オピニオン
2015.07.13
一方、我が国の安全保障に影響を及ぼす国際情勢はつねに変化しています。安倍首相は、我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するため、安全保障関係の法制を整備しなければならないとさまざまな機会に強調しています。
この考えを具現したのが、昨年の閣議決定に基づき、政府が2015年5月15日に国会へ提出した安全保障関連法の改正案であり、現在審議が行われています。
法案は形式的には2本だけですが、そのなかの「平和安全法制整備法案」は既存の法律10本を改正するものであり、また、他の「国際平和支援法案」は新規の法律となっていますが、実質的には、かつて存在し現在は終了している法律を改正するものです。したがって国会で審議されている11本の法律案は、すべてこれまでの法律を改正するものとみなしてよいでしょう。
改正法案の具体的内容は、自衛の範囲・程度に関わることと国際貢献に関することに2分できます。本稿では前者を説明します。
第1に、自衛隊が対応を求められる脅威とは何かです。現下の国際情勢に照らせば、その範囲を拡大する必要がありますが、広げ過ぎると「自衛」を超えるという困難な問題です。
まず、脅威の発生する場所です。現在、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」として、脅威の発生する場所は我が国周辺に限定されていますが、改正法案(重要影響事態法)はこれから「我が国周辺の地域における」を削除しています。地理的限定を撤廃しているのです。つまり、世界中のどこでも自衛隊が行動しなければならなくなる脅威がありうるという認識にしたのです。このように場所を問わず日本に及んでくる脅威は「重要影響事態」と呼ばれています。
脅威の種類は他にいくつかあります。現在自衛隊が行動できるのは「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(武力攻撃事態)」と「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態(武力攻撃予測事態)」であるとされています。これらを「武力攻撃を受けた場合など」と言うことにします。
改正法案(武力攻撃・存立危機事態法)は、これに加え、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)」を追加しました。
つまり、今までは「我が国に対する武力攻撃など」が自衛隊の対処する脅威であったのですが、改正法案では「他国に対する武力攻撃」の場合も含めることにしたのです。これは、今回の法整備で集団的自衛権の行使を認めた結果であり、法改正の焦点の一つです。
しかし、他国が攻撃された場合にまで広げると「自衛」でなくなる恐れがあるので、他国に対する攻撃が発生した場合の後に、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)」を追加しました。こうすることにより、他国に対する武力攻撃であっても日本に対する脅威でもあり、これに対する対応は「自衛」であるという理屈にしたのです。これは「他国に対する武力攻撃」であるが「自衛」が必要な場合と認識するための工夫であり、存立危機事態は一種のハイブリッドです。「中途半端に集団的自衛権を求めた」と評する人も居ます。
さらに改正法案は、これまで自衛隊が行動することが想定されていなかったいくつかの事態も今後自衛隊が対応すべき事態としています。具体的には、尖閣諸島のような離島へ不法な侵入・侵害が発生し、警察力で直ちに対応できない場合、あるいは外国潜水艦による我が国領海内での航行において違法行為があった場合、あるいは在外邦人の避難の過程で外国から不法行為が加えられた場合などで、一括して「グレーゾーン事態」と呼ばれています。これらについては「自衛隊法」の改正で手当てしています。
第2に、自衛隊の行動する場所です。「自衛」ですから当然日本の領域が原則ですが、それだけでは十分でなく、厳密に日本の領域に対する攻撃でなくても一定の事態においては、日本の「周辺」で一定範囲の行動ができるようになっていました。
今回の改正では、脅威の発生する場所が日本の「周辺」であるいう地理的限定を撤廃したことに伴い、自衛隊の行動する場所についても限定をなくしています。世界のどこでも自衛隊は行動可能になっているのです。
