平和外交研究所

ブログ

朝鮮半島

2023.06.01

北朝鮮外務次官の談話

 5月29日に報道された北朝鮮外務次官の談話は、「日本が新しい決断を下し、関係改善の活路を模索しようとするなら、朝日両国が互いに会えない理由はない」とした。これは関係改善に前向きと取れる発言である。

 しかし、拉致問題については、「すでに解決した」と従来通りの姿勢を変えることはないとした。これでは関係改善に前向きとは言えない。

 談話は両様にとれるのであるが、談話の背景になっていることに注目する必要がある。一つは、岸田首相が5月27日、東京都内で開かれた、北朝鮮による拉致被害者全員の即時帰国を求める「国民大集会」に出席し、首脳会談の早期実現に向けて「私直轄のハイレベルで協議を行っていきたい」と述べたことである。談話はその2日後に報道された。今までの例から判断して、談話の日付も報道と同じ29日だったと思われるが、準備はもっと前からしており、岸田首相の発言を機に談話を発表したと思われる。

 岸田首相の発言で特に北朝鮮側の注意を引いたのは「首相直轄」の言葉であっただろう。すべて首相が自ら行うという意味でなく、「首相直轄のハイレベルで」協議を行うということであったが、それでも北朝鮮側は積極的にとったのだと思う。安倍元首相も自ら金正恩総書記と直接話し合う用意があることを国会などで発言していたが、何も起こらなかった。今は当時と状況が違っている。とくに北朝鮮は岸田首相に対し悪感情は持っていなかったところへ27日の発言が出てきたので、北朝鮮としての姿勢を表明する機会と思ったのであろう。

 ただし、岸田首相が北朝鮮側のいう「新しい決断」を行うか否かわからない、というより、これまでの日本政府の立場にかんがみると、それはあり得ない。そうすると日朝両国はそこで止まってしまうと考えるべきであろう。談話もそういうことになる公算が大きいことは織り込み済みであるように見える。

 もう一つの背景は、米国と韓国である。米国との関係においては、バイデン大統領がどのような姿勢で停滞していた米朝関係に臨むか、北朝鮮は注目していたはずである。しかし、日がたつにつれ、バイデン政権からは何も出てこないことが明らかになった。とくにトランプ前大統領のように自分で金正恩総書記と直接交渉するというような姿勢はなかった。北朝鮮としてはまったく米国との関係は進まないと判断したのだろう。バイデン大統領は中国との関係を調整するのに最大の努力を払っていたところにウクライナ問題が発生し、北朝鮮にかまっておれなかったのだが、だからと言って北朝鮮の姿勢が緩和することはない。

 韓国の尹錫悦大統領は文在寅前大統領と異なり、日本や米国との関係を重視する立場であり、米国および日本への訪問を見事に成功させた。文在寅前大統領のように北朝鮮に特別の好意を示すことはなく、北朝鮮による核開発に批判的である。また台湾情勢の不安定化にも懸念を示し、「力による現状変更には反対である」と発言して中国の不興を買っている。

 このような国際環境は北朝鮮にとって重大な意味合いがある。文在寅前大統領は何かと便宜を図ってくれたし、米国との関係でも助けてくれたが、そのようなことは期待できなくなっている。

 そこで浮上してきたのが日本ではないか。米国や韓国との関係が膠着状態に陥った時、日本に関心を向けることが過去何回かあった。小泉首相の訪朝の際もそのような背景があった。

 日本が何かできるわけでない。米国との同盟関係に支障が生じるようなことはできない。だが、北朝鮮が話し合ってもよいというのであれば、日本として動ける余地があるかもしれない。

 日本では5月31日の北朝鮮による人工衛星発射に、例によって異常なほどの関心を向けた。警戒警報が解除された後も、テレビは番組を変更して、繰り返し繰り返し報道したが、北朝鮮外務次官の談話も注目すべきである。

2023.04.30

尹錫悦大統領の外交

 韓国の尹錫悦大統領は3月に日本、4月に米国を訪問し、岸田首相とバイデン大統領と会談し(それぞれ3月16日、4月26日)、過去20年間で、つまり金大中大統領以降で最大といってよい外交成果を上げた。少々早すぎるかもしれないが、尹錫悦氏の功績は大韓民国成立以来の歴史の中でも3本の指に入るといっても過言でないと考える。

 訪日前の3月6日には、日本政府との間で長らく紛糾していた元徴用工問題について、日本企業が韓国の裁判所から命じられた賠償分を韓国の財団が肩代わりする「解決策」を発表した。これまで韓国側は人道問題として日本側に賠償を求め、日本側は日韓基本条約(請求権協定を含む)と国際法に従った解決を求めて対立していたが、この「解決策」が実行されれば元徴用工問題は解決に向かう可能性は大きくなったといえるだろう。

