半導体など次世代技術の確保のため、新しい協議の場を設けることも合意された。また、尹氏は米国が日韓など13カ国と進める新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉会合を、今年中に韓国の釜山で開くと表明した。IPEFは半導体などの供給網を中国に頼らずに構築することをめざす構想である。バイデン氏は尹氏のこの発表にも喜んだという。
さらに米韓両軍は大規模な合同上陸訓練「双竜訓練」を3月20日から4月3日までの15日間韓国において実施した。韓国での上陸訓練は5年ぶりで、3月28日には米原子力空母「ニミッツ」が釜山に入港した。これらのことも尹氏の訪米と密接に関係していた。
こうした動きに対して北朝鮮は激しく反発し、軍事行動による対抗姿勢をちらつかせた。北朝鮮は3月中旬以降「核攻撃の実験」と称する動きを繰り返していたので自ら招いたトラブルであったが、朝鮮労働党副部長の金与正氏は4月28日付で談話を発表し、米韓両国が北朝鮮に対する抑止力の強化を打ち出したことを批判し、「米国と南朝鮮(韓国)の妄想は今後、さらに強力な力に直面することになるだろう」とかみついた。
尹政権が北朝鮮との関係で成果を挙げることができるか疑問である。北朝鮮はかねてから米国との関係を最重要視しており、ミサイルなどを盛んに発射するのは米国との交渉を考えているからである。
バイデン大統領はみだりに危険な行動をとる北朝鮮を強く批判する姿勢を続けてきた。米国として正しい政治姿勢なのだろうが、この姿勢だけでは米朝関係を改善することは困難であろう。評価はともかく、トランプ前大統領は北朝鮮との関係改善に熱意に取り組み、一定の成果を挙げたが、バイデン大統領は中国やロシアとの関係で忙殺されているためか、北朝鮮との関係に個人的に興味を持って対処する姿勢は見えない。そして、韓国が米日との協力を強化する姿勢をとるに至ったので北朝鮮の問題はますます韓国に任せるようになる可能性がある。しかし、北朝鮮は韓国が前面に出てくることを評価せず、激しく嫌うことさえ考えられる。この矛盾をどうほぐしていくかが今後の問題となる。
それに中国の問題がある。本稿で多くを語る余裕はないが、中国が重視するのは台湾の中国への統一、中国経済の持続的成長、中国の特色を国際社会において主張し、確立することなどである。これら中国の重点目標と東アジアでの日米韓の協力強化は矛盾なく進められるか、大きな問題である。
尹錫悦大統領は日本及び米国との間の外交で高得点を上げた。しかし、北朝鮮や中国との関係は別である。また、韓国内の強く激烈な世論にどう対応していくか、その手腕は未知数であるが、尹政権が日米と協力して信頼関係を築きつつ、韓国内でも地歩を固めていくことを期待したい。
尹錫悦大統領の外交
韓国の尹錫悦大統領は3月に日本、4月に米国を訪問し、岸田首相とバイデン大統領と会談し(それぞれ3月16日、4月26日)、過去20年間で、つまり金大中大統領以降で最大といってよい外交成果を上げた。少々早すぎるかもしれないが、尹錫悦氏の功績は大韓民国成立以来の歴史の中でも3本の指に入るといっても過言でないと考える。訪日前の3月6日には、日本政府との間で長らく紛糾していた元徴用工問題について、日本企業が韓国の裁判所から命じられた賠償分を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。これまで韓国側は人道問題として日本側に賠償を求め、日本側は日韓基本条約(請求権協定を含む)と国際法に従った解決を求めて対立していたが、この「解決策」が実行されれば元徴用工問題は解決に向かう可能性は大きくなったといえるだろう。
さらに尹錫悦大統領は、「100年前のことで日本がひざまずくべきだというのは受け入れられない」とワシントン・ポスト紙のインタビューで語った。“I can’t accept the notion that because of what happened 100 years ago, something is absolutely impossible [to do] and that they [Japanese] must kneel [for forgiveness] because of our history 100 years ago. And this is an issue that requires decision. … In terms of persuasion, I believe I did my best.”
