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2015.06.01
(問)「存立危機事態」と「武力攻撃事態」の両方に「明白な危険」という言葉があるがその違いは何か。
(答)「存立危機事態の明白な危険とは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃であって、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険(改正武力事態法第2条4)」であり、武力攻撃事態の明白な危険とは「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険(武力攻撃事態法2条2)」である。
これは法律に規定されていることに過ぎない。十分な説明のためにはそれぞれの事態において実際に起こりうる場合を想定して説明する必要があろう。
(問)どちらの事態と認定するかで、武力行使が認められるか、そうでないか違ってくるか。
(答)両方の場合とも「武力の行使は事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」と規定されている(同法案3条の3と4)。具体的な武力行使の程度が事態に応じて異なるのは当然である。
(問)「存立危機事態」と「武力攻撃事態」はどう違うか。
(答)「武力攻撃事態」とは、日本が武力攻撃された場合または武力攻撃される明白な危険が切迫していると認められるに至った事態のことで、2003年に成立した武力攻撃事態法2条2に定められている。
一方、「存立危機事態」は、我が国と密接な関係にある外国が武力攻撃され、その結果日本に危険が及んでくる場合、つまり集団的自衛権行使の場合であり、いわば、外国生まれの危険が日本に輸入された場合である。
(問)「武力攻撃事態」と「存立危機事態」とでは日本政府(自衛隊)の対処は異なるか。
(答)危険がどこで発生したかに関わらず、この二つの場合とも対処が必要である。前者は武力攻撃事態法2条7イ(1)で、後者は同法改正案の同条7ハ(1)で定められ、ともに「武力の行使は事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」と規定されている(改正武力攻撃事態法3条の3と4)。つまり、法令上は同じ対応をすることになっているが、実際の対応は事態に応じて、したがってまた必要性に応じて変わってくる。
(問)武力攻撃事態に類似の事態はあるか。
(答)ある。武力攻撃事態法は紛らわしい事態を次のように規定している。
2条の1「武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。」
同条2「武力攻撃事態 武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう。」
同条3「武力攻撃予測事態 武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。」
これら3つの事態を区別したのは、過剰な対応にならないよう事態を細かく分け、それぞれに適当な対応を定めるためだったのであろうが、しょせん人為的な区別であり、非常に分かりにくい。たとえば、「武力攻撃事態」には「武力攻撃が発生した事態」が含まれており、これと「武力攻撃」と区別するのは困難である。政府の中では矛盾のないように説明していても国民には理解困難であろう。
両方の事態についての改正法案の規定は適切か、国会でさらに議論を重ね、吟味すべきである。
また、紛らわしくなる根本原因は、集団的自衛権行使の要件を日本の問題として語らなければならなかったことにある。国会では、諸外国に理解されるかを含め、十分議論すべきではないか。
「存立危機事態」と「武力攻撃事態」・国会での質疑に問題あり
5月28日の衆議院特別委員会で、安全保障関連法案に関し、辻元議員と安倍首相や中谷防衛相の間で質疑があった。重要な質疑であるが、報道によるとかなり混乱しているように見受けられる。問題点を(問)とし、回答すべきこと(実際の政府側の答弁ではない)を(答)として整理してみた。(問)「存立危機事態」と「武力攻撃事態」の両方に「明白な危険」という言葉があるがその違いは何か。
(答)「存立危機事態の明白な危険とは、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃であって、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険(改正武力事態法第2条4)」であり、武力攻撃事態の明白な危険とは「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険(武力攻撃事態法2条2)」である。
これは法律に規定されていることに過ぎない。十分な説明のためにはそれぞれの事態において実際に起こりうる場合を想定して説明する必要があろう。
(問)どちらの事態と認定するかで、武力行使が認められるか、そうでないか違ってくるか。
(答)両方の場合とも「武力の行使は事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」と規定されている(同法案3条の3と4)。具体的な武力行使の程度が事態に応じて異なるのは当然である。
