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2017.05.25

慰安婦問題-拷問禁止委員会の勧告

 最近「拷問禁止委員会」で慰安婦問題について「勧告」が出たが、そもそも「拷問禁止委員会」と言ってもピンとこないかもしれない。しかも、慰安婦問題を扱っている委員会は複数あり、つぎつぎにいろんな場で慰安婦問題が扱われており、全体像は非常に分かりにくい。

 THE PAGEに今回の勧告を分かりやすく解説する次の一文を寄稿した。

「「拷問禁止委員会」は5月12日、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓合意について「見直すべきだ」とする勧告を含む「最終見解」を公表しました。

拷問禁止委員会とは、1984年に国連総会で採択された「拷問禁止条約」に基づいて設置された委員会で、慰安婦問題を審議する「場」の一つです。専門家によって構成されます。

この他、国連人権理事会、国際労働機関(ILO)、女子差別撤廃条約(に基づく委員会)、国際人権規約「自由権委員会」「社会権委員会」、人種差別撤廃委員会などでも慰安婦問題が取り上げられており、全体の状況は非常に複雑ですが、いずれの「場」でもほぼ定期的に審議の結果が公表され、関係国に対して「勧告」が行われます。これには法的拘束力はありませんが、無視したりすると次回の会議ではもっと厳しい「勧告」が行われる恐れがあり、強い力があります。

このうち、国連の機関は人権理事会だけです。女子差別撤廃委員会や拷問禁止委員会などの会議は国連から独立した存在ですが、通常国連の施設を借りて行われるので、外見上国連の委員会と区別がつきません。そのためか、報道では「国連の拷問禁止委員会」、さらには「国連拷問禁止委員会」などと呼ばれることがありますが、これは正確な呼称ではありません。

同じ慰安婦問題なら、一つの委員会でまとめて扱えばいいのではないかという考えがあるかもしれませんが、切り口がそれぞれ違っており、国連人権理事会は人権問題一般、国際労働機関は各国の労働問題(その中に「強制労働」が含まれ、さらにその中で慰安婦問題が扱われます)、女子差別撤廃条約は文字通り女性に対する差別の撤廃、拷問禁止条約は女性に限らず人に対する劣悪な待遇の撤廃を扱うので、一緒にされないのです。

拷問禁止委員会では、締約国の状況について順番に審査していきます。今回の「最終見解」は、韓国に関する審査の結果として韓国政府に対して行われたものです。勧告には法的拘束力はありませんが、野党時代から日韓の慰安婦合意を批判していた文在寅大統領にとっては国際的な援軍となるでしょう。今後、韓国政府は「日韓合意の再交渉」を求めてくる恐れがあります。

日本政府としては拷問禁止委員会の勧告を踏まえ、今後慰安婦問題についてどのように対処すべきでしょうか。実はなかなか厄介な面があります。慰安婦問題は日韓間での問題であると同時に、女性の権利、とりわけ武力紛争下での性的暴力から女性を擁護する国際的運動の一環として展開されており、国際社会は日韓両国から状況を聴取するだけでなく、国際社会として意見を持っているからです。多数の「場」で慰安婦問題が取り上げられているのはそのためです。

2015年末の日韓合意後の経緯を見ますと、まず、2016年2~3月に女子差別撤廃委員会で慰安婦問題が審議され、その「最終見解」は日韓合意を「留意する」と記しました。

今回の拷問禁止委員会が日韓合意を「歓迎し」「留意する」としたのは女子差別撤廃委員会と同様ですが、「見直すべきだ」との勧告を行いました。女子差別撤廃委員会の時と比べると、その分厳しくなったと思います。

日本はこれまで慰安婦問題解決のため努力し、その説明をし、国際社会が間違った点は指摘し、反論もしてきました。にもかかわらず、国際社会の意見がこのような形で表れてきたのです。

来る6月にはILOの会議があり、11月には国連の人権理事会で日本に関する審査が行われ、慰安婦問題が取り上げられるのは確実です。そして来年以降も多数の「場」で慰安婦問題が審議されます。

今回の勧告について、日本政府はすでに反論をしたと報道されていますが、内容は分かりません。いずれにしても、日本政府はこの際、日本の対応について足りなかった点はないか、あらためて検討すべきではないでしょうか。

