朝鮮半島
2019.04.13
しかし、この目的は達成されなかった。去る2月末のハノイにおける米朝首脳会談は物別れに終わり、北朝鮮は非核化を実行するか、赤に近い黄色信号が点いたなかで文大統領は善意の第三者的役割を果たそうとしたのだが、結局それはできなかった。文大統領はトランプ大統領の固い態度。つまり、「包括的非核化」があくまで必要であり「段階的前進」は問題であることをあらためて印象付けられる結果に終わったのであろう。
文大統領が第三者的役割を果たすうえで最大の問題は、トランプ大統領に対して金委員長の主張を容れるよう説得するか、逆に、金委員長に対してトランプ大統領の主張を受け入れるよう説得するかであり、これまではトランプ大統領に説得を試みてきた。
しかし、米国の立場は大きく異なっている。そもそも核問題については韓国に役割はないと米国はみなしている。もちろん実際の会談では外交儀礼を完全に無視するわけにいかないので間接的な表明になるだろうが、米国の立場は明らかである。韓国が米国にとって有益なことをするのであれば歓迎するだろうが、そうでない限り、余計なことはしないでほしい、という姿勢である。
それでも金正恩委員長が昨年の新年の辞で、平昌オリンピックへの参加を表明して以来、韓国として金委員長のメッセージを米国に伝えるなど一定の範囲内で役に立ってきたが、シンガポールでの初の米朝首脳会談以降は米朝間で直接折衝することになり、韓国が第三者的役割を果たす余地はほとんどなくなった。
客観状況が変化しただけではない。韓国は米国に対して米国が評価しないことをしてきたのではないか。具体的には「段階的措置」、「体制保証」、「戦争終結宣言」、それに「制裁の緩和」など北朝鮮の米国に対する要求を韓国は支持してきた。支持したというより、むしろ積極的に勧めたのではなかったか。
これらのうち、「体制保証」と「戦争終結宣言」はもはや話題にも上らなくなっている。残る「段階的措置」と「制裁の緩和」について、文大統領は米国を説得するか、それとも北朝鮮を説得するか選択しなければならないのであり、今回のトランプ大統領との会談結果を見ると、文大統領は今後も金委員長の主張を受け入れるようトランプ大統領に説得を試みる考えのようである。
一方、金正恩委員長は文在寅大統領の仲介努力を有効と見ているか、疑わしい。シンガポール会談までは頼りにしてきたが、今やトランプ大統領は文大統領の説得を受け入れないことがはっきりしてきた。その分だけ金委員長は文大統領に頼らなくなっていているのではないか。金委員長が、すでに約束しているソウル訪問をなかなか実行しようとしないのもそのためではないか。
文大統領があいかわらず金委員長の代弁をしているのは残念なことである。文大統領は、韓国国会でも北朝鮮寄りの姿勢を厳しく批判されているという。
文大統領として今後必要なことは、基本的にはトランプ大統領の立場から金委員長を説得することであろう。
トランプ大統領は「包括的非核化」を目指すとしているが、条件次第では例外的に部分的措置を受け入れることがありうる。カギとなるのは米国世論を代表する議会であり、また、核問題の研究者であろう。具体的には、寧辺の濃縮施設の廃棄というような個別の問題でなく、あくまで包括的な非核化計画を前提とする「段階的措置」でなければならないだろう。たとえば、北朝鮮が保有する核をすべて米側に示しつつ、その廃棄は「段階的」に進めることが考えられる。
北朝鮮の非核化に関する文在寅大統領の役割-トランプ大統領との会談
韓国の文在寅(ムン・ジェイン)大統領は4月11日、トランプ米大統領とホワイトハウスで会談した。今回の訪米の最大目的は、北朝鮮の非核化についてトランプ大統領と協議し、韓国としての役割をあらためて確認する、あるいは固めることであっただろう。メディアにおいてもそのような見方が一般的であった。文大統領は米朝の「橋渡し」を試みたとも評された。しかし、この目的は達成されなかった。去る2月末のハノイにおける米朝首脳会談は物別れに終わり、北朝鮮は非核化を実行するか、赤に近い黄色信号が点いたなかで文大統領は善意の第三者的役割を果たそうとしたのだが、結局それはできなかった。文大統領はトランプ大統領の固い態度。つまり、「包括的非核化」があくまで必要であり「段階的前進」は問題であることをあらためて印象付けられる結果に終わったのであろう。
