4月, 2020 - 平和外交研究所
2020.04.25
旧ユーゴスラビアを構成していた国が続々と独立し、最後に残った国がセルビアである。独立した国はEUへ加盟していった。セルビアも加盟を申請しているが、加盟するにはEUが定めている準備過程を経なければならない。セルビアは一刻も早く加盟したいのだが、まだその最中にある。
そんな中、新型コロナウイルスによる感染問題から大きな波紋が生じた。セルビアでは7114人が感染している(4月24日現在)。西ヨーロッパの諸国とは比較にならない数であるが、セルビアの人口は700万人強なので対人口比でみればかなり高い。西ヨーロッパ諸国と肩を並べる水準ともいえる。しかし、セルビアの医療水準は西ヨーロッパとは比較にならないくらい低い。日本はセルビア各地の病院に医療器具を多数無償提供しているので事情はよく分かる。
当然、セルビアはEUに医療支援を要請しただろう。私が在セルビアの大使であった時からセルビアは何かにつけEUに助力を求めていた。セルビアの首相が暗殺され、葬儀が行われた際、最初に弔辞を読んだのはセルビアの大統領でも国会議長でもなく、EUの代表であった。セルビアはそれくらいEUを大事にしているのである。
しかしEUにはセルビアを助ける余裕はなかった。イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなどの状況をみると、それも仕方がなかったと思われる。
そんな時にセルビアに手を差し伸べてきたのが中国であった。中国はセルビアに3月21日、6人の専門家を支援物資とともに派遣した。また、習近平主席はブチッチ大統領に電報を送り「戦略的パートナー」だと強調した。
また、中国はこれと相前後して、東欧旧共産圏16か国にギリシャを加えてテレビ会議を主催し、ウイルス感染への対応のノウハウを伝授した。この16か国会議はかねてから中国の欧州における影響力を増加させるメカニズムとしてEU側が警戒しているものである。セルビアはこの会議の一員である。しかも、今回は欧州側の調整役を務めた。
ブチッチ大統領の中国寄りの姿勢はますます顕著になった。中国からの医療支援チームがセルビアの首都ベオグラード空港へ到着した際には、ブチッチ大統領自らが出迎えた。1国の大統領が外国からの医療チームを出迎えるなど異例中の異例である。
この一連の動きはいくつかの観点から見ておく必要がある。一つはセルビアと中国との関係である。セルビアは1990年代、NATOの攻撃を受けた時から味方になってサポートしてくれた中国に恩義を感じており、今回の新型コロナウイルスによる感染問題をめぐってますます中国との関係が重要であることを認識しただろう。
しかし、セルビアがEUとの関係を見直すことになるとは思えない。EUへの加盟申請を取り消しなどすればあまりにも失うものが大きい。セルビアがEUへの加盟を実現することと中国との友好関係は本来矛盾しない。
中国の欧州に対する影響力については、ギリシャ、次いでイタリアを「一帯一路」の協力国とするなどすでにかなりの実績を上げており、またハンガリーなどは、EU内で中国の利益に反することが起こればそれを食い止める役割を果たしている。ASEAN内でのカンボジアのような役割である。新型コロナウイルスによる感染問題を機に中国の発言力は一層高まったとみられる。
もっとも、中国は新型コロナウイルスによる感染問題に関し、欧米諸国から非難の目で見られている。中国は果敢に米国と舌戦を交えているが、不利な状況にあるのは否めない。中国が欧州で味方を増やすことはさらに状況が悪化するのを食い止める意味合いもある。
EUとしては、中国の影響力が増大することは好まないが、現実には中国の存在はじわじわと大きくなっていく傾向にある。現在、英国がEUから離脱するプロセスが進み、しかも新型コロナウイルスによる感染問題で主要国が軒並みに苦しんでいる最中に、中国の影響力がまた増大したのである。
ロシアとの関係も問題である。新型コロナウイルスによる感染問題に関しイタリアに支援を行い、軍用機14機で消毒機材や検査機とともに医師や専門家約100人を送り込んだ。
このため欧州のメディアでは、ロシアが危機に乗じて欧州での存在感を高めようと画策していると懸念する論調が目立っているという。
EUの連帯はどうなるか。苦しい中であるが、3月末には急きょ、4億1千万ユーロ(約480億円)の緊急支援をセルビアなどEU加盟を目指す西バルカンの国々につぎ込むことを決定した。
