6月, 2020 - 平和外交研究所
2020.06.30
TPを付したものはYahooの「ザページ」への寄稿文であり、HPは平和外交研究所のホームページにアップした文章である。
〇史上初の米朝首脳会談(TP)
ドナルド・トランプ米大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長との会談は、最終段階まで世界中の人をハラハラさせましたが、予定通り2018年6月12日、シンガポールで開催されました。
今次会談の最大の注目点は、北朝鮮の「完全な非核化」でした。両首脳の共同声明はその具体的な内容に踏み込みませんでしたが、会談は失敗であったとみるべきではありません。米朝両国の首脳が初めて会談し、今後米朝間で新しい関係を築いていくことと、朝鮮半島で永続的、かつ安定した平和の体制を構築していくために米朝両国が協力していくことなど重要なことが合意されたからです。
この合意により、1950年以来の南北朝鮮およびそれぞれの背後にある自由主義諸国と共産主義勢力の激しい対立は解消され、冷戦は終わることになります。そして永続的な平和を実現する道が開かれました。今後両国は非核化という最終目標に向かってこの道を歩んでいくことになります。
さらに、トランプ・金会談へ至る過程で朝鮮半島をめぐる緊張が緩和されたことも見逃せません。昨年までの異常な危険状態はすでに去っていますが、今後、米朝両国がこの道を進むにつれ、さらなる緊張緩和につながることが期待されます。
最大の懸案である「完全な非核化」の具体的詰めは今後の協議にゆだねられましたが、これはやむを得ないことでした。金委員長の非核化に関する意思が動揺したとは思いません。非核化は複雑なプロセスであり、多くの問題を一つ一つ解決しなければならず、それには時間がかかるからです。主要な問題としては、核兵器廃棄の期限を明確にすることと効果的な検証の仕組みを作ることがあげられます。
核兵器廃棄の期限を明確にするのは、廃棄にはどうしても一定の時間が必要だからです。しかし、期限は遠くなればなるほど合意内容がぼやけてくるので、できるだけ近い時点に期限を設定しなければなりません。具体的にいつを期限とするかは今後の交渉次第です。期限を設定しない合意などは論外でしょう。
期限を設定しないと、1994年の枠組み合意や2005年の6者協議共同声明のように失敗に終わる危険があります。
また、北朝鮮は段階的な廃棄を主張するかもしれませんが、設定した期限を守ることが重要であり、その範囲内であればどのように処理するかは北朝鮮の問題かもしれません。
もう一つの効果的な検証システムを構築するのはきわめて技術的、専門的なことなので、ある意味もっと難しいですが、重要なのは、「いつでも、どこでも」査察ができるようにすることです。「軍事施設」を理由に査察を拒否することや、隠ぺいの危険があるからです。
さらに、北朝鮮の核不拡散条約(NPT)への復帰も必要です。これが実現すると、北朝鮮は査察を受けることが法的な義務となります。
一方、米国が北朝鮮に与えるのは「国家承認」です。朝鮮戦争の休戦協定を「平和条約」に転換することとか、「不可侵協定」、「攻撃しないとの保証」などで表現されることもあります。
一部には、「体制保証」という表現を使う傾向がみられますが、「保証」は与える側が責任を持つことであり、「北朝鮮の体制」については、金一家体制であれ、共産主義体制であれ、あるいはその他の体制であれ、米国が「保証」することはあり得ません。
米国はこの問題について「体制保証」に相当する言葉を使っていません。1994年の枠組み合意や2005年9月の6者協議共同声明が用いたのは、「米国が北朝鮮を攻撃しない」ということでした。今回の合意ではsecurity guaranteeであり、これは「安全の保証」と訳すべきでしょう。なお、トランプ大統領は「安全protection」と表現したこともあります。
トランプ・金会談では、朝鮮戦争の終結宣言を行うとの観測が流れましたが、これはありませんでした。これだけをとくに取り出すべきでなく、平和条約締結の中で処理されるべきだと考えられたのだと思われます。
中国については、金委員長が米朝会談の前に2回訪中し、習近平主席と会談しました。中国の影響力の大きさをあらためて示す一事でした。
中国は、そもそも朝鮮戦争の時から朝鮮半島の安全に深くかかわっており、米国との交渉経験は豊富です。初めて米国の大統領と会談する金委員長に様々なアドバイスを与えたものと推測されます。ただ、今回の会談では第三者としての立場であり、金委員長一行のシンガポールへの渡航のため中国の航空機を提供しましたが、基本的には側面から協力する姿勢でした。
平和条約が締結されることになれば、中国は南北朝鮮及び米国と並んで当事国となります。先の南北首脳会談の板門店宣言では、「南北米3者、または南北米中4者」と記されるなど、中国が不可欠ではないという意味にも解される言及がありましたが、中国は当事国であり、不可欠です。
日本の拉致問題については、トランプ大統領は今次会談で金委員長に提起しましたが、結論は得られなかったようです。これも今後の協議の中でさらに話し合われることになりました。
(ボルトン回顧録は拉致問題について、米朝首脳会談の「共同声明発表の当日未明まで北朝鮮と交渉を続け、日本人拉致問題について盛り込むよう求めたものの、北朝鮮側が受け入れず、反映されなかった」と明らかにした。しかし、トランプ大統領が直接金正恩委員長にこの問題を提起したか、金委員長は何と応じたか、などについての説明はない。この言及は、トランプ氏は拉致問題をポンペオ長官以下に任せたことを示唆している。)
米朝首脳会談に先立つ7日、安倍首相はトランプ大統領との会談後の記者会見で「拉致問題を早期に解決するため、私は北朝鮮と直接向き合い、話し合いたい。あらゆる手段を尽くしていく決意だ」と発言しました。いままで「圧力」一辺倒であったが、今般このような姿勢を打ち出したことは評価できます。
今後、日本政府は安倍首相の発言通り、北朝鮮と話し合い、あらゆる手段を講じて解決を図るべきです。北朝鮮は、拉致問題は解決済みと主張しており、ストックホルムで合意された特別調査はすでに完了したとの立場です。一方、日本政府は、調査が続けられるものとの認識です。この矛盾を解消することがまず必要です。
〇米朝非核化交渉ポンペオ長官の訪朝(TP)
アメリカのポンペオ国務長官は2018年10月7日、北朝鮮の平壌で北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会談しました。2回目の米朝首脳会談のほか、「非核化」に向けた議論もしたといいます。ただ「非核化」をめぐる米朝交渉は実際のところ進展しているのか、どうも状況がわからないと感じている人が多いようです。
ポンペオ長官の訪朝についてもわけのわからないことが起きました。8月23日にポンペオ長官が北朝鮮訪問を発表しましたが、翌日にはトランプ大統領がそれを中止させるとツイートしたのです。一国の外相が発表したことを、翌日、大統領や首相が中止させることなど異例中の異例であり、他の国ではありえないことでした。
米朝交渉がわかりにくいのはいくつか原因があります。
第1に、米朝両首脳のトップダウンで進められていることです。トランプ大統領は就任以来何回も、非公式に、金委員長と会談しようと示唆してきました。一方、金委員長は「非核化」の新戦略を大胆に打ち出しました。両方とも官僚が準備したのでなく首脳自身の判断と決定によるものでした。
その後も、トップダウンの傾向は続きました。ますますひどくなった面もありました。ポンペオ長官の訪朝を中止させたこともその例です。さらに、両首脳は何回も書簡を交換していますが、このことも交渉がトップダウンで行われていることを示唆しています。
トップダウンに加え、トランプ大統領の行動はきわめて個性的でした。金委員長の行動を非常に高く評価し、9月29日には、「我々(トランプ氏と正恩氏)は恋に落ちた」とまで述べました。ポンペオ長官の訪朝をいったん止めて金委員長に心配させ、前向きの書簡を受け取ると一転して絶賛したのです。このような態度もトランプ氏独特のものでした。
また、トランプ氏がそのように芝居じみた振る舞いをしても対応できたのは絶対的な権力を持つ金正恩委員長だったからでしょう。
第2に、トランプ氏の周囲は、閣僚や補佐官など、トランプ氏と考えが違うところがあるのですが、自分たちの考えで発言し、それが報道されるので、トランプ政権全体の方針や考えがわかりにくくなっています。米国の以前の政権では、そのようなことがかりにあったとしても偶発的でしたが、今のトランプ政権においては常時そのような問題があるようです。つまり、トランプ大統領と周辺の発言は明確に区別して聞く必要があり、後者の発言は必ずしもトランプ氏の考えでありません。
第3に、北朝鮮においても、労働新聞や朝鮮中央通信など公式のメディアは必ずしも金委員長の考えを代弁していません。以前は公式の発表はすべて北朝鮮の指導者の考えとみなすことができましたが、最近は違ってきているのです。
例えば、またポンペオ長官の件ですが、同長官の3回目の訪朝の際(7月6~7日)、北のメディアは、米側の要求は過大だとし、「一方的でギャングのような非核化要求だった」と批判しました。しかし、金委員長はその時ポンペオ長官にトランプ大統領あての親書を託しました。トランプ氏はその内容を高く評価したのでよい内容だったのでしょう。ポンペオ長官の要求を「強盗のようだ」と批判することと、この書簡は明らかに矛盾していました。
つまり、北朝鮮の側においても、金委員長自身の行動や発言か、それとも周囲から出る声かを明確に区別しなければならない状況になっているのです。
第4に、米朝両政府の考えには明らかに食い違いが生じています。具体的には、北朝鮮は行動対行動の原則を重視しているのに対し、米側にはそのような考えがないことです。
たとえば、文在寅大統領が北朝鮮を訪問して金正恩委員長と9月19日に発表した「平壌共同宣言」には、「北側は米国が6・12米朝共同声明の精神に従い相応の措置をとれば寧辺核施設の永久的廃棄のような追加措置をとる用意がある」との文言がありますが、同共同声明には「相互の信頼醸成が非核化を促進しうる」との記載はあっても、直接的に行動対行動の原則を述べている文言はありませんでした。
以上の諸要因が重なり合った結果、米朝交渉の本丸はどこか、わかりにくくなっています。例えば、シンガポールでの首脳会談からしばらくは、CVID、すなわち、「完全で、検証可能な、不可逆的な廃棄」に北朝鮮が応じないことが問題だと言われました。首脳会談後の共同声明にもCVIDが入っていないことが問題視されました。しかし、米朝交渉は、実際にはそんな言葉の問題よりはるか先に行っていました。
米側が重視したのは「非核化のリストと工程表」だという報道がその後続きました。この表現は完全な間違いではありませんが、交渉の肝には触れていませんでした。
米国が最も重視し、したがってまた、「強盗」と言われても北朝鮮に要求したのは、「全核施設の申告」であるという表現が最近出てくるようになりました。「すべての」と明記した点は評価できますが、これでも問題があります。なぜならば、この表現では肝心の核兵器が含まれないからです。
核兵器が何発、どこにあり、いつ、どのように廃棄するかは「非核化」の最大の課題であり、交渉の本丸はここにあるのです。検証にこれをすべてさらけ出すことは「非核化」の一丁目一番地です。つまり「すべての核兵器、核物質および核関連施設」を開示することが交渉の核心なのです。
寧辺核施設もミサイルの発射実験場は数百(千)に上る核関連施設の一部です。米側としては、そのような一部のことについて譲歩すべきでないし、そもそも交渉したくないと考えているのでしょう。
また、朝鮮戦争の「終結宣言」も米国は周辺的問題とみなしているでしょう。正式に「平和条約」で解決するのが筋だからであり、まず、「終戦宣言」ついで「平和条約」と2段構えにするのはまだるっこいばかりか、正式の「平和条約」を結ぶのがかえって遅くなると主張すると思います。なお、米側には、北朝鮮は早期に制裁を解除してほしいのでその宣言を利用しようとしているという見方もあります。
北朝鮮の「非核化」については以上のようなかく乱要因を乗り越えて前進することが必要です。トランプ大統領と金正恩委員長はそのために会うのだと思います。
「非核化」は簡単でありません。本当に実現できるか、60%くらいの可能性かもしれませんが、第2回目の米朝首脳会談で、70%にも、あるいはさらに高いところまで押し上げられることを願っています。
〇第2回米朝首脳会談
(同会談の展望TP)第2回目の米朝首脳会談が2019年2月27・28、ベトナムの首都ハノイで開催されます。
昨年6月、シンガポールでの米朝首脳会談で合意された実務者協議は半年以上進展しませんでした。その間、北朝鮮は相変わらずウランの濃縮を続けているとか、北朝鮮の非核化への意思を疑わせる出来事が伝えられました。また、米国のコーツ国家情報長官は、北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は低いとの見方を示しました。
そんな中で開かれる会談ですが、最大の注目点はやはり北朝鮮の「非核化」です。
