平和外交研究所

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2016.03.31

(短評)北朝鮮で第4回目の「苦難の行軍」?

 北朝鮮で、また「苦難の行軍」という言葉が聞かれるようになった。北朝鮮労働党の機関紙『労働新聞』3月28日付の社説が「革命の道は遠く険しい。草の根を食(は)まねばならない苦難の行軍を再び行うこともありうる」と言ったのだ。そして、北朝鮮政府は平壌市民から毎月1キロずつ食料を徴収する「食料節約運動」を始めたという。
 「苦難の行軍」は過去3回あった。第1回目は1938年から39年にかけパルチザンとして日本軍と戦った抗争、いわゆる抗日遊撃戦のことであり、第2回目は、ソ連でスターリンの死後路線変更が起こった影響を受けて北朝鮮でも56年から57年にかけ内部闘争が発生し、スターリンに近かったソ連派、個人崇拝を批判する延安派および金日成らの満州派がみつどもえになって戦い、金日成が勝利を収めたときのことである。
 第3回目は、冷戦の終了からまだ日も浅い94年に金日成が急死し、翌年大洪水が発生し未曾有の経済困難に陥ったときのことだ。最も困難な時期は約3年続き、97年末には「峠を越した」という表現が現れるようになったが、「苦難の行軍」が終了したと宣言されたのは、2000年の秋であった。つまり、約5年にわたる「苦難の行軍」だった。

 北朝鮮が「苦難の行軍」をまた言い始めたのは、国連で決定された制裁措置に備えるためだろう。今回の強化された制裁措置は重くのしかかってくると北朝鮮自身も思っていることがうかがわれる。
 しかし、それに対応するために核やミサイルの開発を止めることはしないというのが北朝鮮を見る大方の見方であり、韓国最大の『朝鮮日報』3月30日付は、「たとえ多くの住民を苦難の行軍当時と同じく餓死させるようなことがあったとしても、核兵器開発だけは絶対に放棄しないことをあらかじめ宣言したようなものだ。」と指摘している。この見方は正しいと思う。
 朝鮮日報はさらに今後のことを詳しく分析して、「ただ現時点ではまだ市場なども開かれており、食料や日用品は流通しているようだが、今後5月以降になると制裁に伴う経済難が本格化する可能性が高い。さらに春窮期(前年秋に収穫された食料が尽きる晩春の時期)の食糧不足に加え、食料の買い占めや物価の高騰といった社会を混乱させる要因が立て続けに発生することも考えられる」と言っている。
 しかし、北朝鮮の経済事情は、20年前の1990年代中葉に起こった「苦難の行軍」当時とは比較にならないくらい改善しており、そう簡単に社会の混乱が発生するとは思えない。今回の食料節約措置は混乱を未然に防止するためであろう。

 現在、南北ともに軍事訓練に躍起になっている。もとはと言えば、北朝鮮による核実験が原因であり、北朝鮮に責任があるのは明らかだが、今後はどうするのがよいか。
 まず、南北双方が軍事的な突っ張りあいを早期に収め、話し合いによる緊張緩和に努めるべきである。
 北朝鮮は民生を犠牲にして軍事行動にリソースを投入すべきでない。国民が弱まれば、とりもなおさず国力が落ちる。
 韓国側でも軍事力を誇示することが賢明か、振り返ってみるべきである。そもそも軍事力を誇示することは国連決議で想定されていないのではないか。

2016.03.14

北朝鮮制裁決議の成立

 北朝鮮に対する厳しい制裁決議が成立した。それを実行することが大事だと指摘されている。その通りだが、実行すれば何が達成できるかは、実は問題なのだ。
 実行すれば、北朝鮮は核兵器とミサイルを放棄するのか。それとも実験を止めるのか。
 国連安保理の決議にはこれらすべてが記載されているが、実現するかどうかは別問題である。
 制裁決議だけでは足りず、北朝鮮との平和条約交渉が必要ではないか。
 この問題に関して日本が果たすべき役割がある。

 3月13日、東洋経済オンラインに「北朝鮮制裁、米中の主張がかみ合わない理由
平和協定交渉は、必要なのか不要なのか」を寄稿した。
2016.03.08

女性差別・慰安婦問題について日本は国際的な感覚を見誤ってはならない

 日本における女性差別について審査してきた国連女子差別撤廃委員会は7日、「女性活躍推進法」など、前回2009年の勧告以降の取り組みを評価する一方、夫婦同姓、再婚禁止期間、雇用差別、セクハラなどについてはまだ問題があることを指摘し、日本にさらなる改善を求める報告書(同委員会での審議を総括した「最終見解」)を発表した。
 慰安婦問題については、「未解決の多くの課題が残され、遺憾である」とした。先般の日韓合意については、「犠牲者(元慰安婦)中心の立場に立ったものでない」と批判して元慰安婦の側に立った履行を求め、国の指導者や官僚が、元慰安婦を再び傷つけるような発言を慎むよう促し、元慰安婦の女性たちに「補償、賠償、公式謝罪、名誉回復のための措置などを含む十分かつ有効な救済を実施」するよう勧告した。教科書についても、適切に記述して学生や社会に周知させるよう求めた。

