平和外交研究所

中国

2025.04.18

ワンシアター構想と台湾

 中谷防衛相は「ワンシアター構想」を抱いており、3月のヘグセス米国防長官との会談で「日米豪、フィリピン、韓国などを一つのシアターととらえ、連携を深めていきたい」と伝え、ヘグセス氏はこれを歓迎したという。

 ワンシアター構想は台湾に言及していないが、東シナ海から南シナ海へつながる海域を見るのであれば、当然台湾を無視することはできない。これら海域の諸島はいずれも規模が小さく、住民もいない島が多いが、台湾はこれらに比べるとはるかに大きく、住民は数万倍、数え方次第では数千万倍に上る。要するに抜群に大きいのである。

 東シナ海と南シナ海を一つのシアターとしてみるのは安全保障上の考慮からであり、いざという時には日米豪、フィリピン、韓国などの諸国が協力して危険に対処する必要があると思われている。もっとも、国によってできること、できないことがあるのは各国とも了解しているのであろう。日本は2005年に安保法制を改正し、自衛隊は海外へ出ていくことが可能になったが、厳格な条件を満たさなければならない。

 台湾についてはいわゆる有事の場合に日本は何をするか、何ができるか、非常にデリケートな問題である。1972年9月の日中共同声明では、要約すれば、「日本は台湾が中国の領土であるという中国の立場を十分理解し、尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」ことになっている。

 東シナ海と南シナ海を一つのシアターとみなす場合に台湾も含めれば、この日本の立場との関係で困難な問題が起こる可能性がある。中国は日本が共同声明に違反していると非難するだろう。

 だから中谷防衛相は地理的にはシアターの中心である台湾の除いた形でシアターに言及したのであろう。日本政府の一員として、それは正しいことであった。

 しかし、安全保障のために関係各国の協力強化が求められる事態になれば、台湾を東シナ海や南シナ海から分離してみることはできない。その原因は中国にある。

 中国は1992年に「領海法」を制定し、その範囲内の島嶼は台湾や尖閣諸島を含めすべて中国領であると明言した。東シナ海、南シナ海、台湾などに安全保障上の問題が生じるのは中国が「領海法」を制定し、これら海域を中国領化しようとして生じた問題である。

 中国のそのような主張が国際法に照らして根拠がないことは2016年に国際仲裁裁判所が下した判決によって明確に示された。中国はその判決を尊重すべきであり、日米など国際法を重視する諸国としては、中国が「領海法」を実現しようとするのに対処するのは当然である。

 最近、台湾有事に関する議論が出てきており、また東シナ海から南シナ海へ延びる海域に安全保障上の問題が生じている中で、日米の安全保障担当閣僚がワンシアター構想を検討するのは当然であるが、安全保障上の危険が増大しないよう努めることも必要である。
2025.04.05

台湾の安全保障は広範囲の海域の問題である

 中国が台湾に侵攻してきた場合、米国は軍事力を使ってでも台湾を助けるか。これは1979年に米国が中国との国交を樹立し、台湾との外交関係が断絶して以来米国の歴代政権に対して問われてきたことであり、2022年のウクライナへのロシアの侵攻を機会に改めて注目を集めている。

 米国政府の公式の説明は米中間の合意文書の引用にとどまり、明確な形で、イエスともノーとも回答したことはなかった。研究者やメディアはこの米国政府の立場を「あいまい戦略」と呼んできた。

 米国の正式の立場を表している文献は次の2つである。

 1つは1972年のニクソン大統領訪中時の「上海コミュニケ」であり、「米国は,台湾海峡の両側のすべての中国人が,中国はただ1つであり,台湾は中国の一部分であると主張していることを認識(原文はacknowledge)している。米国政府は,この立場に異論をとなえない。米国政府は,中国人自らによる台湾問題の平和的解決についての米国政府の関心を再確認する」というものである。

 他の1つは上海コミュニケの後米国で制定された「台湾関係法」であり、「台湾人民の安全または社会、経済の制度に危害を与えるいかなる武力行使または他の強制的な方式にも対抗しうる合衆国の能力を維持する」とし(台湾関係法2条B項6)、さらに「大統領は、台湾人民の安全や社会、経済制度に対するいかなる脅威ならびにこれによって米国の利益に対して引き起こされるいかな危険についても、直ちに議会に通告するよう指示される。大統領と議会は、憲法の定める手続きに従い、この種のいかなる危険にも対抗するため、とるべき適切な行動決定しなければならない。」と明記した(同法3条C項)。

