平和外交研究所

ブログ

オピニオン

2016.08.03

仲裁裁判後の南シナ海問題と中国

 7月12日に南シナ海の国際仲裁裁判の判決が公表されて以降の動きである。

 モンゴルで開催されていたアジア欧州会議(ASEM)の閉幕(16日)に際して発表された議長声明では、「海洋の安全保障について国際法に基づいた紛争解決が重要」とする文言が盛り込まれた。この会議の裏ではさまざまな駆け引きが行われ、多くの国は仲裁裁判の判決には拘束力があるという趣旨を主張したのに対し、中国はそれに反対したと見られている。議長声明は、中国を名指しこそしなかったが、国際法の原則は明確に記載している。

 ラオスで開催されたASEAN外相会議の際には日米や中国との会合も行われる。今回の会議では中国は東南アジア諸国に中国を支持するよう強く働きかけ、カンボジアとラオスは中国寄りの態度を取った。一方、仲裁裁判の当事国であったフィリピンやベトナムなどは、判決は拘束力があり、受け入れるべきだとする趣旨を記載するよう主張し、最後まで意見が分かれたが、結局、7月25日に採択された共同声明では中国を名指しすることは避けたが、「国際法の順守の重要性を確認した」と明記したので日米などの主張は最低限確保された。

 フィリピンは判決が出る以前から中国による強い圧力を受けており、また、ドゥテルテ新大統領の基本的な姿勢が明確でなかったため、仲裁裁判の判決に対してどのような態度を取るか注目されていたが、フィリピンのヤサイ外相は19日、判決を無視して二国間協議に応じるよう求めた中国の提案を拒否した。
 さらに、ドゥテルテ大統領は、ASEANの共同声明と同じ25日、就任後初めての施政方針演説で、「我々は仲裁裁判の判決を強く支持し尊重する。(判決は)紛争の平和的解決に向けた努力に大きく貢献する」と述べた。同大統領の発言は明確であり、今後の南シナ海問題の扱いにおいてフィリピンの重要な指針となるだろう。

 オバマ米大統領は、8月1日付のシンガポールのストレーツ・タイムズ紙の書面インタビューで、仲裁裁判所の判決について「明白に法的に拘束される」として「判決は尊重されるべきだ」と述べた。ケリー国務長官は種々の機会に同趣旨のことを述べていたが、オバマ大統領の発言は初めてであった。

 安倍首相はASEMの際(15日)、フィリピンのヤサイ外相、ベトナムのグエン・スアン・フック首相と個別に会談し、仲裁裁判所判決を中国は受け入れるべきだとの認識で一致した。安倍首相はメルケル独首相との会談では、「仲裁裁判の判断は法的拘束力を有するものであり、当事国が仲裁裁判所の判断に従う必要がある」と述べていた。

 一方、中国はますますかたくなな対応を見せている。王毅外相はASEMやASEANの会議の際に各国と個別の会談を行い、懸命に中国への支持を求めた。
7月16日、北京で開催された「世界平和フォーラム」で孫建国副参謀長は「高額の訴訟費用は背後で裁判を操る者が出している。これが茶番でないと言うなら一体何なのか」と非難し、そのうえで、「軍は能力を高め、やむをえない状況になれば、国の主権と権益を守るために最後の決定的な働きを果たす」と中国軍は行動に出る可能性があることをほのめかした。
 さらに、7月末には、南シナ海で9月にロシアと合同軍事演習を行うと発表した。仲裁裁判の判決が出る前にも演習を行ったが、中国軍は力を誇示しているのだ。
 このような強気一点張りの対応について、比較的国際感覚がある中国人は、内向きの姿勢であるとコメントしている。中国人の威勢の良い発言は国内向きであることはたしかだが、それだけで話は終わらない。仲裁裁判は中国の期待するように過去の終わったことにはならず、今後も各国にとって指針となり、引用され続けるだろう。仲裁裁判の結果が中国の内政にどのような影響を及ぼすか、じっくりと観察していく必要がある。

2016.07.29

(短評)英国の核兵器更新

 英国議会は、7月18日、英国の保有する核兵器を更新することを承認した。
 英国の核戦力は、核弾頭を搭載した潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)トライデントⅡ(D-5)と運搬用のヴァンガード級原子力潜水艦 4 隻で構成されており、スコットランド・エジンバラ西北のファスレーン海軍基地に置かれている。
 英国の核兵器は冷戦の終了後段階的に削減され、残っているのはこの1システムだけである。他の国では、大陸間弾道ミサイルや長距離爆撃機で運搬するものなど複数のシステムがあるのと比べると、英国が保持している1システムが戦力としてどれほどの意義があるか疑問視する声があり、英国はいっそこれも破棄して核軍縮の先頭に立つのがよいという意見もある。
 また、地元のスコットランドからは、英国からの分離を求める政治情勢とも絡んでファスレーン基地に核兵器を配備していることに強い反対が起こっていた。