文大統領が第三者的役割を果たすうえで最大の問題は、トランプ大統領に対して金委員長の主張を容れるよう説得するか、逆に、金委員長に対してトランプ大統領の主張を受け入れるよう説得するかであり、これまではトランプ大統領に説得を試みてきた。
しかし、米国の立場は大きく異なっている。そもそも核問題については韓国に役割はないと米国はみなしている。もちろん実際の会談では外交儀礼を完全に無視するわけにいかないので間接的な表明になるだろうが、米国の立場は明らかである。韓国が米国にとって有益なことをするのであれば歓迎するだろうが、そうでない限り、余計なことはしないでほしい、という姿勢である。
それでも金正恩委員長が昨年の新年の辞で、平昌オリンピックへの参加を表明して以来、韓国として金委員長のメッセージを米国に伝えるなど一定の範囲内で役に立ってきたが、シンガポールでの初の米朝首脳会談以降は米朝間で直接折衝することになり、韓国が第三者的役割を果たす余地はほとんどなくなった。
客観状況が変化しただけではない。韓国は米国に対して米国が評価しないことをしてきたのではないか。具体的には「段階的措置」、「体制保証」、「戦争終結宣言」、それに「制裁の緩和」など北朝鮮の米国に対する要求を韓国は支持してきた。支持したというより、むしろ積極的に勧めたのではなかったか。
これらのうち、「体制保証」と「戦争終結宣言」はもはや話題にも上らなくなっている。残る「段階的措置」と「制裁の緩和」について、文大統領は米国を説得するか、それとも北朝鮮を説得するか選択しなければならないのであり、今回のトランプ大統領との会談結果を見ると、文大統領は今後も金委員長の主張を受け入れるようトランプ大統領に説得を試みる考えのようである。
一方、金正恩委員長は文在寅大統領の仲介努力を有効と見ているか、疑わしい。シンガポール会談までは頼りにしてきたが、今やトランプ大統領は文大統領の説得を受け入れないことがはっきりしてきた。その分だけ金委員長は文大統領に頼らなくなっていているのではないか。金委員長が、すでに約束しているソウル訪問をなかなか実行しようとしないのもそのためではないか。
文大統領があいかわらず金委員長の代弁をしているのは残念なことである。文大統領は、韓国国会でも北朝鮮寄りの姿勢を厳しく批判されているという。
文大統領として今後必要なことは、基本的にはトランプ大統領の立場から金委員長を説得することであろう。
トランプ大統領は「包括的非核化」を目指すとしているが、条件次第では例外的に部分的措置を受け入れることがありうる。カギとなるのは米国世論を代表する議会であり、また、核問題の研究者であろう。具体的には、寧辺の濃縮施設の廃棄というような個別の問題でなく、あくまで包括的な非核化計画を前提とする「段階的措置」でなければならないだろう。たとえば、北朝鮮が保有する核をすべて米側に示しつつ、その廃棄は「段階的」に進めることが考えられる。
2019.04.12
まず、朝鮮労働党の中央委員会政治局拡大会議が9日、次いで中央委員会総会が翌日開催された。
金委員長は政治局拡大会議では「党および国家的に早急に解決し、対策を立てなければならない問題」についての分析を示したと北朝鮮メディアが報道した。その内容を知りたいところだが、公表されていない。
中央委員会総会では、米朝首脳会談について説明し、そのうえで、「制裁で我々を屈服させられると誤解している敵対勢力に深刻な打撃を与えるべきだ」と述べた。
この発言は、非核化の達成まで制裁を緩和しようとしない米国に対抗する姿勢を示したものだと受け止められた。金委員長が米国に対抗する姿勢を変えていないことは注目されたが、米国との関係、とくにトランプ大統領に対する認識は変えていないと見られる。核とミサイルの実験中止以前であれば、米国に反発するときは軍事的に挑発的な姿勢を示すことが多かったが、今回はそのような挑発的言及はなかったからである。
金委員長が党と国家の最重要会議を開催して米朝首脳会談を総括したのは、トランプ大統領との会談に臨む方針を変更するためでなく、維持することが目的であり、そのことについてあらためて党と国家の意思を固めておこうとしたものと推測される。逆に、対米交渉方針を変更しなければならないと認識しているのであれば、党と国家の最重要会議を大々的に開催することなどしないだろう。
金委員長が維持しようとしている対米交渉方針の要点は次のとおりだと思われる。ただし、今後検証が必要である。
〇核とミサイルの実験停止は維持しつつ。経済発展を重点的に進める。
〇完全な非核化の目標は変えないが、現状では段階的に非核化を進める。北朝鮮の安全保障のためにはそれ以上はできない。