4月に入ると、ルーマニアやノルウェーの医師、看護師をイタリアに派遣した。加盟国間でのマスクや消毒剤など医療品の融通にも力を入れている。当初は自国を優先していたドイツやフランスなども他国の重症患者を受け入れたり、マスクなど医療品を送ったり、連帯の修復に向けた動きを始めている。
フォン・デア・ライエン欧州委員長は、EUが多国間主義の強力な推進者であることを常日頃強調している。
しかし、EUの加盟国はどのように評価しているか。今回の新型コロナウイルスによる感染問題に関してもEUとしてなすべきことはできたと認識しているか。難民問題、英国の離脱、新型コロナウイルスによる感染問題と続き、今後、感染問題が解決した後にはEU諸国としても厳しい経済困難に陥ることは不可避なだけに、EUとしての存在価値と役割にどのような影響が出てくるか目が離せなくなっている。
コロナウイルス感染問題と中国の欧州への影響力など
セルビアのブチッチ大統領は3月15日、国民向けの演説で「欧州の連帯など存在しない。おとぎ話だった」と不満をぶちまけた。旧ユーゴスラビアを構成していた国が続々と独立し、最後に残った国がセルビアである。独立した国はEUへ加盟していった。セルビアも加盟を申請しているが、加盟するにはEUが定めている準備過程を経なければならない。セルビアは一刻も早く加盟したいのだが、まだその最中にある。
そんな中、新型コロナウイルスによる感染問題から大きな波紋が生じた。セルビアでは7114人が感染している(4月24日現在)。西ヨーロッパの諸国とは比較にならない数であるが、セルビアの人口は700万人強なので対人口比でみればかなり高い。西ヨーロッパ諸国と肩を並べる水準ともいえる。しかし、セルビアの医療水準は西ヨーロッパとは比較にならないくらい低い。日本はセルビア各地の病院に医療器具を多数無償提供しているので事情はよく分かる。
当然、セルビアはEUに医療支援を要請しただろう。私が在セルビアの大使であった時からセルビアは何かにつけEUに助力を求めていた。セルビアの首相が暗殺され、葬儀が行われた際、最初に弔辞を読んだのはセルビアの大統領でも国会議長でもなく、EUの代表であった。セルビアはそれくらいEUを大事にしているのである。
しかしEUにはセルビアを助ける余裕はなかった。イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなどの状況をみると、それも仕方がなかったと思われる。
そんな時にセルビアに手を差し伸べてきたのが中国であった。中国はセルビアに3月21日、6人の専門家を支援物資とともに派遣した。また、習近平主席はブチッチ大統領に電報を送り「戦略的パートナー」だと強調した。
また、中国はこれと相前後して、東欧旧共産圏16か国にギリシャを加えてテレビ会議を主催し、ウイルス感染への対応のノウハウを伝授した。この16か国会議はかねてから中国の欧州における影響力を増加させるメカニズムとしてEU側が警戒しているものである。セルビアはこの会議の一員である。しかも、今回は欧州側の調整役を務めた。
ブチッチ大統領の中国寄りの姿勢はますます顕著になった。中国からの医療支援チームがセルビアの首都ベオグラード空港へ到着した際には、ブチッチ大統領自らが出迎えた。1国の大統領が外国からの医療チームを出迎えるなど異例中の異例である。
この一連の動きはいくつかの観点から見ておく必要がある。一つはセルビアと中国との関係である。セルビアは1990年代、NATOの攻撃を受けた時から味方になってサポートしてくれた中国に恩義を感じており、今回の新型コロナウイルスによる感染問題をめぐってますます中国との関係が重要であることを認識しただろう。
しかし、セルビアがEUとの関係を見直すことになるとは思えない。EUへの加盟申請を取り消しなどすればあまりにも失うものが大きい。セルビアがEUへの加盟を実現することと中国との友好関係は本来矛盾しない。
中国の欧州に対する影響力については、ギリシャ、次いでイタリアを「一帯一路」の協力国とするなどすでにかなりの実績を上げており、またハンガリーなどは、EU内で中国の利益に反することが起こればそれを食い止める役割を果たしている。ASEAN内でのカンボジアのような役割である。新型コロナウイルスによる感染問題を機に中国の発言力は一層高まったとみられる。
もっとも、中国は新型コロナウイルスによる感染問題に関し、欧米諸国から非難の目で見られている。中国は果敢に米国と舌戦を交えているが、不利な状況にあるのは否めない。中国が欧州で味方を増やすことはさらに状況が悪化するのを食い止める意味合いもある。
