平和外交研究所

オピニオン

2016.08.16

(短評)中国の指導者が思案していること‐北戴河などで

 「北戴河は北京の東280キロにある海岸で避暑地として知られているが、ここで夏を過ごす中国の指導者は懸案について協議し、事実上の決定を下すこともある。正式でないのはもちろんであるが、非常に重要な話し合いも行われる。だから、中国に駐在の各国大使館、報道機関などは北戴河でどのような動きがあるか、懸命に情報収集を試みる。
 しかし、噂の類は別として、正確な情報を得るのは困難であり、数年たって初めて実情が分かってくることもある。たとえば、1987年早々に失脚した胡耀邦総書記の場合、突然問題が起こったのでなく、そこへ至るまでにさまざまな経緯があり、なかでも前年、北戴河で話し合われたことは大きな節目であった。しかし、当時、そのような事情はよく分からなかった。
 今年はどうなるか。中国の指導者が北戴河で何を話し合うかなど外から推測できるわけはないが、話題になりそうなテーマとしては次のようなことが考えられる。」
 これは昨年の今頃にアップした北戴河会議に関する一文の出だしであるが、今でもここに書いたことは変わっていないのでまず再掲しておく。
 
 来年(2017年)は中国共産党第19回大会が開催される。5年に1回の大会であり、前回の2012年には習近平政権が誕生した。来年の会議ではトップ指導者の異動が最大関心事となる。
 現在の政治局常務委員、つまりトップ7のうち、習近平と李克強の2名だけは来年64歳と62歳なので次期の5年も務められるが、この両名以外は定年の70歳以上となるので退任する。王岐山は来年69歳だが、68歳以上は再任されないことになっている。
 政治局常務委員が7人になったのは2012年の第18回大会以来であり、そのうち5人が交代するのは大きな出来事だ。習近平が次期も安定的に政権を運営していけるか、新人事にかかっている。
 政治局常務委員にはある程度担当の職務が決まっている。なかでも王岐山が規律検査委員会の長として反腐敗運動を担当しているのは有名だ。
 2012年までは政治局常務委員は9人であったが、習近平は公安担当を廃止し、自ら公安関係の元締めとなっている。前期、公安関係を担当していた周永康は汚職の罪で摘発され、有罪が確定している。
 
 習近平が腐敗取り締まりと言論統制を2本の鞭として中国を統治してきたことは本研究所のHPで何回か指摘してきた。反腐敗運動はすでに山を越したという見方もあるが、腐敗の摘発と政治改革は関連があり、この運動は今後も中央および地方で継続されるだろう。
 王岐山は腐敗取り締まりの最高実務責任者として腕を振るってきたので、同人が引退するとなると次期政権ではその代わりに誰がつくのか大きな注目点となるが、具体的な候補は不明だ。
 
 言論統制は、今後、従来以上に厳しく行われるだろう。言論の自由化ないし緩和を求める声は常に存在するし、何らかのきっかけで大問題になる危険性がある。習近平政権としては統制を緩めることは困難だ。
 習近平は党の宣伝部の在り方に不満であり、その上に新しい機構を作って自ら責任者となった。現在の厳しい言論統制はこの新体制の下で進められているが、宣伝部関係者が一つの派閥となってかく乱要因、あるいは阻害要因になっているという指摘もある。

 最近浮上してきた問題として、共産主義青年団(共青団)と毛沢東記念堂の地方移転がある。
 「共青団改革計画」は8月2日、党中央弁公庁から発表された。共青団幹部の人数を減らすなど厳しい内容だ。共青団は共産党を支え、将来の幹部を養成する機関であるが、最近は官僚主義化し、本来の趣旨から離れて派閥を構成しているとみられていた。習近平は共青団の活動に不満であったらしい。
 「共青団派」は「太子党」や「上海閥」とならぶ派閥であり、「太子党」は中央を牛耳り、「共青団派」は地方を支配した、などと言われることもあった。習近平は派閥を嫌い、このいずれも破壊しようとしていると言われている。
 共青団の改革は計画通りに進むか。共青団は地方のみならず中央にも根を張っており、共青団から胡錦濤前主席、李克強総理、李源朝国家副主席、周強成最高検察院院長、汪洋副総理などが出ている。

 毛沢東については様々な死後評価があるが、なかでも、毛沢東の「70%は正しく、30%は過ち」という鄧小平の評価は、当初厳しいものと受け止められたが、改革開放後の中国において一種有権的解釈のような重みがあり、今日に至るもその評価は基本的に維持されている。
しかるに、最近決定された毛沢東記念堂の地方移転は鄧小平による評価よりも厳しい意味合いがある。単純化して言えば、地方移転により、毛沢東思想は今後中国の指針でなくなり歴史的意味のみが残る、また、首都北京に同思想を想起させる記念堂を置く価値がないという位置づけになるからだ。
 もちろん記念堂の移転だけで毛沢東の評価が決定されるのではない。共産党の歴史資料でどのように評価されるかも見る必要があるが、記念堂の移転決定は現在の中国を象徴しているように思われる。
 習近平自身は地方を重視しており、権力を保持し、富を蓄えるのに余念がない「権貴階級」には批判的である。大衆を重視するあまり「左派」だと言われることさえある。しかし、毛沢東思想をあまり高く掲げると、権力闘争が起こる恐れがあり、これは危険だ。習近平としては政治のバランスを維持しなければならない。そのような微妙な情勢の中で今回の記念堂移転に踏み切ったのは、習近平としても経済成長の回復を重視せざるを得ない、その限りにおいては大衆の利益などにかまっておれない、だからまた毛沢東思想をあまり高く掲げることはできないという判断になったのかと思われる。
2016.08.08

