平和外交研究所

オピニオン

2016.05.02

沖ノ鳥島海域での台湾漁船の拿捕

 4月25日、海上保安庁は沖ノ鳥島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内で無許可操業していた台湾の漁船を拿捕し、船長を逮捕した。漁船側は、早期釈放のため「担保金」を支払い、船長は26日に釈放された。
 台湾の馬英九総統は、沖ノ鳥島は海洋法条約に規定に照らして「島」ではなく、「岩礁」にすぎないと主張し、日本側の行為を非難した。台湾では、漁船や馬英九総統の主張に同調して日本に対する抗議行動が起こっており、また、台湾当局は巡視船をこの海域へ派遣するなど、かなりの騒ぎとなっている。
 この件についてはいくつか考えさせられることがある。
 第1に、沖ノ鳥島近辺では以前にも台湾の漁船が拿捕されたことがある。台湾側では沖ノ鳥島を「島」と認めず、したがって日本の排他的経済水域も認めないものの、拿捕される危険があるので近づかないよう指導していたと報道されている。
この経緯に照らせば、今回の事件はなぜ起こったのか不可解だ。日本側の主張が正しい、いや、正しくないという問題(これについては後述する)を離れて、なぜ台湾漁船は拿捕される危険を知りながら日本の主張する排他的経済水域内で操業したのかである。
 第2に、馬英九総統は、形式的には日本の海上保安庁が台湾の漁船を拿捕したことを非難しているのだが、今回の事件をできるだけ穏便に済まそうという姿勢は見えず、むしろ、日本の沖ノ鳥島に対する主張は不当だとさかんに非を鳴らすことによって問題を大きくしているのではないか。
 馬英九の主張は、国連海洋法条約第121条の
「1項 島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。
2項 3項に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。
3項 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。」を根拠としており、一見合理的な主張のように聞こえる。

 しかし、馬英九総統は、蔡英文新政権が誕生する前に領土問題で台湾のナショナリズムを掻き立てることにより新政権をけん制し、国民党との協力が必要なことをアピールしようとしており、今回の事件においても実はそのような底意があるのではないか。
 推測を重ねるようなことになるが、台湾の漁船が第1に述べた行動を起こしたのは、そもそも馬英九総統の意思が働いていたのではないか。ことの性質上このような推測が正しいかどうか今直ちには分からないにしても、時間をかけて検証していく必要があろう。
 第3に、台湾側では、日本は台湾の漁船だけを差別扱いしており、同じ海域で同様の操業をしている韓国の漁船は拿捕していないと非難している。
 これは、常識的にはあり得ないことだ。台湾をひいきにして、韓国を差別しているということであれば、まだ理解できないでもないが(台湾をひいきにすることも本来あってはならないことだが)、その全く逆のことを言っているので理解に苦しむ。いずれにしても事実か否か確かめる必要がある。
 第4に、岸田外相はじめ、日本側が沖ノ鳥島は「島」であると国連によって認められていると説明しているのは、国連海洋法条約に基づいて設置された大陸棚限界委員会(Commission on the Limits of the Continental Shelf; CLCS)が、2012年4月26日に沖ノ鳥島を基点とする我が国の大陸棚延長を認めた勧告を行ったことを指している。これは勧告であるが、「大陸棚限界委員会の勧告に基づいて設定した大陸棚の限界は、最終的なものとし、かつ、拘束力を有する」と国連海洋法条約第76条8が規定しており、日本政府がこの勧告に従って引いた限界線は拘束力があるとされているのだ。
 第5に、しかし、それでも台湾が不服ならば、同条約が定める方法で訴えることが可能であり、馬英九総統がそのようなことを示唆しているのは興味深い。台湾が訴えを起こすならば日本は応じるべきだ。
 第6に、ただし、台湾が実際に常設国際仲裁裁判所に訴えを提起できるかという問題がある。同裁判所の審理の対象となる案件は国家間の紛争に限らず、国家と私人であっても可能なので、台湾漁民と日本政府との間の紛争であっても不可能なわけではない。
 しかし、訴えを起こす当事者資格が台湾に認められるか。台湾はそれを希望するだろうが、中国政府がどのような態度をとり、また、裁判所がどのように判断するか分からない。馬英九総統はこの点についてどのような考えなのか。
 ちなみに、台湾は現在、世界保健大会(WHA)に招待されていないと危機感を抱いている。中国が反対するためだ。
 フィリピンは、南沙諸島に関し2013年に中国を相手として同裁判所に裁判を求め、審理は現在も進行中で、近く決定が発表されると言われている。台湾は訴えられた当事者ではなかったが、2015年10月31日と11月2日の2回、仲裁裁判所の決定は承服できないとの外交部声明を発表した。台湾はフィリピンと中国の争いに自ら割って入った形になったのだ。その理由について台湾は、同裁判所が予備審査の段階で台湾の意見を聞かなかったからだと言っている。つまり、台湾としては、南沙諸島のなかの太平島を台湾が実効支配しているのに台湾の意見を聞かないで審理を進めるのは不当だという気持ちなのだろうが、これだけ聞けば、台湾は仲裁裁判の当事者になれると思っているような気もする。

