平和外交研究所

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朝鮮半島

2023.10.27

『帝国の慰安婦』・対馬の仏像

韓国で最近日本に関係する重要な出来事が2件あった。

まず、韓国最高裁(大法院)は2023年10月26日、元慰安婦の名誉を傷つけたとして朴裕河(パクユハ)・世宗大名誉教授に対して罰金1000万ウォン(約110万円)の支払いを命じたソウル高裁判決(2審)を取り消し、同高裁に差し戻した。同教授は無罪となる公算が大きいといわれている。

本訴訟は朴教授の著書「帝国の慰安婦」に反発した元慰安婦らが2014年に同教授を刑事告訴して起こしたものであり、検察は翌年朴教授を名誉毀損罪で在宅起訴した。

1審のソウル東部地裁は17年1月、「元慰安婦の社会的評価を落とす意図はなかった」などとして無罪判決を下した。しかし、2審のソウル高裁は同年10月に「虚偽の事実を提示し、元慰安婦の名誉を毀損した」として、1審の無罪判決を破棄し、朴教授に罰金1000万ウォンの有罪判決を言い渡していた。

他の1件は、11年前に長崎県対馬市の観音寺から盗まれ韓国に持ち込まれた仏像をめぐる裁判である。仏像を盗んだのは韓国の窃盗団であり、韓国に持ち帰って売却しようとしたところを逮捕された。仏像は押収され、現在、大田広域市にある国立文化財研究院に保管されており、韓国の浮石寺は「倭寇に略奪された」として所有権を主張し、韓国政府に引き渡しを求めていた。

これに対し、一審判決は日本側に「略奪された」と認定、浮石寺の主張を支持した。しかし、2023年2月に出された二審判決は、所有権は取得時効の成立により観音寺に移っているとし、一審判決を取り消した。

韓国最高裁は慰安婦関係判決と同じ26日、二審判決を支持し、浮石寺の訴えを棄却した。最高裁判決は、「仏像は高麗王朝期(918~1392年)に倭寇に略奪された蓋然(がいぜん)性は高いが、そのことによって観音寺の所有権が覆されるものではない」とし、「(浮石寺の)所有権はいずれにしても取得時効により喪失している」との判断を示したのであった。

韓国の最高裁によるこれら2件の判決はいずれも価値の高いものである。いずれについても韓国内では反対あるいは批判が起こっているが、判決は感情的反発に左右されることなく、国際法と韓国の法令に忠実に判断を下したからである。勇気ある判断であった。

余談かもしれないが、韓国の司法の在り方については以前から、「政治に影響される」とか、「韓国の憲法より国民感情が優先する」などと言われたことがあった。司法の判断に対する信頼性は低かったのである。

日本との関係においてもその問題があり、文在寅前大統領の時代はその傾向が特に強かった。いわゆる元慰安婦問題については2015年12月の日韓外相会談における合意によって、慰安婦問題の「最終的かつ不可逆的な解決」が確認された。しかし、2017年5月に新たに政権に就いた文在寅(ムンジェイン)大統領は、2015年の合意では被害者の意思はしっかりと反映されず、真の問題解決とならない等として外交部長官直属の「慰安婦合意検討タスクフォース」を新たに設置した。日韓両国の合意を勝手に変更し始めたのである。

韓国の司法は慰安婦問題をさらに複雑化した。2021年1月、元慰安婦等が日本国政府に対して提起した訴訟において、ソウル中央地方裁は日本国政府に対し、原告への損害賠償の支払などを命じる判決を下した。国家間の合意を無視して元慰安婦の主張を取り入れたのであった。

幸い、2022年5月尹政権が発足すると、日本との関係は大きく変わり始めた。尹政権は日本との慰安婦合意を尊重する方針を打ち出し、また元徴用工問題についても日本との関係を重視して解決を図った。徴用工問題とは、植民地時代に日本側に徴用された人たちが日本の関係企業に賠償を求めた問題である。日本側は一貫して1965年の日韓請求権協定で解決済みとの立場であったが、文在寅政権下の2018年、韓国の裁判所は日本企業に賠償を命じ、差し押さえも認めていた。尹政権は日本企業の資産の現金化が迫る2023年3月6日、日本企業に命じられた賠償を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。

「解決策」は尹錫悦大統領の日韓関係改善にかける熱意を示すものであり、文在寅前大統領の下でいちじるしく悪化していた両国関係は顕著に改善された。日本政府は尹氏の努力を讃え、「解決策」が実行に移され、元徴用工の気持ちが癒され、両国民の間にあったわだかまりが解消されることを望んだ。

