平和外交研究所

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2017.01.23

米新政権は世界のパワーバランスを変える?

 ドナルド・トランプ氏が1月20日、米国の第45代大統領に就任した。就任演説で謳った「米国第一」、それに米国企業を活性化し雇用を創出することは同氏が大統領選挙戦中から訴え続け支持を集めてきた持論であるが、それはともかく、米国の大統領としては視野の狭い演説だった。
 トランプ新政権はTPP(環太平洋戦略的経済連携協定)からの離脱など新政策をいち早く打ち出している。行動を起こす速さは印象的だが、複雑かつ多面的な米国経済にとってトランプ氏が主張するような保護主義的方法が有効か。いわゆるラストベルトの不満労働者はともかく、だれもが疑問に感じているだろう。

 また、個々の政策を超える問題にも注意が必要だ。たとえば、米欧間に不協和音が生じている。これは単に米国と欧州だけのことでなく、欧州と立場が似ている日本としても注意が必要だ。
 不協和音の第一の原因は米ロ関係の改善である。しかも単に両国の関係がよくなるというだけでなく、トランプ氏は他の諸国よりもロシアを重視している。たとえば、オバマ大統領がロシアのサイバー攻撃について発表したのに対し、「ロシアがやったとは思わない」というのがトランプ氏の最初の反応であった。そして、情報当局から詳細な説明を受けた後、「ロシアがやったかもしれない」と修正した。要するに、「まず擁護、必要なら後で修正」という姿勢を見せたのだ。
 一方、西欧諸国や日本に対しては、トランプ氏は「まず攻撃、必要なら後で修正」という姿勢である。たとえば、米欧の安全保障のかなめである北大西洋条約機構(NATO)について、トランプ氏は、まず、「時代遅れ(obsolete)」だと切り捨てた。そのうえで、「欧州諸国が払うべきものをちゃんと払えば改善できる」とした。日米安保条約については「時代遅れ」とは言っていないが、財政負担についてはまったく同じ論法で日本を批判している。
 ドイツのメルケル首相に対しては、さらに、難民を受け入れたのは「悲惨な結果をもたらす誤り(very catastrophic mistake)」だと批判した。
 また、欧州統合(EU)の重要性を否定するような発言を繰り返している。ドイツやフランスにとっては難民問題以上に不愉快な批判だろう。

 トランプ氏が主張するような方向で物事が進めば、その先には西側対ロシアという冷戦以来の対立構造が変化して米ロ対西欧・日本ということになる危険が出てくるのではないか。その場合に中国がどのような地位に立つかということも大問題だ。
 もっとも、このように大きな歴史的変化は簡単に起こることでなく、米国の大統領といえども一人だけで変えることはできない。冷戦が終了したのも様々な要因が絡んでいた。トランプ氏もロシアとの関係を一人で変えることはできない。いずれしかるべきところに落ち着くという見方もある。
 
 しかし、西欧諸国は一時的であれロシアに甘い顔はできない。ウクライナの問題は依然として深刻である。
 総じてトランプ氏の発言は西欧の常識からあまりにもかけ離れている。メルケル首相は最近のインタビューで、「我々欧州人は我々の運命を我々自身で決める(We Europeans have our fate in our own hands)」と言ったし、フランスのオランド大統領も同様の発言をしている。要するに部外者が勝手なことを言わないでほしいということだが、彼らの心のどこかには、「民主主義と価値を西欧と共有してきた米国であったが、新政権はどうも違う」と思い始めているのではないか。
 
 米欧間の不協和音は日本にとっても他人事でない。日本の立場は西欧と共通しているところがあり、とくに安全保障の面では、トランプ氏は日本に対し西欧に対するのと同様に、「もっと財政負担せよ」と要求している。日米安保条約については「時代遅れだ」とは言っていないのは救いだが、トランプ氏が同条約の現状に満足していないことは明らかだ。新政権の国務長官や国防長官になる人は日米の同盟関係の重要性をよく理解しているだろうが、トランプ氏の考えは違っているところがあるのではないか。
 トランプ新大統領のロシアとの友好関係を重視する姿勢はこれまでの西側諸国間の政治理念の共有に変化を起こし、さらには世界のパワーバランスにも変化を生じさせる危険をはらんでいる。

2017.01.16

日中関係の改善と経済的合理性

 初めに、本稿の背景として一言述べておくのだが、「日本と中国では制度・体制が違いすぎるため両国関係を改善するのは容易でない。しかし、経済面では両国とも合理的に、冷静に行動できるはずだ。経済活動は合理的でなければ持続できない。経済合理性は両国関係を改善するのに太い柱となる」ということをかねてから講演などで述べており、これには双方から積極的に反応していただいている。
 