また3月の国務会議では「過去は直視し、記憶すべきである。しかし過去に足を取られてはいけない。韓日関係も今こそ過去を乗り越えるべきである」と歯切れよく語った。尹氏は、目前の問題のみならず、大韓民国成立以前の1世紀以上にわたりこじれてきた日韓関係を正常化しようとしているのである。
尹大統領を取り巻く韓国の政治状況は決して容易でない。日韓関係の正常化には激しい反対がありうる。日本に対して太陽政策をとっていると評する向きもある。にもかかわらず強い決意で日韓関係を正常化しようとする尹氏の姿勢は称賛に値する。
岸田首相との会談では元徴用工問題の他、首脳間の「シャトル外交」の再開、輸出規制解除、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)正常化、半導体に関する国家間の協力強化なども話し合われ、すべて解決されることとなったとみてよいだろう。
主権国家同士の関係においては双方が努力して信頼関係を構築していかなければならない。今後は日本側としても何ができるか、真剣に検討し、実行していくべきである。岸田文雄首相は5月7~8日の日程で韓国を訪問し、尹錫悦大統領と会談する方向で日韓両政府が調整していると伝えられているのは評価できる。日本の首相による訪韓は、2018年2月の安倍晋三氏以来、5年ぶりである。シャトル外交としては、李明博大統領(当時)が京都を訪問し、野田佳彦首相(同)と会談した11年12月以来である。
岸田首相は5月19~21日に広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)に尹氏を招待しており、尹氏も応じる予定だという。これもよい機会になるのは言うまでもない。
尹錫悦大統領の米国訪問も大成功であった。米側の歓待ぶりは我々第三者には一部しかわからないが、なかなかのものであったらしい。ホワイトハウスでの夕食会で尹氏は1971年の名曲「アメリカン・パイ」をカラオケで披露し、拍手喝采を浴びている。また尹氏は米国議会でも歓待され、演説の機会も与えられた。
バイデン大統領との会談では、核兵器を搭載可能な米国の戦略原子力潜水艦を韓国に派遣するなど抑止力の強化を謳い、また核兵器が使用される不測の事態に備えて次官級で協議する「核協議グループ」の設置を表明する「ワシントン宣言」が発表された。北朝鮮がミサイルの発射実験などを繰り返し、また「戦術核」の攻撃能力が高まっていると宣伝することに対する対抗姿勢を示したものである。
韓国ではかねてから、半島有事の場合に米国が本当に韓国を救援してくれるか疑念がくすぶっており、韓国が核武装すべきであるとの意見が高まっていた。米国はこのような傾向がさらに増大することを強く警戒しており、「ワシントン宣言」は米国のコミットメントを再確認するものであり、韓国内での世論の迷走を鎮静化させることを狙っている。
韓国のこれまでの大統領では核について踏み込んだ表明はできなかったが、尹大統領は米国の懸念をよく理解して韓国は核武装を目指さないとの姿勢を明確に再確認し、また日本とも協力することを示して日米韓の協力の輪を復活させたのである。
バイデン大統領は共同会見で、「核を含む拡大抑止への我々のコミットメントは鉄壁だ」と強調し、さらに「北朝鮮の核に対する国民の懸念は多くが解消されるだろう」と米国のコミットメントに重点を置いた表明をしたが、その背景には米国のこれまでの懸念が解消される可能性が出てきたことについての満足感があったものと思われる。
バイデン大統領と尹大統領の間では、ワシントン宣言のほか、最先端の半導体など次世代技術の確保のため、新しい協議の場を設けることも合意された。また、尹氏は米国が日韓など13カ国と進める新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉会合を、今年中に韓国の釜山で開くと表明した。IPEFは半導体などの供給網を中国に頼らずに構築することをめざす構想である。バイデン氏は尹氏のこの発表にも喜んだという。
さらに米韓両軍は大規模な合同上陸訓練「双竜訓練」を3月20日から4月3日までの15日間韓国において実施した。韓国での上陸訓練は5年ぶりで、3月28日には米原子力空母「ニミッツ」が釜山に入港した。これらのことも尹氏の訪米と密接に関係していた。