尹錫悦大統領は登場して以来、日本や米国との関係を劇的に改善させた。前任の文在寅大統領時代には米国との同盟か、中国との伝統的関係か、いずれが重要か明確でなかったが、尹氏は不正常な状態を明らかに同盟重視に戻した。北朝鮮との特別の関係についても文氏のような情緒的なとらえ方でなく、民主主義を貫くことが大事だとプライオリティを明確に示した。

今回の韓国最高裁の判決は、日本との関係で尹政権が着実に前進していることを示した。もちろん日本との間でわだかまっていた問題がすべて完全に解決したとみるのは早すぎる。尹政権の任期は2027年5月までであり、次期政権下でどのように扱われるか明確でない面もある。日本としてはそんなことは考えたくもないことだろうが、これまでの経緯を想起すると次期政権がどのように引き継ぐか、心配がないわけではない。しかし、次期政権においても尹政権の基本方針が継承されれば、日本や米国と韓国の関係はしっかりと固められるであろう。


2023.10.09

日韓共同宣言を考える

 25年前に行われた日韓共同宣言は画期的な合意であった。金大中大統領と小渕首相は相互に信頼しつつ、両国の関係を高い次元に発展させ、21世紀に向けた新たな日韓パートナーシップを構築する共通の決意を抱いて臨んだ。両国の国民も賛同し、日韓関係の発展を期待した。
 今や第2の日韓共同宣言を待望する声が双方で出始めている。それが実現すれば、日韓両国にとって友好関係を増進する新たな刺激となるだろう。

 だが、この25年間、宣言で示された未来への期待に沿うことばかりでなく、両国関係は最悪の状態にあるといわれたこともあった。今後の日韓関係については、そんなことにも注意を払っていく必要がある。25年前の共同宣言の知恵を借りつつ、次のように考えた。なかには共同宣言に記載されていなかったことも含めている。

 第1に、紆余曲折のあった両国関係であるが、今後も率直に向き合うことが重要である。日本側では過去の一時期韓国国民に対し植民地支配により多大の損害と苦痛を与えたという歴史的事実を謙虚に受けとめ、これに対し、痛切な反省と心からのお詫びを述べるという姿勢は変わらない。

 第2に、両国は国際法にのっとり関係を発展させることが基本の姿勢である。こうすることにより日韓関係は第三国との関係でも矛盾なく発展できる。

 第3に、日韓関係を発展させるために高邁な理想をうたうこともよいが、今後は積極的な意義のあることを一つ一つ積み重ねていく。お互いに実行により信頼関係を高めていくのである。

 第4に、青年、留学生など両国民の文化・スポーツ交流は近年大いに発展しており、両国関係を常に押し上げる役割を果たしている。今後各種交流を一層増進していく。また在日韓国人は日韓両国民の相互交流・相互理解のための架け橋であり、その地位の向上のため、両国間の協議を継続していく。

 第5に、25年前には、関係発展のため両国の指導者が果たす役割は大きいと認識された。しかし、今後は指導者と一般国民がともに日韓関係を増進していくことが重要である。
2023.09.19

金正恩総書記の訪露

 金正恩総書記は9月10日午後に平壌(ピョンヤン)を専用列車で出発し、13日にロシア極東アムール州のボストーチヌイ宇宙基地でプーチン大統領と会談した。帰国の途に就いたのは17日であり、1週間を超える長旅であった。金氏は4年前にもロシアを訪問したことがあったが、その時はあまり大事にされなかったらしい。予定を切り上げ帰国してしまった。

 ロシアは今回、その時とは比較にならない歓待ぶりであった。プーチン大統領は外国の要人と会談するとき遅刻の常習癖(意図的だといわれている)があるが、今回は逆に会談開始より数十分早く会談場に来ていたという。

 金正恩氏は極超音速ミサイルや巡航ミサイル、戦闘機など最新兵器を視察した。見て回っただけでなく、手で触れてみたり、操縦席に乗ったりした。また、ウラジオストックではロシアの太平洋艦隊を訪問した。金正恩氏の視察にはショイグ国防相が、一部はプーチン氏が同行した。

