平和外交研究所

中国

2023.11.04

中国におけるハロウィンと愛国主義教育法

中国でも仮装してハロウィンを祝う。11月1日が全ての聖人と殉教者を記念するキリスト教の「万聖節」であり、人々はその前夜からさまざまに仮装して楽しむ。今年はゼロコロナが終わって初めてなので、人手が特に多かったらしい。

ゾンビ、キョンシー(死体妖怪)、お化けかぼちゃ、コスプレなどで仮装するのは日本や韓国と同様だが、中国では「ハロウィン」と言ってはいけないことになっている。当局が西洋の文化だとしてその文字を使わないよう指示しているからだという。お化けも中国風のものが混じっており、中国皇帝や皇女などの仮装も多いそうだ。

中国が日本と同様、あるいは日本以上に自国の文化を大切にするのはよくわかる。日本でもハロウィンの楽しみが行き過ぎになり、暴力沙汰も起こるので規制しはじめている。人々に親しまれている「ハチ公」もハロウィンの時は覆いで囲って見えなくした。

しかし、「ハロウィン」という言葉を使わないよう、あるいは中華を称揚する仮装をするよう当局が指示することはよいことか。中国人でないものが余計なおせっかいを焼くべきでないのはもちろんだが、この問題は、間接的には中国以外にも影響が及んでくる可能性がある。

これはハロウィンと全く関係ないことであるが、中国では若者が日本の和装をしていると、それだけで注意されることがあるという。ある映像では、注意した中年の女性と和装をした若い女性が路上で激しく言い争っていた。

中国全国人民代表大会(全人代)常務委員会がさる10月24日に可決した愛国主義教育法という新法は、当局による愛国主義的指導の法的基礎である。例えば、「中華民族と偉大な祖国への思い入れを育み、愛国の力を結集させる」などと中華の伝統を称揚し、国民はそれに沿って行動するよう求めている。

習近平主席がことあるごとに「大国意識」を強調し、また共産党の一党独裁体制が揺るがないよう努めてきたことは広く知られているが、愛国主義教育にもその考えが表れている。習氏は今年(2023年)6月の重要会議で「中華文明は突出した統一性を備えている。国土は分割されてはならず、民族がバラバラになってはならないという共通の信念を抱いている」などと強調した。習氏のこうした考えは、「習近平文化思想」と位置づけられ、宣伝されるようになっている。当局が若者の西洋かぶれ的な風潮を戒め、中華の伝統を尊重するよう求めるのも同じ傾向の表れであろう。

しかし若者はどのように考えているか。たしかに若者の中にも中国人であることに誇りを持ち、中国文化の発揚に努めたいと考えている人は少なくない。

他方、世界の流行をフォローし、日本のアニメなどに強い関心を抱く若者も少なくない。最近話題になったアニメの「スラムダンク」は、中国でも韓国でも圧倒的な人気を博した。中国人の若者は日本人や韓国人と同様、「面白いものは楽しむ」という国際的な感覚で行動しているのである。

若者に対し、中華の伝統を強調し、尊重するよう求めるのがよいか、それとも面白いことはどの国の文化であろうと楽しむことを認めるのがよいか。難しいところであるが、若者が自己の判断で創意工夫することを政府が抑制すると、彼らの不満が高じる。

日本にとっても他人事でない。学術会議の任命問題など、学術研究に政府の方針を強要していることにならないか。中国においても日本においても思想・文化への過度の公的介入は碌な結果にならない。


2023.10.16

中国で外国人に対する規制が強くなっている

最近中国への渡航が困難になっているということが頻繁に聞こえてくる。日本人だけでなく、すべての外国人にとっての問題である。コロナ禍の時には防疫の観点からどの国も厳しい入国規制を敷いた。細部については国によって違いはあったが、大筋はどの国も同様であり、さまざまな不便や苦しみを何とか乗り越えてきた。現在、コロナ禍が完全に収まったわけでないが、強い入国規制は必要でなくなり、常態に復しつつある。このような傾向は中国でも認められる。

しかし、それから1年もたたないうちに、コロナ禍とは全く関係ない理由で中国への渡航が困難になってきているという。もちろん、中国政府が外国人の中国への渡航を制限しているのではないだろうが、現実に問題が発生している。

たとえば、外国人が支払いをするのが困難になっている。中国ではいち早くキャッシュレス化が進んでおり、カードがないと日常生活も困難であるが、中国を訪問した外国人はカード支払いができなくなっているという。

たとえば、中国の空港に降り立ったばかりの外国人が買い物をしようにも支払いに困るはずである。しかし、たいがいの人は飛行機に乗る前から用心するだろうから特に大騒ぎすることはないかもしれない。

しかし最近は、中国の事情に通じているビジネスマンも困っている。かれらは中国でも使えるカードを持っているのでキャッシュレス化の恩恵を受けることができるはずであるが、実際には使えなくなっているという。

外国人が支払いできないなどにわかには信じがたいことであるが、実際に起こっていることらしい。例えば、2010年代に上海の現地法人で総経理を務めた経験のある某氏は、「中国はもう外国人が生活できる場所ではありません。現地に信頼できる中国人がいなければ、外国人は“行き倒れ”になるリスクさえあります」と、中国出張を振り返ったそうだ(ダイヤモンド・オンライン 2023年10月14日)。コロナ前まで、この人は中国の決済アプリでキャッシュレス決済を行っていたが、今回の渡航では銀行認証が厳格化されて使えなくなっていたので、中国人の知人に立て替えてもらったそうだ。
 
