平和外交研究所

中国

2017.07.14

劉暁波の死亡と「08憲章」

 ノーベル平和賞を受賞した中国の著作家、劉暁波は収監中に病を患い治療を受けていたが、7月13日、死亡した。劉氏は、世界人権宣言60周年の機に、2008年12月10日付でインターネット上でいわゆる「08憲章」を発表した代表者であり、またそのことが原因で投獄された。
 当時と比べ、現在の言論統制ははるかに厳しくなっている。

 同憲章は、一言で言えば、中国共産党の一党独裁を終わらせ、三権分立の民主的な国家建設を目指すものである。以下に、同宣言の要約を掲げておく。

(現状認識-憲章の前文の一部)
「中国政府は1997年、1998年の2回にわたって重要な国際人権宣言に署名し、全国人民代表会議で2004年、「人権を尊重し、保障する」という文言を憲法に加える改憲が承認され、今年更に「国家人権行動計画」を制定・推進することが承認された。しかし、これらの政治的な進歩も今のところ大部分は文字上だけのものにとどまっている。法律あって法治無く、憲法あって憲政無く、というのが誰の目にもはっきりとした政治の現実である。為政者集団はなお権威主義的な統治を堅持・継続し、政治変革を拒んでいる。官界は腐敗し、法治が妨げられ、人権が軽視され、道徳が失われ、社会が両極に分化し、経済は奇形的に発展し、自然環境と文化環境が著しく破壊され、公民の自由・財産と幸福を追求する権利が制度化された保障を得られず、各種の社会矛盾が絶えることなく積み重なり、不満が膨らみ続け、特に官民の対立と群衆事件が激増し、破滅的な制御不能の趨勢に陥っている。現行体制の立ち遅れぶりはもはや改めないでは済まない段階に至っている。」

(基本理念―憲章の第二の要点)
 自由、人権、平等、共和、民主および憲政を実現する。
 共和とは、「みなで共に治め、平和に共生する」ということであり、分権によるパワーバランス、利益のバランスということであり、多様な利益・コスト、異なる社会集団、多元な文化と信仰の追求の集まりである。
 民主とは、(1)政権の合法性は人民に由来し、政治権力は人民を源とする。(2)政治・統治は人民の選択を経て行われる。(3)公民は正真正銘の選挙権を有し、各級政府・自治体の主要な官員は定期的な選挙戦を通じて生み出されなければならない。(4)多数派の決定を尊重し、同時に少数派の基本的人権を保護する。などが含まれる。
 憲政とは、憲法のもとで法律に従った政治を行うこと。

