平和外交研究所

オピニオン

2017.05.13

尖閣諸島に関する古文献の英訳

 最近、内閣官房の「領土・主権対策企画調整室」により、美根慶樹の論文「中国・明時代の支配域は? 古文献に見る尖閣諸島の歴史的経緯」(『The page』に2015年3月28日掲載されたもの)の英訳が行われました。同室のホームページから検索できます。また、日本国際問題研究所からも直接アクセスできます。
日本国際問題研究所→Japan Digital Library→Japan’s Territories Series→Yoshiki Mine, “What was the extent of the territorial control of Ming Dynasty China?: The Historical background of Senkaku Islands in historical documents”
 便宜のため、以下に同論文を再掲しておきます。
「 尖閣諸島に関し、最近2つの出来事がありました。1つは、中国の国家測絵総局が1969年に「尖閣群島」と日本名で表記した地図を日本外務省が公開したことです。本年3月付の「尖閣諸島について」と題する同省の資料に掲載されています。
 2番目は、昨年、北京でのAPEC首脳会議に先立って日中両国の事務方が関係改善のために合意したことについて、中国の在米大使館員が米国の研究者に対し、日本側が従来の態度を変更し、尖閣諸島は両国間の問題であることを認めたと説明してまわったことです。
日本外務省が昨年11月7日に公表した合意では「双方は,尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し,対話と協議を通じて,情勢の悪化を防ぐとともに,危機管理メカニズムを構築し,不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」と記載されているだけであり、尖閣諸島は両国間の問題であるということは一言も書いてありません。日本政府の「尖閣諸島をめぐり,解決すべき領有権の問題は存在していない」という立場はまったく変化していません。中国が一方的に要求しているだけです。

 この機会に尖閣諸島についての考え方をあらためて整理しておきましょう。重要な論点は6つあります。
①古い文献にどのように記載されているか。
②日本政府が1895年に尖閣諸島を日本の領土に編入したことをどのように見るか。この行為を批判する見解もあります。
③戦後の日本の領土再画定において尖閣諸島はどのように扱われたか。とくにサンフランシスコ平和条約でどのように扱われたか。簡単に言えば、尖閣諸島の法的地位いかんです。
④その後日中両政府は尖閣諸島をどのように扱ってきたか。「棚上げしたか否か」という議論、1969年の中国国家測絵総局の地図、さらには昨年の日中合意などもこのグループに含まれます。
⑤1968年の石油埋蔵に関する国連調査との関連。
⑥沖縄返還との関連。

 ①から⑥までの論点のうち、もっとも基本的なものは、①の、古文献にどのように記載されているかと、③の、国際法的に尖閣諸島はどのような地位にあるかです。まず、本稿では古文献の記載を説明します。

 中国は1971年から従来の態度を変更して尖閣諸島に対する領有権を主張するようになりましたが、その根拠として、明国の海防を説明した書物『籌海圖編(ちゅうかいずへん)』(胡宗憲著)、清国の使節(冊封使)であった汪楫(オウシュウ)の『使琉球雑録(しりゅうきゅうぞうろく)』、それに西太后の詔書の3文献を引用していましたが、最後の文献は偽造であることが判明しており、現在は使わなくなっています。琉球は古くは日本と清の双方に朝貢しており、その関係で数年に1回清朝から琉球に使節(冊封使)が派遣されており、その旅行記がかなりの数残っています。
 汪楫の『使琉球雑録』は、福建から東に向かって航行すると尖閣諸島の最東端の赤嶼で「郊」を過ぎる、そこが「中外の界」だと記載しています。これについて、中国政府は「中外の界」は中国と外国との境だと主張していますが、この「中外の界」と言ったのは案内していた琉球人船員であり、それは「琉球の中と外の境界」という意味でした。つまり尖閣諸島は琉球の外であると記載されていただけです。琉球の外であれば明国の領域になるわけではありません。そのことは後で説明します。
 『籌海圖編』については、その中の図が尖閣諸島(の一部の島)を中国名で示しているのは事実ですが、この文献には明軍の駐屯地と巡邏地(じゅんらち。警備する地域)がどこまでかということも示しており、尖閣諸島はいずれについても外側にあると図示されています。つまり明国の海防範囲の外にあることが記載されていたのです。