さらに、改正法案は、他国に対する武力攻撃であっても存立危機事態であれば自衛隊は「武力攻撃を排除」しなければならないと定めています。自衛隊が行動する場所としては明記されていませんが、「武力攻撃を排除」するためには、当然武力攻撃された国の領域へ行かなければならないでしょう。安倍首相はじめ政府関係者は自衛隊が他国の領域に出ていくことはないと答弁していますが、改正法の記載と整合性がとれているか疑問です。
第3に、自衛隊が取れる手段・行動については、いつでも何でもできるのではありません。脅威の態様に応じてどのような手段・行動が取れるかを改正法案は定めています。
「重要影響事態」の場合自衛隊が行なうのは後方地域支援や捜索・救助など比較的軽いことです。
「存立危機事態」の場合は、「攻撃を排除するために必要な武力の行使、部隊等の展開」など非常に重いことであり、このなかには武器の使用が含まれます。
以上、自衛隊が対応する脅威の種類、行動する場所、目的達成のための手段を見てきました。改正法案の内容は、政府はすべて「自衛」の範囲内と見ていますが、集団的自衛権行使は憲法上認められないという有力な意見があります。
また、「自衛」については、自衛隊だけの問題でなく、日米安保条約に基づく米軍との協力と一体となって行なわれます。後方地域支援は米軍の作戦と一線を画して行なわれるというのが政府の考えですが、相手国は必ずしもそのように理解しないので、後方地域支援であっても戦闘に巻き込まれる恐れがあるという指摘もあり、そうなると憲法違反の問題になりえます。
また、自衛隊の行動の範囲が広がり、協力する国が米国だけでなくなり、多数の国に広がると、「多国間の国際協力」との境界線が不明瞭になるという問題もあります。
(7月11日、THE PAGEに掲載)
そもそも「安保法案」とは?(日本の防衛編)
我が国は戦後、新憲法の下で平和主義に徹しつつ、必要最小限の自衛は可能という見解を取ってきました。その下で、具体的に、自衛隊がどのような脅威に対して、どの場所で、どの手段によって自衛の行動を取れるか、関連の諸法律によって厳格に定めています。一方、我が国の安全保障に影響を及ぼす国際情勢はつねに変化しています。安倍首相は、我が国を取り巻く安全保障環境の変化に対応し、国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献するため、安全保障関係の法制を整備しなければならないとさまざまな機会に強調しています。
この考えを具現したのが、昨年の閣議決定に基づき、政府が2015年5月15日に国会へ提出した安全保障関連法の改正案であり、現在審議が行われています。
法案は形式的には2本だけですが、そのなかの「平和安全法制整備法案」は既存の法律10本を改正するものであり、また、他の「国際平和支援法案」は新規の法律となっていますが、実質的には、かつて存在し現在は終了している法律を改正するものです。したがって国会で審議されている11本の法律案は、すべてこれまでの法律を改正するものとみなしてよいでしょう。
改正法案の具体的内容は、自衛の範囲・程度に関わることと国際貢献に関することに2分できます。本稿では前者を説明します。
第1に、自衛隊が対応を求められる脅威とは何かです。現下の国際情勢に照らせば、その範囲を拡大する必要がありますが、広げ過ぎると「自衛」を超えるという困難な問題です。
まず、脅威の発生する場所です。現在、「そのまま放置すれば我が国に対する直接の武力攻撃に至るおそれのある事態等我が国周辺の地域における我が国の平和及び安全に重要な影響を与える事態」として、脅威の発生する場所は我が国周辺に限定されていますが、改正法案(重要影響事態法)はこれから「我が国周辺の地域における」を削除しています。地理的限定を撤廃しているのです。つまり、世界中のどこでも自衛隊が行動しなければならなくなる脅威がありうるという認識にしたのです。このように場所を問わず日本に及んでくる脅威は「重要影響事態」と呼ばれています。
脅威の種類は他にいくつかあります。現在自衛隊が行動できるのは「武力攻撃が発生した事態又は武力攻撃が発生する明白な危険が切迫していると認められるに至った事態(武力攻撃事態)」と「武力攻撃事態には至っていないが、事態が緊迫し、武力攻撃が予測されるに至った事態(武力攻撃予測事態)」であるとされています。これらを「武力攻撃を受けた場合など」と言うことにします。
改正法案(武力攻撃・存立危機事態法)は、これに加え、「我が国と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)」を追加しました。
