平和外交研究所

中国

2016.05.25

(短評)蔡英文新政権の滑り出しと中国

 蔡英文が新総統に就任したのが先週金曜日(5月20日)。新政府は翌日(土曜日)から活動を開始し、2014年に国民党前政権が改訂した学習指導要領を元に戻すと発表した。改訂内容は、国共内戦後、中国から渡って来た国民党政権による台湾の「接収」を、祖国復帰を意味する「光復」に変更したこと、台湾独自の歴史に関する表現を弱めたことなどであり、「中国寄りの改訂だ」との批判が強かった。

 月曜日(23日)には、2014年春に馬英九政権に抗議して立法院などを占拠した学生126人に対する刑事告訴を撤回すると発表した。
 また外交面では、同日、日本との海洋協力対話を立ち上げると発表した。その際、沖ノ鳥島について馬英九前政権が「岩礁だ」と断定していたのを修正し、「法律上の特定の立場を取らない」との見解を示した。
 
 ジュネーブでは世界保健機構(WHO)の総会が開催され、台湾からも新政権を代表して新「衛生福利部長(我が国の厚生労働相に相当する)」がオブザーバーとして出席した。今年の総会への出席については、推測だが、中国がWHOに働きかけ、中国バージョンの「一つの中国原則」を台湾が認めなければ招待しないことにしようとしたのではなかったか。

 去る1月に行われた台湾の総統・立法院選挙で民進党が大勝して以来、中国は何かにつけ、民進党政権では中国との関係が悪化すると印象付けようとしたとみられる。蔡英文総統の就任の翌日、中国の台湾政策の元締めである国務院台湾事務弁公室の馬暁光報道官が台湾側との対話について、蔡英文政権が「一つの中国」原則を明確に受け入れない限り、継続できないとの考えを示したのはその一例である。この発言から中台当局間の交流は当面、停止する見通しとなったと見られている。

 蔡英文新政権の動きは早く、滑り出しは極めて順調なようだだ。
 一方、中国には台湾人の要望を吸収しようという姿勢は見られず、腕力にものを言わせて台湾人の考えを変えようとしているように見える。かつてはそのような方法が有効だったこともある。台湾人の政治姿勢は過去4年間で大きく変化したので、これから4年間でどうなるか分からないという考えもあろう。
 台湾では、国民党支持でも民進党支持でもない勢力が大きくなりつつあり、台北市長に無党派の柯文哲が当選したのはその表れだ。

 ともかく、旧来の方法で国民党を支持し、民進党に難題を吹きかける中国の方針が有効か注目される。
2016.05.24

習近平主席をめぐる異例の事態

 5月19日、東洋経済オンラインに「習近平が危ない!中国で異例の事態が続出 絶対権力者の地位を脅かす3つの兆候とは?」を寄稿した。

 毛沢東に次ぐ絶対的権力者になりつつあると見られている習近平国家主席の地位にふさわしくない出来事が起こっている。
 来年秋に第19回中国共産党大会が開催されることとも関係があるのだろう。

 寄稿文の要点は次の通り。

○現政権の重要な柱である反腐敗運動はかなり成果を上げたかに見えていたが、まだまだ深刻な問題が残っている。習近平自身がそのことを認め、警報を鳴らしている。中国における腐敗は、「浜の真砂は尽きるとも世に盗人の 種は尽くまじ」に近い状況らしい。

○国民の多数の信頼をつなぎとめるには、大衆重視路線を進め格差の解消が必要だが、文化革命否定の基本方針は堅持しなければならないという矛盾した状況にある。

○「習近平同志に党と国家の指導的職務を辞するよう求める」と題する公開状が一時的にせよ、中国の一部メディアに流れた。習近平を支持しない勢力があることを示す象徴的な出来事だった。

 中国の力を過小評価できないのはもちろんだ。中国の統治メカニズムは基本的には有効に機能している。
 しかし、中国の政治においては常に緊張関係があるし、不安定化することもありうる。そうなれば外交への影響も不可避だ。習近平政権が危機的状態に陥っているとみなすのは速断にすぎるが、今後の中国の政治状況をフォローする上で考慮に入れておくべきことである。

