オピニオン
2017.05.10
「9日に行われた韓国の大統領選挙では、大方の予想通り文在寅「共に民主党」前代表が圧勝しました。新大統領の就任により韓国が一刻も早く正常な状態に復帰することが期待されます。
しかし、新政権には難題が待ち構えています。日韓関係もその一つであり、文在寅政権の下で状況はさらに悪化するのではないかと多くの人が懸念しています。
文在寅氏は、慰安婦問題については、ソウルの日本大使館と釜山の総領事館前の少女像の撤去に消極的な姿勢を取っており、少女像をいったん撤去した釜山市当局を批判したこともありました。また、2015年末の両政府間合意については再交渉を要求していました。文在寅氏の側近には、必ずしも「再交渉」に固執しない、なんらかの「追加的措置」でもよいという見方があるようですが、日本側から見れば「再交渉」とあまり違いはありません。
文在寅氏はいわゆる「徴用工(「強制労働」とも言われる)」の問題や日本の歴史教科書などについても現状に不満であり、日本に対し賠償や書き換えを強く要求すべきだと発言したことがあります。
竹島には2016年7月、上陸して韓国領であることをアピールしました。
今後、どうすれば日韓関係を改善できるでしょうか。たしかに文在寅氏の主張は日本の立場とあまりにもかけ離れており、関係改善の道筋を描くことは困難ですが、まず、日韓双方とも状況を悪化させないことが肝要です。これは当然のように聞こえるかもしれませんが、実際には知らず知らずのうちに関係を悪化させることがあります。たとえば、日本側では閣僚による靖国神社参拝問題があります。これは本来日本自身の問題ですが、韓国、中国、さらには米国などの反発や批判を招く危険があります。
一方、韓国側でも関係を悪化させない努力が必要です。韓国政府は韓国民に対し日韓関係の重要性を説明すべきだし、対馬の寺から盗取された仏像の返還も説得すべきです。
慰安婦問題については、文在寅氏はいずれ日本に要求を持ち出してくるでしょう。これに対し日本側が要求を受け入れる余地は皆無のように思われますが、韓国側との話し合いを拒絶してはならないと思います。残念ながら、慰安婦問題については当面できる限りの意思疎通を続けていくほかないのかもしれません。
日本はただ聞き役に回ればよいのではありません。韓国のように政権が代わると政府間の合意も変えたいというのでは、5年後、文在寅政権から次の政権になると、また変わるかもしれない、そのようなことでは日本として対応できないということも主張すべきでしょう。
日韓関係の改善については当面の対応に工夫するとともに、中長期的な視野で臨むことが不可欠です。韓国人は「法律を順守する精神が薄弱だ。ゴールポストを動かす」という類の指摘がありますが、それには歴史的な理由があると思います。韓国民の間では、政府や法律は自分たちを守ってくれないという意識が強く、問題が大きくなると政府も法律を変えようとするのではないでしょうか。韓国では憲法が9回改正されました。そのうち5回は新憲法の制定でした。1987年に軍政を倒したのは民衆の力でした。今回も朴槿恵政権を倒したのは世論の力でした。
日本としては、韓国側の順法精神が弱いことを批判するだけでなく、このような歴史的事情に由来する問題をいかに乗り越えるか、韓国とともに打開の糸口を探るべきです。たとえば、両国の若い世代の交流をさらに促進することなどは有力な方法でしょう。
一方、日韓間では対立案件ばかりではありません。拉致問題については韓国も同様の問題を抱えていますし、この関係で両国はさらに協力を強化すべきです。
安全保障面では、最大の問題は北朝鮮との関係です。この点では日韓両国、それに米国の立場は共通していますが、文在寅氏は朴槿恵氏と違って北朝鮮に融和的であり、最近韓国に配備された高高度迎撃ミサイルシステムTHAADについても北朝鮮を刺激するので消極的だと見られていました。
そんななか、文在寅政権が発足すればTHAADの配備を見直す可能性があることを示唆する説明を韓国国防部が行ったと報道されました(米国に本拠がある『多維新聞』5月8日付)。もしそうなると米韓両国政府で合意したことが守られなくなります。慰安婦合意と同じ問題が出てくるわけです。
