平和外交研究所

2017 - 平和外交研究所 - Page 23

2017.06.11

トランプ大統領とロシア疑惑

 トランプ政権とロシアの関係を調査している最中にFBI(連邦捜査局)長官を解任されたコミー氏は、6月8日、米上院の公聴会で証言した。
 問題は、トランプ氏が調査に不当な介入をしたか、である。
 
 米国のニュース番組CNBCはさわりの部分について6月8日、次のように報道した。
“In his prepared testimony, Comey recalled that, at that Oval Office meeting, the president said: “I hope you can see your way clear to letting this go, to letting Flynn go. He is a good guy. I hope you can let this go.”
“I took it as a direction,” Comey told the Senate hearing Thursday. “I mean, this is a president of the United States with me alone saying, ‘I hope this.’ I took it as, this is what he wants me to do. I didn’t obey that, but that’s the way I took it.”
 “let this go”という口語表現を厳密に解釈することは困難だ。公聴会では、コミー氏の証言後、トランプ大統領が言ったことは「命令であったか。希望でなかったか」との反対質問があり、それに対してコミー氏が答えたのが「私は指示だと受け止めた」、すなわち後半の引用部分である。
 コミー氏の証言に対し、トランプ氏は「事実に反する。ウソばかりだ」と真っ向から批判した。また、大統領の側近は、「大統領は捜査の中止を求めたことも、それを示唆したこともないことが判明した」などと発言しているが、トランプ氏の陣営がコミー氏の証言は信用できないと主張しても真実を解明する助けにならない。
 トランプ大統領の言動に不適切なところがあったか否か、決めるのはモラー特別検察官だ。「司法妨害」をしたと認定される可能性は高くないという見方が多いが、法的な解釈はともかく、トランプ氏がFBIによるロシア疑惑に関する調査に介入し、考えを表明したことは紛れもない事実であり、コミー氏の証言によってトランプ大統領が非常に不利な状況に追い込まれたことは否めない。

 コミー証言に先立って、セッションズ司法長官がロシア疑惑の調査から身を引いていることもトランプ大統領にとって不吉な材料になっている。セッションズ氏はもともと法律家で、共和党の中でも最右翼であり、かつて連邦判事に任命されたが人種差別主義者だとみなされ上院が承認を拒否したこともあった。
 このような人物はトランプ氏とウマが合うのだろう。大統領選挙期間中セッションズ氏はトランプ候補を支え、当選の際には特別の功労者として紹介され、政権発足後は司法長官に任命された。当然トランプ氏としては政権を支える重要な役割を期待しての人事であった。
 しかし、セッションズ氏は3月初め、ロシア疑惑に関する調査にはかかわらないと表明した。同氏は大統領選挙期間中、ロシア大使と接触していたことを追及されていたのでロシア疑惑の調査に関与しない方がよいというのが理由であったが、それは表向きのことで、実際には強烈な個性のトランプ大統領の下で手を汚したくない、という判断だったのではないか。いずれにしても、トランプ氏としては、「セッションズ司法長官は特別検察官を任命しないでほしい。かりにどうしても任命は避けられないとしても、調査が政権を揺るがすのを食い止めてほしい。特別検察官が訴追の判断を下してもその判断を不適切、あるいは不当と結論付け、訴追に反対してほしい」と期待していたことが推測されるが、セッションズ氏は早々と身を引いてしまい、調査が進行するのを止めなかったのである。そして、ローゼンスタイン副長官が長官に代わって特別検察官を任命した。
 特別検察官の任命によってトランプ大統領をめぐる事態は大きく悪化した。トランプ氏だけでなく、同氏が信頼する女婿のクシュナー氏もロシアとの接触を疑われており、調査の対象となっている。
 トランプ大統領はセッションズ氏の判断を尊重すると表明したが、トランプ氏は実は不満であるということも伝えられるようになった。
 
 今後、特別検察官の調査がどこまで進むか、大統領の言動は違法と判断されるか、つまり「司法妨害」であったと認定されるか、そして訴追されるか。現段階では明確でない。
 また、弾劾は議会の権限であり、それがどうなるかはまだまだ先のことである。
 トランプ氏は、ワシントン市内の集会で支持者を前に「われわれは包囲されている。しかし、これまで以上に大きく、強くなる」と述べ、意気軒昂な姿勢を見せたが、ロシアとの関係は冷戦が終わったのちも米国の安全保障上最大の問題であり、特別検察官による調査まで必要とされる事態を招いたトランプ政権が無傷で危機を乗り越えられる見通しは立たない。トランプ政権の内外の政策遂行が不安定化する恐れは払しょくできない



