5月, 2019 - 平和外交研究所
2019.05.29
安倍首相のイラン訪問をめぐって、日本、イラン及び米国の思惑は一致していない。
米国は2018年5月、イランとの核合意から一方的に離脱した。それ以来イランとの関係が悪化し、米国は11月、経済制裁を完全に復活させる一方、軍事圧力を強化している。
しかし、イランは反発し、ウランの濃縮量を増加させるなどと息巻いている。軍事衝突を懸念する声も上がっている。
トランプ大統領が安倍首相に対し、仲介を期待する理由ははっきりしている。トランプ氏は、「オバマ大統領時代に作られたイランとの核合意を書き換えたい。そのためイランに圧力をかけることもいとわない。しかし、戦争は望まない。イランとは対話したい」という立場である。
しかるに、米国のこの立場を支持してくれる国は、イスラエルは別にして、事実上皆無である。英仏独およびEUは批判的である。中ロはもっと批判的である。そこでトランプ氏が注目したのが日本であった。日本はイランと伝統的に友好関係にある。核合意は維持すべきだという立場だが、米国を批判しないからである。トランプ大統領は今回の安倍首相との会談の冒頭、「安倍首相と日本が、イランと良い関係を築いていることを知っている」と率直に述べている。要するに、トランプ大統領にとって望ましい道を切り開いてくれる可能性があるのは日本しかないのである。イスラエルはもちろん米国を支持するだろうが、イスラエルではイランと衝突になる。
だから、トランプ氏は4月のワシントンでの首脳会談で、安倍首相に、イラン訪問の要請を行ったのである。
日本の立場はあるところまでは米国と矛盾はない。米国の対イラン制裁復活により、日本はイラン原油を輸入できなくなるが、日本は受け入れる姿勢である。したがって、この点で日米間に矛盾はない。
日本は、トランプ大統領も察している通り、伝統的にイランとの友好関係を重視している。しかも、今年は日・イラン外交関係樹立90周年であり、安倍首相が訪問するよい機会である。
安倍首相は1983年に父・晋太郎外相のイラン訪問に同行した経験があり、第2次政権発足後、イラン訪問のタイミングを探り続けてきたという。国連総会の際には毎年ローハニ大統領と会談している。
イランにとっても、このように一貫して友好関係を維持してくれる日本は重要であろう。核合意については、前述したように合意に参加した国はいずれもイランの立場を支持しているが、米国との緊張が高まった現在、それらに加えて日本にも核合意支持を再確認してもらいたい。同国のザリーフ外相が急きょ5月中旬に訪日し、安倍首相や河野外相と会談したのはそのためであった。
しかし、日本が米国とイランの間を仲介することには危険が伴う。米国とイランの争いに巻き込まれる恐れがあるからだ。
米国とイランは妥協の余地があるのか。今のところ全く見えない。対話を望むトランプ氏がイランにどこまで要求するかが問題である。どうしても核合意を書き換えることに固執するなら、イランとの交渉は困難になる。それでも米国は、とくにトランプ氏は意に介さず、あくまで核合意の書き換えに向かって猛進することもあり得る。
ただし、現実的に考えればそのようなことはイランとの関係だけでなく、米国内でも反対を惹起する危険が大なので、トランプ氏としては、交渉を開始しつつ当面は抑制する可能性もあろう。
イランはそのような危険性を察知しているからこそ米国との対話に消極的なのであろう。イランとしても制裁の解除を求めたいのはやまやまだが、だからと言って核合意を書き換えることはできない。そんなことをすれば、国内世論も各国の支持もうしなってしまう。
このような状況の中で、安倍首相には慎重さが求められる。トランプ氏との友好関係を重視するあまり、核合意の書き換えを支持していると誤解されることがあってはならない。イランに対して米国との対話に応じるよう勧めることに限れば安倍首相も可能であろうが、それ以上のことはできない。つまり、この際は、深入りすることなく、一般的に物事は対話で解決すべきだという常識程度のことしか勧められないのである。
トランプ氏のイランに対する強い姿勢の背景には極端なイスラエル寄りの姿勢がある。日本はトランプ氏と同じ態度はとれない。イスラエルとも、また、イランとも友好関係を維持する必要があるからである。