EUとしては、中国の影響力が増大することは好まないが、現実には中国の存在はじわじわと大きくなっていく傾向にある。現在、英国がEUから離脱するプロセスが進み、しかも新型コロナウイルスによる感染問題で主要国が軒並みに苦しんでいる最中に、中国の影響力がまた増大したのである。
ロシアとの関係も問題である。新型コロナウイルスによる感染問題に関しイタリアに支援を行い、軍用機14機で消毒機材や検査機とともに医師や専門家約100人を送り込んだ。
このため欧州のメディアでは、ロシアが危機に乗じて欧州での存在感を高めようと画策していると懸念する論調が目立っているという。
EUの連帯はどうなるか。苦しい中であるが、3月末には急きょ、4億1千万ユーロ(約480億円)の緊急支援をセルビアなどEU加盟を目指す西バルカンの国々につぎ込むことを決定した。
4月に入ると、ルーマニアやノルウェーの医師、看護師をイタリアに派遣した。加盟国間でのマスクや消毒剤など医療品の融通にも力を入れている。当初は自国を優先していたドイツやフランスなども他国の重症患者を受け入れたり、マスクなど医療品を送ったり、連帯の修復に向けた動きを始めている。
フォン・デア・ライエン欧州委員長は、EUが多国間主義の強力な推進者であることを常日頃強調している。
しかし、EUの加盟国はどのように評価しているか。今回の新型コロナウイルスによる感染問題に関してもEUとしてなすべきことはできたと認識しているか。難民問題、英国の離脱、新型コロナウイルスによる感染問題と続き、今後、感染問題が解決した後にはEU諸国としても厳しい経済困難に陥ることは不可避なだけに、EUとしての存在価値と役割にどのような影響が出てくるか目が離せなくなっている。
2020.04.20
なぜ北朝鮮はそのように反応したのか。具体的な理由は知る由もないが、いくつか考慮に入れておきたいことがある。
北朝鮮からの対外発信においては、かつては指導者の言動と矛盾することはもちろん、トーンが異なることもなかったが、2018年に米朝首脳会談の実現に向け話し合いが進むころから必ずしも金委員長の言動にはそぐわない発信が行われるようになった。ポンぺオ国務長官を強盗のようだと評する一方で、ほぼ同時期に金委員長はトランプ大統領に友好的な姿勢を示す書簡を送り、トランプ大統領は今回と同様素晴らしい書簡をもらったと発言したこともあった。
金委員長がそのような発信を許しているのはまちがいない。その理由は、首脳間では友好関係を維持しつつ、米国が北朝鮮の利益にならないことをする場合にはくぎを刺しておく、あるいは不快感を示しておくのがよいと考えているからではないかと思われる。要するに硬軟両様で対応しているのであり、非核化交渉においても、核・ミサイルの実験に関しても基本的には同じ姿勢だと見受けられる。
北朝鮮が激しい口調で相手方を非難することはさる3月、朝鮮労働党中央委員会の金与正(キム・ヨジョン)第1副部長の発言にもみられた。北朝鮮が元山(ウォンサン)付近から東の海上に2発の飛翔体を発射したのに対し、韓国の大統領府が強い遺憾を表明し、即刻中断を要求した時のことである。金与正氏は、「国の防衛のために存在する軍隊にとって訓練は主な事業であり、自衛的行動だ」と主張したうえ、韓国大統領府を「非論理的で低能な思考」「行動と態度が三歳の子ども」「怖気づいた犬ほど騒々しく吠える」などと激しく罵倒した。
金与正氏は昨年のハノイ第2回米朝首脳会談の後、一時的に姿を消していたが、間もなく復活した人物である。その後まもなく昇進して朝鮮労働党中央委員会の第1副部長となった。そのようなことが起こりえたのは、同氏が金委員長の信頼が厚い妹であるからであった。
ともかく、金与正氏が第1副部長名義で談話を発表したのはこれが初めであったので注目されたが、その内容と口調があまりにも激烈だったので韓国側は驚いたという。その場合はトランプ大統領との関係ではなかったが、対外的に極度に強い姿勢をとるという点では共通点があった。
しかし、今回のトランプ大統領への書簡は、さる3月、トランプ米大統領が金委員長に親書を送って新型コロナウイルス感染症の防疫で協力する意向を示したことと関連があると考えるべきだ。金与正氏は、その親書について、「トランプ氏は米朝関係を推進する構想を説明し、正恩氏と緊密に連携していく意思を伝えてきた。正恩氏もトランプ氏との特別な親交を確認したうえで親書に謝意を示した。幸いにも両首脳の個人的関係は依然として両国の対立関係のように、それほど遠くなく立派だ」と談話で発表していた(22日)。