 このような事情にかかわらず、英下院で賛成472、反対117という圧倒的多数で更新が承認されたのだが、コスト高は今後も英国政府を苦しめることになりそうだ。更新に要する経費は310億ポンド(約4兆3千億円)であり、さらにコスト上昇に備えるため予備費として100億ポンド(約1兆3,900億円)が計上されているが、これは承認を得るために国防省が作った数字なのであまり信用できないという見方もある。
 また、新型原潜を設計・開発して配備するまでには20年かかり、その間に原潜を無力化しようという能力は格段に進歩するだろう。人工知能と高度のロボット技術を備えた小型無人潜水艇が多数投入されると原潜は機能を発揮できなくなるとも指摘されている。
 さらに、「英国にとって北朝鮮などは脅威ではなく、テロ・サイバー攻撃・疫病こそがその真の脅威だ。下院が更新を支持した核戦力は何の役にも立たず、その管理は何をするか分からないトランプ大統領に委ねられるかもしれない。英国が保有し続ける核兵器こそが人類の脅威だ」という批判もある(”The National”, Kevin McKenna ‘Trident is a threat to the whole of humanity’)。
 これは興味深い指摘だが、そういうことであれば、米国でトランプ氏が大統領になったら世界はいったいどうなるのか心配だ。

 ともかく、今回の決定はメイ新首相にとって一種のテストと見られていたが、メイ首相はなんのよどみもなく、必要なら核のボタンを押すと言明した。
May responded: “Yes. And I have to say to the honourable gentleman the whole point of a deterrent is that our enemies need to know that we would be prepared to use it, unlike some suggestions that we could have a deterrent but not actually be willing to use it, which seem to come from the Labour party frontbench.”
 
2016.07.25

憲法改正の論点③-安全保障

自民党改正案第9条、第9条の2、第9条の3

疑問と問題点
 現在の憲法第9条は変更しないのがよい。それは日本国の歴史上最も重大な行為であった戦争の結果だからだ。戦争の結果とは敗戦だけでない。戦いに敗れたために現在の憲法が制定されたことも忘れてはならない結果である。その両方の結果を丸ごと尊重すべきであり、また将来にそのまま伝えるべきだからだ。
 いわゆる「平和主義」の立場から、あるいは「普通の国」であることを求める立場から、さらには右または左の思想からさまざまな議論が行われてきたが、9条の持つ歴史的意義に勝る意見はなかったと思う。

 以下は比較的細かいことだが、付言しておく。
 外国に言われて制定した憲法だから日本語らしく書き換えるべきだという議論もある。確かに、9条の第2項は、当時の占領軍が勝手に書いた「バタ臭い」文章であることは明らかだ。しかし、それは9条の意義に照らすと大した問題でない。また、その部分だけ書き換えるにしても9条全体を丸ごと尊重することに穴をあけることになる。9条2項だけを改正することによって得られる利益より、日本にとって最も重要な歴史事実を書き換えることにより失うものが多いと思う。
 文章として稚拙か否か、日本語らしいか否かなどは言い出せばいくらも出てくることであり、たとえば、自民党案第9条の「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない」の「、、、の行使は、、、、用いない」は論理的におかしな文章だ。
 現憲法の「、、、行使は、、、放棄する」もよい文章か疑問だが、少なくても論理的には成り立つ表現だ。
 また、自民党案には「法律の定めるところにより」という表現が9条関係だけでも複数回出てくるが、しょせん細かいことだ。憲法に規定されていることについてはほとんどすべて法律で細則が定められる。皇室典範のような特殊なことは憲法に特記してもよいが、いちいち「法律で定める」と官僚的に言わないほうがよい。
 
一方、自民党案は「自衛権の発動を妨げるものではない」とのみ規定し、集団的自衛権の行使を認めるかは書いていない。自民党改正案第9条関係は重要なことは規定せず、官僚的、実務的なことを記載する結果に陥っているのではないか。
 なお、日本を自衛するために戦うこと、武器を使用することは9条の下で認められている。それは妥当な解釈だと思う。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.