THAADの配備は米韓両国が決定することですが、朝鮮半島のみならず東アジアの安全保障のためには日米韓の密接な協力が不可欠です。韓国にとって北朝鮮は同じ民族の国家であり、特別の思いがあるでしょうが、文在寅氏が安全保障面でも日米との協力関係を重視することが期待されます。
韓国の新大統領のもとで日韓関係はどうなるか
文在寅新大統領のもとで日韓関係はどうなるか、展望を試みました。THE PAGEに寄稿したものです。「9日に行われた韓国の大統領選挙では、大方の予想通り文在寅「共に民主党」前代表が圧勝しました。新大統領の就任により韓国が一刻も早く正常な状態に復帰することが期待されます。
しかし、新政権には難題が待ち構えています。日韓関係もその一つであり、文在寅政権の下で状況はさらに悪化するのではないかと多くの人が懸念しています。
文在寅氏は、慰安婦問題については、ソウルの日本大使館と釜山の総領事館前の少女像の撤去に消極的な姿勢を取っており、少女像をいったん撤去した釜山市当局を批判したこともありました。また、2015年末の両政府間合意については再交渉を要求していました。文在寅氏の側近には、必ずしも「再交渉」に固執しない、なんらかの「追加的措置」でもよいという見方があるようですが、日本側から見れば「再交渉」とあまり違いはありません。
文在寅氏はいわゆる「徴用工(「強制労働」とも言われる)」の問題や日本の歴史教科書などについても現状に不満であり、日本に対し賠償や書き換えを強く要求すべきだと発言したことがあります。
竹島には2016年7月、上陸して韓国領であることをアピールしました。
今後、どうすれば日韓関係を改善できるでしょうか。たしかに文在寅氏の主張は日本の立場とあまりにもかけ離れており、関係改善の道筋を描くことは困難ですが、まず、日韓双方とも状況を悪化させないことが肝要です。これは当然のように聞こえるかもしれませんが、実際には知らず知らずのうちに関係を悪化させることがあります。たとえば、日本側では閣僚による靖国神社参拝問題があります。これは本来日本自身の問題ですが、韓国、中国、さらには米国などの反発や批判を招く危険があります。
一方、韓国側でも関係を悪化させない努力が必要です。韓国政府は韓国民に対し日韓関係の重要性を説明すべきだし、対馬の寺から盗取された仏像の返還も説得すべきです。
慰安婦問題については、文在寅氏はいずれ日本に要求を持ち出してくるでしょう。これに対し日本側が要求を受け入れる余地は皆無のように思われますが、韓国側との話し合いを拒絶してはならないと思います。残念ながら、慰安婦問題については当面できる限りの意思疎通を続けていくほかないのかもしれません。
日本はただ聞き役に回ればよいのではありません。韓国のように政権が代わると政府間の合意も変えたいというのでは、5年後、文在寅政権から次の政権になると、また変わるかもしれない、そのようなことでは日本として対応できないということも主張すべきでしょう。
日韓関係の改善については当面の対応に工夫するとともに、中長期的な視野で臨むことが不可欠です。韓国人は「法律を順守する精神が薄弱だ。ゴールポストを動かす」という類の指摘がありますが、それには歴史的な理由があると思います。韓国民の間では、政府や法律は自分たちを守ってくれないという意識が強く、問題が大きくなると政府も法律を変えようとするのではないでしょうか。韓国では憲法が9回改正されました。そのうち5回は新憲法の制定でした。1987年に軍政を倒したのは民衆の力でした。今回も朴槿恵政権を倒したのは世論の力でした。
日本としては、韓国側の順法精神が弱いことを批判するだけでなく、このような歴史的事情に由来する問題をいかに乗り越えるか、韓国とともに打開の糸口を探るべきです。たとえば、両国の若い世代の交流をさらに促進することなどは有力な方法でしょう。
一方、日韓間では対立案件ばかりではありません。拉致問題については韓国も同様の問題を抱えていますし、この関係で両国はさらに協力を強化すべきです。
安全保障面では、最大の問題は北朝鮮との関係です。この点では日韓両国、それに米国の立場は共通していますが、文在寅氏は朴槿恵氏と違って北朝鮮に融和的であり、最近韓国に配備された高高度迎撃ミサイルシステムTHAADについても北朝鮮を刺激するので消極的だと見られていました。