2017.06.08

憲法9条改正案

 安倍首相は憲法9条の1項及び2項はそのままにしておいて、さらに自衛隊の存在を明記すると提案している(2017年5月3日の憲法記念日に際してのメッセージ)。これに対する憲法学者や元内閣法制局員など専門家の考えは報道などで伝えられているが、一般の国民にとっても重要な問題である。

 まず、憲法改正について、日本では憲法の性格を厳格に考えるためか、あるいは政治的な意図が働くためか、改正は非常に困難だとみなす傾向があり、「硬性憲法」などというレッテルまで貼られている。しかし、憲法は時代の変化に応じ改正すべきであると思う。たとえば、環境保護などは比較的新しく出てきた問題であるが、その重要性にかんがみれば取り組むべき原則を憲法に規定すべきである。
 しかし、9条に自衛隊の存在を明記することには反対だ。規定すべきだという意見の根拠は、自衛隊が我が国の防衛を担う機関としてしかるべき地位を認められていないという点にあるようだが、自衛が憲法に違反しないことはすでに60年以上も前に憲法の解釈として認められてきたことであり、また、大多数の国民にもその解釈は受け入れられている。したがって、自衛隊の崇高な任務を割引して考えなければならない理由はすでになくなっているはずだ。
 にもかかわらず自衛隊の基盤は確かでないと今もなお思われているのだろう。それは、自衛隊が発足した当時、「自衛のための武力行使も違憲」という考えがあり、「自衛」が広く日本国民に認められた後もその経緯を引きずっているからであり、その意味では自衛隊が本来の地位を認められていないということなのだろう。
 しかし、憲法は「自衛隊を禁止」とはどこにも書いておらず、そして解釈としては「自衛隊は合憲」という考えが確立しているのであり、それで十分である。
 もし、憲法発布時の考えが今なお尾を引いているのならばそれを正せばよく、そのためには憲法を改正する必要はない。法律を変えればよいのだ。
 具体的には、「自衛隊」を「防衛軍」とすべきだというのが国民の考えであれば、その名称変更を自衛隊法など関連の法律で行えばよい。私は、国民大多数のこの点に関する考えはまだ分からないが、個人的にはそのような名称変更は可能と思っている。
 自衛隊員という呼称についても「軍人」に変えてもよいと思っている。

 技術的な理由からだけではない。9条は日本が戦争を起こした結果であり、かつ、戦後再出発した原点だからである。9条を改正したい論者には、憲法を発布してから70年も経っていることが重要なのかもしれないが、日本が戦争を起こしたこと、かつ、その結果に基づいて再出発したという歴史的事実を忘れたり、軽んじたりしてはならない。
 その事実は戦後の新しい歴史によって書き換えられていないはずだ。戦争指導者の問題について、サンフランシスコ平和条約によって東京裁判の結果を受け入れた一方、靖国神社に祀ることをあきらめられないでいることは、そのような日本国としての観念の仕方がまだ不十分であることを物語っている。
 9条は日本国と日本国民が戦争について忘れたり軽んじたりしないための重要な根本規範であり、安易に手を付けてはならないと思う。「現憲法の1項と2項は残すので、平和主義は変えない。ただ自衛隊を正しく位置付けるために追加的に記入するのだ」という議論は、法技術的にも、また、日本が正しい道を歩むためにも受け入れられない。
 
2017.06.06

シャングリラ対話と南シナ海問題

 6月3~5日、シンガポールにおいて「アジア安全保障会議(シャングリラ対話)」が行われた。米国のマティス国防長官は演説で南シナ海や東シナ海の問題に言及して「国際社会の利益を侵害し、規則に基づいた秩序を壊す中国の行動を容認しない」と述べた上、中国が、南シナ海で造成した人工島に滑走路やレーダーサイトなどの建設を進めていることについて、「軍事化そのもので、国際法を無視しており、他国の利益を害している」と厳しく批判した。

