朝鮮半島
2019.02.06
シンガポールでの初の米朝首脳会談で合意された実務者協議は半年以上進まなかった。しかもその間、北朝鮮は相変わらずウランの濃縮を続けているとか、新しい実験場を作っているとか、北朝鮮の意思を疑わせる出来事が伝えられた。また、米国のコーツ国家情報長官は、北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は低いとの見方を示して注目を浴びた。
北朝鮮との「非核化」交渉について悲観的な見方が多くなってきた中での第2回目の首脳会談であるが、トランプ大統領が終始前向きに取り組んできたので実現したと言って過言でないだろう。
トランプ氏は、国境の壁建設問題での蹉跌やロシア疑惑の深まりなど国内の状況が芳しくない中で、北朝鮮との外交で成果を上げている。北朝鮮が核とミサイルの実験を止めたこと、北朝鮮に捕らえられていた米人を帰国させたこと、朝鮮戦争以来北朝鮮に残っていた米人兵士の遺骨の返還を実現したことなどを何回も誇らしげに語っている。これには、トランプ氏の政治に批判的な人たちも異論を唱えられない。トランプ大統領としては、今後も北朝鮮との非核化交渉を進めることができれば、大きな得点になる。
もちろん、両首脳ただ会うだけであってはならない。第2回目の首脳会談ではあくまで「非核化」を前に進めなければならない。具体的には、「すべての核と核関連施設」を両国間交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことが必要である。
このプロセスは検証チームに対して北朝鮮政府が「申告」することから始められる。「申告」だけではわかりにくいので「検証のための申告」と呼ぶこととする。その中には、核兵器が何発、どこに保存されているか、その廃棄をどのように実行されるかがまず示される。
そんなことが一体可能か、多くの人が疑問に思っている。前述のコーツ国家情報長官や多くの研究者の悲観的な見解にもそのような認識が表れている。
平壌においても、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことは、米国が北朝鮮を攻撃するのを助けるようなもので危険だという心配があるだろう。
北朝鮮の「完全な非核化」は実現困難だというのは、常識的な見解であるが正しいのかもしれない。客観的に見れば、「非核化」が実現する保証はない。
しかし、トランプ大統領と金委員長は違っていて、今でも「非核化」を目指していると思う。そう考える最大の理由の一つは、両首脳が会談することにある。第2回目の米朝首脳会談では非核化の「検証のための申告」について前進が必要であり、これがなければ、会談は成功したとは言われない。米国にはさまざまな考えがあるが、「検証のための申告」について進展があったかを実証的に問題にする人が少なくないはずであり、この点をあいまいにしたまま会談を成功させることはできない。トランプ大統領としては、「非核化」を前進させることについてかなりの見通しと自信があったので再度金委員長と会談することにしたのだと思われる。
もう一つの理由は、トランプ大統領と金委員長との個人的関係が変わっていないことである。
金委員長はトランプ大統領に対し、考えが変わっていないことを私的な書簡の形で複数回伝えている。書簡の具体的な内容は一部しか公表されておらず、あとは推測するほかないが、トランプ大統領が金委員長の姿勢をつねに積極的に評価してきたことは公然たる事実である。さる新年に際しても金委員長は書簡を送り、トランプ大統領は「素晴らしい手紙だった」と評価した。トランプ氏のレトリック、いわばトランプ節ではあるが、喜ばしい内容であったことは間違いない。
また、トランプ氏は金氏が喜びそうな内容のメッセージを発している。2月3日のCBS Face the Nationインタビューで、「私は、金委員長がすきだ。同氏とはウマがあう。同氏と大変な通信を行っており、その内容を見た人たちが信じられないほどであった(I like him. I get along with him great. We have a fantastic chemistry. We have had tremendous correspondence that some people have seen and can’t even believe it.)」と熱く語っているのだ。
このような発言は、第1回の会談を実現させた、トランプ氏の一連のメッセージをほうふつとさせるものである。
今回、トランプ氏はもう一つ興味深いことを述べている。CBSインタビューで「金委員長が「非核化」を進めるために努力していることをトランプ氏としても分かっていると言わんばかりに、”He(KIM) is also tired of going through what he’s going through.”と述べたことである。口語的な言い回しで正確に訳すことは困難であるが、「金委員長はうんざりしている」と言いたかったのではないか。一部には「疲れているようだ」と訳されて伝えられたようだが、かなりニュアンスは違うと思う。
何にうんざりしているというのか。北朝鮮の独裁的体制からして、金氏の決定はだれも異を唱えられず、金氏がうんざりすることなどありえない、うんざりするならやめさせればよいというのが常識的な見方であろうが、「非核化」は北朝鮮の命運を左右する大問題であり、実際には側近のなかでも、直接的に反対することはないとしても、さまざまな形で疑問を呈したり、金委員長が期待する通りに動かないことはありうる。
