平和外交研究所

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2017.06.02

プーチン大統領の北方領土問題に関する姿勢

 ロシアのプーチン大統領は6月1日、サンクトペテルブルクで世界の主要通信社の代表と会見し、「北方四島が日本の主権下に入れば、これらの島に米軍の基地が置かれる可能性がある」と述べた。
歯舞、色丹、国後、択捉4島が日本領となれば米国の軍事基地が置かれたり、米軍の行動に利用され、ロシアにとっては安全保障上問題となると言いたいのだろう。ソ連は1950年代からそのようなことを問題視していたが、必ずしもそれを前提にして日本と交渉していたのではなかった。たとえば、1956年の日ソ共同宣言で歯舞・色丹の返還に応じた。米軍を有利にしないという原則を貫けば、1島たりとも返還しないことになるが、そうはしなかったのだ。

 ソ連が民主化してロシアとなり、西側との冷戦が終わって世界は一変した。それとともに平和条約問題に関する日ロ間の話し合いも進展し、北方4島における米軍の行動を警戒する声も上がらなくなった。
 しかし、プーチン大統領は最近、この問題に再び言及するようになり、2016年12月の訪日の際にもこれを持ち出した。日本との平和条約交渉と米軍の問題を結びつけたのだ。しかも、プーチン氏は、日本との間に「領土問題はない」とさえ言い始めた。これでは冷戦時代へ後戻りしたのも同然であり、誠に遺憾である。
  
 日本としてプーチン政権のロシアと今後どのように平和条約交渉を進めていくべきか考えどころである。
 第1に、プーチン大統領は2012年再び大統領になって以降、4島を具体的に明示して日ロ間で解決すべきことを認めた1990年代の諸合意を無視し、1956年の日ソ共同宣言以外何も合意されていないと言わんばかりの発言をするようになった。つまり、1990年以前の状態にまで後退したのだ。
 第2に、プーチン氏が北方領土問題に関して米軍を警戒するのは、ロシアと、日本を含む西側との関係が悪化し、新冷戦と言われる状態に陥ったからである。つまり、現在の国際情勢は日ロ間で平和条約交渉を進める環境にないのだ。日本は、ロシアと西側の関係と、日ロ関係を切り離したい考えのようだが、ロシアは切り離せないと言っているのである。
 
 平和条約交渉を成立させたいのはやまやまだ。安倍首相はそれに非常な熱意を抱いている。また、プーチン大統領は国内で強い政治力があり支持率は高い。これらのことは平和条約交渉を進めるのに有利な条件であるが、プーチン氏が安倍首相のような熱意を持っていないことは明らかだ。そのような状況で無理に交渉を進めようとしても失うものしかないのではないか。

 安倍首相とプーチン大統領が合意した北方領土での共同経済活動をめぐる実質協議がさる3月に始まったが、米軍を利する云々をロシア側が言い続ける限り日本としてはその協議も中断すべきでないか。一方で北方4島においてロシアの法律を適用することに固執しながら、他方で日本へ返還されれば米軍を利することになると主張するロシアに平和条約交渉を進めようとする意図は感じられない。
 今後の日ロ交渉においては、1956年の日ソ宣言以降積み重ねてきたこと、とくに1990年代の諸合意をあらためて確認することに立ち返るべきだ。そのことをしないで経済協力を進めようとしても結局迷走するのではないかと思われる。

2017.05.29

G7首脳会議の際の安倍首相とグテーレス国連事務総長との会談

 国連特別報告者ジョセフ・ケナタッチ氏が2016年5月18日付で安倍首相に書簡を送付し、「テロ等準備罪(共謀罪)」法案はプライバシーや表現の自由を制約する恐れがあると表明したことに関して、イタリア・タオルミーナで安倍首相はグテーレス国連事務総長と言葉を交わした。しかし、その会話の発表ぶりは外務省と国連で食い違っている。

 とくに外務省発表の「先方は,人権理事会の特別報告者は,国連とは別の個人の資格で活動しており,その主張は,必ずしも国連の総意を反映するものではない旨述べました。」と国連発表の「The Secretary-General told the Prime Minister that Special Rapporteurs are experts that are independent and report directly to the Human Rights Council.」とは明らかな齟齬がある。
 まず、「国連とは別の個人の資格で」というのは理解に苦しむ表現である。とくに「別の」というのは不正確だと思う。一方、国連側のindependent and report directly to the Human Rights Councilは国連の常識にかなった説明である。
 また、「国連の総意」とは理解困難な言葉だ。「○○委員会の決定」とか「○○決議」ならあり得るが、「国連の総意」などいったいあるのか。事務総長は英語で何と言ったのか確認を求めるべき問題である。

