平和外交研究所

中国

2017.06.06

シャングリラ対話と南シナ海問題

 6月3~5日、シンガポールにおいて「アジア安全保障会議(シャングリラ対話)」が行われた。米国のマティス国防長官は演説で南シナ海や東シナ海の問題に言及して「国際社会の利益を侵害し、規則に基づいた秩序を壊す中国の行動を容認しない」と述べた上、中国が、南シナ海で造成した人工島に滑走路やレーダーサイトなどの建設を進めていることについて、「軍事化そのもので、国際法を無視しており、他国の利益を害している」と厳しく批判した。

 また、日米豪の3カ国防衛相が4日会談し、その後発表された共同声明は次のように述べた。
「3大臣は、国際法を重視し、南シナ海を含め航行及び上空飛行の自由、並びにその他合法的な海の使用を擁護していくとの共通のコミットメントを強調した。3大臣は、南シナ海での一方的な現状変更のために威圧又は武力を行使することに強い反対を表明し、係争のある地形の軍事目的での使用に反対を表明した。
 3大臣は、南シナ海において領有権を主張する全ての当事者に対し、自制を働かせ、緊張緩和に向けた措置を講じ、埋立活動を停止し、係争のある地形を非軍事化し、緊張を高めかねない挑発的な行動を控えるよう促した。3大臣は、特に2016年7月の仲裁裁判判断に留意しつつ、外交や他の紛争解決メカニズムを通じた平和的な紛争解決の重要性を強調した。3大臣は、当事国政府に対し、領土及びそれに伴う海洋権益に係る主張を国際法に従って、特に海洋の権益に係る主張に関しては国連海洋法条約を反映する形で、明確にした上で追求するよう求めた。この点に関し、3大臣は、2016年7月の仲裁判断が、南シナ海における紛争を平和的に解決する努力をさらに進める有益な基盤となりうることに留意した。3大臣はまた、東南アジア諸国連合(ASEAN)及び中国の当局間での、南シナ海における行動規範(COC)枠組み案への合意に留意した。三大臣は、効果的で法的拘束力を有するCOCの早期合意に向けた、国際法に基づく対話を奨励し続け、南シナ海における行動宣言全体の完全かつ効果的な履行を呼びかけた。
 3大臣は、東シナ海において、現状を変更し緊張を高めようとする、あらゆる一方的又は威圧的な行動への強い反対を改めて表明した。3大臣はまた、この地域における状況に関し、引き続き緊密に意思疎通を図る意図を表明した。」

 この共同声明は中国を名指しこそしていないが、南シナ海および東シナ海で生じている問題を余すところなく取り上げ、かつ、問題を惹起した国家を批判しており、マティス国防長官の発言とあいまって今後の南シナ海・東シナ海問題に関する基本的文献の一つになるものである。
 念のため、キーワードをあらためて掲げると、国際法の重視、航行および飛行の自由、一方的な現状変更に対する強い反対、係争のある地形(注 岩礁などのこと)を軍事目的に使用するのに反対、埋立活動の停止、外交や他の紛争解決メカニズムを通じた平和的な紛争解決、領土問題や海洋権益に係る主張を国際法に従って行うべきこと、2016年7月の仲裁判断が、南シナ海における紛争を平和的に解決する努力をさらに進める有益な基盤となることなどである。

 中国は、今回の会議でマティス国防長官が南シナ海問題についてあまり強い姿勢を取らないと見ていたようだ。トランプ大統領は北朝鮮問題に関し中国がよく協力していると評価する発言を行っていたからだろう。さる4月の習近平主席との会談でもトランプ氏は南シナ海問題を特に問題として取り上げなかった。
 中国の今回のシャングリラ対話に臨む姿勢は代表の選任にも表れていた。この会議に中国はこれまで副総参謀長の一人を派遣していた。国防相が出席したことも過去にはあった。しかし、今回は中国軍事科学院(軍のシンクタンク)の何雷副院長が代表だったのだ。「中将」ではあるが、現役の副総参謀長とは格が違う。
 ともかく、中国の出席者はマティス国防長官の発言に反発し、演説後各国のプレスに対し弁明と米国批判を懸命に行ったが、マティス長官演説のようなインパクトはなかった。