 以下に紹介する「サーチナ」の1月13日の記事は経済的合理性に関するものである。言葉遣いは少しだけ手直しさせていただいた。
 なお、「サーチナ」はもともと「中国情報局」として設立され、後に改名され現在のサイト名になった。中国では「新秦」の名で通っている。このサイトを運営するのは同名の日本法人であるが、中国との関係は深い。「中国の時事問題や中国経済情報を中心に、アジア各国のニュースを配信するニュースサイト」という説明もある。これで間違いないが、さらに一言付け加えると、このサイトの記事は日中双方の観点を反映するものが多いので参考になる。

 「日本企業による対中投資が減少しているが、中国メディアの「東方頭条」が10日付で掲載した記事は、日本企業が中国から撤退することや、投資を減少させることは「ゴマを拾ってスイカを捨てる」、つまりそれほど価値のないもののために大きな価値のあるものを失うことになる「誤った選択」であると主張した。

 記事は、仮にすべての日本企業が中国から撤退した場合、中国が被る損失は極めて甚大であると指摘、政府は490億元(8086億円)もの税収を失ううえに、数百万人が解雇されることになると指摘、政府は失業者の支援のために莫大な規模の資金を捻出する必要が生じると説明した。

 一方で、日本企業は中国から一気に撤退すれば、製品の生産コストの増加は免れず、日本の輸出にも深刻な影響が生じると説明。したがって日本政府は日本企業を「注意深く、中国から撤退させたいと考えている」と主張、日本企業による中国撤退の動きが割とゆっくりなのはそのためであると論じた。

 しかし記事は、日本企業の中国撤退は間違いなく「ゴマを拾ってスイカを捨てる」行為であると指摘。中国の国内総生産(GDP)は2010年に日本を超え、さらにその後の3年間で日本の2倍になったが、これは中国の成長と日本経済の急激な衰退を示すものであるとし、それゆえに日本経済が成長するには「中国経済の成長に依存する必要がある」と主張した。

 つまり記事が説明する「ゴマを拾う」行為とは、日本企業の撤退により中国経済にダメージを与えることであり、また「スイカを捨てる」とは中国撤退により日本経済自身が被る大きな損失を意味している。しかし日本企業の中国撤退には当然政治的な意図はなく、むしろ現地の賃金コスト上昇などが関係している。中国で生産することのメリットが失われつつある今、中国撤退を選ぶ日本企業が増えているのはビジネスとしては至極当然の動きだろう。」

 以上が「サーチナ」の記事であり、その中で引用されている「東方頭条」は中国のサイトであり、日本に対する関心が高く、日本の長所、日本と中国の違いをかなり率直に紹介している。
この記事で「東方頭条」は日本の企業に合理的な経済活動を求めているが、日本企業が「ゴマを拾ってスイカを捨てる」たとえ話になると政治論になっている。
 一方、「サーチナ」は最後まで経済合理性を重視している。ただし、日本企業が「ゴマを拾う」ことについては「サーチナ」とは別の解釈があると思うが、それはこの記事の本質的部分でないので詳述しない。
ともかく、日中間で経済的に合理的なことを探究するのは有益だと思う。

2017.01.12

トランプ氏の政治赤字

 「赤字」とは「支出が収入より多いこと」であり、「財政赤字」あるいは「家計の赤字」などと使われる。
「政治」には支出も収入もないので本来「政治赤字」などという言葉はないが、トランプ氏の特徴を表すのにちょうどよいかもしれない。

 トランプ氏は1月11日、初めての記者会見を行った。次期大統領に選ばれるとだれでも早めに記者会見をして新しい政権樹立への抱負を開陳する。トランプ氏はそうせず、ツイッターで連日発信をしてきた。
 トランプ氏の発言は過激だ。またその内容は、「挑発、攻撃、自慢」だとも言われる。トランプ発言の特徴をよくとらえているが、さらに「自己中心的」も付け加えたい。女性蔑視も男性中心の表れだと考えれば、「自己中心的」だ。日本や韓国のビジネスマンを「おちょくる」のも自分たちの行動が自然だと思っているからだろう。ちなみに、「おちょくる」は小さい辞書にはなく、わずかに大きめの辞書が、「関西でよく使われる言葉で、「からかう」という意味だ」と説明しているが、私は関西出身であるためか、トランプ氏の場合は「おちょくる」というのがぴったりする。
 約10日前に、トランプ氏は障害のある記者の真似をして、映画界で長年の功績が認められセシル・B・デミル賞を受賞したメリル・ストリーブから、名指しではなかったが明らかにそうとわかる形で、手厳しくたしなめられた。それはともかく、このような場合のトランプ氏の行動についてわが新聞は非常に慎重で、「からかった」とも書いてないが、「おちょくった」と言ってよい場面だと思う。「おちょくった」という場合その主体は否定的、批判的にとらえられている。つまり、「おちょくった」人が悪いのだ。

