平和外交研究所

中国

2023.05.05

マルコス大統領はただのボンボンでない


 フェルディナンド・マルコス大統領は2022年6月30日、就任した。故マルコス元大統領の長男で元上院議員であり、子供の時から「ボンボン」の愛称で呼ばれてきた。ドゥテルテ前大統領から「英語はできるが、中身は甘やかされた弱虫。危機の時にリーダーシップを発揮できず、お荷物になる」と酷評されたこともあった。大統領選で有権者が選んだのはフェルディナンド・マルコスという個人ではなく、父マルコス元大統領から連なる一家のブランドであり、マルコス氏は一家の代理に過ぎず、政権運営には姉のアイミー上院議員らが関わるだろうともいわれていた。

 フィリピンの外交においては日米中との関係が大きな比重を占めており、マルコス大統領は2023年1月に中国、2月に日本、5月に米国と立て続けに訪問した。様々な問題がある中で南シナ海、特に南沙諸島がもっとも厄介なので、本稿においてはこの問題を中心に論じていきたい。

 中国が南沙諸島を始め南シナ海全域に対して一方的に領有権を主張し、いくつかの島嶼で埋め立て工事を行い、軍用基地などの建設を強行してきたことが事の発端であった。周辺の諸国のみならず米国や日本は、そのような主張・行動は国際法に違反する一方的なこととして認めていない。

 マルコス大統領の前前任のアキノ3世大統領は米国や日本との関係を重視する人物であり、中国を相手に常設仲裁裁判所に訴え、2016年7月、裁判所は中国の主張を完全に否定し、中国には権利はないとする判断を下した。

 この判決と相前後して新大統領に就任したロドリゴ・ドゥテルテ氏は、仲裁裁判を認めず「ただの紙切れに過ぎない」とする中国の主張に融和的であり、中国を非難しなかった。事実上の棚上にしたのであった。2021年5月にはドゥテルテ氏自身中国と同じ言い回しをしたこともあった。フィリピン大統領の中国寄りの姿勢は中国を喜ばせ、中比間の観光、貿易、援助は盛んにおこなわれた。

 しかし、中国による南沙諸島での拡張工事は継続された。またフィリピンの漁船に対するハラスメントはその後も継続し、以前よりひどくなった面もあった。フィリピン国内からの突き上げを受けてドゥテルテ大統領も揺れ動いた。2021年11月、中国とASEAN首脳が開いたオンライン特別会議では、南シナ海を巡る中国とフィリピンの対立が表面化し、ドゥテルテ氏は中国海警局の行動を「嫌悪する」と非難し、中国海警局によるフィリピン民間船への妨害行為についても「他の同じような出来事にも重大な懸念を持っている」と非難した。 

 マルコス政権になってからもハラスメントは続き、2023年2月、南沙諸島のアユンギン礁付近で、海軍拠点への補給活動を支援していたフィリピンの巡視船が、中国海警局の艦船から軍事用レーザー光線の照射を受けたこともあった。

 マルコス氏は、大統領選ではドゥテルテ氏と同様の融和姿勢を示したことがあったが、当選後に態度を一変させて仲裁裁判所の判決を支持し、排他的経済水域(EEZ)内に「1ミリも侵入させない」と強調した。そのため、一貫性を問われることもあったが、南シナ海問題を含む安全保障については明らかにドゥテルテ政権の方針を修正し、米国との同盟にふさわしい形に引き戻した。

 5月1日の米比首脳会談において、バイデン氏は冒頭「南シナ海を含めフィリピン防衛に対するわれわれの決意は固い」と発言。マルコス氏も「南シナ海や太平洋での緊張の高まりに直面し、条約締結国(米国)との関係や果たすべき役割を強化し、再定義するのは当然だ」と応じた。共同声明では、中国を名指しはしなかったが、台湾や南シナ海周辺で軍事的圧力を強める中国を念頭に防衛協力を深化させる方針を示し、「台湾海峡の平和と安定を維持することの重要性を確認する」も明記した。
 
 また、南シナ海や太平洋におけるフィリピンの艦船、航空機などへの武力攻撃には、米比の相互防衛条約(1951年締結)が発動されることを改めて確認した。さらに、米国とフィリピンは、米軍が使えるフィリピン内の軍事拠点を現在の5カ所からさらに4カ所増やすことで合意した。両国は4月11日、外務・防衛担当閣僚会合(2プラス2)を7年ぶりに開き、合同軍事演習など安全保障上の協力を深めた。

