平和外交研究所

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朝鮮半島

2019.08.17

文大統領は日本との関係改善を望んでいる

 8月15日は韓国が日本の植民地支配から解放された「光復節」。韓国の歴代大統領がこの日に行う演説で日本との関係についてどのようなメッセージを発するか、いつも注目されてきた。今年は日本が韓国への輸出規制を強化した直後で両国間の雰囲気は悪化していたので、大統領の発言にはいっそう注目が集まっていた。

 文在寅大統領は日本が輸出規制強化措置を取った直後、「加害者である日本が、盗っ人たけだけしく、むしろ大きな声で騒ぐ状況は絶対に座視しない」とか、「日本の措置は両国関係における重大な挑戦だ。利己的な弊害をもたらす行為として国際社会からの指弾を免れることはできない」などと激しい言葉で日本を非難していた。

 ところが、今次光復節の演説ではこれと対照的に、激烈な言葉を使わず建設的な表現を多用した。例年より日本批判が少なかったとも言われているが、明らかな日本批判はまったくなかった。

 文氏は、日本政府が不満を募らせている慰安婦問題や徴用工問題には直接触れず、「韓国は日本と共に(植民地時代の)被害者の苦痛を実質的に治癒しようとしてきた」「今からでも日本が対話と協力の道に出れば、我々も喜んで手を握る」と述べた。この発言は激烈な韓国の運動家の主張とは一線を画するものであり、一方的に日本を非難することを差し控えたのみならず、日本政府のこれまでの努力を肯定的に評価する意味合いもある。こんな発言は初めてであったと思う。

 日韓関係の悪化を招いている根本的な原因は、1965年の日韓基本条約と請求権協定を韓国が必ずしも肯定的に見ていないことにある。とくにポピュリスト的政権にはそのような傾向が強く、同条約は無効だという立場を取りがちである。

 しかし、今次演説で、文氏は無効論の立場は見せず、国交正常化後「韓国は過去にとどまることなく、日本と安全保障や経済の協力を続けてきた」と述べた。1965年以降の日韓関係に肯定的評価を与えたのである。文氏の歴史問題についての立場はこの表明がすべてではなく、後述するように植民地支配から生じた問題は忘れないという姿勢も示しているので矛盾を含んでいるが、日本と建設的な関係があったことを明言することの意義は大きい。

 総じて文大統領の演説には日本との関係を改善したいという気持ちが処々に表れていた。「日韓両国が協力してこそ、共に発展し、発展が持続可能になる」と強調したこと、来年の東京五輪は「共同繁栄の道に進む絶好のチャンス」だと述べたことなども見逃せない。

 今年の10月22日は日本の新天皇の即位礼が行われる。この日までに日韓関係が改善する方向に向かっていることを期待したい。

 かつて、韓国は天皇を「日王」と呼んでいたが、文在寅大統領は4月30日に退位する明仁天皇に謝意を表明する書簡を送った。李洛淵(イ・ナクヨン)総理も、SNSに日本の令和時代の開幕を祝うメッセージを投稿し、「天皇様」と呼んだという。「平成の最後の日、文在寅政権と韓国メディアは、日本へ「一歩だけ」寄り添い始めたのだ。だが、これらのせっかくの努力も、韓国国民が爆発させた反日感情によって台無しになりかけている」と李正宣氏は述べている(JP press 2019年5月1日)。
 一方、文大統領は「日本の不当な輸出規制に立ち向かう」とも発言した。が、これは日本を非難するというよりも、韓国民を鼓舞しようとした言葉であったと思う。この言及以外にも、韓国はこれから発展し、日本に負けない国になるなどの趣旨も述べたが、同じ目的であったと思われる。

 韓国では日本に負けない国になることを「克日」という。その代表例が日本から半導体事業を学び、今や日本のメーカーを追い越しているサムスン電子である。韓国国民を鼓舞しようとした文氏演説の韓国メディアによる報道ではこの2文字が躍った。

 しかし、徴用工問題や慰安婦問題については今回の演説で解決への兆しが見えてきたとは言えない。韓国政府は光復節の前日の「日本軍慰安婦被害者をたたえる日」にあわせて元慰安婦らを招いた式典を開き、また、ソウル市も同日、新たな慰安婦像の除幕式を行った。8月14日は、1991年に旧日本軍の慰安婦だった故金学順(キムハクスン)さんが初めて実名で体験を公表した日であり、文大統領の主導で2017年に国の記念日に指定された。文大統領は昨年は式典に出席したが、今年は出席を見送り、所感の発表にとどめた。これはどういう意味だろうか。
 
 また、文政権は、2015年の日韓慰安婦合意に基づき設立された「和解・癒やし財団」を解散し、元慰安婦らへの支援金支給が中断していた問題で、同財団の清算法人に受給を求める遺族側への支給手続きを再開させた。支給が遅れたことも謝罪したという。文政権が同財団に関する考えを変えたとまでは言えないが、同財団を解散したままで打ち捨てておくより現実的な対応であり、日本側から見ても注目してよいことの一つであった。

 最後に、文大統領が日本との関係について積極的、肯定的な演説を行った背景には、米国からの働きかけ、要するに「仲良くしてもらわないと困る」といった趣旨の申し入れがあったことが考えられる。事実ならば、日本にとって好都合の働きかけであったようだが、トランプ大統領「日韓両国はいつも争っている」などとも言っているようである。日本としても韓国との関係を改善する責務があるのは当然だ。