こうした動きに対して北朝鮮は激しく反発し、軍事行動による対抗姿勢をちらつかせた。北朝鮮は3月中旬以降「核攻撃の実験」と称する動きを繰り返していたので自ら招いたトラブルであったが、朝鮮労働党副部長の金与正氏は4月28日付で談話を発表し、米韓両国が北朝鮮に対する抑止力の強化を打ち出したことを批判し、「米国と南朝鮮(韓国)の妄想は今後、さらに強力な力に直面することになるだろう」とかみついた。
尹政権が北朝鮮との関係で成果を挙げることができるか疑問である。北朝鮮はかねてから米国との関係を最重要視しており、ミサイルなどを盛んに発射するのは米国との交渉を考えているからである。
バイデン大統領はみだりに危険な行動をとる北朝鮮を強く批判する姿勢を続けてきた。米国として正しい政治姿勢なのだろうが、この姿勢だけでは米朝関係を改善することは困難であろう。評価はともかく、トランプ前大統領は北朝鮮との関係改善に熱意に取り組み、一定の成果を挙げたが、バイデン大統領は中国やロシアとの関係で忙殺されているためか、北朝鮮との関係に個人的に興味を持って対処する姿勢は見えない。そして、韓国が米日との協力を強化する姿勢をとるに至ったので北朝鮮の問題はますます韓国に任せるようになる可能性がある。しかし、北朝鮮は韓国が前面に出てくることを評価せず、激しく嫌うことさえ考えられる。この矛盾をどうほぐしていくかが今後の問題となる。
それに中国の問題がある。本稿で多くを語る余裕はないが、中国が重視するのは台湾の中国への統一、中国経済の持続的成長、中国の特色を国際社会において主張し、確立することなどである。これら中国の重点目標と東アジアでの日米韓の協力強化は矛盾なく進められるか、大きな問題である。
尹錫悦大統領は日本及び米国との間の外交で高得点を上げた。しかし、北朝鮮や中国との関係は別である。また、韓国内の強く激烈な世論にどう対応していくか、その手腕は未知数であるが、尹政権が日米と協力して信頼関係を築きつつ、韓国内でも地歩を固めていくことを期待したい。
2023.04.19
ロシア側の歓待ぶりは異例であった。プーチン大統領は李国防相がモスクワに到着したその日にクレムリンで会談した。ショイグ・ロシア国防相が同席した。しかもプーチン大統領にとって中国の国防相は2段階くらい格下である。プーチン大統領は異常なほど気を使っていた。
プーチン大統領は李国防相だけを歓待したのではない。さる2月には王毅外務委員が訪ロした際も同様に対応・歓待した。
3月20~22日には習近平国家主席がロシアを訪問した。この時も、中国がロシアに武器などを供与するのではないかと注目されたが、その合意はなかったらしい。中ロ両国はウクライナに一方的に対話を迫ったにとどまった。
それから1か月もたたないうちに李国防相がロシアを訪問したのである。王毅国務委員、習近平主席、それに今回の李尚福国防相と、中国外交のトップスリーが相次いで訪ロしたのであり、中国側の行動も異例であった。
この事実をどう読むべきか。中国がロシアに武器等供与を決定したからでない。事実は逆であって、中国は武器・弾薬は供与しないという立場を維持しているからこそ、ロシアに気を使っているのではないか。ロシアとの軍事協力はこれからも重視し、継続していく。合同軍事演習も行う。これらであればウクライナを支援する各国を過度に刺激しないで済む。両国はクレムリンでの会談で話し合ったであろう。軍事技術についての協力も進めていくことにしたのではないか。
中国の立場は2月24日に公表された「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」であり、習近平主席の訪ロの際も変わっておらず、また李国防相の訪ロにおいても変わっていなかったことが読み取れる。その要旨を念のため再掲しておこう。
(1)各国の主権の尊重。国連憲章の趣旨と原則を含む、広く認められた国際法は厳格に遵守されるべきであり、各国の主権、独立、及び領土的一体性はいずれも適切に保障されるべきだ。
(2)冷戦思考の放棄。一国の安全が他国の安全を損なうことを代償とすることがあってはならず、地域の安全が軍事ブロックの強化、さらには拡張によって保障されることはない。各国の安全保障上の理にかなった利益と懸念は、いずれも重視され、適切に解決されるべきだ。
(3)停戦。各国は理性と自制を保ち、火に油を注がず、対立を激化させず、ウクライナ危機の一層の悪化、さらには制御不能化を回避し、ロシアとウクライナが向き合って進み、早急に直接対話を再開し、情勢の緩和を一歩一歩推し進め、最終的に全面的な停戦を達成することを支持するべきだ。
(4)和平交渉の開始。対話と交渉はウクライナ危機を解決する唯一の実行可能な道だ。
