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2015.01.31
戦勝記念と言ってもドイツに対するのと、日本に対するのとは分けなければならない。また、どの国が記念行事を行なうかも区別して見なければならない。
ドイツとの戦争については、欧米とロシアはともに連合国であったが、戦勝行事は食い違っている。まず、ドイツ軍が降伏した日付について西側とロシアとの間で齟齬があり、西側は5月8日をVE day(V day in Europe)としているが、ロシアは5月9日としている。この日付のずれも問題であるが、本稿では深入りしない。日付よりもっと大きな違いは、西側諸国は、英国の特殊な例を除いて、ドイツの降伏記念日に特別の祝賀行事を行なっていないことである。西側が重視するのはノルマンディー上陸が行なわれた6月6日(1944年)であり、これはD dayと呼ばれている。2014年にはその70周年を大々的に祝賀した。
一方、ロシアや東欧諸国など旧共産圏諸国は5月9日に対独戦勝記念行事を軍事パレード付きで派手に行なってきた。旧ソ連の崩壊後90年代は控えめになったが、プーチン大統領は大規模な祝賀行事を復活させた。ロシアとしてはドイツを降伏させるのに主要な役割を果たしたのはソ連であったという認識が強く、そのことを想起できる毎年の対独戦勝記念行事は重要なものである。しかし、西側諸国の首脳は、ソ連が対独戦で重要な役割を果たしたことは認めるが、ロシアが主要な役割を果たしたとは考えていない。
このようなずれは冷戦の影響で必要以上に大きくなった。西側がD dayを重視するのは、ソ連がノルマンディー上陸作戦に関係なかったからであるが、冷戦中はソ連に協力したくないという気持ちが強く働いていたことも看過できない要因であったと思われる。
しかし、冷戦が終わった現在、戦争に参加したか否かはあまり重要なことでなくなっており、行事開催国の政治的判断で参加の招待が行われるようになっている。プーチン大統領は2014年のD day式典に参加した。
日本との戦争については、9月2日に日本と連合国が降伏文書に署名したので、西側諸国はその日をVJ day(V day against Japan)としている。2005年の戦争終結60周年には米国の首都ワシントンで記念行事が開かれた。
一方、中国は9月3日に記念行事を行なっている。1日ずれている理由はよく分からないが、当時の中国代表であった国民党政府が降伏文書署名の翌日から祝賀行事を始めたからだとも言われている。
前置きが長くなったが、今年の5月9日、ロシアで行なわれる対独戦勝70周年記念行事にどの国が出席するか。ロシアとしては盛大に開催したいので各国に招待状を送っているが、西側諸国の首脳は上述の経緯からして出席せず、下位のレベルの出席にとどめるだろうと推測される。いずれにしても、西側諸国の出席はもはや大きな問題でなくなっている。
中国はドイツと戦争していないので、出席しても客分としてのはずだが、中国の習近平主席が出席するか否かは重要な問題になっており、1月21日、ラブロフ外相は記者会見で、習近平主席が出席すると公表した。その時中国側ではまだ何も発表していなかったので、先にロシア側が発表したことを不愉快に思ったらしい。翌日、中国外交部のスポークスマンは、「中ロ双方は両国の指導者がお互いに記念慶祝活動に出席すべきか検討中である」と冷たく答えただけであった。
中ロ両国は、5月9日の対独戦勝記念(ロシアで開催)と9月3日の対日戦勝記念(中国で開催)式典に首脳がクロスして、つまり、ロシアでの記念式典には習近平主席が、中国での式典にはプーチン大統領が出席することを検討してきたのであるが、このことについて中ロ両国の思惑は一致していない。ロシアとしては当面の問題である5月9日の式典を大々的に挙行できればよいという考えであるが、中国は2つの記念日を結びつけて見ている。
香港の中国系紙『文匯報』の1月27日付報道は中国が主催する行事に焦点を当て(中国系紙として当然)、
○ロシア側から、9月3日の北京で行われる大閲兵式典にプーチン大統領が出席することの確認を得た。
○式典で行進する北京軍区部隊、武装警察などはすでに北京郊外で準備を開始している。
○これまでは抗日戦争勝利記念日に閲兵行進は行われなかったが、今後は常態化する可能性がある。