そんななか、文在寅政権が発足すればTHAADの配備を見直す可能性があることを示唆する説明を韓国国防部が行ったと報道されました(米国に本拠がある『多維新聞』5月8日付)。もしそうなると米韓両国政府で合意したことが守られなくなります。慰安婦合意と同じ問題が出てくるわけです。
THAADの配備は米韓両国が決定することですが、朝鮮半島のみならず東アジアの安全保障のためには日米韓の密接な協力が不可欠です。韓国にとって北朝鮮は同じ民族の国家であり、特別の思いがあるでしょうが、文在寅氏が安全保障面でも日米との協力関係を重視することが期待されます。
2017.05.06
(米国側)
4月29日、トランプ大統領はCBSとのインタビューで北朝鮮についての考えを語った。日本では部分的に引用されたことはあっても全体的にはあまり注目されなかったが、トランプ氏の考えがよく表れていた。特に次の発言だ。
○金正恩委員長に対する評価
「人は金正恩を狂人と言うが、私は知らない。私がこう言うと多くの人が嫌うのだが、彼が父親の後継者になったのは26才とか27才の時だった。彼が相手にしているのは、軍の将軍など大変な人たち(very tough people)だ。多くの人が金正恩の権力を奪おうとしたのは確実だ。かれの叔父であったかも、あるいは他の人だったかもしれない。しかし、かれはそれをできた(He was able to do it)。彼はかなり賢い男(a pretty smart cookie)だと思う。しかし、長い間続いている北朝鮮の状況は放置しておけない。率直に言って、この問題は、オバマ政権、ブッシュ政権、クリントン政権によって処理されるべきだった。」
注 金正恩が困難な環境の中でしてきたことやその能力を理解する発言だ。また、叔父の張成沢を処刑したことについても頭から非難するのでなく、金正恩が指導者になる文脈の中で語っており、聞きようによっては肯定的に語っているとも解される話し方である。
トランプ氏のような発言をする人は他にいないと言っていることも注目される。よく計算した上での発言ではないか。
金正恩氏側の反応はまだないが、腹の中ではおそらく歓迎していると思われる。
○米朝直接対話について
5月1日のトランプ氏の「私にとって適切なものであれば、当然、会談をすることを光栄に思う」との発言は(その2)に記した。
それに引き続いて、3日、ティラーソン国務長官は国務省で、「米国は北朝鮮の政権交代を求めない。今後北朝鮮に対して話し合いを進める開放的な態度で臨む。一方、制裁をさらに進める準備も行っている」と発言(新華社電同日)。
○北朝鮮に対する強気の姿勢
米国は4月26日に続いて5月3日、ICBMの実験を行った。
同日、マティス国防長官は下院公聴会で、特殊作戦部隊を朝鮮半島に駐留させていることなどを証言。
同じく同日、ティラーソン国務長官は、米国が北朝鮮に課している制裁の強度は20~25%程度であると述べ、さらに強化する可能性もあることを示唆した。
4日、米議会下院は新制裁法案を通過、上院へ送付。内容は、北朝鮮の船舶が米国の水域に入ること、埠頭を利用することなどを禁止。北朝鮮で「強制労働」により製造された製品の米国への持ち込みを禁止。90日以内に、北朝鮮を「テロ支援国家」と指定するか否か、議会への報告を義務付けることなど。
注 米国は一方で米朝直接対話の可能性を示唆しつつ、同時に圧力をかけ続けるという硬軟両様の方針だと思われる。
○中国への期待
トランプ氏は中国が北朝鮮に対する圧力を強めるよう強く要請し、習近平氏との会談では当初中国が協力の姿勢を見せなかったので不満を表明していた。しかし、その後トランプ氏は1カ月もたたないうちに習近平氏の努力を認めるようになり、CBSとのインタビューでは「私は習近平氏を好きになり尊敬している。習主席は北朝鮮に圧力をかけている(And I will tell you, a man that I’ve gotten to like and respect, the president of China, President Xi, I believe, has been putting pressure on him also)」と表現を変えた。
注 この発言以降、トランプ氏は習近平氏が米国と協力して動いていることを何回か発言している。北朝鮮が孤立していることを強調する意味を込めていたのだろう。.
