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2016.05.05

日本国憲法上「核兵器の保有」は認められないのか?

THE PAGEに5月4日、次の文章を寄稿しました。寄稿文の後に、ある方からいただいたコメントとそれに対するわたくしの追加説明があります。

(寄稿文)
 「日本政府は民進党の逢坂誠二議員と無所属の鈴木貴子議員からの質問に対する回答において、「自衛のための必要最小限度の実力保持は憲法9条でも禁止されているわけではなく、核兵器であっても、仮にそのような限度にとどまるものがあるとすれば、保有することは必ずしも憲法の禁止するところではない」という解釈を示しました。
 日本政府は、この答弁は従来と同趣旨の説明だとしています。

 核兵器の使用が認められるか否かについては、国際法、日本国憲法など国内法、日本の政策を区別してみていく必要があります。
国際法においては、核兵器が違法で禁止されているか、各国の考えは一致していません。日本政府は、戦後間もないころ違法だとみていたことがありました。1960年、フランスがサハラ砂漠で核実験を行い、アフリカ諸国を中心として、核兵器は国連憲章や国際法に違反しており禁止すべきだという決議案が国連総会に提出されたとき日本は賛成したのです。
 しかし、中国が核兵器を開発したことなど、国際政治において核の抑止力に頼らざるを得ない状況になり、それ以後日本は核兵器を違法であり、禁止されるとすることに賛成していません。
 
 一方、日本国憲法では、核兵器が違法で禁止されている、あるいはいないなどと直接的に規定されていません。第9条の、戦争や国際紛争においては「武力の使用を永久に放棄する」という規定の解釈にゆだねられています。
 1954年に日本政府は、「日本に対して武力攻撃が加えられた場合に、国土を防衛する手段として武力を行使することは、憲法に違反しない」という解釈を示しました。この考えに立って創設されたのが自衛隊です。それ以来、政府は「自衛のための必要最小限度の実力を持つことは憲法で禁止されていない」という解釈を維持しています。ここで言う「実力」が武器のことです。
 この解釈に対しては批判的意見もありましたが、わたくしは妥当な解釈であり、今や日本国民の大多数によって受け入れられていると思います。

 では、核兵器は憲法が認めている自衛のための武器にあたるでしょうか。
 核兵器は一度使用されると市民に甚大な被害をもたらしますので、「自衛のために必要最小限度」の武器か、その範囲を超えるのではないかという疑念を抱かれるのは当然ですが、日本政府は、冒頭で引用した答弁のように「核兵器であっても自衛のために必要最小限度にとどまるものがありうる」という立場です。

 しかし、核兵器が禁止されているかいなかについては、さらに次の2つの点を勘案する必要があります。
 1つは、日本は、戦後米国の統治下におかれていた小笠原諸島と沖縄が本土に復帰するに際に(それぞれ1968年、72年)、「核を持たず、作らず、持ち込ませず」の非核三原則を表明したことです。
 つまり、核兵器は、日本国憲法では必ずしも禁止されていませんが、日本の政策として「核を持たず、作らず、持ち込ませず」と決めたのです。憲法は一定の場合可能と言っているだけで、核兵器を保有、使用しないという政策は憲法となんら矛盾しません。

 もう1つは、日本は、沖縄返還から4年後の1976年に批准した核兵器不拡散条約(NPT)で、核兵器の保有、使用など一切のことを国際法上禁止されていることです。この禁止がある限り日本国憲法では禁止されていないと言っても実際上意味はありません。

 以上、核兵器が禁止されているか否かを判断する場合に日本国憲法、非核三原則およびNPTの3つが問題になることは従来の国会答弁でもちろん指摘されていますが、その説明ぶりが適切かについては再検討の余地があると思われます。とくに、NPTについては、憲法や非核三原則に比べ、説明が不明確な時がありました。その一例がさる3月18日の参議院予算委員会での答弁です。法制局長官は、「核兵器を始め全ての武器の使用についての制約というのは、国内法、国際法それぞれございます」と言いつつ、「武力の行使を可能となるのは、新三要件の下におきましても、我が国を防衛するための必要最小限度のものでございます」と説明しました。
 しかし、核兵器に関する限り、自衛であろうとなかろうと、また新三要件を満たそうと否とは関係なく、NPT条約に加盟している以上、禁止されています。
 法制局長官の説明は憲法との関係だけに限ったものかもしれませんが、誤解を生みやすく、今後は「法的にも使用、保有などできない」ことを強調し、明確に説明するべきではないでしょうか。

(いただいたコメント)

 こんにちは

 私自身は憲法の変更は反対派です。また核の拡散を決して是としておりません。被爆三世というのも大きいかも知れません。また、現在アメリカの核の傘の下で安定しておりますので特に物を申すことはありません。韓国の友達と北朝鮮との関係を議論していた時、核の傘があるのは羨ましいと言われましたし、他国の学生はやはり日本をそのように見ているのだと自覚しております。