 確かに法的には、米国の立場は「あいまい」である。上海コミュニケと台湾関係法が明記していることは間接的な言及であり、米国は軍事力で対抗するとの直接の表明ではない。そうすることがありうると述べているにすぎない。

 米国はこの重要な政治的表明を巧みに使い分けてきた。たとえば、バイデン前大統領は2022年5月23日、岸田文雄首相との共同記者会見で、中国が台湾に侵攻した際に米国が台湾防衛に軍事的に関与するかとの質問に対し、「イエス。それが我々の約束(コミットメント)だ」と答えた。これは従来からの法的立場からはかなり踏み出した発言であり、そのため慎重な表明でなかったと評されたこともあったが、米国は軍事力を行使する可能性があることを中国に印象付けることが目的であり、しかも、バイデン氏は常に武力行使に積極的なのではなく、時と場合により表現をかなり変えていた。バイデン氏には米国の公式の立場を変更する考えはなかった。
 
 一方トランプ氏は2024年の大統領選挙期間中に、台湾の防衛について「そのことは答えたくない」と述べていた。この発言は歴代の「あいまい」な表明に沿ったものであったが、政治的にどう考えているかは明確でなかった。

 トランプ氏は大統領に当選後台湾の頼清徳総統と電話会談をしなかった。第1期目の2016年には蔡英文前総統と電話会談を行ったので、その時との違いが注目されたが、この違いだけでトランプ大統領の立場を推し量ることはできない。

 それに政権内部の意見は割れている。ヴァンス副大統領はグリーンランドを訪問するなど刺激的な行動も行っているが、米国の重要な利益が損なわれない限り対外的な関与に消極的だといわれている。ウクライナ問題についても積極的な姿勢を見せていない。ルビオ国務長官は台湾を重視している。コルビー国防次官は、以前は台湾擁護派であったが、最近「台湾は米国の存亡にかかわる利益ではない」などと言い出しているという。

 トランプ大統領が今後台湾の安全保障に関しどのような方針で臨むか。中国との経済関係なども大きく影響するであろうが、いずれにしても米国も、また日本も考慮しておく必要のある問題がある。台湾、尖閣諸島、南シナ海の安全保障が相互に関連する傾向が強くなっていることである。

 台湾の安全は東シナ海(尖閣諸島)とも南シナ海とも切り離せない。台湾、東シナ海および南シナ海は一つの海域を構成しており、かりに台湾が中国に併合されると、この海域全体が測り知れない影響を被る。

 日本では尖閣諸島の安全を台湾とは別の問題として扱う傾向がある。日米安保条約の適用が確認されるのは尖閣諸島のみが対象である。これは法的には当然のことであるが、政治的にみればそのような区分けのために、台湾と尖閣諸島の安全保障を相互に関連している問題とは見なくなっている。南シナ海について述べたことと同じ問題だが、かりに台湾が中国に併合されれば、尖閣諸島も中国に奪われる恐れが大きい。個人的には、間違いなく中国に取られると思う。台湾の安全は日本とも密接に関連しているのである。

 最近、「台湾有事は日本の有事」となどという考えが出て来ている。これは歓迎すべきことである。また南シナ海では、米国や日本はフィリピンなどと協力を行っており、米国はフィリピンの安全保障についても協力を強化し、23年5月1日、ホワイトハウスで行われた会談の共同声明では、中国の名指し批判は避けつつ、台湾や南シナ海周辺で軍事的圧力を強める中国を念頭に防衛協力を深化させる方針を示し、「台湾海峡の安定」にも言及した。これらは一歩前進であるが、台湾、東シナ海、南シナ海を一つの海域を構成しているとみなすには至っていない。