とくに、国際社会がどのように慰安婦問題を見ているかを知るうえで2016年3月に公表された女子差別撤廃委員会の「最終見解」が参考になります。そこでは、慰安婦問題に限らず、女性に対する差別の撤廃に関する国会の役割、女性の人権擁護に関する日本国内の諸機構、日本に残存する「固定観念と有害な慣行」、女性に対する暴力、売買春、政治への参加、教育、雇用など広範な分野においても問題点が指摘されています。国際的な女性の権利擁護運動の関心がどこにあるかが示されているのです。

また、日韓合意以前ですが、2014年7月の国際人権規約「自由権委員会」の最終見解も「加害者の訴追」など厳しい内容であり、参考にすべきです。

日韓合意は画期的な一歩でした。日本はその忠実な履行に努めていますが、今後は、国際的に展開されている女性の権利を擁護する運動の重要性をこれまで以上に踏まえた行動が必要です。」

紙面の関係上触れなかったが、「女子差別撤廃委員会の最終見解」には、「締約国(日本のこと)の指導者や公職にある者が、慰安婦問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保すること」との勧告もあった。日本では「強制性はあったか、なかったか」大きな議論になったが、「強制性はなかった」という発言は問題視されたのだと思う。

また、「慰安婦の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保すること」とも勧告された。日本で教科書の関連記述が減らされたことも国際社会は問題視したのである。

さらに、日本では、この女子差別撤廃委員会の「最終見解」に不満な一部の人たちが同委員会を非難する署名運動までおこした。これらの指摘は、「女子の権利を擁護する運動に日本は熱心でない。一部にはそれに逆行する動きさえ出てきている」という認識あるいは疑問が強くなったことを示唆しているのではないか。

このような解釈に同意できない人も昨年以来の経緯と状況を虚心坦懐に振り返ってみるべきだ。


2017.05.13

尖閣諸島に関する古文献の英訳

 最近、内閣官房の「領土・主権対策企画調整室」により、美根慶樹の論文「中国・明時代の支配域は? 古文献に見る尖閣諸島の歴史的経緯」(『The page』に2015年3月28日掲載されたもの)の英訳が行われました。同室のホームページから検索できます。また、日本国際問題研究所からも直接アクセスできます。
日本国際問題研究所→Japan Digital Library→Japan’s Territories Series→Yoshiki Mine, “What was the extent of the territorial control of Ming Dynasty China?: The Historical background of Senkaku Islands in historical documents”
 便宜のため、以下に同論文を再掲しておきます。
「 尖閣諸島に関し、最近2つの出来事がありました。1つは、中国の国家測絵総局が1969年に「尖閣群島」と日本名で表記した地図を日本外務省が公開したことです。本年3月付の「尖閣諸島について」と題する同省の資料に掲載されています。
 2番目は、昨年、北京でのAPEC首脳会議に先立って日中両国の事務方が関係改善のために合意したことについて、中国の在米大使館員が米国の研究者に対し、日本側が従来の態度を変更し、尖閣諸島は両国間の問題であることを認めたと説明してまわったことです。
日本外務省が昨年11月7日に公表した合意では「双方は,尖閣諸島等東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し,対話と協議を通じて,情勢の悪化を防ぐとともに,危機管理メカニズムを構築し,不測の事態の発生を回避することで意見の一致をみた」と記載されているだけであり、尖閣諸島は両国間の問題であるということは一言も書いてありません。日本政府の「尖閣諸島をめぐり,解決すべき領有権の問題は存在していない」という立場はまったく変化していません。中国が一方的に要求しているだけです。

 この機会に尖閣諸島についての考え方をあらためて整理しておきましょう。重要な論点は6つあります。
①古い文献にどのように記載されているか。
②日本政府が1895年に尖閣諸島を日本の領土に編入したことをどのように見るか。この行為を批判する見解もあります。
③戦後の日本の領土再画定において尖閣諸島はどのように扱われたか。とくにサンフランシスコ平和条約でどのように扱われたか。簡単に言えば、尖閣諸島の法的地位いかんです。
④その後日中両政府は尖閣諸島をどのように扱ってきたか。「棚上げしたか否か」という議論、1969年の中国国家測絵総局の地図、さらには昨年の日中合意などもこのグループに含まれます。
⑤1968年の石油埋蔵に関する国連調査との関連。
⑥沖縄返還との関連。