トランプ氏は中国についてCBSとのインタビューで次のようにも語った。「中国はかなり強い力を持っていると思う。しかし、究極の力ではないかもしれない(China does have reasonably good powers over North Korea. Now, maybe not, you know, ultimate, but pretty good powers)」。
注 究極の力(ultimate power)とは何か。北朝鮮がすでに保有している核兵器を放棄させる力のことだと思われる。つまり、北朝鮮の非核化を完全に実現する力は中国にはないことを認めている発言であり、興味深い。推測だが、それを実現させうるのは米国だけだということを自認しているのではないか。極めて正しい見方である。
(北朝鮮側)
硬軟両様の米国に対して、北朝鮮は一方で米韓演習や米国の軍事力の誇示に対し、「北朝鮮は恐れない。いつでも破壊できる」という趣旨のことを口汚くアピールしている。その批判は特に新味はないが、米国の行動の不当性を訴える狙いの論評を次々に出している。
「金哲」氏の3日付、「朝中関係の柱を切り倒す無謀な言行をこれ以上してはいけない」と題する論評は初めて中国を名指しで批判しており(5月3日朝鮮中央通信)注目された。
中国が北朝鮮に対する圧力を強めていることを示すものと考えられる。
北朝鮮と米国-現実とイメージ(その3)
(その1)では北朝鮮の、(その2)では米国の対応をとりまとめた。その後も注目すべき動きが続いている。(米国側)
4月29日、トランプ大統領はCBSとのインタビューで北朝鮮についての考えを語った。日本では部分的に引用されたことはあっても全体的にはあまり注目されなかったが、トランプ氏の考えがよく表れていた。特に次の発言だ。
○金正恩委員長に対する評価
「人は金正恩を狂人と言うが、私は知らない。私がこう言うと多くの人が嫌うのだが、彼が父親の後継者になったのは26才とか27才の時だった。彼が相手にしているのは、軍の将軍など大変な人たち(very tough people)だ。多くの人が金正恩の権力を奪おうとしたのは確実だ。かれの叔父であったかも、あるいは他の人だったかもしれない。しかし、かれはそれをできた(He was able to do it)。彼はかなり賢い男(a pretty smart cookie)だと思う。しかし、長い間続いている北朝鮮の状況は放置しておけない。率直に言って、この問題は、オバマ政権、ブッシュ政権、クリントン政権によって処理されるべきだった。」
注 金正恩が困難な環境の中でしてきたことやその能力を理解する発言だ。また、叔父の張成沢を処刑したことについても頭から非難するのでなく、金正恩が指導者になる文脈の中で語っており、聞きようによっては肯定的に語っているとも解される話し方である。
トランプ氏のような発言をする人は他にいないと言っていることも注目される。よく計算した上での発言ではないか。
金正恩氏側の反応はまだないが、腹の中ではおそらく歓迎していると思われる。
○米朝直接対話について
5月1日のトランプ氏の「私にとって適切なものであれば、当然、会談をすることを光栄に思う」との発言は(その2)に記した。
それに引き続いて、3日、ティラーソン国務長官は国務省で、「米国は北朝鮮の政権交代を求めない。今後北朝鮮に対して話し合いを進める開放的な態度で臨む。一方、制裁をさらに進める準備も行っている」と発言(新華社電同日)。
○北朝鮮に対する強気の姿勢
米国は4月26日に続いて5月3日、ICBMの実験を行った。
同日、マティス国防長官は下院公聴会で、特殊作戦部隊を朝鮮半島に駐留させていることなどを証言。