出張者だけでない。中国で事業を行っている外国人も厳しい規制にさらされている。さる3月、北京で拘束された日本のアステラス製薬の日本人男性社員は10月20日、正式に逮捕された。日本政府は男性の早期解放を求めているが、中国側は応じていない。拘束は長期化するのではないかと懸念されている。

また、レアメタル(希少金属)などを扱っている中国の日系非鉄専門商社や取引先中国企業の中国人社員も今年3月、北京と上海でそれぞれ拘束された。判明したのは最近である。
 
これらを含め、15年以降に拘束された邦人は少なくとも計17人にのぼる。

日本人や日系企業だけでない。台湾の世界的企業である鴻海の中国子会社の一部は税務調査を受けており、河南省や湖北省などにおける系列企業の土地使用について、中国の自然資源省の立ち入り調査を受けている。鴻海は10月22日の声明で「事業展開先の法令を順守することは、当社の基本原則だ」と表明しているが詳細は不明である。

カード利用が困難になっていることと言い、拘束されるケースが増えていることと言い、外国人にとっては大問題である。中国に来る外国人は減少するだろうし、中国で事業を行っている外資系企業は困難に逢着する。

このような規制は中国の本来の方針にもとるのではないか。例えば中国では外国の投資を歓迎しており、奨励策も取っている。にもかかわらず、結果的には外国人が中国に来にくくしているのであり、これは明らかな矛盾である。中国の駐日大使は対中投資を奨励しているが、日本人の投資家が中国を訪れるのを妨げる環境を改めるのが先ではないか。日本人が簡単な支払いさえできなくなるような状況をほっておいて投資を進めようとしてもことは動かない。

なぜこのような極端なことが許容(あるいは放任?)されているのか。その問題を追及するのは本稿の手に余る。我々の想像をはるかに超える複雑な事情があるのかもしれないが、だからと言って外国人の排除につながること、中国への投資奨励という国策を無視する結果になることは即刻改めてもらいたい。


2023.10.06

中国は処理水問題についての方針を変えるか

 処理水に関して中国がとった行動は一方的、非科学的、過剰であったとの印象を抱いている人は多数に上るだろう。中国自身処理水を海洋に放出しており、しかも放射線は日本の何倍にもなる量である。中国は、日本が中国に事前に協議せず海洋放出を決定したというが、中国は日本に一度も協議したことがない。国際原子力機関(IAEA)は、日本が放出する処理水に含まれる放射能は微量であり、人体に無害であると発表しているが、中国はそれを受け入れない。

 これらの問題は当初から指摘されていたことであった。その後、中国の対応が合理的であったか考えてみる機会は何回もあったが、多くの人は中国の対応はやはりおかしいと考えてきたし、また調べが進むにつれ、疑念は一層高まった。

 そんな中、中国は対日非難を抑制し始めているとの趣旨の報道が2件目についた。一つは、中国は、短期的には日本産水産物の輸入禁止措置を緩和しないが、処理水問題についての過剰な言動は抑制していると報道した。

 他の一つは、東京電力福島第一原発の処理水海洋放出に猛反発していた中国が「ソフトランディングに向けた方針転換に乗り出した」とする記事を掲載した。

 これら2つの報道は、中国が過剰な言動を抑制するのにとどめているか、それともソフトランディングに向けた方向転換に乗り出したのか、用語の点では相違があるように見えるが、実際にはそれほど違わない。中国は一定の自己抑制をし始めている。

 問題は、なぜ中国政府はそのような対応を取り始めたのかである。いくつかの理由が考えられる。

 中国が日本産水産物の輸入禁止措置を講じたのは、そうすれば日本国内で日本政府(福島原発を含め)批判が高まると考えたからであろう。しかし、実際にはそうならなかった。日本人の多くはいつも通り日本産の水産物を消費しており、処理水放出の影響はみられない。なかには中国の対応があまりに理不尽なので、日本産の水産物購入をかえって増やす家庭もある。

 また、処理水の放出に関し検討が進めば進むほど中国の措置が理不尽であることがはっきりしてきた。中国漁船が日本近海でとった魚は何ら問題にしないで、日本産だけを危険視するのははなはだしい矛盾であることが理解されてきた。

 さらに、日本産水産物の中国への輸入を止めれば日本の関係者に被害が及ぶのは不可避だが、中国の水産業にも、水産市場にも悪影響が及ぶ。ひいては中国経済にも悪影響が及ぶとの認識が強くなったことも考えられる。

 中国には軍事面の懸念もあるのではないか。事の性質上推測が多くなるが、中国の原子力潜水艦がさる8月末、台湾海峡付近で事故を起こした可能性がある。もしこれが本当であれば放射能の調査は不可避となる。特に水産物についての調査が行われると、原潜事故の影響は別だとして調査を拒否することはできなくなる。しかし、中国軍としては原潜の事故に関する調査は絶対認めないだろう。また原潜事故に注意を招きかねない、日本産水産物に関する調査も認めないのではないか。

 中国による日本産水産物輸入禁止措置はまだ撤廃されていないが、処理水問題は遠からず解消されるのではないかと思われる。

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