 ①から⑥までの論点のうち、もっとも基本的なものは、①の、古文献にどのように記載されているかと、③の、国際法的に尖閣諸島はどのような地位にあるかです。まず、本稿では古文献の記載を説明します。

 中国は1971年から従来の態度を変更して尖閣諸島に対する領有権を主張するようになりましたが、その根拠として、明国の海防を説明した書物『籌海圖編(ちゅうかいずへん)』(胡宗憲著)、清国の使節(冊封使)であった汪楫(オウシュウ)の『使琉球雑録(しりゅうきゅうぞうろく)』、それに西太后の詔書の3文献を引用していましたが、最後の文献は偽造であることが判明しており、現在は使わなくなっています。琉球は古くは日本と清の双方に朝貢しており、その関係で数年に1回清朝から琉球に使節(冊封使)が派遣されており、その旅行記がかなりの数残っています。
 汪楫の『使琉球雑録』は、福建から東に向かって航行すると尖閣諸島の最東端の赤嶼で「郊」を過ぎる、そこが「中外の界」だと記載しています。これについて、中国政府は「中外の界」は中国と外国との境だと主張していますが、この「中外の界」と言ったのは案内していた琉球人船員であり、それは「琉球の中と外の境界」という意味でした。つまり尖閣諸島は琉球の外であると記載されていただけです。琉球の外であれば明国の領域になるわけではありません。そのことは後で説明します。
 『籌海圖編』については、その中の図が尖閣諸島(の一部の島)を中国名で示しているのは事実ですが、この文献には明軍の駐屯地と巡邏地(じゅんらち。警備する地域)がどこまでかということも示しており、尖閣諸島はいずれについても外側にあると図示されています。つまり明国の海防範囲の外にあることが記載されていたのです。

 一方、明や清の領土は中国大陸の海岸までが原則で、それに近傍の島嶼が領域に含まれていることを示す文献が数多く存在しています(最近出版された石井望氏の『尖閣反駁マニュアル』などを参考にしました)。 
○同じ汪楫が著した『観海集』には「過東沙山、是閩山盡處」と記載されていました。「閩山」とは福建の陸地のことであり、この意味は「東沙山を過ぎれば福建でなくなる(あるいは福建の領域が終わる)」です。東沙山は馬祖列島の一部であり、やはり大陸にへばりついているような位置にある島です。
○明朝の歴史書である『皇明実録(こうみんじつろく)』は、臺山、礵山、東湧、烏坵、彭湖、彭山(いずれも大陸に近接している島嶼)は明の庭の中としつつ、「この他の溟渤(大洋)は、華夷(明と諸外国)の共にする所なり」と記載しています。つまり、これらの島より東は公海だと言っているのです。
○明代の勅撰書『大明一統志』も同様に明の領域は海岸までであると記載しており、具体的には、「東至海岸一百九十里」と記載しています。これは福州府(現在の福州)の領域を説明した部分であり、「福州府から東へ一百九十里の海岸まで」という意味です。一百九十里は福州から海岸までの直線距離40数キロにほぼ合致します。同じ記載の文献は他にも多数あります。

 以上、中国の古文献では、清や明の領域が海岸までであることが明記されています。中国大陸と琉球の間の海域は『皇明実録』が言うように「華夷(明と諸外国)の共にする所」だったのです。また、このことは、尖閣諸島を含めこの海域に存在する無人島は中国も琉球も支配していなかったことを示しています。このような記述は歴史の常識にも合致します。中国の古文献は政治的な影響を受けることなく、実体をごく自然に記載していたと思われます。
 なお、日本政府は1895年に、尖閣諸島が無人島であることを確認して日本領に編入しました。それ以来一貫して日本の領土です。」

