平和外交研究所

オピニオン

2020.05.14

WHO総会と台湾


 WHO(世界保健機関)の年次総会が5月18日、本部のあるジュネーブにおいてテレビ会議の方式で開催される。今年は新型コロナウイルスによる感染問題で世界中が苦しみ、米国と中国がこのウイルスの感染源問題や中国の初期対応をめぐって鋭く対立している中での開催である。

 米国のトランプ米大統領は4月14日、WHOが中国寄りであると批判し、米国がWHOのコロナウイルス対応を検証する間、資金拠出を凍結すると発表した。検証には60〜90日かかる見込みだという。米国が支払いを拒否すれば、WHOは予算総額の約15%、約8.9億ドルを失うことになる。WHOの予算は2年サイクルであり、現在は2018-19年である。義務的な分担金と任意の拠出金から構成されている

 台湾はこの総会にオブザーバーとしても招待されないらしい。台湾は以前オブザーバーとしてWHO総会に参加していたが、2017年からは中国の反対で参加できなくなた。今年についても中国は台湾の参加に反対であると明言しており、総会は台湾の参加がないまま開かれることになりそうだ。

 台湾は世界の感染症対策にとって欠かせない存在である。SARS(重症急性呼吸器症候群)の際にも台湾は貢献した。今年の新型コロナウイルスによる感染問題に関しては、いち早く果断な対策を講じて感染拡大の防止に努め素晴らしい結果をあげた。

 台湾が提供する関連情報は各国にとって貴重なものであるが、中国が認めないため、WHOで作成する報告から台湾は欠落している。台湾は、新型コロナウイルスに関する最新の感染状況を直接WHOに通知しているが、その情報はWHOから各国に伝えられていない。

 こんな状況は即刻是正すべきである。台湾は中国の一部であるという中国の主張に反対しようという意図では毛頭ない。世界的な感染症対策において台湾は各国にとって不可欠のプレーヤーだからである。

 報道によれば、米国と日本の主導の下、カナダ、英国、フランス、ドイツ、オーストラリア、ニュージーランドが台湾のオブザーバー参加を求める意向をWHOに口頭で伝えたという。日本政府は公表していないが、そうであれば称賛したい。

 中国はこれに反発し、参加した各国を非難したらしい。これに関し、ニュージーランドのピーターズ外相は12日、あらためて今回の新型コロナウイルスによる感染問題に関する台湾の対応を称賛し、他国は台湾から多くのことを学ぶことができると指摘した。その後、アーダーン首相は、台湾を巡るニュージーランドの立場は新型コロナウイルスへの公衆衛生上の対応のみに関連していると強調し、「われわれは常に『1つの中国』を支持する立場をとってきた。この立場に変わりはない」と述べた。ニュージーランドのこの姿勢は高く評価できる。

 18日に開催されるWHO総会において、日本は各国とともに、できるだけ技術的、専門的な観点からWHOは台湾のオブザーバー参加を認めるべきだと発言すべきである。共同の声明もありうる。またその際、必要であれば、日本は、「台湾は中国の一部であるという中国の立場を理解・尊重し、ポツダム宣言第8項に基づく立場を堅持する」との立場を表明し、日本は何も変わっていないことを再確認することももちろん考えられる。
2020.04.25

コロナウイルス感染問題と中国の欧州への影響力など

 セルビアのブチッチ大統領は3月15日、国民向けの演説で「欧州の連帯など存在しない。おとぎ話だった」と不満をぶちまけた。

 旧ユーゴスラビアを構成していた国が続々と独立し、最後に残った国がセルビアである。独立した国はEUへ加盟していった。セルビアも加盟を申請しているが、加盟するにはEUが定めている準備過程を経なければならない。セルビアは一刻も早く加盟したいのだが、まだその最中にある。

 そんな中、新型コロナウイルスによる感染問題から大きな波紋が生じた。セルビアでは7114人が感染している(4月24日現在)。西ヨーロッパの諸国とは比較にならない数であるが、セルビアの人口は700万人強なので対人口比でみればかなり高い。西ヨーロッパ諸国と肩を並べる水準ともいえる。しかし、セルビアの医療水準は西ヨーロッパとは比較にならないくらい低い。日本はセルビア各地の病院に医療器具を多数無償提供しているので事情はよく分かる。