 これら2点を考慮すると、外務省の発表には重大な問題があると思われる。
2017.05.23

南シナ海問題におけるドゥテルテ大統領の動向

 南シナ海において最大の懸念は米中が軍事衝突することであるが、トランプ政権の成立後、両国は北朝鮮問題や経済・投資面での協力に注意を向けており、南シナ海が話題に上ることは少なくなっている。
 この間、米海軍は「航行の自由作戦」を継続しようとしたが、中国との協力関係を重視するトランプ大統領はそれを許可しなかったと伝えられた。トランプ大統領は「航行の自由作戦」を控えることを、中国から協力を引き出す取引材料の一つに使った可能性もある。

 一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年7月に国際仲裁裁判の判決が出た後、習近平主席との間で、南シナ海問題は平和的に解決することで合意した。判決の影響を最小化しようとする中国ペースに乗った感はあったが、ドゥテルテ大統領は中国から巨額の経済協力を獲得したし、また、前政権下で激しくなったスプラトリー諸島(南沙諸島)をめぐる緊張関係が和らいだのでフィリピン国内では高い支持率を維持した。
 しかし、スプラトリー諸島付近ではその後もフィリピン漁船が中国の艦艇によって操業を妨げられる事件が発生しており、それに対する対応を不満とする勢力はドゥテルテ大統領としても無視できない圧力となっている。
 
 そんななか、ドゥテルテ大統領は4月6日、フィリピン独立記念日(6月12日)に同国が実効支配するスプラトリー諸島のパグアサ島(比名。英語名はThitu Island。中国名は中業島)に自ら行き、「フィリピンの旗を立てる」と記者団に語ったが、1週間後の13日、「中国に、今は行かないでほしいと言われた。中国との友情を重んじて計画は改める」と前言を翻した。その際、ドゥテルテ氏は中国側が「(領有権を主張する)各国が旗を立てることになれば問題になる」と発言していたことも明かした。
 しかし、4月20日、フィリピンの漁船が中国の艦艇によって追い払われる事件が起こり、フィリピンでは強い反発が起こったので、翌日、ドゥテルテ大統領はロレンザーナ国防大臣を同島に派遣・上陸させた。この経緯を見ると、南シナ海の問題は今でもかなりデリケートな問題であることがうかがわれる。

 そして4月26日からASEANの年次会議がマニラで開かれ、29日の首脳会議の議長声明で「埋め立て工事と軍事化への反対」について言及するか否かが問題になった。声明の原案には含まれていたので、マニラの中国大使館は削除すべきだと猛烈に働きかけたと言う。これに対し、ベトナムやインドネシアなど4カ国が残すべきだと主張したが、最終的には、「状況の複雑化を招く行為は避けることが重要だ」とやんわり記すにとどまった。議長声明が会議終了の翌日に発表されたのはそのような紛糾があったからだ。
 当然だが、ドゥテルテ大統領は議長として会議をまとめるのに苦労したのだろう。5月1日には、ミンダナオ島のダバオ市を親善訪問中の中国のミサイル駆逐艦「長春」に乗船した。久しぶりの中国艦船の寄港であったが、大統領が訪問するのは異例だ。ドゥテルテ氏の中国に対する気遣いがうかがわれる。中比両国の海軍は今後合同演習を行うそうだ。

 しかし、それから2週間後北京で開催された「一帯一路」会議に出席したドゥテルテ大統領は習近平主席と会談し(15日)、その会談内容について、19日、ダバオ市で次の通り説明した(香港紙『明報』)。

 「ドゥテルテは、「フィリピンはスプラトリー諸島のReed Bank(中国名は「礼乐滩」。フィリピン名は「Recto Bank」)で石油の掘削を行う予定である。同島はフィリピンの排他的経済水域内にある」と言った。
 これに対し習近平は「それはすべきでない。そこは中国のものだ」と言った。そこで、ドゥテルテは「我々には国際仲裁裁判がある」と言ったところ、習近平は「我々には歴史的権利がある。あなたたちのは最近の法律に過ぎない」と言い、さらに「我々は友人だ。私はよい関係を維持したい。しかし、貴方がどうしてもそうするというなら、私も言わざるをえなくなる。我々は戦争するかもしれない、我々はあなた方と戦争するかもしれない」と言った。」

 ドゥテルテ大統領の説明は国内向けに「自分は中国を相手に努力している」ことをアピールする意図が入っていた可能性はあるが、もし、事実そういうことだったのであれば、習近平主席はドゥテルテ大統領を露骨に恫喝したことになる。
 このドゥテルテ発言は外電で広く報道され、このまま放置すると問題になることを恐れたカエタノ外相は22日、記者団に対し「ドゥテルテ・習会談は極めて率直に行われた。相互に尊重・信頼しあっていた。会話は戦争をすると互いを脅したのではなく、いかに対立を回避し地域の安定を実現するかという文脈で行われた」と説明した(ロイター22日など)。
 今回のドゥテルテ発言はこれで一件落着となりそうだが、今後も同氏の言動には注意が必要だ。ドゥテルテ氏は適当と判断すれば仲裁裁判を持ち出す考えなのだと思われる。

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