シンガポールでの首脳会談では、「非核化」の具体的態様が示されなかったとも言われましたが、「非核化」は高度に技術的、専門的な問題を含んでおり、トランプ大統領と金委員長が初めて会っただけではその具体的な内容について決定できなかったのはやむをえなかったと思います。
しかし、今回は同じことを繰り返すわけにはいきません。具体的な結果が問われます。首脳会談の開催はトランプ大統領にとって大きなリスクがあったと思います。
トランプ氏は北朝鮮との外交ですでに成果を上げたといえます。北朝鮮が核とミサイルの実験を止めたこと、北朝鮮に捕らえられていた米国人を帰国させたこと、朝鮮戦争以来北朝鮮に残されていた米国人兵士の遺骨の返還を実現したことなど何度も誇らしげに語っています。トランプ大統領が金委員長と再会しても「非核化」が進まなければ、これまでの実績が色あせ、傷つくかもしれません。
にもかかわらず、金委員長と会談することとしたトランプ氏にはかなりの見通しと自信があるように見受けられます。
トランプ氏の考えは他人には分かりにくいとよく言われます。独特の交渉スタイルがあるからです。以前から、トランプ氏は「前に壁があるのに突っ込んでいくようなところがある」とも言われてきました。
しかし、目標に向かって猛進するだけでなく、トランプ大統領は金委員長との間で、他には見られない特別の関係を築いているようです。一種の信頼関係ができていると言っても過言でないでしょう。
金委員長はトランプ大統領に対し、「非核化」についての考えが変わっていないことを私的な書簡の形で何回も伝えています。書簡の具体的な内容は一部しか公表されておらず、あとは推測するほかありませんが、トランプ大統領が金委員長の姿勢をつねに積極的に評価してきたことは公然たる事実です。さる新年に際しても金委員長は書簡を送り、トランプ大統領は「素晴らしい手紙だった」と評価しました。トランプ節ではありますが、喜ばしい内容であったことは間違いないでしょう。
また、トランプ大統領は、金委員長が喜びそうな内容のメッセージを発しています。2月3日の米CBS のインタビューで、「私は、金委員長が好きだ。同氏とはウマがあう。同氏と大変な通信(tremendous correspondence)を行っており、それを見た人たちが信じられないほどの内容である」と熱く語っているのです。
このインタビューでトランプ氏は”He(Kim) is also tired of going through what he’s going through.”とも述べています。口語的な言い回しで正確に訳すことは困難ですが、あえてニュアンスに忠実に意訳すれば、「金委員長は必要でないこともあれこれしなければならず、うんざりしている」という感じではないかと思います。「金委員長が『非核化』を進めるために努力していることは分かっている」とトランプ氏は言っているようです。
北朝鮮の独裁的体制からして、金氏の決定にはだれも異を唱えられず、金氏がうんざりすることなどありえない、うんざりするならやめさせればよいというのが常識的な見方でしょう。
しかし、「非核化」は北朝鮮の命運を左右する大問題であり、側近のなかにも、直接的に反対することはないにしても、さまざまな形で疑問を呈したり、金委員長が期待する通りに動かない人たちがいたりしても不思議ではありません。
シンガポールの会談でも金委員長はトランプ大統領に対し、国内調整が簡単でないことを示唆する発言を行っていたことが想起されます。われわれからすれば、推測を重ねるしかありませんが、金氏から多くの書簡をもらっているトランプ氏としては、我々の想像を超えることでも見えている可能性があります。
今回の首脳会談では、具体的には、「すべての核と核関連施設」を両国間交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことができるかが焦点となります。
このプロセスは検証チームに対して北朝鮮政府が「申告」することから始められます。「検証のための申告」です。その中には、核兵器が何発、どこに保存されているか、その廃棄をどのように実行されるかがまず示されなければなりません。北朝鮮がそのような申告を行う決意を固めたか、現段階では不明と言うほかありませんが、それができなければ「完全な非核化」はありえません。それが米国の認識だと思います。
過去、いったん核兵器を保有したが、後に「非核化」したケースが世界中に一つだけあります。南アフリカであり、その経験があるので、北朝鮮が本当に「非核化」を決意した場合、物事がどのように進むか、見当がつくのです。
一方、金委員長としては見返りが必要でしょう。米国が北朝鮮を正規の国家として承認することが最大の見返りです。以前、北朝鮮は「体制保証」を求めるとも言われましたが、それは不可能です。「体制保証」はもはや問題になりません。
安全保障面では、在韓米軍の撤退など一部の問題への注目が集まりつつありますが、シンガポールでの首脳会談では、「米朝双方が協力して朝鮮半島に恒久的な平和体制を樹立する」ことが決定されており、これが実現すれば北朝鮮の安全保障は基本的に確保されることになります。つまり、北朝鮮にとって安全保障上の最大の脅威は米国であり、恒久的平和体制の樹立により、米国に攻撃されるおそれがなくなるわけです。
北朝鮮が「制裁措置の緩和」を強く求めていることは確かです。しかし、米国は、「非核化」が実際に進展するまでそれは応じないことも確かです。前述したように、「検証を前提とする完全な非核化」が必要というのが米国の考えだからです。第2回目の米朝会談において「制裁措置の緩和」は金委員長から提起される可能性がありますが、トランプ大統領が応じることはないと思います。
一部には、「相応の措置」、つまり北朝鮮側の努力に相応して米国も制裁の緩和に踏み切るのではないかと見る向きもありますが、米国は「相応の措置」に合意したことはなく、北朝鮮側の一方的な期待に過ぎません。
「朝鮮戦争終結宣言」についても米国はこれまで一貫して拒否の姿勢をとってきました。韓国から繰り返し米国に妥協を勧めても。取り付く島さえなかったようです。
しかし、戦争終結宣言は法的効果のない政治的な行為であり、突き詰めて考えれば、米国としてもこの宣言を行うことに絶対的な困難はなく、トランプ大統領が会談を成功させるために何らかの妥協に応じる可能性は排除できません。
総じて、第1回目の会談は、両首脳が会うだけで大きな進展でしたが、今回はそういうわけにはいきません。それ相応の成果が求められるわけで、それだけにどのような結果になるかが注目されます。
(第2回首脳会談の評価TP)
2019年2月27、28の2日間、ベトナムの首都ハノイで行われたトランプ大統領と金正恩委員長の第2回首脳会談は、合意に至らないまま終了しました。会談の内容については、第1回首脳会談と同様、トランプ大統領だけが記者会見で説明しました。
それによると、今回の会談は「決裂」したのではなく、「温かく、友好的な雰囲気の中で」終了したそうです。今後、米朝間では実務者による交渉が継続されますが、次回の首脳会談の約束はできていません。
トランプ大統領の説明から、米国側と北朝鮮側の交渉に臨む姿勢が見えてきました。
第1に、米国の最終目標は、「すべての核と核関連施設」を交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことでした。
しかし、今回の会談ではそれは達成できませんでした。記者会見で、ポンペオ国務長官はトランプ大統領の発言を補足して、「われわれはもっと先へ行きたかったが、完全な申告まで行けなかった」と述べました。米国の最終目標がどこにあったかを率直に示す重要な告白でした。
この「申告」に盛り込まれるべきことは、核兵器が「何発」「どこに」保存されているか、その廃棄をどのように実行するかをはじめ、すべての核関連施設に関する情報です。要するに米国は、最終的には北朝鮮に対し、「核に関して丸裸になる」ことを求めているのです。
2つ目に、米国は、この最終目標に到達しない段階でも、北朝鮮が重要な核関連施設を隠さず情報提供するのであれば、制裁の緩和に応じる可能性があることです。
このことは寧辺(ニョンビョン)の核施設についての説明から見えてきました。トランプ大統領は会見で、北朝鮮は「寧辺の廃棄と検証」に応じる用意があったことを明らかにしつつ、「今回の会談で北朝鮮と合意することもできたが、そうするとよくない内容になるので合意しないことにした」と説明しました。
その理由について、トランプ大統領は、金委員長が「制裁の完全解除」を求めたことと、「寧辺以外に重要な核施設」が複数あるが、それらについては北朝鮮が隠していたこと、の2点を挙げました。隠していた核施設について米側はその事実を北朝鮮側に指摘しましたが、その際、トランプ大統領は非常に厳しい言葉を使ったそうです。
しかし、そういうことであれば、北朝鮮の出方次第で中間的合意をする可能性があることになります。事実、今回の会談で、米国は一定の妥協策を考えていたようで、合意文書の草案まで用意していたと説明しました。その具体的内容は説明しませんでしたが、「申告」に関する合意でないことは明らかであり、「重要な核関連施設はすべて廃棄する」という中間的合意であったと推測されます。
一方、北朝鮮側においても二つの点が見えました。
1つは、北朝鮮が制裁の解除を強く求めたのは当然ですが、金委員長が寧辺の核施設廃棄の見返りに「制裁の完全解除」を求めたのは言い過ぎであったと考え直したことです。会談終了後に、李容浩(リ・ヨンホ)外相に、北朝鮮は「制裁の一部解除」を求めたのだと異例の釈明をさせました。
2つ目は、一方で北朝鮮は「完全な非核化」にコミットしつつ、他方で「すべての核関連施設をさらけ出すことはできない」という矛盾した立場を取っているのですが、そのような矛盾にもかかわらず、米側の主張に応じないのは、「米朝間ではまだ信頼関係が構築されていない」という理由だからです。ようするに、「丸裸になると米国は攻撃してくる」という主張であり、一定の説得力があります。
今後、米朝両国は協議を継続する意思であり、非核化へ向けた交渉の枠組みは維持されますが、今後の展開によっては新たに緊張関係が生まれる可能性もあります。その協議において、米国は北朝鮮に「核兵器及び核関連施設の完全な申告」を求めつつ、一定の現実的な妥協が可能か模索していくでしょう。
一方、北朝鮮は「制裁の解除を、たとえ一部でも求めていく」でしょうが、今のままではそれは実現しないことを、今回の会談で思い知らされたでしょう。核関連施設を取引材料にしようとする姿勢を続けると、米国は北朝鮮のことを不誠実だと思い始める危険もあります。北朝鮮は「信頼関係の構築が先」とする交渉方針の練り直しを余儀なくされるのではないかと思います。
(ボルトン回顧録では、次のように説明されている。
「米側は、北朝鮮が完全な非核化を受け入れ、制裁を全面解除する「ビッグディール」、「スモールディール」、「席を立つ」の三つの選択肢を用意していた。
トランプ氏は当時、米議会で追及されていたロシア疑惑をめぐる元側近の公聴会からメディアの関心をそらすことに気を取られていた。会談に向かう車中でも、スモールディールと席を立つのはどちらが大きな注目を集めるかと、ボルトン氏らに尋ねてきたという。
正恩氏は会談で、北朝鮮北西部・寧辺の核施設を廃棄する代わりに主要な国連制裁を解除する案に固執。寧辺の「譲歩」が北朝鮮にとっていかに重大な決定なのかを繰り返し強調した。トランプ氏は、正恩氏の提案を受け入れたら政治的影響が大きく次の大統領選で再選できない可能性があると主張し、「席を立つ」ことを選んだ」。
「ビッグディール」は核の全面開示・非核化と制裁の完全解除をさすとみられる。「スモールディール」とは寧辺の核施設の廃棄と制裁の一部解除を指す。)
〇トランプ・金板門店会談TP
2019年6月30日、トランプ大統領は板門店で金正恩委員長と電撃的に会合し、小一時間話し合いました。またトランプ氏は、短時間ではありましたが、米国の現職大統領として初めて南北の軍事境界線を越えて北朝鮮側に足を踏み入れ注目を浴びました。
この面会は、トランプ大統領の個性的な働きかけにより実現したこと、先般のハノイにおける両首脳の会談以降、停滞していた北朝鮮の非核化交渉を再開させることに合意したこと、しかし同時に、来年の米大統領選挙を見据えてトランプ氏が米国内向けに行ったパフォーマンス的な側面があったことが注目されました。
説明の順序は少し変えますが、トランプ氏が金委員長に突然面会を呼びかけたことについては、G20大阪サミット後に韓国を訪問する機会を利用したこと、自らのイニシャチブであったこと、それに得意のツイッターで呼びかけたことなど、いかにもトランプ氏らしい行動でした。
金委員長が呼びかけに応じるかについて、会談後に同行の記者団から「何らかの合意があったのではないか」との質問も出ましたが、トランプ氏は「呼びかけは突然のことであり金委員長が応じない可能性もあった」と述べ、そうなったら自分は困った状況になっただろうとも発言しました。
私は、大阪での記者会見におけるトランプ大統領の発言を聞いて、多分会うことになるという感触を抱いているなと思いましたが、外交上の段取りとしても特殊な状況であり、最後まで確信を持てなかったとしても不思議でありません。トランプ氏のこの「不安」はうわべだけの説明ではなかったと思います。
