平和外交研究所

中国

2023.03.14

台湾に対する中国の新方針

 台湾に対する中国の態度ががらりと変わった。3月5日に本年の全人代(全国人民代表大会 日本の国会に相当する)が開催し、恒例の政府活動報告は台湾について「平和統一への道を歩む」とした。さらに「両岸(中台)の経済と文化の交流、協力を促進し、台湾同胞の福祉増進のための制度と政策を充実させる」や「台湾同胞は血がつながっている」との言葉も加えた。

 いうまでもなく台湾は中国にとって最大の未解決問題であり、例年強い言葉で統一の実現を目指す決意と姿勢を示してきた。しかし今回の報告では4年ぶりに「平和」の文字を復活させた。また、その他の引用文言を併せて考えると、今年の報告は異例に融和的になった。

 習氏は昨年10月の中国共産党大会のころから台湾政策の手直しを考えていた可能性がある。政治活動報告において、台湾問題について「平和的統一に最大限努力する」と述べつつも、「武力行使の放棄は決して約束しない」と強調した。これは強気の発言であり、武力行使に近づいたととる見方が多かったが、それ以前から習近平主席は従来からの方針に満足していなかったらしい。2017年の党大会では、「一つの中国」に関する「92年合意」に4回言及したが、2022年はわずか1回で、しかも、習氏はこの部分を読み飛ばした。

 なお、全人代では李克強首相が「政府活動報告」を行い、習近平主席が党代表大会で行ったのは「政治活動報告」であったが、台湾に関してはいずれも習近平政権の考えを表明したものと考えてよいだろう。

 習近平政権は過去2期、つまり10年間にわたって反腐敗運動などでは実績を上げてきた。問題がないわけではないらしいが、習氏の声望は高まり、昨年の党大会で総書記の地位を、また今年の全人代では国家主席の地位を異例に長く続けることとなったが、台湾問題だけはなにも進展しなかった。これでは長期独裁体制として画竜点睛を欠く。推測だが、習氏としては3期目の政権が発足する今、思い切った手を打っていかなければならないと切迫した気持ちになったのではないかと思われる。

 具体的には、次のような考えではないか。
 第1に、台湾に対し中国は平和的に統一する方針であることを徹底的に訴える。従来から使ってきた武力統一を辞さないこと、台湾との間の「92年合意」を基礎とすることなどの威嚇的言辞は解消するのではないが、できる限り持ち出さないこととし、平和攻勢で台湾人を引き寄せる。これなら台湾人の支持を得ることが不可能でなくなる。そして来年の台湾総統選挙で国民党の候補者を勝利させる。

 中国にとって、台湾色が強い民進党は独立を画策する危険な勢力である。一方国民党はもともと大陸から出た勢力であり、台湾では現在野党になっているが、これまでも共産党と接触・交流してきた。

 2022年11月、台湾で行われた統一地方選で民進党は惨敗し、蔡英文(ツァイ インウェン)総統は結果を受け、党主席(党首)を辞任した。中国にとって国民党と正式の対話を実現する可能性が出てきたのである。もっとも、国民党は、今回の統一地方選に勝利したものの、対中政策は主要な争点になっておらず、次期総統選で同じ結果を得られるか不明だといわれているが、中国としては何とか国民党に勝ってもらいたいのである。

 第2に、この方針を用いても国民党を勝たせることができなければ、武力による統一を含め改めて検討する。平和的統一の試みを第一段階とすれば、これは第二段階となる。

 台湾人を引き寄せることはいわゆる「統一戦線工作」であり、それを担う全国政治協商会議の主席に王滬寧(ワンフーニン)氏をつける。政治協商会議は共産党政権が成立する以前から存在した、共産党と非共産党諸勢力が協力する枠組みであり、共産党と国民党が協力すれば平和的に統一することが可能になると考えている。

 王氏は学者出身で、江沢民、胡錦濤、習近平3代の政権で理論的な面から政権を支え、中国では「三代帝師」(3代の皇帝の知恵袋)と呼ばれる傑出した人物であり、党大会で7人の政治局常務委員に抜擢された。また王氏は共産党の側で台湾政策を統括する党中央対台工作指導小組の副組長にも就くといわれている。

 なお、中国軍は対台湾新方針を支持しているか。中国の軍はかねてから台湾問題について強硬な姿勢で臨んできており、台湾周辺の海空域で演習を続けている。習政権としては、必ずしも軍と同じ考えではないようだが、国内対策(治安維持など)の観点からも、軍の考えを無視できない。