 台湾と東シナ海や南シナ海を別々の問題として扱うのは、地理的に離れているからであり、また中国をいたずらに刺激したくないからである。しかし、それは日米などの扱いにすぎない。中国は台湾と東シナ海や南シナ海を一つの海域としてとらえ、中国が1992年に制定した「領海法」はその範囲の中の島嶼は台湾や尖閣諸島を含めすべて中国領であると明言している。日米など国際法を重視する諸国としては到底認められないことであるが、中国が「領海法」を実現しようとしているかぎり、それに対処する必要がある。

 米国の第二次トランプ政権のトップレベルにも、前述したように「台湾は米国の存亡にかかわる利益ではない」などという輩がいるが、このように古臭く狭隘な考えは一刻も早く捨て去るべきである。トランプ大統領はグリーランドやパナマ運河では中国の行動に警戒しているが、台湾、東シナ海および南シナ海は米国の存亡により深刻にかかわる問題であろう。

(Automatic translation)
Securities of Taiwan, Senkaku and the South China sea are interrelated
 If China invades Taiwan, will the United States use military force to help Taiwan? This has been a question that has been asked of successive U.S. administrations since the United States established diplomatic relations with China in 1979 and severed diplomatic relations with Taiwan, and it has been drawing renewed attention in the wake of Russia’s invasion of Ukraine in 2022.
 The official explanation from the US government was limited to quoting the agreement document between the US and China, and it never gave a clear answer of yes or no. Researchers and the media have called this US government’s position an “ambiguous strategy.”
 The following two documents represent the official US position:
 One is the “Shanghai Communiqué” issued during President Nixon’s visit to China in 1972, which stated, “The United States acknowledges that all Chinese people on both sides of the Taiwan Strait maintain that there is only one China and that Taiwan is an integral part of China. The United States Government does not challenge that position. It reaffirms its interest in the peaceful resolution of the Taiwan question by the Chinese themselves.”
 The other is the Taiwan Relations Act, enacted by the United States after the Shanghai Communiqué, which states that “the Act shall maintain the capability of the United States to resist any use of force or other coercive measures that would harm the security or social or economic system of the people of Taiwan” ( Article 2, Section B, 6), and further stipulates that “The President is directed to immediately notify the Congress of any threat to the security or social or economic system of the people of Taiwan and any danger thereto to the interests of the United States. The President and Congress shall determine, in accordance with constitutional procedures, appropriate action to be taken to counter any such danger ” (Article 3, Section C).
 Indeed, legally, the US position is “ambiguous.” The Shanghai Communiqué and the Taiwan Relations Act make indirect references, but do not directly state that the US will respond with military force. They only state that it may do so.
 The United States has skillfully used this important political statement in different ways. For example, on May 23, 2022, at a joint press conference with Prime Minister Fumio Kishida, former President Biden answered “Yes. That is our commitment” in response to a question about whether the United States would be involved militarily in the defense of Taiwan if China invaded Taiwan . This was a statement that went quite a distance from the traditional legal position, and was therefore sometimes criticized as being an incautious statement, but the purpose was to impress upon China that the United States may use military force , and Biden was not always proactive in using force, and he changed his expression considerably depending on the time and situation. Biden had no intention of changing the official position of the United States.
 