〇北朝鮮側での段階的非核化の実施に応じて米側に制裁の緩和を求める。
〇米国はあくまで制裁を緩和しない可能性があるが、北朝鮮国民には忍耐を求める。
党中央委員会総会の翌日(11日)に開催された北朝鮮の最高人民会議(国会に相当)では金正恩委員長を支える指導体制が一新された。その中では次の人事が注目された。
崔竜海(チェ・リョンヘ)党副委員長が高齢の金永南(キム・ヨンナム)の後任として最高会議常任委員長に選出された。崔竜海は金正恩委員長によって登用された人物で、イエスマンである。
核問題交渉役のトップで、第2回米朝首脳会談にも同行した金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長の地位は不変である。
李容浩(リ・ヨンホ)外相と崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が国務委員に選ばれた。
李外相はハノイの首脳会談後異例の記者会見を行い、北朝鮮の非核化方針を説明した人物である。
崔外務次官は金委員長の下で目覚ましく昇進を続けてきた。北朝鮮の高官として異例の率直な発言をすることがあり、今後も段階的非核化方針を対外的に発信するものとみられる。
おりしも、トランプ米大統領は11日、ホワイトハウスで行われた韓国の文在寅大統領との会談冒頭で記者団に対し、金正恩委員長との3回目の首脳会談は「あり得る」と語った。トランプ氏は金委員長に対してハノイ会談後も好感を抱いている趣である。
北朝鮮の重要会議と人事一新
さる2月末、米朝第2回首脳会談が物別れに終わったことを受け、北朝鮮では党と国家の重要会議が開かれ、また、金正恩委員長以下の指導体制が一新された。まず、朝鮮労働党の中央委員会政治局拡大会議が9日、次いで中央委員会総会が翌日開催された。
金委員長は政治局拡大会議では「党および国家的に早急に解決し、対策を立てなければならない問題」についての分析を示したと北朝鮮メディアが報道した。その内容を知りたいところだが、公表されていない。
中央委員会総会では、米朝首脳会談について説明し、そのうえで、「制裁で我々を屈服させられると誤解している敵対勢力に深刻な打撃を与えるべきだ」と述べた。
この発言は、非核化の達成まで制裁を緩和しようとしない米国に対抗する姿勢を示したものだと受け止められた。金委員長が米国に対抗する姿勢を変えていないことは注目されたが、米国との関係、とくにトランプ大統領に対する認識は変えていないと見られる。核とミサイルの実験中止以前であれば、米国に反発するときは軍事的に挑発的な姿勢を示すことが多かったが、今回はそのような挑発的言及はなかったからである。
金委員長が党と国家の最重要会議を開催して米朝首脳会談を総括したのは、トランプ大統領との会談に臨む方針を変更するためでなく、維持することが目的であり、そのことについてあらためて党と国家の意思を固めておこうとしたものと推測される。逆に、対米交渉方針を変更しなければならないと認識しているのであれば、党と国家の最重要会議を大々的に開催することなどしないだろう。
金委員長が維持しようとしている対米交渉方針の要点は次のとおりだと思われる。ただし、今後検証が必要である。
〇核とミサイルの実験停止は維持しつつ。経済発展を重点的に進める。
〇完全な非核化の目標は変えないが、現状では段階的に非核化を進める。北朝鮮の安全保障のためにはそれ以上はできない。
〇北朝鮮側での段階的非核化の実施に応じて米側に制裁の緩和を求める。
〇米国はあくまで制裁を緩和しない可能性があるが、北朝鮮国民には忍耐を求める。
党中央委員会総会の翌日(11日)に開催された北朝鮮の最高人民会議(国会に相当)では金正恩委員長を支える指導体制が一新された。その中では次の人事が注目された。
崔竜海(チェ・リョンヘ)党副委員長が高齢の金永南(キム・ヨンナム)の後任として最高会議常任委員長に選出された。崔竜海は金正恩委員長によって登用された人物で、イエスマンである。
核問題交渉役のトップで、第2回米朝首脳会談にも同行した金英哲(キム・ヨンチョル)党副委員長の地位は不変である。
李容浩(リ・ヨンホ)外相と崔善姫(チェ・ソンヒ)外務次官が国務委員に選ばれた。
李外相はハノイの首脳会談後異例の記者会見を行い、北朝鮮の非核化方針を説明した人物である。
