平和外交研究所

中国

2020.05.25

COVID-19と中国のしたたかな外交

 新型コロナウイルスによる感染問題は、中国にとって改革開放政策が約40年前に始まって以来最大の危機であったと思われる。1989年にも中国は天安門事件のために国際的な非難を浴びたが、その原因となったのは中国の民主化運動であり中国内の問題であった。しかし、新型コロナウイルスによる感染においては世界中の人々が生命の危険にさらされた。

 中国政府が対応に苦慮したのは想像に難くない。2002~03年のSARS(重症急性呼吸器症候群)の際に対応の遅れなど不手際のため国際的な非難を浴びたことは苦い経験となっていたはずである。今回の新型コロナウイルスによる感染においても特に米国からは厳しく非難されていた。しかも、米国政府だけでない。米国のメディアも中国政府の初期対応に強く批判的であり、最も権威あるウォールストリート・ジャーナル紙などは2月3日、”China Is the Real Sick Man of Asia”と激烈な言葉で非難していた。
 そんな中、世界保健機関(WHO)の年次総会が5月18~19日、テレビ会議方式で開かれた。中国は下手をすれば各国から総攻撃を受ける危険があった。総攻撃とは言い過ぎだ、あり得ないと思われるかもしれないが、中国に対してはやんわりとした口調であっても、共産党支配に疑念を抱かせる、あるいは権力闘争に影響を与える強い批判になりうる。

 中国政府はそのような事態に陥らないよう事前からよく対策を練っていたと思われる。その内容としては次の諸点が含まれていた。

 第1に、各国は感染源が武漢市であるとみなしていたが、中国政府としてはそれを認めないことにした。WHOの総会に先立って、米国とは感染源についてすでに論争が始まっており、米国は新型コロナウイルスは「中国ウイルス」とか「武漢ウイルス」と呼んでおり、またそれを証明する証拠を握っていると豪語していた。

 これに中国側は反発し、中国外務省の報道官は、米軍が湖北省武漢に新型コロナウイルスを持ち込んだ可能性があると発言したこともあった。米国政府はかねてから在中国大使館にCDC(米疾病予防管理センター)からの出向者を置き、中国側と疾病対策について協力しており、中国政府はその中で何らかの付け入るスキがあるとみたのかもしれない。ともかく、中国政府は米側と非難合戦を展開する中で、米国は実際には証拠を公にできないと判断したのだと思われる。

 一方、中国は世界を敵に回すことにならないよう注意を払った。総会の前から始めたことだが、各国に対して医療面での協力を行い、医療物資を約150カ国に提供した。その中には、中国を激しく非難する米国も含まれていた。医療チームを派遣したのは24か国にのぼった。中国がWHO総会を無事に乗り切るのに、このような大規模な医療協力は効果的だったであろう。

 またウイルスの起源問題について、習近平主席はWHO総会の演説で、「各国の科学者がウイルス発生源と感染ルートの研究をすることを支持する」と表明した。中国にとって触りたくないはずの問題についてもオープンな姿勢を見せたのであるが、中国は本当に各国との協力を重視していたのか、よく見ていく必要がある。

 決議案はEUが主導し、日本を含む60数か国が共同で提案したものであったが、検証については「公平、独立、包括的」な検証を求めるという内容であり、中国を含め加盟194か国の全会一致で採択された。ウイルスの発生源と人間への感染ルートに関する言及は次の通り含まれた。
REQUESTS the Director-General: to identify the zoonotic source of the virus and the route of introduction to the human population, including the possible role of intermediate hosts, including through efforts such as scientific and collaborative field missions, which will enable targeted interventions and a research agenda to reduce the risk of similar events occurring, as well as to provide guidance on how to prevent infection with severe acute respiratory syndrome coronavirus 2 (SARS-COV2) in animals and humans and prevent the establishment of new zoonotic reservoirs, as well as to reduce further risks of emergence and transmission of zoonotic diseases
 
 この決議によれば、発生源は中国と特定されていない。中国はこの決議に従っても米国に対して上述の、米軍が関与した云々の主張を行うことは可能と考えているのだろう。また、中国外務省の趙立堅副報道局長は定例会見で、決議案に「各国が一致した」としつつ、「多くの国が、感染防止が急務であり発生源の調査を直ちに始めるのは時期尚早と考えている」と述べたことも注目される。つまり、本決議は新型コロナウイルスの発生源と人間への感染ルートについて調査するという原則は明確化しているが、どこで、またいつその調査を行うかは明確になっていないのである。

