平和外交研究所

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2016.05.20

台湾の蔡英文新総統の就任とWHOで起こっている不可解な事実


 本20日、台湾では民進党の蔡英文氏が新総統に就任する。さる1月の総統選挙で圧倒的な支持を得、また立法院でも民進党が全113議席中多数を占めるという状況の中での出発だ。
 民進党が初めて政権をとった2008年の選挙では、総統は民進党の陳水扁が勝利したが、立法院選挙では国民党が64、民進党が40であり、ねじれ現象が生じていた。今回の選挙では逆に民進党が68と大幅増となったのに対し、国民党が35に落ち込み、ねじれ現象は解消された。
 通常の法案は過半数で通るので、民進党だけの賛成でも成立可能となる。このことだけでも蔡英文新総統政権は陳水扁政権より恵まれた状況にある。

 また、蔡英文新総統が米国から好意的に見られていることも大きい。以前は違っており、米国は民進党のみならず蔡英文に対しても「台湾独立」に走り出すのではないかと強く警戒していた。米国の立場は、簡単に言えば、「台湾を中国が軍事力で統一することには反対し、阻止するが、台湾側から中国との関係を悪化させることは望まず、抑制するよう求める」ということだからだ。
 現在、米国は警戒心をそれほど強く表に出さなくなっている。蔡英文と民進党はこの点でもよく学習し、努力したからである。

 一方、このような蔡英文新政権にとって有利な状況は、中国にとって心配の種だ。中国は馬英九総統が率いる国民党との関係を通して台湾の統一問題を前進させようと図ってきたが、今回の選挙では総統の選出においても、立法院の選挙においても中国が狙ってきたことが台湾人に評価されない結果となった。
 選挙後、新政権の誕生を控えて中国がどのような態度に出るか注目されたが、少なくとも、台湾人の関心事に配慮する姿勢は見られない。一言でいえば、「台湾側は中国との関係を重視すべきだ。中国からの呼びかけに応じなければ困ったことになるぞ」と頭越しに要求する態度で接しているように見える。

 話はやや飛躍するが、新総統就任の3日後から、ジュネーブで世界保健総会が開催される。WHO(世界保健機構)の年次総会だ。
 台湾は7年前から「Chinese Taipei 中華台北」の名称でオブザーバー参加してきた。ところが今年の招待状には例年と異なり、中国大陸と台湾が不可分であるとする「一つの中国」の原則を強調する特記事項が、45年前に国連で採択された決議の引用とともに記されていた。国連での中国の代表を「中華民国」から「中華人民共和国」に変更した決議である。末尾に引用しておく。
 中国のある高官は、今年は台湾の代表を世界保健総会に全く招待しないことになるだろうという発言をしたことが別途報道されていた。しかし、台湾をWHOのオブザーバーとして招待することとしたのは、WHOのメンバー国の総意である。中国が要求したからと言って、そのような特記事項を恣意的につけることはできないので、中国とWHOの事務局の間で工夫した結果、特記事項としたのだろう。
 しかし、それでも異論が出る可能性があり、わが国としても対応を迫られることがありうる。

 この招待状について、台湾の外交部は5月7日付で、次のような立場を表明した。
「WHOが我が国を「中華台北」の名称、オブザーバーの資格、衛生福利部長(大臣)の肩書きで今回のWHO総会に8回目となる招請を行ったことに対して、我が国政府はこの発展を前向き受け止めている。今年の招待状に国連総会第2758号決議、WHO総会第25.1号決議、並びに上述の文書の中に「1つの中国原則」が言及されたことは、WHOが一方的に独自の立場を陳述したものに過ぎない。我が国政府は過去8年間、両岸は「92年コンセンサス、『1つの中国』の解釈を各自表明する」を交流の基礎とし、衛生福利部の訪問団がWHO総会に参加することも含め、実務的に関連テーマを処理してきた。我が国がWHO総会に参加する意義、価値および貢献は、国民および国際社会が広く評価するところである。」
 これは冷静な対応だと思う。

 総じて、中国の台湾に対する態度は大国主義的、強権的ではないか。少なくとも台湾人の心をつかむには逆効果となる姿勢だと思う。

Resolution 2758 (XXVI)
THE GENERAL ASSEMBLY,
Recalling the principles of the Charter of the United Nations,
Considering the restoration of the lawful rights of the People’s Republic of China is essential both for the protection of the Charter of the United Nations and for the cause that the United Nations must serve under the Charter.
Recognizing that the representatives of the Government of the People’s Republic of China are the only lawful representatives of China to the United Nations and that the People’s Republic of China is one of the five permanent members of the Security Council,
Decides to restore all its rights to the People’s Republic of China and to recognize the representatives of its Government as the only legitimate representatives of China to the United Nations, and to expel forthwith the representatives of Chiang Kai-shek from the place which they unlawfully occupy at the United Nations and in all the organizations related to it.
1967th plenary meeting
25 October 1971
2016.05.16

(短評)ドゥテルテ・フィリピン新大統領をどう見るか

 来る6月30日にフィリピンの新大統領に就任するドゥテルテ氏は過激な発言で知られている。米国の大統領選でやはり過激な発言を武器に支持を拡大し、共和党の候補にほぼ確定しているトランプ氏によくなぞらえられているが、両者の間にはかなり違っている面があると思う。
 ドゥテルテの発言は、単に「過激」なだけでなく、たとえば、「私が大統領になれば、血を見る機会が増える」「犯罪者は殺す」と言ったり、同氏が女性を侮蔑する発言をしたので米国とオーストラリアの大使が非難したのに対して、「黙れ、両国と関係を切ってもいい」と言い放ったりするなど、「常軌を逸した」と評するほうが適切な感じがするくらいだ。
 女性を侮蔑する発言は、1989年にダバオで起きた刑務所暴動でオーストラリア人修道女が強姦殺人された事件について、自分が先に強姦しておけばよかったと冗談で言ったものであり、これは絶対許されないはずだ。ドゥテルテは後で謝罪したが、そんなことで切り抜けられるような問題ではないだろう。
 トランプもえげつないことを口にするが、ドゥテルテには及ばないようだ。