2017.05.10

韓国の新大統領のもとで日韓関係はどうなるか

文在寅新大統領のもとで日韓関係はどうなるか、展望を試みました。THE PAGEに寄稿したものです。

「9日に行われた韓国の大統領選挙では、大方の予想通り文在寅「共に民主党」前代表が圧勝しました。新大統領の就任により韓国が一刻も早く正常な状態に復帰することが期待されます。
 しかし、新政権には難題が待ち構えています。日韓関係もその一つであり、文在寅政権の下で状況はさらに悪化するのではないかと多くの人が懸念しています。
 文在寅氏は、慰安婦問題については、ソウルの日本大使館と釜山の総領事館前の少女像の撤去に消極的な姿勢を取っており、少女像をいったん撤去した釜山市当局を批判したこともありました。また、2015年末の両政府間合意については再交渉を要求していました。文在寅氏の側近には、必ずしも「再交渉」に固執しない、なんらかの「追加的措置」でもよいという見方があるようですが、日本側から見れば「再交渉」とあまり違いはありません。
 文在寅氏はいわゆる「徴用工(「強制労働」とも言われる)」の問題や日本の歴史教科書などについても現状に不満であり、日本に対し賠償や書き換えを強く要求すべきだと発言したことがあります。
 竹島には2016年7月、上陸して韓国領であることをアピールしました。

 今後、どうすれば日韓関係を改善できるでしょうか。たしかに文在寅氏の主張は日本の立場とあまりにもかけ離れており、関係改善の道筋を描くことは困難ですが、まず、日韓双方とも状況を悪化させないことが肝要です。これは当然のように聞こえるかもしれませんが、実際には知らず知らずのうちに関係を悪化させることがあります。たとえば、日本側では閣僚による靖国神社参拝問題があります。これは本来日本自身の問題ですが、韓国、中国、さらには米国などの反発や批判を招く危険があります。
 一方、韓国側でも関係を悪化させない努力が必要です。韓国政府は韓国民に対し日韓関係の重要性を説明すべきだし、対馬の寺から盗取された仏像の返還も説得すべきです。
 慰安婦問題については、文在寅氏はいずれ日本に要求を持ち出してくるでしょう。これに対し日本側が要求を受け入れる余地は皆無のように思われますが、韓国側との話し合いを拒絶してはならないと思います。残念ながら、慰安婦問題については当面できる限りの意思疎通を続けていくほかないのかもしれません。
 日本はただ聞き役に回ればよいのではありません。韓国のように政権が代わると政府間の合意も変えたいというのでは、5年後、文在寅政権から次の政権になると、また変わるかもしれない、そのようなことでは日本として対応できないということも主張すべきでしょう。
 
 日韓関係の改善については当面の対応に工夫するとともに、中長期的な視野で臨むことが不可欠です。韓国人は「法律を順守する精神が薄弱だ。ゴールポストを動かす」という類の指摘がありますが、それには歴史的な理由があると思います。韓国民の間では、政府や法律は自分たちを守ってくれないという意識が強く、問題が大きくなると政府も法律を変えようとするのではないでしょうか。韓国では憲法が9回改正されました。そのうち5回は新憲法の制定でした。1987年に軍政を倒したのは民衆の力でした。今回も朴槿恵政権を倒したのは世論の力でした。
 日本としては、韓国側の順法精神が弱いことを批判するだけでなく、このような歴史的事情に由来する問題をいかに乗り越えるか、韓国とともに打開の糸口を探るべきです。たとえば、両国の若い世代の交流をさらに促進することなどは有力な方法でしょう。
 一方、日韓間では対立案件ばかりではありません。拉致問題については韓国も同様の問題を抱えていますし、この関係で両国はさらに協力を強化すべきです。
 
 安全保障面では、最大の問題は北朝鮮との関係です。この点では日韓両国、それに米国の立場は共通していますが、文在寅氏は朴槿恵氏と違って北朝鮮に融和的であり、最近韓国に配備された高高度迎撃ミサイルシステムTHAADについても北朝鮮を刺激するので消極的だと見られていました。
 そんななか、文在寅政権が発足すればTHAADの配備を見直す可能性があることを示唆する説明を韓国国防部が行ったと報道されました(米国に本拠がある『多維新聞』5月8日付)。もしそうなると米韓両国政府で合意したことが守られなくなります。慰安婦合意と同じ問題が出てくるわけです。
 THAADの配備は米韓両国が決定することですが、朝鮮半島のみならず東アジアの安全保障のためには日米韓の密接な協力が不可欠です。韓国にとって北朝鮮は同じ民族の国家であり、特別の思いがあるでしょうが、文在寅氏が安全保障面でも日米との協力関係を重視することが期待されます。
 

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