 米国によって中国寄りだと批判されていたWHOについては、現在のメカニズムが有効か評価することになった。この点では米国の主張が受け入れられたといえる。ただ評価のプロセスが始まると中国の影響が出てこないか。また、テドロス事務局長は「できる限り早い適切な時期に検証を行う」と述べているが、米中の対立が持ち込まれることにならないか、保証の限りでない。WHOは今年の秋、総会(の続き)を開催することになっているが、その頃には各国で新型コロナウイルスによる感染が第二派を迎えている可能性があるなど不確定要因は少なくない。

2020.05.14

WHO総会と台湾


 WHO(世界保健機関)の年次総会が5月18日、本部のあるジュネーブにおいてテレビ会議の方式で開催される。今年は新型コロナウイルスによる感染問題で世界中が苦しみ、米国と中国がこのウイルスの感染源問題や中国の初期対応をめぐって鋭く対立している中での開催である。

 米国のトランプ米大統領は4月14日、WHOが中国寄りであると批判し、米国がWHOのコロナウイルス対応を検証する間、資金拠出を凍結すると発表した。検証には60〜90日かかる見込みだという。米国が支払いを拒否すれば、WHOは予算総額の約15%、約8.9億ドルを失うことになる。WHOの予算は2年サイクルであり、現在は2018-19年である。義務的な分担金と任意の拠出金から構成されている

 台湾はこの総会にオブザーバーとしても招待されないらしい。台湾は以前オブザーバーとしてWHO総会に参加していたが、2017年からは中国の反対で参加できなくなた。今年についても中国は台湾の参加に反対であると明言しており、総会は台湾の参加がないまま開かれることになりそうだ。

 台湾は世界の感染症対策にとって欠かせない存在である。SARS(重症急性呼吸器症候群)の際にも台湾は貢献した。今年の新型コロナウイルスによる感染問題に関しては、いち早く果断な対策を講じて感染拡大の防止に努め素晴らしい結果をあげた。

 台湾が提供する関連情報は各国にとって貴重なものであるが、中国が認めないため、WHOで作成する報告から台湾は欠落している。台湾は、新型コロナウイルスに関する最新の感染状況を直接WHOに通知しているが、その情報はWHOから各国に伝えられていない。

 こんな状況は即刻是正すべきである。台湾は中国の一部であるという中国の主張に反対しようという意図では毛頭ない。世界的な感染症対策において台湾は各国にとって不可欠のプレーヤーだからである。

 報道によれば、米国と日本の主導の下、カナダ、英国、フランス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドが台湾のオブザーバー参加を求める意向をWHOに口頭で伝えたという。日本政府は公表していないが、そうであれば称賛したい。

 中国はこれに反発し、参加した各国を非難したらしい。これに関し、ニュージーランドのピーターズ外相は12日、あらためて今回の新型コロナウイルスによる感染問題に関する台湾の対応を称賛し、他国は台湾から多くのことを学ぶことができると指摘した。その後、アーダーン首相は、台湾を巡るニュージーランドの立場は新型コロナウイルスへの公衆衛生上の対応のみに関連していると強調し、「われわれは常に『1つの中国』を支持する立場をとってきた。この立場に変わりはない」と述べた。ニュージーランドのこの姿勢は高く評価できる。

 18日に開催されるWHO総会において、日本は各国とともに、できるだけ技術的、専門的な観点からWHOは台湾のオブザーバー参加を認めるべきだと発言すべきである。共同の声明もありうる。またその際、必要であれば、日本は、「台湾は中国の一部であるという中国の立場を理解・尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」との立場を表明し、日本は何も変わっていないことを再確認することももちろん考えられる。
2020.04.25

コロナウイルス感染問題と中国の欧州への影響力など

 セルビアのブチッチ大統領は3月15日、国民向けの演説で「欧州の連帯など存在しない。おとぎ話だった」と不満をぶちまけた。

 旧ユーゴスラビアを構成していた国が続々と独立し、最後に残った国がセルビアである。独立した国はEUへ加盟していった。セルビアも加盟を申請しているが、加盟するにはEUが定めている準備過程を経なければならない。セルビアは一刻も早く加盟したいのだが、まだその最中にある。

 そんな中、新型コロナウイルスによる感染問題から大きな波紋が生じた。セルビアでは7114人が感染している(4月24日現在)。西ヨーロッパの諸国とは比較にならない数であるが、セルビアの人口は700万人強なので対人口比でみればかなり高い。西ヨーロッパ諸国と肩を並べる水準ともいえる。しかし、セルビアの医療水準は西ヨーロッパとは比較にならないくらい低い。日本はセルビア各地の病院に医療器具を多数無償提供しているので事情はよく分かる。