(具体的主張―憲章の第三から抜粋)
1. 憲法改正:自由、人権、平等、共和、民主、憲政の価値理念に基づいて憲法を改正し、現行憲法にある主権在民の原則と合致しない条文を削除する。
2. 分権とチェック・アンド・バランス:分権とチェック・アンド・バランスの現代的政府を樹立し、立法・司法・行政の三権分立を保障する。法に基づく行政と責任ある政府の原則を確立し、行政権力の過度な膨張を防止する。政府は納税者に対し責任を負う。中央と地方との間に分権とチェック・アンド・バランスの制度を打ち立て、中央は憲法による明確な制限の下で権力を与えられ、地方は存分に自治を実行する。
3. 民主的な立法:各級立法機関は直接選挙によって選出され、公平・正義の原則に則り、民主的な立法を実行する。
4. 司法の独立:司法にはいかなる干渉も禁止される。司法の独立と公正を確保する。憲法裁判所を設け、違憲審査制度を打ち立てる。国家の法治を損なう共産党の政法委員会を早期に廃止し、公共機関の私物化を禁止する。
5. 公共機関の公共性:軍隊の国家化(注 中国の人民解放軍は伝統的に「共産党の軍」として位置付けられている)を実現し、軍人は憲法と国家に忠誠を尽くさなければならない。共産党組織は軍隊から退かなければならない。軍隊の職業化をレベルアップしなければならない。警察も含め、全ての公務員は政治的中立を維持しなければならない。公務員は党派の別なく平等に採用しなければならない。
6. 人権の保障:人権委員会を設立し、政府による公権濫用・人権侵犯を防止し、とりわけ公民の人身の自由を保障する。いかなる人も不法な逮捕、拘禁、召喚、審問、処罰を受けない。「労働教養制度(注 裁判などの手続きを経ることなく最長4年まで拘禁可能な制度)」を廃止する。
7. 公職選挙:民主的な選挙制度を全面的に推し進め、一人一票の平等な選挙権を確立させる。各級行政首長の直接選挙を制度化して一歩一歩推し進める。
8. 都市部と農村部の平等:現行の都市部・農村部の二元戸籍制度を廃止し、公民が一律に平等な制度を確立する。公民の自由移動の権利を保障する。
9. 結社の自由:公民の結社の自由を保障し、現行の社団登記の審査・許可制を届出制に改める。結党の禁止を解除し、憲法と法律によって政党行為の規範を定め、一党による事実上の独裁を解消し、政党活動の自由と公平な競争の原則を確立し、政党政治の正常化と法制化を実現する。
10. 集会の自由:平和的な集会、行進、デモ及び自由の表現は、憲法が規定する公民の基本的自由であり、政権政党や政府から不法な干渉や違憲の制限を受けてはならない。
11. 言論の自由:言論の自由・出版の自由・学問の自由を確立し、公民の情報を知る権利と監督権を保障する。「新聞法」と「出版法」を制定し、報道に対する制限を解除する。現行「刑法」中の”国家政権転覆扇動罪”の条文を削除する。言論を理由に罪を科してはならない。
12. 宗教の自由:宗教の自由と信仰の自由を保障し、政教分離を実行する。宗教・信仰の活動に政府は介入してはならない。宗教の自由を制限若しくは剥奪する行政法規、行政定款、地方条例を審査並びに撤廃する。行政立法によって宗教活動を管理することを禁止する。宗教団体(宗教活動の場を含む)が登記を経て初めて合法的な地位を獲得する従前の許可制度を廃止し、いかなる審査も伴わない届出制に代える。
13. 公民教育:一党独裁に奉仕させる政治教育及び政治試験を廃止し、普遍的価値と公民の権利を基本とする公民教育を推進し、公民意識を確立させ、社会に奉仕する公民の美徳を唱道する。
14. 財産の保護:私有財産の権利を確立・保護し、自由で開放された市場経済制度を実行し、創業の自由を保障し、行政による独占を解消する。国有資産管理委員会を設立し、財産権改革を合法的に順序だてて展開し、財産権の帰属先と責任者を明確にする。新土地運動を展開し、土地の私有化を推進し、公民、とりわけ農民の土地所有権を保護する。
15. 財政・税制改革:民主的な財政を確立し、納税者の権利を保障する。権利と責任が明確な公共財政制度を打ち立て、各級政府・自治体に合理的で有効な財産分権体系を打ち立てる。税率の低減、税制の簡素化、公平な税負担のため租税制度の大改革を行う。行政部門は民意の同意を経ずに随意に課税してはならない。財産権改革を通じて、多元的な市場と競争メカニズムを導入する。金融への参入のハードルを下げ、民間金融の発展のために必要な条件を創造し、金融体系を活性化する。
16. 社会保障:国民全体をカバーする社会保障制度を打ち立て、教育・医療・養老及び就業等において国民に最も基本的な保障を与える。
17. 環境保護:生態環境を保護し、持続可能な発展を提唱する。このため国家及び各級機関の責任を明確化する。民間団体が環境保護に参加・監督することを奨励する。
18. 連邦共和制:香港・マカオの自由制度を維持する。台湾については、自由・民主の前提の下で、平等な立場での交渉と協力的な対話により海峡両岸の和解計画を追求する。各民族の共同繁栄の道筋と制度設計を模索し、民主・憲政のシステムの下、中華連邦共和国を樹立する。
19. 正義の転換:政治運動において迫害を受けた人及びその家族に対し、名誉を回復し、国家賠償を行う。全ての政治犯、「良心の囚人(中国語では良心犯。英语ではPrisoner of conscience, POC。思想上の理由でとらわれた人)」、信仰を理由に罪を着せられた人を釈放する。真相調査委員会を設立し、歴代の事件の真相を明らかにし、責任を整理し、正義を実現し、社会の和解を追求する。

