中国
2017.04.07
同氏は、よく言えば舌鋒鋭い論客であるが、極論を吐くことでも知られている。トランプ大統領が就任早々の1月27日に発出した、中近東の特定7カ国からの入国を制限する大統領令はバノン氏が起案したと言われていた。
バノン氏は大統領選中、その過激な主張がトランプ候補に気に入られ、政権成立後国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーに入れられるなど異例の待遇を受けたが、新政権が矛盾に満ちた状況の中で現実的な姿勢を取り始めるに伴い、大統領の側近にも人事異動が生じた。バノン氏がNSCから外れたことは国家安全保障問題担当大統領補佐官であったマイケル・フリン氏が辞任したことと並んでトランプ大統領側近の入れ替えを象徴する出来事だ。
バノン氏がNSCから外れたことによりマクマスター安全保障担当大統領補佐官としては仕事がしやすくなっただろう。マクマスター氏は任命前、バノン氏らと衝突するのではないかと懸念されていた人物であり、NSCは、大きく見れば極端な人物が去って、実務的な人が入ってきたわけである。
バノン氏は「あと5年から10年のうちに、我々は南シナ海で戦争をする」と言っていた。この発言も当面問題にされなくなるだろうが、南シナ海が米中間で最大の矛盾であることに変わりはない。トランプ大統領は習近平主席との会談で南シナ海の問題をどのように扱うか、現在進行中の米中首脳会談の結果が待たれる。
バノン米大統領上級顧問・首席戦略官がNSCから外された
4月4日、スティーブ・バノン大統領上級顧問・首席戦略官がNSC(国家安全保障会議)から外されることが発表された。同氏は、よく言えば舌鋒鋭い論客であるが、極論を吐くことでも知られている。トランプ大統領が就任早々の1月27日に発出した、中近東の特定7カ国からの入国を制限する大統領令はバノン氏が起案したと言われていた。
バノン氏は大統領選中、その過激な主張がトランプ候補に気に入られ、政権成立後国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーに入れられるなど異例の待遇を受けたが、新政権が矛盾に満ちた状況の中で現実的な姿勢を取り始めるに伴い、大統領の側近にも人事異動が生じた。バノン氏がNSCから外れたことは国家安全保障問題担当大統領補佐官であったマイケル・フリン氏が辞任したことと並んでトランプ大統領側近の入れ替えを象徴する出来事だ。
バノン氏がNSCから外れたことによりマクマスター安全保障担当大統領補佐官としては仕事がしやすくなっただろう。マクマスター氏は任命前、バノン氏らと衝突するのではないかと懸念されていた人物であり、NSCは、大きく見れば極端な人物が去って、実務的な人が入ってきたわけである。
バノン氏は「あと5年から10年のうちに、我々は南シナ海で戦争をする」と言っていた。この発言も当面問題にされなくなるだろうが、南シナ海が米中間で最大の矛盾であることに変わりはない。トランプ大統領は習近平主席との会談で南シナ海の問題をどのように扱うか、現在進行中の米中首脳会談の結果が待たれる。
2017.03.27
林鄭氏の得票数は777票で、当選に必要な選挙委員(定員1200)の過半数(601)を1回目の投票で上回った。
世論調査で56%の支持率があった前財政官、曽俊華(ジョン・ツァン)氏は365票、元裁判官の胡国興氏は21票だった。
林鄭氏は梁振英(C・Y・リョン)現長官のもとで選挙制度改革を担当。若者が「真の普通選挙の実現」を訴えた2014年の大規模デモ「雨傘運動」で、香港政府代表として若者と対話し、要求を退けたことが習指導部に評価されたが、若者の支持は得られず、世論調査の支持率は曽氏の約半分まで低下していた。
(経緯と問題点)
行政長官の選挙方法については香港の中国への返還(1997年)以来問題があった。
1984年の中国と英国との返還合意では、「香港特別行政区においてはその成立後も社会主義の制度と政策を実施せず、香港の既存の資本主義制度と生活様式を保持し、50年間変えない」という有名な基本原則が謳われた(第1付属文書)。
英国統治時代の「総督」に代えて新たに「行政長官」が中国政府により任命されることになり、その選出については「現地で選挙または協議を通じて選出され、中央人民政府が任命する」とだけ記載されていた(中英合意第3項4)。普通選挙、つまり、香港住民による選挙とは記載されていなかったが、香港の住民の間では民主的な政治は維持・推進したいという願望が強かった。経緯の冒頭で引用した原則はそのことを示していた。
中英合意に従い1990年に制定された香港基本法(中国の法律)では、「行政長官は地元で選挙または協議を通じて選出され、中央人民政府が任命する。行政長官の選出方法は、香港特別行政区の実情および順を追って漸進するという原則に基づいて規定し、最終的目標は広範な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きを踏んで指名したのち普通選挙で選出されることである」と記された(第45条)。つまり、基本法は、前半では中英合意をそのまま記載しつつ、後半では「指名委員会」による指名の後「普通選挙による」としたのだった。
