平和外交研究所

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2020.01.05

スレイマニ司令官の殺害

 イランの精鋭部隊・革命防衛隊の実力者ソレイマニ司令官が3日、イラクの首都バグダッドの国際空港から車で移動してまもなく、米軍による空爆で殺害された。米国防総省が殺害を認める声明を出し、イラン側も死亡を認めた。爆撃は無人機によるものであったと報道されている。これに対し、イランは米国に報復すると強く反発した。

イラクは数カ月前から不穏な情勢にあり、米国人の死傷が相次いでいた。ソレイマニ司令官の殺害後情勢がさらに険悪化する中で、米国はイラク国内の米国市民に対して直ちに国外退避するよう警告を発した。また、3500人の部隊を増派する方針だという。

 米軍によるソレイマニ司令官殺害の方法について、二つの疑問がある。一つは、米軍は同司令官を捕獲する努力を行ったか否かである。状況証拠から見るとそれは疑わしい。しかし、米軍は同司令官の行動を非常に正確に把握しており、捕獲は可能だったのではないか。少なくとも捕獲を試みるべきだったのではないか。

 同様の問題は、2013年、ウサマ・ビン・ラーディン殺害の時にも起こった。米軍はパキスタンに潜伏中のビン・ラーディンを襲い、殺害したのだが、捕獲を試みたか疑問であった。今回は米軍の支配力が強い状況下で行われた爆撃であり、その時より捕獲は容易でなかったか。

 実際には、ビン・ラーディンやスレイマニに対して正しい手続きでその罪を償わせることなど絵空事だったかもしれない。しかし、戦争ではなかっ。戦争ならば何をかいわんやであるが、そうではなかったのであり、スレイマニ司令官の殺害が正当化されるか疑問の余地がある。

 もう一つの疑問は、無人機による攻撃が適切であったかである。人が攻撃したのであればよかったということではないのはもちろんだが、無人機による攻撃ははるかに危険である。攻撃する側は、まったくといってよいほど危険にさらされないからであり、そのため、攻撃に歯止めがかかりにくい。また、攻撃された側がやはり無人機で報復するとそれだけ危険な状況になる。
 
 もちろん、今回の攻撃については方法の是非だけでなく、全体的に判断しなければならない。スレイマニ司令官の殺害は戦争に発展するという見方も現れている。トランプ大統領は「戦争を止めるための行動だ」と訴えているが、はたしてその主張は受け入れられるか。

 米国としては、今回の攻撃はテロや米国人に対する襲撃を防ぐために必要であったことを主張しているが、これは広島と長崎に原爆を投下した際の理由づけ、すなわち「米軍兵士の損害を防ぐため原爆を投下した」との言い訳と実質的には同じでないか。

 さらに、トランプ大統領のイスラエル寄りの姿勢とイランの核合意を一方的に破棄したこととも無関係といえない。そのような主張が通るのは、トランプ大統領とその支持者だけではないか。

日本は、ソレイマニ司令官の殺害については沈黙しつつ、自衛隊をオマーン湾に派遣しようとしている。しかし、米国とイランの対立が一段と激化した現在、そのような方針を維持すべきか、あらためて基本的な問題にまでさかのぼって検討すべきではないか。

2019.12.16

五島列島は遠いと感じていたが

 12月4~6日、初めて五島列島を訪問した。今に至るまで五島へ行ったことがなかったのは物理的にも心理的にも遠かったからである。直線距離で測ると同列島から東京までの距離は上海までより遠く、約1.5倍である。

 五島を訪れてそれまでのイメージを大幅に修正することになった。第1に、五島はガイドブック的には教会群の島であるが、実際にはそれは五島の一面に過ぎない。個人の好みや興味にもよることだが、私のような人間には、教会群よりも遣唐使の遺跡の方がもっと印象的であった。

 時系列的に五島の特徴をあげれば、遣唐使時代、中国や朝鮮との交易時代(中世)、教会群時代、それに現代となる。これには異論があるかもしれないが、大づかみな方が分かりやすいだろう。