(結びー憲章の「結び」から抜粋)
 政治の民主化はこれ以上先延ばしできない。このため、我々は勇敢なる実践という公民精神に基づき、「08憲章」を公布する。我々は、同様の危機感・責任感・使命感を抱いている全ての中国公民が、政府と民間の区別なく、身分を問わず、小異を残して大同に就き、積極的に公民運動に参与して、中国社会の偉大な変革を共に推し進め、一日も早く自由・民主・憲政の国家を打ち立て、国民が100余年の間粘り強く抱き続けてきた夢を実現することを希望する。

2017.07.05

北朝鮮のICBM発射実験

 7月4日、北朝鮮はICBMの実験を行った。今まで北朝鮮について言われてきたことの流れで見ると、「レッドラインを超えたのではないか、そうであれば、米国は軍事行動に出るか」などが問題になる。
 しかし、米国は実力行使をしないだろう。米国が軍事行動に慎重になる理由として挙げられるのは、北朝鮮との戦争が起こると韓国や日本が甚大な被害、壊滅的かもしれない被害を被るということであるが、米軍も耐え難い損失を被るという予測が20年前のシミュレーションで示されていた。今ならはるかに大きな被害となるだろう。
 また、北朝鮮の核とミサイルだけを標的にして攻撃することは不可能だと見られている。中東では限定的な範囲の作戦が可能だが、北朝鮮の場合は、国土が完全に消滅するくらいの攻撃でない限り不可能だと見られている。つまり、北朝鮮との間では限定戦争で済まず、全面戦争になるということだ。前述したシミュレーションは戦闘行為を起こしてから90日間の問題であり、全面戦争の場合米軍の損失ははるかに大きくなる。
 さらに、これはあまり語られないことだが、米国内には冷静な見方がある。北朝鮮の軍事能力は相次ぐ核・ミサイルの実験を見ても急速に向上しているのは事実だが、それだけに誇張されて伝えられる恐れがあり、冷静に見れば、「北朝鮮の核・ミサイル能力はICBMの実験を成功させた後も、米国にははるかに及ばない」と判断されるはずである。このような考えは北朝鮮に対して軍事行動を行うことを制止する力となるだろう。
 米国は冷戦中、ソ連と対峙し、人類が滅亡するかどうかという瀬戸際までいったが、何とか乗り越えてきた。相手の軍事能力や意図についての誇張や過大な恐怖感に左右されるのはいかに危険かを経験しており、戦争を始める前に、危険の大きさ、差し迫っている程度、失うことの大きさなどさまざまな要因を勘案するはずだ。
 
 それにしても、「レッドライン」とは面白い言葉である。本人はレッドラインなど示さない。自分の手を縛ることになるからだ。しかし、周囲の人はレッドラインを問題にする。これは北朝鮮の核・ミサイルに限ったことでなく、交渉においては珍しくない言葉であるが、北朝鮮を相手とする場合、「レッドラインを超えたから○○する」という単純なことにはならない。軍事行動を起こすか否かは、必要となった時点で総合的に判断される。

 一方、金正恩委員長としては、いつ、どのような状況の下でICBMの実験に踏み切るか、かなり時間をかけ慎重に見極めていたと思われる。下手をすると米国を怒らせ、北朝鮮は抹殺されてしまうかもしれない大問題だからである。そして今回実験に踏み切ったのは、一つには、トランプ大統領は北朝鮮に対する政策をまだ固めておらず、ICBMの実験をしても米国は軍事行動に出ないと判断したからであろう。トランプ大統領やティラーソン国務長官は、おどろおどろしいことを口にしていたが、足元が見えてきたのではないか。
 もう一つの要因は、米国と中国の関係がぎくしゃくし始めたことである。習近平主席は両国間に「否定的要因がある」と言っている。北朝鮮が最も嫌悪するのは、米国と中国が協力して北朝鮮に圧力をかけてくることであり、さる4月のトランプ・習会談以降その悪夢が実際に起こっていたのだが、ここにきて潮目が変わってきたのである。

 なお、北朝鮮による核・ミサイル実験のタイミングについては、金正恩などの誕生日とか、国家的記念日などとの関連がよく話題になる。また今回は米国の独立記念日に合わせたとも言われている。これらはいずれも、あると言えばある、ないと言えばない程度のこである。それより、7月2日に中国が人工衛星「長征五号」の発射に失敗したことのほうに注意が向いていたのではないかと思われる。 