同じく同日、ティラーソン国務長官は、米国が北朝鮮に課している制裁の強度は20~25%程度であると述べ、さらに強化する可能性もあることを示唆した。
4日、米議会下院は新制裁法案を通過、上院へ送付。内容は、北朝鮮の船舶が米国の水域に入ること、埠頭を利用することなどを禁止。北朝鮮で「強制労働」により製造された製品の米国への持ち込みを禁止。90日以内に、北朝鮮を「テロ支援国家」と指定するか否か、議会への報告を義務付けることなど。
注 米国は一方で米朝直接対話の可能性を示唆しつつ、同時に圧力をかけ続けるという硬軟両様の方針だと思われる。
○中国への期待
トランプ氏は中国が北朝鮮に対する圧力を強めるよう強く要請し、習近平氏との会談では当初中国が協力の姿勢を見せなかったので不満を表明していた。しかし、その後トランプ氏は1カ月もたたないうちに習近平氏の努力を認めるようになり、CBSとのインタビューでは「私は習近平氏を好きになり尊敬している。習主席は北朝鮮に圧力をかけている(And I will tell you, a man that I’ve gotten to like and respect, the president of China, President Xi, I believe, has been putting pressure on him also)」と表現を変えた。
注 この発言以降、トランプ氏は習近平氏が米国と協力して動いていることを何回か発言している。北朝鮮が孤立していることを強調する意味を込めていたのだろう。.
トランプ氏は中国についてCBSとのインタビューで次のようにも語った。「中国はかなり強い力を持っていると思う。しかし、究極の力ではないかもしれない(China does have reasonably good powers over North Korea. Now, maybe not, you know, ultimate, but pretty good powers)」。
注 究極の力(ultimate power)とは何か。北朝鮮がすでに保有している核兵器を放棄させる力のことだと思われる。つまり、北朝鮮の非核化を完全に実現する力は中国にはないことを認めている発言であり、興味深い。推測だが、それを実現させうるのは米国だけだということを自認しているのではないか。極めて正しい見方である。
(北朝鮮側)
硬軟両様の米国に対して、北朝鮮は一方で米韓演習や米国の軍事力の誇示に対し、「北朝鮮は恐れない。いつでも破壊できる」という趣旨のことを口汚くアピールしている。その批判は特に新味はないが、米国の行動の不当性を訴える狙いの論評を次々に出している。
「金哲」氏の3日付、「朝中関係の柱を切り倒す無謀な言行をこれ以上してはいけない」と題する論評は初めて中国を名指しで批判しており(5月3日朝鮮中央通信)注目された。
中国が北朝鮮に対する圧力を強めていることを示すものと考えられる。
2017.05.02
トランプ新政権は発足直後から北朝鮮問題に強い関心を向け、北朝鮮政策の再検討を行った。その結果、4月中旬につぎのような新政策が決定されたと言われている。
○新政策の目的は北朝鮮の非核化であり、「政権交替」でない。
○中国に、北朝鮮に影響力を行使することを促す。
○北朝鮮と取引のある中国企業に制裁を加える準備を進める。
○軍事的措置も検討する。
この間、ティラーソン国務長官は「北朝鮮に対して非核化を求めた過去20年間の政策は失敗だった」とも言っていた。3月16日、岸田外相と会談後の記者会見での発言だ。その後、ティラーソン氏は韓国で、「すべての選択肢がある」と述べたので、軍事行動もありうるという憶測を呼んだ。
北朝鮮においては、4月に金日成主席の誕生日(15日)をはじめ、いくつかの重要行事があり、その際に、第6回目の核実験やICBMの実験を行うかもしれないと騒がれていた。