(問)「存立危機事態」と「武力攻撃事態」はどう違うか。
(答)「武力攻撃事態」とは、日本が武力攻撃された場合または武力攻撃される明白な危険が切迫していると認められるに至った事態のことで、2003年に成立した武力攻撃事態法2条2に定められている。
一方、「存立危機事態」は、我が国と密接な関係にある外国が武力攻撃され、その結果日本に危険が及んでくる場合、つまり集団的自衛権行使の場合であり、いわば、外国生まれの危険が日本に輸入された場合である。
(問)「武力攻撃事態」と「存立危機事態」とでは日本政府(自衛隊)の対処は異なるか。
(答)危険がどこで発生したかに関わらず、この二つの場合とも対処が必要である。前者は武力攻撃事態法2条7イ(1)で、後者は同法改正案の同条7ハ(1)で定められ、ともに「武力の行使は事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」と規定されている(改正武力攻撃事態法3条の3と4)。つまり、法令上は同じ対応をすることになっているが、実際の対応は事態に応じて、したがってまた必要性に応じて変わってくる。
(問)武力攻撃事態に類似の事態はあるか。
(答)ある。武力攻撃事態法は紛らわしい事態を次のように規定している。
2条の1「武力攻撃 我が国に対する外部からの武力攻撃をいう。」
同条2「武力攻撃事態 武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態をいう。」
同条3「武力攻撃予測事態 武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態をいう。」
これら3つの事態を区別したのは、過剰な対応にならないよう事態を細かく分け、それぞれに適当な対応を定めるためだったのであろうが、しょせん人為的な区別であり、非常に分かりにくい。たとえば、「武力攻撃事態」には「武力攻撃が発生した事態」が含まれており、これと「武力攻撃」と区別するのは困難である。政府の中では矛盾のないように説明していても国民には理解困難であろう。
両方の事態についての改正法案の規定は適切か、国会でさらに議論を重ね、吟味すべきである。
また、紛らわしくなる根本原因は、集団的自衛権行使の要件を日本の問題として語らなければならなかったことにある。国会では、諸外国に理解されるかを含め、十分議論すべきではないか。
2015.05.29
「中国の原発建設はあまりにも早すぎる、汚職や管理の不備などが原因で安全性について問題が発生している。原発の建設停止をさらに延長し、管理運営上の経験を十分参考にして建設の再開を検討すべきである。」
「中国には原発について2つの意見がある。1つは、安全より発展の重視であり、もう1つはそれと全く反対である。」
中国は2011年の福島事故以来、原発の新設を停止してきたが、2015年3月に2基の建設再開を許可した。
(以上5月27日付香港紙『明報』)
なお、2014年現在、中国の原発は、稼働中のものが18基、建設中が31基であり、これらが完成すると、日本の原発とほぼ同数となる。さらに、2030年にはその数倍に激増すると予測されている。
(短文)中国の原子力発電は慎重に進めるべしー中国人研究者
中国社会科学院の何祚庥は、英ガーディアン紙とのインタビューで、次のように述べている。「中国の原発建設はあまりにも早すぎる、汚職や管理の不備などが原因で安全性について問題が発生している。原発の建設停止をさらに延長し、管理運営上の経験を十分参考にして建設の再開を検討すべきである。」
「中国には原発について2つの意見がある。1つは、安全より発展の重視であり、もう1つはそれと全く反対である。」
中国は2011年の福島事故以来、原発の新設を停止してきたが、2015年3月に2基の建設再開を許可した。
(以上5月27日付香港紙『明報』)
なお、2014年現在、中国の原発は、稼働中のものが18基、建設中が31基であり、これらが完成すると、日本の原発とほぼ同数となる。さらに、2030年にはその数倍に激増すると予測されている。
2015.05.28
以下は、共同通信のOPED(署名入り論評)として配布され、中国新聞や信濃毎日新聞に掲載された。
「4月27日から5月22日まで国連本部で開催された核不拡散条約(NPT)の再検討会議の主要議題は核軍縮、つまり核兵器の廃絶であったが、議論は進まなかった。核軍縮以外の不拡散問題、核兵器禁止条約、中東非核兵器地帯を設置する構想などについても進展はなかった。そして、今次会議の議論をまとめた「最終文書」さえ採択できず、「会議は決裂した」と言われる状態で終了した。
6年前、オバマ大統領が登場し、プラハで行った演説で核兵器のない世界の実現を呼びかけ、世界に強いインパクトを与えたときと比べると何とも情けない有様である。ウクライナ問題を契機にロシアが核のパワーを誇示するなど、国際情勢が悪化したことも今回の再検討会議に暗い影を落としていた。
決裂したと言っても、実はNPTの再検討会議としては驚くにあたらない。過去の再検討会議でも毎回、核軍縮の進捗状況が検討されたが、積極的な結論が得られたことはなかったと言って過言でない。そもそも、核保有国は自分たちのペースでは核軍縮を進めるが、NPTの再検討会議でせっつかれるのは好まない。