シンガポールでも金委員長はトランプ大統領に対し、国内調整が簡単でないことを示唆する発言を行っていたことが想起される。「検証のための申告」を米側から求められている今はその時以上に国内調整に腐心しているのではないか。
われわれからすれば、推測を重ねることになるが、金氏から多くの書簡をもらっているトランプ氏としては、我々には見えないことでも見えている可能性がある。
一方、金委員長はトランプ大統領から「検証のための申告」を求められる代償として、米側に何を求めるか。
北朝鮮が制裁措置の緩和を強く求めていることは確かである。しかし、米国は、「非核化」が実際に進展するまでそれは応じないことも確かである。第2回目の米朝会談においてもこの問題は金委員長から提起される可能性があるが、トランプ大統領が応じることはないと思う。
朝鮮戦争終結宣言については、米国はこれも一貫して拒否の姿勢をとってきた。韓国から文在寅大統領をはじめ高官が繰り返し米国に妥協を求めたが。取り付く島がなかったという。
しかし、戦争終結宣言は制裁の緩和とはやや異なる面がある。トランプ大統領は会談を成功させるために他に取引材料がなければ、この問題で何らかの妥協に応じる可能性は排除できない。米CNNの報道は妥協の可能性を示唆しているという見方もある。最近、北朝鮮政策特別代表に任命されたスティーブン・ビーガン氏は1月31日、スタンフォード大学で、「トランプ大統領は、この戦争を終わらせる準備ができている。それは終わった。終結した」と言及したという。
戦争終結宣言自体には法的効果がなく、非核化交渉を進めるためにいずれかの段階で取り上げられる可能性があることは第1回の首脳会談以前から指摘されていた(当研究所HP 2018年9月4日「米朝協議はいったいどうなっているのか」)。
なお、今回の首脳会談においては、「相応の措置」が問題となると指摘する向きもある。北朝鮮ではこのことを重視する傾向があり、韓国も後押ししている。
しかし、米国が「相応の措置」に合意したことはなく、北朝鮮側の期待に過ぎない。シンガポールの共同声明では「信頼醸成措置が非核化の実現に役立つ」と記載されたが、それだけのことであり、「相応の措置」を互いにとることが合意されたのではなかった。「信頼醸成措置」の範囲は広く、ポンペオ長官が4回訪朝したこともその一つになりうる。共同声明における「信頼醸成措置」への言及を根拠に「相応の措置」を求めるのは困難であろう。
米朝首脳会談(第2回)の展望
第2回目の米朝首脳会談が2月27・28日、ベトナムで開催されることとなった。シンガポールでの初の米朝首脳会談で合意された実務者協議は半年以上進まなかった。しかもその間、北朝鮮は相変わらずウランの濃縮を続けているとか、新しい実験場を作っているとか、北朝鮮の意思を疑わせる出来事が伝えられた。また、米国のコーツ国家情報長官は、北朝鮮が核兵器を放棄する可能性は低いとの見方を示して注目を浴びた。
北朝鮮との「非核化」交渉について悲観的な見方が多くなってきた中での第2回目の首脳会談であるが、トランプ大統領が終始前向きに取り組んできたので実現したと言って過言でないだろう。
トランプ氏は、国境の壁建設問題での蹉跌やロシア疑惑の深まりなど国内の状況が芳しくない中で、北朝鮮との外交で成果を上げている。北朝鮮が核とミサイルの実験を止めたこと、北朝鮮に捕らえられていた米人を帰国させたこと、朝鮮戦争以来北朝鮮に残っていた米人兵士の遺骨の返還を実現したことなどを何回も誇らしげに語っている。これには、トランプ氏の政治に批判的な人たちも異論を唱えられない。トランプ大統領としては、今後も北朝鮮との非核化交渉を進めることができれば、大きな得点になる。
もちろん、両首脳ただ会うだけであってはならない。第2回目の首脳会談ではあくまで「非核化」を前に進めなければならない。具体的には、「すべての核と核関連施設」を両国間交渉の俎上に載せ、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことが必要である。
このプロセスは検証チームに対して北朝鮮政府が「申告」することから始められる。「申告」だけではわかりにくいので「検証のための申告」と呼ぶこととする。その中には、核兵器が何発、どこに保存されているか、その廃棄をどのように実行されるかがまず示される。
そんなことが一体可能か、多くの人が疑問に思っている。前述のコーツ国家情報長官や多くの研究者の悲観的な見解にもそのような認識が表れている。
平壌においても、「非核化の実行と検証」のプロセスに進むことは、米国が北朝鮮を攻撃するのを助けるようなもので危険だという心配があるだろう。
北朝鮮の「完全な非核化」は実現困難だというのは、常識的な見解であるが正しいのかもしれない。客観的に見れば、「非核化」が実現する保証はない。
しかし、トランプ大統領と金委員長は違っていて、今でも「非核化」を目指していると思う。そう考える最大の理由の一つは、両首脳が会談することにある。第2回目の米朝首脳会談では非核化の「検証のための申告」について前進が必要であり、これがなければ、会談は成功したとは言われない。米国にはさまざまな考えがあるが、「検証のための申告」について進展があったかを実証的に問題にする人が少なくないはずであり、この点をあいまいにしたまま会談を成功させることはできない。トランプ大統領としては、「非核化」を前進させることについてかなりの見通しと自信があったので再度金委員長と会談することにしたのだと思われる。