そのさなかの12日、トランプ大統領はFox Business Channelのインタビューで、「空母カール・ビンソンや高性能の潜水艦を朝鮮半島に送っている。非常に強力な無敵艦隊」などと発言した。この発言は、少し前のシリアに対するミサイル攻撃やアフガニスタンでの世界最大の通常爆弾の使用とあいまって、米国が先制攻撃をも辞さない姿勢の表れとして大騒ぎになった。諸報道の見出しには「武力行使」「4月危機」などの言葉が躍った。
しかし、カール・ビンソンは、4月15日を過ぎても朝鮮半島付近に現れなかった。それどころか、実際には非常にゆっくり北上しており、北朝鮮の行動を警戒するとか、先制攻撃するとかいうような状況ではなかった。カール・ビンソンが日本海へ入ったのははるか後の4月29日、北朝鮮が危険な行動に出るかもしれないと警戒されたいた時を過ぎた後であった。トランプ氏の発言は「はったり」だったのだ。
トランプ政権はなぜ北朝鮮政策に力を入れるのか。核やICBMは米国にとってレッドライン、すなわち見逃すことのできない一線だとも言われているが、冷戦時代ソ連と対峙した経験を持つ米国は北朝鮮の核・ミサイルを恐れるはずがない。米国がインドやパキスタンの核は恐れず、北朝鮮を恐れるのは金正恩委員長という危険な人物が指導者になっているからだという説明しかありえないが、トランプ氏はそのように単純な見方をしていなかった。そのことは、後で述べる金正恩氏に対する評価ではっきりした。
一つ言えることは、トランプ大統領はオバマ氏がしてきたことを否定し、覆そうとしており、北朝鮮についてもそのような姿勢が表れていることである。ティラーソン国務長官もオバマ政権の「戦略的忍耐」は終わったと強調している。
しかし、トランプ政権の北朝鮮問題を重視する理由をオバマ政権否定だけで説明できるか。どうも我々にはよく分からない事情が働いているような気がする。
トランプ大統領が中国に対し北朝鮮への圧力を強めるよう強力に働きかけたことは明白である。その点では、オバマ政権と同じ手法を用いているのだが、トランプ大統領には習近平主席を抱き込む一種独特の手法があり、中国はオバマ時代より一味も二味も違ってきた。中国は北朝鮮に対して、「北朝鮮が再度核実験をすれば、中国は石油の禁輸を含む5項目の措置を取る」と伝えたのだ(米国に本拠がある『多維新聞』4月30日付)。
石油も含め、北朝鮮との取引は国連安保理の決議によりすでに原則としてできなくなっているはずであり、今頃、中国がそのようなことを言うのは奇妙なことだが、中国がこれまで決議をどこまで忠実に履行してきたかの問題には入らないでおこう。ともかく、中国がこのように北朝鮮に対して強い姿勢を取るようになったのはトランプ政権の成果である。
それは結構なことだが、なぜトランプ政権はかくも熱心に北朝鮮問題に力を入れるのか、やはり疑問である。トランプ氏が大統領になる前から言っていた中国の為替操作問題については、「中国の北朝鮮問題についての協力に鑑み為替操作指定しない」と言っているのだが、中国を為替操作国と指定することによって米国が得る利益と、北朝鮮問題で中国が協力することにより米国が得る利益とどちらが大きいか。為替問題の方が大きいのではないか。
こんな疑問が消えないなか、トランプ大統領はさらに驚きの発言を行った。5月1日、米ブルームバーグ通信のインタビューにおいて、「私にとって適切であれば金正恩委員長と会談をすることを光栄に思う」と語ったことである。「会談は適切な状況下で行われることになる」「ほとんどの政治家は絶対に口にしないだろう」とも言っている。
しかし、ホワイトハウスのスパイサー報道官は、トランプ氏のこの発言について、「米朝首脳会談が実現する条件は、現時点で満たされていない」と述べている。