 Meanwhile, during the 2024 presidential election campaign, Trump said he “didn’t want to answer” the question about Taiwan’s defense. This statement was in line with previous “vague” statements, but it was unclear what his political stance was.
 After being elected president, Trump did not hold a telephone conversation with Taiwan’s President Lai Ching-te . During his first term in 2016 , he held a telephone conversation with former President Tsai Ing-wen , so the difference between then and now has attracted attention, but this difference alone cannot be used to gauge President Trump’s position.
 Opinion within the administration is divided on this issue. Vice President Vance has taken provocative actions such as visiting Greenland, but he is said to be reluctant to get involved in foreign affairs unless important American interests are harmed. He has not shown a proactive stance on the Ukraine issue. Secretary of State Rubio places importance on Taiwan. Deputy Secretary of Defense Colby was previously a Taiwan advocate, but has recently begun to say things like, “Taiwan is not an existential interest of the United States.”
 What policy will President Trump adopt regarding Taiwan’s security in the future? Economic relations with China will likely have a major impact, but in any case, there is an issue that both the United States and Japan need to take into consideration: the increasing tendency for the security of Taiwan, the Senkaku Islands, and the South China Sea to be interrelated.
 Taiwan’s security is inseparable from that of the East China Sea (Senkaku Islands) and the South China Sea. Taiwan, the East China Sea, and the South China Sea constitute a single maritime area, and if Taiwan were to be annexed by China, the entire maritime area would suffer immeasurable effects.
 In Japan, there is a tendency to treat the security of the Senkaku Islands as a separate issue from Taiwan. The application of the Japan-US Security Treaty is confirmed only to the Senkaku Islands. This is natural from a legal perspective, but from a political perspective, because of this distinction, the security of Taiwan and the Senkaku Islands are not seen as interrelated issues. This is the same issue as I mentioned about the South China Sea, but if Taiwan were to be annexed by China, there is a high risk that the Senkaku Islands would also be taken by China. Personally, I think they will definitely be taken by China. Taiwan’s security is closely related to Japan.
 Recently, the idea that “a Taiwan emergency is a Japan emergency” has emerged. This is a welcome idea. In the South China Sea, the United States and Japan are also cooperating with the Philippines and other countries, and the United States is strengthening cooperation on the security of the Philippines . In a joint statement from a meeting held at the White House on May 1, 2023 , while avoiding criticism of China by name, the two sides indicated a policy of deepening defense cooperation with China in mind, which is increasing military pressure around Taiwan and the South China Sea , and also mentioned “stability in the Taiwan Strait . ” These are a step forward, but they do not go so far as to consider Taiwan, the East China Sea, and the South China Sea as constituting a single maritime area.
 Taiwan and the East and South China Seas are treated as separate issues because they are geographically far apart and because we do not want to unnecessarily provoke China. However, this is only how Japan, the United States and other nations treat them. China regards Taiwan, the East and South China Seas as one body of water, and the “Territorial Sea Law” it enacted in 1992 clearly states that all islands within that area, including Taiwan and the Senkaku Islands, are Chinese territory. This is something that is simply unacceptable to countries that place importance on international law, such as Japan and the United States, but as long as China is trying to implement the “Territorial Sea Law,” it needs to be addressed.
 As mentioned above, there are people at the top of the second Trump administration who say that “Taiwan is not an existential interest of the United States,” but this outdated and narrow-minded thinking should be discarded as soon as possible. President Trump is wary of China’s actions around Greenland and the Panama Canal, but Taiwan, the East China Sea, and the South China Sea are issues that are more seriously related to the survival of the United States.
2024.07.30

3中全会と財政改革


 中国共産党第20期中央委員会第3回総会(3中全会)は7月18日に閉幕した。コミュニケは21日に発表された。

 これまでの例によると、共産党代表大会が開催されると、ほぼ1年後に3中全会が開かれていた。代表大会後の政策や基本方針は早く発表したほうがよいが、その準備にどうしても1年くらいかかるからであった。だが2022年10月に開催された代表大会(第20期)においては今年の7月になって漸く開かれた。いつもより1年近く遅れたわけである。

 中国政府は今後に向けての方針策定に苦慮したらしい。あるエコノミストは次のように述べている(Milton Ezrati, Forbes JAPAN 2024年7月11日。一部表現をわかりやすくした)。

 「経済に影響を及ぼしている不動産問題について、中国政府は当初から対応を誤ってきた。不動産開発大手の中国恒大集団(エバーグランデ)が2021年に債務不履行(デフォルト)に陥って不動産危機が発生したとき、政府はまるで大した問題ではないかのように扱った。
 当局は恒大集団や同社の顧客を支援したり、金融市場が余波を受けないようにしたりするなどの措置を一切取らなかった。こうした無為無策から、問題は中国の経済と金融全体に広がった。その間、他の不動産開発企業も経営難に陥り、問題はさらに悪化した。2023年、政府はようやく事態が深刻だと認識し、小さな一歩を踏み出した。しかし、政府が打ち出した対応策では不十分だろう。
 中国政府は1兆元(約22兆円)の超長期特別国債を発行するとしている。このうちの約5000億元(約11兆円)で売れ残っている住宅を購入して手頃な価格の住宅として活用するというのだ。
(中略)
 これはかなりの額に見えるものの、対策として打ち出した買戻し計画としてはあまりに少なすぎる。1兆元という額は、恒大集団の約3000億ドル(約48兆円)もの負債の前では微々たるものだ。加えて、碧桂園(カントリーガーデン)など、恒大集団に続いて経営難に陥った不動産開発企業の負債もある。効果を上げるには何兆元もの公的資金が必要である。」