○10年前、中国政府は、ロシアと同様閲兵行進をしないのか、台湾の代表を招待しないのか、などの質問に対して明確な説明をしなかった。その後、中国は実力をつけ、国際的地位も高くなった。大規模な閲兵行進は国民の期待に応えることになる。
などと同時に、習近平主席は、「将来、反独ファシズム・反日軍国主義戦勝記念活動を中ロ共同で開催することを希望する」と述べたと報道している。
習近平主席がこのような構想を持つに至った背景には、中国は対日戦争勝利記念を大々的に祝賀したいのはやまやまであるが、それには一種の躊躇があったからではないかと思われる。日本との降伏文書に署名したのは、中華民国政府の代表である徐永昌大将であり、共産党軍の代表の姿はその場になかったので、大きく祝賀すればするほど国民党軍に焦点を当てることとなるからである。ちなみに、台湾では、ロシアが招待すべきは台湾(中華民国)であると今でも言っている。
2つの記念活動を中ロ共同で開催することになれば、この問題は薄められると同時に、中国は日本と戦争しただけでなく世界的な規模で戦争をしたという印象を植え付けられるという期待感もあるのではないか。これは中国の「大国化」願望にマッチする。
昨年12月13日、中国は、それまで江蘇省や南京市が中心となって催してきた南京事件記念式典を、今年から「国家哀悼日」として政府による主催に格上げした。中国は、日本との戦争だけでなく、世界大戦をも政治的に利用しようとする姿勢が顕著である。
一方、ロシアが中国首脳の出席の発表についてフライイングしたのはそれだけ重要なことだったからであろう。そのことを離れても、ロシアに中国のような戦勝記念を政治的に利用しようという積極的な姿勢はあるだろうか。プーチン大統領は1月27日のアウシュビッツ解放70周年記念式典に欠席した。解放したのはソ連軍であり、ロシアにとっては人道的かつ英雄的行為をプレーアップするまたとない機会であるのも関わらず欠席したのである。そうした理由は、ウクライナ問題でロシアに強く批判的で制裁措置まで取っている米欧の首脳と顔を合わせたくなかったからであると言われている。他にも理由があるかもしれないが、ロシアはまたとない重要な機会を自ら放棄せざるをえないほど困難な状況にあるということではないか。このようなロシアの状況は中国と比べて受け身であり、防御的であり、そこには中ロ両国の勢いの違いが表れているように思えてならない。
なお、ロシア政府の広報官によれば、5月9日の式典に参加する外国首脳のなかに「北朝鮮のトップ」も含まれているので、金正恩第1書記が出席するのであろう。
一方、韓国の朴槿恵大統領については、「5月の日程はまだ確定していない。いくつかの日程が競合するはずであり、こうした状況で検討する」と大統領府報道官は述べており、韓国最大の『中央日報』(1月23日)は、「金正恩第1書記が出席する可能性が高まり、韓国政府の悩みも深まっている」とコメントしている。朴槿恵大統領はこのような場で金正恩第1書記と会いたくないということであろうか。
10年前、モスクワで開催された対独戦勝60周年記念式典には盧武鉉大統領が出席し、北朝鮮の金正日総書記は出なかったので、今年はちょうど逆になる可能性がある。中国ほど積極的に関わっていこうという姿勢ではないが、南北朝鮮にとっても5月9日の記念行事は、政治的に重要な、あるいは悩ましい機会になっているものと見られる。
戦勝記念に関する中国とロシアの違い
第二次大戦で勝った連合国が戦勝記念の行事をどのように行うか、負けた側としては興味のないことであるが、今年は第二次世界大戦が終わって70年という節目であり、注目すべき問題が起こっている。戦勝記念と言ってもドイツに対するのと、日本に対するのとは分けなければならない。また、どの国が記念行事を行なうかも区別して見なければならない。
ドイツとの戦争については、欧米とロシアはともに連合国であったが、戦勝行事は食い違っている。まず、ドイツ軍が降伏した日付について西側とロシアとの間で齟齬があり、西側は5月8日をVE day(V day in Europe)としているが、ロシアは5月9日としている。この日付のずれも問題であるが、本稿では深入りしない。日付よりもっと大きな違いは、西側諸国は、英国の特殊な例を除いて、ドイツの降伏記念日に特別の祝賀行事を行なっていないことである。西側が重視するのはノルマンディー上陸が行なわれた6月6日(1944年)であり、これはD dayと呼ばれている。2014年にはその70周年を大々的に祝賀した。