崔外務次官は金委員長の下で目覚ましく昇進を続けてきた。北朝鮮の高官として異例の率直な発言をすることがあり、今後も段階的非核化方針を対外的に発信するものとみられる。
おりしも、トランプ米大統領は11日、ホワイトハウスで行われた韓国の文在寅大統領との会談冒頭で記者団に対し、金正恩委員長との3回目の首脳会談は「あり得る」と語った。トランプ氏は金委員長に対してハノイ会談後も好感を抱いている趣である。
2019.03.26
2回目の米朝首脳会談が失敗に終わり日朝関係の動向に関心が集まる中で行われる安倍首相の訪米では日米両国の北朝鮮との関係が主要な議題の一つとなるだろう。
あらためて過去1年間の安倍首相の北朝鮮に対する姿勢と金正恩委員長の対日関係発言を振り返りつつ、日朝首脳会談が実現する可能性を検討してみたい。
〇安倍首相はかねてから、主要国の中で北朝鮮に対する「圧力」の継続を最も強硬に主張してきたが、初の米朝首脳会談が実現する公算が高くなるにつれ、「相互不信の殻を破り、金正恩氏と直接向き合う用意がある」と積極的な姿勢を見せるようになった。
一方、金正恩委員長も、トランプ大統領とのシンガポール会談で「安倍晋三首相と会う可能性がある。オープンだ」と述べた。
安倍首相は、米朝首脳会談直後の6月18日、参院決算委員会で「金委員長には米朝首脳会談を実践した指導力がある。日朝でも新たなスタートを切り、拉致問題について互いの相互不信という殻を破って一歩踏み出したい。そして解決したい。最後は私自身が金委員長と向き合い、日朝首脳会談を行わなければならない」と強調した。
さらに安倍首相は9月25日の国連総会演説で、あらためて「拉致問題を解決するため、私も北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切って金正恩委員長と直接向き合う用意があります」と述べた。世界に向かって金委員長との会談に前向きな姿勢を示したのであった。
しかし、日朝関係は期待通り前進しなかった。10月には日本の情報当局のトップ格である北村滋内閣情報官がウランバートルで北朝鮮の金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線部室長と接触しようとした。この試みについては、金室長は現れず接触は不発となったとの報道(中央日報11月15日)と、後に実現したとの報道があり真相は不明であるが、いずれであってもこの試みから日朝関係が前進した形跡はなかった。
この出来事と前後して、日本側は北朝鮮による制裁違反行為を問題視し、在韓米軍の縮小・撤退に反対する姿勢を表明した。また米朝会談後も拉致問題の解決を重視しているとの発言を行った。さらに、米朝交渉が進展しても拉致問題が未解決である限り北朝鮮支援に参加しない姿勢を示したと報道された。一部は未確認であったが、北朝鮮側には伝わっただろう。
北朝鮮側はいら立ちを示した。たとえば、3月8日付の『労働新聞』は、安倍首相がトランプ大統領に拉致問題解決に協力を求めたことに不満を示しつつ、「日本を相手にして少しも得るものがない」と書き立てた。
時間的には前後するが、昨年10月、「北朝鮮の金正恩委員長は、日本との直接交渉を促すトランプ米大統領や韓国の文在寅大統領らに対し、拉致被害者の横田めぐみさんの家族同士の面会を認めたことなども挙げ、日本には「多くの譲歩」をしていると主張し、交渉停滞の責任は日本側にあると反論した」という情報もあった。これはほんとうであれば、意味深長である。後でなぜかを説明する。
〇米朝第2回首脳会談が失敗に終わった後、安倍首相と金正恩委員長の会談が実現する可能性は大きくなったか。米朝関係が進まなくなると北朝鮮は韓国や日本との関係改善に積極的になるという見方があるが、かつてそういうことがあったというだけでは大した根拠にならない。
日本政府は昨年来の安倍首相の積極的発言に加えて追加メッセージを北朝鮮に送った。これまで毎年、国連人権理事会に北朝鮮の人権侵害に対する非難決議案をEUと共同で提出していたが、2019年は共同提案国にならないこととしたのである。
しかし、この決定は、率直に言って分かりにくいし、パンチ力がなかった。そもそも北朝鮮における人権状況には変化がなく、拉致問題は進展していないのに、日本が人権理事会での姿勢を変更するのは理解困難だからである。
しかも日本政府は、この決議案の共同提案国にならないこととする一方で、北朝鮮に対する日本独自の制裁は維持している。そのことも勘案すると日本政府の考えはますますわからなくなる。日朝首脳会談を実現するための布石として人権理事会での姿勢を変えたのであれば、あまりにも中途半端であったと言わざるを得ない。