(5)人道的危機の解消。人道的危機の緩和に資する全ての措置は、いずれも奨励され、支持されるべきだ。
(6)民間人や捕虜の保護。紛争当事国は国際人道法を厳格に遵守し、民間人及び民生用施設への攻撃を避け、女性や子どもなど紛争の被害者を保護し、捕虜の基本的権利を尊重するべきだ。
(7)原子力発電所の安全確保。原子力発電所など平和的原子力施設への武力攻撃に反対する。
(8)戦略的リスクの低減。核兵器の使用及び使用の威嚇に反対するべきだ。
(9)食糧の外国への輸送の保障。各国はロシア、トルコ、ウクライナ、国連の署名した、黒海を通じた穀物輸出に関する合意を均衡ある、全面的かつ有効な形で履行し、国連がこのために重要な役割を果たすことを支持するべきだ。
(10)一方的制裁の停止。国連安保理の承認を経ていないいかなる一方的制裁にも反対する。
(11)産業チェーンとサプライチェーンの安定確保。各国は既存の世界経済体制をしっかりと維持し、世界経済の政治化、道具化、武器化に反対するべきだ。
(12)戦後復興の推進。国際社会は紛争地域の戦後復興への支援措置を講じるべきだ。中国はこれに助力し、建設的役割を果たすことを望んでいる。
「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」は中国の隠れ蓑として使われるかもしれないが、ロシアとの駆け引きなどにおいても役立つであろう。
一方、ロシアとして武器・弾薬の供与を中国に求めているならば、中国側にロシアに来させたのは賢明でなかった。もっとも中露間でどのようなやり取りがあったか我々には分からない。ロシア側から「中国へ行く、受け入れてほしい」と要請したが、中国はことわり、「こちらか行く」として相次ぐ訪ロになったのかもしれない。中国としてはロシアが100%満足する回答を与えることはできないからである。
なお、米国は中国製の武器・弾薬が一部すでにロシアにわたっており、今後もさらに供与される可能性があると認識していることが最近の情報漏洩の中で伝えられている。だが、我々が承知している限り、米国の見解も明確でないところがあり、中国は大規模な武器・弾薬の供与を決断するに至っていないと考えているのではないか。
以上の解釈には推測が混じるが、今後もこれまでの経緯を踏まえつつ中ロ関係、とくに武器・弾薬の供与問題を見ていく必要がある。
中国国防相のロシア訪問
中国の李尚福国務委員兼国防相は4月16日から19日までロシアを訪問した。ロシア側との間でどのような会談が行われ、また合意されたか。特に、中国はロシアに対し武器・弾薬の供与に合意したか。信頼できる情報は乏しいが、注目すべき点が二、三ある。ロシア側の歓待ぶりは異例であった。プーチン大統領は李国防相がモスクワに到着したその日にクレムリンで会談した。ショイグ・ロシア国防相が同席した。しかもプーチン大統領にとって中国の国防相は2段階くらい格下である。プーチン大統領は異常なほど気を使っていた。
プーチン大統領は李国防相だけを歓待したのではない。さる2月には王毅外務委員が訪ロした際も同様に対応・歓待した。
3月20~22日には習近平国家主席がロシアを訪問した。この時も、中国がロシアに武器などを供与するのではないかと注目されたが、その合意はなかったらしい。中ロ両国はウクライナに一方的に対話を迫ったにとどまった。
それから1か月もたたないうちに李国防相がロシアを訪問したのである。王毅国務委員、習近平主席、それに今回の李尚福国防相と、中国外交のトップスリーが相次いで訪ロしたのであり、中国側の行動も異例であった。
この事実をどう読むべきか。中国がロシアに武器等供与を決定したからでない。事実は逆であって、中国は武器・弾薬は供与しないという立場を維持しているからこそ、ロシアに気を使っているのではないか。ロシアとの軍事協力はこれからも重視し、継続していく。合同軍事演習も行う。これらであればウクライナを支援する各国を過度に刺激しないで済む。両国はクレムリンでの会談で話し合ったであろう。軍事技術についての協力も進めていくことにしたのではないか。
中国の立場は2月24日に公表された「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」であり、習近平主席の訪ロの際も変わっておらず、また李国防相の訪ロにおいても変わっていなかったことが読み取れる。その要旨を念のため再掲しておこう。