つまり、今までは「我が国に対する武力攻撃など」が自衛隊の対処する脅威であったのですが、改正法案では「他国に対する武力攻撃」の場合も含めることにしたのです。これは、今回の法整備で集団的自衛権の行使を認めた結果であり、法改正の焦点の一つです。
しかし、他国が攻撃された場合にまで広げると「自衛」でなくなる恐れがあるので、他国に対する攻撃が発生した場合の後に、「これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事態(存立危機事態)」を追加しました。こうすることにより、他国に対する武力攻撃であっても日本に対する脅威でもあり、これに対する対応は「自衛」であるという理屈にしたのです。これは「他国に対する武力攻撃」であるが「自衛」が必要な場合と認識するための工夫であり、存立危機事態は一種のハイブリッドです。「中途半端に集団的自衛権を求めた」と評する人も居ます。
さらに改正法案は、これまで自衛隊が行動することが想定されていなかったいくつかの事態も今後自衛隊が対応すべき事態としています。具体的には、尖閣諸島のような離島へ不法な侵入・侵害が発生し、警察力で直ちに対応できない場合、あるいは外国潜水艦による我が国領海内での航行において違法行為があった場合、あるいは在外邦人の避難の過程で外国から不法行為が加えられた場合などで、一括して「グレーゾーン事態」と呼ばれています。これらについては「自衛隊法」の改正で手当てしています。
第2に、自衛隊の行動する場所です。「自衛」ですから当然日本の領域が原則ですが、それだけでは十分でなく、厳密に日本の領域に対する攻撃でなくても一定の事態においては、日本の「周辺」で一定範囲の行動ができるようになっていました。
今回の改正では、脅威の発生する場所が日本の「周辺」であるいう地理的限定を撤廃したことに伴い、自衛隊の行動する場所についても限定をなくしています。世界のどこでも自衛隊は行動可能になっているのです。
さらに、改正法案は、他国に対する武力攻撃であっても存立危機事態であれば自衛隊は「武力攻撃を排除」しなければならないと定めています。自衛隊が行動する場所としては明記されていませんが、「武力攻撃を排除」するためには、当然武力攻撃された国の領域へ行かなければならないでしょう。安倍首相はじめ政府関係者は自衛隊が他国の領域に出ていくことはないと答弁していますが、改正法の記載と整合性がとれているか疑問です。
第3に、自衛隊が取れる手段・行動については、いつでも何でもできるのではありません。脅威の態様に応じてどのような手段・行動が取れるかを改正法案は定めています。
「重要影響事態」の場合自衛隊が行なうのは後方地域支援や捜索・救助など比較的軽いことです。
「存立危機事態」の場合は、「攻撃を排除するために必要な武力の行使、部隊等の展開」など非常に重いことであり、このなかには武器の使用が含まれます。
以上、自衛隊が対応する脅威の種類、行動する場所、目的達成のための手段を見てきました。改正法案の内容は、政府はすべて「自衛」の範囲内と見ていますが、集団的自衛権行使は憲法上認められないという有力な意見があります。
また、「自衛」については、自衛隊だけの問題でなく、日米安保条約に基づく米軍との協力と一体となって行なわれます。後方地域支援は米軍の作戦と一線を画して行なわれるというのが政府の考えですが、相手国は必ずしもそのように理解しないので、後方地域支援であっても戦闘に巻き込まれる恐れがあるという指摘もあり、そうなると憲法違反の問題になりえます。
また、自衛隊の行動の範囲が広がり、協力する国が米国だけでなくなり、多数の国に広がると、「多国間の国際協力」との境界線が不明瞭になるという問題もあります。
(7月11日、THE PAGEに掲載)
2015.07.10
先日の有識者会議は2520億円の見積もりで建設を進めることを了承したそうだが、さらに数百億円必要なのに、どうして了承できたのか理解に苦しむ。一部についての了承など何の意味があるのかわからない。
これまでの推移を見ていると、責任を負うべき人が責任を果たしていないと言わざるを得ない。国立競技場は、文科省の監督下にある独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が管理運営しており、建設する主体は同センターなのであろう。ところが、センター側は難しい話になると文科省の指導でやっていると言い、一方、文科大臣は費用が高額になることについて文科省に相談があったのは今年の4月だと言っている。