前述の通り、トランプ氏は金委員長と会談する前後に、記者団に状況を説明し、若干の質問にも応じました。特に、オバマ大統領時代には北朝鮮による核とミサイルの実験が相次ぎ危険でひどい状況であったが、自らが大統領に就任した後、金氏はそれらを中止し、緊張は大幅に緩和されたことを複数回強調しました。トランプ氏は来年の大統領選挙を見据えて、あえてこのような発言を行ったのだと思います。
トランプ大統領は29日、金委員長に「2分間でも会おうと呼びかけた」と呼びかけていましたが、結局、50分余り会談しました。これだけの時間を使ったのであれば、かなり具体的なことを話せた可能性があります。
そして何より、トランプ大統領が会談内容について強調したのは、今年2月にハノイで行われた首脳会談が物別れになって以来、膠着状態にあった非核化交渉を再開することで金委員長と合意したことでした。両首脳は交渉チームを改めて立ち上げることになりました。米側はポンぺオ国務長官を中心に、ビーガン北朝鮮担当特別代表らが交渉を担当し、交渉チームがどのような結果を出せる、あるいは出せないかを模索するそうです。トランプ氏は交渉チームの立ち上げに関して、2~3週間見守るとも言いました。
交渉の内容については、トランプ氏は「正しい道に沿って、包括的に交渉する。急ぐ必要はない」と強調したのが印象的でした。ハノイでも明確になったことですが、北朝鮮は「段階的非核化」しかできないという立場であるのに対し、米国はあくまで「包括的非核化」が必要だと主張しています。今回の板門店会談で、この両者の違いについてどこまで突っ込んだ話し合いが行われたか、詳細は分かりません。ただ会談後のトランプ氏の記者団に対する説明からは、今回の会談で、トランプ氏はあくまで「包括的非核化」が必要との立場を維持しつつ、「その実行には時間がかかっても構わない」という形で金氏を説得した姿がうかがわれます。ハノイでは両者の主張がぶつかり合っただけでしたが、今回の会談では、トランプ氏は「包括的非核化」と「北朝鮮は時間をかけてよい」という2つのキーワードで説得し、これに対し、金委員長は同意こそしなかったとしても、そのような説得自体は受け入れた印象でした。そうであれば、今回の会談は非核化の実現のためにも一歩を進めたと評価できます。ともかく、これは推測の域を出ません。交渉チームの実務者による協議の進展に伴い、実情が明らかになってくることが期待されます。
北朝鮮は段階的な非核化の代わりに経済制裁の解除を求めています。これについてトランプ氏は、再開された交渉が進むことが先決であり、制裁の緩和は考えていないと強調しました。
また、金委員長を米国(ホワイトハウス)に招待したのかと問われ、「来てくださいといってある。それは次のステップだ」との趣旨の説明を述べました。
再開される非核化交渉が今後、本当に進むのか、また進むとしてもどのように進むのか、予断はできませんが、今回の会談が米朝両国関係にとって前向きなものであったことは明らかです。外交交渉においては、双方がよい感情になることも重要です。金委員長は、短い時間でもやろうと思えばかなりのことができること、今回の板門店会談は米朝関係が好転し得ることを世界に向けて示したと語りました。会談後の金氏の表情は穏やかであり、笑顔を何回も見せていました。
なお、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は最近、米朝交渉で出番がなくなり、孤立化を指摘する報道も日本で見られましたが、トランプ大統領はG20サミット後に韓国を訪問して文大統領の顔を立てました。文氏はG20サミットでも存在感が薄かっただけに、トランプ氏の韓国訪問を多としたものと思われます。
(以下はハノイ会談後の主要な経緯)
〇金委員長、4月の最高人民会議で「年末まで米国の勇断を待つ」と表明。
〇米朝実務者協議2019年10月5日 HP
さる6月末の板門店におけるトランプ大統領と金正恩委員長との会談で合意された米朝実務者協議がようやく、ストックホルムで開催された。
しかし、会談後の両者の説明は、北朝鮮側は「協議は決裂した」としたのに対し、米側は「良い議論をした」と、まったくかみ合わなかった。いつものことながら、会談内容について詳しいことは公表されていないが、今後のこともあり、双方の立場を推測してみたい。
北朝鮮側が、「米国は旧態依然とした立場を捨てず、手ぶらで出てきた」と批判したのは、北朝鮮が求めている制裁の部分的な解除あるいは緩和に米側は応じる用意が見せなかった、ということであろう。
さる2月末のハノイにおけるトランプ大統領と金委員長の第2回会談後、北朝鮮は「段階的非核化とそれに応じた制裁の解除を求める」という対米交渉の基本方針を再確認しており、今回の実務者協議でも金明吉(キム・ミョンギル)・首席代表が、その点に絞った協議をしたことは間違いないと思われる。
一方、米国務省の報道官が声明で述べた「米国は創造的なアイデアを持ち込み、北朝鮮側とよい議論をした」とは具体的にどういうことか。金代表が、帰路立ち寄った北京の空港で「事実と異なる」と語ったことも無視できないが、それにしても「米国は創造的なアイデアを持ち込んだ」という米側の説明は気になる。北朝鮮側は、これらのアイデアを持ち帰ったのではないか。もし、そうであれば、ボールは北朝鮮側にあることになる。
実務者協議が8時間30分に及んだことも内容のある協議であったことを示唆している。外交交渉が決裂する場合、そんなに長く議論しないのことが多いが、今回の協議はそうではなかったのである。
では、キム・ミョンギル代表はなぜ否定的な反応を示したのか。一つの解釈は、強い態度、妥協を許さない態度で米側との協議に臨むことが期待されていたからではなかったかと思われる。北朝鮮に限らないが、下位の者が融和的姿勢を取ることは危険である。北朝鮮では、「米国とよく議論をした」と外国に向けて表明することにも注意が必要であろう。
キム・ミョンギル氏はさる9月20日、在ベトナム大使から米朝実務者協議の首席代表に任命されたばかりであったことも影響していたかもしれない。
ともかく、今後どうなるかが注目される。米側が「2週間後にストックホルムで協議を続けるとの考えを示した」と説明したのに対し、北朝鮮側は「(6月の)板門店での会談からこれまで、何の案も準備してこなかったのに、どうして2週間で準備できるのか。不可能だ」と否定的な考えを示したが、「この先、協議を継続するかは米国次第だ」とも語ったという。ボールを米側に打ち返しつつも、一定の柔軟性が含んだ発言であったと思う。
〇第2回米朝首脳会談後の人事異動HP
金英哲は平昌オリンピックの閉会式に出席したほか、金委員長の外交活動に常に同行し、金委員長の特使としてトランプ大統領に2回会って首脳会談のおぜん立てをした実力者であり、また、非核化交渉においては北朝鮮側の責任者であった。当時の肩書は「朝鮮労働党副委員長兼統一戦線部長」。党の副委員長は以前の中央委員会書記であり、枢要なポストである。
しかし、ハノイ会談が決裂した責任を問われてその任を解かれたらしく、活動が伝えられなくなった。6月の初めには金委員長の芸術公演鑑賞に随伴したことが報道されたが、「統一戦線部長」ではなくなっていた。同人が持っていたもう一つの肩書であった「朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長」だけは変わらなかったが、同月30日の板門店会談には姿を見せず、降格になっていたことが明らかになった。板門店会談において金英哲に代わって金委員長に同行したのは、金成男(キム・ソンナム)労働党国際部第1副部長であった。
金委員長の妹である金与正「党中央委員会の第1副部長」も米朝首脳会談後動静は確認されなくなり、4月の金委員長のロシア訪問にも同行しなかった。5月末には韓国紙によって、出過ぎた行動を理由に謹慎処分が下ったとも報じられたことがあったが、間もなく北朝鮮の報道で活動が伝えられるようになった。謹慎処分があったか、確認は困難だが、かりにあったとしてもそれは一時的なことだったと思われる。6月30日の板門店での米朝首脳会談には金委員長に同行し、いつもの特別な人物ぶりが目撃された。
金英哲アジア太平洋平和委員会委員長は降格となった後、対米強硬発言を命じられたとみられる。11月には、米韓両政府が合同軍事演習の延期を決めたことに関して「米国に求めているのは演習の完全中止だ」とし、また、非核化交渉について「米国の敵視政策が完全かつ後戻りできないよう撤回されるまで」は応じる考えがないと強調する談話を行った。さらに12月には、トランプ大統領のツイッター発言を批判しつつ、金委員長はトランプ大統領に対し、いかなる刺激的な表現も使っていないなどと発言した。
金英哲の降格後、李容浩外相と崔善姫外務次官が米国との交渉(が行われれば)の窓口となると言われたこともあり、両人とも金委員長に随行して板門店会談に姿を見せた。しかし、李外相は昨年末開かれた労働党中央委員会総会で解任されたのではないかと言われている。総会には出席していたが、総会後の、金委員長を囲む記念集合写真には写っていなかったからである。
李洙墉(イ・スヨン)党副委員長兼国際部長も北朝鮮外交の主要人物のひとりであり、李外相より序列は上である。アントニオ猪木元参議院議員が訪朝した際にはいつも面会していたことでも知られている。昨年末の党中央委員会総会では李外相と同様、会議には出席していたが、解任されたとみられている。李国際部長の場合は、後任者がすでに金衡俊(キム・ヒョンジュン)元ロシア大使と確定しており、李洙墉の解任は決定的である。
李容浩外相の場合は後任者が確定しているわけではなく、一時的な措置ともいわれている。李容浩は駐英国大使を務めたことがあり、自己主張をするような人物でないとみられている。「平壌のメッセンジャー」にすぎないともいわれているが、北朝鮮から韓国に亡命した太永浩(テヨンホ)元駐英公使は著書で、李氏について「部下に声を荒らげたことがない。実力と品格を兼ね備えた人物」と紹介している。
要するに、ハノイの首脳会談に際し、金委員長は「段階的非核化」で米国と合意できると聞かされていたが、それが不可能だということをトランプ大統領との会談で悟り、対米戦略を立て直した。2019年末に労働党中央委員会の総会を開催したことも、金英哲や李容浩に交渉決裂の責任を取らせたのもその一環であったとみられる。
〇北朝鮮労働党中央委員会総会
2019年12月28日から、北朝鮮労働党の中央委員会総会が開催されており、31日も継続した。このように4日間も続く中央委員会総会は金正恩委員長になってからはもちろん、金正日時代にもなかったことであり、異例中の異例である。
最大の焦点は、米国が北朝鮮の主張に一向に歩み寄ろうとしないことに業を煮やして、5月以降ミサイルの発射実験を計13回行い、さらに12月初旬には衛星発射場で「重大な試験」を成功させてきた北朝鮮が、今後、さらなる強硬策に出て、核とICBMなどの長距離ミサイルの実験を再開する、あるいはその方向での決定を行うかである。これは大方の見方であろうが、違った角度から見ておくことも必要ではないか。
第1に、北朝鮮が対米強硬策を取るのに長い時間をかけて中央委員会を開催する必要性はあるか。強硬策を取るならば、金正恩委員長が命令一本で始められるのではないか。軍事的な行動であればあるほど、悠長に大会議を開くことなどしないのではないかという疑問がある。
第2に、今次会議で、金委員長は「国の主権と安全保障の完全な確保に向け、積極的かつ攻撃的な措置をとる」「世界は遠からず、新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と述べる一方で、「国家経済の主要産業部門の深刻な状況を早急に是正するための措置」を提示したのはなぜか。つまり、金委員長が軍事的強硬路線と経済発展重視路線を同時に示したのはどのような意図によるのかが問題となる。
また、北朝鮮経済について「深刻な状況」と述べたのは異例の発言である。もし、軍事強硬路線をこれから取ろうというのであれば、そのようなことは隠すのではないか。
金正恩委員長は「革命の最後の勝利のため、偉大なわが人民が豊かに暮らすため、党は再び困難で苦しい長久な闘いを決心した」とも述べている。「深刻な状況」と述べたのは、今後は「軍事より経済優先」という考えなのか、それとも、「軍事重視は今後も必要なので経済的には耐えるしかない」というメッセージなのか。前者であれば対米交渉において北朝鮮は譲歩してくる可能性があるが、後者であれば譲歩せず持久戦を戦うことになろう。
〇トランプ米大統領は2020年4月18日の記者会見で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長から「素晴らしい書簡を最近受け取った」と語った。書簡を受け取った時期も内容も触れなかったが、北朝鮮から激しい反応が返ってきた。北朝鮮外務省の対外報道室長は19日夜、談話を発表し、「最近、われわれの最高指導部は米大統領にいかなる手紙も送ったことはない」とトランプ氏の発言を否定した。また、「事実無根の内容をマスコミに流す米指導部の企図を分析する計画だ」と強調し、「朝米首脳間の関係は利己的な目的に利用してはならない」と警告した。
〇金与正の変身?