習近平政権のさらなる言論統制強化- 『炎黄春秋』編集人の交代

 『炎黄春秋』とは、中国革命の元老の次の世代、すなわち「紅二代」に属する胡徳平(胡耀邦の子)、李鋭(毛沢東の秘書)らにより出版されてきた雑誌であり、共産党中央におもねることなく比較的リベラルな発言で改革開放の推進を後押ししてきた。もちろん全く自由ではなく、一定の範囲内だが、中国ではユニークな立場にあり、例外的な雑誌である。
 しかし習近平政権の厳しい言論統制にあい、ごく最近、とうとう息の根を止められてしまった。
 『炎黄春秋』誌については、さる4月22日に当研究所HPに掲げた「習近平政権の言論統制‐2016年(その2)」で以下のような解説をした。

 「中央の宣伝部門にとっては、このような雑誌を野放しにしておくことは危険であり、様々な形で圧力を加えてきた。習近平主席が言論統制を強化する方針を打ち出したことは宣伝部門にとって追い風となり、2015年6月、当時の楊継縄編集長を辞任に追い込んだ(当研究所HP 2016.01.09付「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」)。
 習近平も「紅二代」だ。この雑誌の関係者は習近平と同等レベルの大物ばかりであり、その編集長を首にすることは習近平の直接の指示なしにはできないはずだ。
 一つ意外なことが『炎黄春秋』誌で起こった。同誌は閉刊近くまで追い込まれていたのだが、当局は今年の春節(旧正月)を前にして態度をがらりと変えた。習近平の側近が同誌を訪問し、天安門事件で失脚した趙紫陽の業績をたたえることを勧めたのだ(米国に本拠がある『多維新聞』3月22日付)。
 また、同誌は昨年、新春交歓会を直前になって突然中止させられたのだが、今年は開催を認められた。
 杜導正同誌社長はかつて趙紫陽の薫陶を受けた人物だ。直ちに趙紫陽の業績をたたえる一文を掲載した。趙紫陽は天安門事件で学生に同情しすぎて失脚したのであり、趙紫陽についてこのような文章を発表することは、いわゆる民主派の不満を吸収する政治的意義がある。
 ただし、習近平に変化があったか否か、この件だけで判断することは困難だ。ジェスチャーだけかもしれない。」

 そして、さる8月2日、『炎黄春秋』誌は「法定代表人が杜導正から郝慶軍に交替した」という「公告」を出した。今年の春起こったことはやはりジェスチャーだったようだ。
 ちなみに、郝慶軍は杜導正の半分くらいの年齢の(50歳未満)文学者であり、その権威は杜導正には比較にならないくらい低い人物だ。党中央としては思い通りに動かせるのだろう。
 要するに、中国において単なる党官僚の代弁者でなく、革命も重視しながら経済建設の行きすぎには苦言を呈する、したがってリベラルに見えることもある雑誌の息の根がとうとう止められてしまったのだ。習近平政権の過酷な言論統制を象徴する出来事である。


最後に、当研究所は中国の言論統制に関し次のような諸論評を掲げている。
2013.10.23 「中国の言論統制強化」
2016.01.09 「習近平主席の2本の鞭-その2言論統制」
2016.03.07 「習近平主席への公開状(抜粋)」
2016.03.28 「(短文)習近平主席に対して辞職を求める公開状の調査」
2016.03.30 「(短文)習近平に対する第2の辞任要求」
2016.04.20 「習近平政権の言論統制‐2016年(その1)」
2016.04.22 「習近平政権の言論統制‐2016年(その2)」 

2016.08.07

(短評)中国の公船の尖閣諸島海域への侵入

 8月6日、中国の公船数隻(7隻?)が尖閣諸島付近で我が国の接続水域に侵入し、日本側からの警告を無視して長時間居続けた。日本は外交チャネルで抗議したが、中国はまったく聞き入れなかっただけでなく、一部公船は日本側からの抗議の後、日本の領海内にも侵入するという無法ぶりであった。これまで何回も繰り返されてきたパターンだが、今回はかなりひどかったらしい。

 今回の中国側の行動は、南シナ海に関して先月国際仲裁裁判の判決が下り、中国が全面敗訴したことと関係があると思う。中国はそのためだとは言わないが、判決後、日本に対して南シナ海の問題にかかわるなと主張し、また、「行動を慎め」と外交儀礼を欠いた発言を行うなどしていた。
 尖閣諸島付近での行動が南シナ海問題と関係があると自ら言わないのは、問題を拡大し、情勢を悪化させたのは日本側だ、と主張するためだろうが、実際には中国が関連付けている。これについては7月22日付の当研究所HPに掲載した「南シナ海の判決を中国が受け入れないもう一つの理由―台湾・尖閣諸島への影響」を参照願いたい。

 残念ながら中国は今後もこのようなことを繰り返す危険がある。そうなった場合、日本はあくまで冷静に、毅然とした態度で、国際法と日本の法令に従って対処するのはもちろんだが、南シナ海情勢との関連にも注意する必要がある。

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