 一方、明や清の領土は中国大陸の海岸までが原則で、それに近傍の島嶼が領域に含まれていることを示す文献が数多く存在しています(最近出版された石井望氏の『尖閣反駁マニュアル』などを参考にしました)。 
○同じ汪楫が著した『観海集』には「過東沙山、是閩山盡處」と記載されていました。「閩山」とは福建の陸地のことであり、この意味は「東沙山を過ぎれば福建でなくなる(あるいは福建の領域が終わる)」です。東沙山は馬祖列島の一部であり、やはり大陸にへばりついているような位置にある島です。
○明朝の歴史書である『皇明実録(こうみんじつろく)』は、臺山、礵山、東湧、烏坵、彭湖、彭山(いずれも大陸に近接している島嶼)は明の庭の中としつつ、「この他の溟渤(大洋)は、華夷(明と諸外国)の共にする所なり」と記載しています。つまり、これらの島より東は公海だと言っているのです。
○明代の勅撰書『大明一統志』も同様に明の領域は海岸までであると記載しており、具体的には、「東至海岸一百九十里」と記載しています。これは福州府(現在の福州)の領域を説明した部分であり、「福州府から東へ一百九十里の海岸まで」という意味です。一百九十里は福州から海岸までの直線距離40数キロにほぼ合致します。同じ記載の文献は他にも多数あります。

 以上、中国の古文献では、清や明の領域が海岸までであることが明記されています。中国大陸と琉球の間の海域は『皇明実録』が言うように「華夷(明と諸外国)の共にする所」だったのです。また、このことは、尖閣諸島を含めこの海域に存在する無人島は中国も琉球も支配していなかったことを示しています。このような記述は歴史の常識にも合致します。中国の古文献は政治的な影響を受けることなく、実体をごく自然に記載していたと思われます。
 なお、日本政府は1895年に、尖閣諸島が無人島であることを確認して日本領に編入しました。それ以来一貫して日本の領土です。」

2017.05.04

日本は台湾のWHO総会への参加を支持すべきだ

 台湾の蔡英文総統は3日、ツイッターに日本語で「台湾は国際医療活動を取り組んできました。医療環境の厳しい国々と共に頑張ってこられた台湾の世界に対する貢献です」とつぶやいた。
 蔡氏は先月29日には英語で、「台湾は今年のWHO総会から排除されるべきではない。保健分野の問題は国境では止まらない。台湾の役割は重要だ」などとアピールしていた。

 WHOの年次総会は5月22日から開催されるが、招待状がまだ届かないからだ。台湾はWHO総会に2009年以来オブザーバー参加している。いまだに届かないのは中国が蔡英文総統に不満だからだろう。不満の原因は、蔡英文氏が「一つの中国」に関する中国の主張に従わないからだろうが、蔡英文氏は個人的好みで中国の主張に従わないのではない。台湾の民意を代表してのことであり、それは尊重されるべきではないか。。
 台湾の法的な地位を認めよというのではない。台湾は東アジアで疫病対策などに重要な役割を果たしており、WHOの業務遂行にとって不可欠であることにふさわしい扱いをすべきだ。

 蔡英文総統がこのように繰り返しアピールしているのは、よほど困難な状況に陥っているからなのだろう。日本は米国とともに、台湾のオブザーバー参加が例年通り実現するよう最大限支持し、協力すべきである。
2017.04.26

世界保健機構(WHO)年次総会への台湾の出席問題

 今年のWHO年次総会(WHA)は5月22~31日、ジュネーブで開催される。例年通りだ。しかし、中国は台湾の出席を阻止、あるいは条件を付けようと工作しているらしい。その理由は蔡英文総統が「一つの中国」に関する中国側の主張を認めないからである。
 