2016.05.20

台湾の蔡英文新総統の就任とWHOで起こっている不可解な事実


 本20日、台湾では民進党の蔡英文氏が新総統に就任する。さる1月の総統選挙で圧倒的な支持を得、また立法院でも民進党が全113議席中多数を占めるという状況の中での出発だ。
 民進党が初めて政権をとった2008年の選挙では、総統は民進党の陳水扁が勝利したが、立法院選挙では国民党が64、民進党が40であり、ねじれ現象が生じていた。今回の選挙では逆に民進党が68と大幅増となったのに対し、国民党が35に落ち込み、ねじれ現象は解消された。
 通常の法案は過半数で通るので、民進党だけの賛成でも成立可能となる。このことだけでも蔡英文新総統政権は陳水扁政権より恵まれた状況にある。

 また、蔡英文新総統が米国から好意的に見られていることも大きい。以前は違っており、米国は民進党のみならず蔡英文に対しても「台湾独立」に走り出すのではないかと強く警戒していた。米国の立場は、簡単に言えば、「台湾を中国が軍事力で統一することには反対し、阻止するが、台湾側から中国との関係を悪化させることは望まず、抑制するよう求める」ということだからだ。
 現在、米国は警戒心をそれほど強く表に出さなくなっている。蔡英文と民進党はこの点でもよく学習し、努力したからである。

 一方、このような蔡英文新政権にとって有利な状況は、中国にとって心配の種だ。中国は馬英九総統が率いる国民党との関係を通して台湾の統一問題を前進させようと図ってきたが、今回の選挙では総統の選出においても、立法院の選挙においても中国が狙ってきたことが台湾人に評価されない結果となった。
 選挙後、新政権の誕生を控えて中国がどのような態度に出るか注目されたが、少なくとも、台湾人の関心事に配慮する姿勢は見られない。一言でいえば、「台湾側は中国との関係を重視すべきだ。中国からの呼びかけに応じなければ困ったことになるぞ」と頭越しに要求する態度で接しているように見える。

 話はやや飛躍するが、新総統就任の3日後から、ジュネーブで世界保健総会が開催される。WHO(世界保健機構)の年次総会だ。
 台湾は7年前から「Chinese Taipei 中華台北」の名称でオブザーバー参加してきた。ところが今年の招待状には例年と異なり、中国大陸と台湾が不可分であるとする「一つの中国」の原則を強調する特記事項が、45年前に国連で採択された決議の引用とともに記されていた。国連での中国の代表を「中華民国」から「中華人民共和国」に変更した決議である。末尾に引用しておく。
 中国のある高官は、今年は台湾の代表を世界保健総会に全く招待しないことになるだろうという発言をしたことが別途報道されていた。しかし、台湾をWHOのオブザーバーとして招待することとしたのは、WHOのメンバー国の総意である。中国が要求したからと言って、そのような特記事項を恣意的につけることはできないので、中国とWHOの事務局の間で工夫した結果、特記事項としたのだろう。
 しかし、それでも異論が出る可能性があり、わが国としても対応を迫られることがありうる。

 この招待状について、台湾の外交部は5月7日付で、次のような立場を表明した。
「WHOが我が国を「中華台北」の名称、オブザーバーの資格、衛生福利部長(大臣)の肩書きで今回のWHO総会に8回目となる招請を行ったことに対して、我が国政府はこの発展を前向き受け止めている。今年の招待状に国連総会第2758号決議、WHO総会第25.1号決議、並びに上述の文書の中に「1つの中国原則」が言及されたことは、WHOが一方的に独自の立場を陳述したものに過ぎない。我が国政府は過去8年間、両岸は「92年コンセンサス、『1つの中国』の解釈を各自表明する」を交流の基礎とし、衛生福利部の訪問団がWHO総会に参加することも含め、実務的に関連テーマを処理してきた。我が国がWHO総会に参加する意義、価値および貢献は、国民および国際社会が広く評価するところである。」
 これは冷静な対応だと思う。

 総じて、中国の台湾に対する態度は大国主義的、強権的ではないか。少なくとも台湾人の心をつかむには逆効果となる姿勢だと思う。

Resolution 2758 (XXVI)
THE GENERAL ASSEMBLY,
Recalling the principles of the Charter of the United Nations,
Considering the restoration of the lawful rights of the People’s Republic of China is essential both for the protection of the Charter of the United Nations and for the cause that the United Nations must serve under the Charter.
Recognizing that the representatives of the Government of the People’s Republic of China are the only lawful representatives of China to the United Nations and that the People’s Republic of China is one of the five permanent members of the Security Council,
Decides to restore all its rights to the People’s Republic of China and to recognize the representatives of its Government as the only legitimate representatives of China to the United Nations, and to expel forthwith the representatives of Chiang Kai-shek from the place which they unlawfully occupy at the United Nations and in all the organizations related to it.
1967th plenary meeting
25 October 1971

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