 ともかく、日本と台湾の間で仲裁裁判が実現するか分からないが、以上のような法的・技術的問題があるにしても、原則として、台湾が仲裁裁判など国際的に決められたルールで問題の解決を図るのは歓迎すべきことであり、台湾がそのための行動を起こすのであれば、日本政府は積極的に応じるべきである。
2016.04.22

習近平政権の言論統制‐2016年(その2)

 習近平主席は「中央サイバーセキュリティ・情報化指導小組」の長である。習近平が一身に集めている権力の一つだ。形式的には宣伝工作、メディア対策などの総元締めであり、中共中央の宣伝部門もその指揮下に置かれている。習近平が実際どの程度個別の問題にまで指示しているかは不明だ。前回のコラムで紹介した議論によると、現場あるいは下部機構がメディアに対して恣意的な処分をしていることがうかがわれる。つまり、必ずしも習近平の考えではないということだ。
 一方、雑誌『炎黄春秋』において起こったことなどは、明らかに習近平の指示があったと推測される。この雑誌は中国革命の元老の次の世代、「紅二代」に属する胡徳平(胡耀邦の子)、李鋭(毛沢東の秘書)らにより出版されてきた雑誌だ。彼らは指導者におもねることなく比較的リベラルな発言で改革開放の推進を後押ししてきた。
 しかし、中央の宣伝部門にとっては、このような雑誌を野放しにしておくことは危険であり、様々な形で圧力を加えてきた。習近平主席が言論統制を強化する方針を打ち出したことは宣伝部門にとって追い風となり、2015年6月、当時の楊継縄編集長を辞任に追い込んだ(当研究所HP 2016.01.09付「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」)。
 習近平も「紅二代」だ。この雑誌の関係者は習近平と同等レベルの大物ばかりであり、その編集長を首にすることは習近平の直接の指示なしにはできないはずだ。

 習近平は諸権力を一身に集め、第2の毛沢東になろうとしていると言われるくらいだが、実際には習近平に批判的な人たちもおり、まだ微妙な状況もあるようだ。
 その関連で注目されたのは、習近平に対して辞任を要求した公開状だった(当研究所HP 2016.03.07付「習近平主席への公開状(抜粋)」、2016.03.28 付「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」および2016.03.30 付「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」)。
これを報道したサイトはすぐに閉鎖されたが、インターネットで広く流布された後であった。
 当局は犯人探しに躍起となり、少しでも関係した人物を拘束し、本人が捕まらない場合は家族に圧力を加えることも辞さなかった。中国の著名コラムニスト、賈葭も行方不明になった一人である。