 この度、ヤフーニュースにて、憲法の取扱で気になる点がありましたのでメールさせて頂きまました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160504-00000001-wordleaf-pol&p=2
 「しかし、NPT条約に加盟している以上、核兵器に関する限り、自衛であろうとなかろうと、また新三要件を満たそうと否とは関係なく禁止されています。」

 このようにありますが、日本国憲法は国際法を含めて全ての法律に優先しますので、日本国憲法で核兵器が必要だとされる場合には国際条約は破棄される話に思います。文章を読んでいて、国際条約の方が優先されるような話があり法律解釈に危うさを感じております。

 例えばですが周辺国、特に北朝鮮やアメリカ(アジアへの駐屯を一切行わない)など今とは全く異なる情勢や更に想定外の悪い情勢になった場合、自国防衛のために核に頼らざるを得ない状態は想定しておくべきだと思います。


(コメントに対するわたくしの追加説明)

 ご照会いただき、お礼申し上げます。
 
 わたくしがヤフーのTHEPAGEに寄稿した文章「日本は憲法上「核兵器の保有」は認められないのか?」の中で述べた「NPT条約に加盟している以上、核兵器に関する限り、自衛であろうとなかろうと、また新三要件を満たそうと否とは関係なく禁止されています。」について、「日本国憲法は国際法を含めて全ての法律に優先しますので、日本国憲法で核兵器が必要だとされる場合には国際条約は破棄される話に思います。文章を読んでいて、国際条約の方が優先されるような話があり法律解釈に危うさを感じております」とのコメントをいただきました。

 これに対するわたくしの考えの要点は次の通りです。
○憲法が優先するか、国際法が優先するかについては、わたくしは専門家でありませんが、解釈が分かれていると理解しています。
○いずれの解釈をとるにしても、日本が将来必要な場合、憲法で条約を破棄できるとは考えません。条約は国家間の約束であり、それを一国の判断で破棄することは国家の信用を失うことになり、すべきでないからです。
○なお、核兵器拡散禁止条約(NPT)は、国家の存続のためなどどうしても必要な場合は、条約からの「脱退」という方法があることを定めています。これはあくまで条約が認めた方法であり、条約の他の締約国によって認められなければなりません。一方的に行う「破棄」ではありません。
2016.05.04

(短評)憲法改正問題

 わたくしは若いころから日本の憲法は改正をいとうべきでないという考えであり、今も基本的には変わっていない。しばしば改正することで有名なスイスの憲法について1冊の本を書いたこともある(『スイス 歴史が生んだ異色の憲法』ミネルヴァ書房)。
 しかし、現在の政治状況下で憲法を改正することには反対だ。国会で意味のある審議を期待できないからである。特定秘密保護法と安保関連法の審議において質疑は驚く程かみ合っていなかった。たとえば、法案には一定の厳格な条件を満たせば自衛隊を外国へ派遣できることになっているが、その点に関する安倍首相の答弁は、「外国の領土へ派遣することはない」ということであった。
 そのような審議しかできないのであれば、国家の命運を左右する憲法について真に意味のある検討は到底期待できない。

 自民党だけでないが、憲法改正案を公に提示し国民に考える機会を提供していることは評価している。内容について賛成するところもあれば、反対することもあるが、具体的な検討に資するからだ。

 これまでのところ、条文の内容に立ち入った議論はまだ不十分だ。緊急事態についての議論も煮詰まっていない。そのような条文を設けることについては疑問が提起されているが、それに対する反論はほとんどないのではないか。憲法改正の結論を急ぐべきでないと思う。

