2017 - 平和外交研究所 - Page 25
2017.05.29
トランプ大統領はさまざまに言われているが、国際協調に全く後ろ向きだったのではない。貿易に関してトランプ氏はかねてから中国、ドイツ、日本などとの不均衡を問題視するあまり保護主義的措置をいとわない姿勢を示してきたが、今回の首脳会議では、「我々(G7の首脳)は,不公正な貿易慣行に断固たる立場を取りつつ,我々の開かれた市場を維持するとともに,保護主義と闘うという我々のコミットメントを再確認する」と、G7として保護主義に反対することに合意した(共同声明パラ19)。
去る3月、ドイツで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議で、米国は、例年言及されてきた「保護主義への対抗」を共同声明に盛り込むことに反対したのと対照的であった。
もっとも、トランプ大統領は、今回のG7会議に先立つEUとの会議では、ドイツが黒字をため込んでいることを一方的に批判したといわれている。
一方、移民・難民問題と気候変動問題についてはトランプ氏の主張が色濃く出た。
移民・難民問題については、各国・国際レベルの調整努力と緊急・長期の双方のアプローチが必要であること、難民を可能な限り母国の近くで支援する必要があることをうたった点では米欧の立場は一致していた。
しかし、さらに、国境を管理し政策を策定するのは主権国家としての権利であることを謳った。必要に応じて入国を制限するというトランプ氏の持論が強く出たのであり、昨年の首脳会議が、「難民の根本原因に対処することが最優先事項である」と謳ったのとはあきらかに違ったトーンとなった。
気候変動問題については、米国以外の首脳は,昨年の伊勢志摩サミットにおいて表明されたとおり,パリ協定を迅速に実施するとのコミットメントを再確認したが、トランプ大統領は政策見直しの途中であるためコンセンサスに参加できないとことわった。異例の共同声明となったのはもちろんだ。
他の首脳はこの米国の説明を理解すると表明したのでG7の立場は損なわれない形で収められたが、トランプ氏がパリ協定に反対していることは周知であり、今次首脳会議に米国からかかってきた暗雲は晴れなかったわけである。
テロ対策、北朝鮮、東シナ海・南シナ海の諸問題についてはトランプ大統領を含め各国の首脳に立場の相違はなかった。
東シナ海・南シナ海の問題については、国際法にしたがい、仲裁を含む外交的及び法的手段を通じて紛争を平和的に解決すること、あらゆる一方的な行動に反対すること、全ての当事者に対し軍事化を控えるよう要求することなどを謳った。
これらはG7としては当然の立場であるが、中国外務省の陸慷報道局長は28日、「国際法を口実に東・南シナ海問題であら探しをしている」と批判、「強烈な不満」を表明する談話を発表した。
ロシアの扱いも、トランプ大統領が親ロシアであるため影響を受けるか注目された。
ウクライナ問題については、ミンスク合意の完全な実施、紛争についてのロシアの責任、平和及び安定の回復のためロシアが果たすべき役割、クリミア半島の違法な併合をG7として非難し、承認しないことの再確認,また、ウクライナの独立,領土の一体性及び主権を完全に支持すること、ロシアに対する制裁はロシアがミンスク合意を完全に履行するまで継続すること、さらに、ロシアの行動次第では、必要に応じて更なる制限的措置をとることなどキーポイントは、ロシアにとって厳しいことだが、すべて盛り込んだ内容の共同声明となった。トランプ大統領の親ロシアの立場は共同声明に反映されなかったのである。
一方、シリア内戦の関係では、シリア政権に対し影響力を持つロシア及びイランなどは,悲劇を食い止めるためにその影響力を最大限行使しなければならないと呼び掛け、その上で、ロシアが自らの影響力を前向きに行使する用意があるのであれば,G7としては,紛争解決につきロシアと共に取り組む用意があると述べた。
シリア問題に関してはロシアの立場に一定の配慮をしたが、表現はロシア寄りでなく、むしろオバマ時代の欧米の立場に近かった。