 当然、セルビアはEUに医療支援を要請しただろう。私が在セルビアの大使であった時からセルビアは何かにつけEUに助力を求めていた。セルビアの首相が暗殺され、葬儀が行われた際、最初に弔辞を読んだのはセルビアの大統領でも国会議長でもなく、EUの代表であった。セルビアはそれくらいEUを大事にしているのである。

 しかしEUにはセルビアを助ける余裕はなかった。イタリア、スペイン、ドイツ、フランスなどの状況をみると、それも仕方がなかったと思われる。

 そんな時にセルビアに手を差し伸べてきたのが中国であった。中国はセルビアに3月21日、6人の専門家を支援物資とともに派遣した。また、習近平主席はブチッチ大統領に電報を送り「戦略的パートナー」だと強調した。

 また、中国はこれと相前後して、東欧旧共産圏16か国にギリシャを加えてテレビ会議を主催し、ウイルス感染への対応のノウハウを伝授した。この16か国会議はかねてから中国の欧州における影響力を増加させるメカニズムとしてEU側が警戒しているものである。セルビアはこの会議の一員である。しかも、今回は欧州側の調整役を務めた。

 ブチッチ大統領の中国寄りの姿勢はますます顕著になった。中国からの医療支援チームがセルビアの首都ベオグラード空港へ到着した際には、ブチッチ大統領自らが出迎えた。1国の大統領が外国からの医療チームを出迎えるなど異例中の異例である。

 この一連の動きはいくつかの観点から見ておく必要がある。一つはセルビアと中国との関係である。セルビアは1990年代、NATOの攻撃を受けた時から味方になってサポートしてくれた中国に恩義を感じており、今回の新型コロナウイルスによる感染問題をめぐってますます中国との関係が重要であることを認識しただろう。
しかし、セルビアがEUとの関係を見直すことになるとは思えない。EUへの加盟申請を取り消しなどすればあまりにも失うものが大きい。セルビアがEUへの加盟を実現することと中国との友好関係は本来矛盾しない。

 中国の欧州に対する影響力については、ギリシャ、次いでイタリアを「一帯一路」の協力国とするなどすでにかなりの実績を上げており、またハンガリーなどは、EU内で中国の利益に反することが起こればそれを食い止める役割を果たしている。ASEAN内でのカンボジアのような役割である。新型コロナウイルスによる感染問題を機に中国の発言力は一層高まったとみられる。

 もっとも、中国は新型コロナウイルスによる感染問題に関し、欧米諸国から非難の目で見られている。中国は果敢に米国と舌戦を交えているが、不利な状況にあるのは否めない。中国が欧州で味方を増やすことはさらに状況が悪化するのを食い止める意味合いもある。

 EUとしては、中国の影響力が増大することは好まないが、現実には中国の存在はじわじわと大きくなっていく傾向にある。現在、英国がEUから離脱するプロセスが進み、しかも新型コロナウイルスによる感染問題で主要国が軒並みに苦しんでいる最中に、中国の影響力がまた増大したのである。

 ロシアとの関係も問題である。新型コロナウイルスによる感染問題に関しイタリアに支援を行い、軍用機14機で消毒機材や検査機とともに医師や専門家約100人を送り込んだ。
このため欧州のメディアでは、ロシアが危機に乗じて欧州での存在感を高めようと画策していると懸念する論調が目立っているという。

 EUの連帯はどうなるか。苦しい中であるが、3月末には急きょ、4億1千万ユーロ(約480億円)の緊急支援をセルビアなどEU加盟を目指す西バルカンの国々につぎ込むことを決定した。

 4月に入ると、ルーマニアやノルウェーの医師、看護師をイタリアに派遣した。加盟国間でのマスクや消毒剤など医療品の融通にも力を入れている。当初は自国を優先していたドイツやフランスなども他国の重症患者を受け入れたり、マスクなど医療品を送ったり、連帯の修復に向けた動きを始めている。

 フォン・デア・ライエン欧州委員長は、EUが多国間主義の強力な推進者であることを常日頃強調している。

 しかし、EUの加盟国はどのように評価しているか。今回の新型コロナウイルスによる感染問題に関してもEUとしてなすべきことはできたと認識しているか。難民問題、英国の離脱、新型コロナウイルスによる感染問題と続き、今後、感染問題が解決した後にはEU諸国としても厳しい経済困難に陥ることは不可避なだけに、EUとしての存在価値と役割にどのような影響が出てくるか目が離せなくなっている。
2020.04.09