 中国はこのシャングリラ対話の向こうを張ってか、2006年から北京で多国間の安全保障対話「香山フォーラム」を開催している。中国は各国の防衛相や参謀長に招待状を出しているそうだが、実際には学者、外交官、元防衛担当者、中国の専門家などが出席しているにとどまっている。しかし、議論は活発かつ率直である。
 中国軍が対外的に開放的姿勢を取り、このような対話を主催することは非常に有意義だ。前回の会議では、主催者側は、会議運営で気が付いたことは何でも指摘してほしいと御用聞きをするほどサービス精神が旺盛であり、各国代表団にはその国の言語を話せる世話係を配し便宜を図っていた。
 もっとも、香山フォーラムは今年は中止されることになったそうだ。現在中国軍において大規模な改革が進められており、フォーラムを運営する中国軍事科学院も改革の対象になっていることが背景にあるという。
 しかし、来年は例年通り開催する予定だ。今回のシャングリラ対話の際中国の何雷団長はシンガポールのウン国防相に来年の香山フォーラムへの出席を招請したと伝えられている。
2017.05.29

G7首脳会議-トランプ大統領の初舞台

 今年の主要国(G7)首脳会議はイタリア・シチリアのタオルミーナで開催された。G7とは何か。分かりにくいと思っている人が少なくないだろうし、その意義となるとさらにはっきりしないが、今年のG7の最大の特徴はトランプ米国大統領が出席したことであった。

 トランプ大統領はさまざまに言われているが、国際協調に全く後ろ向きだったのではない。貿易に関してトランプ氏はかねてから中国、ドイツ、日本などとの不均衡を問題視するあまり保護主義的措置をいとわない姿勢を示してきたが、今回の首脳会議では、「我々(G7の首脳)は,不公正な貿易慣行に断固たる立場を取りつつ,我々の開かれた市場を維持するとともに,保護主義と闘うという我々のコミットメントを再確認する」と、G7として保護主義に反対することに合意した(共同声明パラ19)。
 去る3月、ドイツで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議で、米国は、例年言及されてきた「保護主義への対抗」を共同声明に盛り込むことに反対したのと対照的であった。
 もっとも、トランプ大統領は、今回のG7会議に先立つEUとの会議では、ドイツが黒字をため込んでいることを一方的に批判したといわれている。
 
 一方、移民・難民問題と気候変動問題についてはトランプ氏の主張が色濃く出た。
移民・難民問題については、各国・国際レベルの調整努力と緊急・長期の双方のアプローチが必要であること、難民を可能な限り母国の近くで支援する必要があることをうたった点では米欧の立場は一致していた。
 しかし、さらに、国境を管理し政策を策定するのは主権国家としての権利であることを謳った。必要に応じて入国を制限するというトランプ氏の持論が強く出たのであり、昨年の首脳会議が、「難民の根本原因に対処することが最優先事項である」と謳ったのとはあきらかに違ったトーンとなった。

 気候変動問題については、米国以外の首脳は,昨年の伊勢志摩サミットにおいて表明されたとおり,パリ協定を迅速に実施するとのコミットメントを再確認したが、トランプ大統領は政策見直しの途中であるためコンセンサスに参加できないとことわった。異例の共同声明となったのはもちろんだ。
 他の首脳はこの米国の説明を理解すると表明したのでG7の立場は損なわれない形で収められたが、トランプ氏がパリ協定に反対していることは周知であり、今次首脳会議に米国からかかってきた暗雲は晴れなかったわけである。