 しかし、マルコス氏は反中になったのではない。フィリピンにとって中国との関係が重要であることに変わりはない。大統領就任直後には中国を「友人」と呼び、「関係をより強く深くし、偉大な両国の利益を図る」と発言した。就任式の後に組まれた各国代表団との会談も中国が最初で、米国と日本はその次であった。

 マルコス大統領は1月3日から日本や米国に先立って中国を公式訪問し、習近平国家主席と首脳会談を行った。ただ、中国との間で懸案事項であった南シナ海を巡る問題、中国船舶のフィリピンの排他的経済水域(EEZ)内での航行や集結などに関して、訪中前には中国批判を強めていたが、首脳会談では強い姿勢を直接示すことはなかったと伝えられている。わずかにホットラインを比外務省海洋局と中国外務省境界海洋局の間で設置することには合意が成立した。

 マルコス氏としては訪中を成功させなければならなかった。ホットラインの設置だけではあまりに乏しいが、安全保障面以外では目立った成果が得られた。1月5日に発表された中比共同声明では14項目について合意し、その大半は経済、農業、貿易問題であったが訪中は成功であった。

 マルコス氏は3か国歴訪を通じて、南シナ海問題では日米と協調して対処する姿勢を改めて確認する一方、中国とは観光、貿易などの分野で協力し合う方針のように思われる。

 これに対し中国は、フィリピンのそのような方針は理想的ではないが、一見受け入れたかにみられる。南シナ海問題についてはフィリピン側の主張を聞くだけである。マルコス氏訪中の際も、また、秦剛外相が4月にフィリピンを訪れ、マナロ外相と会談した際もそのような姿勢であった。マナロ外相が「南シナ海では、フィリピン国民、とりわけ漁業者の生活の糧と安心が損なわれている」と述べ、中国の船舶によるハラスメントに抗議する気持ちを表明したのに対し、秦外相は南シナ海には何ら言及しなかった。

 中国としては南沙諸島での領土拡張、基地建設工事は基本的に終わっており、フィリピンが抗議を表明しても相手にしないのが最善と考えている可能性がある。中国らしい対処の仕方である。
 
 しかし、問題が解消されたわけではない。マルコス政権の外交方針を揺るがす問題が表面化する危険は残っている。

 中国船によるフィリピン船に対するハラスメントは、残念ながら、今後も起こるだろう。フィリピン船へのレーザー光線の照射、フィリピン漁船の活動制限や拿捕、建設した基地の軍事利用なども考えられる。これらはどこまで中国政府がコントロールしているか、一定程度は現場限りで行動している可能性がある。

 中国側の出方いかんで今後フィリピン議会や南シナ海を漁場とする漁業従事者から反発が再び高まることも予想される。ロイターは、マルコス大統領にとっては今回の訪中首脳会談は、今後後味の悪い思い出となりそうだと伝えている(2023年1月6日)。

 とはいえ、中国との友好関係を壊すことなく、米日と安全保障の方策について合意できたことはマルコス政権の大きな成果とみてよいだろう。南シナ海と台湾はつながっており、フィリピンと中国との間の南シナ海問題は台湾の統一問題とも関連している。この関係が今後どのように展開するかは見通せないなかで、マルコス政権の日米との友好協力関係は重要性を増している。
2023.04.19

中国国防相のロシア訪問

 中国の李尚福国務委員兼国防相は4月16日から19日までロシアを訪問した。ロシア側との間でどのような会談が行われ、また合意されたか。特に、中国はロシアに対し武器・弾薬の供与に合意したか。信頼できる情報は乏しいが、注目すべき点が二、三ある。

 ロシア側の歓待ぶりは異例であった。プーチン大統領は李国防相がモスクワに到着したその日にクレムリンで会談した。ショイグ・ロシア国防相が同席した。しかもプーチン大統領にとって中国の国防相は2段階くらい格下である。プーチン大統領は異常なほど気を使っていた。

 プーチン大統領は李国防相だけを歓待したのではない。さる2月には王毅外務委員が訪ロした際も同様に対応・歓待した。

 3月20~22日には習近平国家主席がロシアを訪問した。この時も、中国がロシアに武器などを供与するのではないかと注目されたが、その合意はなかったらしい。中ロ両国はウクライナに一方的に対話を迫ったにとどまった。

 それから1か月もたたないうちに李国防相がロシアを訪問したのである。王毅国務委員、習近平主席、それに今回の李尚福国防相と、中国外交のトップスリーが相次いで訪ロしたのであり、中国側の行動も異例であった。