そのように2段階の選出方法にしたのは、住民による「普通選挙」を導入せざるを得ないとしても、ただそれを認めると「香港の中国化」は困難になるし、中国本土へ民主化の影響が及ぶ危険があるので、一定の統制は必要と考え、中国政府がコントロールする「指名委員会」での指名を条件にしたのであった。形式だけは普通選挙にしても、実質は完全なコントロールを維持することとしたと言えるだろう。
2014年、全人代に提出された行政長官選出案は、形式的には普通選挙を導入しているが、事実上親中国派しか立候補できない仕組みになっており、これには反対が強く成立しなかった。そのため今回の選挙も、1200人の選挙委員だけが投票権を持つ旧来の制度で実施された。選挙委の構成には民意はほとんど反映されず、中国とビジネス面で関係の深い業界団体の代表ら親中国派が8割以上を占めると言われる。民主派にとっては、立候補はできるが、当選できない仕組みが少なくとも5年続くわけだ。
林鄭氏は中国政府の任命を経て、7月1日に就任する予定だが、その日に香港返還20周年式典が開催される。民主派はこの機会に政府との対決姿勢を強めているとも言われる。林鄭氏は記者会見で、「分断を修復し、市民を団結させることが最重要の仕事になる」と語ったが、その実現は容易でない。
香港の行政長官選挙
香港政府のトップである行政長官の選挙が3月26日に行われ、中国政府の支持を受けた前政務長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏が当選した。林鄭氏の得票数は777票で、当選に必要な選挙委員(定員1200)の過半数(601)を1回目の投票で上回った。
世論調査で56%の支持率があった前財政官、曽俊華(ジョン・ツァン)氏は365票、元裁判官の胡国興氏は21票だった。
林鄭氏は梁振英(C・Y・リョン)現長官のもとで選挙制度改革を担当。若者が「真の普通選挙の実現」を訴えた2014年の大規模デモ「雨傘運動」で、香港政府代表として若者と対話し、要求を退けたことが習指導部に評価されたが、若者の支持は得られず、世論調査の支持率は曽氏の約半分まで低下していた。
(経緯と問題点)
行政長官の選挙方法については香港の中国への返還(1997年)以来問題があった。
1984年の中国と英国との返還合意では、「香港特別行政区においてはその成立後も社会主義の制度と政策を実施せず、香港の既存の資本主義制度と生活様式を保持し、50年間変えない」という有名な基本原則が謳われた(第1付属文書)。
英国統治時代の「総督」に代えて新たに「行政長官」が中国政府により任命されることになり、その選出については「現地で選挙または協議を通じて選出され、中央人民政府が任命する」とだけ記載されていた(中英合意第3項4)。普通選挙、つまり、香港住民による選挙とは記載されていなかったが、香港の住民の間では民主的な政治は維持・推進したいという願望が強かった。経緯の冒頭で引用した原則はそのことを示していた。
中英合意に従い1990年に制定された香港基本法(中国の法律)では、「行政長官は地元で選挙または協議を通じて選出され、中央人民政府が任命する。行政長官の選出方法は、香港特別行政区の実情および順を追って漸進するという原則に基づいて規定し、最終的目標は広範な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きを踏んで指名したのち普通選挙で選出されることである」と記された(第45条)。つまり、基本法は、前半では中英合意をそのまま記載しつつ、後半では「指名委員会」による指名の後「普通選挙による」としたのだった。
そのように2段階の選出方法にしたのは、住民による「普通選挙」を導入せざるを得ないとしても、ただそれを認めると「香港の中国化」は困難になるし、中国本土へ民主化の影響が及ぶ危険があるので、一定の統制は必要と考え、中国政府がコントロールする「指名委員会」での指名を条件にしたのであった。形式だけは普通選挙にしても、実質は完全なコントロールを維持することとしたと言えるだろう。
2014年、全人代に提出された行政長官選出案は、形式的には普通選挙を導入しているが、事実上親中国派しか立候補できない仕組みになっており、これには反対が強く成立しなかった。そのため今回の選挙も、1200人の選挙委員だけが投票権を持つ旧来の制度で実施された。選挙委の構成には民意はほとんど反映されず、中国とビジネス面で関係の深い業界団体の代表ら親中国派が8割以上を占めると言われる。民主派にとっては、立候補はできるが、当選できない仕組みが少なくとも5年続くわけだ。
林鄭氏は中国政府の任命を経て、7月1日に就任する予定だが、その日に香港返還20周年式典が開催される。民主派はこの機会に政府との対決姿勢を強めているとも言われる。林鄭氏は記者会見で、「分断を修復し、市民を団結させることが最重要の仕事になる」と語ったが、その実現は容易でない。
