平和外交研究所

ブログ

ブログ記事一覧

2015.03.20

台湾に第3の政治勢力が生まれつつあるか?

 3月16日から19日まで台北に滞在した。前回訪問した1年半前と比べ台湾は大きく変化していた。以下は台湾の変化を大づかみに描写した試論である。

 第1の出来事は2014年3月18日に起こった学生運動である。そのきっかけとなったのは立法院(台湾の議会)での中国とのサービス貿易協定の審議であり、約300人の学生が議場になだれ込んで抗議し、議場の外では学生の行動を支持する人が万の単位で集まった。さらに学生は警察の防衛線を破って行政院にも突入した。この中で学生はひまわりをシンボルに使ったので「太陽花(ひまわり)運動」とも、また、日付を取って単に三一八とも呼ばれている。
 学生の実力行動は約20日間続いた。台湾でこのように大規模な、しかも強硬手段を使った運動が起きたのは初めてであった。主な原因は、就職難で学生たちの不満が高じていたのに、馬英九政府は中国との関係を重視して中国とのサービス貿易協定を結ぼうとしたからであった。馬英九総統の支持率はそれ以前から下降傾向にあったが、この事件の結果、10%前後まで低下した。
 この事件は馬英九総統を支持する中国政府にとっても衝撃的であり、4月16日、このような運動は両岸関係の平和的発展を阻害すると学生たちを批判した。しかし、この「ひまわり運動」の約半年後に、香港で「雨傘革命」と呼ばれる反政府学生運動が起きた。中国政府は学生の不満から生じたこれら反政府運動が中国国内へ影響することを強く警戒し、神経をとがらせたと思われる。

 台湾ではひまわり運動から8か月後の11月29日に統一地方選挙が行われた。「直轄市長」、「県市長」以下「先住民区民代表」まで9つのカテゴリーの選挙が一斉に行われたので、「九合一」と呼ばれている。政治的にもっとも重要なのは6つの直轄市の選挙であり、台北市長は無所属の柯文哲、台北市の隣の新北市は国民党の朱立倫が当選したが、その他4つはすべて民進党候補が当選した。さらに直轄市以外のカテゴリーでも民進党候補は国民党候補を次々に破った。
 台北市長選に民進党は候補を出さなかった。最初の段階では候補を出そうとしていたが、柯文哲に勝てそうもないので早々と自党候補は引っ込め、柯文哲支持に回っていたのである。また、新北市は台北市と並んで従来から国民党が強いところであるが、民進党候補はもう少しで当選するところまで国民党候補を追い上げた。「九合一」は民進党の大勝利であったと言われている。
 台北市長になった柯文哲は救急医療・臓器移植の権威である台湾大学教授であり、政治の世界では無名の人物であった。ところが選挙戦が進むにつれ、本命候補と目されていた国民党の連勝文より人気が集まっていることが世論調査で判明した。連勝文は国民党名誉主席・連戦の息子で金も地位も知名度もあったが、評判は上がらなかった。あわてた国民党は、柯文哲の家庭は「青山」という日本名を持っていたことなどを口実に個人攻撃したのでますます票を失ったそうである。
 ともかく、柯文哲の圧勝は大多数の人の予想をはるかに超えるものであり、同人について、顔つきはごく普通、髪型はバサバサ、コミュニケーションがよくできないなどいろいろと言われた。映画俳優然とした馬英九とは正反対のキャラであるが、それが受けたとも言われている。なお、柯文哲の立候補には夫人の陳佩琪の働きも大きかった。彼女も台北市ではよく知られ、尊敬されている小児科の専門医である。
 柯文哲市長の個性を示すエピソードがいくつかある。一つは歯に衣着せず発言することで、ある時外国からの訪問客が贈り物をしたところ、「こんな安物はいらない」と言ってすぐ処分したそうだ。新市政府で柯文哲は、「能力があるものを登用するのは当然、なければやめてもらう」と公言し、いわゆる外省人も要職に登用している。台湾では外省人と本省人、すなわち台湾人との区別は今でも大きな意味があるが、そのようなことには重きを置かないようである。
 それでも台湾人にとって柯文哲は愛すべき市長である。さる2月28日、いわゆる二二八事件(国民党軍が台湾に来て多数の台湾人を虐殺した)記念式典での演説は、涙で何回も中断された。講演が終わって臨席の馬英九総統が握手を求めたが、応じなかった。彼は柯P(カーピーと発音する)と親しみと尊敬をこめて呼ばれている。PはPhD、つまり博士であり、さしずめ「柯博士さん」といったところか。
 就任してまだ3か月そこそこであり、行政能力を判断するには早すぎるかもしれないが、同人の特色ある仕事ぶりは目立っている。能力優先であることは前述した。さらに、服務規律に厳しく、公務につく者は任命から1か月以内に財産を公表すること、勤務場所以外への移動と接待については1週間以内に申告すること、講演なども報告することなど細かく指示しており、柯文哲市長は透明性を重視すると評判になっている。申し分のない滑り出しである。