 金正恩氏は軍事施設以外にも、ウラジオストク郊外にある極東連邦大学、海洋生物学を研究する「ロシア科学アカデミー」、海洋水族館を訪問し、セイウチのショーも楽しんだ。帰国の前夜にはバレー、「眠れる森の美女」を観劇した。そして出発に際しては軍事モードに戻り、沿海地方の知事から攻撃用無人機5機、偵察用無人機1機、防弾チョッキを贈呈された。

 金総書記の今回の訪ロについては、ロシア側は北朝鮮側からウクライナで必要な砲弾などの提供を受け、北朝鮮側はロシア側から人工衛星用の技術提供を受けることなどが噂されていた。当然、そのようなことが話し合われたと推測されるが、詳細は分からない。ロシアの通信社は、今回の訪問が、露朝の「同志的友誼(ゆうぎ)と戦闘的団結に根差した伝統的な絆をさらに強固にした」とか、「首脳会談で戦略的協力で一致を見た」とおまじないのようなことを伝えただけである。

 ウクライナ侵攻という特殊事情から始まった新しい露朝関係は今後どうなるか。ロシアは、中国に加え北朝鮮との結託を強くして民主主義世界にとってますます厄介な勢力となるか懸念されるが、結局米国との関係がカギであり、露朝関係も米国を抜きにしては語れない。ロシアが米国を目の敵にしていることはウクライナ侵攻後一層激しくなった感があるが、本稿ではロシア側の状況はさておき、北朝鮮側の状況を考察してみたい。

 北朝鮮が弾道ミサイルの開発に異常なほど国力を注ぎ込んでいるのは、ICBMなど長距離ミサイルを開発して米国が北朝鮮に簡単に手を出せないようにするためである。北朝鮮がミサイルの開発に本格的に取り組み始めたのは、大きく見て1990年代からのことであるが、米国を北朝鮮にとって最大の敵とみなすことは朝鮮戦争以来の変わらぬ姿勢であり、今日のミサイル開発もそのような認識に立っている。

 北朝鮮は一度だけ、2018年6月のシンガポールにおける米朝首脳会談において、話し合いによる解決を探ることに前向きになったことがあったが、長続きしなかった。とくに翌年2月のハノイにおける第2回首脳会談が失敗に終わって以来、金正恩氏はもとの米国との対決路線に戻ってしまった。

 その様子を見てプーチン大統領は2か月後の4月、露朝の話し合いを持ちかけ、金氏は訪露した。ロシアは当時クリミア侵略のため米国はじめEUや日本から制裁を受けており、米朝首脳会談が失敗に終わったことはプーチン大統領にとって外交の幅を広げ、力を取り戻す絶好の機会となったのであるが、北朝鮮はロシアに頼ってくることはあっても、ロシアが頼っていく国ではなかった。

 しかし、今回状況は一変し、ロシアはウクライナ侵攻のために北朝鮮の兵器を必要とするようになり、下手に出ても金正恩のご機嫌を取ろうとした。また北朝鮮にとっては、従来から尊大に構える兄貴分的なロシアから技術を導入するよい機会となった。つまり、ロシアも北朝鮮も米国に負けないために協力を強化し始めたのである。

 もっとも、新しい露朝関係が長続きするとは思えない。今はそういう状況にあっても、ロシアにとって弾薬などの不足は一時的な問題である。ウクライナ侵攻が何らかの形で終結すれば北朝鮮に弾薬を求めることなど自然になくなる。そうすれば、今は下手に出ているロシアは、以前からの兄貴分的振る舞いに戻るのではないか。

 話は飛ぶが、1999年3月、石川県能登半島沖で北朝鮮の工作船が我が国領海に侵入してくる事件が発生した。これに対し、海上保安庁と海上自衛隊が対応し、工作船の一部はロシアの領海内に逃げ込んだ。

 偶然であったが、その直後に野呂田防衛庁長官がロシアを訪問し、ロシア太平洋艦隊の司令官と会談を行った。するとロシアの司令官は野呂田長官に対し、今後同様の事件が起こるなら日本の艦船がロシアの領海内に入ってきてもかまわないと、日本にとっては友好的、北朝鮮にとっては非友好的な発言を行った。当時は、ロシアのエリツィン大統領からプーチン氏に交代するときであり、日露関係は冷戦終結後最も良好なときであった。ロシアと北朝鮮の関係は当時も悪いわけではなかったが、北朝鮮が違法な行為を働くならば、日本が対応するのに協力してもよいという冷静さがロシアにあったのである。同じことが再度起こるかわからないが、金正恩総書記の訪露から始まった両国の関係変化は中長期的な観点から分析していくことも必要である。

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