 また、日米豪の3カ国防衛相が4日会談し、その後発表された共同声明は次のように述べた。
「3大臣は、国際法を重視し、南シナ海を含め航行及び上空飛行の自由、並びにその他合法的な海の使用を擁護していくとの共通のコミットメントを強調した。3大臣は、南シナ海での一方的な現状変更のために威圧又は武力を行使することに強い反対を表明し、係争のある地形の軍事目的での使用に反対を表明した。
 3大臣は、南シナ海において領有権を主張する全ての当事者に対し、自制を働かせ、緊張緩和に向けた措置を講じ、埋立活動を停止し、係争のある地形を非軍事化し、緊張を高めかねない挑発的な行動を控えるよう促した。3大臣は、特に2016年7月の仲裁裁判判断に留意しつつ、外交や他の紛争解決メカニズムを通じた平和的な紛争解決の重要性を強調した。3大臣は、当事国政府に対し、領土及びそれに伴う海洋権益に係る主張を国際法に従って、特に海洋の権益に係る主張に関しては国連海洋法条約を反映する形で、明確にした上で追求するよう求めた。この点に関し、3大臣は、2016年7月の仲裁判断が、南シナ海における紛争を平和的に解決する努力をさらに進める有益な基盤となりうることに留意した。3大臣はまた、東南アジア諸国連合(ASEAN)及び中国の当局間での、南シナ海における行動規範(COC)枠組み案への合意に留意した。三大臣は、効果的で法的拘束力を有するCOCの早期合意に向けた、国際法に基づく対話を奨励し続け、南シナ海における行動宣言全体の完全かつ効果的な履行を呼びかけた。
 3大臣は、東シナ海において、現状を変更し緊張を高めようとする、あらゆる一方的又は威圧的な行動への強い反対を改めて表明した。3大臣はまた、この地域における状況に関し、引き続き緊密に意思疎通を図る意図を表明した。」

 この共同声明は中国を名指しこそしていないが、南シナ海および東シナ海で生じている問題を余すところなく取り上げ、かつ、問題を惹起した国家を批判しており、マティス国防長官の発言とあいまって今後の南シナ海・東シナ海問題に関する基本的文献の一つになるものである。
 念のため、キーワードをあらためて掲げると、国際法の重視、航行および飛行の自由、一方的な現状変更に対する強い反対、係争のある地形(注 岩礁などのこと)を軍事目的に使用するのに反対、埋立活動の停止、外交や他の紛争解決メカニズムを通じた平和的な紛争解決、領土問題や海洋権益に係る主張を国際法に従って行うべきこと、2016年7月の仲裁判断が、南シナ海における紛争を平和的に解決する努力をさらに進める有益な基盤となることなどである。

 中国は、今回の会議でマティス国防長官が南シナ海問題についてあまり強い姿勢を取らないと見ていたようだ。トランプ大統領は北朝鮮問題に関し中国がよく協力していると評価する発言を行っていたからだろう。さる4月の習近平主席との会談でもトランプ氏は南シナ海問題を特に問題として取り上げなかった。
 中国の今回のシャングリラ対話に臨む姿勢は代表の選任にも表れていた。この会議に中国はこれまで副総参謀長の一人を派遣していた。国防相が出席したことも過去にはあった。しかし、今回は中国軍事科学院(軍のシンクタンク)の何雷副院長が代表だったのだ。「中将」ではあるが、現役の副総参謀長とは格が違う。
 ともかく、中国の出席者はマティス国防長官の発言に反発し、演説後各国のプレスに対し弁明と米国批判を懸命に行ったが、マティス長官演説のようなインパクトはなかった。

 中国はこのシャングリラ対話の向こうを張ってか、2006年から北京で多国間の安全保障対話「香山フォーラム」を開催している。中国は各国の防衛相や参謀長に招待状を出しているそうだが、実際には学者、外交官、元防衛担当者、中国の専門家などが出席しているにとどまっている。しかし、議論は活発かつ率直である。
 中国軍が対外的に開放的姿勢を取り、このような対話を主催することは非常に有意義だ。前回の会議では、主催者側は、会議運営で気が付いたことは何でも指摘してほしいと御用聞きをするほどサービス精神が旺盛であり、各国代表団にはその国の言語を話せる世話係を配し便宜を図っていた。
 もっとも、香山フォーラムは今年は中止されることになったそうだ。現在中国軍において大規模な改革が進められており、フォーラムを運営する中国軍事科学院も改革の対象になっていることが背景にあるという。
 しかし、来年は例年通り開催する予定だ。今回のシャングリラ対話の際中国の何雷団長はシンガポールのウン国防相に来年の香山フォーラムへの出席を招請したと伝えられている。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.