 柯文哲市長について長々と書いたのは、台湾では、国民党対民進党というこれまでの図式だけでは政治状況を語れなくなっているからである。
 民進党は「九合一」選挙で大勝したが、投票率では国民党をわずかに上回った程度であった。ひまわり運動が起こったのは、厳しい経済状況の中にありながら、馬英九政府が台湾人の気持ちを無視して中国との関係を進めようとしたからであり、必ずしも民進党に支持が移ったのではなかった。将来、様々な事情で風向きが変われば、国民党が議席を奪い返すことは十分ありうる。台湾は日本と同様小選挙区制であり、風向きが変わると全体の支持率以上に議席が動く。
 民進党には功罪両面がある。陳水扁総統の下での8年間、行政能力に欠ける(経験がないためであったが)ことが明らかになり、また、中国による民進党敵視政策も手伝って同党の評価は急落し、皮肉にも国民党復権のおぜん立てをする結果になった。
 しかし、民進党は総崩れになったのではなかった。党首蔡英文は、2012年の選挙で馬英九に敗れたが、その後も党内の支持を失わず、同党首の下で党勢の回復はかなり進み、今回の「九合一」選挙では民進党が国民党に勝利した。とくに台湾南部では民進党の勢力は強く、高雄市の陳菊市長などはライバルを寄せ付けない女傑である。
 2016年1月16日実施と決定された次期総統選挙では、馬英九の後をついで国民党の新党首となった朱立倫が立候補を決断すればチャンスがあるという見方もあるが、大多数の見方は蔡英文の勝利である。
他方、民進党はいくつかの弱点を抱えている。政党としての組織力ではまだ国民党に遠く及ばない。民進党内部は蔡英文党首を中心に結束しているとは言い難い状況もある。
 また、蔡英文は前回の総統選挙で、中国との関係についての立場が明確でない、台湾独立を目指すかもしれないというイメージを持たれ、米国からも警戒されて敗北した。現在、蔡英文は中国との関係について「現状維持」をしきりに強調している。これであれば、台湾の国民は、非民進党系をふくめて安心できる。
しかし、中国との関係は複雑であり、蔡英文が総統になれば中国は馬英九時代にはなかった態度を取る可能性があり、そうなると「現状維持」を標榜しているだけではすまなくなるとの指摘もある。また、中国が意図的に蔡英文の障害とならなくても、中国との経済関係が悪くなると国民の支持は民進党から離れていく。

 一方、国民党は今回の敗北で明らかになった党勢頽廃から立ち直れるか。同党の強みである組織力は依然として健在であり、選挙での大敗の原因、国民の支持を失った原因の究明と党勢の立て直しに懸命である。一つの大きな問題は馬英九の失政の評価であり、馬英九と国民党は等号ではない。朱立倫党首が馬英九色を脱し、かつ、台湾人の民意を吸い上げることができれば、国民党が復権する可能性はある。
 しかし、国民党にとってさらに大きな問題がある。歴史的に見ていく必要があるが、国民党は元来大陸を武力ででも回復するということを国家目標としており、それは国民が何と言おうと変わらない国家綱領であった。戒厳令が解除されたのは1987年である。しかし、このような国家目標は国民党の主体的判断だけでなく米国との関係でも放棄せざるを得なかった。米国が中国と国交を樹立した際、中国による台湾の武力統一を許さないという約束を米国から取り付けたが、台湾が武力で大陸を回復する可能性もなくなったのである。
しかしそうなると国民党にとっても台湾人の民意を吸収して政治に反映できるかということが従来に増して大きな問題となった。つまり、国家目標が武力による大陸制圧から、他国と同様国民の福祉実現に変わったのである。しかし、民進党政権下で国家目標がさらに変化し、台湾独立に近くなったのではないかという疑念が持たれ、事態は複雑化して同政権は退場した。
 そこで出てきた国民党の馬英九は、台湾の揺れを独立寄りから戻して中国との関係重視に向かい、それに伴い国民の願望を軽視しているという反発を受けた。
では朱立倫は何を目標として党勢を立て直せるか。かりに台湾の現状維持を中間、台湾の独立を左、中国との統一は右とすれば、国民党の目指す方向は現状維持でなく、右半分の中にある、右の中のどのくらいのところかは別として、右にあることは間違いない。それで台湾人の心を取り戻せるかということである。世論調査によれば、「中国人でなく、台湾人だ」という意識を持つ国民が増え、7割に達している。大多数の国民は中国との関係を進めたくないのであり、彼らの心は左半分にある。
 つまり、国民党としては、「現状維持」は言えないが、国民の民意は重視せざるをえないという大変なジレンマを抱えているのであり、それは国民党にとってボディーブローとなって利いてくるのではないかと思われてならない。