(1)各国の主権の尊重。国連憲章の趣旨と原則を含む、広く認められた国際法は厳格に遵守されるべきであり、各国の主権、独立、及び領土的一体性はいずれも適切に保障されるべきだ。
(2)冷戦思考の放棄。一国の安全が他国の安全を損なうことを代償とすることがあってはならず、地域の安全が軍事ブロックの強化、さらには拡張によって保障されることはない。各国の安全保障上の理にかなった利益と懸念は、いずれも重視され、適切に解決されるべきだ。
(3)停戦。各国は理性と自制を保ち、火に油を注がず、対立を激化させず、ウクライナ危機の一層の悪化、さらには制御不能化を回避し、ロシアとウクライナが向き合って進み、早急に直接対話を再開し、情勢の緩和を一歩一歩推し進め、最終的に全面的な停戦を達成することを支持するべきだ。
(4)和平交渉の開始。対話と交渉はウクライナ危機を解決する唯一の実行可能な道だ。
(5)人道的危機の解消。人道的危機の緩和に資する全ての措置は、いずれも奨励され、支持されるべきだ。
(6)民間人や捕虜の保護。紛争当事国は国際人道法を厳格に遵守し、民間人及び民生用施設への攻撃を避け、女性や子どもなど紛争の被害者を保護し、捕虜の基本的権利を尊重するべきだ。
(7)原子力発電所の安全確保。原子力発電所など平和的原子力施設への武力攻撃に反対する。
(8)戦略的リスクの低減。核兵器の使用及び使用の威嚇に反対するべきだ。
(9)食糧の外国への輸送の保障。各国はロシア、トルコ、ウクライナ、国連の署名した、黒海を通じた穀物輸出に関する合意を均衡ある、全面的かつ有効な形で履行し、国連がこのために重要な役割を果たすことを支持するべきだ。
(10)一方的制裁の停止。国連安保理の承認を経ていないいかなる一方的制裁にも反対する。
(11)産業チェーンとサプライチェーンの安定確保。各国は既存の世界経済体制をしっかりと維持し、世界経済の政治化、道具化、武器化に反対するべきだ。
(12)戦後復興の推進。国際社会は紛争地域の戦後復興への支援措置を講じるべきだ。中国はこれに助力し、建設的役割を果たすことを望んでいる。
「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」は中国の隠れ蓑として使われるかもしれないが、ロシアとの駆け引きなどにおいても役立つであろう。
一方、ロシアとして武器・弾薬の供与を中国に求めているならば、中国側にロシアに来させたのは賢明でなかった。もっとも中露間でどのようなやり取りがあったか我々には分からない。ロシア側から「中国へ行く、受け入れてほしい」と要請したが、中国はことわり、「こちらか行く」として相次ぐ訪ロになったのかもしれない。中国としてはロシアが100%満足する回答を与えることはできないからである。
なお、米国は中国製の武器・弾薬が一部すでにロシアにわたっており、今後もさらに供与される可能性があると認識していることが最近の情報漏洩の中で伝えられている。だが、我々が承知している限り、米国の見解も明確でないところがあり、中国は大規模な武器・弾薬の供与を決断するに至っていないと考えているのではないか。
以上の解釈には推測が混じるが、今後もこれまでの経緯を踏まえつつ中ロ関係、とくに武器・弾薬の供与問題を見ていく必要がある。
2023.04.18
バチカンは司教任命権を巡って1951年に中国と断交し、欧州で唯一、台湾と外交関係を持つ。バチカンは、カトリックの司教は教皇が任命するとの立場であるが、中国はこれを嫌い、独自に司教を任命し、バチカンが任命した司教を認めなかったので、バチカンと対立してきた。そのため中国内のカトリック教徒はバチカンの下にある派と、中国政府に忠誠を誓う派に分裂していた。
2018年、暫定合意が成立した背景には中国側にも、またバチカンの側にも事情があった。中国の習近平政権は2期目になるのに際して、宗教面での統制を以前にもまして強化し、2017年9月には、旧「宗教事務条例」を修正して新条例を制定した。これは、中国の宗教政策の基本である「国家による正常な宗教活動の保護」および「宗教团体は外国勢力の支配を受けてはならない」は旧条例のままであるが、実際の監督を強化したものであった。妥協が成立するとうわさが出たのは、2018年の2月1日に新条例が施行されたからだとも言われていた。
中国政府はその後態度を硬化させた。同年4月3日に発表された「中国の宗教政策に関する白書」の中では「宗教の中国化を堅持する」と異例の、反宗教的ともとれる言及をした。