また、米国の核戦略爆撃機編隊は、トランプ氏の発言とほぼ同時のタイミングで韓国の上空を飛行した。米国は今のところ硬軟両様かもしれないが、そうであってもトランプ氏の発言は重要だ。米国の大統領でこのような発言をした人は、トランプ氏が言うように、かつていなかった。1990年代の末、クリントン大統領が北朝鮮訪問を検討し、途中で沙汰やみとなったことがあったが、その時もクリントン氏はトランプ氏のように率直な発言をしなかった。
ともかく、北朝鮮の反応が重要だが、トランプ発言の真意を測りかねているだろう。トランプ氏は2~3週間前は武力攻撃も辞さないと言わんばかりの姿勢を見せていたのに、今度は直接対話を希望していると急に言いだしたのであり、北朝鮮としてはそのまま受け取れない、何か裏があるのではないかと思っていても不思議でない。
朝鮮中央通信は、トランプ発言と同時期に、前述の爆撃機の飛行を含め、米国と韓国の合同演習をいつもの調子で激しく非難しており、今後も北朝鮮は強面の対応を続けるだろう。
しかし、問題はその先である。トランプ発言は真意が測りかねるところがあろうが、米国大統領として初めての発言であることはたしかである。北朝鮮も一歩踏み込んで状況を確かめ、対話の道を探るべきだ。北朝鮮が今回のトランプ発言をうまく受け止め、次の一歩を踏み出していくことが期待される。
北朝鮮と米国-現実とイメージ(その2)
(米国)トランプ新政権は発足直後から北朝鮮問題に強い関心を向け、北朝鮮政策の再検討を行った。その結果、4月中旬につぎのような新政策が決定されたと言われている。
○新政策の目的は北朝鮮の非核化であり、「政権交替」でない。
○中国に、北朝鮮に影響力を行使することを促す。
○北朝鮮と取引のある中国企業に制裁を加える準備を進める。
○軍事的措置も検討する。
この間、ティラーソン国務長官は「北朝鮮に対して非核化を求めた過去20年間の政策は失敗だった」とも言っていた。3月16日、岸田外相と会談後の記者会見での発言だ。その後、ティラーソン氏は韓国で、「すべての選択肢がある」と述べたので、軍事行動もありうるという憶測を呼んだ。
北朝鮮においては、4月に金日成主席の誕生日(15日)をはじめ、いくつかの重要行事があり、その際に、第6回目の核実験やICBMの実験を行うかもしれないと騒がれていた。
そのさなかの12日、トランプ大統領はFox Business Channelのインタビューで、「空母カール・ビンソンや高性能の潜水艦を朝鮮半島に送っている。非常に強力な無敵艦隊」などと発言した。この発言は、少し前のシリアに対するミサイル攻撃やアフガニスタンでの世界最大の通常爆弾の使用とあいまって、米国が先制攻撃をも辞さない姿勢の表れとして大騒ぎになった。諸報道の見出しには「武力行使」「4月危機」などの言葉が躍った。
しかし、カール・ビンソンは、4月15日を過ぎても朝鮮半島付近に現れなかった。それどころか、実際には非常にゆっくり北上しており、北朝鮮の行動を警戒するとか、先制攻撃するとかいうような状況ではなかった。カール・ビンソンが日本海へ入ったのははるか後の4月29日、北朝鮮が危険な行動に出るかもしれないと警戒されたいた時を過ぎた後であった。トランプ氏の発言は「はったり」だったのだ。
トランプ政権はなぜ北朝鮮政策に力を入れるのか。核やICBMは米国にとってレッドライン、すなわち見逃すことのできない一線だとも言われているが、冷戦時代ソ連と対峙した経験を持つ米国は北朝鮮の核・ミサイルを恐れるはずがない。米国がインドやパキスタンの核は恐れず、北朝鮮を恐れるのは金正恩委員長という危険な人物が指導者になっているからだという説明しかありえないが、トランプ氏はそのように単純な見方をしていなかった。そのことは、後で述べる金正恩氏に対する評価ではっきりした。