 この事実をどう読むべきか。中国がロシアに武器等供与を決定したからでない。事実は逆であって、中国は武器・弾薬は供与しないという立場を維持しているからこそ、ロシアに気を使っているのではないか。ロシアとの軍事協力はこれからも重視し、継続していく。合同軍事演習も行う。これらであればウクライナを支援する各国を過度に刺激しないで済む。両国はクレムリンでの会談で話し合ったであろう。軍事技術についての協力も進めていくことにしたのではないか。

 中国の立場は2月24日に公表された「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」であり、習近平主席の訪ロの際も変わっておらず、また李国防相の訪ロにおいても変わっていなかったことが読み取れる。その要旨を念のため再掲しておこう。
(1)各国の主権の尊重。国連憲章の趣旨と原則を含む、広く認められた国際法は厳格に遵守されるべきであり、各国の主権、独立、及び領土的一体性はいずれも適切に保障されるべきだ。
(2)冷戦思考の放棄。一国の安全が他国の安全を損なうことを代償とすることがあってはならず、地域の安全が軍事ブロックの強化、さらには拡張によって保障されることはない。各国の安全保障上の理にかなった利益と懸念は、いずれも重視され、適切に解決されるべきだ。
(3)停戦。各国は理性と自制を保ち、火に油を注がず、対立を激化させず、ウクライナ危機の一層の悪化、さらには制御不能化を回避し、ロシアとウクライナが向き合って進み、早急に直接対話を再開し、情勢の緩和を一歩一歩推し進め、最終的に全面的な停戦を達成することを支持するべきだ。
(4)和平交渉の開始。対話と交渉はウクライナ危機を解決する唯一の実行可能な道だ。
(5)人道的危機の解消。人道的危機の緩和に資する全ての措置は、いずれも奨励され、支持されるべきだ。
(6)民間人や捕虜の保護。紛争当事国は国際人道法を厳格に遵守し、民間人及び民生用施設への攻撃を避け、女性や子どもなど紛争の被害者を保護し、捕虜の基本的権利を尊重するべきだ。
(7)原子力発電所の安全確保。原子力発電所など平和的原子力施設への武力攻撃に反対する。
(8)戦略的リスクの低減。核兵器の使用及び使用の威嚇に反対するべきだ。
(9)食糧の外国への輸送の保障。各国はロシア、トルコ、ウクライナ、国連の署名した、黒海を通じた穀物輸出に関する合意を均衡ある、全面的かつ有効な形で履行し、国連がこのために重要な役割を果たすことを支持するべきだ。
(10)一方的制裁の停止。国連安保理の承認を経ていないいかなる一方的制裁にも反対する。
(11)産業チェーンとサプライチェーンの安定確保。各国は既存の世界経済体制をしっかりと維持し、世界経済の政治化、道具化、武器化に反対するべきだ。
(12)戦後復興の推進。国際社会は紛争地域の戦後復興への支援措置を講じるべきだ。中国はこれに助力し、建設的役割を果たすことを望んでいる。

 「ウクライナ危機の政治的解決に関する中国の立場」は中国の隠れ蓑として使われるかもしれないが、ロシアとの駆け引きなどにおいても役立つであろう。

 一方、ロシアとして武器・弾薬の供与を中国に求めているならば、中国側にロシアに来させたのは賢明でなかった。もっとも中露間でどのようなやり取りがあったか我々には分からない。ロシア側から「中国へ行く、受け入れてほしい」と要請したが、中国はことわり、「こちらか行く」として相次ぐ訪ロになったのかもしれない。中国としてはロシアが100%満足する回答を与えることはできないからである。

 なお、米国は中国製の武器・弾薬が一部すでにロシアにわたっており、今後もさらに供与される可能性があると認識していることが最近の情報漏洩の中で伝えられている。だが、我々が承知している限り、米国の見解も明確でないところがあり、中国は大規模な武器・弾薬の供与を決断するに至っていないと考えているのではないか。

 以上の解釈には推測が混じるが、今後もこれまでの経緯を踏まえつつ中ロ関係、とくに武器・弾薬の供与問題を見ていく必要がある。
2023.04.18

バチカンを締め上げる(?)中国

 中国のバチカンに対する強硬姿勢が目立っている。最近、バチカンの同意を得ないで上海の教区に新しい司教を任命した。

 バチカンは司教任命権を巡って1951年に中国と断交し、欧州で唯一、台湾と外交関係を持つ。バチカンは、カトリックの司教は教皇が任命するとの立場であるが、中国はこれを嫌い、独自に司教を任命し、バチカンが任命した司教を認めなかったので、バチカンと対立してきた。そのため中国内のカトリック教徒はバチカンの下にある派と、中国政府に忠誠を誓う派に分裂していた。