日本政府は、トランプ大統領が2017年12月、エルサレムをイスラエルの首都と公式に認め、テルアビブにあるアメリカ大使館をエルサレムに移転することを発表した際、中東問題の解決は当事者によるべきであることは表明したが、欧州諸国と違って反対の姿勢はとらなかった。日本政府は従来からの中東和平に関する方針から半歩踏み出し、中東のバランスが崩れても構わないトランプ氏に配慮したのであった。イランは現在そのことを問題視していないが、安倍首相がトランプ大統領の期待に応えて、さらに米国寄りになれば、イランは日本を非友好国とみなす恐れがある。
安倍首相は、トランプ氏からイラン訪問の要請を受けた際、受け答えの歯切れはよくはなかったと伝えられている。中東において一方のみに偏する姿勢を取れない日本の首相として当然であった。そこまではよかったが、本当に困難な場面はこれから始まる。
トランプ大統領は北朝鮮問題、特に拉致問題について、安倍首相が期待することをすべて実行している。イランと北朝鮮は同日に論じられないが、とくに核兵器の開発の危険の点では北朝鮮もイラン共通するところがある。トランプ氏が、イランについては安倍氏に米国を味方してもらいたいと望んでも何ら不思議でない。しかし、日本にとってそれはできないことである。
安倍首相は米国とイランの仲介をできるか
安倍首相のイラン訪問について最終調整が行われている。我が国では、安倍首相がこの機会に米国とイランの間を仲介できるかに注目が集まっているが、イラン側にはそのような期待はなさそうだ。安倍首相のイラン訪問をめぐって、日本、イラン及び米国の思惑は一致していない。
米国は2018年5月、イランとの核合意から一方的に離脱した。それ以来イランとの関係が悪化し、米国は11月、経済制裁を完全に復活させる一方、軍事圧力を強化している。
しかし、イランは反発し、ウランの濃縮量を増加させるなどと息巻いている。軍事衝突を懸念する声も上がっている。
トランプ大統領が安倍首相に対し、仲介を期待する理由ははっきりしている。トランプ氏は、「オバマ大統領時代に作られたイランとの核合意を書き換えたい。そのためイランに圧力をかけることもいとわない。しかし、戦争は望まない。イランとは対話したい」という立場である。
しかるに、米国のこの立場を支持してくれる国は、イスラエルは別にして、事実上皆無である。英仏独およびEUは批判的である。中ロはもっと批判的である。そこでトランプ氏が注目したのが日本であった。日本はイランと伝統的に友好関係にある。核合意は維持すべきだという立場だが、米国を批判しないからである。トランプ大統領は今回の安倍首相との会談の冒頭、「安倍首相と日本が、イランと良い関係を築いていることを知っている」と率直に述べている。要するに、トランプ大統領にとって望ましい道を切り開いてくれる可能性があるのは日本しかないのである。イスラエルはもちろん米国を支持するだろうが、イスラエルではイランと衝突になる。
だから、トランプ氏は4月のワシントンでの首脳会談で、安倍首相に、イラン訪問の要請を行ったのである。
日本の立場はあるところまでは米国と矛盾はない。米国の対イラン制裁復活により、日本はイラン原油を輸入できなくなるが、日本は受け入れる姿勢である。したがって、この点で日米間に矛盾はない。
日本は、トランプ大統領も察している通り、伝統的にイランとの友好関係を重視している。しかも、今年は日・イラン外交関係樹立90周年であり、安倍首相が訪問するよい機会である。
安倍首相は1983年に父・晋太郎外相のイラン訪問に同行した経験があり、第2次政権発足後、イラン訪問のタイミングを探り続けてきたという。国連総会の際には毎年ローハニ大統領と会談している。
イランにとっても、このように一貫して友好関係を維持してくれる日本は重要であろう。核合意については、前述したように合意に参加した国はいずれもイランの立場を支持しているが、米国との緊張が高まった現在、それらに加えて日本にも核合意支持を再確認してもらいたい。同国のザリーフ外相が急きょ5月中旬に訪日し、安倍首相や河野外相と会談したのはそのためであった。
しかし、日本が米国とイランの間を仲介することには危険が伴う。米国とイランの争いに巻き込まれる恐れがあるからだ。
米国とイランは妥協の余地があるのか。今のところ全く見えない。対話を望むトランプ氏がイランにどこまで要求するかが問題である。どうしても核合意を書き換えることに固執するなら、イランとの交渉は困難になる。それでも米国は、とくにトランプ氏は意に介さず、あくまで核合意の書き換えに向かって猛進することもあり得る。