そもそも北朝鮮は安倍首相に対し、「北朝鮮の脅威をことさらに強調しつつ、国際社会が圧力を維持すべきだと主張している」という認識である。
トランプ大統領に対しては、「米国が北朝鮮にとって最大の脅威であることに変わりはないが、トランプ大統領は金正恩委員長を有能な人物とみなし、また、好感を抱いている」という認識であろう。
安倍首相も「金委員長には米朝首脳会談を実践した指導力がある」と積極的な評価をしたことは前述したが、トランプ氏独特の、金委員長に対するベタベタの甘言とは比較にならないほど冷静である。トランプ氏は、ごく最近、米国政府が発表した北朝鮮に関する追加制裁措置についても、「撤回するよう命じ」るなど再び金委員長にエールを送っている。
そして日本にとっては何よりも大きな拉致問題がある。この問題はもちろん北朝鮮が起こしたことであり、責任がある。しかし、この問題の解決に向けて前進できない原因は日本側にあると北朝鮮は見ており、それに日本政府は反論できない。
金正恩委員長の「日本には多くの譲歩をした」という情報の真偽は未確認であるが、2014年にストックホルムで拉致問題などの特別調査に応じたのはほかならぬ金委員長の指示であった。つまり、金委員長は拉致問題の解決に努力した可能性があるのだ。
北朝鮮で、再調査するということは金正日総書記が行ったことにチャレンジすることになる。金正恩委員長はそれでもあらためて調査を行った。同委員長の不満は、このような努力に対して日本側は何ら報いていないという点にあるのではないか。これが金委員長の誤解なら、安倍首相はそれを解く必要がある。日朝首脳会談を実現するにはこの問題は避けて通れない。
また、安倍首相は日本国民に対しても、2014年に行った特別調査の結果報告で北朝鮮側は何と説明したか、また、金委員長がこの問題についてトランプ大統領に対して何と説明したか(安倍氏はトランプ氏から聞いて)説明する義務がある。拉致問題を進めるためにはこれらを伏せたままにしておくことはできないはずである。
日朝首脳会談の可能性
安倍晋三首相は4月末に訪米し、トランプ大統領と首脳会談を行う方向で調整中である。トランプ大統領は5月末(おそらく26日)新天皇即位後初の国賓として来日する。そして6月に大阪で開催される20カ国・地域(G20)首脳会議に出席のため再度来日する可能性が高い。トランプ大統領が立て続けに来日するのに先立って、安倍首相が米国を訪問することとしたのはどういう理由からか。対米配慮の気持ちが強いことはうかがわれるが、それだけであってはならない。このような姿勢で外交はうまくいくのか、危うさを覚える。2回目の米朝首脳会談が失敗に終わり日朝関係の動向に関心が集まる中で行われる安倍首相の訪米では日米両国の北朝鮮との関係が主要な議題の一つとなるだろう。
あらためて過去1年間の安倍首相の北朝鮮に対する姿勢と金正恩委員長の対日関係発言を振り返りつつ、日朝首脳会談が実現する可能性を検討してみたい。
〇安倍首相はかねてから、主要国の中で北朝鮮に対する「圧力」の継続を最も強硬に主張してきたが、初の米朝首脳会談が実現する公算が高くなるにつれ、「相互不信の殻を破り、金正恩氏と直接向き合う用意がある」と積極的な姿勢を見せるようになった。
一方、金正恩委員長も、トランプ大統領とのシンガポール会談で「安倍晋三首相と会う可能性がある。オープンだ」と述べた。
安倍首相は、米朝首脳会談直後の6月18日、参院決算委員会で「金委員長には米朝首脳会談を実践した指導力がある。日朝でも新たなスタートを切り、拉致問題について互いの相互不信という殻を破って一歩踏み出したい。そして解決したい。最後は私自身が金委員長と向き合い、日朝首脳会談を行わなければならない」と強調した。
さらに安倍首相は9月25日の国連総会演説で、あらためて「拉致問題を解決するため、私も北朝鮮との相互不信の殻を破り、新たなスタートを切って金正恩委員長と直接向き合う用意があります」と述べた。世界に向かって金委員長との会談に前向きな姿勢を示したのであった。
しかし、日朝関係は期待通り前進しなかった。10月には日本の情報当局のトップ格である北村滋内閣情報官がウランバートルで北朝鮮の金聖恵(キム・ソンヘ)統一戦線部室長と接触しようとした。この試みについては、金室長は現れず接触は不発となったとの報道(中央日報11月15日)と、後に実現したとの報道があり真相は不明であるが、いずれであってもこの試みから日朝関係が前進した形跡はなかった。