今回の会議と並行して、トランプ氏の娘婿であるクシュナー補佐官がロシアとの関連でFBIの調査を受けていることが報道された。このことが今次会議に影響したか、我々には知る由もないが、トランプ氏がそのことを深刻に考慮していた可能性は排除できない。今次会議でトランプ氏がロシアとの関係で強く主張しなかったのはそのような事情があったからではないか。
G7と中国との関係は時折議論されることがあるが、今のところG7としては中国を迎え入れようとしていないし、また、中国も関心を示していない。むしろ不愉快に思うことが多いのだろう。前述した東シナ機・南シナ海に関する中国の反発はその一例だ。
しかし、中国はさきの「一帯一路」会議にも見られるように、世界第2の経済力を背景に、ますます中国流の方法で各国との関係を広げ、かつ、深めようとしている。そこに勢いがあるのは明らかである。G7としてはそのような中国をどのように見るべきか、また、中国との関係どのように発展させていくべきか。G7にとって北朝鮮などよりはるかに重要な問題だと思われる。
G7首脳会議-トランプ大統領の初舞台
今年の主要国(G7)首脳会議はイタリア・シチリアのタオルミーナで開催された。G7とは何か。分かりにくいと思っている人が少なくないだろうし、その意義となるとさらにはっきりしないが、今年のG7の最大の特徴はトランプ米国大統領が出席したことであった。トランプ大統領はさまざまに言われているが、国際協調に全く後ろ向きだったのではない。貿易に関してトランプ氏はかねてから中国、ドイツ、日本などとの不均衡を問題視するあまり保護主義的措置をいとわない姿勢を示してきたが、今回の首脳会議では、「我々(G7の首脳)は,不公正な貿易慣行に断固たる立場を取りつつ,我々の開かれた市場を維持するとともに,保護主義と闘うという我々のコミットメントを再確認する」と、G7として保護主義に反対することに合意した(共同声明パラ19)。
去る3月、ドイツで開催されたG20財務相・中央銀行総裁会議で、米国は、例年言及されてきた「保護主義への対抗」を共同声明に盛り込むことに反対したのと対照的であった。
もっとも、トランプ大統領は、今回のG7会議に先立つEUとの会議では、ドイツが黒字をため込んでいることを一方的に批判したといわれている。
一方、移民・難民問題と気候変動問題についてはトランプ氏の主張が色濃く出た。
移民・難民問題については、各国・国際レベルの調整努力と緊急・長期の双方のアプローチが必要であること、難民を可能な限り母国の近くで支援する必要があることをうたった点では米欧の立場は一致していた。
しかし、さらに、国境を管理し政策を策定するのは主権国家としての権利であることを謳った。必要に応じて入国を制限するというトランプ氏の持論が強く出たのであり、昨年の首脳会議が、「難民の根本原因に対処することが最優先事項である」と謳ったのとはあきらかに違ったトーンとなった。
気候変動問題については、米国以外の首脳は,昨年の伊勢志摩サミットにおいて表明されたとおり,パリ協定を迅速に実施するとのコミットメントを再確認したが、トランプ大統領は政策見直しの途中であるためコンセンサスに参加できないとことわった。異例の共同声明となったのはもちろんだ。
他の首脳はこの米国の説明を理解すると表明したのでG7の立場は損なわれない形で収められたが、トランプ氏がパリ協定に反対していることは周知であり、今次首脳会議に米国からかかってきた暗雲は晴れなかったわけである。
テロ対策、北朝鮮、東シナ海・南シナ海の諸問題についてはトランプ大統領を含め各国の首脳に立場の相違はなかった。
東シナ海・南シナ海の問題については、国際法にしたがい、仲裁を含む外交的及び法的手段を通じて紛争を平和的に解決すること、あらゆる一方的な行動に反対すること、全ての当事者に対し軍事化を控えるよう要求することなどを謳った。