もう一つの理由は、トランプ大統領と金委員長との個人的関係が変わっていないことである。
金委員長はトランプ大統領に対し、考えが変わっていないことを私的な書簡の形で複数回伝えている。書簡の具体的な内容は一部しか公表されておらず、あとは推測するほかないが、トランプ大統領が金委員長の姿勢をつねに積極的に評価してきたことは公然たる事実である。さる新年に際しても金委員長は書簡を送り、トランプ大統領は「素晴らしい手紙だった」と評価した。トランプ氏のレトリック、いわばトランプ節ではあるが、喜ばしい内容であったことは間違いない。
また、トランプ氏は金氏が喜びそうな内容のメッセージを発している。2月3日のCBS Face the Nationインタビューで、「私は、金委員長がすきだ。同氏とはウマがあう。同氏と大変な通信を行っており、その内容を見た人たちが信じられないほどであった(I like him. I get along with him great. We have a fantastic chemistry. We have had tremendous correspondence that some people have seen and can’t even believe it.)」と熱く語っているのだ。
このような発言は、第1回の会談を実現させた、トランプ氏の一連のメッセージをほうふつとさせるものである。
今回、トランプ氏はもう一つ興味深いことを述べている。CBSインタビューで「金委員長が「非核化」を進めるために努力していることをトランプ氏としても分かっていると言わんばかりに、”He(KIM) is also tired of going through what he’s going through.”と述べたことである。口語的な言い回しで正確に訳すことは困難であるが、「金委員長はうんざりしている」と言いたかったのではないか。一部には「疲れているようだ」と訳されて伝えられたようだが、かなりニュアンスは違うと思う。
何にうんざりしているというのか。北朝鮮の独裁的体制からして、金氏の決定はだれも異を唱えられず、金氏がうんざりすることなどありえない、うんざりするならやめさせればよいというのが常識的な見方であろうが、「非核化」は北朝鮮の命運を左右する大問題であり、実際には側近のなかでも、直接的に反対することはないとしても、さまざまな形で疑問を呈したり、金委員長が期待する通りに動かないことはありうる。
シンガポールでも金委員長はトランプ大統領に対し、国内調整が簡単でないことを示唆する発言を行っていたことが想起される。「検証のための申告」を米側から求められている今はその時以上に国内調整に腐心しているのではないか。
われわれからすれば、推測を重ねることになるが、金氏から多くの書簡をもらっているトランプ氏としては、我々には見えないことでも見えている可能性がある。
一方、金委員長はトランプ大統領から「検証のための申告」を求められる代償として、米側に何を求めるか。
北朝鮮が制裁措置の緩和を強く求めていることは確かである。しかし、米国は、「非核化」が実際に進展するまでそれは応じないことも確かである。第2回目の米朝会談においてもこの問題は金委員長から提起される可能性があるが、トランプ大統領が応じることはないと思う。
朝鮮戦争終結宣言については、米国はこれも一貫して拒否の姿勢をとってきた。韓国から文在寅大統領をはじめ高官が繰り返し米国に妥協を求めたが。取り付く島がなかったという。
しかし、戦争終結宣言は制裁の緩和とはやや異なる面がある。トランプ大統領は会談を成功させるために他に取引材料がなければ、この問題で何らかの妥協に応じる可能性は排除できない。米CNNの報道は妥協の可能性を示唆しているという見方もある。最近、北朝鮮政策特別代表に任命されたスティーブン・ビーガン氏は1月31日、スタンフォード大学で、「トランプ大統領は、この戦争を終わらせる準備ができている。それは終わった。終結した」と言及したという。
戦争終結宣言自体には法的効果がなく、非核化交渉を進めるためにいずれかの段階で取り上げられる可能性があることは第1回の首脳会談以前から指摘されていた(当研究所HP 2018年9月4日「米朝協議はいったいどうなっているのか」)。
なお、今回の首脳会談においては、「相応の措置」が問題となると指摘する向きもある。北朝鮮ではこのことを重視する傾向があり、韓国も後押ししている。
しかし、米国が「相応の措置」に合意したことはなく、北朝鮮側の期待に過ぎない。シンガポールの共同声明では「信頼醸成措置が非核化の実現に役立つ」と記載されたが、それだけのことであり、「相応の措置」を互いにとることが合意されたのではなかった。「信頼醸成措置」の範囲は広く、ポンペオ長官が4回訪朝したこともその一つになりうる。共同声明における「信頼醸成措置」への言及を根拠に「相応の措置」を求めるのは困難であろう。
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