一方、ロシアや東欧諸国など旧共産圏諸国は5月9日に対独戦勝記念行事を軍事パレード付きで派手に行なってきた。旧ソ連の崩壊後90年代は控えめになったが、プーチン大統領は大規模な祝賀行事を復活させた。ロシアとしてはドイツを降伏させるのに主要な役割を果たしたのはソ連であったという認識が強く、そのことを想起できる毎年の対独戦勝記念行事は重要なものである。しかし、西側諸国の首脳は、ソ連が対独戦で重要な役割を果たしたことは認めるが、ロシアが主要な役割を果たしたとは考えていない。
このようなずれは冷戦の影響で必要以上に大きくなった。西側がD dayを重視するのは、ソ連がノルマンディー上陸作戦に関係なかったからであるが、冷戦中はソ連に協力したくないという気持ちが強く働いていたことも看過できない要因であったと思われる。
しかし、冷戦が終わった現在、戦争に参加したか否かはあまり重要なことでなくなっており、行事開催国の政治的判断で参加の招待が行われるようになっている。プーチン大統領は2014年のD day式典に参加した。
日本との戦争については、9月2日に日本と連合国が降伏文書に署名したので、西側諸国はその日をVJ day(V day against Japan)としている。2005年の戦争終結60周年には米国の首都ワシントンで記念行事が開かれた。
一方、中国は9月3日に記念行事を行なっている。1日ずれている理由はよく分からないが、当時の中国代表であった国民党政府が降伏文書署名の翌日から祝賀行事を始めたからだとも言われている。
前置きが長くなったが、今年の5月9日、ロシアで行なわれる対独戦勝70周年記念行事にどの国が出席するか。ロシアとしては盛大に開催したいので各国に招待状を送っているが、西側諸国の首脳は上述の経緯からして出席せず、下位のレベルの出席にとどめるだろうと推測される。いずれにしても、西側諸国の出席はもはや大きな問題でなくなっている。
中国はドイツと戦争していないので、出席しても客分としてのはずだが、中国の習近平主席が出席するか否かは重要な問題になっており、1月21日、ラブロフ外相は記者会見で、習近平主席が出席すると公表した。その時中国側ではまだ何も発表していなかったので、先にロシア側が発表したことを不愉快に思ったらしい。翌日、中国外交部のスポークスマンは、「中ロ双方は両国の指導者がお互いに記念慶祝活動に出席すべきか検討中である」と冷たく答えただけであった。
中ロ両国は、5月9日の対独戦勝記念(ロシアで開催)と9月3日の対日戦勝記念(中国で開催)式典に首脳がクロスして、つまり、ロシアでの記念式典には習近平主席が、中国での式典にはプーチン大統領が出席することを検討してきたのであるが、このことについて中ロ両国の思惑は一致していない。ロシアとしては当面の問題である5月9日の式典を大々的に挙行できればよいという考えであるが、中国は2つの記念日を結びつけて見ている。
香港の中国系紙『文匯報』の1月27日付報道は中国が主催する行事に焦点を当て(中国系紙として当然)、
○ロシア側から、9月3日の北京で行われる大閲兵式典にプーチン大統領が出席することの確認を得た。
○式典で行進する北京軍区部隊、武装警察などはすでに北京郊外で準備を開始している。
○これまでは抗日戦争勝利記念日に閲兵行進は行われなかったが、今後は常態化する可能性がある。
○10年前、中国政府は、ロシアと同様閲兵行進をしないのか、台湾の代表を招待しないのか、などの質問に対して明確な説明をしなかった。その後、中国は実力をつけ、国際的地位も高くなった。大規模な閲兵行進は国民の期待に応えることになる。
などと同時に、習近平主席は、「将来、反独ファシズム・反日軍国主義戦勝記念活動を中ロ共同で開催することを希望する」と述べたと報道している。
習近平主席がこのような構想を持つに至った背景には、中国は対日戦争勝利記念を大々的に祝賀したいのはやまやまであるが、それには一種の躊躇があったからではないかと思われる。日本との降伏文書に署名したのは、中華民国政府の代表である徐永昌大将であり、共産党軍の代表の姿はその場になかったので、大きく祝賀すればするほど国民党軍に焦点を当てることとなるからである。ちなみに、台湾では、ロシアが招待すべきは台湾(中華民国)であると今でも言っている。
2つの記念活動を中ロ共同で開催することになれば、この問題は薄められると同時に、中国は日本と戦争しただけでなく世界的な規模で戦争をしたという印象を植え付けられるという期待感もあるのではないか。これは中国の「大国化」願望にマッチする。
