平和外交研究所

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2017.05.08

フランス大統領選挙―さらなる変化の予兆が現れている?

 フランス大統領の選挙は5月7日に決選投票が行われ、エマニュエル・マクロン氏が新大統領に選ばれた。
 マクロン氏の得票率は66.06%、ルペン氏は33.94%だったが、これは決選投票の結果であり、最初の投票では両者の差はわずか2・71%であった。
 国民戦線の大統領候補が決選投票に進んだのは2002年にもあったが、その時は、フランス国民は極右の台頭に驚くとともに警戒を強めるようになり、結局、国民戦線への支持は後退し、党首はジャン・マリー・ルペンから娘のマリーヌに代わった。
 今回の選挙結果はそれ以来国民戦線が回復し、移民・難民の制限強化、EUからの離脱、フランス第1主義などを掲げて支持を拡大してきたことを反映している。
 
 マクロン氏は39歳。ロートシルト(ロスチャイルドのフランス名)銀行員からオランド大統領に抜擢され経済相に就任した。1970年代に「フランスのケネディ」と言われ、やはり経済通で鳴らしたヴァレリー・ジスカールデスタン氏が大統領になったのに比べられる。中道・保守の政治傾向でも共通点がある。
 しかし、内外とも困難な状況の中でマクロン氏は有効な政策を打ち出せるか、成功の保証はない。5年後の大統領選挙では国民戦線がさらに力を増している可能性もある。 

 マクロン氏はEUとの関係を重視しているが、問題があることも事実である。EUは肥大化し、政策はEU官僚によって決められる。フランスの農民はEUの共通農業政策に不満である。その点では、フランス第一主義を掲げEUから離脱を主張するルペン氏は分かりやすく説得力がある。
 しかし、フランスは歴史的にも、また現在も欧州の中心であり、欧州統合を進めてきた主要な原動力である。そのことについてフランス人は誇りを抱いている。
 経済面でも欧州との関係は深く、フランスの貿易の6~7割はEU諸国との間で行われている。
 ルペン氏はグローバリズムを攻撃するが、フランスはグローバリズムに押し流される一方ではなく、その恩恵も受けている。海外資産で見た世界の多国籍企業トップ20に、フランスはトタル(石油)、フランス電力公社、GDFスエズ(電気、ガス、水)の3社が入っている。ちなみに日本はトヨタと本田技研の2社だけである。さらに、フランスはいくつかのヨーロッパの協力会社や機構の本社を招致している。エアバスの本社はトゥルーズに、またアリアン・ロケットの欧州宇宙機関の本部はパリにある。フランスはこのような欧州協力のシンボルであり、看板だ。
 また、フランスはグローバルな国際協力にも力を注ぎ、国際連合教育科学文化機関(UNESCO)、経済協力開発機構(OECD)など世界でもっとも権威のある国際機関がフランスに本部を置いている。
 ただし、EUとの関係では、英国の離脱交渉の結果がどうなるかによってフランスにも影響が出てくる可能性がある。かりに英国が大きな損害を被ることなく交渉をまとめることができれば、EU離脱を主張する国民戦線にとって追い風になるだろう。英国とEUの交渉は今後2年間で行われる。

 移民・難民問題についての状況は冷戦の終了後ほぼ一貫して悪化しており、欧州各国で排外傾向がひどくなっている。最近はそれにテロの問題が加わっている。フランスも例外でないが、逆にフランスは移民・難民を受け入れることによって発展してきたという認識はあるし、フランス革命以来の理想主義も脈々と生きており、極端な排外主義に陥るのを自制してきた。
 今後はシリア情勢、過激派ISとの戦いがどのように展開するかが大きな問題である。かりに、情勢が落ち着いてくれば欧州諸国を悩ましてきた難民問題の重圧は解消していくだろう。
 ただし、難民問題について欧州各国が能動的に対応できる余地は少なく、マクロン氏にとっても政策で問題を解決できるような状況でない。大量の難民の発生は欧州側でコントロールできないし、押し寄せてくる難民については欧州諸国が協力して対処するしかないからだ。