北朝鮮は2020年6月16日、開城(ケソン)に設置されている南北共同連絡事務所を爆破した。この事務所は韓国の文在寅政権が進める南北融和政策の象徴として2018年9月、韓国政府が建設費用の約180億ウォン(約17億円)を支払って開設したものであり、南北の当局者が常駐して日常的に意思疎通していた。
南北関係悪化の原因は、北朝鮮に対する制裁を解除するよう韓国が米国を説得できないことにある。北朝鮮は脱北者による北朝鮮への気球を使ったビラ散布も攻撃しているが、それは一部の問題である。新型コロナウイルス問題については「感染者ゼロ」というのが北朝鮮の公式見解だが、中国との貿易はそのあおりを受けて大幅に減少している。
関係悪化が目立ってきたのは去る3月からであり、北朝鮮側で韓国批判の先頭に立ったのは金正恩委員長の妹、金与正党第一副部長であり、同氏の言動には印象的なことが2点あった。1つは、突然、恐ろしい言辞を弄し始めたことと、2つ目は同氏が北朝鮮の軍隊の上に立って指示を下していることである。
同氏はこれまで北朝鮮の高官のイメージには似つかわしくない、人当たりの良い性格であることで知られていた。これは単なる一時の印象でなく、かなりの時間、また、複数回南北会談などの場で共に働いた韓国側の高官が観察したことであり、また、日本政府も日朝関係の打開のために同氏がキーパーソンだとみていたという。同氏はこれまで金正恩委員長の特別秘書的な役割を務めていた関係で外国のメディアで写真が報道されることも多かったが、まさにこのような印象の映像であった。
ところが、さる3月3日、金与正氏名義で初めて発表された談話では、韓国の大統領府を「不信と憎悪、軽蔑だけをいっそう増幅させる」「非論理的で低能な思考」「行動と態度が三歳の子ども」「怖気づいた犬ほど騒々しく吠える」などと罵倒し、6月4日には、ビラ散布を激しく攻撃するとともに、南北共同連絡事務所の閉鎖を含む措置をとると発表した。9日、北朝鮮は韓国の青瓦台と金正恩委員長の執務室である労働党本部3階書記室とのホットラインをはじめ、南北共同連絡事務所、軍の通信線などをすべて閉鎖すると発表。13日、金与正は「韓国当局と決別する時が来たようだ」と恐ろしい宣告を行い、15日、文在寅大統領が金正恩委員長へ行った特使派遣提案を拒否したうえ、16日、南北共同連絡事務所の爆破を実行。17日には、南北関係の悪化は、「韓国当局の執拗で慢性的な親米屈従主義が生んだ悲劇だ」と批判し、さらに、文在寅大統領が15日に「緊張をつくり出し、対決の時代に戻ってはいけない」などと求めたことにも言及して、「事態の責任まで我々に転嫁しようとするのは、実にずうずうしい不遜な行為」だとこき下ろしたのである。
これら一連の北朝鮮の行動に韓国側が強い衝撃を受けつつ、金与正氏に一体何事が起ったのかいぶかったのは当然である。
第2に、金与正氏は談話で「敵国への次の行動の行使権は、わが軍の総参謀部に委譲する」など、いかにも自分が軍を指揮していると言わんばかりのことを述べたことである。朝鮮人民軍はこれを受けて、開城(ケソン)工業団地と金剛山観光地区に部隊を展開すると発表し、韓国側の出方によって「今後の連続的な対敵行動措置の強度と決行時期を決める」とも表明した。
これらはきわめて不自然なことであり、金委員長は金与正氏に特別の任務を与えたのだと思われる。そうしたのは、金委員長には以前から健康に問題があり、歩行が自由でないこともあったが、最近、健康への不安が一層強まる出来事があったためではないか。
金委員長は去る4月、20日間動静が伝えられなくなったばかりでなく、祖父の故・金日成主席の生誕を記念する4月15日の「太陽節」に姿を現さなかった。これはよほどのことが起こらない限りあり得ないことである。このころ、中国から大規模な医療団が訪朝したことが明らかになっている。また、金委員長は1月末から2月にかけても22日間動静が伝えられなかった。これらのことから金委員長が重い病にかかった可能性が高い。
要するに、金委員長は、万が一の場合金与正氏に後を託するほかないと考え、手を打ち始めたのではないか。北朝鮮の指導者としては恐ろしいこともしなければならない。とくに、人民軍をコントロールするのは決定的な問題である。これらのことを考え、金与正氏に準備させようとしているのである。同委員長には10歳をはじめに3人の子がいるといわれているが、性別は確認されていない。いずれにしても若すぎる。金与正氏が金委員長の後継者になる可能性は高くないとみるべきだろうが、少なくとも金与正しか委員長の代行になれる人物はいないと金委員長は判断したのではないかと思われる。
注、金正恩委員長は2020年6月23日、党中央軍事委員会の予備会議を開き、朝鮮人民軍の総参謀部が示した韓国への軍事行動計画を「保留する」と決めた(朝鮮中央通信24日)。軍事行動の発表は金与正氏を目立たせるためだったのではないか。
金正恩委員長の外交方針立て直し
シンガポールでの初の米朝首脳会談から約2年間にわたり、節目ごとに記した文章をまとめつつ、2020年6月23日、発売されたボルトン回顧録の関係部分を追加した。トランプ大統領の対北朝鮮姿勢と金正恩委員長の戦略転換をみるのに参考になればとの願いからである。TPを付したものはYahooの「ザページ」への寄稿文であり、HPは平和外交研究所のホームページにアップした文章である。
〇史上初の米朝首脳会談(TP)
ドナルド・トランプ米大統領と金正恩北朝鮮労働党委員長との会談は、最終段階まで世界中の人をハラハラさせましたが、予定通り2018年6月12日、シンガポールで開催されました。
今次会談の最大の注目点は、北朝鮮の「完全な非核化」でした。両首脳の共同声明はその具体的な内容に踏み込みませんでしたが、会談は失敗であったとみるべきではありません。米朝両国の首脳が初めて会談し、今後米朝間で新しい関係を築いていくことと、朝鮮半島で永続的、かつ安定した平和の体制を構築していくために米朝両国が協力していくことなど重要なことが合意されたからです。
この合意により、1950年以来の南北朝鮮およびそれぞれの背後にある自由主義諸国と共産主義勢力の激しい対立は解消され、冷戦は終わることになります。そして永続的な平和を実現する道が開かれました。今後両国は非核化という最終目標に向かってこの道を歩んでいくことになります。
さらに、トランプ・金会談へ至る過程で朝鮮半島をめぐる緊張が緩和されたことも見逃せません。昨年までの異常な危険状態はすでに去っていますが、今後、米朝両国がこの道を進むにつれ、さらなる緊張緩和につながることが期待されます。
最大の懸案である「完全な非核化」の具体的詰めは今後の協議にゆだねられましたが、これはやむを得ないことでした。金委員長の非核化に関する意思が動揺したとは思いません。非核化は複雑なプロセスであり、多くの問題を一つ一つ解決しなければならず、それには時間がかかるからです。主要な問題としては、核兵器廃棄の期限を明確にすることと効果的な検証の仕組みを作ることがあげられます。
核兵器廃棄の期限を明確にするのは、廃棄にはどうしても一定の時間が必要だからです。しかし、期限は遠くなればなるほど合意内容がぼやけてくるので、できるだけ近い時点に期限を設定しなければなりません。具体的にいつを期限とするかは今後の交渉次第です。期限を設定しない合意などは論外でしょう。
期限を設定しないと、1994年の枠組み合意や2005年の6者協議共同声明のように失敗に終わる危険があります。
また、北朝鮮は段階的な廃棄を主張するかもしれませんが、設定した期限を守ることが重要であり、その範囲内であればどのように処理するかは北朝鮮の問題かもしれません。
もう一つの効果的な検証システムを構築するのはきわめて技術的、専門的なことなので、ある意味もっと難しいですが、重要なのは、「いつでも、どこでも」査察ができるようにすることです。「軍事施設」を理由に査察を拒否することや、隠ぺいの危険があるからです。
さらに、北朝鮮の核不拡散条約(NPT)への復帰も必要です。これが実現すると、北朝鮮は査察を受けることが法的な義務となります。
一方、米国が北朝鮮に与えるのは「国家承認」です。朝鮮戦争の休戦協定を「平和条約」に転換することとか、「不可侵協定」、「攻撃しないとの保証」などで表現されることもあります。
一部には、「体制保証」という表現を使う傾向がみられますが、「保証」は与える側が責任を持つことであり、「北朝鮮の体制」については、金一家体制であれ、共産主義体制であれ、あるいはその他の体制であれ、米国が「保証」することはあり得ません。
米国はこの問題について「体制保証」に相当する言葉を使っていません。1994年の枠組み合意や2005年9月の6者協議共同声明が用いたのは、「米国が北朝鮮を攻撃しない」ということでした。今回の合意ではsecurity guaranteeであり、これは「安全の保証」と訳すべきでしょう。なお、トランプ大統領は「安全protection」と表現したこともあります。
トランプ・金会談では、朝鮮戦争の終結宣言を行うとの観測が流れましたが、これはありませんでした。これだけをとくに取り出すべきでなく、平和条約締結の中で処理されるべきだと考えられたのだと思われます。
中国については、金委員長が米朝会談の前に2回訪中し、習近平主席と会談しました。中国の影響力の大きさをあらためて示す一事でした。
中国は、そもそも朝鮮戦争の時から朝鮮半島の安全に深くかかわっており、米国との交渉経験は豊富です。初めて米国の大統領と会談する金委員長に様々なアドバイスを与えたものと推測されます。ただ、今回の会談では第三者としての立場であり、金委員長一行のシンガポールへの渡航のため中国の航空機を提供しましたが、基本的には側面から協力する姿勢でした。
平和条約が締結されることになれば、中国は南北朝鮮及び米国と並んで当事国となります。先の南北首脳会談の板門店宣言では、「南北米3者、または南北米中4者」と記されるなど、中国が不可欠ではないという意味にも解される言及がありましたが、中国は当事国であり、不可欠です。
日本の拉致問題については、トランプ大統領は今次会談で金委員長に提起しましたが、結論は得られなかったようです。これも今後の協議の中でさらに話し合われることになりました。
(ボルトン回顧録は拉致問題について、米朝首脳会談の「共同声明発表の当日未明まで北朝鮮と交渉を続け、日本人拉致問題について盛り込むよう求めたものの、北朝鮮側が受け入れず、反映されなかった」と明らかにした。しかし、トランプ大統領が直接金正恩委員長にこの問題を提起したか、金委員長は何と応じたか、などについての説明はない。この言及は、トランプ氏は拉致問題をポンペオ長官以下に任せたことを示唆している。)
米朝首脳会談に先立つ7日、安倍首相はトランプ大統領との会談後の記者会見で「拉致問題を早期に解決するため、私は北朝鮮と直接向き合い、話し合いたい。あらゆる手段を尽くしていく決意だ」と発言しました。いままで「圧力」一辺倒であったが、今般このような姿勢を打ち出したことは評価できます。
今後、日本政府は安倍首相の発言通り、北朝鮮と話し合い、あらゆる手段を講じて解決を図るべきです。北朝鮮は、拉致問題は解決済みと主張しており、ストックホルムで合意された特別調査はすでに完了したとの立場です。一方、日本政府は、調査が続けられるものとの認識です。この矛盾を解消することがまず必要です。
〇米朝非核化交渉ポンペオ長官の訪朝(TP)
アメリカのポンペオ国務長官は2018年10月7日、北朝鮮の平壌で北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長と会談しました。2回目の米朝首脳会談のほか、「非核化」に向けた議論もしたといいます。ただ「非核化」をめぐる米朝交渉は実際のところ進展しているのか、どうも状況がわからないと感じている人が多いようです。
ポンペオ長官の訪朝についてもわけのわからないことが起きました。8月23日にポンペオ長官が北朝鮮訪問を発表しましたが、翌日にはトランプ大統領がそれを中止させるとツイートしたのです。一国の外相が発表したことを、翌日、大統領や首相が中止させることなど異例中の異例であり、他の国ではありえないことでした。
米朝交渉がわかりにくいのはいくつか原因があります。
第1に、米朝両首脳のトップダウンで進められていることです。トランプ大統領は就任以来何回も、非公式に、金委員長と会談しようと示唆してきました。一方、金委員長は「非核化」の新戦略を大胆に打ち出しました。両方とも官僚が準備したのでなく首脳自身の判断と決定によるものでした。
その後も、トップダウンの傾向は続きました。ますますひどくなった面もありました。ポンペオ長官の訪朝を中止させたこともその例です。さらに、両首脳は何回も書簡を交換していますが、このことも交渉がトップダウンで行われていることを示唆しています。
トップダウンに加え、トランプ大統領の行動はきわめて個性的でした。金委員長の行動を非常に高く評価し、9月29日には、「我々(トランプ氏と正恩氏)は恋に落ちた」とまで述べました。ポンペオ長官の訪朝をいったん止めて金委員長に心配させ、前向きの書簡を受け取ると一転して絶賛したのです。このような態度もトランプ氏独特のものでした。
また、トランプ氏がそのように芝居じみた振る舞いをしても対応できたのは絶対的な権力を持つ金正恩委員長だったからでしょう。
第2に、トランプ氏の周囲は、閣僚や補佐官など、トランプ氏と考えが違うところがあるのですが、自分たちの考えで発言し、それが報道されるので、トランプ政権全体の方針や考えがわかりにくくなっています。米国の以前の政権では、そのようなことがかりにあったとしても偶発的でしたが、今のトランプ政権においては常時そのような問題があるようです。つまり、トランプ大統領と周辺の発言は明確に区別して聞く必要があり、後者の発言は必ずしもトランプ氏の考えでありません。
第3に、北朝鮮においても、労働新聞や朝鮮中央通信など公式のメディアは必ずしも金委員長の考えを代弁していません。以前は公式の発表はすべて北朝鮮の指導者の考えとみなすことができましたが、最近は違ってきているのです。
例えば、またポンペオ長官の件ですが、同長官の3回目の訪朝の際(7月6~7日)、北のメディアは、米側の要求は過大だとし、「一方的でギャングのような非核化要求だった」と批判しました。しかし、金委員長はその時ポンペオ長官にトランプ大統領あての親書を託しました。トランプ氏はその内容を高く評価したのでよい内容だったのでしょう。ポンペオ長官の要求を「強盗のようだ」と批判することと、この書簡は明らかに矛盾していました。
つまり、北朝鮮の側においても、金委員長自身の行動や発言か、それとも周囲から出る声かを明確に区別しなければならない状況になっているのです。
第4に、米朝両政府の考えには明らかに食い違いが生じています。具体的には、北朝鮮は行動対行動の原則を重視しているのに対し、米側にはそのような考えがないことです。