 何兆元もの公的資金が必要か、議論の余地はあるだろう。リーマンショックの際に中国政府が4兆元をつぎ込んだことは高く評価された一方で、巨額の債務が残り、財政の健全性に懸念が生じた。そのような経験をしたが、今回、習政権は年度の途中で大幅な予算の修正に踏み込まざるをえなかった。習政権が景気の現状に強い危機感を抱いている表れだろうと指摘されている。

 中国の不動産市場においては、住宅の平均価格が高騰しており、バブル状態になっている。その一方で、プロジェクトが建設途中で放棄されることが多発している。道路が作られてもあまり車が通らないため、農地の代わりに使われているところもあるという。

 これまで不動産と土地の取引で潤っていた地方政府は相次いで資金不足に陥っており、銀行からの融資や債権の発行によって資金を集め、インフラ開発を推し進めることは困難になっている。各地の地方政府は「地方融資平台(英語ではLocal government financing vehicleと訳されている)」という特殊な投資会社を設立して中央政府の金融規制をかいくぐろうとしているが、そこでも新たな債務が膨れ上がっている。地方融資平台は不動産バブルを煽っているともいわれている。

 不動産業が激しい不況に陥っているのも、資金の調達に問題が生じているのも、地方政府が財政破綻の危機に陥ったのも、市場が十分機能していないことに根本的な原因があるのではないか。

 中国政府は1980年代以来「改革開放」を進め、その一環として計画経済から市場経済への移行を目指し、国有企業の民営化と民営企業の成長を促してきた。1990年代の後半、朱鎔基総理は国有企業を改革する荒療治をした。それは効果があったとみられている。
 
 2001年に中国は世界貿易機関(WTO)に加盟を果たしたが、交渉の過程で中国がほんとうに市場経済に移行できるか各国から厳しく問われ、これに対し中国の代表は中国経済が市場化の方向にあり、WTOに加盟する資格があることを懸命に力説して各国を説得した。

 しかし、実際には、国有企業は政府の支援を引き続き受けながら、多くの分野において独占的地位を享受する一方、民営企業は種々の制約のもとにおかれてきた。

 2002年胡錦涛政権になると、民営化はにぶくなった。国有企業の全面的な民営化は否定され、民営化に代わって、国有企業に民間資本を取り入れる「混合所有制改革」の方針が打ち出された。

 近年は、国有企業への党と政府による介入が増えており、各企業は党支部を設置することを義務付けられている。国有企業の経営者は公務員化しているともいわれている。

 1993年以来中国は「社会主義市場経済」を公式見解としており、表向きは市場経済化を一貫して重視しているように見えるが、実態は大きく変化し、国有企業中心の経済に回帰しつつある。それは党政府にとって都合がよいことだろうが、重要と供給のバランスを維持し、民間の活力を発揮させることは困難であろう。

 そのような問題は中国経済が右肩上がりで伸びているときは表面化していなかったが、成長が鈍化し、財政が苦境に陥ると隠しとおせなくなるのではないか。

 今回の3中全会コミュニケでは、「2035年までに、ハイレベルの社会主義市場経済体制を全面的に完成させる」と謳ったが、これは目標である。コミュニケには、「市場メカニズムの役割をよりよく発揮させる」、「より公平でより活力のある市場環境をつくり出す」、「資源配分において効率の最適化、効果の最大化をはかる」、「しっかりと市場の秩序を維持して市場の失敗を補完する」など、市場を重視すると読める言葉が書き込まれているが、同時に、
「揺るぐことなく公有制経済をうち固めて発展させる」ことと、「揺るぐことなく非公有制経済の発展を奨励・支援・リードする」ことが同時に謳われている。公有制企業とは国有企業であり、国有企業の重要性をないがしろにすることは許さないという大きなメッセージが明確に示されているのである。これでは市場経済は事実上ますます影が薄くなるのではないか。

 経済成長の回復状況にもよるが、不動産業と地方政府の財政危機が今後どのように展開していくか、目が離せない。


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