これらはG7としては当然の立場であるが、中国外務省の陸慷報道局長は28日、「国際法を口実に東・南シナ海問題であら探しをしている」と批判、「強烈な不満」を表明する談話を発表した。
ロシアの扱いも、トランプ大統領が親ロシアであるため影響を受けるか注目された。
ウクライナ問題については、ミンスク合意の完全な実施、紛争についてのロシアの責任、平和及び安定の回復のためロシアが果たすべき役割、クリミア半島の違法な併合をG7として非難し、承認しないことの再確認,また、ウクライナの独立,領土の一体性及び主権を完全に支持すること、ロシアに対する制裁はロシアがミンスク合意を完全に履行するまで継続すること、さらに、ロシアの行動次第では、必要に応じて更なる制限的措置をとることなどキーポイントは、ロシアにとって厳しいことだが、すべて盛り込んだ内容の共同声明となった。トランプ大統領の親ロシアの立場は共同声明に反映されなかったのである。
一方、シリア内戦の関係では、シリア政権に対し影響力を持つロシア及びイランなどは,悲劇を食い止めるためにその影響力を最大限行使しなければならないと呼び掛け、その上で、ロシアが自らの影響力を前向きに行使する用意があるのであれば,G7としては,紛争解決につきロシアと共に取り組む用意があると述べた。
シリア問題に関してはロシアの立場に一定の配慮をしたが、表現はロシア寄りでなく、むしろオバマ時代の欧米の立場に近かった。
今回の会議と並行して、トランプ氏の娘婿であるクシュナー補佐官がロシアとの関連でFBIの調査を受けていることが報道された。このことが今次会議に影響したか、我々には知る由もないが、トランプ氏がそのことを深刻に考慮していた可能性は排除できない。今次会議でトランプ氏がロシアとの関係で強く主張しなかったのはそのような事情があったからではないか。
G7と中国との関係は時折議論されることがあるが、今のところG7としては中国を迎え入れようとしていないし、また、中国も関心を示していない。むしろ不愉快に思うことが多いのだろう。前述した東シナ機・南シナ海に関する中国の反発はその一例だ。
しかし、中国はさきの「一帯一路」会議にも見られるように、世界第2の経済力を背景に、ますます中国流の方法で各国との関係を広げ、かつ、深めようとしている。そこに勢いがあるのは明らかである。G7としてはそのような中国をどのように見るべきか、また、中国との関係どのように発展させていくべきか。G7にとって北朝鮮などよりはるかに重要な問題だと思われる。
2017.05.25
THE PAGEに今回の勧告を分かりやすく解説する次の一文を寄稿した。
「「拷問禁止委員会」は5月12日、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓合意について「見直すべきだ」とする勧告を含む「最終見解」を公表しました。
拷問禁止委員会とは、1984年に国連総会で採択された「拷問禁止条約」に基づいて設置された委員会で、慰安婦問題を審議する「場」の一つです。専門家によって構成されます。
この他、国連人権理事会、国際労働機関(ILO)、女子差別撤廃条約(に基づく委員会)、国際人権規約「自由権委員会」「社会権委員会」、人種差別撤廃委員会などでも慰安婦問題が取り上げられており、全体の状況は非常に複雑ですが、いずれの「場」でもほぼ定期的に審議の結果が公表され、関係国に対して「勧告」が行われます。これには法的拘束力はありませんが、無視したりすると次回の会議ではもっと厳しい「勧告」が行われる恐れがあり、強い力があります。
このうち、国連の機関は人権理事会だけです。女子差別撤廃委員会や拷問禁止委員会などの会議は国連から独立した存在ですが、通常国連の施設を借りて行われるので、外見上国連の委員会と区別がつきません。そのためか、報道では「国連の拷問禁止委員会」、さらには「国連拷問禁止委員会」などと呼ばれることがありますが、これは正確な呼称ではありません。
