平和外交研究所

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2016.06.17

(短評)イスラム教徒の移住制限は可能か

 フロリダ州オーランドで、6月12日未明、銃乱射事件が発生し、50人が死亡、53人が負傷するという大惨事となった。
 米大統領選のトランプ候補はいち早く声明を発表し、「米国がイスラム過激派テロリストの攻撃を受けた」「犯人はアフガニスタンからの移民の息子だ」などと述べつつ、あらためて米国はイスラム系移民の受け入れを厳格化すべきだと強調した。

 しかし、イスラム教徒の移住を制限することはできるか。基本に立ち返ってみておこう。
 イスラム教徒は現在米国の人口の約1%を占めている。宗教別にみれば、キリスト教徒が抜群に多いが、第2位のユダヤ教徒と第3位のイスラム教徒は僅差である。米国への移民数では、イスラム教徒が年間10万人に上っており、2030年にはイスラム教徒は620万人に増加すると見込まれている。だからイスラム教徒が警戒されるのかもしれないが、一定の政治勢力であることも事実だ。イスラム教徒だけに制限を加えることは人権蹂躙などの問題があるが、政治的な問題も起きるだろう。
 もともと、イスラム教徒は共和党支持者が多かったが、9.11同時多発テロ以降、共和党内でイスラム教徒に対する風当たりが強くなったためイスラム教徒は民主党支持に回るようになり、オバマ大統領の成立に際しては大多数のイスラム教徒が支持するに至った。したがって、共和党としては、今はイスラムの負の側面が目立っているが、将来は失われたイスラム教徒の支持を回復したいという気持ちがあるはずだ。
 
 また、イスラム教徒についてだけ移民を制限することは困難だろう。米国はもともと移民の国であり、移民については明確な政策があり、国別の枠のほか、家族関係、職業上の技術、人道的理由などが考慮され移民の受け入れが決定される。その中に宗教上の理由を持ち込む余地は皆無なはずである。つまり、ほかの宗教は構わずにイスラム教徒だけ制限することはそもそも法的にできないはずだ。許されるのは移民政策の範囲内に限られる。
 
 イスラム教徒を差別的に扱うことはそもそも移民政策の根幹を揺るがしかねないどころか、人種問題を惹起して米国のタブーに触れる恐れがある。米国では、移民問題について、移民が少ない日本では想像を絶するほど複雑な歴史と経験があり、米国は人種問題の爆発を防ぐため懸命の努力を行っている。だから、非白人のオバマ大統領を選ぶことができたのだ。また、日本では出身地を尋ねることはごく普通のことだが、米国では注意が必要だ。人種について間接的に質問していると取られる恐れがあるからである。
 トランプ候補がイスラム教徒に対する移住制限を繰り返してもさほど問題にならないのは選挙戦という特殊な状況の中だからだと思われる。

2016.06.16

アセアン・中国特別外相会議‐多維新聞の論評

 6月14日、中国雲南省で開催されたASEAN・中国特別外相会議について日本の新聞各紙は、今回の特別会議の開催目的は、9月の開催予定のASEAN・中国首脳会議25周年の準備というのは表向きの発表で、実際には南シナ海問題が主要議題であったこと、中国は近く公表される仲裁裁判の結果に神経をとがらせていること、今次特別外相会議は開かれたが意見はまとまらず、共同の記者会見も行なわれず、共同声明もなかったことなどを報道・コメントしている。共同声明については、案文はいったん作成されたが、途中でボツになったとも報道されている。

 次の2点を補足しておく。
 第1に、特別会議を大急ぎで開催することを望んだのはASEAN側でないだろう。かりに、ASEANが会議を希望するのであれば、必要な手順を踏まなければならず、今回のように急いで決定することは困難なはずだ。
 会議は、中国がASEANに頼み込んで開かせてもらったものと思われる。中国としては北京で開催したいところだろうが、それはあまりにも身勝手すぎるので東南アジアに近い雲南としたのだろう。
 
 第2に、米国に拠点がある中国語の『多維新聞』の報道だ。中国の事情に詳しく、当研究所でもよく参考にしている。中国の対外関係については中国に悪く報道することはまずない新聞だ。
 しかし、同新聞6月14日付の論評には次のような言及がある。
「今回の特別会議の開催は2日前に突然中国から発表された。それまでそのような話はまったくなかった。
 今回の会議と似た特別外相会議が、中国・ASEAN戦略パートナーシップ10周年の2013年に開かれたが、6日前には発表されていた。
 今回の特別会議は中国・ASEAN首脳会議25周年の準備のためだと言うが、それはまだ3カ月も先のことであり、そんなに急ぐ必要があったとは思われない。
 このように急いで開催したのは、南シナ海問題に対処するためであることは明らかだ。」
「中国は、南シナ海問題についてASEANと協調し、ASEANがこの問題について立場を共通にしていると国際社会に見せ、域外国の介入をする余地を少なくし、南シナ海問題で受け身になっている状況(原文は「被動局勢」)を逆転することを狙っている。」
「この中国の願望通りの結果が得られたか、今後の状況を見守る必要がある。ASEANの側でも団結を強めなければならないが、中国が希望するような状況を実現するには、中国自身がさらに努力してASEAN諸国の信頼を勝ち取ることが必要だろう。」