 過去1年に起こった変化は、民進党と国民党にはそれぞれ強いところも弱いところもあること、また、台湾の国民は民進党と国民党の間を行ったり来たりするだけではないということをさらけ出す結果になった。平たく言えば、どちらの党にも満足できない人たちが増えているのである。
 柯文哲が無所属で選挙を戦い、勝利したことはそのような新しい情勢を象徴的に表している。民進党は柯文哲を支持し、国民党は敗れたが、柯文哲は民進党でなく、同党寄りと見ることさえ適当でない。同人は二二八記念には人前で涙を流す台湾人であり、また「九合一」選挙において民進党の協力を得たのでそれなりに借りを作っているだろうが、基本的には、党派より能力を優先させる人物である。台湾人か外省人かを問わず仕事ができる者は使うというドライな姿勢に彼の特性が表れている。
 台湾にはすでに国民党と民進党以外の小政党ができているが、それらは問題でなく、注目されているのは党派の別を超える勢いを示している柯文哲であり、国民は同人を「第三の勢力」として見始めている。台湾のテレビでは「第三の勢力」と「素人政治」という言葉が連日飛び交っている。
 もっとも、「第三の勢力」が民進党や国民党に比較できるくらい組織的にまとまっているのでないことは明らかである。この言葉は国民党や民進党のように既存の政党には満足できない勢力があることの象徴として使われているにすぎないかもしれない。それ以上になりうるか。もう少し時間をかけて見ていく必要がある。
 当面の問題は2016年1月の総統選挙である。第三の候補は出るかもしれないが、実質的には民進党と国民党の戦いになる。今後の台湾にとって重要なことは経済問題であり、また中国との関係である。いずれについても不確定要因があり、見通しは不透明である。そのような状況の中で、一介の市長であるが、国民的人気があり、党派を超える勢いのある柯文哲の動静は台湾の国政にも影響するのではないかと注目されている。

2015.03.17

プーチン大統領の核使用発言

 プーチン大統領が、クリミアの併合に至る過程で核兵器をいつでも使用できる状態にしておく用意があったとロシアの国営テレビで語ったことが世界中に流れ、ひんしゅくを買っている。18日でクリミア併合からちょうど1年になるのに際して行われたインタビューである。「いつでも使用できる状態(alert)」とはボタンを押せば核ミサイルを発射できる状態であり、プーチン発言は「その状態にした」という完了形でなく、そうする用意があったということなので、実際にはしていなかったと解される。
 ちなみに、alertの状態は一つ間違えば核戦争が始まるのできわめて危険であり、今はどの核兵器国もそういう状態は極力少なくしている。ただし、核攻撃を受けると間髪を入れず反撃しなければならず、そのためにはalertの状態にしている核ミサイルもあるわけである。
 プーチン大統領の発言の真意は、alert状態にある核ミサイルを「増やす」用意があったということか、必ずしも明確でないが、その言葉の意味を詰めようとしてもあまり実益はないだろう。要するにプーチン大統領は核兵器を使う用意があったと言って怖い顔をしたかったものと思われる。プーチン大統領のインタビューでの発言はテレビの記者に聞かれたのに対する応答でなく、事前に用意されていた。同大統領は世界に対してそのように恐ろしいことを自分から言いたかったらしい。
 このようなプーチン大統領の発言は、冷戦時代に一歩も二歩も後戻りするものだと見られても仕方のないものであり、ウクライナ問題は今後ますます解決が困難になるという印象が強い。また、今年の春にはNPT(核兵器不拡散条約)が5年に1回の再検討会議を開くところ、プーチン発言はこの重要会議にも水をかけた。
 ただし、プーチン発言の背後の、あるいは裏の事情も見ておく必要がある。プーチン大統領は、ウクライナ問題で国際社会から孤立するのではないかということをおそれるロシアの青年たちに、ロシアは核兵器を含めしっかりと軍備しているので心配ないという趣旨のことを言ったこともある。
 さらにさかのぼれば、ロシアの軍事戦略においては、核兵器を通常戦争にも使用すべきであると語られる傾向が以前からあった。クリミアで核を使う用意があったという発言はまさにそのような軍事戦略に従っているのである。今回のテレビでの発言の重大性を薄めるつもりはないが、ロシアの軍事戦略にそのような傾向があったことを背景に見ていく必要がある。
 現在、ロシアは強いフラストレーションを感じている。「ウクライナ問題では西側はこれを機会にウクライナをロシア寄りから西欧寄りにしようとしており、NATOの影響力は増大する。石油価格が下落してロシアの経済状況は悪化している。米欧はロシアに対する制裁措置を維持しつつ何か起こると制裁強化を叫ぶ」などである。これらのことはロシアにも責任があるが、ロシアから見れば米欧は勝手だと映るのであろう。そのような状況の中で、危険な軍事戦略がより前面に出てくる傾向にあるようだ。