同じ慰安婦問題なら、一つの委員会でまとめて扱えばいいのではないかという考えがあるかもしれませんが、切り口がそれぞれ違っており、国連人権理事会は人権問題一般、国際労働機関は各国の労働問題(その中に「強制労働」が含まれ、さらにその中で慰安婦問題が扱われます)、女子差別撤廃条約は文字通り女性に対する差別の撤廃、拷問禁止条約は女性に限らず人に対する劣悪な待遇の撤廃を扱うので、一緒にされないのです。
拷問禁止委員会では、締約国の状況について順番に審査していきます。今回の「最終見解」は、韓国に関する審査の結果として韓国政府に対して行われたものです。勧告には法的拘束力はありませんが、野党時代から日韓の慰安婦合意を批判していた文在寅大統領にとっては国際的な援軍となるでしょう。今後、韓国政府は「日韓合意の再交渉」を求めてくる恐れがあります。
日本政府としては拷問禁止委員会の勧告を踏まえ、今後慰安婦問題についてどのように対処すべきでしょうか。実はなかなか厄介な面があります。慰安婦問題は日韓間での問題であると同時に、女性の権利、とりわけ武力紛争下での性的暴力から女性を擁護する国際的運動の一環として展開されており、国際社会は日韓両国から状況を聴取するだけでなく、国際社会として意見を持っているからです。多数の「場」で慰安婦問題が取り上げられているのはそのためです。
2015年末の日韓合意後の経緯を見ますと、まず、2016年2~3月に女子差別撤廃委員会で慰安婦問題が審議され、その「最終見解」は日韓合意を「留意する」と記しました。
今回の拷問禁止委員会が日韓合意を「歓迎し」「留意する」としたのは女子差別撤廃委員会と同様ですが、「見直すべきだ」との勧告を行いました。女子差別撤廃委員会の時と比べると、その分厳しくなったと思います。
日本はこれまで慰安婦問題解決のため努力し、その説明をし、国際社会が間違った点は指摘し、反論もしてきました。にもかかわらず、国際社会の意見がこのような形で表れてきたのです。
来る6月にはILOの会議があり、11月には国連の人権理事会で日本に関する審査が行われ、慰安婦問題が取り上げられるのは確実です。そして来年以降も多数の「場」で慰安婦問題が審議されます。
今回の勧告について、日本政府はすでに反論をしたと報道されていますが、内容は分かりません。いずれにしても、日本政府はこの際、日本の対応について足りなかった点はないか、あらためて検討すべきではないでしょうか。
とくに、国際社会がどのように慰安婦問題を見ているかを知るうえで2016年3月に公表された女子差別撤廃委員会の「最終見解」が参考になります。そこでは、慰安婦問題に限らず、女性に対する差別の撤廃に関する国会の役割、女性の人権擁護に関する日本国内の諸機構、日本に残存する「固定観念と有害な慣行」、女性に対する暴力、売買春、政治への参加、教育、雇用など広範な分野においても問題点が指摘されています。国際的な女性の権利擁護運動の関心がどこにあるかが示されているのです。
また、日韓合意以前ですが、2014年7月の国際人権規約「自由権委員会」の最終見解も「加害者の訴追」など厳しい内容であり、参考にすべきです。
日韓合意は画期的な一歩でした。日本はその忠実な履行に努めていますが、今後は、国際的に展開されている女性の権利を擁護する運動の重要性をこれまで以上に踏まえた行動が必要です。」
紙面の関係上触れなかったが、「女子差別撤廃委員会の最終見解」には、「締約国(日本のこと)の指導者や公職にある者が、慰安婦問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保すること」との勧告もあった。日本では「強制性はあったか、なかったか」大きな議論になったが、「強制性はなかった」という発言は問題視されたのだと思う。
また、「慰安婦の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保すること」とも勧告された。日本で教科書の関連記述が減らされたことも国際社会は問題視したのである。