 テロ対策、北朝鮮、東シナ海・南シナ海の諸問題についてはトランプ大統領を含め各国の首脳に立場の相違はなかった。
 東シナ海・南シナ海の問題については、国際法にしたがい、仲裁を含む外交的及び法的手段を通じて紛争を平和的に解決すること、あらゆる一方的な行動に反対すること、全ての当事者に対し軍事化を控えるよう要求することなどを謳った。
 これらはG7としては当然の立場であるが、中国外務省の陸慷報道局長は28日、「国際法を口実に東・南シナ海問題であら探しをしている」と批判、「強烈な不満」を表明する談話を発表した。 

 ロシアの扱いも、トランプ大統領が親ロシアであるため影響を受けるか注目された。
ウクライナ問題については、ミンスク合意の完全な実施、紛争についてのロシアの責任、平和及び安定の回復のためロシアが果たすべき役割、クリミア半島の違法な併合をG7として非難し、承認しないことの再確認,また、ウクライナの独立,領土の一体性及び主権を完全に支持すること、ロシアに対する制裁はロシアがミンスク合意を完全に履行するまで継続すること、さらに、ロシアの行動次第では、必要に応じて更なる制限的措置をとることなどキーポイントは、ロシアにとって厳しいことだが、すべて盛り込んだ内容の共同声明となった。トランプ大統領の親ロシアの立場は共同声明に反映されなかったのである。

 一方、シリア内戦の関係では、シリア政権に対し影響力を持つロシア及びイランなどは,悲劇を食い止めるためにその影響力を最大限行使しなければならないと呼び掛け、その上で、ロシアが自らの影響力を前向きに行使する用意があるのであれば,G7としては,紛争解決につきロシアと共に取り組む用意があると述べた。
 シリア問題に関してはロシアの立場に一定の配慮をしたが、表現はロシア寄りでなく、むしろオバマ時代の欧米の立場に近かった。
 今回の会議と並行して、トランプ氏の娘婿であるクシュナー補佐官がロシアとの関連でFBIの調査を受けていることが報道された。このことが今次会議に影響したか、我々には知る由もないが、トランプ氏がそのことを深刻に考慮していた可能性は排除できない。今次会議でトランプ氏がロシアとの関係で強く主張しなかったのはそのような事情があったからではないか。

 G7と中国との関係は時折議論されることがあるが、今のところG7としては中国を迎え入れようとしていないし、また、中国も関心を示していない。むしろ不愉快に思うことが多いのだろう。前述した東シナ機・南シナ海に関する中国の反発はその一例だ。
 しかし、中国はさきの「一帯一路」会議にも見られるように、世界第2の経済力を背景に、ますます中国流の方法で各国との関係を広げ、かつ、深めようとしている。そこに勢いがあるのは明らかである。G7としてはそのような中国をどのように見るべきか、また、中国との関係どのように発展させていくべきか。G7にとって北朝鮮などよりはるかに重要な問題だと思われる。

2017.05.23

南シナ海問題におけるドゥテルテ大統領の動向

 南シナ海において最大の懸念は米中が軍事衝突することであるが、トランプ政権の成立後、両国は北朝鮮問題や経済・投資面での協力に注意を向けており、南シナ海が話題に上ることは少なくなっている。
 この間、米海軍は「航行の自由作戦」を継続しようとしたが、中国との協力関係を重視するトランプ大統領はそれを許可しなかったと伝えられた。トランプ大統領は「航行の自由作戦」を控えることを、中国から協力を引き出す取引材料の一つに使った可能性もある。

 一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年7月に国際仲裁裁判の判決が出た後、習近平主席との間で、南シナ海問題は平和的に解決することで合意した。判決の影響を最小化しようとする中国ペースに乗った感はあったが、ドゥテルテ大統領は中国から巨額の経済協力を獲得したし、また、前政権下で激しくなったスプラトリー諸島(南沙諸島)をめぐる緊張関係が和らいだのでフィリピン国内では高い支持率を維持した。
 しかし、スプラトリー諸島付近ではその後もフィリピン漁船が中国の艦艇によって操業を妨げられる事件が発生しており、それに対する対応を不満とする勢力はドゥテルテ大統領としても無視できない圧力となっている。
 