2016.05.02

沖ノ鳥島海域での台湾漁船の拿捕

 4月25日、海上保安庁は沖ノ鳥島沖の日本の排他的経済水域(EEZ)内で無許可操業していた台湾の漁船を拿捕し、船長を逮捕した。漁船側は、早期釈放のため「担保金」を支払い、船長は26日に釈放された。
 台湾の馬英九総統は、沖ノ鳥島は海洋法条約に規定に照らして「島」ではなく、「岩礁」にすぎないと主張し、日本側の行為を非難した。台湾では、漁船や馬英九総統の主張に同調して日本に対する抗議行動が起こっており、また、台湾当局は巡視船をこの海域へ派遣するなど、かなりの騒ぎとなっている。
 この件についてはいくつか考えさせられることがある。
 第1に、沖ノ鳥島近辺では以前にも台湾の漁船が拿捕されたことがある。台湾側では沖ノ鳥島を「島」と認めず、したがって日本の排他的経済水域も認めないものの、拿捕される危険があるので近づかないよう指導していたと報道されている。
この経緯に照らせば、今回の事件はなぜ起こったのか不可解だ。日本側の主張が正しい、いや、正しくないという問題(これについては後述する)を離れて、なぜ台湾漁船は拿捕される危険を知りながら日本の主張する排他的経済水域内で操業したのかである。
 第2に、馬英九総統は、形式的には日本の海上保安庁が台湾の漁船を拿捕したことを非難しているのだが、今回の事件をできるだけ穏便に済まそうという姿勢は見えず、むしろ、日本の沖ノ鳥島に対する主張は不当だとさかんに非を鳴らすことによって問題を大きくしているのではないか。
 馬英九の主張は、国連海洋法条約第121条の
「1項 島とは、自然に形成された陸地であって、水に囲まれ、高潮時においても水面上にあるものをいう。
2項 3項に定める場合を除くほか、島の領海、接続水域、排他的経済水域及び大陸棚は、他の領土に適用されるこの条約の規定に従って決定される。
3項 人間の居住又は独自の経済的生活を維持することのできない岩は、排他的経済水域又は大陸棚を有しない。」を根拠としており、一見合理的な主張のように聞こえる。

 しかし、馬英九総統は、蔡英文新政権が誕生する前に領土問題で台湾のナショナリズムを掻き立てることにより新政権をけん制し、国民党との協力が必要なことをアピールしようとしており、今回の事件においても実はそのような底意があるのではないか。
 推測を重ねるようなことになるが、台湾の漁船が第1に述べた行動を起こしたのは、そもそも馬英九総統の意思が働いていたのではないか。ことの性質上このような推測が正しいかどうか今直ちには分からないにしても、時間をかけて検証していく必要があろう。
 第3に、台湾側では、日本は台湾の漁船だけを差別扱いしており、同じ海域で同様の操業をしている韓国の漁船は拿捕していないと非難している。
 これは、常識的にはあり得ないことだ。台湾をひいきにして、韓国を差別しているということであれば、まだ理解できないでもないが(台湾をひいきにすることも本来あってはならないことだが)、その全く逆のことを言っているので理解に苦しむ。いずれにしても事実か否か確かめる必要がある。
 第4に、岸田外相はじめ、日本側が沖ノ鳥島は「島」であると国連によって認められていると説明しているのは、国連海洋法条約に基づいて設置された大陸棚限界委員会(Commission on the Limits of the Continental Shelf; CLCS)が、2012年4月26日に沖ノ鳥島を基点とする我が国の大陸棚延長を認めた勧告を行ったことを指している。これは勧告であるが、「大陸棚限界委員会の勧告に基づいて設定した大陸棚の限界は、最終的なものとし、かつ、拘束力を有する」と国連海洋法条約第76条8が規定しており、日本政府がこの勧告に従って引いた限界線は拘束力があるとされているのだ。
 第5に、しかし、それでも台湾が不服ならば、同条約が定める方法で訴えることが可能であり、馬英九総統がそのようなことを示唆しているのは興味深い。台湾が訴えを起こすならば日本は応じるべきだ。
 第6に、ただし、台湾が実際に常設国際仲裁裁判所に訴えを提起できるかという問題がある。同裁判所の審理の対象となる案件は国家間の紛争に限らず、国家と私人であっても可能なので、台湾漁民と日本政府との間の紛争であっても不可能なわけではない。
 しかし、訴えを起こす当事者資格が台湾に認められるか。台湾はそれを希望するだろうが、中国政府がどのような態度をとり、また、裁判所がどのように判断するか分からない。馬英九総統はこの点についてどのような考えなのか。
 ちなみに、台湾は現在、世界保健大会(WHA)に招待されていないと危機感を抱いている。中国が反対するためだ。
 フィリピンは、南沙諸島に関し2013年に中国を相手として同裁判所に裁判を求め、審理は現在も進行中で、近く決定が発表されると言われている。台湾は訴えられた当事者ではなかったが、2015年10月31日と11月2日の2回、仲裁裁判所の決定は承服できないとの外交部声明を発表した。台湾はフィリピンと中国の争いに自ら割って入った形になったのだ。その理由について台湾は、同裁判所が予備審査の段階で台湾の意見を聞かなかったからだと言っている。つまり、台湾としては、南沙諸島のなかの太平島を台湾が実効支配しているのに台湾の意見を聞かないで審理を進めるのは不当だという気持ちなのだろうが、これだけ聞けば、台湾は仲裁裁判の当事者になれると思っているような気もする。

 ともかく、日本と台湾の間で仲裁裁判が実現するか分からないが、以上のような法的・技術的問題があるにしても、原則として、台湾が仲裁裁判など国際的に決められたルールで問題の解決を図るのは歓迎すべきことであり、台湾がそのための行動を起こすのであれば、日本政府は積極的に応じるべきである。

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