2017.07.04

習近平政権の厳しい出入国規制

 ノーベル平和賞受賞者の劉暁波氏は中国で投獄中であるが、末期がんを患っており、西側へ出国を希望している。ドイツ政府は受け入れる用意があり中国政府と交渉中だが、出国は認められていないという。この件は世界の注目を集めている。
 中国では出入国は厳しく規制されている。観光目的で国外へ出る人の数に比べればごくわずかな比率であるが、それでも出入国を規制された人の数は非常に多い。
 海外に居住している中国人が入国を拒否される場合もある。2009年には上海への入境を拒否された馮正虎氏が成田空港から出発できず、抗議の寝泊まりをするという事件が起こっている。
 出入国が規制されるのは人権問題へのかかわりが理由であることが多く、馮正虎氏も人権活動家である。一般的には、テロの容疑と絡んでいることもある。また、天安門事件の関係者および支援者も規制されることが多い。この事件は1989年に起こったことだが、中国の民主化運動が一挙に進むことを中国政府は恐れ厳しく鎮圧した。その影響は今でも残っており、亡霊のように恐れられている。
 2015年には作家の王力雄氏が日本へ出国しようとして北京空港で阻止された。王氏は中国政府の少数民族政策を批判しており、共産党一党独裁の崩壊を描いた近未来小説「黄禍」が日本で出版されたので日本に行こうとしたのであった。
また、習近平政権は、日本に長期滞在している中国人学者への干渉も強めている。
 
 人の往来の規制は通常個人の問題であり、またその数が多いので全体像が把握しにくいが、習近平政権は言論を統制するのと並んで人の往来も強く規制している。人の往来規制も言論統制の一環なのであろう。
 習近平政権は胡錦涛前政権のときより言論と人の往来を一段と強く規制するようになった。もちろん中国の共産党政権は以前から言論を統制しているが、それでも胡錦涛主席時代の2008年には民主化を求める人たちが「08憲章」を発表できた。その指導者が劉暁波氏であり、そのために後に投獄されることとなり、また、そのためにノーベル平和賞を受賞したのだが、習近平政権はインターネットでの情報流通についても危険なものは事前に差し止められるよう、規制を格段に厳しくしている。
 前述した馮正虎氏は当局の厳しい監督にもめげず、その後も活動しており、ブログも開設して自説を展開している。その中で、2015年7月9日から16年12月12日の間に、42名に上る弁護士、その子女、人権活動家が出国を禁止されたとして彼らの氏名をも発表している。
 
 香港は1997年の中国への返還後も50年間、「高度の自治」が認められることになっていたが、現実には中国による支配が強化されたので雨傘運動などの反対運動が起こった。そんな中にあって、言論については選挙制度ほどあからさまに無視されているのではないが、ここにも厳しい当局の監督が及びつつあり、2015年秋、香港のある書店の店主が中国に強制的に連行される事件が起こった。習近平主席に批判的な書籍を販売したからだ。新聞については、現在のところ中国本土ほど厳しい統制下にはおかれていないが、やはり影響は強まっている。
 一方、香港への人の往来は原則自由で、本土のような問題はない。これも2015年のことだが、中国海南島でミス・ワールド世界大会が開催されることとなった。カナダ代表である中国生まれのアナスタシア・リンさんはかねてから人権問題で活動しており、中国政府を批判していたので中国への入国は許可されなかった。そこでリンさんは、香港への出入りは自由なことを利用して海南島へ行こうと試みたが、これも阻止された。
 中国は、香港における言論と人の往来ももっと規制したいのだろう。かといって、香港への締め付けを強化すると反発が強くなるというジレンマがある。香港独立を求める勢力が生まれてきたことは中国にとって危険な兆候のはずである。
 しかし、習近平主席は、必要なら力ずくで反対運動を抑え込むという姿勢のようだ。さる7月1日、香港で返還20年記念の式典が行われ、習近平主席が出席し、演説を行った。そのなかで、「中央の権力に挑戦する動きは絶対に許さない」と、いかにも習近平らしい強面の発言を行っている。
 
 国家の安全を守るというのが習近平主席の掲げる大義であり、そのための諸措置を講じてきた。そのような強気一点張りの統治がいつまでも維持できるかよく分からないが、習近平氏をはじめ中国の指導者が共産党体制の維持について一種の、しかし深刻な懸念を抱いていることがにじみ出ているように思われる。

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