 そんななか、ドゥテルテ大統領は4月6日、フィリピン独立記念日(6月12日)に同国が実効支配するスプラトリー諸島のパグアサ島(比名。英語名はThitu Island。中国名は中業島)に自ら行き、「フィリピンの旗を立てる」と記者団に語ったが、1週間後の13日、「中国に、今は行かないでほしいと言われた。中国との友情を重んじて計画は改める」と前言を翻した。その際、ドゥテルテ氏は中国側が「(領有権を主張する)各国が旗を立てることになれば問題になる」と発言していたことも明かした。
 しかし、4月20日、フィリピンの漁船が中国の艦艇によって追い払われる事件が起こり、フィリピンでは強い反発が起こったので、翌日、ドゥテルテ大統領はロレンザーナ国防大臣を同島に派遣・上陸させた。この経緯を見ると、南シナ海の問題は今でもかなりデリケートな問題であることがうかがわれる。

 そして4月26日からASEANの年次会議がマニラで開かれ、29日の首脳会議の議長声明で「埋め立て工事と軍事化への反対」について言及するか否かが問題になった。声明の原案には含まれていたので、マニラの中国大使館は削除すべきだと猛烈に働きかけたと言う。これに対し、ベトナムやインドネシアなど4カ国が残すべきだと主張したが、最終的には、「状況の複雑化を招く行為は避けることが重要だ」とやんわり記すにとどまった。議長声明が会議終了の翌日に発表されたのはそのような紛糾があったからだ。
 当然だが、ドゥテルテ大統領は議長として会議をまとめるのに苦労したのだろう。5月1日には、ミンダナオ島のダバオ市を親善訪問中の中国のミサイル駆逐艦「長春」に乗船した。久しぶりの中国艦船の寄港であったが、大統領が訪問するのは異例だ。ドゥテルテ氏の中国に対する気遣いがうかがわれる。中比両国の海軍は今後合同演習を行うそうだ。

 しかし、それから2週間後北京で開催された「一帯一路」会議に出席したドゥテルテ大統領は習近平主席と会談し(15日)、その会談内容について、19日、ダバオ市で次の通り説明した(香港紙『明報』)。

 「ドゥテルテは、「フィリピンはスプラトリー諸島のReed Bank(中国名は「礼乐滩」。フィリピン名は「Recto Bank」)で石油の掘削を行う予定である。同島はフィリピンの排他的経済水域内にある」と言った。
 これに対し習近平は「それはすべきでない。そこは中国のものだ」と言った。そこで、ドゥテルテは「我々には国際仲裁裁判がある」と言ったところ、習近平は「我々には歴史的権利がある。あなたたちのは最近の法律に過ぎない」と言い、さらに「我々は友人だ。私はよい関係を維持したい。しかし、貴方がどうしてもそうするというなら、私も言わざるをえなくなる。我々は戦争するかもしれない、我々はあなた方と戦争するかもしれない」と言った。」

 ドゥテルテ大統領の説明は国内向けに「自分は中国を相手に努力している」ことをアピールする意図が入っていた可能性はあるが、もし、事実そういうことだったのであれば、習近平主席はドゥテルテ大統領を露骨に恫喝したことになる。
 このドゥテルテ発言は外電で広く報道され、このまま放置すると問題になることを恐れたカエタノ外相は22日、記者団に対し「ドゥテルテ・習会談は極めて率直に行われた。相互に尊重・信頼しあっていた。会話は戦争をすると互いを脅したのではなく、いかに対立を回避し地域の安定を実現するかという文脈で行われた」と説明した(ロイター22日など)。
 今回のドゥテルテ発言はこれで一件落着となりそうだが、今後も同氏の言動には注意が必要だ。ドゥテルテ氏は適当と判断すれば仲裁裁判を持ち出す考えなのだと思われる。

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