この出来事と前後して、日本側は北朝鮮による制裁違反行為を問題視し、在韓米軍の縮小・撤退に反対する姿勢を表明した。また米朝会談後も拉致問題の解決を重視しているとの発言を行った。さらに、米朝交渉が進展しても拉致問題が未解決である限り北朝鮮支援に参加しない姿勢を示したと報道された。一部は未確認であったが、北朝鮮側には伝わっただろう。
北朝鮮側はいら立ちを示した。たとえば、3月8日付の『労働新聞』は、安倍首相がトランプ大統領に拉致問題解決に協力を求めたことに不満を示しつつ、「日本を相手にして少しも得るものがない」と書き立てた。
時間的には前後するが、昨年10月、「北朝鮮の金正恩委員長は、日本との直接交渉を促すトランプ米大統領や韓国の文在寅大統領らに対し、拉致被害者の横田めぐみさんの家族同士の面会を認めたことなども挙げ、日本には「多くの譲歩」をしていると主張し、交渉停滞の責任は日本側にあると反論した」という情報もあった。これはほんとうであれば、意味深長である。後でなぜかを説明する。
〇米朝第2回首脳会談が失敗に終わった後、安倍首相と金正恩委員長の会談が実現する可能性は大きくなったか。米朝関係が進まなくなると北朝鮮は韓国や日本との関係改善に積極的になるという見方があるが、かつてそういうことがあったというだけでは大した根拠にならない。
日本政府は昨年来の安倍首相の積極的発言に加えて追加メッセージを北朝鮮に送った。これまで毎年、国連人権理事会に北朝鮮の人権侵害に対する非難決議案をEUと共同で提出していたが、2019年は共同提案国にならないこととしたのである。
しかし、この決定は、率直に言って分かりにくいし、パンチ力がなかった。そもそも北朝鮮における人権状況には変化がなく、拉致問題は進展していないのに、日本が人権理事会での姿勢を変更するのは理解困難だからである。
しかも日本政府は、この決議案の共同提案国にならないこととする一方で、北朝鮮に対する日本独自の制裁は維持している。そのことも勘案すると日本政府の考えはますますわからなくなる。日朝首脳会談を実現するための布石として人権理事会での姿勢を変えたのであれば、あまりにも中途半端であったと言わざるを得ない。
そもそも北朝鮮は安倍首相に対し、「北朝鮮の脅威をことさらに強調しつつ、国際社会が圧力を維持すべきだと主張している」という認識である。
トランプ大統領に対しては、「米国が北朝鮮にとって最大の脅威であることに変わりはないが、トランプ大統領は金正恩委員長を有能な人物とみなし、また、好感を抱いている」という認識であろう。
安倍首相も「金委員長には米朝首脳会談を実践した指導力がある」と積極的な評価をしたことは前述したが、トランプ氏独特の、金委員長に対するベタベタの甘言とは比較にならないほど冷静である。トランプ氏は、ごく最近、米国政府が発表した北朝鮮に関する追加制裁措置についても、「撤回するよう命じ」るなど再び金委員長にエールを送っている。
そして日本にとっては何よりも大きな拉致問題がある。この問題はもちろん北朝鮮が起こしたことであり、責任がある。しかし、この問題の解決に向けて前進できない原因は日本側にあると北朝鮮は見ており、それに日本政府は反論できない。
金正恩委員長の「日本には多くの譲歩をした」という情報の真偽は未確認であるが、2014年にストックホルムで拉致問題などの特別調査に応じたのはほかならぬ金委員長の指示であった。つまり、金委員長は拉致問題の解決に努力した可能性があるのだ。
北朝鮮で、再調査するということは金正日総書記が行ったことにチャレンジすることになる。金正恩委員長はそれでもあらためて調査を行った。同委員長の不満は、このような努力に対して日本側は何ら報いていないという点にあるのではないか。これが金委員長の誤解なら、安倍首相はそれを解く必要がある。日朝首脳会談を実現するにはこの問題は避けて通れない。
また、安倍首相は日本国民に対しても、2014年に行った特別調査の結果報告で北朝鮮側は何と説明したか、また、金委員長がこの問題についてトランプ大統領に対して何と説明したか(安倍氏はトランプ氏から聞いて)説明する義務がある。拉致問題を進めるためにはこれらを伏せたままにしておくことはできないはずである。
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