 さらに尹錫悦大統領は、「100年前のことで日本がひざまずくべきだというのは受け入れられない」とワシントン・ポスト紙のインタビューで語った。“I can’t accept the notion that because of what happened 100 years ago, something is absolutely impossible [to do] and that they [Japanese] must kneel [for forgiveness] because of our history 100 years ago. And this is an issue that requires decision. … In terms of persuasion, I believe I did my best.”
 また3月の国務会議では「過去は直視し、記憶すべきである。しかし過去に足を取られてはいけない。韓日関係も今こそ過去を乗り越えるべきである」と歯切れよく語った。尹氏は、目前の問題のみならず、大韓民国成立以前の1世紀以上にわたりこじれてきた日韓関係を正常化しようとしているのである。

 尹大統領を取り巻く韓国の政治状況は決して容易でない。日韓関係の正常化には激しい反対がありうる。日本に対して太陽政策をとっていると評する向きもある。にもかかわらず強い決意で日韓関係を正常化しようとする尹氏の姿勢は称賛に値する。

 岸田首相との会談では元徴用工問題の他、首脳間の「シャトル外交」の再開、輸出規制解除、GSOMIA(軍事情報包括保護協定)正常化、半導体に関する国家間の協力強化なども話し合われ、すべて解決されることとなったとみてよいだろう。

 主権国家同士の関係においては双方が努力して信頼関係を構築していかなければならない。今後は日本側としても何ができるか、真剣に検討し、実行していくべきである。岸田文雄首相は5月7~8日の日程で韓国を訪問し、尹錫悦大統領と会談する方向で日韓両政府が調整していると伝えられているのは評価できる。日本の首相による訪韓は、2018年2月の安倍晋三氏以来、5年ぶりである。シャトル外交としては、李明博大統領(当時)が京都を訪問し、野田佳彦首相(同)と会談した11年12月以来である。
 
 岸田首相は5月19~21日に広島で開く主要7カ国首脳会議(G7サミット)に尹氏を招待しており、尹氏も応じる予定だという。これもよい機会になるのは言うまでもない。

 尹錫悦大統領の米国訪問も大成功であった。米側の歓待ぶりは我々第三者には一部しかわからないが、なかなかのものであったらしい。ホワイトハウスでの夕食会で尹氏は1971年の名曲「アメリカン・パイ」をカラオケで披露し、拍手喝采を浴びている。また尹氏は米国議会でも歓待され、演説の機会も与えられた。

 バイデン大統領との会談では、核兵器を搭載可能な米国の戦略原子力潜水艦を韓国に派遣するなど抑止力の強化を謳い、また核兵器が使用される不測の事態に備えて次官級で協議する「核協議グループ」の設置を表明する「ワシントン宣言」が発表された。北朝鮮がミサイルの発射実験などを繰り返し、また「戦術核」の攻撃能力が高まっていると宣伝することに対する対抗姿勢を示したものである。

 韓国ではかねてから、半島有事の場合に米国が本当に韓国を救援してくれるか疑念がくすぶっており、韓国が核武装すべきであるとの意見が高まっていた。米国はこのような傾向がさらに増大することを強く警戒しており、「ワシントン宣言」は米国のコミットメントを再確認するものであり、韓国内での世論の迷走を鎮静化させることを狙っている。

 韓国のこれまでの大統領では核について踏み込んだ表明はできなかったが、尹大統領は米国の懸念をよく理解して韓国は核武装を目指さないとの姿勢を明確に再確認し、また日本とも協力することを示して日米韓の協力の輪を復活させたのである。

 バイデン大統領は共同会見で、「核を含む拡大抑止への我々のコミットメントは鉄壁だ」と強調し、さらに「北朝鮮の核に対する国民の懸念は多くが解消されるだろう」と米国のコミットメントに重点を置いた表明をしたが、その背景には米国のこれまでの懸念が解消される可能性が出てきたことについての満足感があったものと思われる。

 バイデン大統領と尹大統領の間では、ワシントン宣言のほか、最先端の半導体など次世代技術の確保のため、新しい協議の場を設けることも合意された。また、尹氏は米国が日韓など13カ国と進める新経済圏構想「インド太平洋経済枠組み(IPEF)」の交渉会合を、今年中に韓国の釜山で開くと表明した。IPEFは半導体などの供給網を中国に頼らずに構築することをめざす構想である。バイデン氏は尹氏のこの発表にも喜んだという。

 さらに米韓両軍は大規模な合同上陸訓練「双竜訓練」を3月20日から4月3日までの15日間韓国において実施した。韓国での上陸訓練は5年ぶりで、3月28日には米原子力空母「ニミッツ」が釜山に入港した。これらのことも尹氏の訪米と密接に関係していた。