今後、日本は「核の非人道性」についてなすべきことがある。どの兵器も人を殺傷するために作られており、その意味では兵器はすべて非人道的であるが、核兵器は他の兵器とは比較にならない破壊力で戦闘員(兵士)のみならず、非戦闘員である市民をも無差別に殺傷するので、とくに「非人道的」なのである。日本人にとってこれは説明などいらない常識だが、そう思わない国が先進国の中にもあるので、「核の非人道性」を確立しなければならない。
過去2年来、このための会議が有志国によって開催され、その会議に参加する国の数が回を重ねるたびに増加し、もっとも最近のウィーン会議には160近い国が参加した。今次再検討会議では、オーストリアが参加国を代表して「核の非人道性」を強調し、核軍縮の緊急性を訴えた。
一方、日本は、「世界の政治指導者や若者らに被爆地・広島、長崎を訪問すること」を促す提案を行なった。これに対し中国が強硬に反対したため、この提案は最終文書案に盛り込まれず、代わりに「核兵器の被害を受けた人々や地域の経験を、交流を通じて直接共有することなどの重要性」を指摘するにとどまった。会議が決裂する前にすでに妥協を余儀なくされていたのである。
しかし、日本は、あらためて、「核の非人道性」に関する会議を被爆地で開催する提案を行うべきである。過去3回開かれたこの会議では、日本はけん引力にはならず、この会議を主導的に開催することに躊躇があるかもしれないが、世界の指導者に被爆地を訪問することを呼びかけたからには、有志国の指導者を被爆地で迎えることに支障はないはずである。会議後恒例の議長声明を出さなくてもかまわない。世界の指導者が被爆地で「核の非人道性」を体感することはどんなに雄弁な議長声明にも勝る。
この会議はNPTの会議でなく、有志国の会議なので被爆地訪問を厭う国を強制することにはならない。米国と英国は参加する可能性がある。オバマ大統領が被爆地を訪問することに積極的な関心を抱いていることは周知のことである。
NPT再検討会議 日本はなすべきことがある
NPT再検討会議は決裂したが、日本は「核の非人道性」に関する国際会議をホストすべきである。以下は、共同通信のOPED(署名入り論評)として配布され、中国新聞や信濃毎日新聞に掲載された。
「4月27日から5月22日まで国連本部で開催された核不拡散条約(NPT)の再検討会議の主要議題は核軍縮、つまり核兵器の廃絶であったが、議論は進まなかった。核軍縮以外の不拡散問題、核兵器禁止条約、中東非核兵器地帯を設置する構想などについても進展はなかった。そして、今次会議の議論をまとめた「最終文書」さえ採択できず、「会議は決裂した」と言われる状態で終了した。
6年前、オバマ大統領が登場し、プラハで行った演説で核兵器のない世界の実現を呼びかけ、世界に強いインパクトを与えたときと比べると何とも情けない有様である。ウクライナ問題を契機にロシアが核のパワーを誇示するなど、国際情勢が悪化したことも今回の再検討会議に暗い影を落としていた。
決裂したと言っても、実はNPTの再検討会議としては驚くにあたらない。過去の再検討会議でも毎回、核軍縮の進捗状況が検討されたが、積極的な結論が得られたことはなかったと言って過言でない。そもそも、核保有国は自分たちのペースでは核軍縮を進めるが、NPTの再検討会議でせっつかれるのは好まない。
今後、日本は「核の非人道性」についてなすべきことがある。どの兵器も人を殺傷するために作られており、その意味では兵器はすべて非人道的であるが、核兵器は他の兵器とは比較にならない破壊力で戦闘員(兵士)のみならず、非戦闘員である市民をも無差別に殺傷するので、とくに「非人道的」なのである。日本人にとってこれは説明などいらない常識だが、そう思わない国が先進国の中にもあるので、「核の非人道性」を確立しなければならない。
過去2年来、このための会議が有志国によって開催され、その会議に参加する国の数が回を重ねるたびに増加し、もっとも最近のウィーン会議には160近い国が参加した。今次再検討会議では、オーストリアが参加国を代表して「核の非人道性」を強調し、核軍縮の緊急性を訴えた。
一方、日本は、「世界の政治指導者や若者らに被爆地・広島、長崎を訪問すること」を促す提案を行なった。これに対し中国が強硬に反対したため、この提案は最終文書案に盛り込まれず、代わりに「核兵器の被害を受けた人々や地域の経験を、交流を通じて直接共有することなどの重要性」を指摘するにとどまった。会議が決裂する前にすでに妥協を余儀なくされていたのである。
しかし、日本は、あらためて、「核の非人道性」に関する会議を被爆地で開催する提案を行うべきである。過去3回開かれたこの会議では、日本はけん引力にはならず、この会議を主導的に開催することに躊躇があるかもしれないが、世界の指導者に被爆地を訪問することを呼びかけたからには、有志国の指導者を被爆地で迎えることに支障はないはずである。会議後恒例の議長声明を出さなくてもかまわない。世界の指導者が被爆地で「核の非人道性」を体感することはどんなに雄弁な議長声明にも勝る。
この会議はNPTの会議でなく、有志国の会議なので被爆地訪問を厭う国を強制することにはならない。米国と英国は参加する可能性がある。オバマ大統領が被爆地を訪問することに積極的な関心を抱いていることは周知のことである。
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