2017.03.21
中国の全人代はもともと民主主義国家の議会とはまったく異なり、政府の活動を承認することだけが役割であった。つまり、全人代は中国も民主的だという体裁を示すための行事に過ぎなかったが、いつまでもそれだけではもたなくなり、ある程度は国民に発言させ、それを吸収することが必要になってきた。しかし、問題はどの程度そのような民主化が進んだかである。
さる3月8日、当研究所HPの「(短文)中国の全国人民代表大会(議会)と国内の不満」では、李克強首相の「政府活動報告」は民衆の不満を取り上げているが、それは一部の問題に過ぎず、腐敗、不公平な資源配分、数字偏重の経済成長、環境悪化、失業など本当に深刻な問題は表に出していないという『多維新聞』(米国に本拠がある中国語の新聞)記事を紹介した。
また、比較的客観的な報道で知られている香港の『明報』紙は、今次全人代で最高法院と最高検察院が行った報告に関し、上海社会科学院応用経済研究所の張泓銘研究員が、報告は昨年国民の関心を集めた3つの案件を完全に無視し、一言も触れていない、それで「法治」と言えるか、と発言したことを報道している。
第1は、「雷洋」なる人物が買春の容疑で逮捕され拘留中に死亡した事件で、警察により撲殺された疑いがあったが、検察は「軽微」な問題として関与した5人の警察官を不起訴処分とした。
第2は、長老による比較的自由な発言で知られていた『炎黄春秋』誌への党・政府の介入に関し、雑誌社側は裁判所に訴えたが、受理を拒否された案件だ。
第3は、山東建築大学の鄧相超教授が毛沢東批判を行ったのに対し、左派勢力から攻撃され山東省政府から参与の地位を解かれ、さらに学校の前で「鄧相超を打倒せよ」を叫ぶデモが行われた件である。
これらの案件の説明は、おそらく全貌が伝わっていないために、それほど深刻な問題でないという印象をもたれるかもしれないが、中国のインターネットで広く伝えられ、全国的に関心を集めた。
その意味では、最高法院・検察院報告についての議論にも、全人代を民主化したいという願いが表れているようだが、張泓銘研究員自身は自己の発言があまり広がることに困惑気味であると『明報』は伝えている。要するに、この研究員もいったんは発言したが、政治問題化するのを警戒しているのである。驚くことではないが、全人代民主化の途はやはり遠いようだ。
(短文)中国の議会(全人代)の民主化度合
中国の全国人民代表大会(全人代)は3月5日から15日まで開催され、全体としては政府が描いたシナリオ通りに事が運び、2017年の国内総生産(GDP)成長率目標を「6・5%前後」とする政府活動報告や予算などが採択された。中国の全人代はもともと民主主義国家の議会とはまったく異なり、政府の活動を承認することだけが役割であった。つまり、全人代は中国も民主的だという体裁を示すための行事に過ぎなかったが、いつまでもそれだけではもたなくなり、ある程度は国民に発言させ、それを吸収することが必要になってきた。しかし、問題はどの程度そのような民主化が進んだかである。
さる3月8日、当研究所HPの「(短文)中国の全国人民代表大会(議会)と国内の不満」では、李克強首相の「政府活動報告」は民衆の不満を取り上げているが、それは一部の問題に過ぎず、腐敗、不公平な資源配分、数字偏重の経済成長、環境悪化、失業など本当に深刻な問題は表に出していないという『多維新聞』(米国に本拠がある中国語の新聞)記事を紹介した。
また、比較的客観的な報道で知られている香港の『明報』紙は、今次全人代で最高法院と最高検察院が行った報告に関し、上海社会科学院応用経済研究所の張泓銘研究員が、報告は昨年国民の関心を集めた3つの案件を完全に無視し、一言も触れていない、それで「法治」と言えるか、と発言したことを報道している。
第1は、「雷洋」なる人物が買春の容疑で逮捕され拘留中に死亡した事件で、警察により撲殺された疑いがあったが、検察は「軽微」な問題として関与した5人の警察官を不起訴処分とした。
第2は、長老による比較的自由な発言で知られていた『炎黄春秋』誌への党・政府の介入に関し、雑誌社側は裁判所に訴えたが、受理を拒否された案件だ。
第3は、山東建築大学の鄧相超教授が毛沢東批判を行ったのに対し、左派勢力から攻撃され山東省政府から参与の地位を解かれ、さらに学校の前で「鄧相超を打倒せよ」を叫ぶデモが行われた件である。
これらの案件の説明は、おそらく全貌が伝わっていないために、それほど深刻な問題でないという印象をもたれるかもしれないが、中国のインターネットで広く伝えられ、全国的に関心を集めた。
その意味では、最高法院・検察院報告についての議論にも、全人代を民主化したいという願いが表れているようだが、張泓銘研究員自身は自己の発言があまり広がることに困惑気味であると『明報』は伝えている。要するに、この研究員もいったんは発言したが、政治問題化するのを警戒しているのである。驚くことではないが、全人代民主化の途はやはり遠いようだ。
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