さらに、日本では、この女子差別撤廃委員会の「最終見解」に不満な一部の人たちが同委員会を非難する署名運動までおこした。これらの指摘は、「女子の権利を擁護する運動に日本は熱心でない。一部にはそれに逆行する動きさえ出てきている」という認識あるいは疑問が強くなったことを示唆しているのではないか。
このような解釈に同意できない人も昨年以来の経緯と状況を虚心坦懐に振り返ってみるべきだ。
慰安婦問題-拷問禁止委員会の勧告
最近「拷問禁止委員会」で慰安婦問題について「勧告」が出たが、そもそも「拷問禁止委員会」と言ってもピンとこないかもしれない。しかも、慰安婦問題を扱っている委員会は複数あり、つぎつぎにいろんな場で慰安婦問題が扱われており、全体像は非常に分かりにくい。THE PAGEに今回の勧告を分かりやすく解説する次の一文を寄稿した。
「「拷問禁止委員会」は5月12日、2015年12月の慰安婦問題に関する日韓合意について「見直すべきだ」とする勧告を含む「最終見解」を公表しました。
拷問禁止委員会とは、1984年に国連総会で採択された「拷問禁止条約」に基づいて設置された委員会で、慰安婦問題を審議する「場」の一つです。専門家によって構成されます。
この他、国連人権理事会、国際労働機関(ILO)、女子差別撤廃条約(に基づく委員会)、国際人権規約「自由権委員会」「社会権委員会」、人種差別撤廃委員会などでも慰安婦問題が取り上げられており、全体の状況は非常に複雑ですが、いずれの「場」でもほぼ定期的に審議の結果が公表され、関係国に対して「勧告」が行われます。これには法的拘束力はありませんが、無視したりすると次回の会議ではもっと厳しい「勧告」が行われる恐れがあり、強い力があります。
このうち、国連の機関は人権理事会だけです。女子差別撤廃委員会や拷問禁止委員会などの会議は国連から独立した存在ですが、通常国連の施設を借りて行われるので、外見上国連の委員会と区別がつきません。そのためか、報道では「国連の拷問禁止委員会」、さらには「国連拷問禁止委員会」などと呼ばれることがありますが、これは正確な呼称ではありません。
同じ慰安婦問題なら、一つの委員会でまとめて扱えばいいのではないかという考えがあるかもしれませんが、切り口がそれぞれ違っており、国連人権理事会は人権問題一般、国際労働機関は各国の労働問題(その中に「強制労働」が含まれ、さらにその中で慰安婦問題が扱われます)、女子差別撤廃条約は文字通り女性に対する差別の撤廃、拷問禁止条約は女性に限らず人に対する劣悪な待遇の撤廃を扱うので、一緒にされないのです。
拷問禁止委員会では、締約国の状況について順番に審査していきます。今回の「最終見解」は、韓国に関する審査の結果として韓国政府に対して行われたものです。勧告には法的拘束力はありませんが、野党時代から日韓の慰安婦合意を批判していた文在寅大統領にとっては国際的な援軍となるでしょう。今後、韓国政府は「日韓合意の再交渉」を求めてくる恐れがあります。
日本政府としては拷問禁止委員会の勧告を踏まえ、今後慰安婦問題についてどのように対処すべきでしょうか。実はなかなか厄介な面があります。慰安婦問題は日韓間での問題であると同時に、女性の権利、とりわけ武力紛争下での性的暴力から女性を擁護する国際的運動の一環として展開されており、国際社会は日韓両国から状況を聴取するだけでなく、国際社会として意見を持っているからです。多数の「場」で慰安婦問題が取り上げられているのはそのためです。
2015年末の日韓合意後の経緯を見ますと、まず、2016年2~3月に女子差別撤廃委員会で慰安婦問題が審議され、その「最終見解」は日韓合意を「留意する」と記しました。
今回の拷問禁止委員会が日韓合意を「歓迎し」「留意する」としたのは女子差別撤廃委員会と同様ですが、「見直すべきだ」との勧告を行いました。女子差別撤廃委員会の時と比べると、その分厳しくなったと思います。
日本はこれまで慰安婦問題解決のため努力し、その説明をし、国際社会が間違った点は指摘し、反論もしてきました。にもかかわらず、国際社会の意見がこのような形で表れてきたのです。