 外交政策においてはもっと顕著な違いが見られる。
 トランプの場合は、「偉大な米国を復活させる」ことを重視すると同時に、メキシコ、韓国、日本などに対する一方的認識、思い込みに基づいた攻撃的な注文をするところに特徴がある。
 一方、ドゥテルテは、他国に対する一方的な認識や判断は、少なくとも今のところ、見られない。前述した「関係断絶発言」も特定の国に対するものでなく、批判をされたのに対する反撃だった。常軌を逸する内容だが、特定国を攻撃したのではなかった。

 ドゥテルテの対中政策がどうなるか、これはとくに注目されている。フィリピンは南シナ海で中国と争っており、国際仲裁裁判所に提訴している。
 ドゥテルテは、裁判では南シナ海問題は解決できず、中国との話し合いが必要との考えであり、その理由は「祖父が中国人だから」だという説もある。
 しかし、ドゥテルテは、中国と領有権を争っている「スカーボロー礁に行って旗を立てる」とも発言している。話し合いについても、中国と2国間で行うという意味でなく、多国間で協議すると言っている。これは中国が嫌うことだ。このようなことから、ドゥアルテははたして中国に融和的か、強硬か、よくわからないとも言われている。

 ドゥテルテ新大統領には、今後官僚機構や専門家のアドバイスを受けてバランスの取れた外交政策を策定していくことを期待したい。トランプのような思い込みがないのであれば、それは可能だと思われる。
近く公表される(はずの)南シナ海に関する仲裁裁判の結果に対しドゥテルテ政権がどのように対応するか。その外交姿勢が問われることになるだろう。
 
2016.05.13

オバマ大統領の広島訪問と核の非人道性

昨日に続くTHE PAGEへの寄稿文です。

 核兵器(以下単に「核」)の廃絶がなかなか実現しないのは、現在の国際情勢下では核の抑止力が必要で完全に手放すわけにはいかないと考えられていることもさることながら、「核の非人道性に対する理解が十分でない」からだと思います。こう言うと、「いや、核が非人道的であることは明らかであり、理解されている」という反論が出てくるかもしれませんが、どういうことか以下に説明していきましょう。

 兵器は本来非人道的ですが、一部の兵器はあまりにひどい結果をもたらすので19世紀の終わりころから使用を禁止しようとする動きが起こり、国連では、「非人道性」とは何かを研究するとともに、一定の兵器を禁止する条約が作られてきました。
その結果、「非人道性」とは、「過度に」あるいは「無差別に」人を殺傷することだということが明確になってきました。
 核については、さらに「多数の市民を殺傷する」という問題があります。
そして、具体的には、毒ガスや対人地雷は条約ですでに禁止されていますが、核を禁止する条約はできていません。

 核不拡散条約(NPT)や国連では、核の「廃絶」や「使用禁止」について議論をしていますが、核保有国と非保有国との間の考えの相違はまだ大きく、「核の使用禁止」が成立するのは「核の廃絶」と同じくらい困難なようです。
 そこで、数年前からまず「核の非人道性」を確立しようとする運動が国際的に展開されてきました。この問題については1996年、国際司法裁判所は「核の使用は原則として国際人道法に反する」という判断をしましたが、これは「勧告」であり、各国に対して拘束力はありませんでした。
 新たに展開されている運動は、核の廃絶が実現するまでの間、中間的な方策として「核の非人道性」について各国の合意を形成しようとするものです。
 しかし、この運動においても核は抑止力のために必要だという考えが影響を及ぼしており、「核の非人道性」は国際的なコンセンサスとして確立するに至っていません。

 日本はこの運動に参加する一方、世界の指導者に対し被爆地を訪問し、被爆の実態をじかに感じ取ってもらうことを勧めています。「核の非人道性」を確立する国際運動は、いわば、「言葉で」目的を達成しようとしているのに対し、被爆地訪問は「体験により」核の非人道性を会得するものであり、4月に広島で開催されたG7外相会合は非常に効果的でした。
 特筆すべきは、「核の非人道性」は言葉では分かっていたようでも、被爆地で体験することはそれと大きく違っていることが分かったことです。ケリー米国務長官は率直に驚いたと表明しました。
 わたくしは軍縮大使であった関係上、広島や長崎で欧米諸国の人と一緒に被爆状況を展示している資料館を訪問したことがあり、彼らが想像を絶する強い衝撃を受けたのをこの目で見ました。ある人は、訪問が終わると、どんなにひどく叱責されるか、おびえるまなざしでわたくしを見ていました。
 「核の非人道性」は理屈や頭では分かっているつもりでも、実はその理解は浅いのです。その恐ろしさが言葉だけでなく、体で本当に分かってくると、核に対しての取り組みがより真剣になるのではないでしょうか。「核の非人道性」を知って取り組むのと、理解しないで取り組むのでは「核の廃絶」を推進する力も違ってきます。核爆発の実態を正しく知ることは核問題に取り組むのに絶対的に必要なことなのです。

 被爆地を訪問すると謝罪を求められると危惧する意見を始め、さまざまな消極的意見を克服してオバマ大統領が被爆地、広島を訪問することを決意されたことは、核軍縮にとっても、日米関係にとっても、さらには世界の平和にとっても言葉では言い尽くせない意義があると思います。
 今回実現しなかった長崎訪問も積極的に検討されることを希望しつつ、広島訪問がつつがなく完了することを願っています。

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