また、「外国勢力が宗教を利用して中国に浸透するのを防御する」「カトリックとプロテスタントに基づき、植民地主義、帝国主義によって中国人民が長きにわたって統制・利用されてきた」「中国の宗教に関与し、はなはだしきは中国の政権と社会主義制度の転覆をはかるのに中国政府は決然と反対し法に基づき処理する」など、かねてからの主張ではあるが、共産主義歴史観をあらためて記載した。
一方、バチカン側では、妥協に賛成する人たちもいたが、あくまで反対の人もおり、意見統一は容易でなかった。反対派の主張は、中国政府に限らず、昔から各国の政府が司教の任命権を教皇から奪おうとするのにバチカンは戦い、多くの人が犠牲になってきた、そのカトリックの伝統と原則に反しているということであった。
しかし、2013年に就任した教皇フランシスコは中国との関係改善に意欲を示し、バチカンと中国政府は定期的に非公式交渉を行ってきた。その背景には、中国内に約1000万人のカトリック信者いる(推定)という事実があった。教皇の積極姿勢を支持する人たちは、これだけの数のカトリック信者にいつまでも背を向け続けるべきでない、中国政府と何の合意もないよりは一定の関係を作ったほうが彼らを保護することになるという考えだったと言う。
2018年、結ばれた暫定合意の内容は発表されていないが、バチカンは「中国政府の同意を条件として司教を任命する」ことにする一方、「中国政府が任命した司教をバチカンは認める」ことになったとも言われていた。暫定合意は20年10月に2年間延長され、さらに22年10月、再度延長された。
ところが、中国政府はバチカンに対して強い姿勢を取り始めた。このことと中国共産党全国代表大会において習近平氏が総書記に留任することが決定したことと関係があるか。わたくしはあると考えている。
11月、中国政府は江西省の補佐司教を任命した。バチカン側は合意に違反するとして「遺憾の意」を表明した。そして4月の一方的な上海司教の任命である。バチカンは、江蘇省海門の司教を上海教区に配置替えしたとの中国の決定を「数日前に」通知され、4日の中国メディアの報道で正式な就任を知ったという。バチカンの報道官は「現時点で何も言うことはない」とコメントした(共同2023年4月5日)。
司教の任命と並行して、教会が相次いで取り壊された。煙を上げ、崩れ落ちる様子がネット上で閲覧できる。場所は浙江省、江西省、湖南省などであり、市の政府は信者らと一切交渉することなく、住宅の建設のためとして一方的に解体した。聖書が焼却されることもあったといわれている。
なぜ中国政府はこのように強硬な態度を取り始めたのか。中国では近年キリスト教徒が増加しており、中国共産党の幹部クラス党員やその家族の間にもキリスト教入信が急増しているともいわれている。ブリタニカ国際年鑑の最新データによると中国のキリスト教徒は人口の7-7.5%で9100-9750万人程度とされている。もっと多いとする見方もある。ただし、この数字はキリスト教徒全体の数字である。カトリック教徒については約1千万人という数字を5年前に引用したが、それが増加しているか不明である。
もう一つの疑問は、台湾との外交関係を断とうとしないバチカンに圧力を加えようとしているのではないかということである。台湾について習近平政権は党大会で「武力行使をしないとの約束はしない」と強硬策をちらつかせながら、来年の台湾における総統選挙で国民党に勝たせることを目標に、統一戦線工作を強化している。外交面では去る3月、中米のホンジュラスと国交を樹立するなど攻勢を強めており、その結果台湾と外交関係を維持する国は13か国となり、バチカンはそのなかでもっとも影響力が強い。習近平政権にとって台湾の統一は最大の念願であり、バチカンはその妨げになっているとみている可能性がある。
バチカンを締め上げる(?)中国
中国のバチカンに対する強硬姿勢が目立っている。最近、バチカンの同意を得ないで上海の教区に新しい司教を任命した。バチカンは司教任命権を巡って1951年に中国と断交し、欧州で唯一、台湾と外交関係を持つ。バチカンは、カトリックの司教は教皇が任命するとの立場であるが、中国はこれを嫌い、独自に司教を任命し、バチカンが任命した司教を認めなかったので、バチカンと対立してきた。そのため中国内のカトリック教徒はバチカンの下にある派と、中国政府に忠誠を誓う派に分裂していた。