 この公開状は本当に影響があったか。
 一つ意外なことが『炎黄春秋』誌で起こった。同誌は閉刊近くまで追い込まれていたのだが、当局は今年の春節(旧正月)を前にして態度をがらりと変えた。習近平の側近が同誌を訪問し、天安門事件で失脚した趙紫陽の業績をたたえることを勧めたのだ(米国に本拠がある『多維新聞』3月22日付)。
 また、同誌は昨年、新春交歓会を直前になって突然中止させられたのだが、今年は開催を認められた。
 杜導正同誌社長はかつて趙紫陽の薫陶を受けた人物だ。直ちに趙紫陽の業績をたたえる一文を掲載した。趙紫陽は天安門事件で学生に同情しすぎて失脚したのであり、趙紫陽についてこのような文章を発表することは、いわゆる民主派の不満を吸収する政治的意義がある。
 ただし、習近平に変化があったか否か、この件だけで判断することは困難だ。ジェスチャーだけかもしれない。
 習近平は4月19日、北京で「サイバーセキュリティと情報化に関する取り組みの座談会」を招集し、「イノベーション、協調、エコ、開放、共有の発展理念に従い中国の経済・社会発展を推進することは、当面の中国の発展における要請と大きな趨勢であり、中国のインターネット・情報事業の発展はこの大きな趨勢に適応し、新たな発展理念に実行において一歩先んじ、インターネット強国の建設を推進し、インターネット・情報事業の発展を推進し、インターネットが国と国民により良く幸福をもたらすようにするべきだ」と強調した(翌日の人民日報報道)。
 要するに、中国の発展に重要な役割を果たすインターネットを盛り立てなければならないと言っており、これまでインターネットを強く問題視し、かなり乱暴な手法でネット空間を統制してきた習近平政権として、この座談会では一味違った包容力を示した感もある。
 ただし、これは人民日報の報道だ。習近平がメディアは国家に奉仕するべきだという考えであることは周知であり、最近は「メディアは共産党の一家(姓党)」を繰り返し強調している。そう簡単に軟化するとは思えない。
 しかし、今までのようにただ言論統制を強化するだけでは不満が高まり、危険な状態に発展することを恐れ、一種のガス抜きを図った可能性はある。公開状の信ぴょう性とともに今後検証していくべきことだと思われる。

 個別の事案ではあいかわらず強権的に言論を統制するケースが目立っている。以下はその若干の例である。これは必ずしも網羅的でなく他にも隠れているケースがありうる。

○香港の「銅鑼灣書店」の店長、店員ら5人は、2015年10月、突然失踪した。後に中国から電話があり居場所が判明した。約5カ月後の3月24日、香港へ帰還した。中国での調査は終わっておらず、近日中に大陸へ戻るそうだ。彼らが中国によって拉致されたのは明らかだ。
○『明報』でパナマ文書の特集を組んだ編集幹部、姜国元が4月20日、突然解雇された。パナマ文書は習近平の親族が租税回避にかかわっていたことを暴露したことでよく知られている。香港の財界人も多数関与していた。『明報』紙側では、パナマ文書の特集が解雇の理由でないと説明しているが、誰からも信じられていないようだ。明報は香港の新聞として中国内の新聞ほど統制されていないが、完全に独立しているわけではない。
○さる1月、甘粛省の地元紙、「蘭州晨報」「蘭州晩報」「西部商報」に所属する男女3人の記者が拘束された。彼らは地元政府の不正などに関する報道を行ない、脅迫を受けていた。
○『南方都市報』前編集長、李新はタイへ出国し連絡を絶った。後に、本人から妻へ電話があり、中国での調査に協力していることが判明した。妻は「中国の当局により強制的に連れ去られたに違いない。鑼灣書店の店主と同じだ」と話している。

最後に、中国の言論統制に関する当研究所のコラムを掲げておく。
2013.10.23 「中国の言論統制強化」
2016.01.09 「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」
2016.04.20 「習近平政権の言論統制‐2016年(その1)」

2016.03.07付「習近平主席への公開状(抜粋)」
2016.03.28 「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」
2016.03.30 「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」

2016.04.20

習近平政権の言論統制‐2016年(その1)

 習近平主席は統治手段として腐敗追及と言論統制の2本の鞭を駆使している(当研究所HP1月5日および9日「習近平主席の2本の鞭」)。以下はそのうちの1つ、言論統制に関するその後の動向(その1)である。

 2月19日、習近平主席は中央テレビ局(CCTV)、人民日報、新華社3大政府系メディアを訪問した。これらは中央宣伝部による言論統制のかなめであり、党や政府の「代弁者」と呼ばれているが、それでも実際には微妙な問題があり、習近平主席が訪問した場合にどのように対応するか、中国内では注目されていた。
 CCTVでは「CCTVは党が苗字で(党に属するという意味)、绝对忠诚です。どうぞ検閲してください」という字幕を大型テレビ画面で流した。これにはメディアの矜持などかなぐり捨てたあからさまな追従であると反発する声が起こり、論争となった。