ただし、現実的に考えればそのようなことはイランとの関係だけでなく、米国内でも反対を惹起する危険が大なので、トランプ氏としては、交渉を開始しつつ当面は抑制する可能性もあろう。
イランはそのような危険性を察知しているからこそ米国との対話に消極的なのであろう。イランとしても制裁の解除を求めたいのはやまやまだが、だからと言って核合意を書き換えることはできない。そんなことをすれば、国内世論も各国の支持もうしなってしまう。
このような状況の中で、安倍首相には慎重さが求められる。トランプ氏との友好関係を重視するあまり、核合意の書き換えを支持していると誤解されることがあってはならない。イランに対して米国との対話に応じるよう勧めることに限れば安倍首相も可能であろうが、それ以上のことはできない。つまり、この際は、深入りすることなく、一般的に物事は対話で解決すべきだという常識程度のことしか勧められないのである。
トランプ氏のイランに対する強い姿勢の背景には極端なイスラエル寄りの姿勢がある。日本はトランプ氏と同じ態度はとれない。イスラエルとも、また、イランとも友好関係を維持する必要があるからである。
日本政府は、トランプ大統領が2017年12月、エルサレムをイスラエルの首都と公式に認め、テルアビブにあるアメリカ大使館をエルサレムに移転することを発表した際、中東問題の解決は当事者によるべきであることは表明したが、欧州諸国と違って反対の姿勢はとらなかった。日本政府は従来からの中東和平に関する方針から半歩踏み出し、中東のバランスが崩れても構わないトランプ氏に配慮したのであった。イランは現在そのことを問題視していないが、安倍首相がトランプ大統領の期待に応えて、さらに米国寄りになれば、イランは日本を非友好国とみなす恐れがある。
安倍首相は、トランプ氏からイラン訪問の要請を受けた際、受け答えの歯切れはよくはなかったと伝えられている。中東において一方のみに偏する姿勢を取れない日本の首相として当然であった。そこまではよかったが、本当に困難な場面はこれから始まる。
トランプ大統領は北朝鮮問題、特に拉致問題について、安倍首相が期待することをすべて実行している。イランと北朝鮮は同日に論じられないが、とくに核兵器の開発の危険の点では北朝鮮もイラン共通するところがある。トランプ氏が、イランについては安倍氏に米国を味方してもらいたいと望んでも何ら不思議でない。しかし、日本にとってそれはできないことである。
2019.05.27
中国では1970年代の末からいわゆる改革開放が始まったが、政治的に困難な状況が生まれた。一方では、民主化を求める動きが強まったが、他方では、これは「ブルジョワ民主化」になるとして反対運動が起こり、両者の間で激しい緊張関係が生まれ、政治闘争にも発展した。当時の中国共産党総書記であった胡耀邦はリベラルな人物で、民主化要求に理解を示したが、あまりに行き過ぎて結局失脚した。
胡耀邦は1989年4月、急死した。学生らはその死を悼んで天安門広場に集結し、民主化や言論の自由を要求する行動を起こした。普段は中国政府によって厳しく抑えられていたが、この時は学生のみならず一般市民も行動に参加した。また、地方から集まってきた者もおり、参加者は50万人にも上った。
これに対し中国政府は沈静化に努めたが、デモ隊の行動はますます激しくなり、結局、6月4日、軍を出動させデモ隊を鎮圧した。死者は中国の公式発表では319人であったが、実際にははるかに多く、万の台に上るとも言われた。
それ以来、6月4日は民主化要求が武力で鎮圧された記念の日となり、毎年各地で胡耀邦の死を悼む追悼会などが開催されてきた。
中国政府がこのような動きを警戒するのは日本などでは想像もできないほど強い。天安門広場は、普段、観光客が多数訪れる人気のスポットであるが、毎年6月4日は一変して厳しい監視と規制の下に置かれる。
天安門事件から20周年に際しては、中国政府(胡錦涛政権)は天安門広場周辺に監視の目を光らせ、広場への立ち入りを制限した。公安警察は天安門広場を行進し不穏な動きに備えた。また、インターネットを遮断したり、人権活動家の弁護士を半強制的に北京から地方に移したり、また、北京市内に留まった者に対しては外出を厳しく制限した。