 フランス経済の立て直しはマクロン政権に強く期待されるが、これも難問である。とくに問題になっているのはフランスの労働市場であり、規制が多くて硬直的だと言われている。具体的には最低賃金が高いこと、労働時間の制限が強いこと、一度雇用すると解雇は極めて困難なので企業側は非正規社員を好む傾向があること、などである。そのためフランスの失業率はドイツの2倍近くで、EU平均よりも高くなっている。とくに若年層においては高学歴でも就職できないなどミスマッチの傾向が強く、若年層の失業率は全年齢の2倍に上っている。
 これには歴史的事情が絡んでおり、その改革は極めて困難だ。フランスの労働法は世界中でもっとも複雑と言われ、3千ページ以上に上る。もともと100年以上も前に作られた法規であり、その後何回もの改正を経てますます複雑になったのだが、そのような法律が今でも生きていること自体異例である。
 オランド大統領は、社会党政権として本来労働市場の自由化には消極的であったが、その改革なくして経済状況の改善は困難であり、EUからも圧力を受け、やむを得ず2015年末から改革に取り掛かった。しかし、やはり反対が強く、2016年4月末から5月1日のメーデーにかけて起こったデモは暴動に発展した。
 オランド大統領への支持率は下がり、史上最低を更新し続けた。世界で最も不人気な指導者だとも言われた。だから、オランド氏は今回の大統領選に出馬しないこととしたのだ。

 マクロン氏は2009年まで社会党員であったが、大統領選に出るため無所属となり、16年8月に経済相を辞任し、自らの政治運動「アン・マルシュ(前進)!」を立ち上げた。その旗印はリベラリズムであり、また、「右でも左でもない」と自称している。広い支持を獲得しようと努めているのだが、それだけに立ち位置がはっきりしない。マクロン氏の、「私は、ナショナリズムの脅威に対抗する愛国者の大統領になる」とは国民戦線を強く意識した発言だが、自己矛盾していると言われても仕方がないだろう。
 もしマクロン政権が失業問題の改善のため有効な対策を打ち出せないと、国民戦線の支持が増えるだろう。国民戦線はEUからもユーロからも離脱して自由にフランス経済を立て直すことを主張しており、その中で労働市場問題にも取り組む考えだ。「ユーロに縛られたままフランスが競争力を回復するのは難しい。フランスが自国通貨を有していれば、減価させることで輸出競争力を高めることができる」と述べるルペン氏の主張には一定の説得力がある。

 今回の大統領選では、「前進」の勝利と国民戦線の善戦が目立ったが、従来フランス政治を動かしてきた右と左の2大政治勢力はどうなったか。この右派は戦後長らく安定せず、さらに細かく分かれ、必要に応じて連合を形成した勢力だが、ナチスに親近感を示す「極右」国民戦線はこの右派には含まれない。
 従来の大統領選では右と左が票を大きく2分しつつ、多数となったほうが大統領を出していたが、今回の大統領選ではいずれの得票率も激減した。その原因は、左右どちらでもないことを標榜するマクロン氏の「前進」と国民戦線によって票が奪われたからである。今後もこの傾向が続けば、伝統的な左派も右派もフランスの2大政治勢力と言えない状況になっていく。
 現段階では、「前進」と国民戦線がフランスの主要政治勢力になると判断するのは早すぎるだろう。左右の2大勢力の退潮は一時的な現象かもしれない。どうなるかはマクロン政権の5年間の状況を見ていく必要があろう。
 「前進」はフランスの伝統的な価値観の上に立っているが、右でも左でもないため分かりにくいのが難点であることは前述した。
 一方、国民戦線は、単純すぎるかもしれないが、分かりやすい。マリーヌ・ルペン氏は選挙後早速、国民戦線の「大転換に着手する」と宣言している。ルペン氏はかつて福祉政策を重視し、「左傾化」とまで言われたことがあるだけに今後の大転換が注目される。

 フランスでは過去の忌まわしい歴史の記憶が鮮明に残っており、人種差別とは今も強く戦っている。フランス国民の他民族を受け入れる寛容度は欧州でも高いほうだが、グローバル化と欧州統合の進展はフランス政治の根底にある価値観と原則に微妙な変化を及ぼしつつあるのかもしれない。
2017.05.04

日本は台湾のWHO総会への参加を支持すべきだ

 台湾の蔡英文総統は3日、ツイッターに日本語で「台湾は国際医療活動を取り組んできました。医療環境の厳しい国々と共に頑張ってこられた台湾の世界に対する貢献です」とつぶやいた。
 蔡氏は先月29日には英語で、「台湾は今年のWHO総会から排除されるべきではない。保健分野の問題は国境では止まらない。台湾の役割は重要だ」などとアピールしていた。

 WHOの年次総会は5月22日から開催されるが、招待状がまだ届かないからだ。台湾はWHO総会に2009年以来オブザーバー参加している。いまだに届かないのは中国が蔡英文総統に不満だからだろう。不満の原因は、蔡英文氏が「一つの中国」に関する中国の主張に従わないからだろうが、蔡英文氏は個人的好みで中国の主張に従わないのではない。台湾の民意を代表してのことであり、それは尊重されるべきではないか。。
 台湾の法的な地位を認めよというのではない。台湾は東アジアで疫病対策などに重要な役割を果たしており、WHOの業務遂行にとって不可欠であることにふさわしい扱いをすべきだ。