任志強のケースからうかがわれる中国政治の一端

 中国には、共産党の一党独裁体制に面と向かって歯向かうことはもちろんできないが、可能な限り客観的に見ようとする人たちが、少数ではあるが存在している。具体的には、①人権派の弁護士や学生などいわゆる民主派、②政府の経済政策に批判的な学者・研究者、③一部の新聞記者、④少数民族の活動家、⑤特定のグループに属さず、いわば一匹狼的に活動している人などに大別できるだろう。さらに今回の新型コロナウイルスによる拡大問題に関し、政府の隠ぺい体質に批判的になった人も少なくなかった。

 任志強は⑤のタイプの人物である。高橋博氏によると、任志強は不動産売買で巨万の富を築いた後、もっぱら「微博」〔中国版ツィッター〕を通して意見を発表するようになった。「微博」の内容は様々だが次第に共産党およびその施政に対する批判的な色合いを強くし、例えば、「中共と中国は同じでない」、「人民政府は何時党政府に変わったのだ?使っているのは党費か?」などと、あきらかに共産党の在り方に批判的な発言を続けた。

 そのため、任志強は多くの支持者を集め、フォロワー数が三千七百萬に達して社会に大きな影響力を持つようになった。当然当局からは要注意人物とみられていたが、蔡霞中共中央党校教授などは、任志強は「意見発表の権利を持つ」、「党規約と党規則は任志強たちの党員の権利を保護している」などと論じて同人を擁護したので2016年春、大論争となった。

 任志強がそこまで大胆な行動をとれたのは、習近平政権の反腐敗運動を指揮した王岐山と個人的に親しく、真夜中に電話して愚痴れるほどの間柄だったからであったが、北京市宣伝部、共青団中央、中央宣伝部中央部門、中共中央党校、中国社会科学院などの党機関だけでなく、中宣部管轄下の『人民網』、『東方網』など主要メディアも任志強批判を強め、結局、任志強はあわや党籍をはく奪されそうになった。それは何とか免れたが、表舞台からは退き、趣味の木彫りなどをやりながら隠遁生活をしていた(福島香織氏)。

 しかし、任志強は新型コロナウイルスによる感染問題をきっかけに、ふたたび口を開き、2月23日、米国の華字サイト「中国デジタル時代」に習近平の新型コロナ肺炎対応を批判する文章「化けの皮がはがれても皇帝の座にしがみつく道化」を発表し、習近平の“文革体質”を再び激しい言葉で批判した。また、中国政府が言論の自由を封じていることが感染対応の阻害になり、深刻な感染爆発を引き起こしたと、批判した。

 さらに、「あそこに立っているのは、自分の新しい衣服を見せびらかそうとしている皇帝でもなく、衣服すら脱ぎ捨てても皇帝の地位にしがみつく道化である。自分が丸裸であるという現実を隠すために、恥部を隠す布切れを一枚、一枚掲げてみせるが、自ら皇帝の野心にしがみついていることは一切隠さない。私が皇帝になるわけではないが、あなたを滅亡させる決心はしている」「遠くない将来、執政党はこの種の愚昧の中で覚醒し、もう一度“打倒四人組”運動を起こし、もう一度鄧小平式の改革を起こし、この民族と国家を救うかもしれない」などと攻撃した。

 習近平主席は任志強を許さないことを決めたらしい。パトロンであった王岐山も見放したのであろう。雑誌への投稿後、任志強の動向が伝えられることはなくなっていた。そして、北京市規律監査委員会は4月7日、同人に対する調査が行われることになったと発表した。中国の常識では、この調査は決定的なものであり、今後同人が再浮上することはあり得ない。

 任志強が一時的にせよ過激な発言で共産党の支配を批判できたこと、それには王岐山という実力者の後ろ盾があったからであったこと、中国内には習近平主席に批判的な人物がいることなどは今日の中国をみていくうえで参考になる。

 本稿では詳述しないが、今回の新型コロナウイルスによる感染問題については中国政府はさまざまな手を使って共産党と習近平主席の権威を維持しようとしたのではないか。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.