 当然、セルビアはEUに医療支援を要請しただろう。私が在セルビアの大使であった時からセルビアは何かにつけEUに助力を求めていた。セルビアの首相が暗殺され、葬儀が行われた際、最初に弔辞を読んだのはセルビアの大統領でも国会議長でもなく、EUの代表であった。セルビアはそれくらいEUを大事にしているのである。

 しかしEUにはセルビアを助ける余裕はなかった。イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなどの状況をみると、それも仕方がなかったと思われる。

 そんな時にセルビアに手を差し伸べてきたのが中国であった。中国はセルビアに3月21日、6人の専門家を支援物資とともに派遣した。また、習近平主席はブチッチ大統領に電報を送り「戦略的パートナー」だと強調した。

 また、中国はこれと相前後して、東欧旧共産圏16か国にギリシャを加えてテレビ会議を主催し、ウイルス感染への対応のノウハウを伝授した。この16か国会議はかねてから中国の欧州における影響力を増加させるメカニズムとしてEU側が警戒しているものである。セルビアはこの会議の一員である。しかも、今回は欧州側の調整役を務めた。

 ブチッチ大統領の中国寄りの姿勢はますます顕著になった。中国からの医療支援チームがセルビアの首都ベオグラード空港へ到着した際には、ブチッチ大統領自らが出迎えた。1国の大統領が外国からの医療チームを出迎えるなど異例中の異例である。

 この一連の動きはいくつかの観点から見ておく必要がある。一つはセルビアと中国との関係である。セルビアは1990年代、NATOの攻撃を受けた時から味方になってサポートしてくれた中国に恩義を感じており、今回の新型コロナウイルスによる感染問題をめぐってますます中国との関係が重要であることを認識しただろう。
しかし、セルビアがEUとの関係を見直すことになるとは思えない。EUへの加盟申請を取り消しなどすればあまりにも失うものが大きい。セルビアがEUへの加盟を実現することと中国との友好関係は本来矛盾しない。

 中国の欧州に対する影響力については、ギリシャ、次いでイタリアを「一帯一路」の協力国とするなどすでにかなりの実績を上げており、またハンガリーなどは、EU内で中国の利益に反することが起こればそれを食い止める役割を果たしている。ASEAN内でのカンボジアのような役割である。新型コロナウイルスによる感染問題を機に中国の発言力は一層高まったとみられる。

 もっとも、中国は新型コロナウイルスによる感染問題に関し、欧米諸国から非難の目で見られている。中国は果敢に米国と舌戦を交えているが、不利な状況にあるのは否めない。中国が欧州で味方を増やすことはさらに状況が悪化するのを食い止める意味合いもある。

 EUとしては、中国の影響力が増大することは好まないが、現実には中国の存在はじわじわと大きくなっていく傾向にある。現在、英国がEUから離脱するプロセスが進み、しかも新型コロナウイルスによる感染問題で主要国が軒並みに苦しんでいる最中に、中国の影響力がまた増大したのである。

 ロシアとの関係も問題である。新型コロナウイルスによる感染問題に関しイタリアに支援を行い、軍用機14機で消毒機材や検査機とともに医師や専門家約100人を送り込んだ。
このため欧州のメディアでは、ロシアが危機に乗じて欧州での存在感を高めようと画策していると懸念する論調が目立っているという。

 EUの連帯はどうなるか。苦しい中であるが、3月末には急きょ、4億1千万ユーロ(約480億円)の緊急支援をセルビアなどEU加盟を目指す西バルカンの国々につぎ込むことを決定した。

 4月に入ると、ルーマニアやノルウェーの医師、看護師をイタリアに派遣した。加盟国間でのマスクや消毒剤など医療品の融通にも力を入れている。当初は自国を優先していたドイツやフランスなども他国の重症患者を受け入れたり、マスクなど医療品を送ったり、連帯の修復に向けた動きを始めている。

 フォン・デア・ライエン欧州委員長は、EUが多国間主義の強力な推進者であることを常日頃強調している。

 しかし、EUの加盟国はどのように評価しているか。今回の新型コロナウイルスによる感染問題に関してもEUとしてなすべきことはできたと認識しているか。難民問題、英国の離脱、新型コロナウイルスによる感染問題と続き、今後、感染問題が解決した後にはEU諸国としても厳しい経済困難に陥ることは不可避なだけに、EUとしての存在価値と役割にどのような影響が出てくるか目が離せなくなっている。

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