 2018年、暫定合意が成立した背景には中国側にも、またバチカンの側にも事情があった。中国の習近平政権は2期目になるのに際して、宗教面での統制を以前にもまして強化し、2017年9月には、旧「宗教事務条例」を修正して新条例を制定した。これは、中国の宗教政策の基本である「国家による正常な宗教活動の保護」および「宗教团体は外国勢力の支配を受けてはならない」は旧条例のままであるが、実際の監督を強化したものであった。妥協が成立するとうわさが出たのは、2018年の2月1日に新条例が施行されたからだとも言われていた。
 
 中国政府はその後態度を硬化させた。同年4月3日に発表された「中国の宗教政策に関する白書」の中では「宗教の中国化を堅持する」と異例の、反宗教的ともとれる言及をした。
また、「外国勢力が宗教を利用して中国に浸透するのを防御する」「カトリックとプロテスタントに基づき、植民地主義、帝国主義によって中国人民が長きにわたって統制・利用されてきた」「中国の宗教に関与し、はなはだしきは中国の政権と社会主義制度の転覆をはかるのに中国政府は決然と反対し法に基づき処理する」など、かねてからの主張ではあるが、共産主義歴史観をあらためて記載した。
 
 一方、バチカン側では、妥協に賛成する人たちもいたが、あくまで反対の人もおり、意見統一は容易でなかった。反対派の主張は、中国政府に限らず、昔から各国の政府が司教の任命権を教皇から奪おうとするのにバチカンは戦い、多くの人が犠牲になってきた、そのカトリックの伝統と原則に反しているということであった。

 しかし、2013年に就任した教皇フランシスコは中国との関係改善に意欲を示し、バチカンと中国政府は定期的に非公式交渉を行ってきた。その背景には、中国内に約1000万人のカトリック信者いる(推定)という事実があった。教皇の積極姿勢を支持する人たちは、これだけの数のカトリック信者にいつまでも背を向け続けるべきでない、中国政府と何の合意もないよりは一定の関係を作ったほうが彼らを保護することになるという考えだったと言う。

 2018年、結ばれた暫定合意の内容は発表されていないが、バチカンは「中国政府の同意を条件として司教を任命する」ことにする一方、「中国政府が任命した司教をバチカンは認める」ことになったとも言われていた。暫定合意は20年10月に2年間延長され、さらに22年10月、再度延長された。

 ところが、中国政府はバチカンに対して強い姿勢を取り始めた。このことと中国共産党全国代表大会において習近平氏が総書記に留任することが決定したことと関係があるか。わたくしはあると考えている。

 11月、中国政府は江西省の補佐司教を任命した。バチカン側は合意に違反するとして「遺憾の意」を表明した。そして4月の一方的な上海司教の任命である。バチカンは、江蘇省海門の司教を上海教区に配置替えしたとの中国の決定を「数日前に」通知され、4日の中国メディアの報道で正式な就任を知ったという。バチカンの報道官は「現時点で何も言うことはない」とコメントした(共同2023年4月5日)。

 司教の任命と並行して、教会が相次いで取り壊された。煙を上げ、崩れ落ちる様子がネット上で閲覧できる。場所は浙江省、江西省、湖南省などであり、市の政府は信者らと一切交渉することなく、住宅の建設のためとして一方的に解体した。聖書が焼却されることもあったといわれている。

 なぜ中国政府はこのように強硬な態度を取り始めたのか。中国では近年キリスト教徒が増加しており、中国共産党の幹部クラス党員やその家族の間にもキリスト教入信が急増しているともいわれている。ブリタニカ国際年鑑の最新データによると中国のキリスト教徒は人口の7-7.5%で9100-9750万人程度とされている。もっと多いとする見方もある。ただし、この数字はキリスト教徒全体の数字である。カトリック教徒については約1千万人という数字を5年前に引用したが、それが増加しているか不明である。

 もう一つの疑問は、台湾との外交関係を断とうとしないバチカンに圧力を加えようとしているのではないかということである。台湾について習近平政権は党大会で「武力行使をしないとの約束はしない」と強硬策をちらつかせながら、来年の台湾における総統選挙で国民党に勝たせることを目標に、統一戦線工作を強化している。外交面では去る3月、中米のホンジュラスと国交を樹立するなど攻勢を強めており、その結果台湾と外交関係を維持する国は13か国となり、バチカンはそのなかでもっとも影響力が強い。習近平政権にとって台湾の統一は最大の念願であり、バチカンはその妨げになっているとみている可能性がある。

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