 一方、軍が強硬策に出ると米国との関係が悪化する。実際、軍が台湾海峡で活動を活発化させると米軍は刺激され、対応を強化する。台湾に対する軍事援助を強化する。さらに、米議会でも中国軍の動きへの警戒が強まる。バイデン政権は、米中関係が悪化するなかでも、偶発的な軍事衝突に発展しないよう、中国側との意思疎通は続けたいとの考えを持っているが、中国としては米国を刺激することはほどほどにしておかなければならない。中国軍にしてもこのような政治的枠組みは変えないほうが得策と考えていると思われる。 
2023.03.02

中国国際仲裁機構を設立する動き

 中国の秦剛外相は2月16日、「国際仲裁機構」設立準備室を開設したと発表した。中国語のウィキペディアでは「国際調解院」、英語ではInternational Organization for Mediation(IOMedと略称)と呼んでいる。

 この機構は中国が発起国であり、その設立目的は「平和的な方法により紛争を解決し、意見の主張を処理すること」と説明されている。中国、インドネシア、パキスタン、ラオス、カンボジア、セルビア、ベラルーシ、スーダン、アルジェリア、ジブチなどが本年より機関の協定交渉を開始するという。

 この機構の設立予定を聞いて我々が直ちに考えるのは「常設仲裁裁判所」との相違である。「常設仲裁裁判所」(英語 Permanent Court of Arbitration、仏語では Cour permanente d’arbitrage)は、1899年の第1回ハーグ平和会議で設立された常設の国際仲裁法廷で、オランダのハーグに設置されており、すでに100年以上活動を行っている。
「常設仲裁裁判所」は文字通り「常設」であるが、裁判官名簿と事務局などがあるだけで、その構成は一定していない。その裁定(award)には法的拘束力があるが、裁判所は執行する権限を持たない。

 国際間の仲裁に関してはもう一つ、臨時の「国際仲裁」がある。これはビジネスや商業においてよく行われることであるが常設ではない。仲裁の方法や仲裁人は事前に決まっておらず、紛争ごとに当事者の合意によってどのように仲裁するか決められる。このような仲裁は世界中で行われている。

 中国が設立しようとしている「国際仲裁機構」は常設仲裁裁判所と全く異なるか、重複する部分があるか、何とも言えない。機構の内容は今後の交渉次第であるが、国際間で広く合意されたことでない。国連とは関係なさそうである。ともかく名称は紛らわしいので、私はとりあえず「中国国際仲裁機構」と呼ぶことにした。同機構についての合意が成立すれば、その内容に応じて呼び名を変更するかもしれないことはことわっておく。

 この機構は香港に設置することが香港当局と中国政府との間で合意されていると中国版ウィキは説明しているが、機構の設立はまだ中国とスーダンの間でしか合意がないのに、設置場所だけは決まっているというわけである。中国政府は恣意的に事を進めているのではないかと疑われるのではないか。

 中国がこの機構の設立を提案したのにはきっかけがあった。エチオピアでは、近年経済成長が著しく、また人口が急増している。2018年の世銀報告では現在1億922万人であるが、2032年には1億5,000万人に達し、2049年には2億人を超えるとみられている。当然電力需要も急増する。そこでエチオピアはナイル川に約10年前からダム(グランド・ルネッサンス・ダム)を建設し電力需要の急増に備え始めた。

 ナイル川流域にはエチオピアのほか、下流にスーダンとエジプトがあり、いずれも急成長中である。そのため、1つの水源を共有するこれら3国間で争いが起こり、貯水期間や水量制限などに関する交渉が始まったが、難航している。

 アフリカ連合(AU)が中に立ち、また米国、EU、アラブ連盟の関与が求められたこともあった。2021年7月8日には国連安保理がこの問題を取り上げたが、結論は出なかった。その後、中国はスーダンと協議し、その結果、2022年10月27日、「(中国)国際仲裁機構設立に関する共同声明」が発表された。

 ナイル川の利用に関する紛糾は「アフリカの問題なのでアフリカで解決する」という考えが強いエチオピアとエジプトやスーダンの考えが違っているので中国が仲介の労をとって解決を図ることは前向きに評価できるが、だからといって中国国際仲裁機構を設立するのがよいか。強い疑問がある。

 紛争の当事国全部でなく、スーダンとだけ合意して進めるのは果たして建設的か。3か国の意見の違いと紛糾を助長することにならないか。

 中国の国際仲裁に関する姿勢についても重大な疑念がある。常設国際仲裁裁判所は中国による南シナ海での拡張的行動に抗議してフィリピンが提訴した件について2016年7月、中国の南シナ海に対する権利主張を全面的に否定する裁定(award)を行った。