来る6月にはILOの会議があり、11月には国連の人権理事会で日本に関する審査が行われ、慰安婦問題が取り上げられるのは確実です。そして来年以降も多数の「場」で慰安婦問題が審議されます。
今回の勧告について、日本政府はすでに反論をしたと報道されていますが、内容は分かりません。いずれにしても、日本政府はこの際、日本の対応について足りなかった点はないか、あらためて検討すべきではないでしょうか。
とくに、国際社会がどのように慰安婦問題を見ているかを知るうえで2016年3月に公表された女子差別撤廃委員会の「最終見解」が参考になります。そこでは、慰安婦問題に限らず、女性に対する差別の撤廃に関する国会の役割、女性の人権擁護に関する日本国内の諸機構、日本に残存する「固定観念と有害な慣行」、女性に対する暴力、売買春、政治への参加、教育、雇用など広範な分野においても問題点が指摘されています。国際的な女性の権利擁護運動の関心がどこにあるかが示されているのです。
また、日韓合意以前ですが、2014年7月の国際人権規約「自由権委員会」の最終見解も「加害者の訴追」など厳しい内容であり、参考にすべきです。
日韓合意は画期的な一歩でした。日本はその忠実な履行に努めていますが、今後は、国際的に展開されている女性の権利を擁護する運動の重要性をこれまで以上に踏まえた行動が必要です。」
紙面の関係上触れなかったが、「女子差別撤廃委員会の最終見解」には、「締約国(日本のこと)の指導者や公職にある者が、慰安婦問題に対する責任を過小評価し、被害者を再び傷つけるような発言はやめるよう確保すること」との勧告もあった。日本では「強制性はあったか、なかったか」大きな議論になったが、「強制性はなかった」という発言は問題視されたのだと思う。
また、「慰安婦の問題を教科書に適切に組み込むとともに、歴史的事実を生徒や社会全般に客観的に伝えられるよう確保すること」とも勧告された。日本で教科書の関連記述が減らされたことも国際社会は問題視したのである。
さらに、日本では、この女子差別撤廃委員会の「最終見解」に不満な一部の人たちが同委員会を非難する署名運動までおこした。これらの指摘は、「女子の権利を擁護する運動に日本は熱心でない。一部にはそれに逆行する動きさえ出てきている」という認識あるいは疑問が強くなったことを示唆しているのではないか。
このような解釈に同意できない人も昨年以来の経緯と状況を虚心坦懐に振り返ってみるべきだ。
2017.05.23
この間、米海軍は「航行の自由作戦」を継続しようとしたが、中国との協力関係を重視するトランプ大統領はそれを許可しなかったと伝えられた。トランプ大統領は「航行の自由作戦」を控えることを、中国から協力を引き出す取引材料の一つに使った可能性もある。
一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年7月に国際仲裁裁判の判決が出た後、習近平主席との間で、南シナ海問題は平和的に解決することで合意した。判決の影響を最小化しようとする中国ペースに乗った感はあったが、ドゥテルテ大統領は中国から巨額の経済協力を獲得したし、また、前政権下で激しくなったスプラトリー諸島(南沙諸島)をめぐる緊張関係が和らいだのでフィリピン国内では高い支持率を維持した。
しかし、スプラトリー諸島付近ではその後もフィリピン漁船が中国の艦艇によって操業を妨げられる事件が発生しており、それに対する対応を不満とする勢力はドゥテルテ大統領としても無視できない圧力となっている。
そんななか、ドゥテルテ大統領は4月6日、フィリピン独立記念日(6月12日)に同国が実効支配するスプラトリー諸島のパグアサ島(比名。英語名はThitu Island。中国名は中業島)に自ら行き、「フィリピンの旗を立てる」と記者団に語ったが、1週間後の13日、「中国に、今は行かないでほしいと言われた。中国との友情を重んじて計画は改める」と前言を翻した。その際、ドゥテルテ氏は中国側が「(領有権を主張する)各国が旗を立てることになれば問題になる」と発言していたことも明かした。