たとえば、文在寅大統領が北朝鮮を訪問して金正恩委員長と9月19日に発表した「平壌共同宣言」には、「北側は米国が6・12米朝共同声明の精神に従い相応の措置をとれば寧辺核施設の永久的廃棄のような追加措置をとる用意がある」との文言がありますが、同共同声明には「相互の信頼醸成が非核化を促進しうる」との記載はあっても、直接的に行動対行動の原則を述べている文言はありませんでした。
以上の諸要因が重なり合った結果、米朝交渉の本丸はどこか、わかりにくくなっています。例えば、シンガポールでの首脳会談からしばらくは、CVID、すなわち、「完全で、検証可能な、不可逆的な廃棄」に北朝鮮が応じないことが問題だと言われました。首脳会談後の共同声明にもCVIDが入っていないことが問題視されました。しかし、米朝交渉は、実際にはそんな言葉の問題よりはるか先に行っていました。
米側が重視したのは「非核化のリストと工程表」だという報道がその後続きました。この表現は完全な間違いではありませんが、交渉の肝には触れていませんでした。
米国が最も重視し、したがってまた、「強盗」と言われても北朝鮮に要求したのは、「全核施設の申告」であるという表現が最近出てくるようになりました。「すべての」と明記した点は評価できますが、これでも問題があります。なぜならば、この表現では肝心の核兵器が含まれないからです。
核兵器が何発、どこにあり、いつ、どのように廃棄するかは「非核化」の最大の課題であり、交渉の本丸はここにあるのです。検証にこれをすべてさらけ出すことは「非核化」の一丁目一番地です。つまり「すべての核兵器、核物質および核関連施設」を開示することが交渉の核心なのです。
寧辺核施設もミサイルの発射実験場は数百(千)に上る核関連施設の一部です。米側としては、そのような一部のことについて譲歩すべきでないし、そもそも交渉したくないと考えているのでしょう。
また、朝鮮戦争の「終結宣言」も米国は周辺的問題とみなしているでしょう。正式に「平和条約」で解決するのが筋だからであり、まず、「終戦宣言」ついで「平和条約」と2段構えにするのはまだるっこいばかりか、正式の「平和条約」を結ぶのがかえって遅くなると主張すると思います。なお、米側には、北朝鮮は早期に制裁を解除してほしいのでその宣言を利用しようとしているという見方もあります。
北朝鮮の「非核化」については以上のようなかく乱要因を乗り越えて前進することが必要です。トランプ大統領と金正恩委員長はそのために会うのだと思います。
「非核化」は簡単でありません。本当に実現できるか、60%くらいの可能性かもしれませんが、第2回目の米朝首脳会談で、70%にも、あるいはさらに高いところまで押し上げられることを願っています。
〇第2回米朝首脳会談
(同会談の展望TP)第2回目の米朝首脳会談が2019年2月27・28、ベトナムの首都ハノイで開催されます。
昨年6月、シンガポールでの米朝首脳会談で合意された実務者協議は半年以上進展しませんでした。その間、北朝鮮は相変わらずウランの濃縮を続けているとか、北朝鮮の非核化への意思を疑わせる出来事が伝えられました。また、米国のコーツ国家情報長官は、北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は低いとの見方を示しました。
そんな中で開かれる会談ですが、最大の注目点はやはり北朝鮮の「非核化」です。
シンガポールでの首脳会談では、「非核化」の具体的態様が示されなかったとも言われましたが、「非核化」は高度に技術的、専門的な問題を含んでおり、トランプ大統領と金委員長が初めて会っただけではその具体的な内容について決定できなかったのはやむをえなかったと思います。
しかし、今回は同じことを繰り返すわけにはいきません。具体的な結果が問われます。首脳会談の開催はトランプ大統領にとって大きなリスクがあったと思います。
トランプ氏は北朝鮮との外交ですでに成果を上げたといえます。北朝鮮が核とミサイルの実験を止めたこと、北朝鮮に捕らえられていた米国人を帰国させたこと、朝鮮戦争以来北朝鮮に残されていた米国人兵士の遺骨の返還を実現したことなど何度も誇らしげに語っています。トランプ大統領が金委員長と再会しても「非核化」が進まなければ、これまでの実績が色あせ、傷つくかもしれません。
にもかかわらず、金委員長と会談することとしたトランプ氏にはかなりの見通しと自信があるように見受けられます。
トランプ氏の考えは他人には分かりにくいとよく言われます。独特の交渉スタイルがあるからです。以前から、トランプ氏は「前に壁があるのに突っ込んでいくようなところがある」とも言われてきました。
しかし、目標に向かって猛進するだけでなく、トランプ大統領は金委員長との間で、他には見られない特別の関係を築いているようです。一種の信頼関係ができていると言っても過言でないでしょう。
金委員長はトランプ大統領に対し、「非核化」についての考えが変わっていないことを私的な書簡の形で何回も伝えています。書簡の具体的な内容は一部しか公表されておらず、あとは推測するほかありませんが、トランプ大統領が金委員長の姿勢をつねに積極的に評価してきたことは公然たる事実です。さる新年に際しても金委員長は書簡を送り、トランプ大統領は「素晴らしい手紙だった」と評価しました。トランプ節ではありますが、喜ばしい内容であったことは間違いないでしょう。
また、トランプ大統領は、金委員長が喜びそうな内容のメッセージを発しています。2月3日の米CBS のインタビューで、「私は、金委員長が好きだ。同氏とはウマがあう。同氏と大変な通信(tremendous correspondence)を行っており、それを見た人たちが信じられないほどの内容である」と熱く語っているのです。
このインタビューでトランプ氏は”He(Kim) is also tired of going through what he’s going through.”とも述べています。口語的な言い回しで正確に訳すことは困難ですが、あえてニュアンスに忠実に意訳すれば、「金委員長は必要でないこともあれこれしなければならず、うんざりしている」という感じではないかと思います。「金委員長が『非核化』を進めるために努力していることは分かっている」とトランプ氏は言っているようです。
北朝鮮の独裁的体制からして、金氏の決定にはだれも異を唱えられず、金氏がうんざりすることなどありえない、うんざりするならやめさせればよいというのが常識的な見方でしょう。
しかし、「非核化」は北朝鮮の命運を左右する大問題であり、側近のなかにも、直接的に反対することはないにしても、さまざまな形で疑問を呈したり、金委員長が期待する通りに動かない人たちがいたりしても不思議ではありません。
シンガポールの会談でも金委員長はトランプ大統領に対し、国内調整が簡単でないことを示唆する発言を行っていたことが想起されます。われわれからすれば、推測を重ねるしかありませんが、金氏から多くの書簡をもらっているトランプ氏としては、我々の想像を超えることでも見えている可能性があります。
今回の首脳会談では、具体的には、「すべての核と核関連施設」を両国間交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことができるかが焦点となります。
このプロセスは検証チームに対して北朝鮮政府が「申告」することから始められます。「検証のための申告」です。その中には、核兵器が何発、どこに保存されているか、その廃棄をどのように実行されるかがまず示されなければなりません。北朝鮮がそのような申告を行う決意を固めたか、現段階では不明と言うほかありませんが、それができなければ「完全な非核化」はありえません。それが米国の認識だと思います。
過去、いったん核兵器を保有したが、後に「非核化」したケースが世界中に一つだけあります。南アフリカであり、その経験があるので、北朝鮮が本当に「非核化」を決意した場合、物事がどのように進むか、見当がつくのです。
一方、金委員長としては見返りが必要でしょう。米国が北朝鮮を正規の国家として承認することが最大の見返りです。以前、北朝鮮は「体制保証」を求めるとも言われましたが、それは不可能です。「体制保証」はもはや問題になりません。
安全保障面では、在韓米軍の撤退など一部の問題への注目が集まりつつありますが、シンガポールでの首脳会談では、「米朝双方が協力して朝鮮半島に恒久的な平和体制を樹立する」ことが決定されており、これが実現すれば北朝鮮の安全保障は基本的に確保されることになります。つまり、北朝鮮にとって安全保障上の最大の脅威は米国であり、恒久的平和体制の樹立により、米国に攻撃されるおそれがなくなるわけです。
北朝鮮が「制裁措置の緩和」を強く求めていることは確かです。しかし、米国は、「非核化」が実際に進展するまでそれは応じないことも確かです。前述したように、「検証を前提とする完全な非核化」が必要というのが米国の考えだからです。第2回目の米朝会談において「制裁措置の緩和」は金委員長から提起される可能性がありますが、トランプ大統領が応じることはないと思います。
一部には、「相応の措置」、つまり北朝鮮側の努力に相応して米国も制裁の緩和に踏み切るのではないかと見る向きもありますが、米国は「相応の措置」に合意したことはなく、北朝鮮側の一方的な期待に過ぎません。
「朝鮮戦争終結宣言」についても米国はこれまで一貫して拒否の姿勢をとってきました。韓国から繰り返し米国に妥協を勧めても。取り付く島さえなかったようです。
しかし、戦争終結宣言は法的効果のない政治的な行為であり、突き詰めて考えれば、米国としてもこの宣言を行うことに絶対的な困難はなく、トランプ大統領が会談を成功させるために何らかの妥協に応じる可能性は排除できません。
総じて、第1回目の会談は、両首脳が会うだけで大きな進展でしたが、今回はそういうわけにはいきません。それ相応の成果が求められるわけで、それだけにどのような結果になるかが注目されます。
(第2回首脳会談の評価TP)
2019年2月27、28の2日間、ベトナムの首都ハノイで行われたトランプ大統領と金正恩委員長の第2回首脳会談は、合意に至らないまま終了しました。会談の内容については、第1回首脳会談と同様、トランプ大統領だけが記者会見で説明しました。
それによると、今回の会談は「決裂」したのではなく、「温かく、友好的な雰囲気の中で」終了したそうです。今後、米朝間では実務者による交渉が継続されますが、次回の首脳会談の約束はできていません。
トランプ大統領の説明から、米国側と北朝鮮側の交渉に臨む姿勢が見えてきました。
第1に、米国の最終目標は、「すべての核と核関連施設」を交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことでした。
しかし、今回の会談ではそれは達成できませんでした。記者会見で、ポンペオ国務長官はトランプ大統領の発言を補足して、「われわれはもっと先へ行きたかったが、完全な申告まで行けなかった」と述べました。米国の最終目標がどこにあったかを率直に示す重要な告白でした。
この「申告」に盛り込まれるべきことは、核兵器が「何発」「どこに」保存されているか、その廃棄をどのように実行するかをはじめ、すべての核関連施設に関する情報です。要するに米国は、最終的には北朝鮮に対し、「核に関して丸裸になる」ことを求めているのです。
2つ目に、米国は、この最終目標に到達しない段階でも、北朝鮮が重要な核関連施設を隠さず情報提供するのであれば、制裁の緩和に応じる可能性があることです。
このことは寧辺(ニョンビョン)の核施設についての説明から見えてきました。トランプ大統領は会見で、北朝鮮は「寧辺の廃棄と検証」に応じる用意があったことを明らかにしつつ、「今回の会談で北朝鮮と合意することもできたが、そうするとよくない内容になるので合意しないことにした」と説明しました。
その理由について、トランプ大統領は、金委員長が「制裁の完全解除」を求めたことと、「寧辺以外に重要な核施設」が複数あるが、それらについては北朝鮮が隠していたこと、の2点を挙げました。隠していた核施設について米側はその事実を北朝鮮側に指摘しましたが、その際、トランプ大統領は非常に厳しい言葉を使ったそうです。
しかし、そういうことであれば、北朝鮮の出方次第で中間的合意をする可能性があることになります。事実、今回の会談で、米国は一定の妥協策を考えていたようで、合意文書の草案まで用意していたと説明しました。その具体的内容は説明しませんでしたが、「申告」に関する合意でないことは明らかであり、「重要な核関連施設はすべて廃棄する」という中間的合意であったと推測されます。
一方、北朝鮮側においても二つの点が見えました。
1つは、北朝鮮が制裁の解除を強く求めたのは当然ですが、金委員長が寧辺の核施設廃棄の見返りに「制裁の完全解除」を求めたのは言い過ぎであったと考え直したことです。会談終了後に、李容浩(リ・ヨンホ)外相に、北朝鮮は「制裁の一部解除」を求めたのだと異例の釈明をさせました。
2つ目は、一方で北朝鮮は「完全な非核化」にコミットしつつ、他方で「すべての核関連施設をさらけ出すことはできない」という矛盾した立場を取っているのですが、そのような矛盾にもかかわらず、米側の主張に応じないのは、「米朝間ではまだ信頼関係が構築されていない」という理由だからです。ようするに、「丸裸になると米国は攻撃してくる」という主張であり、一定の説得力があります。
今後、米朝両国は協議を継続する意思であり、非核化へ向けた交渉の枠組みは維持されますが、今後の展開によっては新たに緊張関係が生まれる可能性もあります。その協議において、米国は北朝鮮に「核兵器及び核関連施設の完全な申告」を求めつつ、一定の現実的な妥協が可能か模索していくでしょう。
一方、北朝鮮は「制裁の解除を、たとえ一部でも求めていく」でしょうが、今のままではそれは実現しないことを、今回の会談で思い知らされたでしょう。核関連施設を取引材料にしようとする姿勢を続けると、米国は北朝鮮のことを不誠実だと思い始める危険もあります。北朝鮮は「信頼関係の構築が先」とする交渉方針の練り直しを余儀なくされるのではないかと思います。
(ボルトン回顧録では、次のように説明されている。
「米側は、北朝鮮が完全な非核化を受け入れ、制裁を全面解除する「ビッグディール」、「スモールディール」、「席を立つ」の三つの選択肢を用意していた。
トランプ氏は当時、米議会で追及されていたロシア疑惑をめぐる元側近の公聴会からメディアの関心をそらすことに気を取られていた。会談に向かう車中でも、スモールディールと席を立つのはどちらが大きな注目を集めるかと、ボルトン氏らに尋ねてきたという。
正恩氏は会談で、北朝鮮北西部・寧辺の核施設を廃棄する代わりに主要な国連制裁を解除する案に固執。寧辺の「譲歩」が北朝鮮にとっていかに重大な決定なのかを繰り返し強調した。トランプ氏は、正恩氏の提案を受け入れたら政治的影響が大きく次の大統領選で再選できない可能性があると主張し、「席を立つ」ことを選んだ」。