 尖閣諸島付近への中国艦船の侵入、王毅外相の超積極的な言動、中国戦闘機の大胆な行動、それに今回のASEAN・中国特別外相会議と中国は激しく動いている。しかし、いずれも中国の期待通りの結果を生み出しておらず、中国の立場はむしろ悪化しているのではないか。
 また、南シナ海の問題は尖閣諸島とも、また、台湾とも密接な関係があり(6月13日の当研究所HP「尖閣諸島接続水域への中国。ロシア船の侵入と中国の無体な主張」)、南シナ海問題における強引な行動はこれら海域での中国の立場を損なった。
この問題は対外政策に限らず、内政とも密接に関連しているのではないか。
2016.06.13

尖閣諸島接続水域への中国・ロシア船の侵入と中国の無体な主張

 ロシアの艦船(駆逐艦および補給艦など3隻)が尖閣諸島の久場島と大正島の間の接続水域に入り北に航行したのが8日の夜10時前、中国海軍のフリゲート艦が久場島の北東の接続水域に侵入したのが翌9日の未明で、接続水域を離れたのが午前3時10分頃だった。
 中ロ両国が連携して行動を起こした可能性はあり、ロシアは中国から依頼されたのかもしれないが、ロシアの艦船がこの海域で行動するのは稀であり、今回このような航行をした意図については時間をかけて見定めていく必要がある。

 中国の意図は比較的明確だ。中国は南シナ海問題で米国と対立を深めており、米国が日本や東南アジア諸国などと連帯を強化していることに加え、最近、G7首脳会議などで日本や米国が南シナ海問題を積極的に取り上げたこと、アジア安全保障会議で米国に厳しい姿勢を見せられたことなどから中国軍としては不満を募らせていたと思う。
 その表れが、7日に東シナ海で起こった中国の戦闘機2機による米国のRC-135偵察機への異常接近や、尖閣諸島付近の日本の接続水域への中国海軍の艦船による侵入であった。
 尖閣諸島に対して中国はこれまで日本の領海内にも侵入を繰り返してきたが、海軍の艦艇による行動は初めてだ。中国側の不満の強さを表しており、中国としては、軍事力の強さを強調することにより、日本や米国に対してさらなる協力・協同をけん制しようとしたのだろう。

 しかるに、東シナ海と南シナ海は台湾の南と北に位置し、別々の海域なので南シナ海で起こったことを尖閣諸島などと結び付けるべきでないと思われるかもしれないが、実は、中国の認識においてはこれら二つの海域と台湾は密接に関連しあっており、その認識に立って「古来中国の領土だ」と主張している。
 一方、中国以外の国は、日本を含め、中国の主張には根拠がないどころか、中国がなぜそのように無体な主張をするのか理解に苦しんでいる。
 米国も南シナ海については独自の分析に基づき、やはり中国の主張には根拠がないという結論を導いたことがある。東シナ海と台湾についてはそのような調査分析を行っていないようだ。

 このように主張が対立する場合にどのような方法で解決を図るかは重要な問題だが、それは別の機会に論じるとして、中国が乏しい根拠であるにもかかわらず、自国の権利を主張するのは「台湾統一」という国家的目標を実現しなければならないからだ。台湾統一は中国にとって、すなわち共産党政権にとって国民党との勝利を最終的に確定するものであり、それが実現しない限り共産党政権の、中国を統治する正統性は画竜点睛を欠くわけだ。
 また、中国にとって日本軍国主義を打ち破り、それが保有していた島を取り戻すことも等しく重要だ。
 南シナ海の島嶼と尖閣諸島は日本軍国主義から取り戻すものであり(日本が領有していた時南沙諸島は「新南諸島」と呼ばれていた)、台湾については、さらに国民党打倒という意味が重なるわけだ。
 つまり、中国による台湾や尖閣諸島や南シナ海に対する権利主張は日本軍国主義から領土を取り戻し、かつ、国民党政権を打倒するという二重の意味があるのだ。中国がこれらの島に対して領有権を主張し、しかも、「核心的利益」、つまり中国の主権が及ぶ島、あるいは海域であり、絶対に譲れないと主張している背景である。中国にとって、歴史的にどのような状況にあったか、中国大陸を統治した政権によって統治されたことがあったか否かという歴史的客観性の問題は二の次なのだろう。
 台湾は1683年以降清朝によって統治されていたにすぎず、それ以前は鄭成功が統治していた。これは22年という短期間であり、それ以前はオランダの支配下にあった。
 さらに清朝が統治していたのは台湾の西半分であり、東半分は最北端の一地方を除いて統治しておらず、清朝政府はこの統治外の地域の住民を「番」と呼び、漢人がその地域へ入ることを厳禁するなど、統治下の地域と外の地域を厳格に区別していた。
 しかし、中国はこのような歴史的事実を無視することにした。このような中国の考えを法的に定めたのが1992年制定の中国領海法だ。それ以来、中国は尖閣諸島も、南シナ海も、台湾も一つの舞台で見ており、南シナ海での不満は尖閣諸島にも、台湾にも向かう可能性がある。

 中国は8日、フィリピンによる南シナ海問題に関する常設仲裁裁判所への提訴を取り下げるよう要求するとの声明を行なった。常設裁判の結論は近日中にも発表されると見られているので、中国としては中国への理解を示しているドゥテルテ次期大統領に急ぎメッセージを送ったわけだが、中国が米国による国際的連帯強化の動きに神経をとがらせていることの証左でもある。
 尖閣諸島が日中関係の中でどのような意味合いがあるかはもちろん重要なことだが、フィリピンによる仲裁裁判の結果公表が尖閣諸島にもたらす意味合いも注目される。

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