 岸田外相は8日午前の閣議後の記者会見で、この報告書について、「日本政府の説明内容を十分踏まえておらず、遺憾だ」と述べたと報道された。
 もしこれが、2月16日の同委員会審議で、外務省の杉山外務審議官が慰安婦問題に関して軍や官憲によるいわゆる「強制連行」は確認できなかったなどと反論したことを指しているならば、岸田首相の発言こそ問題だ。

 日本政府がこの委員会で説明した翌日、当研究所のHPに掲載した懸念は、今もそのまま当てはまる。 

「2月16日、ジュネーブの女子差別撤廃委員会で日本政府の代表は、慰安婦問題に関し、いわゆる朝日新聞による「吉田清治証言」や「慰安婦20万人」の報道はいずれも誤りであったことを朝日新聞自身が認めたことを説明したと報道されている。
 この説明自体は正しいが、懸念がある。
 1つは、日本政府の代表は「吉田証言は国際社会に大きな影響を与えた」と述べたそうだが、何を根拠にそのようなことを言えるのか。慰安婦問題について国連の要請を受け人権委員会(現在の人権理事会)の特別報告者となっていたクマラスワミ氏は、「個別の点で不正確なところがあっても、全体の趣旨は変わらない。吉田証言があったから報告を作成したのではない」と言っていた。
 当時、日本政府で慰安婦問題にかかわっていた者は、確かめたわけではないが、誰も吉田証言を重視していなかったと思う。
 第2に、朝日新聞の誤報を説明するのは結構だが、全体の説明とのバランスが問題だ。もし、クマラスワミ報告の誤りをついてその信憑性に疑問を呈しようとしたのであれば、そのような方法は誤りだ。国連の人権関係委員会であれ女子差別撤廃委員会であれ、裁判の場ではない。重要なことは日本が慰安婦問題にどのように取り組んでいるかを客観的に説明し理解してもらうことだ。
 ただし、日本政府代表による説明の全体が報道されているわけではないので、全体のバランスは分からない。
 第3に、もし、日本政府が今後も朝日新聞の誤りを国際的な場で説明し続けるならば、各国は、日本が慰安婦問題に真摯に向き合っていないと誤解する恐れがある。今回、求められて説明したことに目くじら立てる必要はないが、慰安婦問題について国連の場で説明を求められることは今後何回もあるだろう。日本政府が重箱の隅をつつくような議論を繰り返すこと国益を損なう恐れがあり、重大な懸念がある。
 第4に、先般の韓国政府との「今後、国連等国際社会において、本問題について互いに非難・批判することは控える」との合意とも関連がありうる。日本政府が正しいと思っていることを説明しても、韓国政府は違った認識を持っていることがありうる。今回の女子差別撤廃委員会での日本政府代表の説明はこの点で問題とならないか。また、逆に、韓国政府が、将来日本政府と考えの違うことを発言した場合、日本政府はどう対応するのか。日本政府は一貫した姿勢で臨めるか。」

 国連で慰安婦問題が取り上げられる機会は人権理事会の構造上、1年に何回かありうる。日本政府は杉山審議官の説明を今後も繰り返すのだろうか。岸田外相の発言を聞くと、そうする考えのようにも思われる。
 しかし、それは日本の立場をさらに悪化させる危険があることに早く気付くべきだ。日本側が力を入れていることは、「強制連行」など一部の記述に誤りがあるという指摘だが、「強制連行はなかった」ことを知れば、日本政府に対する批判はなくなると思うのはあまりにも幼稚な考えだ。それどころではない。そのような議論は国連と各国が嫌うことである。なぜなら彼らは、一部の記述には誤りはありうるという前提で、日本政府の慰安婦問題に取り組む姿勢を問題にしているからだ。
 日本政府が直視しなければならないのは、世界は女性の権利を擁護したいと望んでいることとそれを実現するための運動が展開されていることであり、国連女子差別撤廃委員会はそのためのメカニズムである。日本の一部の人が主張している「強制連行はなかった」ということが事実であってもこの運動の正統性は変わらないというのが彼らの考えだ。
 慰安婦問題について日本はなんら批判されるいわれはないというなら別だが、一部の事実関係にこだわるのは国益を害する。世界の常識を見誤ってはならない。 
 

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