一方、天安門事件の被害者たちは、その後、政府によって「動乱を起こした」と断罪された犠牲者の名誉回復を求めて「天安門の母」という運動を組織しており、インターネットを通じて連帯を呼びかけている。しかし、中国政府にとってこれは危険な動きの温床である。
習近平政権は胡錦涛政権より強権的であり、言論を強く統制している。安定を維持する(維穏)ためには強硬な手段もいとわない。天安門事件30周年を控えて、「天安門の母」などを警戒し、犠牲者の家族に対する監視を強化している。地方出身者に対してはいったん故郷へ戻るよう働きかけている。携帯電話の使用も規制している。
民主化デモの拠点になりやすい北京大学においても重点的に監視を強化している。また、インターネット規制を強化しており、ウィキペディアなどは4月から、諸言語版をすべて封鎖している。
要するに20周年の際に行ったことをすべて実施し、また、強化しているのである。
さらに中国政府は5月初め、「全国公安工作会議」を開催した。政府は公安の改革はかねてからの懸案であることを強調し、天安門事件との関係はないと懸命に説明していたが、この会議が天安門事件30周年を控えての対策であったことは明らかだったといわれている。
天安門事件30周年の恐怖
来る6月4日はいわゆる天安門事件が発生してから30周年となる。習近平政権はこの日に反政府運動が高まる危険があると神経をとがらせている。中国では1970年代の末からいわゆる改革開放が始まったが、政治的に困難な状況が生まれた。一方では、民主化を求める動きが強まったが、他方では、これは「ブルジョワ民主化」になるとして反対運動が起こり、両者の間で激しい緊張関係が生まれ、政治闘争にも発展した。当時の中国共産党総書記であった胡耀邦はリベラルな人物で、民主化要求に理解を示したが、あまりに行き過ぎて結局失脚した。
胡耀邦は1989年4月、急死した。学生らはその死を悼んで天安門広場に集結し、民主化や言論の自由を要求する行動を起こした。普段は中国政府によって厳しく抑えられていたが、この時は学生のみならず一般市民も行動に参加した。また、地方から集まってきた者もおり、参加者は50万人にも上った。
これに対し中国政府は沈静化に努めたが、デモ隊の行動はますます激しくなり、結局、6月4日、軍を出動させデモ隊を鎮圧した。死者は中国の公式発表では319人であったが、実際にははるかに多く、万の台に上るとも言われた。
それ以来、6月4日は民主化要求が武力で鎮圧された記念の日となり、毎年各地で胡耀邦の死を悼む追悼会などが開催されてきた。
中国政府がこのような動きを警戒するのは日本などでは想像もできないほど強い。天安門広場は、普段、観光客が多数訪れる人気のスポットであるが、毎年6月4日は一変して厳しい監視と規制の下に置かれる。
天安門事件から20周年に際しては、中国政府(胡錦涛政権)は天安門広場周辺に監視の目を光らせ、広場への立ち入りを制限した。公安警察は天安門広場を行進し不穏な動きに備えた。また、インターネットを遮断したり、人権活動家の弁護士を半強制的に北京から地方に移したり、また、北京市内に留まった者に対しては外出を厳しく制限した。
一方、天安門事件の被害者たちは、その後、政府によって「動乱を起こした」と断罪された犠牲者の名誉回復を求めて「天安門の母」という運動を組織しており、インターネットを通じて連帯を呼びかけている。しかし、中国政府にとってこれは危険な動きの温床である。
習近平政権は胡錦涛政権より強権的であり、言論を強く統制している。安定を維持する(維穏)ためには強硬な手段もいとわない。天安門事件30周年を控えて、「天安門の母」などを警戒し、犠牲者の家族に対する監視を強化している。地方出身者に対してはいったん故郷へ戻るよう働きかけている。携帯電話の使用も規制している。
民主化デモの拠点になりやすい北京大学においても重点的に監視を強化している。また、インターネット規制を強化しており、ウィキペディアなどは4月から、諸言語版をすべて封鎖している。
要するに20周年の際に行ったことをすべて実施し、また、強化しているのである。
さらに中国政府は5月初め、「全国公安工作会議」を開催した。政府は公安の改革はかねてからの懸案であることを強調し、天安門事件との関係はないと懸命に説明していたが、この会議が天安門事件30周年を控えての対策であったことは明らかだったといわれている。
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