オピニオン
2016.09.20
避暑のシーズンが終わって約1か月が経過する間に、いくつかの出来事が現れた。来年は中国共産党第19回全国代表大会(十九全大会)が5年ぶりに開催され、おそらく習近平政権は第2期目に入ることになるのだろう。今起こっている出来事はそのための準備である。
政治局常務委員、つまり中国のトップ7のうち習近平主席と李克強首相を除いて、5人は定年となるので引退する。そのあとにだれが選ばれるか、可能性については様々な見方があるが、はっきりしたことはまだ見えてこない。
しかし、各省のトップクラス(中国共産党では政治局員(全25名)ないし中央委員にほぼ相当する)ではいくつか顕著な動きが出てきており、前回の党大会以降10人の中央委員が失脚した。その中には胡錦濤時代の令計画中央弁公庁主任や蒋潔敏国有資産監督管理委員会主任(中国石油天然気集団(CNPC)の前会長)などが含まれている。
10番目となったのは天津市のナンバーワンである黄興国であり、さる9月10日に失脚した。同市は北京、上海などとならぶ4つの直轄市の1であり、黄興国がそのナンバーワンになったのは2014年12月であった。しかし、天津市党委員会の「書記」でなく「代理書記」という中途半端な処遇であり、その後今日に至るまで約620日間、その肩書は変わらなかった。これほど長期に臨時の地位が続くのは異例である。なぜそうなったのか。推測にすぎないが、同人は何らかの事情で完全な信頼を得るには至らなかったと考えるのが自然だろう。
一方、黄興国はかつて習近平の下で働いたことがあり、習近平とは関係が深いとみられていた。2015年8月、天津で大爆発が起こったが、その事件の責任をとくに追及されることがなかったのは習近平との関係があったからだと言われている。
そのような事情はあったが、黄興国は今回、汚職容疑であっさりと摘発されてしまった。時間はかかったが、習近平としても同人を切ることに同意したのだろう。習近平の同意なく直轄市のナンバーワンを失脚させることはありえない。
地方の人事で目立ったもう一つの出来事は、遼寧省での大規模な不正摘発である。同省には102人の全国人民代表会議代表がいた。人民代表会議(いわゆる全人代)とは議会のことである。そのうち45人はカネで票を買ったとして、資格をはく奪された。102人のうち8人は中央が指名した者なので、それを差し引いて計算すると48%が不正に代表になったわけである。この選出は遼寧省の人民代表大会代表619名によって行われたが、そのうち523人が不正を働いたので、不正者の比率は84%という途方もない数字になる(『多維新聞』9月14日付)。これらの者はすでに辞職したか解雇されているそうだ。
このような大規模不正は遼寧省だけのこととはとても思えない。他のところでも多かれ少なかれ起こっているのではないか。遼寧省の事件の背景には経済状況がよくないことがあるとも指摘されているが、不正とどんな関係があるのかよくわからない。経済状況が悪いのは他の東北三省、つまり黒竜江と吉林も大同小異だ。
ともかく、この摘発が習近平の同意のもとに行われたことは確実であり、習近平としては、黄興国のような地方の悪徳指導者を交代させるのと同時に、議会の関係者まで追及して体制を一新し、次期に備えようとしているのだろう。
重要な人事の決定は、これまでの例に鑑み、北戴河休暇のちょっとした伝統であり、今年もそうなったようだが、習近平政権は成立してから約4年、強い姿勢で国家の浄化に努めてきたが、道はまだ半ばなのかと思われる。
最近の中国情勢-大規模な人事異動
7月から8月にかけ、中国の指導者は河北省の避暑地、北戴河で過ごす。当研究所のHP8月16日付で説明したことだが、「北戴河は北京の東280キロにある海岸で避暑地として知られているが、ここで夏を過ごす中国の指導者は懸案について協議し、事実上の決定を下すこともある。正式でないのはもちろんであるが、非常に重要な話し合いも行われる。だから、中国に駐在の各国大使館、報道機関などは北戴河でどのような動きがあるか、懸命に情報収集を試みる」ということだ。避暑のシーズンが終わって約1か月が経過する間に、いくつかの出来事が現れた。来年は中国共産党第19回全国代表大会(十九全大会)が5年ぶりに開催され、おそらく習近平政権は第2期目に入ることになるのだろう。今起こっている出来事はそのための準備である。
政治局常務委員、つまり中国のトップ7のうち習近平主席と李克強首相を除いて、5人は定年となるので引退する。そのあとにだれが選ばれるか、可能性については様々な見方があるが、はっきりしたことはまだ見えてこない。
しかし、各省のトップクラス(中国共産党では政治局員(全25名)ないし中央委員にほぼ相当する)ではいくつか顕著な動きが出てきており、前回の党大会以降10人の中央委員が失脚した。その中には胡錦濤時代の令計画中央弁公庁主任や蒋潔敏国有資産監督管理委員会主任(中国石油天然気集団(CNPC)の前会長)などが含まれている。