「ビッグディール」は核の全面開示・非核化と制裁の完全解除をさすとみられる。「スモールディール」とは寧辺の核施設の廃棄と制裁の一部解除を指す。)
〇トランプ・金板門店会談TP
2019年6月30日、トランプ大統領は板門店で金正恩委員長と電撃的に会合し、小一時間話し合いました。またトランプ氏は、短時間ではありましたが、米国の現職大統領として初めて南北の軍事境界線を越えて北朝鮮側に足を踏み入れ注目を浴びました。
この面会は、トランプ大統領の個性的な働きかけにより実現したこと、先般のハノイにおける両首脳の会談以降、停滞していた北朝鮮の非核化交渉を再開させることに合意したこと、しかし同時に、来年の米大統領選挙を見据えてトランプ氏が米国内向けに行ったパフォーマンス的な側面があったことが注目されました。
説明の順序は少し変えますが、トランプ氏が金委員長に突然面会を呼びかけたことについては、G20大阪サミット後に韓国を訪問する機会を利用したこと、自らのイニシャチブであったこと、それに得意のツイッターで呼びかけたことなど、いかにもトランプ氏らしい行動でした。
金委員長が呼びかけに応じるかについて、会談後に同行の記者団から「何らかの合意があったのではないか」との質問も出ましたが、トランプ氏は「呼びかけは突然のことであり金委員長が応じない可能性もあった」と述べ、そうなったら自分は困った状況になっただろうとも発言しました。
私は、大阪での記者会見におけるトランプ大統領の発言を聞いて、多分会うことになるという感触を抱いているなと思いましたが、外交上の段取りとしても特殊な状況であり、最後まで確信を持てなかったとしても不思議でありません。トランプ氏のこの「不安」はうわべだけの説明ではなかったと思います。
前述の通り、トランプ氏は金委員長と会談する前後に、記者団に状況を説明し、若干の質問にも応じました。特に、オバマ大統領時代には北朝鮮による核とミサイルの実験が相次ぎ危険でひどい状況であったが、自らが大統領に就任した後、金氏はそれらを中止し、緊張は大幅に緩和されたことを複数回強調しました。トランプ氏は来年の大統領選挙を見据えて、あえてこのような発言を行ったのだと思います。
トランプ大統領は29日、金委員長に「2分間でも会おうと呼びかけた」と呼びかけていましたが、結局、50分余り会談しました。これだけの時間を使ったのであれば、かなり具体的なことを話せた可能性があります。
そして何より、トランプ大統領が会談内容について強調したのは、今年2月にハノイで行われた首脳会談が物別れになって以来、膠着状態にあった非核化交渉を再開することで金委員長と合意したことでした。両首脳は交渉チームを改めて立ち上げることになりました。米側はポンぺオ国務長官を中心に、ビーガン北朝鮮担当特別代表らが交渉を担当し、交渉チームがどのような結果を出せる、あるいは出せないかを模索するそうです。トランプ氏は交渉チームの立ち上げに関して、2~3週間見守るとも言いました。
交渉の内容については、トランプ氏は「正しい道に沿って、包括的に交渉する。急ぐ必要はない」と強調したのが印象的でした。ハノイでも明確になったことですが、北朝鮮は「段階的非核化」しかできないという立場であるのに対し、米国はあくまで「包括的非核化」が必要だと主張しています。今回の板門店会談で、この両者の違いについてどこまで突っ込んだ話し合いが行われたか、詳細は分かりません。ただ会談後のトランプ氏の記者団に対する説明からは、今回の会談で、トランプ氏はあくまで「包括的非核化」が必要との立場を維持しつつ、「その実行には時間がかかっても構わない」という形で金氏を説得した姿がうかがわれます。ハノイでは両者の主張がぶつかり合っただけでしたが、今回の会談では、トランプ氏は「包括的非核化」と「北朝鮮は時間をかけてよい」という2つのキーワードで説得し、これに対し、金委員長は同意こそしなかったとしても、そのような説得自体は受け入れた印象でした。そうであれば、今回の会談は非核化の実現のためにも一歩を進めたと評価できます。ともかく、これは推測の域を出ません。交渉チームの実務者による協議の進展に伴い、実情が明らかになってくることが期待されます。
北朝鮮は段階的な非核化の代わりに経済制裁の解除を求めています。これについてトランプ氏は、再開された交渉が進むことが先決であり、制裁の緩和は考えていないと強調しました。
また、金委員長を米国(ホワイトハウス)に招待したのかと問われ、「来てくださいといってある。それは次のステップだ」との趣旨の説明を述べました。
再開される非核化交渉が今後、本当に進むのか、また進むとしてもどのように進むのか、予断はできませんが、今回の会談が米朝両国関係にとって前向きなものであったことは明らかです。外交交渉においては、双方がよい感情になることも重要です。金委員長は、短い時間でもやろうと思えばかなりのことができること、今回の板門店会談は米朝関係が好転し得ることを世界に向けて示したと語りました。会談後の金氏の表情は穏やかであり、笑顔を何回も見せていました。
なお、韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は最近、米朝交渉で出番がなくなり、孤立化を指摘する報道も日本で見られましたが、トランプ大統領はG20サミット後に韓国を訪問して文大統領の顔を立てました。文氏はG20サミットでも存在感が薄かっただけに、トランプ氏の韓国訪問を多としたものと思われます。
(以下はハノイ会談後の主要な経緯)
〇金委員長、4月の最高人民会議で「年末まで米国の勇断を待つ」と表明。
〇米朝実務者協議2019年10月5日 HP
さる6月末の板門店におけるトランプ大統領と金正恩委員長との会談で合意された米朝実務者協議がようやく、ストックホルムで開催された。
しかし、会談後の両者の説明は、北朝鮮側は「協議は決裂した」としたのに対し、米側は「良い議論をした」と、まったくかみ合わなかった。いつものことながら、会談内容について詳しいことは公表されていないが、今後のこともあり、双方の立場を推測してみたい。
北朝鮮側が、「米国は旧態依然とした立場を捨てず、手ぶらで出てきた」と批判したのは、北朝鮮が求めている制裁の部分的な解除あるいは緩和に米側は応じる用意が見せなかった、ということであろう。
さる2月末のハノイにおけるトランプ大統領と金委員長の第2回会談後、北朝鮮は「段階的非核化とそれに応じた制裁の解除を求める」という対米交渉の基本方針を再確認しており、今回の実務者協議でも金明吉(キム・ミョンギル)・首席代表が、その点に絞った協議をしたことは間違いないと思われる。
一方、米国務省の報道官が声明で述べた「米国は創造的なアイデアを持ち込み、北朝鮮側とよい議論をした」とは具体的にどういうことか。金代表が、帰路立ち寄った北京の空港で「事実と異なる」と語ったことも無視できないが、それにしても「米国は創造的なアイデアを持ち込んだ」という米側の説明は気になる。北朝鮮側は、これらのアイデアを持ち帰ったのではないか。もし、そうであれば、ボールは北朝鮮側にあることになる。
実務者協議が8時間30分に及んだことも内容のある協議であったことを示唆している。外交交渉が決裂する場合、そんなに長く議論しないのことが多いが、今回の協議はそうではなかったのである。
では、キム・ミョンギル代表はなぜ否定的な反応を示したのか。一つの解釈は、強い態度、妥協を許さない態度で米側との協議に臨むことが期待されていたからではなかったかと思われる。北朝鮮に限らないが、下位の者が融和的姿勢を取ることは危険である。北朝鮮では、「米国とよく議論をした」と外国に向けて表明することにも注意が必要であろう。
キム・ミョンギル氏はさる9月20日、在ベトナム大使から米朝実務者協議の首席代表に任命されたばかりであったことも影響していたかもしれない。
ともかく、今後どうなるかが注目される。米側が「2週間後にストックホルムで協議を続けるとの考えを示した」と説明したのに対し、北朝鮮側は「(6月の)板門店での会談からこれまで、何の案も準備してこなかったのに、どうして2週間で準備できるのか。不可能だ」と否定的な考えを示したが、「この先、協議を継続するかは米国次第だ」とも語ったという。ボールを米側に打ち返しつつも、一定の柔軟性が含んだ発言であったと思う。
〇第2回米朝首脳会談後の人事異動HP
金英哲は平昌オリンピックの閉会式に出席したほか、金委員長の外交活動に常に同行し、金委員長の特使としてトランプ大統領に2回会って首脳会談のおぜん立てをした実力者であり、また、非核化交渉においては北朝鮮側の責任者であった。当時の肩書は「朝鮮労働党副委員長兼統一戦線部長」。党の副委員長は以前の中央委員会書記であり、枢要なポストである。
しかし、ハノイ会談が決裂した責任を問われてその任を解かれたらしく、活動が伝えられなくなった。6月の初めには金委員長の芸術公演鑑賞に随伴したことが報道されたが、「統一戦線部長」ではなくなっていた。同人が持っていたもう一つの肩書であった「朝鮮アジア太平洋平和委員会委員長」だけは変わらなかったが、同月30日の板門店会談には姿を見せず、降格になっていたことが明らかになった。板門店会談において金英哲に代わって金委員長に同行したのは、金成男(キム・ソンナム)労働党国際部第1副部長であった。
金委員長の妹である金与正「党中央委員会の第1副部長」も米朝首脳会談後動静は確認されなくなり、4月の金委員長のロシア訪問にも同行しなかった。5月末には韓国紙によって、出過ぎた行動を理由に謹慎処分が下ったとも報じられたことがあったが、間もなく北朝鮮の報道で活動が伝えられるようになった。謹慎処分があったか、確認は困難だが、かりにあったとしてもそれは一時的なことだったと思われる。6月30日の板門店での米朝首脳会談には金委員長に同行し、いつもの特別な人物ぶりが目撃された。
金英哲アジア太平洋平和委員会委員長は降格となった後、対米強硬発言を命じられたとみられる。11月には、米韓両政府が合同軍事演習の延期を決めたことに関して「米国に求めているのは演習の完全中止だ」とし、また、非核化交渉について「米国の敵視政策が完全かつ後戻りできないよう撤回されるまで」は応じる考えがないと強調する談話を行った。さらに12月には、トランプ大統領のツイッター発言を批判しつつ、金委員長はトランプ大統領に対し、いかなる刺激的な表現も使っていないなどと発言した。
金英哲の降格後、李容浩外相と崔善姫外務次官が米国との交渉(が行われれば)の窓口となると言われたこともあり、両人とも金委員長に随行して板門店会談に姿を見せた。しかし、李外相は昨年末開かれた労働党中央委員会総会で解任されたのではないかと言われている。総会には出席していたが、総会後の、金委員長を囲む記念集合写真には写っていなかったからである。
李洙墉(イ・スヨン)党副委員長兼国際部長も北朝鮮外交の主要人物のひとりであり、李外相より序列は上である。アントニオ猪木元参議院議員が訪朝した際にはいつも面会していたことでも知られている。昨年末の党中央委員会総会では李外相と同様、会議には出席していたが、解任されたとみられている。李国際部長の場合は、後任者がすでに金衡俊(キム・ヒョンジュン)元ロシア大使と確定しており、李洙墉の解任は決定的である。
李容浩外相の場合は後任者が確定しているわけではなく、一時的な措置ともいわれている。李容浩は駐英国大使を務めたことがあり、自己主張をするような人物でないとみられている。「平壌のメッセンジャー」にすぎないともいわれているが、北朝鮮から韓国に亡命した太永浩(テヨンホ)元駐英公使は著書で、李氏について「部下に声を荒らげたことがない。実力と品格を兼ね備えた人物」と紹介している。
要するに、ハノイの首脳会談に際し、金委員長は「段階的非核化」で米国と合意できると聞かされていたが、それが不可能だということをトランプ大統領との会談で悟り、対米戦略を立て直した。2019年末に労働党中央委員会の総会を開催したことも、金英哲や李容浩に交渉決裂の責任を取らせたのもその一環であったとみられる。
〇北朝鮮労働党中央委員会総会
2019年12月28日から、北朝鮮労働党の中央委員会総会が開催されており、31日も継続した。このように4日間も続く中央委員会総会は金正恩委員長になってからはもちろん、金正日時代にもなかったことであり、異例中の異例である。
最大の焦点は、米国が北朝鮮の主張に一向に歩み寄ろうとしないことに業を煮やして、5月以降ミサイルの発射実験を計13回行い、さらに12月初旬には衛星発射場で「重大な試験」を成功させてきた北朝鮮が、今後、さらなる強硬策に出て、核とICBMなどの長距離ミサイルの実験を再開する、あるいはその方向での決定を行うかである。これは大方の見方であろうが、違った角度から見ておくことも必要ではないか。
第1に、北朝鮮が対米強硬策を取るのに長い時間をかけて中央委員会を開催する必要性はあるか。強硬策を取るならば、金正恩委員長が命令一本で始められるのではないか。軍事的な行動であればあるほど、悠長に大会議を開くことなどしないのではないかという疑問がある。
第2に、今次会議で、金委員長は「国の主権と安全保障の完全な確保に向け、積極的かつ攻撃的な措置をとる」「世界は遠からず、新しい戦略兵器を目撃することになるであろう」と述べる一方で、「国家経済の主要産業部門の深刻な状況を早急に是正するための措置」を提示したのはなぜか。つまり、金委員長が軍事的強硬路線と経済発展重視路線を同時に示したのはどのような意図によるのかが問題となる。
また、北朝鮮経済について「深刻な状況」と述べたのは異例の発言である。もし、軍事強硬路線をこれから取ろうというのであれば、そのようなことは隠すのではないか。
金正恩委員長は「革命の最後の勝利のため、偉大なわが人民が豊かに暮らすため、党は再び困難で苦しい長久な闘いを決心した」とも述べている。「深刻な状況」と述べたのは、今後は「軍事より経済優先」という考えなのか、それとも、「軍事重視は今後も必要なので経済的には耐えるしかない」というメッセージなのか。前者であれば対米交渉において北朝鮮は譲歩してくる可能性があるが、後者であれば譲歩せず持久戦を戦うことになろう。
〇トランプ米大統領は2020年4月18日の記者会見で、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長から「素晴らしい書簡を最近受け取った」と語った。書簡を受け取った時期も内容も触れなかったが、北朝鮮から激しい反応が返ってきた。北朝鮮外務省の対外報道室長は19日夜、談話を発表し、「最近、われわれの最高指導部は米大統領にいかなる手紙も送ったことはない」とトランプ氏の発言を否定した。また、「事実無根の内容をマスコミに流す米指導部の企図を分析する計画だ」と強調し、「朝米首脳間の関係は利己的な目的に利用してはならない」と警告した。
〇金与正の変身?