昨年12月13日、中国は、それまで江蘇省や南京市が中心となって催してきた南京事件記念式典を、今年から「国家哀悼日」として政府による主催に格上げした。中国は、日本との戦争だけでなく、世界大戦をも政治的に利用しようとする姿勢が顕著である。
一方、ロシアが中国首脳の出席の発表についてフライイングしたのはそれだけ重要なことだったからであろう。そのことを離れても、ロシアに中国のような戦勝記念を政治的に利用しようという積極的な姿勢はあるだろうか。プーチン大統領は1月27日のアウシュビッツ解放70周年記念式典に欠席した。解放したのはソ連軍であり、ロシアにとっては人道的かつ英雄的行為をプレーアップするまたとない機会であるのも関わらず欠席したのである。そうした理由は、ウクライナ問題でロシアに強く批判的で制裁措置まで取っている米欧の首脳と顔を合わせたくなかったからであると言われている。他にも理由があるかもしれないが、ロシアはまたとない重要な機会を自ら放棄せざるをえないほど困難な状況にあるということではないか。このようなロシアの状況は中国と比べて受け身であり、防御的であり、そこには中ロ両国の勢いの違いが表れているように思えてならない。
なお、ロシア政府の広報官によれば、5月9日の式典に参加する外国首脳のなかに「北朝鮮のトップ」も含まれているので、金正恩第1書記が出席するのであろう。
一方、韓国の朴槿恵大統領については、「5月の日程はまだ確定していない。いくつかの日程が競合するはずであり、こうした状況で検討する」と大統領府報道官は述べており、韓国最大の『中央日報』(1月23日)は、「金正恩第1書記が出席する可能性が高まり、韓国政府の悩みも深まっている」とコメントしている。朴槿恵大統領はこのような場で金正恩第1書記と会いたくないということであろうか。
10年前、モスクワで開催された対独戦勝60周年記念式典には盧武鉉大統領が出席し、北朝鮮の金正日総書記は出なかったので、今年はちょうど逆になる可能性がある。中国ほど積極的に関わっていこうという姿勢ではないが、南北朝鮮にとっても5月9日の記念行事は、政治的に重要な、あるいは悩ましい機会になっているものと見られる。
2015.01.24
○1月12~14日に開催された中央規律検査委員会第5回全体会議に7人の政治局常務委員が全員出席した。また軍の規律検査委員会から60余人が出席した。これは異常なことであり、軍内の検査体制が重大な調整を受けていることの証である。政治局常務委員全員が出席したことは中央規律検査委員会の進めている反腐敗運動に対して強力な支持となる。
○これまで軍の規律検査委員会は中央軍事委員会と中央規律検査委員会の両方の指導下にあった。しかし、実際上は中央軍事委員会の下の総政治部が指揮しており、中央規律検査委員会はなかなか手を出せなかった。軍の規律検査委員会が中央規律検査委員会の全体会議に出席しなかったことがそのことを物語っていた。これは地方の規律検査委員会が中央規律検査委員会の指揮下にありながら、その地方の党委員会の指導を受けていたので、中央規律検査委員会の威光が届かなかったのと同じ状況であったが、今回の調整により、下級の規律検査委員会は地方であれ、軍であれ、中央規律検査委員会は垂直的指導をしやすくなった。
○今次中央規律検査委員会全体会議に出席したのは125人であり、365人のオブザーバーも参加した。過去の全体会議でもっとも多かったオブザーバーは66人である。今回のオブザーバーの大多数は軍服であった。いかに軍が今次会議に注目しているかがよく分かる。以前の中央規律検査委員会全体会議の際も軍の規律検査委員会に招待をしていたが、出席しなかったが、今回は出席したのである。
○軍は独立性が高い機関であり、軍の規律検査委員会のナンバーワンは通常総政治部の副主任である。これでは軍のハイレベルを監督することはできなかった。しかしながら、この20年間で軍の雰囲気は急に悪化した。汚職と耽溺、官職の売買、闇の派閥構成などが高じてきた。軍事委員会副主席の徐才厚はもともと政治系統の中で上がってきたのであった。徐才厚が倒れた後、もう一人の副主席であった郭伯雄の地位が揺らいでいる。さらに彼らの後にも同様に追及を受ける人物がいるようだ。
○軍内で反腐敗闘争を成功させるには軍の規律検査委員会の改革が不可欠である。今次調整により、王岐山の実権が強くなり、軍内の規律検査工作に対する発言権が増大するであろう。過去2年間党政両面で培ってきた経験と方法を以て軍内でも反腐敗闘争を成功せれば、人心を得ることができるだろう。