2015.03.15

安全保障関連法案‐国連決議を条件にするべきだ

 安全保障関連法案に関し政府および与党による協議・検討が続けられている。いわゆる多国籍軍の活動に何らかの形で自衛隊が参加、あるいは協力するのに国連決議があることを条件とするか否かが問題になっており、「決議」がなくても国連が「ブレッシング」を与えている場合は認めようという考えがあるようだが、国民として憂慮せざるをえない。

 国連安保理では国際的な紛争が審議されても決議は成立しないことがある。もっともよく起こる不成立のケースは、中国とロシア(いずれか一方でも成立を阻止することは可能だが、両国共同の場合が多い)が反対する場合であり、そのためにこれまで数多くの決議案が葬られてしまった。
 もっとも、中国やロシアとしても、解決の手段について、とくに軍事介入の必要性について意見が異なるのであって、問題を解決しなければならないことは認めることが多く、このような状況では「国連のブレッシング」があるとみなすことが可能かもしれない。そうすると決議に反対する国があっても自衛隊を派遣することが可能となるが、日本は、多国籍軍と国連決議の実態について明確な認識に立った上で対応を決める必要がある。
 そもそも、多国籍軍は、国連が設立された当時期待されていた、強制力を伴う集団安全保障が機能しえない現状において、やむをえず使われている代替手段であり、国連憲章には規定がなく、その性格は本来的に不明確である。
 安保理において多国籍軍に対してどのような期待を表明し、また、行動を要請するかについてはさまざまな例あり、審議の結果決議が成立すれば国連としての意思は明確になるが、それが成立しない場合には、「国連としてブレッシングがあった」と言えそうな場合もあれば、そうでない場合もあるなどまちまちである。
 決議が採択されるか否かについて、中国とロシアが反対する例に言及したが、反対するのは中国とロシアに限られず、西側の諸国の中にも反対に回る国が出ることがある。イラク戦争の場合、ドイツとフランスは行動を起こすことに反対した。
さらに、決議が採択されたか、されていないかについても意見が割れることがある。これもイラク戦争の時に起こった。
 決議が成立しない場合に、構わず行動を取る国と、慎重な国がある。米英などは、決議がなくても、あるいは決議の有無について見解の相違があっても行動を起こすことがありうる。
このように多国籍軍の場合は、その不明確性のためにさまざまな解釈が生じる可能性があるので、国連としての意思を明確に示す「決議」が採択されていることの意味は大きい。それが成立しない場合は何らかの意見の相違があるのである。
 日本の場合は、一方の意見に賛成するのはもちろん構わないが、国連の意思が統一されていない状況で多国籍軍に参加して自衛隊を派遣すると、憲法が厳禁している国際紛争に日本が巻きこまれることとなる危険がある。「国連のブレッシング」だけを条件にすることの問題はこの点にある。
 さらに多国籍軍は、行動を開始した時点では正当な理由があったとしても、後に問題が起きる可能性は排除できない。多国籍軍は平和維持活動と異なり、国連事務総長の指揮下になく、多国籍軍に参加しているいずれかの国の司令官が指揮を執る。後日問題が発生すれば、安保理があらためて審議し、対応を検討するが、結論が出るまでは時間がかかる。

 日本が「国連決議のない多国籍軍には協力しない」という方針で臨むと、米国などから百点満点はもらえないだろう。しかし、米国と日本が違っていても何ら恥じることはない。米国には、「国際紛争に巻き込まれてはならない」という禁止はないどころか、米国は国際の平和維持のために場合によっては紛争に巻き込まれることも必要と考えることができる国である。しかし、日本は違う。日本は戦争で苦痛に満ちた体験をして、「国際紛争を起こしたり、巻き込まれたりしない」という禁止を自らに課したのではないか。その禁止は憲法を順守する観点からのみならず、日本の国際社会での生きざまとしても大事にすべきである。日本はやはり「国連決議」を行動の条件とすべきである。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.