 これに対し、中国外交部は声明で、「裁定は無効であり、拘束力を持たず、中国は受け入れず、認めないことを厳粛に声明する」、「南海における中国の領土主権と海洋権益はいかなる状況下でも裁定の影響を受けず、中国は裁定に基づくいかなる主張と行動にも反対し、受け入れないものである」と宣言するとともに、仲裁裁判の裁定に対する中国政府の白書を公表した。中国政府白書は、①中国は東沙群島、西沙群島、中沙群島、南沙群島を含む南海諸島に対して主権を有する、②中国の南海諸島は内水、領海、接続水域を有する、③中国の南海諸島は排他的経済水域と大陸棚を有する、④中国は南海において歴史的権利を有する、⑤中国の上述の立場は関係の国際法と国際慣行に合致している、と述べ、裁定に真っ向から反対した。

 これに対し、当事国であるフィリピンはもちろん、日本や欧米諸国は仲裁裁判の結果は尊重されるべきであるとし、中国に仲裁裁判結果を受け入れるよう促した。しかし中国はその後も裁判結果は認めないの一点張りである。

 中国は国連安保理の常任理事国であり、国際の平和に重い責任を負っている。にもかかわらず、国際仲裁裁判に対し中国がとっている態度はあまりに利己的ではないか。中国にとって都合の悪い判断を行った常設仲裁裁判所は無視し、自分たちの考えを押し通せるよう別の仲裁機構を中国に設立しようとしているのではないか。

 またインドネシアは中国国際仲裁機構の設立に賛同している形になっているが、同国は南シナ海の一角にあり、中国の拡張的行動に悩まされてきたはずである。いったいどのような考えで同機構の設立に賛同できたのか、これも不思議なことである。

 これらのことを含め、中国国際仲裁機構の設立には重大な疑問がある。中国には公平な立場で臨んでもらいたい。
2023.02.06

中国気球の米上空飛行問題

 中国の気球が1月末にアリューシャン列島付近で米国に探知された後、カナダ領空に抜け、31日に再び米領空に入り(アイダホ州で)、その後東へ飛行を続け、4日、サウスカロライナ州沖の米領海上空で撃墜された。この間約1週間、米国と中国の間で何があったか。発表されていることは一部にすぎないが、中国も米国もその言動には不可解な点がある。
 
 気球が米側によって探知されてから、中国側が米側から説明を求められたことに疑う余地はない。単に説明を求められたというより、もっと強い姿勢を見せられた可能性が大きいが、具体的なことはわからない。ブリンケン国務長官は3日の会見で、「中国の監視用気球だと確信している」と述べ、「明らかな米国の主権の侵害で、国際法違反だ」と批判した。
 
 中国側は「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」と主張し、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」とした。また、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」とした(5日の中国外務省声明)。

 中国側の説明はこれですべてであっただろうか。もし中国側が丁寧な説明をしなかったのであるならば、米側は到底納得しないだろうし、撃墜もやむを得なかったということになる。

 中国側から米側に説明すべきことはいくつかあったはずである。
・飛行計画の詳細。
・なぜこの気球は中国側の手でコースを変えられなかったのか。
・民間とはどのような企業(?)で、科学研究の内容はどのようなものであったか。
・中国政府とその企業との関係いかん。

 明らかにすべきことはもっとあるかもしれない。ともかく、米国の領空を侵犯した中国の気球は深刻な状況に陥っており、それが撃墜されるのを回避するには米側を納得させる説明が必要であった。

 しかし、中国側が、「気象分析などの科学研究に使われる民間のもので、西風の影響でコントロールを失い、予定のコースから大きく外れた」、「不可抗力によって生じた予想外の状況だ」、「中国政府は、米国側に冷静かつ専門的、抑制的な方法で適切に対応するよう求めてきた」以上の説明をしなかったのであれば、米側を納得させることはできない。撃墜されても文句を言えない。

 米側についても疑問がある。トランプ前政権時代に少なくとも3回、バイデン政権の発足直後も1回、中国の監視用の気球が米本土上空を短期間通過したことがあると説明されている。その際、米側は中国側に対してどのような態度で臨んだのか。今回は米国上空の滞在時間が長かった点で、従来と異なるというが、今回、前4回と異なる対応をしたことは理解されるか。

 もちろん、そこまでは米側も発表してくれないだろう。安全保障のためすべてをさらけ出すことはできないのはわれわれとしても理解しなければならない。

 中国外務省は2月5日朝、「強烈な不満と抗議」を示す声明を発表し、「明らかな過剰反応であり、国際慣例の重大な違反」などと反発した。
 
 米側がどのように対応したか不明である。上述した問題点についてかりに中国側が詳細な説明を行っても米側が理不尽な行動をとったならば、中国が問題視するのも分かる。国連や国際的裁判などで米国を訴えるのもよいだろう。

しかし、問題を起こした側が木で鼻をくくったような説明で済まそうとしても、理解は得られない。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.