○軍の規律検査委員会を中央規律検査委員会の直接の指導に委ねることは、総政治部の権限縮小を意味する。総政治部は軍の宣伝、思想工作、組織(人事)などをつかさどる。これら権限は過大であり、すべてに完全を期すことはできない。中央規律検査委員会が軍内の紀律を監督するようになれば、総政治部は軍のプロパーの任務に専念できるようになるだろう。
中国軍は反腐敗運動の規律検査委員会に牛耳られている
反腐敗運動が大々的に中国軍にも及んでいることを示す報道が最近相次いでいる。とくに『多維新聞』(1月20日付)は、軍も反腐敗運動のなかで聖域でなくなり、中央規律検査委員会の軍門に下ったという趣旨の評論を行なっており、軍の実情を知るうえで参考になる。要点は次の通り。○1月12~14日に開催された中央規律検査委員会第5回全体会議に7人の政治局常務委員が全員出席した。また軍の規律検査委員会から60余人が出席した。これは異常なことであり、軍内の検査体制が重大な調整を受けていることの証である。政治局常務委員全員が出席したことは中央規律検査委員会の進めている反腐敗運動に対して強力な支持となる。
○これまで軍の規律検査委員会は中央軍事委員会と中央規律検査委員会の両方の指導下にあった。しかし、実際上は中央軍事委員会の下の総政治部が指揮しており、中央規律検査委員会はなかなか手を出せなかった。軍の規律検査委員会が中央規律検査委員会の全体会議に出席しなかったことがそのことを物語っていた。これは地方の規律検査委員会が中央規律検査委員会の指揮下にありながら、その地方の党委員会の指導を受けていたので、中央規律検査委員会の威光が届かなかったのと同じ状況であったが、今回の調整により、下級の規律検査委員会は地方であれ、軍であれ、中央規律検査委員会は垂直的指導をしやすくなった。
○今次中央規律検査委員会全体会議に出席したのは125人であり、365人のオブザーバーも参加した。過去の全体会議でもっとも多かったオブザーバーは66人である。今回のオブザーバーの大多数は軍服であった。いかに軍が今次会議に注目しているかがよく分かる。以前の中央規律検査委員会全体会議の際も軍の規律検査委員会に招待をしていたが、出席しなかったが、今回は出席したのである。
○軍は独立性が高い機関であり、軍の規律検査委員会のナンバーワンは通常総政治部の副主任である。これでは軍のハイレベルを監督することはできなかった。しかしながら、この20年間で軍の雰囲気は急に悪化した。汚職と耽溺、官職の売買、闇の派閥構成などが高じてきた。軍事委員会副主席の徐才厚はもともと政治系統の中で上がってきたのであった。徐才厚が倒れた後、もう一人の副主席であった郭伯雄の地位が揺らいでいる。さらに彼らの後にも同様に追及を受ける人物がいるようだ。
○軍内で反腐敗闘争を成功させるには軍の規律検査委員会の改革が不可欠である。今次調整により、王岐山の実権が強くなり、軍内の規律検査工作に対する発言権が増大するであろう。過去2年間党政両面で培ってきた経験と方法を以て軍内でも反腐敗闘争を成功せれば、人心を得ることができるだろう。
○軍の規律検査委員会を中央規律検査委員会の直接の指導に委ねることは、総政治部の権限縮小を意味する。総政治部は軍の宣伝、思想工作、組織(人事)などをつかさどる。これら権限は過大であり、すべてに完全を期すことはできない。中央規律検査委員会が軍内の紀律を監督するようになれば、総政治部は軍のプロパーの任務に専念できるようになるだろう。
2015.01.20
○今次会議は従来の政治局常務委員会議の方式を打破した。全国人民代表大会(注 日本の国会に当たる)、国務院(注 政府)、全国政治協商会議(注 共産党以外の党派、団体、各界を糾合する組織。「統一戦線」組織とも言われる)、最高法院および最高検察院の党組織は共産党中央の象徴である習近平に対して報告を行なった。これは、「集団指導体制」より個人に権力が集中していることを意味しており、習近平を最高権力者とする新しい集団体制である。
○今次会議は「集中統一指導」の考えを打ち出した。これは根本的な政治規範である。従来は鄧小平の指導下の「民主集中制」が根本的な指導原理・指導制度であった。民主集中制の下では権力のチェック・アンド・バランスが図られており、独裁者は出現しにくい。「集中統一制」の下では「民主集中制」を基礎として集中統一指導が行われる。