一つ言えることは、トランプ大統領はオバマ氏がしてきたことを否定し、覆そうとしており、北朝鮮についてもそのような姿勢が表れていることである。ティラーソン国務長官もオバマ政権の「戦略的忍耐」は終わったと強調している。
しかし、トランプ政権の北朝鮮問題を重視する理由をオバマ政権否定だけで説明できるか。どうも我々にはよく分からない事情が働いているような気がする。
トランプ大統領が中国に対し北朝鮮への圧力を強めるよう強力に働きかけたことは明白である。その点では、オバマ政権と同じ手法を用いているのだが、トランプ大統領には習近平主席を抱き込む一種独特の手法があり、中国はオバマ時代より一味も二味も違ってきた。中国は北朝鮮に対して、「北朝鮮が再度核実験をすれば、中国は石油の禁輸を含む5項目の措置を取る」と伝えたのだ(米国に本拠がある『多維新聞』4月30日付)。
石油も含め、北朝鮮との取引は国連安保理の決議によりすでに原則としてできなくなっているはずであり、今頃、中国がそのようなことを言うのは奇妙なことだが、中国がこれまで決議をどこまで忠実に履行してきたかの問題には入らないでおこう。ともかく、中国がこのように北朝鮮に対して強い姿勢を取るようになったのはトランプ政権の成果である。
それは結構なことだが、なぜトランプ政権はかくも熱心に北朝鮮問題に力を入れるのか、やはり疑問である。トランプ氏が大統領になる前から言っていた中国の為替操作問題については、「中国の北朝鮮問題についての協力に鑑み為替操作指定しない」と言っているのだが、中国を為替操作国と指定することによって米国が得る利益と、北朝鮮問題で中国が協力することにより米国が得る利益とどちらが大きいか。為替問題の方が大きいのではないか。
こんな疑問が消えないなか、トランプ大統領はさらに驚きの発言を行った。5月1日、米ブルームバーグ通信のインタビューにおいて、「私にとって適切であれば金正恩委員長と会談をすることを光栄に思う」と語ったことである。「会談は適切な状況下で行われることになる」「ほとんどの政治家は絶対に口にしないだろう」とも言っている。
しかし、ホワイトハウスのスパイサー報道官は、トランプ氏のこの発言について、「米朝首脳会談が実現する条件は、現時点で満たされていない」と述べている。
また、米国の核戦略爆撃機編隊は、トランプ氏の発言とほぼ同時のタイミングで韓国の上空を飛行した。米国は今のところ硬軟両様かもしれないが、そうであってもトランプ氏の発言は重要だ。米国の大統領でこのような発言をした人は、トランプ氏が言うように、かつていなかった。1990年代の末、クリントン大統領が北朝鮮訪問を検討し、途中で沙汰やみとなったことがあったが、その時もクリントン氏はトランプ氏のように率直な発言をしなかった。
ともかく、北朝鮮の反応が重要だが、トランプ発言の真意を測りかねているだろう。トランプ氏は2~3週間前は武力攻撃も辞さないと言わんばかりの姿勢を見せていたのに、今度は直接対話を希望していると急に言いだしたのであり、北朝鮮としてはそのまま受け取れない、何か裏があるのではないかと思っていても不思議でない。
朝鮮中央通信は、トランプ発言と同時期に、前述の爆撃機の飛行を含め、米国と韓国の合同演習をいつもの調子で激しく非難しており、今後も北朝鮮は強面の対応を続けるだろう。
しかし、問題はその先である。トランプ発言は真意が測りかねるところがあろうが、米国大統領として初めての発言であることはたしかである。北朝鮮も一歩踏み込んで状況を確かめ、対話の道を探るべきだ。北朝鮮が今回のトランプ発言をうまく受け止め、次の一歩を踏み出していくことが期待される。
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