平和外交研究所

オピニオン

2017.04.10

トランプ・習会談と貿易合意

 米中首脳会談についての感想である。
 
 まず、トランプ大統領の「初めての直接会談で米中関係は大きく前進した」という評価を額面通り受け取る気持ちにはなれない。
 北朝鮮問題は、基本的にはこれまで何十回と繰り返してきたやり取りの繰り返しだったようだ。
 「すべての選択肢がテーブルの上にある」「中国がしないなら米国だけで行動する」などの発言は軍事行動を示唆しているとして注目されているが、20数年前に米国が検討した軍事行動の是非と今は何が違うか。20年前、北朝鮮は核を持っていなかった。今、軍事行動はその時よりももっと困難ではないか。
 ともかく、片言隻句をとらえて想像をたくましくするようなことでは実態は分からないし、いたずらに混乱するだけだ。
発言する方も問題だ。ほんとうに確信があってのことか。トランプ政権に見られがちなレトリック/口先だけに過ぎないのではないか。
 
 政治・安全保障面での最大の問題である東シナ海・南シナ海問題については、トランプ氏は中国が国際規範を守ること、南シナ海を軍事拠点化しないとの習近平主席の発言を守ることを求め、また、米国は「自由の航行作戦」を強化する方針であることを伝えた。
 これに対する中国側の発言は公表されていない。この問題について前進があったとは思えないが、オバマ・習会談の時のように公の場で双方がまったく違う見解を主張しあうことを避けたのは特に中国として賢明な対処であった。
 
 一方、中国側の発表としては新華社通信の報道があるが、「両首脳は深く、友好的に、長時間会談し、新たなスタート地点から中米関係を発展させることに合意した」と言っているだけで、この報道も今次会談の政治・安全保障面の成果を伝えているとは思えない。もっとも、中国は今回の会談が決定される前からトランプ大統領の出方を強く警戒しており、いかにして会談を失敗させないかを目標としていた。新華社報道は中国側としてその目標は達成されたと認識していることを示している。

 今次会談の成果は貿易不均衡を是正するために「100日計画(100-day plan)」を作成する合意である。その内容はこれから詰めることとなるが、米国に拠点がある『多維新聞』は、中国は金融と牛肉の輸入に関し国内市場を開放する案を考慮していると報道している。また、トランプ大統領は米国の鉄鋼輸入に関する行政命令を発出する考えであり、その内容はとくに中国に厳しいものとなるとの観測を米政府への取材結果に基づき報道してい
2017.04.07

バノン米大統領上級顧問・首席戦略官がNSCから外された

 4月4日、スティーブ・バノン大統領上級顧問・首席戦略官がNSC(国家安全保障会議)から外されることが発表された。
 同氏は、よく言えば舌鋒鋭い論客であるが、極論を吐くことでも知られている。トランプ大統領が就任早々の1月27日に発出した、中近東の特定7カ国からの入国を制限する大統領令はバノン氏が起案したと言われていた。
 バノン氏は大統領選中、その過激な主張がトランプ候補に気に入られ、政権成立後国家安全保障会議(NSC)の常任メンバーに入れられるなど異例の待遇を受けたが、新政権が矛盾に満ちた状況の中で現実的な姿勢を取り始めるに伴い、大統領の側近にも人事異動が生じた。バノン氏がNSCから外れたことは国家安全保障問題担当大統領補佐官であったマイケル・フリン氏が辞任したことと並んでトランプ大統領側近の入れ替えを象徴する出来事だ。
 
 バノン氏がNSCから外れたことによりマクマスター安全保障担当大統領補佐官としては仕事がしやすくなっただろう。マクマスター氏は任命前、バノン氏らと衝突するのではないかと懸念されていた人物であり、NSCは、大きく見れば極端な人物が去って、実務的な人が入ってきたわけである。

 バノン氏は「あと5年から10年のうちに、我々は南シナ海で戦争をする」と言っていた。この発言も当面問題にされなくなるだろうが、南シナ海が米中間で最大の矛盾であることに変わりはない。トランプ大統領は習近平主席との会談で南シナ海の問題をどのように扱うか、現在進行中の米中首脳会談の結果が待たれる。

2017.03.27

香港の行政長官選挙

 香港政府のトップである行政長官の選挙が3月26日に行われ、中国政府の支持を受けた前政務長官の林鄭月娥(キャリー・ラム)氏が当選した。
 林鄭氏の得票数は777票で、当選に必要な選挙委員(定員1200)の過半数(601)を1回目の投票で上回った。
世論調査で56%の支持率があった前財政官、曽俊華(ジョン・ツァン)氏は365票、元裁判官の胡国興氏は21票だった。
 林鄭氏は梁振英(C・Y・リョン)現長官のもとで選挙制度改革を担当。若者が「真の普通選挙の実現」を訴えた2014年の大規模デモ「雨傘運動」で、香港政府代表として若者と対話し、要求を退けたことが習指導部に評価されたが、若者の支持は得られず、世論調査の支持率は曽氏の約半分まで低下していた。

(経緯と問題点)
 行政長官の選挙方法については香港の中国への返還(1997年)以来問題があった。
 1984年の中国と英国との返還合意では、「香港特別行政区においてはその成立後も社会主義の制度と政策を実施せず、香港の既存の資本主義制度と生活様式を保持し、50年間変えない」という有名な基本原則が謳われた(第1付属文書)。
 英国統治時代の「総督」に代えて新たに「行政長官」が中国政府により任命されることになり、その選出については「現地で選挙または協議を通じて選出され、中央人民政府が任命する」とだけ記載されていた(中英合意第3項4)。普通選挙、つまり、香港住民による選挙とは記載されていなかったが、香港の住民の間では民主的な政治は維持・推進したいという願望が強かった。経緯の冒頭で引用した原則はそのことを示していた。

 中英合意に従い1990年に制定された香港基本法(中国の法律)では、「行政長官は地元で選挙または協議を通じて選出され、中央人民政府が任命する。行政長官の選出方法は、香港特別行政区の実情および順を追って漸進するという原則に基づいて規定し、最終的目標は広範な代表性をもつ指名委員会が民主的手続きを踏んで指名したのち普通選挙で選出されることである」と記された(第45条)。つまり、基本法は、前半では中英合意をそのまま記載しつつ、後半では「指名委員会」による指名の後「普通選挙による」としたのだった。
 そのように2段階の選出方法にしたのは、住民による「普通選挙」を導入せざるを得ないとしても、ただそれを認めると「香港の中国化」は困難になるし、中国本土へ民主化の影響が及ぶ危険があるので、一定の統制は必要と考え、中国政府がコントロールする「指名委員会」での指名を条件にしたのであった。形式だけは普通選挙にしても、実質は完全なコントロールを維持することとしたと言えるだろう。

 2014年、全人代に提出された行政長官選出案は、形式的には普通選挙を導入しているが、事実上親中国派しか立候補できない仕組みになっており、これには反対が強く成立しなかった。そのため今回の選挙も、1200人の選挙委員だけが投票権を持つ旧来の制度で実施された。選挙委の構成には民意はほとんど反映されず、中国とビジネス面で関係の深い業界団体の代表ら親中国派が8割以上を占めると言われる。民主派にとっては、立候補はできるが、当選できない仕組みが少なくとも5年続くわけだ。

 林鄭氏は中国政府の任命を経て、7月1日に就任する予定だが、その日に香港返還20周年式典が開催される。民主派はこの機会に政府との対決姿勢を強めているとも言われる。林鄭氏は記者会見で、「分断を修復し、市民を団結させることが最重要の仕事になる」と語ったが、その実現は容易でない。

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