○今次会議では、軍事委員会から報告が行われなかったが、そうなったのは習近平がすでに中央軍事委員会のトップになっているからである。習近平は民主集中制の下で各領域に分散されていた権力を統一する。
○中共は全国人民代表大会、国務院、全国政治協商会議、最高法院、最高検察院を指導し、これら5つの組織は中共中央の指導を受ける。李国強ら5つの組織の責任者は習近平主席とは同僚でなく、上下関係になる。
中国共産党は従来から実質的には一党独裁であり、すべてを指導してきた。しかし、そのナンバーワンであってもなんでも思いのままになったわけではなく、一定程度は抑制する力が働いていた。中国共産党の歴史上もっとも独裁的な権力を握っていたのは毛沢東であるが、それでも権力を失いかけたことがあった。最高決定機関である政治局常務委員会議は合議制であり、総書記といえども反対意見が多ければ自分の考えを押し通すことはできなかった。もちろんそうならないよう、会議の前に根回しが行われるが、そのようなことが必要なのは合議制だからであった。要するに、総書記は「同輩の中の首席」的な性格が強かったのである。革命戦争の経験を持たない江沢民や胡錦濤はまさにそのような存在であった。
習近平も当然この2人のような総書記になるはずであるが、今次会議は習近平主席と他の政治局常務委員は「上下関係にある」としたので、今後は習近平の鶴の一声で物事を決めることが可能になる。習近平主席は就任以来2年余りの間に、権力を自らに集中させてきたが、今次会議ではそれが制度的に裏付けられたのであり、その独裁体制は一歩も二歩も進んだとみられる。
習近平総書記の独裁体制を認めた政治局常務委員会議
1月16日、中国共産党中央政治局常務委員会議が開催された。中国のトップ7が集まる会議であり、今回はとくに重要な決定が行われた。注目されるのは以下の4点であると多維新聞(米国に本拠がある中国語新。中国内政にはよく通じている)は解説している。○今次会議は従来の政治局常務委員会議の方式を打破した。全国人民代表大会(注 日本の国会に当たる)、国務院(注 政府)、全国政治協商会議(注 共産党以外の党派、団体、各界を糾合する組織。「統一戦線」組織とも言われる)、最高法院および最高検察院の党組織は共産党中央の象徴である習近平に対して報告を行なった。これは、「集団指導体制」より個人に権力が集中していることを意味しており、習近平を最高権力者とする新しい集団体制である。
○今次会議は「集中統一指導」の考えを打ち出した。これは根本的な政治規範である。従来は鄧小平の指導下の「民主集中制」が根本的な指導原理・指導制度であった。民主集中制の下では権力のチェック・アンド・バランスが図られており、独裁者は出現しにくい。「集中統一制」の下では「民主集中制」を基礎として集中統一指導が行われる。
○今次会議では、軍事委員会から報告が行われなかったが、そうなったのは習近平がすでに中央軍事委員会のトップになっているからである。習近平は民主集中制の下で各領域に分散されていた権力を統一する。
○中共は全国人民代表大会、国務院、全国政治協商会議、最高法院、最高検察院を指導し、これら5つの組織は中共中央の指導を受ける。李国強ら5つの組織の責任者は習近平主席とは同僚でなく、上下関係になる。
中国共産党は従来から実質的には一党独裁であり、すべてを指導してきた。しかし、そのナンバーワンであってもなんでも思いのままになったわけではなく、一定程度は抑制する力が働いていた。中国共産党の歴史上もっとも独裁的な権力を握っていたのは毛沢東であるが、それでも権力を失いかけたことがあった。最高決定機関である政治局常務委員会議は合議制であり、総書記といえども反対意見が多ければ自分の考えを押し通すことはできなかった。もちろんそうならないよう、会議の前に根回しが行われるが、そのようなことが必要なのは合議制だからであった。要するに、総書記は「同輩の中の首席」的な性格が強かったのである。革命戦争の経験を持たない江沢民や胡錦濤はまさにそのような存在であった。
習近平も当然この2人のような総書記になるはずであるが、今次会議は習近平主席と他の政治局常務委員は「上下関係にある」としたので、今後は習近平の鶴の一声で物事を決めることが可能になる。習近平主席は就任以来2年余りの間に、権力を自らに集中させてきたが、今次会議ではそれが制度的に裏付けられたのであり、その独裁体制は一歩も二歩も進んだとみられる。
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