北朝鮮は2020年6月16日、開城(ケソン)に設置されている南北共同連絡事務所を爆破した。この事務所は韓国の文在寅政権が進める南北融和政策の象徴として2018年9月、韓国政府が建設費用の約180億ウォン(約17億円)を支払って開設したものであり、南北の当局者が常駐して日常的に意思疎通していた。
南北関係悪化の原因は、北朝鮮に対する制裁を解除するよう韓国が米国を説得できないことにある。北朝鮮は脱北者による北朝鮮への気球を使ったビラ散布も攻撃しているが、それは一部の問題である。新型コロナウイルス問題については「感染者ゼロ」というのが北朝鮮の公式見解だが、中国との貿易はそのあおりを受けて大幅に減少している。
関係悪化が目立ってきたのは去る3月からであり、北朝鮮側で韓国批判の先頭に立ったのは金正恩委員長の妹、金与正党第一副部長であり、同氏の言動には印象的なことが2点あった。1つは、突然、恐ろしい言辞を弄し始めたことと、2つ目は同氏が北朝鮮の軍隊の上に立って指示を下していることである。
同氏はこれまで北朝鮮の高官のイメージには似つかわしくない、人当たりの良い性格であることで知られていた。これは単なる一時の印象でなく、かなりの時間、また、複数回南北会談などの場で共に働いた韓国側の高官が観察したことであり、また、日本政府も日朝関係の打開のために同氏がキーパーソンだとみていたという。同氏はこれまで金正恩委員長の特別秘書的な役割を務めていた関係で外国のメディアで写真が報道されることも多かったが、まさにこのような印象の映像であった。
ところが、さる3月3日、金与正氏名義で初めて発表された談話では、韓国の大統領府を「不信と憎悪、軽蔑だけをいっそう増幅させる」「非論理的で低能な思考」「行動と態度が三歳の子ども」「怖気づいた犬ほど騒々しく吠える」などと罵倒し、6月4日には、ビラ散布を激しく攻撃するとともに、南北共同連絡事務所の閉鎖を含む措置をとると発表した。9日、北朝鮮は韓国の青瓦台と金正恩委員長の執務室である労働党本部3階書記室とのホットラインをはじめ、南北共同連絡事務所、軍の通信線などをすべて閉鎖すると発表。13日、金与正は「韓国当局と決別する時が来たようだ」と恐ろしい宣告を行い、15日、文在寅大統領が金正恩委員長へ行った特使派遣提案を拒否したうえ、16日、南北共同連絡事務所の爆破を実行。17日には、南北関係の悪化は、「韓国当局の執拗で慢性的な親米屈従主義が生んだ悲劇だ」と批判し、さらに、文在寅大統領が15日に「緊張をつくり出し、対決の時代に戻ってはいけない」などと求めたことにも言及して、「事態の責任まで我々に転嫁しようとするのは、実にずうずうしい不遜な行為」だとこき下ろしたのである。
これら一連の北朝鮮の行動に韓国側が強い衝撃を受けつつ、金与正氏に一体何事が起ったのかいぶかったのは当然である。
第2に、金与正氏は談話で「敵国への次の行動の行使権は、わが軍の総参謀部に委譲する」など、いかにも自分が軍を指揮していると言わんばかりのことを述べたことである。朝鮮人民軍はこれを受けて、開城(ケソン)工業団地と金剛山観光地区に部隊を展開すると発表し、韓国側の出方によって「今後の連続的な対敵行動措置の強度と決行時期を決める」とも表明した。
これらはきわめて不自然なことであり、金委員長は金与正氏に特別の任務を与えたのだと思われる。そうしたのは、金委員長には以前から健康に問題があり、歩行が自由でないこともあったが、最近、健康への不安が一層強まる出来事があったためではないか。
金委員長は去る4月、20日間動静が伝えられなくなったばかりでなく、祖父の故・金日成主席の生誕を記念する4月15日の「太陽節」に姿を現さなかった。これはよほどのことが起こらない限りあり得ないことである。このころ、中国から大規模な医療団が訪朝したことが明らかになっている。また、金委員長は1月末から2月にかけても22日間動静が伝えられなかった。これらのことから金委員長が重い病にかかった可能性が高い。
要するに、金委員長は、万が一の場合金与正氏に後を託するほかないと考え、手を打ち始めたのではないか。北朝鮮の指導者としては恐ろしいこともしなければならない。とくに、人民軍をコントロールするのは決定的な問題である。これらのことを考え、金与正氏に準備させようとしているのである。同委員長には10歳をはじめに3人の子がいるといわれているが、性別は確認されていない。いずれにしても若すぎる。金与正氏が金委員長の後継者になる可能性は高くないとみるべきだろうが、少なくとも金与正しか委員長の代行になれる人物はいないと金委員長は判断したのではないかと思われる。
注、金正恩委員長は2020年6月23日、党中央軍事委員会の予備会議を開き、朝鮮人民軍の総参謀部が示した韓国への軍事行動計画を「保留する」と決めた(朝鮮中央通信24日)。軍事行動の発表は金与正氏を目立たせるためだったのではないか。
2020.06.29
「新型コロナウイルス対策の方向性を主導してきた政府の専門家会議が突如、廃止されることとなった。政府が廃止を発表したのは、折しも会議メンバーが位置付けの見直しを主張して記者会見していたさなか。
(中略)
専門家会議の見直し自体は、5月の緊急事態宣言解除前後から尾身氏らが政府に打診していたこと。この日の会見では、政府の政策決定と会議の関係を明確にする必要性を訴えていた。
(中略)
(専門家)会議の存在感が高まるにつれ、経済・社会の混乱を避けたい政府と事前に擦り合わせる機会が拡大。5月1日の提言では緊急事態宣言の長期化も念頭に「今後1年以上、何らかの持続的対策が必要」とした原案の文言が削られた。関係者は「会議の方向性をめぐりメンバー間でもぎくしゃくしていった」と明かす。
揺れる専門家を政府は「どうしても見直すなら政府の外でやってもらう」(内閣官房幹部)と突き放していた。亀裂を表面化させない思惑が働いたことで最近になってから調整が進み、(1)会議の廃止(2)法的な位置付けを持つ新型コロナ対策分科会への衣替え(3)自治体代表らの参加―が固まった。当初は尾身氏らの提言を受け、25日に発表する段取りだった。
それが覆ったのは24日の尾身氏らの会見直前。「きょう発表する」。西村再生相の一声で関係職員が準備に追われた。ある政府高官は西村氏の狙いを「専門家の会見で、政府が後手に回った印象を与える事態を回避しようとした」と断言する。
専門家会議の脇田隆字座長や尾身氏には連絡を試みたが、急だったため電話はつながらないまま。「分科会とは一言も聞いてない」とこぼす専門家らに、内閣官房から24日夜、おわびのメールが送られた。
後味の悪さが残る最後のボタンの掛け違い。会議メンバーの一人は「政治とはそういうもの。分科会で専門家が表に立つことはない」と静かに語った。」
このまとめには不正確な部分があるかもしれないが、特に関係者の発言の引用部分は正確だと思う。その前提であるが、本件についてはいくつか非常に懸念されることがある。
第1に、専門家会議のあり方について、政府と専門家会議の間には考えが違っているところがある。「あった」と過去形で言いたいが、考えの違いが完全に解消されたとは思えない。具体的にどう違っているかについては、専門家の側からは「十分な説明ができない政府に代わって前面に出ざるを得なかった」などの説明はあったが、それだけでは本当の問題が何か、よく分からない。
第2に、専門家会議の方が、政府とのすり合わせのないまま記者会見を開いて同会議としての立場を説明しようと見える。しかし、政府の方でも専門家会議の訴えを突っぱね、「どうしても見直すなら政府の外でやってもらう」との立場を取ったことは重大な誤りであった。なぜならば、この重要問題が新型コロナウイルス感染症対策本部の本部長である安倍首相に上がっていなかったと推測されるからである。上がっていたのに、それでもこのように突っぱねるということは政府の常識としてあり得ない。政府の側でこの問題を知っていたのは西村康稔経済再生担当相しか見えない。
第3に、西村再生相は専門家会議による記者会見直前に、(1)会議の廃止(2)法的な位置付けを持つ新型コロナ対策分科会への衣替え(3)自治体代表らの参加を内容とする対応方針を発表した。この内容については、原則として専門家会議側の理解があったような印象だが、問題はこの方針の発表を西村再生相の判断で1日早め、しかも、そうすることについて専門家会議側の了承を得ていなかったことである。政府側は、試みたが連絡できなかったと言っているそうだが、そうであるならば連絡できるまで待つべきだ。この間の政府側の対応は強権を振るったとしか言いようがない。
第4に、西村再生相は、無断発表についての強い批判を受け、政府の専門家会議を廃止する方針について「(公表に際し)十分説明できていなかった」と釈明したうえ、「専門家会議の皆さんを排除するようにとられたことも反省している」、「『廃止』という言葉が強すぎた。発展的に移行していく」と大わらわでダメージコントロールを行った。率直に非を認めたのは評価できるが、安倍首相がどのような役割を果たしたのか、とくに専門家会議と政府とのずれを解消しようと努めたのか、不明であり、こんな状況では第二次感染に備えなければならないのに不安が残る。今後、西村再生相は重要問題は安倍首相の指示を受けて対処すべきである。
第5に、加藤勝信厚生労働大臣の姿がまるで見えないのは不可解である。新型コロナウイルスによる感染問題は西村再生相の担当だが、政府と感染症の専門家との間のズレについて厚生労働相は無関係でおれないはずである。
コロナ問題専門家会議の改組?