しかし、4月20日、フィリピンの漁船が中国の艦艇によって追い払われる事件が起こり、フィリピンでは強い反発が起こったので、翌日、ドゥテルテ大統領はロレンザーナ国防大臣を同島に派遣・上陸させた。この経緯を見ると、南シナ海の問題は今でもかなりデリケートな問題であることがうかがわれる。
そして4月26日からASEANの年次会議がマニラで開かれ、29日の首脳会議の議長声明で「埋め立て工事と軍事化への反対」について言及するか否かが問題になった。声明の原案には含まれていたので、マニラの中国大使館は削除すべきだと猛烈に働きかけたと言う。これに対し、ベトナムやインドネシアなど4カ国が残すべきだと主張したが、最終的には、「状況の複雑化を招く行為は避けることが重要だ」とやんわり記すにとどまった。議長声明が会議終了の翌日に発表されたのはそのような紛糾があったからだ。
当然だが、ドゥテルテ大統領は議長として会議をまとめるのに苦労したのだろう。5月1日には、ミンダナオ島のダバオ市を親善訪問中の中国のミサイル駆逐艦「長春」に乗船した。久しぶりの中国艦船の寄港であったが、大統領が訪問するのは異例だ。ドゥテルテ氏の中国に対する気遣いがうかがわれる。中比両国の海軍は今後合同演習を行うそうだ。
しかし、それから2週間後北京で開催された「一帯一路」会議に出席したドゥテルテ大統領は習近平主席と会談し(15日)、その会談内容について、19日、ダバオ市で次の通り説明した(香港紙『明報』)。
「ドゥテルテは、「フィリピンはスプラトリー諸島のReed Bank(中国名は「礼乐滩」。フィリピン名は「Recto Bank」)で石油の掘削を行う予定である。同島はフィリピンの排他的経済水域内にある」と言った。
これに対し習近平は「それはすべきでない。そこは中国のものだ」と言った。そこで、ドゥテルテは「我々には国際仲裁裁判がある」と言ったところ、習近平は「我々には歴史的権利がある。あなたたちのは最近の法律に過ぎない」と言い、さらに「我々は友人だ。私はよい関係を維持したい。しかし、貴方がどうしてもそうするというなら、私も言わざるをえなくなる。我々は戦争するかもしれない、我々はあなた方と戦争するかもしれない」と言った。」
ドゥテルテ大統領の説明は国内向けに「自分は中国を相手に努力している」ことをアピールする意図が入っていた可能性はあるが、もし、事実そういうことだったのであれば、習近平主席はドゥテルテ大統領を露骨に恫喝したことになる。
このドゥテルテ発言は外電で広く報道され、このまま放置すると問題になることを恐れたカエタノ外相は22日、記者団に対し「ドゥテルテ・習会談は極めて率直に行われた。相互に尊重・信頼しあっていた。会話は戦争をすると互いを脅したのではなく、いかに対立を回避し地域の安定を実現するかという文脈で行われた」と説明した(ロイター22日など)。
今回のドゥテルテ発言はこれで一件落着となりそうだが、今後も同氏の言動には注意が必要だ。ドゥテルテ氏は適当と判断すれば仲裁裁判を持ち出す考えなのだと思われる。
南シナ海問題におけるドゥテルテ大統領の動向
南シナ海において最大の懸念は米中が軍事衝突することであるが、トランプ政権の成立後、両国は北朝鮮問題や経済・投資面での協力に注意を向けており、南シナ海が話題に上ることは少なくなっている。この間、米海軍は「航行の自由作戦」を継続しようとしたが、中国との協力関係を重視するトランプ大統領はそれを許可しなかったと伝えられた。トランプ大統領は「航行の自由作戦」を控えることを、中国から協力を引き出す取引材料の一つに使った可能性もある。
一方、フィリピンのドゥテルテ大統領は、2016年7月に国際仲裁裁判の判決が出た後、習近平主席との間で、南シナ海問題は平和的に解決することで合意した。判決の影響を最小化しようとする中国ペースに乗った感はあったが、ドゥテルテ大統領は中国から巨額の経済協力を獲得したし、また、前政権下で激しくなったスプラトリー諸島(南沙諸島)をめぐる緊張関係が和らいだのでフィリピン国内では高い支持率を維持した。