10番目となったのは天津市のナンバーワンである黄興国であり、さる9月10日に失脚した。同市は北京、上海などとならぶ4つの直轄市の1であり、黄興国がそのナンバーワンになったのは2014年12月であった。しかし、天津市党委員会の「書記」でなく「代理書記」という中途半端な処遇であり、その後今日に至るまで約620日間、その肩書は変わらなかった。これほど長期に臨時の地位が続くのは異例である。なぜそうなったのか。推測にすぎないが、同人は何らかの事情で完全な信頼を得るには至らなかったと考えるのが自然だろう。
一方、黄興国はかつて習近平の下で働いたことがあり、習近平とは関係が深いとみられていた。2015年8月、天津で大爆発が起こったが、その事件の責任をとくに追及されることがなかったのは習近平との関係があったからだと言われている。
そのような事情はあったが、黄興国は今回、汚職容疑であっさりと摘発されてしまった。時間はかかったが、習近平としても同人を切ることに同意したのだろう。習近平の同意なく直轄市のナンバーワンを失脚させることはありえない。
地方の人事で目立ったもう一つの出来事は、遼寧省での大規模な不正摘発である。同省には102人の全国人民代表会議代表がいた。人民代表会議(いわゆる全人代)とは議会のことである。そのうち45人はカネで票を買ったとして、資格をはく奪された。102人のうち8人は中央が指名した者なので、それを差し引いて計算すると48%が不正に代表になったわけである。この選出は遼寧省の人民代表大会代表619名によって行われたが、そのうち523人が不正を働いたので、不正者の比率は84%という途方もない数字になる(『多維新聞』9月14日付)。これらの者はすでに辞職したか解雇されているそうだ。
このような大規模不正は遼寧省だけのこととはとても思えない。他のところでも多かれ少なかれ起こっているのではないか。遼寧省の事件の背景には経済状況がよくないことがあるとも指摘されているが、不正とどんな関係があるのかよくわからない。経済状況が悪いのは他の東北三省、つまり黒竜江と吉林も大同小異だ。
ともかく、この摘発が習近平の同意のもとに行われたことは確実であり、習近平としては、黄興国のような地方の悪徳指導者を交代させるのと同時に、議会の関係者まで追及して体制を一新し、次期に備えようとしているのだろう。
重要な人事の決定は、これまでの例に鑑み、北戴河休暇のちょっとした伝統であり、今年もそうなったようだが、習近平政権は成立してから約4年、強い姿勢で国家の浄化に努めてきたが、道はまだ半ばなのかと思われる。
2016.09.13
南シナ海問題に言及したのは李国強首相であり、「南シナ海の問題は領土主権と海洋権益に関係し、民族感情にかかわる。中越双方はともに努力し、ハイレベルの共通認識を守り、海上の安定を維持し、相違をコントロールするよう努め、海洋で協力し、共通認識を不断に積み重ね、海上と地域の平和と安定を共同で維持することをと強調した」。
これに対しグエン・スアン・フック首相は、ベトナム独立に際する中国の支援を永遠に忘れないと言いつつ、両国の関係を固め、さらに進めることがベトナムの一貫した方針であるときれいごとを並べて発言しただけであった。
明報紙の報道は中国通信に基づいており中国側が会談内容をそのように発表したのであろうが、その通りであれば、グエン・スアン・フック首相が南寧で開かれた中国ASEAN博覧会からなぜわざわざ北京にまで足を運んだのか分からない。
しかし、明報紙は、BBCを引用して、次のような事情があったことを記している。
「グエン・スアン・フック首相の訪中の直前である9月3日、ベトナムとインドは、インドがベトナムの高速巡視艇4隻を建造し、かつ、インドが5億ドルの信用供与付きでインド製の武器を売却することに合意した。このことは南シナ海問題にも関係することとして注目され、同首相は中国メディアからインタビューを受けた際に「食い違いを解決する」ことが訪中の目的だと話していた。」
このような経緯を前提にすれば中越両首相の会談内容として発表されたことはよくわかる。李国強首相は、ベトナムに警告含みの美辞麗句でくぎを刺し、グエン・スアン・フック首相は、独立以来ベトナムは中国との友好関係を大事にしているとして交わしたのだ。
(短文)ベトナム首相の訪中と南シナ海問題
グエン・スアン・フック首相が訪中し李国強首相らと会談した。中国とベトナムの指導者が会談すれば南シナ海問題がどう扱われるかに焦点が集まる。香港紙『明報』9月13日付によれば、会談内容は次の通りであった。南シナ海問題に言及したのは李国強首相であり、「南シナ海の問題は領土主権と海洋権益に関係し、民族感情にかかわる。中越双方はともに努力し、ハイレベルの共通認識を守り、海上の安定を維持し、相違をコントロールするよう努め、海洋で協力し、共通認識を不断に積み重ね、海上と地域の平和と安定を共同で維持することをと強調した」。
これに対しグエン・スアン・フック首相は、ベトナム独立に際する中国の支援を永遠に忘れないと言いつつ、両国の関係を固め、さらに進めることがベトナムの一貫した方針であるときれいごとを並べて発言しただけであった。
明報紙の報道は中国通信に基づいており中国側が会談内容をそのように発表したのであろうが、その通りであれば、グエン・スアン・フック首相が南寧で開かれた中国ASEAN博覧会からなぜわざわざ北京にまで足を運んだのか分からない。