 こうした動きに対して北朝鮮は激しく反発し、軍事行動による対抗姿勢をちらつかせた。北朝鮮は3月中旬以降「核攻撃の実験」と称する動きを繰り返していたので自ら招いたトラブルであったが、朝鮮労働党副部長の金与正氏は4月28日付で談話を発表し、米韓両国が北朝鮮に対する抑止力の強化を打ち出したことを批判し、「米国と南朝鮮(韓国)の妄想は今後、さらに強力な力に直面することになるだろう」とかみついた。
 
 尹政権が北朝鮮との関係で成果を挙げることができるか疑問である。北朝鮮はかねてから米国との関係を最重要視しており、ミサイルなどを盛んに発射するのは米国との交渉を考えているからである。

 バイデン大統領はみだりに危険な行動をとる北朝鮮を強く批判する姿勢を続けてきた。米国として正しい政治姿勢なのだろうが、この姿勢だけでは米朝関係を改善することは困難であろう。評価はともかく、トランプ前大統領は北朝鮮との関係改善に熱意に取り組み、一定の成果を挙げたが、バイデン大統領は中国やロシアとの関係で忙殺されているためか、北朝鮮との関係に個人的に興味を持って対処する姿勢は見えない。そして、韓国が米日との協力を強化する姿勢をとるに至ったので北朝鮮の問題はますます韓国に任せるようになる可能性がある。しかし、北朝鮮は韓国が前面に出てくることを評価せず、激しく嫌うことさえ考えられる。この矛盾をどうほぐしていくかが今後の問題となる。

 それに中国の問題がある。本稿で多くを語る余裕はないが、中国が重視するのは台湾の中国への統一、中国経済の持続的成長、中国の特色を国際社会において主張し、確立することなどである。これら中国の重点目標と東アジアでの日米韓の協力強化は矛盾なく進められるか、大きな問題である。

 尹錫悦大統領は日本及び米国との間の外交で高得点を上げた。しかし、北朝鮮や中国との関係は別である。また、韓国内の強く激烈な世論にどう対応していくか、その手腕は未知数であるが、尹政権が日米と協力して信頼関係を築きつつ、韓国内でも地歩を固めていくことを期待したい。
2023.03.18

尹錫悦韓国大統領の訪日

 韓国の尹錫悦大統領が日本の首相と会談するため12年ぶりに来日し、3月16日、岸田首相と会談後、共同記者会見を行った。日韓両国の関係は戦後最悪の状態になったといわれていたが、今次首脳会談により正常な軌道に戻る可能性が生まれた。尹大統領は日本に対して厳しい姿勢で臨むことを求める情緒的な世論が強い中で訪日し、両国関係改善の端緒を作ったのであり、その努力は称賛に値する。

 今回の会談により、効力が停止していた「軍事情報包括保護協定」(GSOMIA)は完全に正常化された。

 我が国の経済産業省は、19年から続けてきた韓国向けの輸出規制の強化を解除することを発表した。韓国側は、この措置が世界貿易機関(WTO)協定違反にあたるとして提訴していたが、取り下げることとなった。

 日韓関係が今後順調に発展していくことを期待したいが、これまでの経緯にかんがみれば単純に楽観的になれない面も残っている。

 今後両国はどのように努力していくべきか。いわゆる徴用工問題については、韓国政府は今月6日、日本企業に代わって政府傘下の財団が原告に賠償金相当額を支払う「解決策」を発表した。尹錫悦大統領の訪日はこの発表により実現したものであろう。しかし、突破口となったのは解決策の発表であり、解決策は今後実行されなければならない。

 韓国政府がそれを実行することに疑いはないが、韓国内でこの方式による解決に反対している人たちがどのような動きに出るかは見通せない。すでに反対の声が上がっているようだ。日本では、韓国で政権が交代すればまた方針が変わるのではないかと懸念する声もある。

 両国間でわだかまりとなっている歴史問題を迅速に解決できればよいが、両国の立場はあまりにも異なっている。無理やりに解決することは困難であり、またあらたな対立を生む危険さえある。今後も山あり谷ありの状況はありうるが、一つ一つ解決していくしかない。

 最も効果的な方策は、両国が「解決策」の実行を目指すと同時に、「信頼の醸成」に努めることだと考える。「解決策」による解決と「信頼醸成」のツートラックである。

 「信頼醸成」には様々な方策がありうる。文化面での協力や若者の交流などは自然に増加していくだろうが、ぜひ両政府にも積極的に援助してもらいたい。経団連と韓国の経済団体「全国経済人連合会(全経連)」の間で合意された「未来パートナーシップ基金」には日韓双方が1億円ずつを拠出し、両国の若手人材交流の促進など共同事業に取り組むという。これもよいアイデアだと考える。

アーカイブ

検索

このページのトップへ

Copyright©平和外交研究所 All Rights Reserved.