しかし、スプラトリー諸島付近ではその後もフィリピン漁船が中国の艦艇によって操業を妨げられる事件が発生しており、それに対する対応を不満とする勢力はドゥテルテ大統領としても無視できない圧力となっている。
そんななか、ドゥテルテ大統領は4月6日、フィリピン独立記念日(6月12日)に同国が実効支配するスプラトリー諸島のパグアサ島(比名。英語名はThitu Island。中国名は中業島)に自ら行き、「フィリピンの旗を立てる」と記者団に語ったが、1週間後の13日、「中国に、今は行かないでほしいと言われた。中国との友情を重んじて計画は改める」と前言を翻した。その際、ドゥテルテ氏は中国側が「(領有権を主張する)各国が旗を立てることになれば問題になる」と発言していたことも明かした。
しかし、4月20日、フィリピンの漁船が中国の艦艇によって追い払われる事件が起こり、フィリピンでは強い反発が起こったので、翌日、ドゥテルテ大統領はロレンザーナ国防大臣を同島に派遣・上陸させた。この経緯を見ると、南シナ海の問題は今でもかなりデリケートな問題であることがうかがわれる。
そして4月26日からASEANの年次会議がマニラで開かれ、29日の首脳会議の議長声明で「埋め立て工事と軍事化への反対」について言及するか否かが問題になった。声明の原案には含まれていたので、マニラの中国大使館は削除すべきだと猛烈に働きかけたと言う。これに対し、ベトナムやインドネシアなど4カ国が残すべきだと主張したが、最終的には、「状況の複雑化を招く行為は避けることが重要だ」とやんわり記すにとどまった。議長声明が会議終了の翌日に発表されたのはそのような紛糾があったからだ。
当然だが、ドゥテルテ大統領は議長として会議をまとめるのに苦労したのだろう。5月1日には、ミンダナオ島のダバオ市を親善訪問中の中国のミサイル駆逐艦「長春」に乗船した。久しぶりの中国艦船の寄港であったが、大統領が訪問するのは異例だ。ドゥテルテ氏の中国に対する気遣いがうかがわれる。中比両国の海軍は今後合同演習を行うそうだ。
しかし、それから2週間後北京で開催された「一帯一路」会議に出席したドゥテルテ大統領は習近平主席と会談し(15日)、その会談内容について、19日、ダバオ市で次の通り説明した(香港紙『明報』)。
「ドゥテルテは、「フィリピンはスプラトリー諸島のReed Bank(中国名は「礼乐滩」。フィリピン名は「Recto Bank」)で石油の掘削を行う予定である。同島はフィリピンの排他的経済水域内にある」と言った。
これに対し習近平は「それはすべきでない。そこは中国のものだ」と言った。そこで、ドゥテルテは「我々には国際仲裁裁判がある」と言ったところ、習近平は「我々には歴史的権利がある。あなたたちのは最近の法律に過ぎない」と言い、さらに「我々は友人だ。私はよい関係を維持したい。しかし、貴方がどうしてもそうするというなら、私も言わざるをえなくなる。我々は戦争するかもしれない、我々はあなた方と戦争するかもしれない」と言った。」
ドゥテルテ大統領の説明は国内向けに「自分は中国を相手に努力している」ことをアピールする意図が入っていた可能性はあるが、もし、事実そういうことだったのであれば、習近平主席はドゥテルテ大統領を露骨に恫喝したことになる。
このドゥテルテ発言は外電で広く報道され、このまま放置すると問題になることを恐れたカエタノ外相は22日、記者団に対し「ドゥテルテ・習会談は極めて率直に行われた。相互に尊重・信頼しあっていた。会話は戦争をすると互いを脅したのではなく、いかに対立を回避し地域の安定を実現するかという文脈で行われた」と説明した(ロイター22日など)。
今回のドゥテルテ発言はこれで一件落着となりそうだが、今後も同氏の言動には注意が必要だ。ドゥテルテ氏は適当と判断すれば仲裁裁判を持ち出す考えなのだと思われる。
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