2018年、暫定合意が成立した背景には中国側にも、またバチカンの側にも事情があった。中国の習近平政権は2期目になるのに際して、宗教面での統制を以前にもまして強化し、2017年9月には、旧「宗教事務条例」を修正して新条例を制定した。これは、中国の宗教政策の基本である「国家による正常な宗教活動の保護」および「宗教团体は外国勢力の支配を受けてはならない」は旧条例のままであるが、実際の監督を強化したものであった。妥協が成立するとうわさが出たのは、2018年の2月1日に新条例が施行されたからだとも言われていた。
中国政府はその後態度を硬化させた。同年4月3日に発表された「中国の宗教政策に関する白書」の中では「宗教の中国化を堅持する」と異例の、反宗教的ともとれる言及をした。
また、「外国勢力が宗教を利用して中国に浸透するのを防御する」「カトリックとプロテスタントに基づき、植民地主義、帝国主義によって中国人民が長きにわたって統制・利用されてきた」「中国の宗教に関与し、はなはだしきは中国の政権と社会主義制度の転覆をはかるのに中国政府は決然と反対し法に基づき処理する」など、かねてからの主張ではあるが、共産主義歴史観をあらためて記載した。
一方、バチカン側では、妥協に賛成する人たちもいたが、あくまで反対の人もおり、意見統一は容易でなかった。反対派の主張は、中国政府に限らず、昔から各国の政府が司教の任命権を教皇から奪おうとするのにバチカンは戦い、多くの人が犠牲になってきた、そのカトリックの伝統と原則に反しているということであった。
しかし、2013年に就任した教皇フランシスコは中国との関係改善に意欲を示し、バチカンと中国政府は定期的に非公式交渉を行ってきた。その背景には、中国内に約1000万人のカトリック信者いる(推定)という事実があった。教皇の積極姿勢を支持する人たちは、これだけの数のカトリック信者にいつまでも背を向け続けるべきでない、中国政府と何の合意もないよりは一定の関係を作ったほうが彼らを保護することになるという考えだったと言う。
2018年、結ばれた暫定合意の内容は発表されていないが、バチカンは「中国政府の同意を条件として司教を任命する」ことにする一方、「中国政府が任命した司教をバチカンは認める」ことになったとも言われていた。暫定合意は20年10月に2年間延長され、さらに22年10月、再度延長された。
ところが、中国政府はバチカンに対して強い姿勢を取り始めた。このことと中国共産党全国代表大会において習近平氏が総書記に留任することが決定したことと関係があるか。わたくしはあると考えている。
11月、中国政府は江西省の補佐司教を任命した。バチカン側は合意に違反するとして「遺憾の意」を表明した。そして4月の一方的な上海司教の任命である。バチカンは、江蘇省海門の司教を上海教区に配置替えしたとの中国の決定を「数日前に」通知され、4日の中国メディアの報道で正式な就任を知ったという。バチカンの報道官は「現時点で何も言うことはない」とコメントした(共同2023年4月5日)。
司教の任命と並行して、教会が相次いで取り壊された。煙を上げ、崩れ落ちる様子がネット上で閲覧できる。場所は浙江省、江西省、湖南省などであり、市の政府は信者らと一切交渉することなく、住宅の建設のためとして一方的に解体した。聖書が焼却されることもあったといわれている。
なぜ中国政府はこのように強硬な態度を取り始めたのか。中国では近年キリスト教徒が増加しており、中国共産党の幹部クラス党員やその家族の間にもキリスト教入信が急増しているともいわれている。ブリタニカ国際年鑑の最新データによると中国のキリスト教徒は人口の7-7.5%で9100-9750万人程度とされている。もっと多いとする見方もある。ただし、この数字はキリスト教徒全体の数字である。カトリック教徒については約1千万人という数字を5年前に引用したが、それが増加しているか不明である。
もう一つの疑問は、台湾との外交関係を断とうとしないバチカンに圧力を加えようとしているのではないかということである。台湾について習近平政権は党大会で「武力行使をしないとの約束はしない」と強硬策をちらつかせながら、来年の台湾における総統選挙で国民党に勝たせることを目標に、統一戦線工作を強化している。外交面では去る3月、中米のホンジュラスと国交を樹立するなど攻勢を強めており、その結果台湾と外交関係を維持する国は13か国となり、バチカンはそのなかでもっとも影響力が強い。習近平政権にとって台湾の統一は最大の念願であり、バチカンはその妨げになっているとみている可能性がある。
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