新型コロナウイルスによる感染問題に取り組む政府の中枢に異常事態が生じている。6月27日付の時事通信は以下のように伝えた。「新型コロナウイルス対策の方向性を主導してきた政府の専門家会議が突如、廃止されることとなった。政府が廃止を発表したのは、折しも会議メンバーが位置付けの見直しを主張して記者会見していたさなか。
(中略)
専門家会議の見直し自体は、5月の緊急事態宣言解除前後から尾身氏らが政府に打診していたこと。この日の会見では、政府の政策決定と会議の関係を明確にする必要性を訴えていた。
(中略)
(専門家)会議の存在感が高まるにつれ、経済・社会の混乱を避けたい政府と事前に擦り合わせる機会が拡大。5月1日の提言では緊急事態宣言の長期化も念頭に「今後1年以上、何らかの持続的対策が必要」とした原案の文言が削られた。関係者は「会議の方向性をめぐりメンバー間でもぎくしゃくしていった」と明かす。
揺れる専門家を政府は「どうしても見直すなら政府の外でやってもらう」(内閣官房幹部)と突き放していた。亀裂を表面化させない思惑が働いたことで最近になってから調整が進み、(1)会議の廃止(2)法的な位置付けを持つ新型コロナ対策分科会への衣替え(3)自治体代表らの参加―が固まった。当初は尾身氏らの提言を受け、25日に発表する段取りだった。
それが覆ったのは24日の尾身氏らの会見直前。「きょう発表する」。西村再生相の一声で関係職員が準備に追われた。ある政府高官は西村氏の狙いを「専門家の会見で、政府が後手に回った印象を与える事態を回避しようとした」と断言する。
専門家会議の脇田隆字座長や尾身氏には連絡を試みたが、急だったため電話はつながらないまま。「分科会とは一言も聞いてない」とこぼす専門家らに、内閣官房から24日夜、おわびのメールが送られた。
後味の悪さが残る最後のボタンの掛け違い。会議メンバーの一人は「政治とはそういうもの。分科会で専門家が表に立つことはない」と静かに語った。」
このまとめには不正確な部分があるかもしれないが、特に関係者の発言の引用部分は正確だと思う。その前提であるが、本件についてはいくつか非常に懸念されることがある。
第1に、専門家会議のあり方について、政府と専門家会議の間には考えが違っているところがある。「あった」と過去形で言いたいが、考えの違いが完全に解消されたとは思えない。具体的にどう違っているかについては、専門家の側からは「十分な説明ができない政府に代わって前面に出ざるを得なかった」などの説明はあったが、それだけでは本当の問題が何か、よく分からない。
第2に、専門家会議の方が、政府とのすり合わせのないまま記者会見を開いて同会議としての立場を説明しようと見える。しかし、政府の方でも専門家会議の訴えを突っぱね、「どうしても見直すなら政府の外でやってもらう」との立場を取ったことは重大な誤りであった。なぜならば、この重要問題が新型コロナウイルス感染症対策本部の本部長である安倍首相に上がっていなかったと推測されるからである。上がっていたのに、それでもこのように突っぱねるということは政府の常識としてあり得ない。政府の側でこの問題を知っていたのは西村康稔経済再生担当相しか見えない。
第3に、西村再生相は専門家会議による記者会見直前に、(1)会議の廃止(2)法的な位置付けを持つ新型コロナ対策分科会への衣替え(3)自治体代表らの参加を内容とする対応方針を発表した。この内容については、原則として専門家会議側の理解があったような印象だが、問題はこの方針の発表を西村再生相の判断で1日早め、しかも、そうすることについて専門家会議側の了承を得ていなかったことである。政府側は、試みたが連絡できなかったと言っているそうだが、そうであるならば連絡できるまで待つべきだ。この間の政府側の対応は強権を振るったとしか言いようがない。
第4に、西村再生相は、無断発表についての強い批判を受け、政府の専門家会議を廃止する方針について「(公表に際し)十分説明できていなかった」と釈明したうえ、「専門家会議の皆さんを排除するようにとられたことも反省している」、「『廃止』という言葉が強すぎた。発展的に移行していく」と大わらわでダメージコントロールを行った。率直に非を認めたのは評価できるが、安倍首相がどのような役割を果たしたのか、とくに専門家会議と政府とのずれを解消しようと努めたのか、不明であり、こんな状況では第二次感染に備えなければならないのに不安が残る。今後、西村再生相は重要問題は安倍首相の指示を受けて対処すべきである。
第5に、加藤勝信厚生労働大臣の姿がまるで見えないのは不可解である。新型コロナウイルスによる感染問題は西村再生相の担当だが、政府と感染症の専門家との間のズレについて厚生労働相は無関係でおれないはずである。
2020.06.23
「戦後五十年、戦争に関する議論が盛んであるが、戦死者に対する鎮魂の問題については、戦争と個人の関係をよく整理する必要がある。あくまでも個人的見解であるが、一考察してみたい。
個人の行動を評価する場合には、「戦争の犠牲」とか[殉国]などのように、戦争や国家へ貢献したかどうか、あるいは戦争や国家が個人にどんな意義をもったか、などから評価されることが多い。しかし、そのような評価の仕方は、少々考えるべき点があるのではないだろうか。
歴史的には、個人の行動に焦点を当てた評価もあった。例えば「敵ながらあっぱれ」という考えは、その戦争とは明確に区別して、個人の行動を評価している。
では、太平洋戦争末期に十五万人の民間人死者が出た沖縄戦はどうか。中でも、悲運として広く知られるひめゆり学徒隊の行動は、自分たちを守るという強い精神力に支えられたもので、何らかの見返りを期待したのでもなく、条件つきでもなかった。従って「犠牲者」のイメージで連想される弱者には似つかわしくない。勇者と呼ぶにふさわしいと思う。また、[殉国]のイメージとも違う。[殉国]型の評価は、個人が国家のために一身を捧げたとみなされており、自らを守ることについて特に評価は与えられていないのだ。
個人と国家は区別され、その個人の評価は国家に対する献身なり、貢献という角度から下されている。しかし、ひめゆり学徒隊の大部分は、自分自身も、家族も故郷も、祖国も、守るべき対象として一緒に観念していたのではないか。「犠牲者」とか[殉国者]と言うより、人間として極めて優れた行動をとったと評価されるべき場合だったと思う。
これは軍人についても同じことで、「防御ならよいが攻撃は不可」とは考えない。軍人の、刻々の状況に応じた攻撃は、何ら恥ずべきことではない。もちろん罪でもなく、任務であり、当たり前のことである。
他方、このことと戦争全体の性格、すなわち侵略的(攻撃的)か、防御的かは全く別問題である。戦争全体が侵略的であるかないかを問わず、個人の防御的な行動もあれば、攻撃的な行動もある。
さらに、局部的な戦争と戦争全体との関係もやはり区別して評価すべきである。たとえば、沖縄戦はどの角度から見ても防御であった。まさか日本側が米軍に対して攻撃した戦争と思っている人はいないだろう。他方わが国は、太平洋戦争において、侵略を行なってしまったが、防御のために沖縄戦と、侵略を行なってしまったこととの間に何ら矛盾はない。
したがって、軍人の行動を称賛すると、戦争を美化することになるといった考えは誤りであると言わざるを得ない。その行動が、敵に対する攻撃であっても同じことである。もちろん、攻撃すべてが積極的に評価できると言っているのではない。
もう一つの問題は、軍人の行動を「祖国を守るために奮闘した」との趣旨で顕彰することである。この種の顕彰文には、自分自身を守るという自然な感情が、少なくとも隠れた形になっており、個人の行動を中心に評価が行われていない。
顕彰文を例に出して、「軍人が祖国を防衛したことのみを強調するのは、あたかも戦争全体が防御的だったという印象を与え、戦争全体の侵略性を歪曲する」という趣旨の評論が一部にあるが、賛成できない。個人の行動の評価と戦争全体の評価を連動させているからである。
戦争美化と逆であるが、わが国が行った戦争を侵略であったと言うと、戦死者は「犬死に」したことになるという考えがある。これも個人と戦争全体の評価を連動させている誤った考えである。個人の行動を中心に評価するとなれば、積極的に評価できない場合も当然出てくる。
一方、戦死者は平等に弔うべきだという考えがあるが、弔いだけならいい。当然死者は皆丁重に弔うべきだ。しかし、弔いの名分の下に、死者の生前の業績に対する顕彰の要素が混入してくれば問題である。
もしそのように扱うことになれば、間違った個人の行動を客観的に評価することができなくなるのではないか。そうなれば、侵略という結果をもたらした戦争指導の誤りも、弔いとともに顕彰することになりはしないか。それでは、戦争への責任をウヤムヤにするという内外の批判に、到底耐え得ないだろう。
個人の行動を中心に評価することは洋の東西を問わず認められている、と私は信じている。ある一つの戦争を戦う二つの国民が、ともに人間として立派に行動したということは十分ありうることである。片方が攻撃、他方が防御となることが多いだろうが、双方とも人間として高く評価しうる行動をとったということは何ら不思議でない。
個人と戦争全体、国家との関係をこのように整理した上で、戦争という極限状況の中で、あくまで人間として、力の限り、立派に生きた人たちに、日本人、外国人の区別なく、崇高なる敬意を捧げたい。」
沖縄1945年6月23日
1945年6月23日は沖縄で「組織的戦闘が終了」した日。当研究所は、戦って命を落とされた方々を悼んで、毎年以下の一文をアップしている。1995年の同日、読売新聞に寄稿したものである。「戦後五十年、戦争に関する議論が盛んであるが、戦死者に対する鎮魂の問題については、戦争と個人の関係をよく整理する必要がある。あくまでも個人的見解であるが、一考察してみたい。
個人の行動を評価する場合には、「戦争の犠牲」とか[殉国]などのように、戦争や国家へ貢献したかどうか、あるいは戦争や国家が個人にどんな意義をもったか、などから評価されることが多い。しかし、そのような評価の仕方は、少々考えるべき点があるのではないだろうか。
歴史的には、個人の行動に焦点を当てた評価もあった。例えば「敵ながらあっぱれ」という考えは、その戦争とは明確に区別して、個人の行動を評価している。
では、太平洋戦争末期に十五万人の民間人死者が出た沖縄戦はどうか。中でも、悲運として広く知られるひめゆり学徒隊の行動は、自分たちを守るという強い精神力に支えられたもので、何らかの見返りを期待したのでもなく、条件つきでもなかった。従って「犠牲者」のイメージで連想される弱者には似つかわしくない。勇者と呼ぶにふさわしいと思う。また、[殉国]のイメージとも違う。[殉国]型の評価は、個人が国家のために一身を捧げたとみなされており、自らを守ることについて特に評価は与えられていないのだ。
個人と国家は区別され、その個人の評価は国家に対する献身なり、貢献という角度から下されている。しかし、ひめゆり学徒隊の大部分は、自分自身も、家族も故郷も、祖国も、守るべき対象として一緒に観念していたのではないか。「犠牲者」とか[殉国者]と言うより、人間として極めて優れた行動をとったと評価されるべき場合だったと思う。
これは軍人についても同じことで、「防御ならよいが攻撃は不可」とは考えない。軍人の、刻々の状況に応じた攻撃は、何ら恥ずべきことではない。もちろん罪でもなく、任務であり、当たり前のことである。
他方、このことと戦争全体の性格、すなわち侵略的(攻撃的)か、防御的かは全く別問題である。戦争全体が侵略的であるかないかを問わず、個人の防御的な行動もあれば、攻撃的な行動もある。
さらに、局部的な戦争と戦争全体との関係もやはり区別して評価すべきである。たとえば、沖縄戦はどの角度から見ても防御であった。まさか日本側が米軍に対して攻撃した戦争と思っている人はいないだろう。他方わが国は、太平洋戦争において、侵略を行なってしまったが、防御のために沖縄戦と、侵略を行なってしまったこととの間に何ら矛盾はない。
したがって、軍人の行動を称賛すると、戦争を美化することになるといった考えは誤りであると言わざるを得ない。その行動が、敵に対する攻撃であっても同じことである。もちろん、攻撃すべてが積極的に評価できると言っているのではない。
もう一つの問題は、軍人の行動を「祖国を守るために奮闘した」との趣旨で顕彰することである。この種の顕彰文には、自分自身を守るという自然な感情が、少なくとも隠れた形になっており、個人の行動を中心に評価が行われていない。
顕彰文を例に出して、「軍人が祖国を防衛したことのみを強調するのは、あたかも戦争全体が防御的だったという印象を与え、戦争全体の侵略性を歪曲する」という趣旨の評論が一部にあるが、賛成できない。個人の行動の評価と戦争全体の評価を連動させているからである。
戦争美化と逆であるが、わが国が行った戦争を侵略であったと言うと、戦死者は「犬死に」したことになるという考えがある。これも個人と戦争全体の評価を連動させている誤った考えである。個人の行動を中心に評価するとなれば、積極的に評価できない場合も当然出てくる。
一方、戦死者は平等に弔うべきだという考えがあるが、弔いだけならいい。当然死者は皆丁重に弔うべきだ。しかし、弔いの名分の下に、死者の生前の業績に対する顕彰の要素が混入してくれば問題である。
もしそのように扱うことになれば、間違った個人の行動を客観的に評価することができなくなるのではないか。そうなれば、侵略という結果をもたらした戦争指導の誤りも、弔いとともに顕彰することになりはしないか。それでは、戦争への責任をウヤムヤにするという内外の批判に、到底耐え得ないだろう。
個人の行動を中心に評価することは洋の東西を問わず認められている、と私は信じている。ある一つの戦争を戦う二つの国民が、ともに人間として立派に行動したということは十分ありうることである。片方が攻撃、他方が防御となることが多いだろうが、双方とも人間として高く評価しうる行動をとったということは何ら不思議でない。
個人と戦争全体、国家との関係をこのように整理した上で、戦争という極限状況の中で、あくまで人間として、力の限り、立派に生きた人たちに、日本人、外国人の区別なく、崇高なる敬意を捧げたい。」
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