2019.08.15

慰安婦問題

慰安婦問題をまとめました。日本国内と国際社会では温度差があります。
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2019.08.05

韓国に対する輸出管理厳格化と米国の姿勢

 韓国に対する輸出管理厳格化措置を米国はどのように見ているか、また、日韓両国の間に立って仲介を試みる考えはあるか。関連の報道や説明は注意深く聞く必要がある。

 7月31日の共同通信はロイター通信を引用しつつ、「米政府高官は30日、日本による対韓輸出規制強化など一連の日韓対立を巡り、現状を維持し新たな措置は取らない状態で交渉する協定への署名を求める仲介案を提示したと明らかにした」と伝え、また、「ポンペオ国務長官は8月1日にタイ・バンコクで予定する日米韓外相会談で、河野太郎外相と韓国の康京和外相と仲介案について協議する見通しだ」と報道した。

 しかし、31日午前、菅義偉官房長官は記者会見で、米政府高官が日韓に仲介案を提示したとの一部報道について「そのような事実はない」と述べた。

 共同通信は「仲介案」があったとし、菅官房長官はそれはなかったとしたので、両者の説明は、この点では矛盾している印象があるが、実は、みかけほど異なっていない面もある。
 米国は今回の規制強化措置について米国の考えを日韓両国に示していたことである。日本と韓国は米国にとって重要な同盟国であり、東アジアの安全保障戦略にとって両国の協力が不可欠でり、米国としては日韓両国が仲たがいをしてもらっては困る、一刻も早く関係を改善してもらいたいと考えており、米国がそうしたのは当然であった。

 このことについて菅氏の説明はよほど注意して聞かないとわからない。記者会見では「米国との間では、わが国の一貫した立場や考えを累次伝達し、常日頃から緊密に連携している」、「今後もわが国の立場に対し、正しい理解が得られるように努める」とだけ語ったからであるが、その中に、米国は「仲介する用意がある」という態度を示したことは言及されていなかったが、含まれていたと思う。

 一方、韓国の文在寅大統領は、米国が「仲介の用意がある」という姿勢を見せたと明言した。文氏は2日午後、臨時の閣僚会議を開き、安倍政権が輸出手続きを簡略化できる「ホワイト国」のリストから韓国を外す政令改正を決めたことについて、「とても無謀な決定であり、深い遺憾を表明する」と語ったうえ、「米国が状況をこれ以上悪化させないよう交渉する時間を持つよう求めた提案に、日本は応えることはなかったと非難した」のである。
 「米国が状況をこれ以上悪化させないよう交渉する時間を持つよう求めた」との言及が米国の姿勢を示していた。しかも、文氏は「日本はその提案に応えることはなかった」とまで語ったことは見逃せない。

 韓国の大統領が発言したことがいつも正しいわけではない。しかし、この発言は事実を反映していたと思う。もし、文氏が日本政府の対応について誤った言及をしたのであれば、日米両国から抗議され、是正を求められるからである。

 要するに、米国は日韓両国に対して、関係改善のためともに努めるよう求めたのであり、そのことについてわが官房長官は、文氏が具体的ま表現で説明したのとちがって、ごく一般的な形で触れただけであったのだ。

 ちなみに、2日、バンコクで行われた河野太郎外相、ポンペオ米国務長官、韓国の康京和(カンギョンファ)外相間の会談についても、日本政府は米国が仲介する用意があるという趣旨の発言はなかったと説明した。河野外相は記者から、「ポンペオ長官のご発言について,両国で話し合いをして問題解決に向けて努力してほしいということなのですが,これはポンペオ長官が間に入って何か仲介をするというものでは・・」と問われたのに対し、「違います。別に仲介とかなんとかということではなくて,両国の問題は両国で話し合って解決してください,ということでした。」と述べている。

 要するに、日本政府の口からは、輸出規制強化措置に関して、米国政府が日韓関係を心配しているようなことは一切出ないのであるが、それでも日本政府の姿勢には危惧を覚えてならない。

 理由の一つは、かりに米国と日本の考えや立場が違っていても、日本政府はそのような違いを国民に説明してくれるか安心できないからである。

 もう一つの理由は、日本政府が2日に第二弾の規制強化措置を取った後、米国から強い懸念を示す声が聞こえてきたからである。米国務省当局者の共同通信に対する、「日韓対立について双方が関係改善に責任がある。ここ数カ月間に2国間の信頼を傷つけた政治的決断には反省が必要だ。日韓関係が悪化すれば、双方が結果に苦しむことになる。米国はこの問題に関与し続け、両国の対話を支援する用意がある」との発言である(3日の共同通信)。

 この発言は、米国の日韓両国の態度についての見解を率直に語っているだけでなく、日本政府に対する非難めいた言及も含んでいたと思う。もちろん、共同通信のこの報道が完全に正しいか、検証は必要である。
 
 ともかく、今回の規制措置強化を機に著しく悪化した日韓関係を両政府はどのように改善する考えなのか。韓国政府は措置の撤回を求めているのに対し、日本政府はどう応えるのかが問われるが、残念ながらどちらからも対応策は見えてこない。

 かりに、日韓関係が今のような状態を続ければ、米国が不満を募らせるのは不可避であろう。

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