 トランプ氏の過激さ、軽さをあらわす言葉はうんざりするほどあるが、なかでも極め付きがロシアによるサイバー攻撃をめぐる発言であった。
 オバマ米大統領がロシアによる米国へのサイバー攻撃に対する報復としてロシアの情報機関の幹部4人に対し制裁を科し、米国に駐在するロシアの当局者35人を国外退去処分にするなどの措置を発表したのは昨年の12月29日であった。
 これに対し、プーチン・ロシア大統領は対抗措置を見合わせた。そしてトランプ氏は30日、プーチン大統領は「すばらしい対応をした」「私はいつも彼がとても賢いと知っていた!」とツイッターでつぶやいた。さらに31日には、「ロシアではなく、他の誰かがやった可能性もある」「みんなが知らない情報を持っている」と述べた。数日中にその内容を公表する考えを明らかにしたという報道もあった。
 しかしトランプ氏は11日の記者会見で、サイバー攻撃は「ロシアがやったと思う」と認めた。「他の国にも攻撃されたと思う」とも言って粘ったが、誰が間違っていたか疑う余地はなくなった。

 この件について、強く思うことが3つある。
 第1に、サイバー攻撃は被害国が調べ上げて攻撃した国を非難しても、認められることはまずない。うやむやになるのがこの世界の常識だ。ロシアも絶対認めないだろう。
 しかし、トランプ氏はロシアによる攻撃であったことを認めた。トランプ氏がもともとロシアのサイバー攻撃を批判してきたのであれば、今回認めたことに特別の意味はないかもしれない。しかし、トランプ氏は逆にロシアによるサイバー攻撃を認めてなかったのに認識を変えた。トランプ氏は否定のしようがないほど明確にロシアによる攻撃であったことを認識した結果である。
 しかも、トランプ氏は10日後に米国の大統領に就任する。世界が注目している中でロシアがサイバー攻撃をしたことを認めたのであり、その重みは情報機関だけが、たとえばCIAの長官が主張しているのとは比較にならない。

 第2に、情報の世界は恐ろしい。真実もあれば虚偽もあり、しかも確かめようにも方法がないからである。暗号を解読しても100%安心はできない。意図的に虚偽の情報が流されることもある。だから情報を扱う場合、慎重のうえにも慎重を期さなければならない。
 自分が持っている情報を重視するのは結構だが、大事なことは、それが完全に正しいとは限らないので、簡単に行動に出ないことだ。こんな説教は普通の人には要らない。しかし、トランプ氏の発言にはこんなことを言いたくなるほど軽く、思慮が浅いところがある。
 もっとも、この欠陥はトランプ氏が公職についた経験がないためであり、いずれ是正されるという識者は少なくない。わたくしも半分はその見通しに賛成だ。
 しかし、あと半分は、恐ろしいことが起こっているという気持ちである。なぜなら、トランプ氏は10日たてば核の発射ボタンを押せるようになるからだ。今回のサイバー攻撃の場合と同じ感覚で核のボタンを押し間違えれば世界はどうなるか。想像するだに恐ろしい。
 
 第3に、トランプ氏はビジネスの世界と同様の感覚で赤字覚悟の行動をしているのではないか。ビジネスの世界と言っても百人百様でありそう簡単に単純化できないのは承知している。しかし、ビジネスではある程度の情報、ある程度の見通しに基づいて行動を起こすことが必要になる。トランプ氏は、その中でも極端にリスクをとる人らしく、「借金王」を名乗ったこともある。「レンガの壁にブレーキも掛けずに突っ込んでいくようなところがある」と言われていた(朝日新聞1月9日付)ことが想起される。
 今回のサイバー攻撃に関する一連の発言を聞いても、これと類似のことが起こっているのではないかと思うのだが、一つ注目したいのは、トランプ氏がこれまで多額の赤字を抱えても、持ち前のパワーと才覚で克服し、今や米国でも有数の資産家になっていることである。トランプ氏は政治の世界でも負になる言動を繰り返して「政治赤字」を抱え込んでいるが、はたしてビジネスの世界と同様克服できるか。大きな不安はぬぐえないが、気持ちとしてはなんとか克服して成功してほしい。そうならなければ世界は安穏としておれない。

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