 この四つの時代が五島で折り重なっているように思った。つまり、五島では、地域ごとに違った時代(の跡)があるのではなく、同じ場所で四つの時代があったことが感じられたのである。

 たとえば、三井楽という地区(下五島)は遣唐使が出発したところであり、空海の「辞本涯(日本のさいはてを去るの意味)」の言葉の記念碑がある。ここは「なるほどこのようなところから決死の覚悟で船出していったのか」と当時の険しい状況を想像させてくれる印象深い場所であるが、そこから車で5分もかからない場所に「三井楽教会」がある。

 このように遣唐使の遺跡と教会が近接しているのは三井楽だけでなく、他のところでも同様である。遣唐使と教会は何の関係もないのに、同じ場所にあるのだ。なぜそうなったのかと言えば、遣唐使関係の遺跡は海岸にあり、五島列島の中でも西端に多い。一方、教会は隠れキリシタンが受難したところ、たとえば、牢屋跡などに作られることが多く、それらは人里離れた場所なので、結局同じ場所になるということではないかと思った。

 五島の現代の特色としては、養殖がある。以前はもっぱらハマチ、今はマグロと牡蠣であるが、五島の入り組んだ地形で囲まれた海は養殖に適している。入り江の入り口に網を張って天然の養殖場にしているところもある。そして、これら養殖場は遣唐使関係の遺跡とも、教会とも近いのである。
さらに、風力発電も現代の五島の特色であり、どこへ行っても風車を見かけるが、これもまた海岸沿いに設置されているので、遣唐使関係の遺跡や教会の近くで見ることになる。
 
 第2に、五島列島の地理的環境であり、時代によってはその地理的特性のために日本の中心と関係が強かったことに気付いた。特に遣唐使の時代である。遣唐使についてはこれまで日本の歴史として、また中国との交流として、また仏教の関係で見ていたが、今回の旅で、遣唐使船が中国へ渡航するのに必要な最終準備が五島で行われていたことを実感できた。五島は、遣唐使派遣という国家的事業のなかで不可欠の役割を担っていたのである。
 
 一方、キリスト教信仰の関係では、五島は京都や大阪から遠く離れていたため、キリシタンが迫害を逃れることができたのだろう。当時の五島は、遣唐使とは逆に、日本の中央と関係がないことが役立ったのであろう。

 第3に、現在、五島には、遣唐使やキリスト教信仰ほど全国的な問題でないかもしれないが、注目してよいことがいくつかある。
 
 五島は沖縄と同様「東シナ海」に面している。かつては日本の安全保障上重要な場所であり、日露戦争中、五島列島の西南端の大瀬崎に置かれている旧海軍の望楼が、海上でロシアのバルチック艦隊を発見した信濃丸などからの電信を最初に受信したこともあった。 
 現在、五島には航空自衛隊のレーダー基地が置かれており、ロシアや中国の軍用機が日本の情報区(FIR)に侵入してくれば、この基地から情報を発信し、近辺の航空基地から自衛隊機がスクランブル発進する。しかし、五島の住民が巻き込まれることはないようである。

 五島はこのほか、釣り人が集まる場所である。先日他界した梅宮辰夫氏もよく来ていたという。また、五島うどんは全国的に有名だ。椿油がよく取れるのも特色の一つである。かつて捕鯨基地として名をはせた上五島の有川には鯨をウォッチするための小山があるが、椿が山いっぱいに植わっていた。

 五島には、さらに地理的環境を利用して上海や済州島を結ぶ観光ルートを建設しようという考えもあるそうだ。実現までには時間がかかるだろうが、夢のある構想である。

2019.12.14

英国の総選挙とEUからの離脱

 12月12日に行われた英国の下院総選挙で保守党が圧勝し、来年1月末までにEUから離脱することが確実となった。
 英国がEUの間のモノと人の移動は自由でなくなる。離脱は欧州全体の問題となるし、さらに世界にも影響が及ぶだろう。