オリンピック・パラリンピック組織委員会が建設にどのように関わっているのか詳しいことは知らないが、委員長は有識者会議のメンバーである。
また、500億円の拠出を要請されている舛添東京都知事は数日前まで根拠の薄弱な拠出に難色を示していたが、やはり有識者会議のメンバーとして2520億円を了承した。立場が違うと言っても500億円の拠出はもはや抵抗できないだろう。
このような恐ろしい状況であるにもかかわらず、建設はこの秋に開始されるそうだ。偉い役所、偉い人が関与しているのに誰からも責任ある意見は聞かれない。これらの人たちからは、ただ時間がない、期日までに完成させるには2520億円プラス数百億円の建設費用見積もりで進むしかないという話しか聞かれない。
全体を見てうまくいっていなければ調整役を務めるべき内閣からは、オリンピック招致の際安倍首相は新競技場のデザインを見せつつ招致に努めたので、このデザインを変えることはできないという説明がなされているが、費用全体について国際的にどう説明したのか。このように途方もない費用であれば、デザインの変更もやむをえないということに国際的な理解が得られることなどまったく考慮されていないのではないか。
とほうもない巨額の費用がかさむ計画がタイムリミットの脅迫の下にだれもコントロールできないまま進んでいく。何という無責任体制であろうか。日中戦争以来の日本の対応は問題であったと指摘されるが、今回ほどあきれた無責任ぶりではなかったように思う。
今からでも遅くない。全体の費用予測をもっと正確に立て、デザインを見直すべきである。文科大臣、官邸はその方向で指導力を発揮すべきである。そのためにラグビーのワールドカップに間に合わなくなるのであれば、花園ラグビー場など既存の施設の改修で対応すべきである。
それと、比較的次元の低いことだが重要なことがある。後日の検査・監査に耐えうる会計処理が必要であり、そのため、建設に関する帳簿の作成責任者を明確にし、正しく作成・管理すべきである。
(短文)新国立競技場の建設
新国立競技場の建設について途方もない話が進んでいる。これまでのオリンピック競技場で4ケタの億円に上った例はないが、新競技場の建設費用は2520億円。これは国際比較して恥ずかしい金額である。しかも、この見積りには、数百億円の土砂運搬費用や屋根の工事費用が含まれていないので、トータルな建設費用は2520億円を大幅に上回るらしい。また、建設後の運営費用も莫大で、その負担にあえぐことになる恐れがあるそうだ。先日の有識者会議は2520億円の見積もりで建設を進めることを了承したそうだが、さらに数百億円必要なのに、どうして了承できたのか理解に苦しむ。一部についての了承など何の意味があるのかわからない。
これまでの推移を見ていると、責任を負うべき人が責任を果たしていないと言わざるを得ない。国立競技場は、文科省の監督下にある独立行政法人日本スポーツ振興センター(JSC)が管理運営しており、建設する主体は同センターなのであろう。ところが、センター側は難しい話になると文科省の指導でやっていると言い、一方、文科大臣は費用が高額になることについて文科省に相談があったのは今年の4月だと言っている。
オリンピック・パラリンピック組織委員会が建設にどのように関わっているのか詳しいことは知らないが、委員長は有識者会議のメンバーである。
また、500億円の拠出を要請されている舛添東京都知事は数日前まで根拠の薄弱な拠出に難色を示していたが、やはり有識者会議のメンバーとして2520億円を了承した。立場が違うと言っても500億円の拠出はもはや抵抗できないだろう。
このような恐ろしい状況であるにもかかわらず、建設はこの秋に開始されるそうだ。偉い役所、偉い人が関与しているのに誰からも責任ある意見は聞かれない。これらの人たちからは、ただ時間がない、期日までに完成させるには2520億円プラス数百億円の建設費用見積もりで進むしかないという話しか聞かれない。
全体を見てうまくいっていなければ調整役を務めるべき内閣からは、オリンピック招致の際安倍首相は新競技場のデザインを見せつつ招致に努めたので、このデザインを変えることはできないという説明がなされているが、費用全体について国際的にどう説明したのか。このように途方もない費用であれば、デザインの変更もやむをえないということに国際的な理解が得られることなどまったく考慮されていないのではないか。
とほうもない巨額の費用がかさむ計画がタイムリミットの脅迫の下にだれもコントロールできないまま進んでいく。何という無責任体制であろうか。日中戦争以来の日本の対応は問題であったと指摘されるが、今回ほどあきれた無責任ぶりではなかったように思う。