しかし、明報紙は、BBCを引用して、次のような事情があったことを記している。
「グエン・スアン・フック首相の訪中の直前である9月3日、ベトナムとインドは、インドがベトナムの高速巡視艇4隻を建造し、かつ、インドが5億ドルの信用供与付きでインド製の武器を売却することに合意した。このことは南シナ海問題にも関係することとして注目され、同首相は中国メディアからインタビューを受けた際に「食い違いを解決する」ことが訪中の目的だと話していた。」
このような経緯を前提にすれば中越両首相の会談内容として発表されたことはよくわかる。李国強首相は、ベトナムに警告含みの美辞麗句でくぎを刺し、グエン・スアン・フック首相は、独立以来ベトナムは中国との友好関係を大事にしているとして交わしたのだ。
2016.09.09
東アジアサミットでは、紛争の平和的解決、国際法に従った解決、南シナ海における航行の自由と非軍事的利用の重要性が確認された。中国による違法埋め立て工事については、「いくつかの国の指導者は最近の情勢について懸念を表明した(Several Leaders remained concerned over recent developments in the South China Sea)」という表現で収められた。これまでのASEANにおける扱いと比べると、細かい表現の違いはいくつかあるが、基本的には従来通りの内容だ。
さる7月に下された国際仲裁裁判の判決がどのように扱われるかに焦点が集まっていたが、どの首脳会議でも言及されなかった。
中国がその裁判を拒絶し、首脳会議の議長声明に盛り込むことに反対したからであろうが、判決は非常に明確に中国の行為の違法性を指摘しているのでそれをASEANの会議で扱うのはそもそも困難だったと思う。
一方、中国の代表は、今次会議は中国にとって大成功だったと言っているようだ。その理由などはよく聞いてみなければわからないが、いずれにしても国内向けの発言だったと思う。
仲裁裁判判決は、今回の一連の会議の結果何らかの変化が生じるかといえば、それはない。今後もその判決はそのまま存続するし、何らの変更も加えられない。中国は「過去のこととしよう」と各国に説いて回っているようだが、そんなことにもならない。今後、南シナ海の歴史が語られるとき、この判決は最重要の出来事として扱われるだろう。各国政府が作成する文書においても、中国で扱いはよくわからないが、同様である。各国の研究者にとってもこの判決は第一級の資料であり続けるだろう。
日米などは判決の重要性とそれに従った行動をとるべきことを指摘したが、今後もそうすべきだ。日米ともに裁判の当事者ではなかったが、中国の行動は国際法に違反しているという今次仲裁判決を尊重するのは当然だと思う。
(短評)ASEAN首脳会議
今年のASEANサミットおよびASEANと日米中韓などを含めた東アジアサミットはラオスのビエンチャンで9月6~8日開催された(東アジアサミットは8日)。東アジアサミットでは、紛争の平和的解決、国際法に従った解決、南シナ海における航行の自由と非軍事的利用の重要性が確認された。中国による違法埋め立て工事については、「いくつかの国の指導者は最近の情勢について懸念を表明した(Several Leaders remained concerned over recent developments in the South China Sea)」という表現で収められた。これまでのASEANにおける扱いと比べると、細かい表現の違いはいくつかあるが、基本的には従来通りの内容だ。
さる7月に下された国際仲裁裁判の判決がどのように扱われるかに焦点が集まっていたが、どの首脳会議でも言及されなかった。
中国がその裁判を拒絶し、首脳会議の議長声明に盛り込むことに反対したからであろうが、判決は非常に明確に中国の行為の違法性を指摘しているのでそれをASEANの会議で扱うのはそもそも困難だったと思う。
一方、中国の代表は、今次会議は中国にとって大成功だったと言っているようだ。その理由などはよく聞いてみなければわからないが、いずれにしても国内向けの発言だったと思う。
仲裁裁判判決は、今回の一連の会議の結果何らかの変化が生じるかといえば、それはない。今後もその判決はそのまま存続するし、何らの変更も加えられない。中国は「過去のこととしよう」と各国に説いて回っているようだが、そんなことにもならない。今後、南シナ海の歴史が語られるとき、この判決は最重要の出来事として扱われるだろう。各国政府が作成する文書においても、中国で扱いはよくわからないが、同様である。各国の研究者にとってもこの判決は第一級の資料であり続けるだろう。
日米などは判決の重要性とそれに従った行動をとるべきことを指摘したが、今後もそうすべきだ。日米ともに裁判の当事者ではなかったが、中国の行動は国際法に違反しているという今次仲裁判決を尊重するのは当然だと思う。
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