英国にはEUから離脱することによるメリットもあろうが、それが現実に効果を発揮するのはかなり先のことであり、離脱直後、英国は大きな打撃をこうむるだろう。水上スキーのようなものであり、飛び出した直後はどうしても水中に沈む。懸命に頑張って首尾よく浮上できればよいが、できなければ水中でもがき苦しむことになる。

 経済面では、貿易、投資、雇用、金融など主要な分野でさまざまな試算が行われている。主な論点を拾ってみると、
 関税率は3%程度上昇し、貿易量は2~3割落ち込む。
 英ポンドは、2016年に実施されたEU離脱の是非を問う国民投票後に急落したままでまだ回復していないが、離脱後はさらに減価する危険がある。
英ポンドの為替レートが低くなると輸入インフレが生じ、消費者の購買力は削がれる。輸出拡大効果はあまり期待できない。
株価も下落する。
企業は銀行も含めてEU側に移転し始める。
英国のGDPは0.5%ポイントほど下回る。かりに2020年の予測成長率が1.5%であったとすれば、1%に落ち込むわけである。

 ただし、EUとの離脱協定はまだ確定していない。ジョンソン首相がさる10月にEUと結んだ協定案では、英国はEUの「関税同盟」と「単一市場」から脱退することとなっているが、最終的な協定についてはあらためて合意が必要である。
 協定案では2020年末まで移行期間がもうけられることになっている。同首相は「離脱後に米国など世界各国とFTAを結ぶ」と表明しているが、それが移行期間内に実現するか、疑問視されている。
 仮に合意なき離脱となった場合には、移行期間は設定されないので、英国はいきなり荒海に飛び込むことになる。

 EU離脱の影響については定量的な分析はもちろんだが、数量で測れない変化にも注意が必要だ。特に、北アイルランドがEUから離脱する英国と今後も運命を共にするかが最大の問題である。
現在、アイルランドの平和と安定は、アイルランド共和国と北アイルランドの間の自由な通行で保たれており、英国がEUから離脱すれば北アイルランドは以前の、英国系(プロテスタント)とアイルランド系(カトリック)の激しい対立に戻ってしまうと言われている。
もちろんこの問題も、英国とEUの離脱協定で最終的にどのように定められるかをみなければならないが、経済面の悪影響が強ければ、いままで分裂が激しく、まとまることができなかった北アイルランドが一体性を高め独立を要求するようになる可能性もある。

また、かねてから独立を求める声がくすぶっていたスコットランドにとってもEU離脱はチャンスになるという。もっとも、スコットランドは英国(イングランド)と長い歴史的つながりがあり、英国がEUから離脱しても簡単に独立傾向が強くならないとの考えもあろう。

ともかく、英国がEU離脱の衝撃から立ち直るのにどのくらいの時間が必要で、また、影響がどのくらい強いかによって将来の姿は違ってくる。停滞が長引けば、北アイルランドやスコットランドの独立問題だけでなく、英国内でも労働力の不足など深刻な問題が生じてくる可能性がある。

対外面では、米国のトランプ大統領は英国のEU離脱を強く支持しており、今後、貿易協定をはじめ英国との協力関係の構築に積極的に努めるであろう。

日本との関係では、英国に進出している約1300の日本企業にとってEU離脱は問題であり、英国から脱出する企業も出てくるだろう。
日本政府としても、EUから離脱した英国とどのような新しい協力関係を構築するかは大きな課題となる。

なお、英国は近年中国との関係を強化してきており、EU離脱にともなう諸困難を乗り切ろうとする中で中国への傾斜が強まることもありうる。

総じて、英国のEU離脱については悪影響ばかりが目立つのはやむを得ないが、英国人は欧州の中でも、もっとも能力が高い人たちであり、また、実務的でありながら大胆なところもある。将来、英国人はそのような資質を発揮して、EUの一体性に縛られることなく政策を決定・実施し、新しい国際的地位を築いていくのではないかと考えられる。
 

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