金与正氏はトランプ大統領の書簡の内容にまで公表したのに対し、トランプ大統領が金委員長の書簡を受け取ったことだけを発表して北朝鮮側から批判されたのは、公平を欠くが、何らかの理由があるはずだ。まったく仮定の話だが、金委員長は今回の書簡で、トランプ大統領の提案に前向きに応じる姿勢を示したが、それは表に出したくないので、予防的に激しい反応を示したのではないか。
ともかく、今後、米朝関係が悪化するか、改善するかという大きな疑問についていえば、改善する方だと思われる。北朝鮮外務省の否定的談話はその妨げにならない。
金正恩委員長からの書簡
トランプ米大統領は4月18日の記者会見で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長から「素晴らしい書簡を最近受け取った」と語った。書簡を受け取った時期も内容も触れなかったが、北朝鮮から激しい反応が返ってきた。北朝鮮外務省の対外報道室長は19日夜、談話を発表し、「最近、われわれの最高指導部は米大統領にいかなる手紙も送ったことはない」とトランプ氏の発言を否定した。また、「事実無根の内容をマスコミに流す米指導部の企図を分析する計画だ」と強調し、「朝米首脳間の関係は利己的な目的に利用してはならない」と警告した。なぜ北朝鮮はそのように反応したのか。具体的な理由は知る由もないが、いくつか考慮に入れておきたいことがある。
北朝鮮からの対外発信においては、かつては指導者の言動と矛盾することはもちろん、トーンが異なることもなかったが、2018年に米朝首脳会談の実現に向け話し合いが進むころから必ずしも金委員長の言動にはそぐわない発信が行われるようになった。ポンぺオ国務長官を強盗のようだと評する一方で、ほぼ同時期に金委員長はトランプ大統領に友好的な姿勢を示す書簡を送り、トランプ大統領は今回と同様素晴らしい書簡をもらったと発言したこともあった。
金委員長がそのような発信を許しているのはまちがいない。その理由は、首脳間では友好関係を維持しつつ、米国が北朝鮮の利益にならないことをする場合にはくぎを刺しておく、あるいは不快感を示しておくのがよいと考えているからではないかと思われる。要するに硬軟両様で対応しているのであり、非核化交渉においても、核・ミサイルの実験に関しても基本的には同じ姿勢だと見受けられる。
北朝鮮が激しい口調で相手方を非難することはさる3月、朝鮮労働党中央委員会の金与正(キム・ヨジョン)第1副部長の発言にもみられた。北朝鮮が元山(ウォンサン)付近から東の海上に2発の飛翔体を発射したのに対し、韓国の大統領府が強い遺憾を表明し、即刻中断を要求した時のことである。金与正氏は、「国の防衛のために存在する軍隊にとって訓練は主な事業であり、自衛的行動だ」と主張したうえ、韓国大統領府を「非論理的で低能な思考」「行動と態度が三歳の子ども」「怖気づいた犬ほど騒々しく吠える」などと激しく罵倒した。
金与正氏は昨年のハノイ第2回米朝首脳会談の後、一時的に姿を消していたが、間もなく復活した人物である。その後まもなく昇進して朝鮮労働党中央委員会の第1副部長となった。そのようなことが起こりえたのは、同氏が金委員長の信頼が厚い妹であるからであった。
ともかく、金与正氏が第1副部長名義で談話を発表したのはこれが初めであったので注目されたが、その内容と口調があまりにも激烈だったので韓国側は驚いたという。その場合はトランプ大統領との関係ではなかったが、対外的に極度に強い姿勢をとるという点では共通点があった。
しかし、今回のトランプ大統領への書簡は、さる3月、トランプ米大統領が金委員長に親書を送って新型コロナウイルス感染症の防疫で協力する意向を示したことと関連があると考えるべきだ。金与正氏は、その親書について、「トランプ氏は米朝関係を推進する構想を説明し、正恩氏と緊密に連携していく意思を伝えてきた。正恩氏もトランプ氏との特別な親交を確認したうえで親書に謝意を示した。幸いにも両首脳の個人的関係は依然として両国の対立関係のように、それほど遠くなく立派だ」と談話で発表していた(22日)。
金与正氏はトランプ大統領の書簡の内容にまで公表したのに対し、トランプ大統領が金委員長の書簡を受け取ったことだけを発表して北朝鮮側から批判されたのは、公平を欠くが、何らかの理由があるはずだ。まったく仮定の話だが、金委員長は今回の書簡で、トランプ大統領の提案に前向きに応じる姿勢を示したが、それは表に出したくないので、予防的に激しい反応を示したのではないか。
ともかく、今後、米朝関係が悪化するか、改善するかという大きな疑問についていえば、改善する方だと思われる。北朝鮮外務省の否定的談話はその妨げにならない。
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