 蔡英文総統がこのように繰り返しアピールしているのは、よほど困難な状況に陥っているからなのだろう。日本は米国とともに、台湾のオブザーバー参加が例年通り実現するよう最大限支持し、協力すべきである。
2017.05.03

武力攻撃されたらどこまで反撃できるか

 日本が外国から武力攻撃された場合に自衛としてどこまで反撃できるか、以下の一文を「ザ ページ」に寄稿した。

「 純粋に仮定の話ですが、北朝鮮から日本が攻撃された場合、日本は自衛のためにどのような行動を取れるか。まず、憲法の規定を確認しておきましょう。
 1946年に発布された新憲法は第9条で、日本国は国際平和を誠実に希求すること、そのため戦争を永久に放棄すること、武力行使も原則しないことなどを定めました。当初はこの規定により、外国から日本が攻撃された場合でも武力で反撃できないという解釈が有力でした。
 しかし、1950~53年のいわゆる朝鮮戦争を経て54年、日本国政府は「憲法は戦争を放棄したが、自衛のために他国からの武力攻撃を阻止することは憲法に違反しない」との解釈を打ち出し、自衛隊は憲法に違反しないと判断しました。今日、この解釈は大多数の日本国民によって受け入れられていると言えるでしょう。
 なお、ここで言う「自衛」とはわが国を防衛することであり、「他国の防衛」である「集団的自衛権の行使」と区別して「個別的自衛権の行使」と呼ばれています。

 実際には、「武力攻撃」と言ってもさまざまな形態があり、核兵器を搭載したミサイルによって極めて短い時間で圧倒的な破壊力のある攻撃が行われることも考えられます。ピョンヤンと東京の直線距離は約1200キロであり、発射後数分間で東京を全滅させる攻撃もありうるのです。
 したがって、自衛行動は迅速にしなければならないのですが、早すぎると相手国から武撃が行われるより先にこちらが攻撃を仕掛けること、つまり、憲法上認められない「先制攻撃」になってしまいます。これは非常に微妙で、悩ましい問題ですが、日本政府は、従来、「武力攻撃の着手時をもって、武力攻撃の発生があった」と解し、「着手の有無は、諸般の事情を勘案し個別具体的に判断する」との基準を示していました。これでもまだ抽象的ですが、国内政局や安全保障上の考慮から、一定程度曖昧にせざるを得ませんでした。
 
 この難問についての判断基準を明確化したのは、2003年に成立した「武力攻撃事態法」であり、これは2015年に行われた一連の安保関連法制の改正で「存立危機事態」が追加されました。
 改正されたこの法律では、武力攻撃が発生する前の段階を「武力攻撃予測事態」とし、発生した後の事態をさらに「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(簡単に「武力攻撃事態」)」と「武力攻撃」に分けました。分かりやすくするためその違いをあえて単純化して言えば、「武力攻撃事態」は、たとえば砲弾が日本に向かって飛んでくる状況のことであり、「武力攻撃」は砲弾が実際に日本に到達してからのことです。以前の解釈では「武力攻撃の着手」とされていた事態を「武力攻撃事態」とし、その中に「武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態」を含めたのです。
 
 では、「武力攻撃事態」または「武力攻撃」が発生した場合、日本はどう対応するのでしょうか。この法律は、武力攻撃を「排除する」および「速やかにそれを終結させる」とし、その場合にも「武力の行使は、事態に応じ合理的に必要と判断される限度においてなされなければならない」と規定しました。要するに、必要最小限度の武力で、相手国からの武力攻撃を「排除、あるいは終結させる」としたのです。
 
 この任務にあたる自衛隊は、朝鮮半島にまで行けるでしょうか。法律は何も明示していませんが、いわゆる集団的自衛権を行使する場合は外国へ行くことも想定されているので、個別的自衛権行使の場合でも自衛隊は朝鮮半島で必要な行動を取ることがあると解釈すべきでしょう。
 具体的には、北朝鮮の核やミサイルの施設も自衛隊による「排除や終結」、分かりやすく言えば、「破壊」の対象になると思います。
 
 日本国政府は、憲法および関連の法律に基づき、PAC3などのシステムを構築して防衛に努めていますが、核を搭載したミサイルにより巨大な破壊力のある攻撃が極めて短い時間で、また、また複数の施設から行われる恐れがあることにかんがみると、武力行使による自衛が常に有効か、限界があるのではないかと言わざるを得ません。
 本稿を締めくくるに際して、外交的手段で問題を解決することが、迂遠に見えてもより安全な道であることをあらためて付言しておきます。トランプ大統領が5月1日に「金正恩委員長と会談してもよい」と述べたことは重要であり、米朝両国が対話による解決を模索することを期待しています。

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