今からでも遅くない。全体の費用予測をもっと正確に立て、デザインを見直すべきである。文科大臣、官邸はその方向で指導力を発揮すべきである。そのためにラグビーのワールドカップに間に合わなくなるのであれば、花園ラグビー場など既存の施設の改修で対応すべきである。
それと、比較的次元の低いことだが重要なことがある。後日の検査・監査に耐えうる会計処理が必要であり、そのため、建設に関する帳簿の作成責任者を明確にし、正しく作成・管理すべきである。
2015.07.06
村山談話と小泉談話では、日本が先の大戦で近隣諸国などに対し、「植民地支配と侵略によって」「多大の損害と苦痛を与えた」ことについての「痛切な反省」と「心からのお詫び」の気持ちが表明されています。
しかし、安倍首相は、これらのうち、どの部分は継承し、どの部分は継承しないか、明確な説明をしていません。
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」が持論です。戦後に作られた制度や秩序は本来の日本のあるべき姿を歪めており、是正する必要があるという考えであり、日本国憲法についても改正が「不可欠」だと主張しています。
また安倍首相は、「侵略」の定義は定まっておらず、先の大戦における日本の行為を侵略であったと断定するのは適当でないという考えです。
このような事情から、安倍首相は村山・小泉両談話において重要な表明である、日本は近隣諸国を「侵略」したという認識を引き継がないのではないかという疑問を持たれています。
安倍首相は談話の内容について有識者の意見を徴するため懇談会(21世紀構想懇談会)を設置し、同懇談会は6月25日に審議を終えました。そこで議論がもっとも白熱したのは日本の行為を「侵略」と位置付けるかどうかであり、「侵略」であったとする意見が相次いだ一方、侵略の定義は明確でないとして、「侵略という言葉の使用は問題性を帯びる」との声も出たと報道されました(26日付『読売新聞』)。
懇談会の議論の結果を談話に取り入れるか、取り入れるとしてもどの程度か、決まっていません。菅官房長官は6月22日の記者会見で、「懇話会でのさまざまな意見を聞いた上で、最後は首相を中心に政府として判断する」と述べています。
「談話」の意味やその発表要件は法律で定義されていませんが、首相として見解を表明しておいたほうがよい重要問題について談話が発表されるのが習わしです。首相限りで発表されることもありますが、談話が閣議決定されると内閣全体が了承したことになり、重みが増します。村山・小泉両首相談話は閣議決定されました。
しかし、安倍首相の談話については閣議決定しない考えがあるといううわさが出ています。そのことを質問された菅官房長官は、「まだ何も決まっていない」と答えました。これが日本政府の公式な立場です。
このようなうわさが出るのは、安倍首相には「侵略」の意味などについてこだわりがあるからのようですが、「侵略」への言及を避けた談話については、内閣の他の構成員(国務大臣)が賛成するか必ずしも明確でありません。また対外的にも問題がありうるからです。
中国や韓国は村山・小泉両談話を積極的に評価し、安倍首相も戦後70周年談話を発表するのであれば、両談話のような歴史認識を明確に示すことを強く希望しています。先の大戦で日本による植民地支配と侵略によって多大の損害と苦痛をこうむった両国として当然でしょう。
しかし、安倍首相の談話が「侵略」など重要な歴史認識を明言せず、避けて通れば両国が反発することは不可避であると思われます。日韓首脳会談実現の努力に悪影響を及ぼし、結局開かれなくなる恐れも排除できません。また、米国からも問題視される危険があります。米国は安倍首相の靖国神社参拝など歴史に対する姿勢に疑問を抱いているからです。
下手をすると一種の矛盾した状況に陥る危険があります。つまり、安倍首相にしても重要な問題だからこそ談話を発表するのでしょうが、安倍首相個人の歴史認識にこだわれば内外で強く批判され、ひいては政治的な問題に発展して国会運営に困難が生じ、安保法制審議にも影響が及ぶ恐れがあります。そういう事態を回避するために閣議決定しないというのは、結局談話を重要な表明として扱わないことになるのではないかと思われます。閣議決定しないことにより反対意見を交わそうとするのはしょせん姑息な手段ではないでしょうか。