 昨年の総会の場合、蔡英文総統は5月20日に就任した直後に難題に直面することとなったが、ひと悶着があったのち、結局認められた。それ以来、中国は何とかして蔡英文総統を中国の主張に従わせようと試みてきたが、奏功しなかった。
 そして、今年もWHAの開催が近づいてきたのであり、中国語のメディアは関連の報道を始めている。今年の場合、そのような経緯があっただけに、中国は昨年以上に圧力を強めている可能性がある。
 問題の性質は変わっていないので、昨年本研究所のHPに掲載した一文の関係部分をほぼそのまま掲載する。

「2016.05.20 台湾の蔡英文新総統の就任とWHOで起こっている不可解な事実

新総統就任の3日後から、ジュネーブで世界保健総会が開催される。WHO(世界保健機構)の年次総会だ。
 台湾は7年前から「Chinese Taipei 中華台北」の名称でオブザーバー参加してきた。ところが今年の招待状には例年と異なり、中国大陸と台湾が不可分であるとする「一つの中国」の原則を強調する特記事項が、45年前に国連で採択された決議の引用とともに記されていた。国連での中国の代表を「中華民国」から「中華人民共和国」に変更した決議である。末尾に引用しておく。
 中国のある高官は、今年は台湾の代表を世界保健総会に全く招待しないことになるだろうという発言をしたことが別途報道されていた。しかし、台湾をWHOのオブザーバーとして招待することとしたのは、WHOのメンバー国の総意である。中国が要求したからと言って、そのような特記事項を恣意的につけることはできないので、中国とWHOの事務局の間で工夫した結果、特記事項としたのだろう。
 しかし、それでも異論が出る可能性があり、わが国としても対応を迫られることがありうる。

 この招待状について、台湾の外交部は5月7日付で、次のような立場を表明した。
「WHOが我が国を「中華台北」の名称、オブザーバーの資格、衛生福利部長(大臣)の肩書きで今回のWHO総会に8回目となる招請を行ったことに対して、我が国政府はこの発展を前向き受け止めている。今年の招待状に国連総会第2758号決議、WHO総会第25.1号決議、並びに上述の文書の中に「1つの中国原則」が言及されたことは、WHOが一方的に独自の立場を陳述したものに過ぎない。我が国政府は過去8年間、両岸は「92年コンセンサス、『1つの中国』の解釈を各自表明する」を交流の基礎とし、衛生福利部の訪問団がWHO総会に参加することも含め、実務的に関連テーマを処理してきた。我が国がWHO総会に参加する意義、価値および貢献は、国民および国際社会が広く評価するところである。」
 これは冷静な対応だと思う。

 総じて、中国の台湾に対する態度は大国主義的、強権的ではないか。少なくとも台湾人の心をつかむには逆効果となる姿勢だと思う。

Resolution 2758 (XXVI)
THE GENERAL ASSEMBLY,
Recalling the principles of the Charter of the United Nations,
Considering the restoration of the lawful rights of the People’s Republic of China is essential both for the protection of the Charter of the United Nations and for the cause that the United Nations must serve under the Charter.
Recognizing that the representatives of the Government of the People’s Republic of China are the only lawful representatives of China to the United Nations and that the People’s Republic of China is one of the five permanent members of the Security Council,
Decides to restore all its rights to the People’s Republic of China and to recognize the representatives of its Government as the only legitimate representatives of China to the United Nations, and to expel forthwith the representatives of Chiang Kai-shek from the place which they unlawfully occupy at the United Nations and in all the organizations related to it.
1967th plenary meeting
25 October 1971」

 なお、中国の蔡英文総統に対する圧力の強化については、「2016.06.08(短文)中国の蔡英文新政権に対するハラスメント」にも関連の状況を記載している。ご参考まで。

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