 本来企業家だが、大胆な発言で有名な任志强はSNSで、「政府系のメディアは党に属するというが、なぜ人民に属すると言わないのか」と批判した。メディアは人民のためであることを忘れていると批判したのであり、これは当局として面白くない発言だ。任志强の批判を流した新浪や腾訊微博のアカウントを急きょ閉鎖してしまった。
 政府系メディアは、これまた当然だが、任志强の発言を激しく糾弾した。
 本来ならば任志强は処分されるところだが、今回の発言についてはとくにおとがめを受けなかった。中国国内の政治状況が複雑なためだ。任志强は昨年共青団を批判したことがあり、その時も処分される危険があったが、中国内の宣伝部系統、共青団派、習近平勢力および王岐山の規律検査委員会系統の4つのグループがけん制しあった(当研究所3月16日付「ある中国人実業家の率直な発言が暴露した中国の政治状況?」)ため、宣伝部だけが強い措置をとることはできなかった。この状況が今日まで続いているのである。

 2月初め、『南方都市報』は「メディアは党に属する」という4文字(媒体姓党)の真下に、1月末に逝去した元老、袁庚の遺骨が最後の居住地である深圳市蛇口の海に散骨される写真を載せ、「魂、大海へ帰る」とキャプションを付けた。袁庚は言論の自由を重視し、晩年当局から問題視されていた。
 同報はこれまで何回も宣伝部にたてつく報道を行っては、圧力を加えられ訂正記事を書かされていた。今回の記事も暗に「メディアは党に属する」を風刺したものであったと見られている。
 しかし、その後、『南方都市報』の総編集、任天陽は「メディアは党に属する」を擁護することを強要され、また、この記事に関係した者を厳しく処分した。中央からの圧力があったからだと見られている。
 『南方都市報』事件の影響は大きく、リベラルなメディア、外国のメディアはつぎつぎに閲覧制限がかけられたり、閉鎖されたりした。ロイター社の中国語サイトや、香港のサウスチャイナ・モーニング・ポストの中国内サイトなどもそのような目にあっている。

 新華社の周方(ペンネーム)は3月7日、宣伝部門を批判し、「違法な行為で世論に誤った知識を植え付けている。改革開放の深化を妨げ、党と政府を損ない、中華民族の長期的利益を損なっている」「ブログやミニサイトを司法手続きを経ずに閉鎖し、強制的に罪を自白させている」「多くの人はそのやり方に疑問を抱き、文化革命の再来を恐れている」などと書いた。この人物の本名はすでに知られており、海外メディアの取材も受けている。元新華社の編集員だったが、現在は事務をさせられている。周方の告発文は既に削除された(多維新聞3月14日付)。

 これとほぼ同時期に、海外でも信頼度の高い財経網は、英文版でやはり中央のメディア統制とニュース・チェックのあり方を批判し、同サイトが3月3日に掲載した文章などを勝手に違法と決めつけ、削除していると報道した。削除された記事は上海財経大学の蒋洪教授のインタビュー記事で、同教授は人民としての意見を発表する重要性を述べたものだった。
 蒋洪が超えたレッドラインの1つは、一度収まったかに見えた任志强事件に火をつけ論争を再燃させたこと、2つ目は、全人代はラバースタンプで、政治協商会議は花瓶だと批判したこと、3つ目は人民の発言の自由を強調しすぎたことだと言われている。

 人民日報傘下の『環球時報』の編集長胡錫進は、習近平主席の3大メディア訪問の際にもメディアのあり方について不満を漏らし、「中国のメディアとして報道する自由度を高めるべきであり、現在のメディアは力が足りない」「中国はもっと言論を自由にし、建設的な意見を受け入れるべきだ」などと発言した。また、任志强を擁護した。
 積極的に発信する胡錫進は以前から当局によって危険視されおり、すでに中央規律検査委員会から処罰されていた。主要政府系メディアの大物が処罰された最初のケースであった。問題にされたのはわずか6千元(日本円約12万円)の使途であり、今日の中国では大した金額でなかったのに追及されたのは政治的な意図があったからである。
 胡錫進は以前から、インターネット規制に使われているファイアーウォールにも批判的で、「それは一時的な規制にとどまるべきである」「長く使えば中国社会を脆弱にし、抵抗力をなくする」という意見も発表していた(この意見も当局によって削除された)。

(以下続く)

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