談話は発表しなければならないものではありません。しかし、首相として談話を発表する限り、内容的にも、手続き的にも堂々とした姿勢で臨んでもらいたいと願わずにおられません。
(THE PAGEに7月3日掲載)
日韓首脳会談と70年談話 安倍政権のジレンマ
安倍首相は2012年末、政権に復帰したころから、戦後70周年には首相としての談話を発表する考えを表明しており、その後国会答弁などで50周年の村山談話や60周年の小泉談話を「全体として引き継ぐ」と説明してきました。村山談話と小泉談話では、日本が先の大戦で近隣諸国などに対し、「植民地支配と侵略によって」「多大の損害と苦痛を与えた」ことについての「痛切な反省」と「心からのお詫び」の気持ちが表明されています。
しかし、安倍首相は、これらのうち、どの部分は継承し、どの部分は継承しないか、明確な説明をしていません。
安倍首相は「戦後レジームからの脱却」が持論です。戦後に作られた制度や秩序は本来の日本のあるべき姿を歪めており、是正する必要があるという考えであり、日本国憲法についても改正が「不可欠」だと主張しています。
また安倍首相は、「侵略」の定義は定まっておらず、先の大戦における日本の行為を侵略であったと断定するのは適当でないという考えです。
このような事情から、安倍首相は村山・小泉両談話において重要な表明である、日本は近隣諸国を「侵略」したという認識を引き継がないのではないかという疑問を持たれています。
安倍首相は談話の内容について有識者の意見を徴するため懇談会(21世紀構想懇談会)を設置し、同懇談会は6月25日に審議を終えました。そこで議論がもっとも白熱したのは日本の行為を「侵略」と位置付けるかどうかであり、「侵略」であったとする意見が相次いだ一方、侵略の定義は明確でないとして、「侵略という言葉の使用は問題性を帯びる」との声も出たと報道されました(26日付『読売新聞』)。
懇談会の議論の結果を談話に取り入れるか、取り入れるとしてもどの程度か、決まっていません。菅官房長官は6月22日の記者会見で、「懇話会でのさまざまな意見を聞いた上で、最後は首相を中心に政府として判断する」と述べています。
「談話」の意味やその発表要件は法律で定義されていませんが、首相として見解を表明しておいたほうがよい重要問題について談話が発表されるのが習わしです。首相限りで発表されることもありますが、談話が閣議決定されると内閣全体が了承したことになり、重みが増します。村山・小泉両首相談話は閣議決定されました。
しかし、安倍首相の談話については閣議決定しない考えがあるといううわさが出ています。そのことを質問された菅官房長官は、「まだ何も決まっていない」と答えました。これが日本政府の公式な立場です。
このようなうわさが出るのは、安倍首相には「侵略」の意味などについてこだわりがあるからのようですが、「侵略」への言及を避けた談話については、内閣の他の構成員(国務大臣)が賛成するか必ずしも明確でありません。また対外的にも問題がありうるからです。
中国や韓国は村山・小泉両談話を積極的に評価し、安倍首相も戦後70周年談話を発表するのであれば、両談話のような歴史認識を明確に示すことを強く希望しています。先の大戦で日本による植民地支配と侵略によって多大の損害と苦痛をこうむった両国として当然でしょう。
しかし、安倍首相の談話が「侵略」など重要な歴史認識を明言せず、避けて通れば両国が反発することは不可避であると思われます。日韓首脳会談実現の努力に悪影響を及ぼし、結局開かれなくなる恐れも排除できません。また、米国からも問題視される危険があります。米国は安倍首相の靖国神社参拝など歴史に対する姿勢に疑問を抱いているからです。
下手をすると一種の矛盾した状況に陥る危険があります。つまり、安倍首相にしても重要な問題だからこそ談話を発表するのでしょうが、安倍首相個人の歴史認識にこだわれば内外で強く批判され、ひいては政治的な問題に発展して国会運営に困難が生じ、安保法制審議にも影響が及ぶ恐れがあります。そういう事態を回避するために閣議決定しないというのは、結局談話を重要な表明として扱わないことになるのではないかと思われます。閣議決定しないことにより反対意見を交わそうとするのはしょせん姑息な手段ではないでしょうか。
談話は発表しなければならないものではありません。しかし、首相として談話を発表する限り、内容的にも、手続き的にも堂々とした姿勢で臨んでもらいたいと願わずにおられません。
(THE PAGEに7月3日掲載)
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